相思相愛だと周りから言われていても、当の本人達がその自覚に疎く、且つ、未経験レベルの場合、一体親友としてどうフォローしたら良いのだろうか…? そんな心配をしていた矢先に信じられない情報が飛び込んできたら、誰だって大パニックになってもちっともおかしくないのではないだろうか? 金髪・碧眼の青年は混乱しながらも、かろうじて残っていた冷静な頭でそんなことを考えた。 Fairy tail of The World 〜 ワンステップ(前編) 〜「……悪いがもう1度言ってくれないか?」 目の前で興奮して真っ赤になっている親友に頼む。 クラウドの言葉に、青年は薄い茶色の髪が乱れるのも構わず、クシャクシャに掻きまわしながら苛立ちを募らせた。 「だから!!ラナが……、赤ちゃん出来たかもしれないんだよ!!」 …聞き間違いではなかった…。 クラウドは何と言って良いのか分からない至極不可解な思いに囚われた。 突然やって来た青年の深刻な顔にビックリしたが、それ以上にビックリする内容にただただ混乱する。 まず一番最初に頭に浮かんだのは、『ありえないだろ、そんなこと』だった。 何しろ、親友の妹であるラナ・ノーブルは、結婚前になんとか……とか、そういうタイプの女性に見えないからだ。 いや、それ以上に…。 (あの2人がそんな、『おめでた』とかまで仲が進展したはずないだろう…?) と思うわけだ。 何しろ、ラナは浮ついたところがない。 むしろ、男性から見たら、『憧れ』で終わってしまうような…そんな『壁』を感じさせられる女性。 無論、周りを拒絶しているとかそんなことではなくて、簡単に自分の弱い部分を晒し、頼れる人間を作らない、そんな感じなのだ。 ようするに、恋人を作りにくいタイプ、そうクラウドは思っている。 そんな彼女に恋人らしき人が出来た!というビッグニュースは半年ほど前に突如、舞い込んだ。 クラウドの最愛の妻、ティファとの間に双子の赤ん坊が生まれた『お祝い』の席でのこと。 ラナの想い人であるシュリは、WROの中佐という地位に若くして上り詰めた隊員。 だが彼は普通の人間ではなかった。 前世の記憶を1つ残らず引き継ぎ、前世からの思いを果たすべく、一人で闘ってきた心の強い人。 そして、その彼は今から約1年半ほど前に、その思いを遂げた。 そうして、その後1年ほど行方知れずになっていた。 再会した妹、アイリと前世での従兄弟であり現世での『部下』であるプライアデス・バルトと3人で復活に向けて『特訓』をしていたらしい。 アイリは死ぬ気満々だったので、肉体の損傷が激しかった。 回復するだけでも大変だったろうに、その後の特訓の成果のお陰で今ではどういうわけか、シュリ以上の力を持っているという…。 死んで地獄に落ちることだけが唯一の望みだったアイリは、『生きる道』を選んでくれた。 それは、彼女の愛して止まないシュリとプライアデスの心に動かされたからだ…とクラウドは思っている。 シュリの人生は暗いものだった。 生きる目的はただただ、アイリとプライアデスを見つけるためだけ。 だから…だろうか?シュリは、アイリとプライアデス以外のことは『無駄』なものとして排除して生きてきた。 そしてその中にはしっかりと『恋愛感情』も含まれている。 クラウドが思うに、シュリは『お芝居』での恋愛は非常に卓越しているはずだ。 何しろ、潜入捜査を買って出て、ことごとく成果を収めている。 女装することすら厭わない姿勢はクラウドとは大違いだ…。 とまぁ、そんなシュリが初めて異性に心惹かれた相手がラナ・ノーブル。 最初、彼女はシュリが大嫌いだった。 それがいつの間にか受け入れていて、想いを寄せるようになっていた。 彼女のこともストライフファミリーは大好きなものだから、相思相愛だと分かったときは自分たちのことのように喜んだものだ。 だが、恋愛に疎い美男美女カップルの仲があまり進展しないことが今度は心配の種となってしまった。 WROの任務は不規則で多忙だ。 揃って休みをとることが難しいらしい。 だから、2人だけでどこかに遊びに行く、いわゆるデートもままならない状態だ、と嘆いたのは目の前で真剣な顔をしてテンパっているグリート・ノーブルだった。 しかも、そう嘆いたのはたった1ヵ月ほど前でしかない。 それなのに、急にそんな悩みを抱えて突撃訪問をかましてくるとは…。 クラウドは軽くめまいを感じながら額に手を添えた。 「妊娠したって…いうのか…?」 小声で聞いたのに、グリートは「シーッ!」と人差し指を立てた。 そうして、必要以上に顔を寄せる。 クラウドは距離をとろうとしたが、既に背中はカウンターに押し付けられている。 逃げ場は無い。 「なんか最近、ずっとダルそうにしてるし、微熱もあるみたいだし」 「…それは風邪じゃないのか…?」 「そんなことない!風邪だったら咳とか出るだろ、それが全く無い!それどころか…それどころか…!!」 「…なんだ…?」 「酸っぱいものが食べたいって言って、酢の物とか滅茶苦茶食べるようになったんだ!!」 「………」 ぐあーーーっ!! わけの分からない叫び声を上げながら髪をぐしゃぐしゃに掻き乱す青年に、クラウドは脱力した。 それだけの理由で『おめでた』だと思う青年の気持ちが分からない。 いや、分からないわけではないのだが、こう…もっと冷静に対処出来る男だと思っていたので何となくガッカリした…というか、つくづく『兄バカ』だなぁ…と感じたというか…。 (酸っぱい物が食べたくなった、とか微熱があるで妊娠だと思うとは…やれやれ) 内心で、他にも妊娠の兆候として知られる有名な症状が他になかったのか…?と突っ込みたくなったが、今は他人が言うことを冷静に聞けない状態にあるグリートに説明する気持ちにはなれなかった。 だから…。 「本当に妊娠してるならWROの任務はマズイんじゃないのか?」 その場しのぎの言葉を選んだのに…。 「そうなんだよ!!」 ガシッ! クラウドの両肩を掴んで引き寄せる。 いくら綺麗な容姿をしているとは言え男に迫られても気持ち悪い。 思惑が外れてガックリくるまえに、生理的に『男に迫られる気持ち悪さ』が勝った。 クラウドはイヤそうに顔をしかめながら逃れようと身を捩ったが、全身全霊で力を込めている青年から逃げることは不可能だった。 顔を必要以上に寄せ、 「俺の言うこと全然聞かないんだ!クラウドさん、お願いだ!ティファさんからでも良いから、ラナを説得してくれ!」 涙を浮かべて懇願する。 正直、暑苦しい。 そりゃ、ラナも言うことを聞く気になれないだろう、それにしてもいったい、何と言って『言うことを全然聞いてくれない』となったのか?まぁ、どうせ単刀直入で『WROを退役しろ!!』とか言ったんだろうなぁ…などなど思いながら、クラウドは溜め息をついた。 グリートの顔をグイッと押しのけて引き剥がす。 「分かった。とりあえず真相を確認してみるようティファに協力を頼もう」 「恩に着るー!」 「それで?」 「『それで?』って何が?」 「本当に妊娠だったらどうするんだ?シュリにも確認とって無いんだろ?」 途端、グリートの表情が一変した。 思わず『ひっ!』と声を上げそうになるほどの……凶悪顔。 背後に真っ黒い炎が燃え盛っているように見えるのは、勿論幻覚……幻覚のはずだ。 「勿論、責任取らせる」 ゆっくりと、骨の髄にまで染みこませるように言ったグリートに、「そ、そうだな…」と半ば機械的に答える。 グリートはクラウドの様子にまるで気づいていない。 自分の中で膨れ上がった想像を睨みつけるようにしてニーッ…と笑った。 「いくら敬愛する年下上司殿が相手でも容赦しない。奥歯の一本や二本や三本や四本…。肋骨の一本や二本や三本や四本、折られる覚悟は持ってもらう」 クックック。 胸の奥からこみ上げる笑いを堪えようともしないグリートに、クラウドはただただ頬を引き攣らせながら漆黒の髪をした年下の青年の無事を願うばかりだった…。 * 「…ありえないじゃない…」 「…そうだよな…」 その日の夜。 可愛い子供達が夢の中に旅立ってからいつもの夫婦2人の時間として、お茶を飲みながらクラウドは昼間の一件を話した。 愛妻の答えは予想通り。 次いでに言えば、呆れた顔も予想通り。 「なんで『そんなことあるはずない』って言えなかったの?」 呆れかえってそう言うティファに、クラウドは自己弁護をしようと口を開いたが、 「……あの時のリトの顔を見たら分かる…」 としか言えなかった。 説明が非常に難しい。 あの時感じたツンドラ地帯そのものの冷気とどす黒いオーラ。 悪魔を思わせる笑み。 これまで自分達が見てきた彼とは全く違う一面。 自分の拙い言葉では到底表現しきれないし、表現しようとして色々言葉を考えるのも……しんどい。 たとえ、「なにそれ…?」と、最愛の妻にちょっぴり小バカにされたとしても…だ。 あの時の状況を正確且つ的確に表現することなど不可能だ。 そっぽを向いて葛藤している夫の心中などいざ知らず、ティファは溜め息をついた。 「『妊娠してるんじゃない?』なんて聞けないわよ…?」 「……そうだよな…」 ガックリ。 クラウドは肩を落とす以外にすることがなかった。 ティファの言うことの方がグリートの言い分よりももっともなのだから仕方ない。 それでも、約束したのだからなんとかそれに近いことを成し遂げてもらいたい。 そう思って思い切って顔を上げるが、 「無理よ」 既にジッと見られていたティファの眼力に負けて再び肩を落とした。 なんとなく捨てられた子犬のような様(さま)に、ティファは苦が笑いを浮かべた。 こんな風に他人に振り回されて感情が表に出る日がくるとは、目の当たりにしても未だに信じられない気がするのだ。 (本当に……良い人達に出会ったわね…) 心からそう思う。 だからついつい、『無理だ』と理性で判断していることなのに、『なんとかしたい』と本能が反対の声を上げてしまうのだ。 そして、その本能の声に従いたくなる。 「妊娠してるか…って聞くことは無理だけど、最近の様子を聞くことくらいならしてみても良いわよ」 途端、捨てられた子犬はパッと顔を輝かせて尻尾を振った夫に、思わず笑みが広がってしまう。 他人から見たらその表情の変化はあまり分からないだろうその夫の表情の変化。 だが、夫婦という強い絆で結ばれたからこそ分かる表情の動き。 (ふふ、これが妻の特権よね) おずおずと手を握ってきた夫に、そっと握り返しながらティファは至福を噛み締めた。 さて。 ここからがティファにとって、一種の戦いだった。 何しろ、生後一年の我が子は目が離せない。 デンゼルとマリン、それにシェルクがよく子守をしてくれるから非常に助かっているが、それでもやはりあまり長時間自由な時間は取れない。 WROに勤務しているラナに時間をあわせてもらうにしても、何か『口実』がなければ気が引ける。 何しろ、ラナは多忙だ。 年若い女性でありながら、既に准尉という肩書きを持つ。 並みの男性よりもはるかに優れた頭脳、行動力、そして戦闘力を持っている彼女は、休日も返上して仕事に打ち込む、という熱血振り。 そんな彼女をいったいどうやってセブンスヘブンに呼べばいい? いやいや、セブンスヘブンではこういう話しはしづらいかもしれない。 なら、他の洒落た店にするべきか…? いやいやいや、そんなことしたら勘の良い彼女のことだ、絶対に『なにかある!』と気づかれる可能性がある。 「やっぱりセブンスヘブン(ここ)にきてもらうのが一番よね…」 我知らず、ついつい声になっていた心のぼやきにすら気づかない。 デンゼルとマリンがキョトン…とした顔をしながら、レッシュとエアルを抱っこしつつ顔を見合わせた…。 (それにしても…) ふと思い返す。 自分が妊娠した時はどうだっただろう…? (ん〜…まずは…) 酷く情緒不安定になった。 わけもなくイライラしたり、そうかと思えばそんな自分に酷く落ち込んだりして、クラウドやデンゼル、マリンを心配させたものだ。 あとは? そうそう、何を食べても胃がむかついてしまって困ったものだ。 だから自然とあっさり、さっぱりした口当たりのものばっかりを食べていた…。 (そうねぇ、確かに酢の物はさっぱりしてたから食べたっけ…) きゅうりにゴマをふりかけ、酢としょうゆ、ほんのちょっぴりの砂糖で味を調えたものをひたすら食べた。 クラウドには『カッパになるぞ?』と本気で心配されたものだ。 あの時のクラウドの真剣に心配する顔を思い出し、1人頬を緩ませる。 初めての妊娠で不安がない、と言えばウソになるが、大好きなクラウドが自分以上に心配し、不安になって少しのことでオタオタ、オロオロしてくれたからこそ、『大丈夫、大丈夫私は…、こんなに心配してくれる旦那様がいるんだもん』と逆に落ち着けたし、とても幸せだった…。 (ハッ!!なに和んでるのよ私!) 思い出の中の至福を噛み締めていたことに気づいて一人赤面する。 今、考えなくてはならないことは自分の幸せ度合いについてではなく、悩める親友をどうするか…だ。 (私の妊娠初期の頃の経験に当てはまるかどうか、ラナさんに聞いてみるしか方法は無いでしょうね。だけど…、どうなのかしら、実際…) 人間的にもWRO隊員としての資質も素晴らしい2人だが、恋愛に関してはド素人もいいところだ。 と言うか…。 (一般的なお付き合いしてる……のかなぁ……?) 2人がそこら辺に多々いるカップルのようなお付き合いをしている図がどうしても想像できない。 手を繋いで歩く。 楽しそうに笑いながら一緒の時間を過ごす。 時には喧嘩して、でもすぐに仲直りして…。 そして…。 (………デートの間とか、帰り際にチュー……したり……???) …。 ……無理だ。 全く想像できない。 そもそも、2人に付き合っているという共通概念があるのだろうか? クラウドと自分の関係を当てはめようとしてティファは即断念した。 自分達だって、恋人になる…とかそういう甘い関係になる前よりも一緒に住み始めてしまったのだ、一般的な人達の持つ恋愛概念には当てはまらない。 (ん〜…どうやって確かめようかなぁ…) ラナが妊娠しているかもしれないとは正直微塵も思っていないが、2人が幸せなカップルでいてくれているのかどうかということに関しては滅茶苦茶気になっている。 だからこそ、グリートの悩み相談に乗るという形を取りながら、2人の仲を確認しようとあれこれ考えているのだ。 急に呼び出したりして、忙しい2人の迷惑になったりしないだろうか? きっと迷惑になること間違いない。 それに、どうやって呼び出す? 1番、『会いたい』から? 2番、『顔が見たくなった』から? 3番、『可愛い我が子達を自慢したい』から? (……3番は論外ね…) 自分の親バカ振りに冷笑しながら首を振る。 全く困ったものだ、どうしたら良いのだか。 ここは妥当に1番とか2番でいってみようか…と思った。 ウソではないのだし。 「うん、そうしよう」 色々とごちゃごちゃ考えたが、結論が出たら即行動。 ティファは携帯に手を伸ばした。 アドレスを開いて通話ボタンを押そうとしたその指は、まだ開店には早いドアベルの音で止まってしまった。 「「「 えぇっ!? 」」」 素っ頓狂な声で出迎えてしまったお客様は、デンゼルとマリン、ティファのビックリした顔を見て1人はニッコリ微笑み、もう1人は無表情で返した。 「こんにちは」「ご無沙汰してます」 まさにティファにとって渡りに舟の状態。 シュリとラナのペアでの来店に、セブンスヘブンの住人は沸き立ち、突然驚愕の声を上げた保護者達に驚いたレッシュとエアルの火がついたように泣き叫ぶ声で暫く店内は大わらわとなった…。 * 「それで、一体どうしたの?」 レッシュとエアルを2階へ寝かし付けに行ったデンゼル達を見送って、ティファは声を潜めた。 2人が突然来るなんて、恐らく子供たちには聞かせられない事態が発起したに違いない。 ティファの緊張を汲み取ったのだろう、シェルクの表情も引き締まったものになっている…。 だが、ティファの心配をよそにシュリとラナは少し困ったような顔をした。 「実は……」 「グリート・ノーブル少佐に恨みを買っているようなんですが、お心当たりはありますか?」 言い出しにくそうなラナに代わるようにシュリが訊ねた。 「ブハッ!?!?」 「ティ……ティファ?大丈夫ですか?」 思わずコーヒーを吹き出したティファに、 「やっぱり何か知ってるんですね!?」 「それで、何と言っていました?」 ラナは身を乗り出して、シュリは淡々と言葉を重ねる。 ティファはシェルクが持ってきてくれた真新しい布巾でうっかり吹き出したコーヒーを拭きながら引き攣った顔で笑って見せた。 そして条件反射のようにごまかそうとして…。 「…………まぁ、ごまかしても仕方ないか…」 思い直して椅子に座りなおした。 隣では不思議そうな顔をしてシェルクが見つめている。 ティファはほんのちょっぴり迷った。 この場にシェルクがいる状態で話を切り出しても良いものかどうか…。 プライベートな内容になるのだから、シェルクには悪いが席をはずしてもらおうか…? 迷った時間はほんの数秒。 シェルクをチラリ、と見て席をはずしてもらえるようお願いする前に、 「ティファ、レッシュとエアルの様子を見てきます」 察したのだろう、シェルクはさっさと席を立った。 「うん、ごめんね、よろしくシェルク」 「はい」 微かな微笑を残して2階に消えたシェルクの背中が、初めて会った頃よりも随分大きくなったように見えて、ティファの頬が緩む。 「さて…」 そうしてティファは向かい合って座っている友人2人に向き直った。 |