「さぁ、どうします?」

 ティファはカウンターの中で夕食の下準備をしていた手を止め、顔を上げた。
 スツールには無表情のままなアイリが座っている。
「なぁに?なにか言った?」
 レッシュとエアルをあやしていた子供たちも顔を向けた。
 アイリは涼やかな顔で一言答えた。


「いいえ、なにも」






Fairy tail of The World 〜 heart to heart 〜 (後編)







 クラウドは全く顔色変えなかったという自信があった。
 そして、持って生まれた『無愛想』をこれほど感謝したことはなかった。
 いや、感謝というか…むしろ『得した感』で溢れている。
 一言で言えば、『希少なものを見られたお得感』。

(へぇ…、こんな顔もするのか)

 ティファが絡めば自分もいつものポーカーフェイスが形無しになることを完全に棚上げし、マジマジと隣の青年を見やる。
 弟がいたらきっとこんな感じなんだろう、というくらいに自分と似通ったところのある青年、シュリ。
 他人にあまり興味がなく、表情が乏しいと人から言われているところなんか酷似しているとまで言われているが、心に決めた女性が絡むとそれらの肩書き全てを返上しないといけないところまでもが似ているとは、中々面白いではないか。

 もっとも、面白いと思えるのは自分が既に大切な人を手にしているという余裕からなのだが…。

 シュリは実にイヤそうな顔をしてクラウドの指した男性隊員を見ていた。
 何がイヤなのかは…まぁ、改めて言葉にしなくても十分だ。
 男性隊員の周りには、同性の隊員、異性の隊員が半々ずつと言った割合で集まっている。
 中々人望があるようで、容姿もそこそこだ…というのはクラウドの視点だった。

(中々イイ奴そうだな…)

 そう評価しながら、今回の慰労会に招待されたことをティファに報告したときのやり取りを思い出す。

(リーブの突然の呼び出しなんか無視すれば良かった…と一瞬思ったが…中々面白いことになりそうだな)

 緩みそうになる頬を引き締めつつ、そう思った。

 クラウドが今回のWROの慰労会に招待されたのは、おおよそ『招待』とは言いがたい御呼ばれの仕方だった。
 なにしろ、配達がある、とリーブに呼び出されたのだから。
 いつもなら、WROの輸送船などで荷運びをしている彼の突然の依頼。
 はて、荷物はなんだろう?と思いながらやって来てみると、その入り口で控えている隊員に聞かされた衝撃の事実に、思わず回れ右をしたくなったのはつい30分ほど前だ。
 いや、事実回れ右をしたのだが、すぐにその足を会場に向けることとなったのは、見ていたのか!?と思うくらいにタイミングの良すぎるコール音の鳴り響いた携帯のせいだった。
 愛しい妻からの着信音。
 その場を離れるべく足を動かしつつ、条件反射的に携帯を取り出す。

『クラウド、お願いだから私の分まで慰労会に出席してくれないかな…?早めに帰って来ても良いから…』

 もしもし?とも、お疲れ様、とも言わず、開口一番の台詞に耳を疑った。
 思わず足が止まったので、必死になって追いすがっていた隊員が背中にぶつかって非常に不快な思いをしたが、それすらも『思い出してみたら』といったもので、その時はティファの言葉にただただビックリしただけだった。
 その驚きも、ピン、ときた直感によって霧散し、
(なんで俺が…)
 という理不尽な気持ちと、
(…なにかあるのか…?)
 という妙な期待感によって埋め尽くされた。
 実際、こうして来てみて『良かった』と思えるものになってくれたのは有難い。
 シュリへ視線を戻すと、彼はもう人望の有る男性隊員の方は見ていなかった。
 手の中のグラスに視線を落としている。
 その物思う姿がまた人目を惹きつけることにこの青年は気づいているのだろうか?

(気づいてないんだろうな)

 思わず苦笑が浮かんだのは、離れたところからチラチラ視線を送ってくる彼の想い人のせいだ。
 晴れやかな…という言葉が似合いそうな笑顔のプライアデスに話しかけられ、上機嫌な兄にカクテルを渡され、他の女性隊員たちや男性隊員たちに囲まれているラナ・ノーブルは、一見、とても幸せな環境にあると言えるはず。
 なのに、作り笑いを浮かべているというのが、見ていてじれったい。

(あぁ…なるほどな)

 じれったい。
 そのことに気づいてクラウドはようやく今回、自分がここに来るよう頼まれた理由が分かった。

 じれったくて仕方ないのだ、シュリを見守っている人たちは。
 いつまでもぬるま湯にどっぷりつかって、それで満足している彼にとうとう痺れを切らし、『黙って見守る』姿勢から『せっつく』姿勢へと移行したのだ。

 となると、自分がここに来るようにお願いされたのは、ただ見守っていたらオッケーというわけではないだろう。
 先ほどのティファからの電話では、アイリは一言も口を挟まなかった。
 だから、アイリの声を聞いてもいない。
 アイリが何をクラウドに託したのか、具体的に何をして欲しいのか、それはこの会場に紛れ込んで、自由に察知し、行動してくれ、という無言のお願いのように感じる。
 それだけ、信頼してくれている、ということだろうか…?

(いや…、買いかぶりだろうな)

 少しうぬぼれたことを考えてしまい、そっと苦笑した。
 すぐに表情を引き締め、改めてシュリが不快そうな顔をした原因の青年隊員へ目をやる。
 彼はニコニコそつなく他の隊員や、先輩隊員、上司、部下ともつかない人たちに接している。

 ふむ、見事…としか言いようがない。

 何しろ、自慢じゃないがクラウドもシュリ同様、人との付き合いは最低限で十分と考えている人種なのだから。
 ウェーブがかった金髪は、少し長めで翡翠色の瞳にやわらかくかかっている。
 すっきりした面立ちにすらりとした手足。
 おっとりした物腰は、WRO隊員というよりも物語の王子様のようだ。

 外見だけならシュリも負けてないのだが、圧倒的に『人望』というジャンルで負けている…。

(い、いや、まぁ、それでも…)

 己の出した結論に思わずブルッ…と頭を振って弾き出したその結論を頭から放り出す。
 そうして、今一度思考を再開する。
 今弾き出した『答え』には一番大切なことが欠けていた。

 ラナ・ノーブルの気持ち。

 クラウドは王子様然の隊員が時折、囲まれている『人望の輪』からそっと抜け出して、『どこか』に行きたがっているのだと気づいた。
 もうどこに行きたいのかなど、改めて考えるまでもない。
 シュリが不快になる理由など、滅多にあるわけじゃないのだから。

 一昔前の自分を見ているようなデジャヴ。
 それに伴う『じれったさ』。

(…俺たちのこともこんな風に思ってたんだろうな…)

 ズルズル、ウダウダしていた一昔前を思い出し、頬に熱がこもる。
 いやはや、本当にあの頃は今、自分で振り返っても、
『なにやってんだ、俺は!?』
 と思ってしまうほどのヘタレぶり。

 あれだけティファに愛情を向けられていて、それに応えられずにズルズルズルズル…。

(…よく…、俺の傍に居続けてくれたよなぁ…)

 お店の常連客の中には、人妻となり、可愛い子供を産んだあとでも彼女への恋慕を断ち切れない男がいる。
 しかも、1人じゃなく数人。
 最盛期に比べたら減ったとは言え、それでも一般的な世情の目で見たら、
『それってどうよ!?』
 と驚かれてしまうような現象だとクラウドは思っている。

 ― 人妻、子持ちの女に恋焦がれて店に通い続ける男がいる ―

 この一文だけ読んだら、
『どんな魔性の女だよ!?』
 と思われること間違いない。
 そんな彼女が、ウジウジ人間の自分のことを一途に思ってくれていたということは、奇跡でしかないと本気で思う。
 案外、ライフストリームから親友たちが、
『クラウドのこと、よろしくね?、ね?お願いだから!』
『クラウドはティファがいないとマジでダメになる!頼むから、今はもう少しだけ耐えてくれ!!』
 と、夜毎夢に現れて懇願してくれたのかもしれない…。

(……あり得る…)

 ティファの夢に現れて拝み倒すザックスとエアリスを想像し、なんとなくげんなりする。

(まぁ…仕方ないか…)
 あの家出事件のときは我ながら最低野郎だったと腹が立つし、仲間たちには余計な苦労をかけた。
 皆のお陰で手にした幸せ。
 この恩に報いるのは、当然だろう。

 となると…。

(苦手なこともとりあえず取り組むしかない…か)

 すっかり物思いに沈み、完全に壁の花になっているシュリに軽く息をついた。
 とりあえず、この『ウジウジ男』をつついてみるか…。


「シュリ、俺はライたちとちょっと話しに行ってくるが、お前はどうする?」
「俺はここでいいです」


 予想していた通りの言葉が間髪要れずに返ってきた。
 思わず苦笑が口に浮かぶ。
 あ〜だ、こ〜だ、悩んでいた僅かの間、それすらもシュリには筒抜けだったのだとイヤでも気づく。
 自分がこうしてここに『アイリの差し金』でいることもシュリには分かっているんだろう。
 なら、ごまかしても無駄だ。
 自分如きがつついたって、この変に頑固な青年には通用しないだろう。
 なら、次につつくのは…。

「そうか。じゃあ行ってくる」

 あっさりとそう返して、いつの間にやら遠巻きに自分のことを眺めていた隊員たちの輪へ向けて歩き出す。
 波がサーッと引くように道を開けてくれる隊員たちが向ける好奇の視線を全身に感じながら歩くのは、非常に気恥ずかしい。

(恥ずかしいのがあまり顔と態度に出ない性質で本当に良かった…)

 プライアデスが近づくクラウドに気づいた。
 作り物でない笑顔を向ける。
 釣られてクラウドも頬を緩めると、プライアデスの視線を追ってクラウドに気づいたノーブル兄妹が新たな笑みを浮かべて一礼した。
 3人と同じ輪にいた他の隊員は、いずれも「あ!」と言わんばかりの顔をして生真面目に敬礼する。
 その差にクラウドの微笑みが苦笑交じりになった。

「久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです、クラウドさん」

 声をかけると、紫紺の瞳を優しく細めた青年が変わらない明るい声音で出迎えた。
 その笑顔はどこまでが『芝居』だろう?
 きっと、シュリは知らぬフリをしつつ、思い切り気にしているに違いない。
 勿論、これはクラウドの勝手な想像。
 自分だったら気にせずにはいられない、という結論からの想像だが、果たしてシュリに当てはまるだろうか?
 少し離れたところに座っているリーブの目がクラウドを追っている。
 何やら視界の端で、リーブが自分を見ながら席を立とうとしているのが見えた。
 なんとなくイヤな予感が胸をよぎったクラウドは、久しぶりに会えたことを純粋に喜んでくれるグリートと、憧れの英雄が目の前に現れて感極まっている隊員たちに申し訳なく思いつつ、
「『ラナ』、少し良いか?」
 ぱちくり、と目を見張って驚く彼女の腕を取ると、呼び止められる隙を与えないままさっさと輪の中から脱出した。
 背後から、
「えぇ?なんでラナだけ?しかも、いつからラナのこと『ラナ』って呼び捨て!?」
 という、グリートの素っ頓狂な驚きの声が上がり、呼応するように彼らの輪の一員から驚きの悲鳴ともつかない声が上がった。
 クスクス、というプライアデスの笑い声が混じっていたように思ったが、気のせいではないだろう。

 突き刺さる好奇の視線を浴びつつ、クラウドはビックリしたまま抗議の声すら上げないラナを連れて廊下に出た。
 呆けたような顔をしている彼女に、一瞬だけ噴き出しそうになる。
 が、すぐに顔を引き締めた。
 まず最初に、突然連れ出した非礼を詫びる。
 ようやっと呆けていたラナは我に返った。
 クラウドの謝罪を笑顔で受け取る。

「それで、どうしたんですか?」

 どことなく悪戯っぽく微笑んでいる彼女は、いつもの活発な彼女だ。
 言いたいことを言って、でもちゃんと相手のことを思いやっている言葉をかけられる彼女。
 先ほど見た、言いたいことを胸に溜め込んで悩んでいるなど、彼女には似合わない。
 だから、周りの人たちは『痺れを切らした』のだ。
 それは、クラウドも当てはまるわけで…。

 ラナの笑顔に釣られるようにしてクラウドも悪戯を思いついた少年のようにニヤッと笑った。

「いつになったらすっきりするのかな?と思ってね」
「なにがです?」
「シュリとラナ」

 途端、サッとラナの顔が強張った。
 ほんのちょっぴり、悪いことを言ったかな?と思わないでもなかったが、自分は経験者なのだ、と言い聞かせてクラウドは言葉を飲み込むことはしなかった。

「ラナも知ってる通り、俺は口が重い」
「え…と…?」
「そんなだから、俺は周りの人が助けてくれなかったら今みたいに幸せには絶対なってなかったって自信がある」
「…あの…」
「助けてくれた人の中には、リトもライもいるし、ラナもいるしシュリもいる。だから…」
「……」

「だから、今度は俺の番…だよな?」

 強張った顔から戸惑いの表情へ変わった彼女を見下ろして、心の中で『間違っていない』と確認をする。
 そう、自分がこれから言おうとしていることは、多分、的外れではないはず…。

「シュリは口が重い。大切な人が絡むとてんでダメだ。それに、アイツは迷ってる。自分が幸せになっても本当に良いのか…って」

 大きく目を見開いたラナに、ゆっくりと話しかける。
 彼女の心にちゃんと届くように…。
 拙い言葉しか持たない自分でも、精一杯の想いが1つ残らず届くように…。

「でも、その迷いは間違っているって俺は思う。ラナはどうだ?」
「…わたしは…」

 あえぐように声を絞り出したラナを、クラウドは黙って見つめた。
 彼女が自分の中でちゃんと答えを出せるように。
 拙い言葉でしか伝えられない、その言葉の合間にある『心』を汲み取ってくれるだけの時間を与えるために…。

 ラナは聡明な女性だった。
 そう改めてクラウドが感心するだけの結論を彼女は弾き出した。
 数回の深呼吸をした後、ラナははにかみながらも満面の笑顔を浮かべた。
 そして、一歩クラウドから離れると勢い良く頭を下げた。

「クラウドさん、ありがとうございました!」

 そうして、ちょっぴり涙の浮かんだ目を細めながら輝かんばかりの笑顔を浮かべて顔を上げると、
「私、行って来ます!」
 そう言い残し、会場へと駆け戻っていった。
 クラウドの良く知る、元気で前向きで、人の心を無駄にしないラナ・ノーブルに戻って。


 *


「はい、任務完了」
 コトリ。
 カップをソーサーに置いたアイリに、ティファは怪訝そうな顔をした。
 相変わらずの無表情。
 それなのに、その横顔は、
「アイリ、どうかした?」
「いえ、別に」
 そっけない返事のくせして、なぜか嬉しそうに見えた。
 首を傾げるとアイリはスツールからおもむろに立ち上がった。
 なんだろう?と見ていると、彼女はティファの手からピューラーを取り、まだ皮のむき終わっていないジャガイモを手に取った。

「ティファ、今夜は泊めさせて頂くことになりましたのでお手伝いします」
「まぁ、本当に?」
「えぇ。クラウドさんにお礼を申し上げなくては」
「へ?クラウドに?」

 アイリの『お泊り宣言』に顔を輝かせたティファは、すぐにまた不思議そうな顔をすることになった。
 だが、そんなティファを尻目に表情の乏しい女性は黙々とジャガイモをむき始めた。

(……ま、いっか)

 考えても仕方ない。
 それに、クラウドが帰ったらすぐに分かるだろう。
 それよりも何よりも、アイリが泊まると言ってくれた事の方が重要だ。

「じゃあ、今夜は愛情いっぱいこめてご馳走作らないとね!」

 今、2階でお風呂に入っているマリンと子供部屋で赤ん坊を見てくれているデンゼルに朗報を伝えるべく、ティファは足取りも軽く、階段を上るのだった。


 後日。
 WRO内では、期待の若手有望者と大財閥の令嬢が正式にお付き合いを初めてしまった…と、ハリケーンのような勢いで噂が流れ、若い隊員の多くがあまりの衝撃にテンションだだ下がり状態になってしまい、隊員の士気を高めることに苦労したらしい。
 そんな中、紫紺の瞳の青年とグレーの瞳の青年がガシッ!と拳を合わせて喜んだとか何とか…。
 そして、そんな騒ぎとは別に局長室では…。

「まったく…、今度こそちゃんと一言、お願いしますね」
『…俺にそれを依頼するって時点で間違えてると思わないか?』
「なに言ってるんですか。この前の慰労会で黙って帰っちゃったこと、ちゃんとお詫びするって言ったのはクラウドさんですよ?」
『いや…、確かに言ったが…」」
「男の言葉に二言があるんですか?」
『……はぁ〜…』
「今度こそ、隊員たちへ日頃の労いのスピーチ、お願いしますね!」
『………』
「返事!」
『…う……はい』

 などというやり取りが密かに交わされていたりする。

 とにもかくにも、世界は今日も平和だ。