オメガの危機から三ヶ月…。
 人々は、ディープグランドの脅威から解放され、再び生きる喜びを与えられた。
 そして、その喜びを表す如く、以前にも増して世界各地では活気が溢れている。
 倒壊した建物も、今では余り見なくなっていた。
 代わりに目に映るのは、かつての神羅時代に良く見かけた建設を終えたしっかりとした建物、また建設中のビルの群れ…。
 そして、一度は壊滅状態だった各大陸への交通手段も、三年前…とは言えないが、それに近い状態まで復旧作業が進んでいた。
 そんな…。
 生きる力に溢れた星で…。
 必死に生きる人達の物語は、今、綴られている。



Fairy tail of The World 1




 オメガの危機からまたしても星を救ったジェノバ戦役の英雄達。
 その存在は、かつての人気振りをはるかに越えるものとして人々の心に憧れと尊敬の念を植えつけた。
 しかし、彼らは決してそれに増長する事無く、日々の生活を今まで通り送っている。
 ただ、変わった事と言えば、エッジの街にあるセブンスヘブンという店の住人が一人増えた事くらいだろう。
 彼女はシェルク・ルーイ。
 ディープグラウンドという闇の中で、十年もの時を過ごしてきた少女。
 初めてセブンスヘブンに来た頃にはほとんど無かった彼女の表情は、オメガの危機から三ヶ月経った今では見違えるほど増えた。
 もっとも、年相応…とまではいかないが、それでも彼女が時折見せる柔らかな笑みは、セブンスヘブンの常連客達の心をしっかりと掴んでいた。
 
 そんなセブンスヘブンは、今夜も客で賑わっている。



「ミコト様?」
「そう、ミコト様!何でも凄い占い師なんだってさ」
 そう言う常連客は、酒で赤らんだ顔を神妙そうにしかめて見せた。
「最近、市場の裏で如何わしい奴らがうろついてるって話し、聞いた事無いか?」
 ティファは、カクテルを作る手を休めずに首を傾げて見せた。
「ん〜、そう言えばリーブが『気をつけるように』みたいな事を言ってきたわね」
 かつての旅の仲間を思い出しながら、そう曖昧に返答したティファに、常連客はしきりに「そう、それそれ!」と頷いている。
「そいつらが、女・子供を売買してるって専らの噂だったんだけどよ。その連中、何でも最近では仲間割れしてるらしいぜ」
「あ、それ俺も聞いた事あるぜ。何だか突然現れた女に不気味な事言われた連中の一人が、本当にそうなっちまってさぁ。他の仲間達がビビッて逃げ出したって話だろ?」
 傍にいた他の客が身を乗り出して口を挟んだ。
 周りの他の客数人も、興味津々な顔をしてこちらを見ている。
 話をし始めた客は、皆の意識が自分に集まった事に対して俄然、気を良くしたようだった。
 グイッとグラスを空けると、少々声を大きくして口を開く。
「そうそう!んでさ、真相を確かめるべく俺のダチのそのまたダチが会いに行ったんだってさ!」
「ゲッ!お前の友達の友達って、バッカじゃねぇの!?」
「勇気ある〜!」
 次々返ってくる反応に、その客は「まぁまぁ、人の話を最後まで聞けよ」と、手で制すると、ティファに顔を戻した。
「それでよ。そのダチのダチが噂の女に会いに行ったのよ」
 言葉の効果を楽しむように一呼吸間を置く。
 ティファも周りの客もシンとしてその男が続きを話すのを待った。
「それでな、ダチのダチ…まぁ、仮にAとするだろ?そのAが女のいつもいる場所に行ったんだ。そしたらよ、そこにいたいた、例の女が!それでな、その女の占い師としての腕を試してみようとしたんだってよ。自分の家族以外知らない話を持ちかけてさ…」
「へぇ…それでどうなったんだ?」
 周りの客の一人がじれったそうに続きを促す。
 ニヤッと笑うと、その男は声を潜めて続きを話した。
「それがよ…その女、何て言ったと思う?」
「何て言ったの?」
 正直、あまり興味の無いティファだったが、接客業なのだ。そんな素振りを見せるわけにも行かない。
 せいぜい、興味がある振りをしてその男に質問をした。
 男は、ティファが声をかけてくれた事が嬉しかったのだろう。
 デレッと笑うと、ティファの方へ身を乗り出した。
「その女、Aの質問をあっさり蹴りやがったんだと」
「「「え?」」」
 男の言葉に、ティファと周りの客達がキョトンとする。
 その皆の反応が期待通りだったのだろう、実に嬉しそうに笑うと、
「何でも、その女が言うには『自分はここで人を待っているだけだ。占い師だと公言したつもりも、占いを生業として日々の糧を得た事も無い』ってんだ」
「はぁ?なんだそりゃ!?」
「だろ?女が言うには『ここで人を待っている間、通りかかる人が私の事を勝手に占い師だと言い始めただけの事』だってんだぜ?」
「でもよ、その女の言う事が本当になって…って噂、じゃああれってウソだったのか?」
「なぁんだ、つまんねぇ!」
 ガッカリしたような顔をする数人の顔なじみに、男は人差し指を立てて「チッチッチ、人の話は最後まで聞きなって」と振って見せる。
「Aもそう思ったらしいんだけどよ、興味を無くしてAが帰ろうとした時、『今日は生ものは食べない方がいいですよ』って言ったんだと」
「「「生もの?」」」
 声を合わせたティファ達に一つ頷くと、つまみのウィンナーをポイッと口に放り込む。
「おうよ!そん時は『なに言ってんだ』くらいしにか思わなかったらしいんだがよ。その日の夕飯が『魚の刺身』だったんだと」
「ゲッ…まさか…」
「そのまさかよ!家族全員、その刺身で中った(あたった)らしいぜ。そりゃもう、かみさんは救急車で搬送されるし、Aの両親もA本人もエライ目に合ったってよ」
「「「ええ〜〜!?」」」

 カウンター一角から沸き起こった驚きの声に、一瞬店内の視線が集中する。
 他の客の接客をしていたデンゼルとマリン、それにシェルクがキョトンとしてカウンターを振り向いた。
 カウンターは、何やら興奮しきりな客達が群がっており、その客達の肩越しに、同じく目を丸くして驚いているティファが見えた。
 しかし、何かのトラブルに巻き込まれたという感じではなく、客の話しに驚いているのだという事が分かった為、三人は何事も無かったかのように自分の仕事へ戻ったのだった。

「そりゃ、すげぇじゃねえか!」
「マジで本物の占い師じゃないのか?」
「いや、占いって言うよりも…預言者って言う方がしっくり来るよな」
「「「本当だ…!!」」」
 カウンター席では、その『預言者』の女の事でさらに盛り上がっている。
 ティファは、先程の無関心から、今では少々興味を持つに至ってた。
 しかし、それでも目の前にいる興奮している客達から見ればまだ、冷めた感覚なのだろう。

 かつての旅の経験が、そういう『夢のような力』を信じるという気持ちをどこかで抑えているかのようだ。
 それでも、今聞いた話は実に興味をそそられる。
 何が…?というと、自分は占い師ではないし、それを生業として糧を得ていない…とまで言っておきながら、A氏に対して警告したという女自身に興味が湧いた。

 無論、ほんの少しの興味なのだが…。

「それで、そのAって野郎は、それからまた会いに行ったのか?」
 一人が興味津々に声をかける。
「おお、行ったともさ!三日後に具合が良くなってからな。そしたら、その時も三日前に会いに行った時と同じ格好で座ってたんだと」
「……?同じ格好?」
「それが、何かおかしいのか?」
 別の客が首を捻る。
 すると、男は呆れたように溜め息を吐いた。
「あのな。その女は『人を待ってる』って言ってんだぜ?て事は誰かと待ち合わせしてるって事だろ」
「「「あ、なるほど…」」」
「それにも関わらず、女は全く同じ服装な上、同じ様に廃材の木箱の上に片膝立てて、その上に肘を置いた格好で……って初めて会った時と全く同じだったんだと」
 意図的に顰められた声音は効果抜群だった。
 周りにいた他の客達がギョッとして後ずさる。
「それってさ…。生きてんのか?」
 一人が恐る恐る口にした。
 他の客達の気持ちも同じだったのだろう。
 息を殺して、男の次の言葉をじっと待つ。
 いつしか、すっかり話しに引き込まれたティファも、追加される注文の料理を手際よく創りながら耳を傾けていた。
「Aはよ…。そのあんまりにも三日前と同じ格好だった女に、正直気味悪いものを感じたらしいんだが、ここまで来て引き下がるのもなぁってんで、思い切って女のまん前まで行ったんだと。そしたら、女が『結局食べたんですね…。まぁいきなり『食べるな』と言われてそれに素直に従う人はいないでしょうけど』って言ったんだとさ!!」
「うえ〜!!マジかよ!!」
「こ、こえ〜!!!」
「俺、絶対その女に会いになんか行かねぇ!!!」
「何か、呪い殺されちまいそうじゃん!!」
 口々に叫ぶ客達を、ティファも少々気味悪い物を感じながら、それでも冷静に見つめていた。
 すると、
「やっぱり、ティファちゃんはこういう話し、強いんだ」
 と、男がニヤニヤ笑いながら言った。
「えっと。強いって言うか…。ん〜そうですね。あんまり現実味が無いって言うか…」
「「え〜!!」」
「「今、実話を聞いたじゃん!!」」
 ティファの台詞に、叫び声を上げていた客達が猛反論する。
 ティファは苦笑しながらも「ん〜、実際に経験した事じゃないからあんまり現実味が無いって言うか…」と、曖昧に返答した。
「ま、そうだよな。実は俺もそうだし」
 散々リアルに話をしていたくせに、当の男がケロッとした顔をして言う。
「おいおいおい!」
「お前が言ったんだろう…?」
「じゃ、やっぱり作り話かよ〜」
 拍子抜けした声を上げる客達に、その男はシレッとした顔で「いや、マジ」と一言返した。
「はぁ?何だそれ?」
「お前、言ってる事むちゃくちゃだぞ?」
 怪訝そうな顔をする客達を、男は頬杖をつきながら見やった。
「実際体験したわけじゃないから現実味が無いって言ったんだ。Aの話は本当だ。それに、Aのダチ…つまり俺のダチだけどさ…。実は今、その女のところに行ってるはずなんだよな」

「「「「えーーーーー!!!」」」」

 一際高い叫び声が上がる。
 一斉に他の客達が何事かと振り返るが、ティファもその客達も男の爆弾発言にすっかり気を取られており、全く気付かなかった。
「それって、大丈夫なのかよ…?」
「大丈夫だろ…?別に何かヤバイ事を聞きに行くんじゃないし」
「いや、そのお前の友達がヤバイ事を聞きに言ってるとは思わないけど、その女がお前の友達に危害を加えるようなことは無いだろうな?」
 他の客がビクビクしながら隣の客と一緒になって身を乗り出した。
「ん〜…大丈夫だと思うぜ?その女…何かあんまり自分以外には興味が無いってタイプらしくてな…。そのAがもう一度会いに行って『食べたんですね』って言ったその後で、Aの事、興味が無いみたいな顔して無視してたんだとさ。その時にAは『この人は、他の人とは何かが違う』って思ったらしい」
「いや、そりゃそうだろう…。そんな力があるんなら…」
「だから…だろ?そんな力があるなら、こんな不景気で不安定な世の中、簡単に操れる…そう思わないか?」
 男の言葉に、ティファはギョッとした。
 他の客達も驚いてはいるが、その客達の中にはティファ以上に、あるいはティファ並みに戦慄した者は恐らくいないだろう。
「ああ、確かにそうかもなぁ」
「そりゃ、一気に有名になってあわよくば一つの権力みたいなものを手に入れられるかも…」
 などと、暢気な顔をして頷いている。
「でもよ、その女はAが『金を払うから今後の事を教えて欲しい』って申し出たのに、『興味ありません』ってあっさりと断ったんだとさ」
「『興味ない』って、その報酬に、それとも『Aさんの未来』に?」
 ティファの質問に、男は目を丸くした。
 心底驚いた顔だ。
「いやぁ、流石にティファちゃんだ!そうなんだよなぁ、俺もそう思ったんだけどよ…」
「だけど?」
「Aの奴は、『自分の報酬が興味ない』=『取るに足らない金額』って取っちまったらしくてな。腹立てて帰っちまったそうだ」
「なんだい、そりゃ」
 客の一人が呆れた顔をしてグラスを煽った。
 グラスから口を話した顔がしかめ面なのは、話に夢中でビールがすっかり温くなっていたからだろう。
 ティファは、さり気なくその客のグラスを取ると、新しいビールを入れてやる。
「おっと、すまないねティファちゃん」
 嬉しそうな顔をするその客に笑みを返すと、ティファは男に向き直った。
「でも、それなのに貴方のお友達は今頃その女の人の所に行ったの?」
「ああ…。アイツは昔っからちょっと変わっててな〜。人が興味なくしたり嫌がる事に首を突っ込みたがるんだ…」
「…それって大丈夫なのかよ…」
「ま、大丈夫だろ」
「おいおい…薄情な友達だな」

 それからは、普段通り、特に何でもない話に花を咲かせ、その男と常連達は勘定を済ませて帰って行った。

「あ、結局なんで『ミコト様』て言うのか聞くの忘れたわ」

 暫くしてからふと思い出した質問に、それでも「ま、いっか」と軽く忘れる事にして、ティファもいつも通りに戻って行く。
 その後も、客の出入りは上々で、様々な客達を相手に談笑をしたり、料理を作ったり、時には愛を囁く酔っ払いを軽く流しながら、今夜もセブンスヘブンの夜は更けていくのだった。



「シェルク、今夜もお疲れ様」
「ティファも…お疲れ様でした」
 閉店後、片づけをしながらティファは一緒になって最後まで仕事をしてくれた少女に笑みを向けた。
 シェルクも、真っ直ぐティファに目を向けて淡い笑みを浮かべる。
 ここで働き始めてから、彼女は表情が本当に豊かになった。
 色々な人との交わりを得る事で、彼女の失ってしまった十年間が少しずつ埋められているのを感じる。
 それは、彼女を想い、十年間探し続けた彼女の姉、シャルアをことに喜ばせていた。

 ディープグラウンドの戦いの最中、意識はもう二度と戻らない…そう絶望的な診断をされた彼女だったが、オメガとの最後の死闘の後、再びもたらされた大地の恵みにより、奇跡的に意識を取り戻したのだ。
 失った半身と内臓は戻らなかったが、それでも彼女は動き、話し、生きる力を再び手に出来た事を喜んだ。
 そして、それは彼女の妹であるシェルクも同様だった。

 もっとも、シェルクは感情の表現が非常に苦手で、喜びを素直に表せていなかったのだが…。

 シャルアが意識を取り戻してまず最初に行った事。
 それは、妹の身体を魔晄なしで生活出来るようにする事だった。
 当然、そんな事が一日二日で出来るはずもない。
 様々な検査と実験、それにそれらに基づく情報分析を現在でも行っている。
 しかし、その苦労もあり、今では一日数回の投薬と二週間に一度の定期検診を行う事により、魔晄を浴びなくても生活出来る様にまでこじつけている。
 お陰で、シェルク自身の負担も随分と軽くなり、その事が彼女の表情をより豊かにしていたのだった。


 そんな…。
 漸く取り戻した幸せな日々…。
 決して失う事など出来ない、大切なものに溢れたセブンスヘブンに、クラウドもティファも、子供達もそしてシェルクも心から満足していたし、満ち足りた思いで日々を送っていた。

 そんな平和な日常に翳りが差し出したのに気付いたのは…この時は誰もいなかった。


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