Fairy tail of The Word 2「ティファ、行ってきます」 「行ってらっしゃい、気をつけてね」 今日はシェルクの定期健診の日。 シェルクは順調に普通の人間としての生活を取り戻しつつあった。 そんな彼女を、ティファ達ストライフファミリーと彼女の姉は心から喜んだ。 「シャルアさんとリーブによろしくね」 「はい。夕方には戻りますが、何か買い物がありますか?」 「特に何もないわ。もしも早くに帰れるのなら、たまにはのんびりウィンドーショッピングでもしてみたら?結構楽しいわよ」 ティファの提案に、少々考える素振りをしたシェルクは、淡い微笑を浮かべてコックリと頷いた。 以前の彼女からは、考えられないほど今の彼女は生きている事を楽しんでいる。 「では、行ってきます」 「うん、行ってらっしゃい!」 シェルクの姿が見えなくなるまで見送っていたティファは、店内に戻って掃除の続きに取り掛かった。 時刻はまだ午前十時。 昼食の準備まではまだ時間がある為、子供達と自分達、そしてシェルクの部屋の掃除を軽く済ませてしまおうと頭の中で計画を立てる。 クラウドは相変わらず配達の仕事が忙しく、最近では二・三日出たまま帰れない事が多い。 日帰りで配達の仕事が済んでいたあの頃が懐かしい…。 ティファは、机の上に立てかけていた写真立てに目をやると、そっと指で彼の姿を撫でた。 明日には帰ってくる予定だが、その予定もどうなるか分からない。 ティファはそっと溜め息を吐いた。 オメガの影響で、折角復旧していた街と街を繋ぐ道路が再び遮断されてしまってから、クラウドの仕事は格段に増えてしまった。 モンスターも相変わらず往来するこの世界では、腕が立ち、尚且つ地理に詳しい人材が足りないのだ。 それも、『個人的な荷物の配達』などを請け負ってくれる人は非常に少ない。 その為、連日連夜、クラウドは愛車を走らせて世界中を駆け回っていたのだ。 別に連絡が出来ないというわけではない。 夜には必ず電話がかかってくる。 子供達も、その電話を心待ちにしていて、いざ電話がかかってくると先を争ってクラウドと話したがった。 シェルクもぎこちないながらも電話で一言二言、クラウドと話をしている。 その姿を見ると、ティファはいつも幸せを感じずにはいられなかった。 そして、最後はティファがクラウドと話をして……電話を切る。 電話を切った後は、クラウドの声の余韻のお陰でほんの少し、胸が温かい。 しかし、やはり顔と顔を合わせて話をするのとは訳が違う。 どんな顔をして話しているのだろう…? 本当に、怪我なんかしてないんだろうか…? 疲れた顔をしてるんじゃないだろうか…? 心配事は山のようにある。 だが、電話越しのクラウドは、いつも穏やかで静かな声をしていた。 それが本当だと、ティファは信じたかったが、やはり顔を見ることの出来ない寂しさゆえか、クラウドの『問題ない』という言葉を疑ってしまうのだ…。 「ダメダメ!こんなんじゃ、帰って来た時に呆れられちゃうわ!!」 ティファはペチンと頬を叩くと、再び掃除機のスイッチを入れた。 「それでさ、キッドったら勝ち目なんか無いのに勝負する羽目になっちゃってさ」 「でも、最後まで頑張ったんだよ!ほとんど差が無いくらいだったんだもん。あと少し、走る距離が長かったら絶対に抜かしてたんだから」 「そう…。それで、結局『しっぺ』されたの?」 「されたんだよなぁ…」 「痛そうだった〜」 「でも、その後で別の遊びをしたんだ。ほら、エリックさんが作ってくれたフリスビー!」 「そうそう!あれをどっちが遠くまで飛ばせるかって!」 「そしたら、キッドが一番だったんだ〜!」 「うんうん。でも、キッドは優しいから軽くしかしっぺしないんだよ。もっと強くしたって良いのにねぇ」 「へぇ。キッド君が…。でも、そこがキッド君の良い所なんじゃないの?」 「まぁな。でも、あんまり優しすぎるとバカにされるからさ〜」 「大丈夫よ!その時は、私達がキッドの味方になれば良いんだもん!」 「フフ、本当にマリンはお転婆さんね」 「む〜…!そんな事無いもん!」 「マリンったら無自覚なんだ…」 「デンゼル、何か言った?」 「うんにゃ、何にも言ってません」 子供達が遊びから帰って来た頃、丁度昼食の支度が出来上がり、そのまま子供達と三人でティファは楽しく食卓を囲んでいた。 シェルクを抜きにして昼食を食べている理由は、定期健診の日は、彼女は姉と一緒に昼食を食べる事になっていたからだ。 それも、半ば強引にティファが決めたことなのだが…。 今ではそうして良かったと思っている。 お陰で、彼女と姉の関係は、今では大変友好的なものになったと、最近リーブから聞かされていたからだ。 子供達の笑い声に、ティファが幸せそうに微笑む。 まさに、そこには家族の微笑ましい姿があった。 子供達は先程遊んだ話で大盛り上がりで、夢中でティファに話して聞かせている。 クラウドにも聞かせてあげたいな…。 子供達の生き生きとした顔を、クラウドにも見せてあげたい…。 子供達の話しを聞きながら、子供達の笑顔を見ながら、ティファは遠い地で一生懸命働いている彼に想いを馳せるのだった。 そして、その日もいつものように太陽が暮れていき、セブンスヘブンに明かりが灯った。 店は相変わらずの盛況振りだ。 開店準備の頃に戻って来たシェルクのお陰で、滞りなく店を開ける事が出来たティファは、鼻歌交じりに注文のメニューに取り掛かっている。 本当に、シェルクが来てくれてからティファの負担はグンと減った。 勿論、シェルクが来る前も子供達が支えてくれていたのだが、やはり子供達には色々気兼ねしている部分があったのだ。 その事を考えると、今のティファの環境はとても過ごしやすく、心から仕事を楽しむ事が出来るのである。 「ティファちゃんも最近はうんとラクになったって感じだな」 馴染み客がそう言って、二カッと笑った。 「フフ…そうですね。シェルクが来てくれてから、本当に助かる事ばかりです。子供達も子供達らしい時間を持つ事が出来るようになりましたし!」 満面の笑みで答えるティファに、馴染み客も益々笑みを深くしてグラスを傾けた。 その話題のシェルクはと言うと…。 現在、彼女の熱烈なファンと何やら熾烈な争いを繰り広げている模様…。 「あの…仕事中ですから困ります」 「え〜、この前もそう言って相手してくれなかったじゃん。たまには、息抜きも人間必要だぜ?」 「でも、私は息抜きをしなくてはならないほど疲れていませんから」 「いや、俺には分かる!シェルクちゃんは疲れてる!それを自覚してないだけだ!!だからさ〜」 「お断りします」 バッサリと切って捨てるような台詞を残し、シェルクはカウンターへ戻って来た。 そのあまりにも容赦のない彼女の台詞に、周りの客達がクスクスと笑い声を上げ、切って捨てられた男は、ガックリとテーブルに突っ伏した。 「ティファ、アチラのお客様が『スタミナ定食』をご注文です」 「了解…。ねぇ、シェルク…」 「はい?」 「もう少し…その、何か言いようがなかったのかしら…」 「…何がですか?」 「………ううん。いいわ、気にしないで」 「……?はい。分かりました」 苦笑を湛えて何か言いたそうなティファに、シェルクは首を傾げていたが、あっさりと引き下がって再び接客に戻っていく。 彼女のさばさばした性格は、清々しいのだが…。 もう少しこう……何か他に言いようがあるのではないだろうか……ともティファは思うのだった。 「良いじゃん、シェルクはあのままでさ」 洗い物と格闘していたデンゼルが、いつの間にかカウンターの中にやって来て、ティファにそう言った。 今のやり取りを聞いていたらしい。 一年前から家族になった看板息子は、この一年でうんと背が伸びた。 子供の成長は早いというけど本当ね。 ティファはそんな事を考えながら、ニッコリと笑みを浮かべた。 「そうね。シェルクのいい所…だもんね」 「そうそう。それに、最近シェルク、良く笑うようになったし」 そう言ってカウンターに戻って来た看板娘は、「あ、『メンズセット』の『焼肉バージョン』追加だよ」と新たな注文をティファに告げる。 そんな看板娘も、この一年で女の子らしさが増した…と思うのは、親バカなせいではないだろう。 相変わらず、セブンスヘブンの看板娘としてクルクル良く働くマリンは、シェルクにとっては『年下の先輩』としてこれまで多くの事を教えてくれていた。 接客の方法から、メニューを書き取るコツまで、シェルクはティファからではなくマリンから伝授されたのだ。 ティファには注文の品を作るという大任がある為、自然とマリンがシェルクに教える形になったのだが、それでもシェルクは年下のマリンに素直に教わり、マリンも殊更エラそうにするわけでもなく、極々自然な姿で接していた。 その甲斐あってか、シェルクが独り立ちするのも実に早かった。 元々の見込みの良い彼女がセブンスヘブンの仕事を覚えるのは造作もないようだった。 まぁ……接客では少々努力を要したが…。 「それにしてもさ。昨夜の話、覚えてるか?」 「昨夜…って……あ〜、『ミコト様』のこと?」 「ああ…。あれからどうなったのか気になってさ〜。アイツ、まだ来てねえよな」 アイツとは、昨夜『ミコト様』の話をしてくれた常連客の事だろう。 今夜はまだ来ていない。 「うん、今夜はまだね。毎日来るか分からないし…どうかしらね」 「ティファちゃんは気にならない?ああいう『預言者』とか『占い師』とか」 身を乗り出す常連客に、ティファは苦笑しつつ首を横に振った。 女性なのだから、その手の話しに全く興味がないといえば嘘になる。 しかし、わざわざその人のところまで尋ねて行って、自分の運勢やらを見てもらおうとまでは思わない。 それに…。 やはりあくまでも自分の将来・未来は自分の手で切り開いていくものだと思っている。 そんなティファには、昨夜の話はあまり興味が持てなかった。 確かに、『刺身に中った(あたった)』という予言(?)が実現したのには驚いたのだが…。 所詮それは他人事。 自分には縁のないものだと思っている。 話にノリの悪いティファに、その馴染み客が話題を変えようと口を開いた時、ドアベルが可愛い音を立てて新たな客の訪問を告げた。 「「「いらっしゃいませ!」」」 三人の明るい声に、その新たな客は迷わずカウンターへ向かう。 それは、昨日『ミコト様』とか何とか言う『預言者』だか『占い師』の話をしてくれた男。 丁度、カウンター席が一人分空いていた為、勝手にそこに腰を下ろす。 そして、注文を聞こうとしたティファに向かって興奮気味に口を開いた。 「ティファちゃん、聞いてくれよ!昨夜話した俺のダチの事!!」 「昨夜……って、ああ…『ミコト様』だっけ?に会いに行ったとか何とか言ってた…?」 「そうそう!そのダチなんだがよ!!」 すっかり興奮しきっているその馴染み客に、シェルクが何も言わずにその男の前にビールの中ジョッキを置いた。 「お、すまないなぁ、シェルクちゃん!」 「いえ」 シェルクがその男がいつも最初に生ビールの中ジョッキを注文する事を覚えていた事に、ティファ内心驚いた。 『どんどん、良い顔になっていくわね』 シェルクの細やかな配慮が出来るその心遣いの変化と、表情自体が増えた事に、改めて沸々と喜びにも似た充実感が湧いて来る。 「それでよ…って、ティファちゃん、聞いてるか?」 「あ、ああ、ごめんなさい」 一人、幸せに浸っていたティファを、少々不満げに男がカウンター越しに覗き込む。 「それで、そのお友達はどうしたの?」 「そうそう。そいつがよ!!」 ティファが話を振ると、コロッと機嫌を直してジョッキを一口仰ぐ。 口についた泡を拭いながら、声を潜めるようにして身を乗り出した。 「会えたんだってよ、その『ミコト様』に」 「え!?」 「マジかよ!?」 カウンター席にいた他の客が数人、『ミコト様』という言葉に反応してギョッとしながら振り向く。 昨夜とはその顔ぶれは違う。 それだけで、今、その『ミコト様』という存在がエッジの人々の関心事になっているかが窺える。 ティファも少々興味を惹かれ、「それで、どうだったの?」と、先を促した。 男は、ティファと周りの客が自分の話しに興味を持ってくれたことに大いに気を良くしたようだ。 スツールにどっかと腰を据えなおすと、おもむろに口を開いた。 男の話しだと、こういう事になる。 彼の友人、仮にB氏としよう。 そのB氏が興味本位で『ミコト様』がいるというバザーの裏側の路地…つまり、あまり一般人が立ち入らない方が良い環境のその場所に足を踏み入れたのは、日も暮れて星が空を瞬き始める頃だった。 その時間を選んだと言うのは、ただ単に、彼の仕事がその時間まで終わらなかったと言う事だけだ。 まぁ、本当ならそんな時間に治安の悪い場所に足を踏み入れるのは感心出来ないのだが、彼は少々護身術も心得ている事から、気持ち的にも一般人よりはゆとりと慢心があったのだろう。 とにかく、彼は噂の『ミコト様』とやらを一目見て見たい、その気持ちだけではやる心を抑えながら路地裏をその場所目指して歩いていた。 すると、その場所についてみると、最初は誰もいなかったのだと言う。 時間が時間だし、今日は家にでも帰ったのかもしれない…。 少々ガッカリしながら踵を返した彼の耳に、突然、 「その道は行かない方が良いですよ」 という女性の声が響いたのだという。 驚いて振り向くと、先程は確かに無人だったその空間に、黒いフードを目深に被り、同じく真っ黒なマントにスッポリと包まった人影が僅かに差し込む星の光に照らされた薄闇の中に鎮座していた。 B氏は心臓が早鐘を打つのを感じながらも、目の前にいるその人影にフラフラと近寄ると、ごくりと唾を飲み込みながら、 「アンタが『ミコト様』か?」 と声をかけた。 すると…。 「私の名前はまだ誰も知らないでしょう…。『ミコト様』というのが誰を指しているのか…私には分かりませんが、誰かが勝手に私をその名で呼んでいるのだとしたら、そうなるのかもしれないですね」 非常に分かったような、良く分からないような…。 謎掛けのような言葉が返ってきたのだという。 B氏は、その言葉に彼女が『ミコト様』と『噂される人物』だと直感した。 湧き上がる高揚感に、足元がフワフワする。 そのB氏に向かって、彼女は言葉を続けた。 「貴方が私に何の興味を持っているのか分かりませんが、私は貴方に何の興味もありません。ただ…」 言葉を切ってスッと指を差す。 マントから伸ばされた指は、夜目にも真っ白に輝いて見えたそうだ。 「貴方が来たその道…。そのまま引き返されるのは止めた方が良いでしょう」 「なんでだい?」 「…………」 男のもっともな質問に、彼女は答えなかった。 しかし、B氏はそんな彼女を追求しなかった。 恐らくこれ以上彼女は、何を質問しても答えてくれないだろうと思ったのだ。 明日もう一度、訪れたらもう少し話が出来るかもしれない。 何しろ、今日がお互いに初対面なのだから、そんなにベラベラしゃべるのもおかしいだろう……。 そう判断してその日はあっさりと引き下がったのだ。 そして、彼女の言う通り、その道を通らずに隣の脇道を通ってバザーの中心へ向かったその時、何やら遠くから物音がした気がしたが、その物音が『通らない方が良い』と言われたまさにその道だった為、B氏はそのまま帰宅したのだという…。 その翌日…。 つまり、今日の事だが、彼が仕事場に向かう途中で何気なくそのバザーの裏通りへ視線をやると、何だか人だかりが出来ている。 「何かあったのか?」 一番後ろでその輪の中心を覗いていた中年の男性に声を掛けると、青い顔をしたその男性が、 「ああ、ほら、あそこ見てみろよ」 と空に向かって指を差した。 そこには、丁度昨日まではあったはずの建物の屋根の一部がごっそりとなくなっているのが目に付いた。 「急に屋根が崩れたんだってさ。幸い、猫一匹下敷きになってはないみたいだけどよ…。あんなのの下敷きになってたらと思うとゾッとするね」 B氏は背筋が凍る思いがしたのだった…。 「ってなわけでよ。気分が悪くなってダチはまだベッドの中で唸ってんだ」 「……ってことは、仕事は……」 「そんなの出来る心境じゃねぇっつうの!」 「「「…………」」」 話を聞いていた皆が黙り込む。 ティファですら、何を言って良いものやら言葉が見つからない。 そんな静まり返ったカウンター席を、看板娘と看板息子、そして新たなセブンスヘブンの人気者が不思議そうに首を傾げて見つめているのだった…。 |