「ルーファウスより『動ける全兵士は1階エントランスに集合。新手の死神を排除せよ』と命令が出ています」

 シェルクの淡々とした変わらない口調にホッとしたのも束の間、物騒極まりない内容にリーブは眉間にシワを寄せた。
「新手の死神?」とシャルアが訝しげに繰り返し、すぐハッと何かに気がついたように隻眼を見開いた。
 シャルアに同調したわけでもないだろうが、偶然リーブたちと同じタイミングでシェルクたちとの合流を果たした3人のタークスがそれぞれ深刻な面持ちで顔を見合わせる。

「もしかしなくても…」「あの女の人じゃないですか?」「…それ以外考えられんな」

 ボソボソと低いやり取りは、それでもしっかりその場にいた面々の耳に届いた。

「何を知っている?」

 決して大きな声ではないのにズッシリと腹に響く声。
 3人はビクッと身を竦ませた。
 恐る恐る顔を向けると、紅玉の瞳を持つ元・上司。
 現・上司が今も敬愛しているタークスの大先輩。
 そのような人物に問われて中途半端に応えることなど出来ようはずもない。
 つっかえつっかえ、3人は代わる代わる禁止されたはずの実験をスカーレットが捕虜の女に施していたことを話した。
 短い説明だったがその話しの内容にヴィンセントは口元を引き結び、目を見開いた。

「ヴィンセント!?」

 あらかた聞き終えかと思うと無言のまま背を向けて走り出したヴィンセントに驚き、その場の面々が慌てて追いかける。

「仲間だ」
「え?」

 訝しげに眉を寄せる神羅の仲間たちにヴィンセントはハッキリとした口調で言った。

「ティファに間違いない。アバランチの1人で私の仲間だ」

 リーブたちは息を飲んだ。
 ルーファウスからの命令は要するに新たな死神の抹殺命令だ。
 その命令対象となっているのがヴィンセントの仲間。
 いつも迷っても決断を下すのが神羅組は早いが、その中でもヴィンセントの隣を併走していたシェルクの行動は早かった。
 足を止め、反対方向へ走り出す。

「ちょ、シェルク!?」
「今すぐ、ルーファウスへ命令の取り消しを!私はティファ…という人の居場所の確認とその身柄の確保を出来る限りやってみます」

 驚き声を上げた姉に向かってシェルクは足を止めずに自分のしようとしていることを早口で伝える。
 センシティブ・ネット・ダイブをするつもりなのだ、と察したはいいが、神羅組は悩んだ。
 ヴィンセントの補佐に付くべきか、センシティブ・ネット・ダイブをしている間の無防備なシェルクを援護するべきか。
 逡巡は一瞬。

「ナナキ、おめぇあいつらの方頼む」「うん、分かった」

 タークス3人とシドはヴィンセントの補佐。
 シェルクの補佐はリーブ、シャルア、ルクレツィアそして、ナナキ。
 どう考えても、シェルクの補佐に回った人間は戦闘には不向きであることに気がついたシドは俊足な仲間に託し、それをナナキは受け入れた。

 走りながら全員が願った。
 これ以上、誰も犠牲にならないように…と。

 だが、振り払っても振り払っても不吉な予感が背後からヒタヒタと追いかけてくる足音が聞こえるような気がして、不安が急速に高まるばかりだった…。





Fantastic story of fantasy 34






 ティファは走っていた。
 どこに向かって走っているのか自分でも分からないが、息が切れて心臓が爆発しそうなほど苦しく脈打っても、それでもひたすら走って走って、追いかけてくる”何か”から逃げていた。

 ―『…やめろ…ティファ…』―

 何度も蘇ってくる仲間の掠れた声。
 伸ばされた手。
 必死に縋ってくる瞳。

 それを自分は…。

「あぁあ…ああぁぁあ!」

 手の平に爪が食い込むほど握り締めても尚、肉を切り裂く感触が消えない。
 夢でも間違いでもなく、自分が斬り裂いてしまったのだと…、これは現実なのだと容赦なく突きつける。

 なんで?いつから私は間違えたの?分からなくなってたの?
 どうして私はエルダスを斬ったの?
 あぁ、それに!
 躍起になってエアリスを殺そうとしてしまった。
 バレットも、ジェシーも、ビッグスも、ウェッジも、それを止めようと必死に私へ声を上げていたのにどうして聞こえなかった?
 どうして皆の声だって分からなかった?
 それに、クラウド!
 どうして生きてたの?
 違う、最初から死んでなかった?
 じゃあ、私が見たあの光景はなに?
 ううん、おかしくない、私が見たものは間違えてない。
 でも、じゃあなに?クラウドが殺される直前に見たみんなの死体は…なに?
 私はいつ、どうして、こんなところにいるの?
 ここはどこ?私はどうして走ってるの?
 どうしてこんなに胸が苦しいの?
 エアリスは私を攻撃したの?それとも護ろうとしてくれたの?
 そもそもあのエアリスは本物?それともニセモノ?
 じゃあ、エルダスも本物なのかニセモノなのか確かめてないから分からないわよね?
 でも、私を止めようとしたクラウドは本物だった。
 心配そうに必死になって手を伸ばしてくれたあの人は絶対に本物。

『 ティファ、違う 』

 大混乱に落とされているティファの耳に落ち着いた低い声が響く。
 ビクッ!と身を竦ませ、思わず足を止めて振り返るが、見えるのは無駄に広い廊下と倒れている黒いスーツに身を包んだ兵士たち…。

『 俺はここにいる。星の中に 』

 ハッと反対を見る。
 しかし、姿はない。

『 ティファも見ただろ?俺は死んだ 』

 勢い良く振り返り見るがやはり誰も生きた者はいない。
 元は真っ白いはずの壁に血痕が不気味な模様を描いているだけ。

『 ティファ。アレは俺のニセモノだ。神羅の科学技術をもってすれば、それくらいわけはない 』

 喘ぐように息をしながらティファはグルグルと自分の周りへ視線を投げる。
 シン…と静まり返る廊下に響くのは、自分の荒い息遣いとクラウドの低い声音だけ。
 まとわりつくような彼の声に気がふれそうになる。

『 ティファ。俺はティファを苦しめたいわけじゃない。だから聞いてくれ 』
 なにを…?と、慄きながらティファは胸の中で訊ねる。
 クラウドは囁いた。

『 ティファ、目を閉じて 』
 荒い息を繰り返しながら恐る恐る目を閉じる。
 激しく上下する胸に両手を当てると、少しだけ落ち着くような気がした。

『 思い出せ。惑わされるな。俺もみんなも死んだ。だから、ティファがさっき殺した男はエルダスのニセモノだ。ティファはエルダスのニセモノを殺しただけ…。アイツも星で喜んでる。ほら…。 』
 ハッと息を飲む。
 瞼の裏に突如、エルダスが浮かび上がった。
 相変わらず、中々の好青年然として立っているその姿はティファの良く知るエルダスそのものだ。
 その彼の口元には満足そうな笑みが浮かんでおり、声は聞こえなかったが唇の動きから「ありがとう」と言ったのが分かった。

『 な?アイツは喜んでる。だからティファが罪悪感に苛まれる必要なんかどこにもない 』
 本当?と震える心を抱えながら問いかける。
 あぁ、とクラウドの低く優しい声音が返答。
 その声にゆっくりゆっくり、乱れていた呼吸と脈が戻る。
 先ほど受けたエアリスのニセモノからの攻撃。
 そのダメージが胸の奥底から消え、確固たる自信が沸いて来る。
 そう、惑わされない、もう2度と。

『 そう、それで良い。あとは追いかけてくるアイツを始末するだけだ 』

 スーッとクラウドの気配が遠のき、ティファは目を開けた。
 廊下の先に金糸の髪を持つ”敵”が現れたのはそのときだった。


 *


 甲高い悲鳴を上げ、己の顔と頭を掴んで膝を着くティファは、揶揄でもなんでもなく、本当に気が狂ったようにしか見えなかった。
 その姿は見ている者の背筋を凍らせるには十分だった。
 クラウドとザックスも例外ではない。
 魂が引き裂かれんばかり…という表現があるが、まさにその言葉通りの悲痛、苦悩、絶望に満ち満ちた悲鳴を上げるティファに全身から血が音を立てて引いていく気がした。
 そしてその一瞬の隙を突いてティファは突然、信じられないほどのスピードでその場から走り去った。
 慌てて追いかけるクラウドに、誰も、ザックスですら付いて来る気配はなかったが、そんなことはどうでも良かった。

 ティファの狂気、苦しみ、絶望は、間違いなく神羅の実験の呪縛から解放されたが故のものだ。
 自分が何をしてしまったのかを突きつけられた彼女が取り乱し、混乱し、己を呪うほどに責め苛むのは至極当然のことだ。
 人一倍優しい彼女が正気を失っていたとは言え、仲間を傷つけ、あまつさえ殺そうとしたなど信じがたい暴挙であると同時にそんな己を許せるはずがない。
 クラウドはティファの苦しみを思って唇を噛む。
 彼女は悪くないのだと。
 むしろ彼女こそ被害者なのだと、どうしたら分からせてやれるのか分からない。
 そして、最悪の想像が脳裏を廻り、言い知れない恐怖と焼け付くような焦燥感が胸を締め付ける。
 絶望がジワリジワリと這い上がってきてクラウドを飲み込もうとしていた。

「いや…まだだ」

 まだ大丈夫。まだ間に合うはずだ。
 むざむざ自殺などさせはしない。
 だがそれでも。
 どうしても罪を背負ったまま生きていくのが辛いというなら、一緒に死んでやる。
 1人でなんか死なせたりしない、絶対に。
 だけど、死ぬことよりも生きることを選んでくれるなら、どこまでも一緒に歩いていくと誓おう。
 とんでもないことをしてしまったのだから仲間の元へは帰れないと言うなら、一緒に世界中を放浪してやる。
 ティファがいてくれたらそれで良いのだから。

「今度こそ」

 彼女を1人にしない。助けてみせる。
 5年前に四葉のクローバーと共に誓ったあの約束を今度こそ果たしてみせる。

 視界が開け、広い廊下に躍り出たクラウドはようやく探していた人の姿を廊下の先に見つけることが出来た。
 思わず足が止まる。
 姿を見た瞬間、こみ上げてきたのは安堵。しかし直後に不安が押し寄せる。
 彼女はまだ囚われたままだろうか?
 エアリスの癒しの力がどれほど効いたのか分からない。
 むやみに近づいて彼女がますます壊れてしまったら…と思うと距離を縮めることが急に怖くなる。
 だが、その迷いは杞憂に終わった。
 殺気を放ちながら彼女が突っ込んできたからだ。
 全身を悪寒が駆け巡るほどの殺気。
 セフィロスと対峙したときとはまた違う恐怖に反応が遅れる。
 こちらへ疾走してくる途中、実に流れるような仕草でティファが倒れていた黒い死神の手から武器をもぎ取り、体を半回転させながらソードを一閃させた。
 紙一重でそれを避けるが、ティファは容赦のない追撃を繰り出してきた。
 蹴り技、拳、そして剣戟。
 クラウドは元々剣を使った戦いをより得意としていたが、ティファは違う。
 武器を使わず己の拳こそが武器とした戦いを得意としていた。
 そんな彼女が”死神”として武器を扱えるように”洗脳”され、本来備えていた格闘術と合わせて攻撃をしてくる。
 かわすので精一杯な状態な上、ティファへ武器を向けるなどクラウドには出来ない。
 せいぜい、斬りつけようとする剣を剣で受け止めるくらいだ。
 幾度剣を合わせ、ティファの拳や蹴り技を避けただろう?
 その間も必死に呼びかけ、押さえ込もうと立ち回り、隙を突かれそうになって肝を冷やす。

 早く止めなければ!

 焦りだけが先走り、どうにも冷静に戦況を見極められない。
 セフィロスが最期に残した言葉が不気味に頭の中で繰り返される。


 『 女の身体は男の身体以上に崩壊が早い 』


 死の間際でのイヤがらせだけというなら問題ない。
 しかし、それがもしも事実なら…?
 そして、恐らくイヤがらせではなく真実なのだという直感がクラウドにはあった。
 エアリスも言っていたではないか。
 身体に過剰な負担がかかる…と。
 だから、普通の人のレベルを保って欲しい…と。
 傷ついたザックスの傍らで、そう懇願したではないか、無理をしないでくれと。
 それはまさに、ティファにも当てはまることだ。
 ”死神プロジェクト”に例外はない。
 身体が拒絶反応を起こして崩壊するか、正気を失って神羅のコマとなるか、道はその2つしかない。
 ザックスのようにエアリスに出会った奇跡を手にした者や、セレスティックのように元来の性格や持って生まれた”波長”のようなものがピッタリマッチした者だけが”己”を保つことを許される。
 クラウドもそうだ。己を取り戻したのはつい数日前の話だ。

「ティファ!」

 叫び、彼女の拳を受け止めながらそのまま抱え込もうとして失敗する。
 首に細腕が回り、信じがたいほどの強力(ごうりき)でくびき殺されそうになる。
 必死になってその腕から逃れ、距離をとる。
 荒い息を繰り返しながら首筋を撫でつつ、クラウドは途方に暮れた。
 どうしたら良いのか分からない。
 必死に呼びかけても能面のようなティファの表情には全く変化がない。
 動きに迷いも全くなく、完璧な”死神”となっている。
 先ほど、エアリスの癒しによって一瞬だけ自分を取り戻すことが出来たが、それでもティファにとっては足りなかったのだ。
 これほどまでに忌まわしい実験と彼女の波長が合ってしまうとは悪夢以外の何者でもない。

 くそっ!

 クラウドは覚悟を決めた。
 自分の手でティファを傷つけることだけは絶対にしたくない、と思っていたがその誓いを破らなくてはならない時が来た。
 彼女の脚と腕の腱を絶つ。
 そうしなければ、いつまでもティファは常人離れした力を発揮し続けるだろう。
 彼女の動きを封じ、力を奪い取ってもう1度エアリスに頼むほか方法はない。

「ティファ」

 手の中のソードの感触を確かめる。
 握る手に力を込めて腰を落とし、防御から攻撃へと構えを変える。

 狙うのはティファの右足の腱と利き手である右腕の腱だ。
 多くて2回、ソードを振るって力を奪う。
 出来れば一振りで二箇所の腱を絶ってしまいたいが難しいだろう。
 最初に狙うは右腕。
 怯んだところで右脚を狙う。
 左脚は…出来れば斬りたくない。
 左脚一本でどれだけの力を発揮するか推し量るのは難しいが、逃げられる危険は低いだろうから斬らずに済むのではないだろうか。
 クラウドとて”死神”だ。
 全力を出せばティファの脚に追いつくことは可能である。

「ティファ……すまない」

 もっと自分に力があればこんなことをしなくても済んだはずなのに。
 もっともっと、力があれば。

 セフィロスのように。

 ザックスと2人がかりでも力及ばなかったあの強敵。
 エアリスが星に呼びかけてくれなければ今頃、2人揃って星に還っている。
 ”死神”2人がかりでも倒せないほどの力があれば、ティファを傷つけずに取り押さえることが出来ただろう。
 その力がありさえすれば、そもそもミッドガルで最初にセフィロスと遭遇したとき、死闘を繰り広げている間にティファを攫われる事もなかったはずだ。

 …考えても仕方ない。
 自分の出来ることを最大限に発揮してティファを護るしかない。
 その方法が例え、彼女を傷つけてしまうことだったとしても、本当の意味でこれ以上彼女を傷つけないためには致し方ない。
 そのせいでこれから先、彼女が生きるに不自由な体になってしまったとしても、正気に戻った彼女が『より傷つかずに済むように』してやりたい。
 自分の身体に後遺症が残ったとしても、彼女なら他人を傷つけ続けるよりはその方が良い、と喜んでくれるだろう。

 迷いは命取りになる。

 ティファのアイスブルーの双眸がギラリと光った。


 *


 ティファは混乱していた。
 何度攻撃しても、目の前の男はそれをギリギリで避けてしまう。
 それだけでも恐怖と焦燥感でいっぱいになり、どうしようもなく取り乱してしまうのに本当は自分の力など全然敵わないくらいの能力を有していながら攻撃してこない理由が分からない。
 せいぜい、こちらからの攻撃を受け止め、流すだけ。
 取り押さえようとする意図しか感じられず、傷つけようとする意思が全くないようにしか思えなかった。

(どうして?)

 敵ならば相手を滅するために攻撃し、混乱させるために『罠』を張る。
 必死の顔をして自分の名を呼ぶのも混乱させて隙を作るためならばまだ分かるのに、そんなことをする必要がないほど目の前の男と自分の力の差は大きい。
 だから、隙を誘い出す必要などないのに、男は必死になってティファの名を呼ぶ。
 そうして、適度な距離を保ち、決して逃がさない意図を如実に表しておきながら攻撃をしないのだ。

『 ティファ、惑わされるな。アイツはティファをいたぶり殺すつもりだ 』

 クラウドの声が耳元で囁く。
 だが、先ほどまでの強い信頼をその声からは感じられなくなってきていた。
 それどころか競り上がってくるのは強い不信感。

 本当に…この声はクラウドなんだろうか?
 クラウドは本当に死んでしまったんだろうか?
 死んだ人間がこうして囁いてこられるものだろうか?
 私はどうしてこんなところでこんなことをしているのだろう?
 さっきの女の人、エアリスによく似た人、あの人は本当にエアリスのニセモノ?
 エルダスも、バレットも、ジェシーもみんな、本当にニセモノだったのだった?
 そもそも…この目の前の人は誰?
 必死になって呼びかけてくれるこの人は誰?
 だれ?
 ダレ…?

「ティファ」

 ハッと息を飲み、ティファは後方へ飛んで距離をとった。
 男が先ほどまで絶対に見せなかった攻撃の構えを取ったからだ。
 だがその表情は敵に対して攻撃をする者とはとても思えないほど苦しげで、眉間にはシワが寄り、口元は固く引き結ばれていた。
 それなのに、全身がビリビリとするほどの闘気をまえにして思わず足がすくみそうになる。
 逃げるべきだ、と本能が訴える。
 同時に、逃げられない、とも察した。
 目の前の男が本気になれば敗北は必至、逃げることも不可能だ。
 ティファは腹にグッと力を込め、せめて一矢報いてやると全身の神経1つ1つへ意識を飛ばす。

 だが。

「すまない」

 耳に届いた悲痛な声音。
 何故、謝られたのか分からない。
 何に対して謝られたのか分からない。
 そもそも、この目の前の男はダレだ?

『 ティファ、油断するな、惑わされるな。アイツは敵だ 』

 クラウドの声がする。
 同時に腰を落とした男が、一気に襲い掛かってきた。
 己の後方へと思い切り振りかぶったバスターソードをどうするつもりか、ティファには分かったがそれをかわすだけの余裕はない。
 男が狙っているのは右脚。
 咄嗟に飛び上がろうとしてティファは目を見開いた。

 紺碧の瞳にある悲哀。

 心臓がギュッと収縮し、周りの全てがスローになる。
 1つ1つの動きがクリアに映り、男の振りかざしたソードの刃、手の動き、そして深く眉間に刻まれたシワ、その1つ1つが手に取るように見えた。
 その瞬間。


『俺…絶対に約束守るから!『あんなこと』がもしまた起きても、ティファを守れるくらいに!』


 幼い日の大切な思い出が鮮烈に蘇った。
 少し頬を染めた真剣な顔で、いっぱいの想いを口にしてくれた少年と迫る男がカチリと重なる。

 ドクッ!

 心臓が1つ、大きく脈打ちティファは息を止めた。



「クラウド…?」



 紺碧の瞳が大きく見開かれた。


 *


 驚愕により、中途半端に力が抜けて手元が狂ったせいでティファの右腕の腱を絶つはずだったのに右太ももを斬り付けてしまった。
 舞い散った鮮血が頬を濡らし、気が狂いそうになるほどの苦しさで胸がつぶされそうになって息が苦しい。

「ティファ」

 喘ぐような息の合間、彼女の名を呼ぶと霞がかったアイスブルーの瞳が一瞬、薄茶色に変化した気がした。
 ハッと息を飲むクラウドにティファは苦しげにクシャリと顔を歪めた。
 それまでマネキンのように全く変化がなかったのに、今、ティファは片手で頭を抱えながらヨロリと後ずさり、小さく何度も首を振りながら荒い息を繰り返していた。
 何がきっかけになったのか分からない。
 分からないが、クラウドは苦悶の表情を浮かべるティファへ手を伸ばさずにはいられなかった。
 彼女の血に濡れたソードを落とし、数歩の距離を大股で縮める。

「ティファ!」

 彼女の両肩を掴んだところでよろけたティファの腰を支え、片方の手を頬に添える。
 覗きこんだ彼女の瞳は見間違いようもない温かな色。
 希望が爆発的に胸いっぱいに広がるも、視線が合わないティファに焦燥感と不安が襲い掛かる。
 胸の中で様々な感情が競い合いながら、クラウドは必死にティファの名を呼んだ。
 まるで何かを吐き出さんばかりの荒い息を繰り返す彼女を前に、他にどうして良いのか分からない。

「あ……クラウド…?」

 心臓がギュッと勢い良く縮み、バクバクと主張する。

「ああ、俺だ。分かるか!?」

 勢い込んで顔を覗き込むと、苦しげに眇められた薄茶色の瞳と重なった。

「あぁ…そんな…違う、クラウドは死んだ」
「違う!俺は死んでない!」
「私、何したの?どうして?」
「ティファ、俺を見ろ!」
「私…あぁあ、あれが本当なら…私…!」


「私、エルダス殺しちゃった」
「違う!殺してない!!」


 掠れた悲鳴のような声。
 目一杯開かれた薄茶色の瞳に浮かんだ絶望と痛み。

 その引き裂かれんばかりの苦悩を目の当たりにした瞬間、クラウドはティファを思い切り抱きしめていた。
 抱きしめながら、ティファの吐き出した言葉を否定する。
 ティファの手の中にある武器の存在に気づきながら、それでも抱きしめずにはいられない。
 このまま貫かれてしまったとしても、それでも今、壊れてしまいそうな彼女を抱きしめずにはいられなかった。
 腕の中の華奢な身体が反り返るほど強く抱きしめると、彼女の掠れた吐息が耳にかかる。
 喘ぐようなその息遣いに彼女を救いたいと言う強い願望と、彼女の狂気を己の中に取り込んでしまいたいという欲求が相まって胸が焼け焦げそうになる。

 強い抱擁はしかし長くは続かなかった。

 身体を強張らせながらも大人しく納まっていたティファが、突然力いっぱい突き飛ばしたのだ。
 うっかり尻餅をつきそうになったクラウドだが、すぐに態勢を整えると飛び退ったティファへ勢い良く駆け寄ろうとして目を剥いた。

 溢れる涙をこぼす双眸は、死んだ魚のような色を浮かべたアイスブルー。

 たった今、取り戻したと思った温かな色合いはどこにもない。
 神羅の実験がまるで呪いの様にティファを雁字搦めに捕らえているその様子に、クラウドはギリギリと奥歯をかみ締めた。
 そのクラウドの目の前で、ティファは能面のような表情のまま口を開いた。


「お願い、私を殺して」


 カラカラに乾いた大地を髣髴とさせる乾いた口調に、クラウドは全身が総毛立った。







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