どうかもう一度… 1僕には夢がある。 夢……というか……『願い』……それに近いのかもしれない。 そしてそれは、他の人が聞いたら到底まともに話を聞いてくれないような……そんな馬鹿な事。 それでも…。 どうしても諦められないんだ。 どうしても………。 「なぁ、なぁ!」 「ん、なんだい?」 「珍しいよな。兄ちゃんが一人で来るなんてさ!」 無邪気な顔をしたこの店の看板息子が二カッと笑いながら見上げてきた。 いつも一緒に来る従兄弟がいないのが不思議でならない…という感じではない。 どこか悪戯っぽく聞いてくるデンゼル君は、『何かあったんだろう??』って顔をしてる。 もう、興味津々で目がキラキラ輝いてるよ…。 「うん、まぁ…たまには一人で飲みたいかなぁ…って思ってね。リトがいると、ティファさんにちょっかい出さないか見張ってないといけないだろう?ゆっくり飲めないじゃないか」 だからだよ。 そう説明した僕に、デンゼル君は「あ〜、確かになぁ。リトの兄ちゃんはカッコイイけど何か『軽い』んだよなぁ。なんでリトの兄ちゃんとラナの姉ちゃんが兄妹なのか不思議だよな!」って、明るく笑った。 デンゼル君の笑顔に、内心でホッと溜め息をついた。 本当は…。 まぁ、『なにかあった』んだよね…、今日の昼間。 それで、こうしてお馴染さんのところでゆっくりしたかったんだ。 ……一人で……。 この店はあったかい。 冷えて固まった心を優しくほぐし、新しい元気をくれるとても素晴らしい店だ。 店長のティファさんを始め、看板息子のデンゼル君も看板娘のマリンちゃんも、そしてティファさんの恋人のクラウドさんも…。 本当に温かい。 だから…。 今夜は一人でゆっくりと癒されたかったんだ。 ここにこうしている事は、誰も知らない。 ま、いくら従兄弟だからって一から十まで教えないといけないわけじゃないし…。 でも、今まであんまりこうして一人でこっそり行動した事が無いから、少し後ろめたい気持ちがあるんだけど、それには眼を瞑ってティファさん特製のカクテルを口に運んだ。 「ところでさ、ライ兄ちゃんの子供の頃の夢ってさぁ、何だった?」 無邪気な顔をして僕を見上げてくるこの店の看板息子に、僕は困ったような顔をしてしまった。 案の定、そんな顔をされると思っていなかったデンゼル君は、ひどくオロオロしている。 「ごめんごめん。そんなにデンゼル君が気にするような事じゃないから…」 そう言って宥めてみたけど、よっぽど僕のその表情が意外だったんだろう。 困ったような…泣き出しそうな…そんな顔でオロオロしている。 カウンターの中で忙しく働いていたティファさんがびっくりしてるのが見えた。 そんなデンゼル君に、僕もびっくりしたけど…。 ― 困ったな…。本当に何でもないんだけど…信じてもらえないよな… ― 弱りながらも、デンゼル君くらいの年の頃の夢を正直に口にするのは何だか憚られた。 うん、いや…。 他の人にとっては『到底不可能』な夢だったから…。 イヤ、『夢』と言うよりも……『願い』かな…。 「デンゼル…どうしたの…?」 見かねたティファさんが近寄って、そっと声をかけてきた。 僕を非難しているのではないし、デンゼル君を諌めているわけでもない。 ただ…。 純粋に『息子』を心配している『母親』の顔と、『客』に気を使っている『店主』の顔が混在している。 本当に…セブンスヘブンの女店長は凄い人だ。 WROの任務があったり、実家で務めなければならない『責任』とかで、中々こうしてセブンスヘブンに訪れる事は出来ないのに、たまにしか来ないという割には他のお客さんの顔を覚えていたりする。 それだけ、セブンスヘブンに来ている顔ぶれが変わっていないことになるんだけど、それってやっぱり……。 「ティファちゃん、なんだい、困りごとかい?」 いささか酔っ払った若い男性がちょっと気取って声をかけた。 「ううん、何でもないの。ごめんなさいね、心配して頂くような事じゃないから…」 「いやいや、ティファちゃんの為なら例え火の中水の中!!」 そう言いながら、なんだか僕を睨んでくるその若い男性に、しみじみと思った。 ……本当にティファさんは異性に大人気だな…。 クラウドさんも大変だ…。 ティファさんは、クラウドさんや子供達の事に関したら異様に鋭いのに、こと自分の事に関したら信じられないくらい鈍い。 お陰で、クラウドさんと子供達がかなり気を揉んでいる。 何に……って? こういう男性にティファさんが言い寄られる事を……だよ。 ま、僕から言わせてもらえれば、ティファさんの鈍さは鉄骨が入ってる。 だから言い寄られても全く気付いてないから、クラウドさんや子供達が心配するような事態にはなりようが無いと思うんだけど、それはほら……やっぱり『家族』だからね。 僕みたいに『ただの知り合い』とは違って、やっぱり心配になるんだろうな。 勿論、ティファさんが嫌な思いを味わう事になるなら、僕だって看過出来ないけど、多分大丈夫だと思う。 彼女は腕っ節は強いし、心優しい女性だから、滅多な事では傷つけられる事は無いんじゃないだろうか…。 まぁ……これは僕の希望的観測なんだけどね…。 そうそう。 そんな事を考えてる場合じゃなかったよ。 僕がうっかり自分の世界に浸ってる間に、どうも若い男性は俺に対してメラメラと闘争心を燃やしてしまったらしい。 きっと、自分が無視されたと思ったのと、ティファさんの前で良い格好がしたかったっていう思いの両方だろうね、うん。 男心は女心に負けず劣らず、複雑且つ繊細なんだよ…。 「おい、お前。ティファちゃんが困るような事をするんじゃないよ!」 すっかりナイト気取りの男性が、勇ましく……見えるように僕に絡んできた。 その男性を押し止めようとするティファさんを、男性が「いいから、いいから。俺に任せてくれよ」と、実に爽やかな笑顔で返している。 ― …いやいや…。僕、いつの間に悪者に…… こう言う時は素直に謝るべきなんだろうか……? ― なんて真剣に考え込んでると、その男性は何故か得意げな顔をした。 そして、シラッとした目で僕を見ると、 「ケッ!口だけかよ」 とのたもうた。 ― ……いやぁ……口だけと言われましても、まだ何も話してませんが…… ― 呆気に取られつつそんな事をぼんやり考えていると、その男性は気が済んだのか妙に自慢げにティファさんを見た。 いかにも『俺が貴女をお助け致しました』と言わんばかりだ。 でも…。 セブンスヘブンの女店長は、背筋も凍る眼差しでその男性を一瞥した。 その視線に男性がたじろぐ。 まさか、こんなに冷たい視線を向けられるとは思ってもみなかったんだっていうのがモロに分かった。 「こちらのお客様は私達家族にとって大切な友人です。その友人に、あなた…今、『口だけか』と仰いましたね…?」 僕にとってはこれ以上ない程の勿体無い言葉。 そして、男性にとってはこれ以上無いほど恐ろしい言葉。 男性の顔が気の毒なほど蒼白になり、引き攣っている。 周りにいた他のお客さん達も、ティファさんの気迫に目を丸くしていた。 そこへ、ニッコリと満面の笑みを浮かべたマリンちゃんが、テトテトテト…と近付いてきた。 この場を和ませる救いの天使の登場か!? と、思いきや…。 その手にはしっかりと伝票が握られていた。 「お客様、お勘定をお願いします」 「へ?あ、でも、俺はまだもう少し…」 「当店では、お店におられる他のお客様に対してこの様な暴言を吐かれたり、絡まれたりする方には、早々にお引き取り頂くようになっております」 満面の笑みなのに、目が全く笑っていないマリンちゃんが、事務的な口調で淡々と話した。 男性は、更に顔を引き攣らせて、 「暴言って、そりゃ、少しは絡んだけど……」「それに!!」 男性の言葉を封じるように、マリンちゃんが大きな声で話しの続きを語りだした。 「私達の友人を侮辱する貴方は、金輪際のご来店はご遠慮下さいませ」 「な!?」 「私達は貴方の顔を二度と見たくありません」 絶句するその男性に、反対の言葉を掛けるべき立場にいるティファさんは、無言でマリンちゃんの後ろに立っている。 しかし、マリンちゃんの発言を取り消すとか、謝罪する気配は全く無い。 むしろ…。 『よく言ったわ、マリン!』 何故かティファさんの心の声が聞えた気がした。 結局、その男性は顔を真っ赤にさせ、苛立ちも露わにセブンスヘブンから去って行った。 出て行く時に、乱暴にドアを閉めるという嫌味をする事を忘れない。 やれやれ。 何となく疲れちゃったな…。 あ〜、でも僕のせい…になるのかな……? 「ティファさん…」「ライ君、ごめんなさいね、嫌な思いをさせてしまって」 謝ろうとティファさんに向き直った途端、ティファさんが深く頭を下げてきた。 「な、止めてください。それにむしろ、頭を下げなくちゃいけないのは僕の方です。きっと、僕がボーっとしてたから気に入らなかったんですよ…」 「ううん、良いの。あの男性のお客さんは、前から自分の容姿や仕事を他のお客さん達と比較しては小バカにしてるイヤな人だったから。もうそろそろ何とかしないと…って思ってたの。だから、丁度良かったの、ごめんね、何だか私達の事情に巻き込んじゃった感じがするわ……」 「いや…それこそ勘違いですよ。僕はあの男の人に確かに絡まれましたが、ティファさんの事情に巻き込まれたんじゃないんですから…」 そう言って笑いかけると、ティファさんはホッとした様な笑みを浮かべた。 その笑顔に、ドキリ…とする。 そっと他のお客さん達を窺うと…。 案の定、どの顔もしまりが無い。 やれやれ…。 クラウドさんも大変だよねぇ……本当にさ……。 でも…。 そんな誰をも魅了するティファさんの笑顔を見て…。 僕が思ったのは、クラウドさんへの心配だけじゃなかった…。 『彼女』も…。 『彼女』もティファさんのように…もう一度笑ってくれたら……。 分かってるんだ。 魔晄中毒に侵されている彼女が、初めて出会った時のように笑ってくれる事は無いんだって。 でも…。 それでもどうしても!! 僕は諦められない。 ほんの僅かの可能性が無くても、そのあるはず無い可能性を探さずにはいられない。 「ライ兄ちゃん…?」 「大丈夫?」 ぼんやり彼女の事を考えていた僕に、デンゼル君とマリンちゃんが心配そうに声をかけてきた。 目の前には、眉を寄せて気遣わしそうにしているこの店の女店長。 そして、そんな僕達の周りは興味津々な常連客の皆さん…。 ― …また…トリップしてしまった… ― 最近、よくこうなるんだよな…。 リトにもよくからかわれるし…。 「ごめんなさい、大丈夫ですよ。ちょっと考え事を…」 そう言い繕いながら、グラスを口に運ぶ。 「考え事ってアイリ姉ちゃんの事?」 「ブハッ!!」 あっさりと言い当てられて、僕は思い切り口に含んでいたカクテルを吹き出した。 鼻がツーンとアルコールの強い刺激を受け、涙が浮かんでくる。 ひとしきり咽る僕を、 「デンゼル!大人をからかうんじゃないの!!」 と、ティファさんが一喝し、 「デンゼル……状況を考えようよ……」 と、マリンちゃんが実に冷たい目でデンゼル君を見やった。 シュンと項垂れるデンゼル君に、申し訳以外の何ものの感情も湧いてこない。 「いや…デンゼル君は悪くないから…。デンゼル君の言う通りで焦っちゃった僕の方こそ大人気ないって言うか……」 気がついたら、何とも恥ずかしい台詞を口にしていた。 ― 本当に……何で今日はこんなに情けない思いを味わうんだろう…… ― 心底情けない思いをしながら、僕は今日合った事を振り返った。 「バルト准尉」 WROの基地内を歩いていると、ふいに声を掛けられた。 何となくその声の持ち主に好意を持っていない僕は、一瞬、聞えなかった振りをしようかと思ったけど、さすがにそうもいかず、ゆっくりと振り返った。 そこには、僕の予想を裏切る事無く、つい先日まで僕の上官だった五・六歳年上の隊員。 小さな目は、何か企んでいるような印象を受け、恰幅の良すぎる彼は実年齢よりも上に見える。 そして、いささか失礼ではあるんだけど、何故彼が『部下』を持つ地位にあるのか分からない。 勿論、僕は彼の働き全てを知っているわけではないのだから、僕の知らない功績を上げているのかも知れない。 まぁ…。 下士官の中でも真ん中の階級だった僕に、階級を抜かされた時点で、僕の方が彼よりも認められたのだと判断されたんだろうな……人事部に…。 そして、その決定に対して元・上司が不満でたまらない事も……分かっていた。 何とも嫌味な表情で僕の傍にやって来る。 『あ〜……きっとろくな事を聞かされないんだろうな…』 そして…。 まもなく僕の『嫌な予想』は『良い予想』より当たる確率が高い事を改めて実証する結果となった。 「このたびは昇進おめでとうございます」 唇の端を吊り上げて笑う彼からは、これ以上ない敵意が溢れていた。 「…恐縮です…」 他に何を言って良いのか分からず、とりあえず当たり障りの無い言葉を口にする。 彼はせせら笑ったまま、一歩近付いた。 「それにしてもいきなり二階級特進とは…。殉職でもしない限りあり得ない話ですなぁ…」 「……そうですね……」 そうなのだ。 何故か、僕は異例の『生きたまま二階級特進』を果たした隊員の『一人』。 何だが良く分からないけど、どうも僕の上司の一人が俺と数人を『二階級特進』させてしまったのだ。 そして、今回昇進しなかった彼を、僕は必然的に追い越してしまったのだった。 僕が頼んだわけじゃないのに…。 でも、追い抜かれた彼にとって、そんな事はどうでも良いらしい。 とりあえず、憂さ晴らしが出来る人間が目の前にノコノコ現れたのだから…。 「そう言えば、准尉のご実家の援助で『魔晄中毒の治療』が本格的に行えるようになった…と、医療部が喜んでましたよ」 彼の言葉に、顔が引き攣りそうになる。 ……うまく隠せただろうか……。 そんな僕に、彼は更に一歩近付きながら毒々しい視線を突き刺した。 「ご実家が裕福ですと、何かと利点があって実に羨ましい。おまけにそれだけではなく、可憐な幼馴染もおられて羨望に値しますな」 「え……」 心臓がドキンと跳ねた。 イヤな汗が背中を伝う。 彼はイヤな笑みを深くし、更にもう一歩近付いた。 「何でも、准尉を庇って魔晄中毒になってしまったとか…。あんなに可憐で可愛らしい女性が…いやはや、十年も苦しんでいるとは…。一日も早く彼女が良くなる事を私も願ってますよ」 ― なんでそんな詳細まで知ってるんだ!? ― 僕の心を読んだかのように、 「あぁ、この話は隊では有名ですよ。何しろ、貴方のお父上が涙ながらに話しているのを何人もの隊員が聞いてましたから。お父上は、それはそれは、彼女の事を可愛がっておいでなのですねぇ…。いくら魔晄中毒になってしまった原因が、自分の息子を庇ったせいだとしても、屋敷に引き取るほどなのですから…」 口に油を塗ったかのように、ペラペラと話して聞かせてくれた。 その言葉の数々に、全身から血の気が引いていく。 僕の事はどうでもいい。 でも、彼女を見世物にするような目には絶対にあわせたくない! だからこそ、僕は彼女がWROの医療施設に通院してくる日も、絶対にバッタリ会わないように最小限の注意を払ってきたのだから…。 それなのに…!! あろう事か、父上が公言していたとは……!!!! 確かに口止めしなかった僕にも落ち度はあっただろう。 しかし、だからと言ってまさか自分の父親がプライバシーに関わる話を言い広めるなど、誰が考えられるだろう!? 一瞬眩暈がした気がした。 僕のそんな表情が面白かったんだろう。 彼は一層笑みを深めると、 「いやぁ…裕福な方々の嗜好は、一般人には理解出来ない部分が多分にあるものですな。彼女も可哀想に、魔晄中毒で十年も苦しんだ挙句、金持ちの……しかも自分の父親と変わらない歳の男性の『おもちゃ』とは…」 その言葉を聞いた途端。 頭が真っ白になり、目の前が真っ赤になった。 「バルト准尉。もう良いんじゃないのか?」 腕を強く掴まれて我に帰った時。 目の前にはいつも無表情で僕の一つ年下の上司。 そして…。 つい先日まで僕の上司だった男がぐったりと白目を剥いていた。 自分が何をしたのか悟って愕然とする。 我を忘れてこんな行動を起こした事は、かつて一度もない。 両親を陰で罵り、兄を馬鹿にし、僕を蔑んだ目で見る財閥の連中を目の前にした時だって耐えられたのに…。 それなのに…。 「ライ君?」 「はい?」 「今日は何だか少し変ね。何かあったんでしょう…?大丈夫?」 ティファさんが茶色の瞳を心配げに細め、小声で話しかけてきた。 周りにいる他のお客さん達や、子供達に聞かれないよう配慮してくれた事がすぐに分かる。 彼女のそんな細やかな心遣いに感謝しつつ、 「まぁ……ちょっと落ち込む事が…」 と、それだけ答えて苦笑して見せた。 ティファさんは「そう…」とだけ返すと、そっと僕の空いたグラスに新しいカクテルを注いでくれた。 「これはサービスね。いつも頑張ってるライ君に!」 「………ありがとうございます」 ティファさんの心遣いに感謝で一杯になりながらも、新しく注がれたカクテルに複雑な想いが胸に広がる。 紺碧の色をしたそのカクテルは、『彼女』の瞳を思い起こさせるものだった。 今、一番会いたくて…。 今、一番会いたくない……その女性(ひと)の瞳と同じカクテルを前に…。 僕はそっと目を閉じた。 あとがきは、最後にまとめますm(__)m |