「社長、神羅ビルから通信きました」 シェルクからの通信が途絶え、数分が経つ。 神羅ビル屋上付近から突如、火の塊が闇夜に浮き上がり、落ちていくのが見えた。 ルーファウスは遠く離れた小高い丘からその瞬間をしっかり見ていた。 大異変が起きている神羅ビル。 そのビルへと落ちる火の塊。 遠目からもそれが飛行物体だということが分かる。 ビル屋上との距離、炎の規模から考えてヘリだと推測していた。 その火の塊を見届ける直前から途絶えていた神羅ビルからの通信にルーファウスは勢い良く差し出された通信機を手にした。 「ルーファウスだ。そちらの状況はどうなっている?」 しかし、聞こえてきた声は予想していたシェルクのものとは似ても似つかない中年の男の声だった。 どうやら、炎の塊が落ちる現場に居合わせた兵士のようだが、電波が悪いのか途切れがちだった。 そればかりでなく興奮しているために聞き取りづらい。 しかし、ルーファウスは根気良く男の声に耳を傾けた。 そして、その表情が一変することになる。 「新手の死神?」 不穏な言葉に傍で控えていたツォンの眉間にもシワが寄る。 ルーファウスは真剣な面持ちでイヤホンの向こうにいる部下に意識を集中させた。 「…スカーレットめ…」 ツォンは驚いて目を見開く。 ルーファウスは溜め息を吐いた。 「新手の死神に正体不明の軍団…か。やれやれ、波乱万丈な社長としての幕開けだな」 それは誰に言ったものでもない独り言。 しかし、その独白に通信相手である兵士が新たな情報を提供した。 その情報は、新社長を驚愕させるに十分なものだった。 「正体不明の軍団が全滅した…?」 ツォンがまたもや驚いて息を飲む。 ルーファウスも同様だ。 正体不明の敵が突然、何もしていないのに勝手に全滅してくれたなど到底信じられない。 しかしまさにその時、ルーファウスの陣にいた別の部下が途切れていたシェルクからの通信を伝えた。 それは、たった今、一般兵から聞いたことと同じ内容だった。 吉報と言っても良い正体不明の軍の壊滅に、陣内の神羅兵、幹部たちがざわつきがルーファウスの耳に届く。 ルーファウスには分かっていた。 彼を護り、その命令を迅速に遂行するべく同行していた多くの部下たちが自分の決断を待っていることを。 「と言うことは…今、神羅ビル内での驚異となっている存在は新手の死神だけ…ということになるな」 ルーファウスは短い黙考の後、決断を下した。 「分かった。神羅ビル内にいる動ける兵たちはすぐ1階エントランスに向かえ。追って指示を出す」 そうして通信を切ると、ジッとそこにいるツォンに向けて指示を出した。 「全戦闘隊員は1階エントランスに集合。スカーレット博士の実験サンプルが暴走している。速やかに隊を組み、排除しろ。手段は問わない」 神羅トップの直々の命令。 反論は許されない。 ツォンは深く頭を下げ、一礼した。 Fantastic story of fantasy 33見つけた、無事だった! 本当に良かった!! 歓喜に沸いたのは一瞬で…。 次の瞬間、舞い上がるほどの喜びはアイスブルーの双眸を前に無残にも叩き落された。 今。 エルダスとエアリスは恐怖のあまりに目を見開き、眼前で展開されている光景に竦みあがっていた。 バレットの巨体を腕一本で軽々と持ち上げ、壁に叩きつけるようにして押し付ける女の周りには、ビッグス、ジェシー、ウェッジが床に倒れている。 なにが起きたのか理解出来なかった。 いや、理解出来ないというよりも信じられないという気持ちの方が正確であろう。 ルクレツィアとシェルクの元へ向かったヴィンセントたちに合流すべく、先を急いでいたアバランチと神羅兵たちは突如、何かに気づいたように激しく怯えて立ち止まったエアリスに釣られ、その足を止めた。 どうした?と皆に語りかけられてもエアリスはただただ恐怖にその美しい顔(かんばせ)を引き攣らせ、目を大きく見開いて息さえ止めているようだった。 尋常ではないその様子に彼女の力を知っていたアバランチと、先ほど知った神羅兵たちが不安そうに顔を見合わせた。 そのときだ。 ビクッ!と身を震わせ、エアリスが来た方向へ勢い良く顔を向けたのは。 釣られ、その場の面々もエアリスの視線を追う。 そして…歓喜に沸いたアバランチメンバーはその直後、驚愕と恐怖に叩き落されたのだ。 最初に床へ身を崩したのはビッグスだったか、ウェッジだったか、それともジェシーだったのか。 この3人がほぼ同時に攻撃を受けたのは理由は分からない。 もしかしたら、アバランチたちの中で3人が同じくらい、女に近かったせいなのかもしれない。 分かったのは、女が手にしていた細身のソードを使わず素手で攻撃をしたからこそ死なずに済んだということだけ。 苦悶の呻きを上げながら微かに身を捩ることしか出来ないほどのダメージを受けてはいるが、殺されてはいない。 それは、奇跡にも近いことなのだが、当然誰もその事実を知らない。 ただただ、恐怖に雁字搦めに絡め取られ、身体の自由を奪われる…。 「ティファ…目ぇ…覚ませ!」 喉元を掴まれ、壁に押し付けられているだけでも死んでしまいそうなほどの苦しみであるのに、それが仲間であり、妹のように思っていた相手からだという現実は、バレットから闘争心を奪い去っていた。 喉元を掴み上げている女の繊手を必死に離そうと足掻いてみるが、びくともしない。 義手を向け、攻撃することは頭にはない。 あるのは、どうにかしてティファの正気を取り戻すことだけ。 必死になって声をかけるバレットに、ティファは冴え冴えと光るアイスブルーの双眸をヒタと向ける。 「あなたが…」 ポツリ…と呟くほどの声にバレットは苦しげな顔をしながらも目を見開く。 「私の大切なモノを奪った…?」 「なに…言ってやがる…!」 「ティファ、やめろ!」 全ての感情を凍らせたようなティファの言葉にバレットだけでなく、一部始終を見ていることしか出来なかったエルダスたちもゾッと背筋を凍らせた。 しかし、その変化のお陰かエルダスは恐怖により自由を奪われていた身体を反射的に突き動かすことに成功した。 ティファに駆け寄り、その華奢な身体に手を伸ばす。 だがそれよりも早く女は持ち上げていた細腕を一振りした。 バレットの巨体を実に軽々と振り回し、駆け寄ったエルダス諸共バレットを廊下へ投げ飛ばす。 もんどり打って廊下を滑り、倒れた2人にティファは氷のような眼差しを向けつつ能面のような表情をそのままに小首を傾げた。 不思議そうに何かを考えているように見えなくもないが、やはりなんの感情も見出せない。 エアリスたちに同道していた神羅兵は、アバランチをまるで赤子を相手取るようにあしらう新手の死神の登場になす術もなく喘ぐように呼吸をするだけ…。 かろうじてエアリスの傍にいる数人の兵が、助けてもらった恩義からか自分たちの背後にエアリスを隠したまま踏ん張っている。 だがそんなささやかな人壁でエアリスが完全に隠せるはずもなく、緩慢な動きで首を廻らせたティファの双眸とエアリスの深緑の瞳が重なるのは時間の問題だった。 アイスブルーの瞳と重なり合う。 その瞬間、とうとう堪えきれずエアリスの瞳から涙が溢れた。 「…んね…」 涙が流れると同時に震える唇から言葉が洩れる。 「…ごめんね…」 震え、囁くような力ない声音。 「ごめんね」 ティファに届いているのだろうか? 聞こえてはいるだろうが、彼女の心に届いているとは思えないほど、その顔には何の変化もない。 変化があったのは、突然のエアリスの謝罪に周りに立つ兵士たちが驚いたことだけ。 彼らはティファから目を逸らさないまま息を飲み、目の前に立つ死神とアバランチ、エアリスの関係を悟った。 よほどのバカでない限り、一瞬とは言え、これまでのアバランチたちの姿を見れば、彼らにとってとても大切な存在なのだということが分かる。 言い様のない複雑な感情に囚われた神羅兵たちを通り越し、エアリスはただひたすらティファに詫び続ける。 「ごめんね、ごめんねティファ。ティファが大変な目に遭っているって薄っすら分かってたのに…なのに…」 嗚咽交じりに懸命に言葉を紡ぐ聖女に、しかしティファは尚も応えない。 感情の宿らない双眸をヒタ、と向け続けている。 「なのに私…、ザックスのことばかり気にかけてしまって…、星からの声(訴え)を満遍なく聞き取っていくことが出来なかった!」 ガクリッ、とエアリスは膝を折る。 絶望の淵に突き落とされた者のように膝を付き、頭(こうべ)を垂れるエアリスに神羅兵がティファを警戒しながらエアリスを案じた。 その瞬間。 「よせ、ティファ!」 え?と思う暇もない。 エアリスを庇っていた兵士の脇を一陣の風が吹き抜ける。 いや、吹き抜けたと感じたのは錯覚だったのかもしれない。 次の瞬間、エアリスを庇っていた兵士3人は思い切り壁に叩きつけられた。 苦痛に短く呻いただけで兵士たちはそのままズルズルと床に伸びる。 残っていた兵士たちと最初の攻撃で伸びていたアバランチメンバーは恐怖に目を瞠った。 エアリスを横抱きに床を転がったのはたった今、攻撃を受けた短髪の男。 再び叩き飛ばされたのは巨漢の男。 細腕のたった一振りで大人の男を4人も同時に殴り飛ばしたティファにまだダメージを受けていない神羅兵たちがとうとう堪えきれずに悲鳴を上げて逃げ出した。 しかし、誰もそれを見咎めるだけの余裕はない。 床を転がり、止まると同時に身を起こして構えたエルダスは、その背にエアリスを庇いつつ縋るような目をティファに向けた。 「冗談だろ…ティファ?俺たちが本当に分からないのか?」 しかし懇願の色で呼びかけてもティファの目には何の変化もない。 それどころか、今度は明確な意思を感じさせる動きを見せた。 握り締めていた細身のソードがギラリとその刀身を光らせた刹那、ユラリ、とティファの姿が『ブレた』。 ゾッとする暇すら与えられず、エルダスは反射的に持っていた銃身を自分の首筋にかざしながら思い切り仰け反った。 鈍く重い衝撃が手首に走り、銃が真っ二つに割れる。 細身のソードは鼻先を掠め、怖気の立つような風切りの音を立てて眼前を通過した。 エルダスは死の一閃をかろうじて回避したその不安定な態勢のまま、両手を床に着くと思い切り下肢を蹴り上げて倒立し、一気にティファとの距離を開けるべく腕の力だけで後方へ下がった。 そして、下がったと同時に今度は祈るように手を組み、うな垂れているエアリスへ尚もソードを振り上げるティファ目掛けて体当たりを仕掛けた。 腰のホルスターにはまだ予備の銃が残っている。 体当たりを仕掛けるよりは確実に『敵』にダメージを与えられるだろう。 しかし、この期に及んでもエルダスにはティファを傷つけることなど出来なかった。 ただひたすら、無我夢中で飛び出して…。 焼け付かんばかりの激痛が背に走った。 * ( クラウド…みんな…。 ) ティファは心の中で呼びかける。 みんなを傷つけて、踏みにじった敵に辿り着いたよ…と。 そうして…。 ( 本当に、あの人たちがみんなのことを? ) 目の前で恐怖に引き攣り、身動き1つ満足に出来ない脆弱な者たちを見る。 腕をほんの一振りしただけで呆気なく倒れてしまうほどの軟弱さにティファは心の中で不審に思った。 一番ガタイが大きくて強そうな男も、腕一本であっさり動きを封じてしまえたことで更にその疑問が少し膨らんだ。 神羅とアバランチの戦闘員数を考えると多勢に無勢。とは言え、アバランチは幾多の危機を乗り越えてきた猛者たちだ。 その上、クラウドは神羅の秘密兵器とまで呼ばれ、恐れられていた”死神”。 それなのに、こんなにも弱い者たちに殺(や)られてしまったとは信じられない。 それに、男ばかりでなく女が2人ばかりいたことには別の意味で驚かされていた。 まるで……そう、まるで。 アバランチのようだ、と思った。 エアリスとジェシーのように、女性の身でありながら戦いの世界に身を投じているところが…。 だけどそんなことは関係ない。 神羅兵の中には女もいることは知っている。 ただ…、それでもなにか違う気がする。 想像していた『傍若無人』『冷血人間』な人たちには見えなかったからだ。 人の命を簡単に踏みにじるような者には見えなかった。 ティファは僅かの違和感と不快感を抱えながら、ほんの少し不安になった。 ( 本当に…この人たちが私から大事なモノを奪った憎い仇…? ) 戸惑いつつ慎重に様子を窺っていると吸い込まれそうな瞳とぶつかった。 美しいその深緑の双眸は、心の奥底をそっと揺さぶってくる力を持っていた。 とても懐かしいような、温かいような、包み込まれるような…、そんな気がした。 その瞳から目を逸らせる事が出来ずにいると、女の瞳がたちまち潤み、頬を濡らし始めた。 涙を流す女に胸がチクリ、と痛みを覚え、ティファは戸惑う。 ただの知らない女が泣いているのではなく、『敵かもしれない女が泣いている姿』を見て胸が痛むなど、どうかしている。 しかし、その困惑も女が崩れ落ちるように膝を着いたその瞬間、全身が取り肌立つほどの言い知れない”力”を感じ取り吹っ飛んだ。 おぞましいほどの力。 一体誰がその”力”を発しているのか、一瞬だけ女から目を逸らす。 しかし、すぐに女へ視線が引き寄せられた。 戦いには不慣れにしか見えない女の跪いた姿があるだけだというのに、もう分かった。 一見、神に祈っているかのような敬虔にすら見えるその姿はフェイク。 ティファは己の考えが甘かったことを知ると同時に仲間が何故むざむざ殺されたのかを悟った。 ( みんな、クラウド。あの女がみんなのことを…? ) 『 そうだ、ティファ。あの女だ 』 突如、耳に心地良い低い男の声が囁きかけた。 『 あの女が俺たちを殺した。大人しいフリをして油断させ、信じられない攻撃をしてきた 』 ( あの女が…! ) あぁ、そうか、とティファは得心する。 だからみんな…、クラウドまでもが殺されてしまったのだ。 あんなに強いみんながあっさりと殺されるはずがない。 そうか、卑怯な手にかかってしまったんだ…。 みんな、本当に優しい良い人たちだったからその優しい心につけ込んで、無残にも…。 『 ティファ。俺の仇、討ってくれるか? 』 甘い甘い囁き。 聞き入れないなど有りえない。 ( クラウド。見てて? ) どこまでも卑劣で愚劣な敵への怒りと大切な人の願いを他でもない自分が叶えるのだという甘美な至福が相まって感情が高ぶる。 もう、躊躇いなど微塵もない。 手の中にあるレイピアを握り締め、全身の神経を女へ集中させる。 ( 許さない ) たった1度、力いっぱい床を蹴るだけで事足りる。 上体を屈めるようにして思い切り倒し、一気に跳躍、ソードを振り上げる。 空気を全身で切り裂く音が耳に心地良い。 あともうほんの刹那ほどの一瞬で彼の仇が討てる。 高ぶった感情は抑えようもなく、だからこそ自分と女の間に割り込んできた敵の姿にティファは不快感が爆発した。 「 邪魔 」 淡々と呟き、ティファは女の首を落とすはずだったレイピアの軌道をあっさり変え、身を挺して女を護ろうとした男を斬り裂いた。 確かな手ごたえと共に赤い飛沫が勢い良く上がり、顔に赤い雫が数滴かかる。 先に相手をした敵たちが悲鳴を上げ、倒れた男の名を叫ぶが何故か1つの固有名詞として頭の中に入ってこない。 勿論そんなこと、ティファにはどうでも良いことだ。 肝心の男はと言うと、床へ無様に倒れ込んで口をパクパクさせてはいるが、まともに呼吸も出来てはいない。 己の血にまみれてあっという間に真っ赤に染まる男はもう長くはないだろう。 わざわざ止めを刺してやる必要もない。 仲間は…、彼は、そんな情けをかけられることすらなく、苦しめられ、迫り来る死の恐怖に晒(さら)され、殺されたのだから。 同じ目に遭わせてやりたいと思うのが当然というものだろう? 男から完全に意識を切り離し、女へ視線を戻す。 その間、僅か5秒にもなっていないということを…、通常の人間ならばあり得ないほどのスピードなのだということを、ティファは気づかない。 自分が既に、常人ならざるものとなっていることに気づかないまま、ティファは胸の中で呼びかける。 ( クラウド、みんな。もうすぐ…! ) 『 ティファ、油断するな。ほら、もう1人来た 』 ハッと顔を上げる。 巨漢の男が醜く顔を歪め、なにか良く分からないことを喚きながら義手を構え、突進してくる。 ティファの胸中にどす黒い感情がこみ上げた。 もうあと少しで仇が討てるのにまた邪魔をする。 弱いくせに。 卑怯者のくせに。 さも仲間が大切だと言わんばかりの演技をする敵たちが許せない。 殺された仲間たちを髣髴とさせる敵たちが許せない。 「 私の全てを奪ったあなたたちを…私は許さない 」 それは、自分自身ですら聞こえるかどうかの微かな囁き。 浅黒い男の喚き声の方が遥かに大きく、従って誰の耳にも届かないティファの決意は、宙に消える。 ティファは身を屈め、ソードを構えた。 ほぼ同時に小刻みなリズムを叩きながら巨漢の男の義手から銃弾が放たれる。 脚もをと狙ったその攻撃は、跪いたままの女から遠ざけようとするものでしかないことをティファは瞬時に見抜いた。 そこを逆手に取る。 下肢に力を溜めて飛び上がる。 案の定、巨漢の男は撃つのをやめ、飛び上がったティファの下へ駆け込んで跪いている女の前に立ちはだかろうとする。 ティファは心の中で嗤った。 ( バカね ) クルリと宙返りをすると天井を足場として思い切り蹴り付け、弾丸のように突っ込んだ。 巨漢の男が驚愕に顔を引き攣らせるのがスローモーションで見るように良く見える。 ティファは心の中で嗤った。 女を庇うためには浅黒い男の脚は遅すぎた。 ティファから女を護るためにはまだまだ距離が足りていない。 ( ギリギリで助けられなかったとしたらもっと苦しいわよね? ) 『 その通りだな、ティファ 』 ( 少しはクラウドやみんなの無念を晴らすことが出来るかな? ) 『 あぁ 』 ティファの脳裏に幼馴染の青年がほんの微かに微笑んだ姿が見えた。 彼の微笑にティファの胸が歓喜に躍る。 今度こそ。 手を組んで祈っている女目掛けてティファはソードを一閃した。 いや、しようとした。 そのとき、グイッと片足を引かれ女を斬り裂くことしか頭になかったティファは完全に虚を突かれた。 微かにバランスを崩すほどだったとしても、完全に不意を突かれたその邪魔立てに、歓喜に踊っていた胸が憤りに染まる。 しっかりと右足首を掴んでいるのは死にかけているはずの男。 全身を己の血に染め、浅い息を繰り返す男は、尚も縋るような眼差しでティファを見上げていた。 「…やめろ…」 途切れがちな懇願。 ティファの頭に一気に血が上る。 「邪魔しないで」 激昂のままにレイピアを逆手に素早く持ち変え、なんの躊躇いもなく男の手首へソードを一閃させた。 そのまま、流れるような動作で右足を振り上げると悲鳴のような声を上げながら駆けつけた巨漢の男を蹴り飛ばす。 巨漢の男と共に邪魔だった男の手が右足首から吹っ飛んでいくのがチラリ、と視界の端に映った。 それを何の感慨もなく確認しながら蹴り飛ばした動きを止めず、そのまま次の攻撃へ生かす。 左足を軸にして大きく体を傾けると勢いをつけて祈る女の頭部を狙った。 ティファにとっての全てに決着をつけるその一瞬。 「よせっ!!」 心臓がバクリッ!と1度大きく跳ねるほどの衝撃は、完全に想定外だった背後から襲ってきた。 何かに包み込まれたような気がした瞬間、ティファは思い切り身を捩り、その何かを突き飛ばして一気に距離を開けた。 後方宙返りを数回繰り返し、態勢を整えて着地したティファは、ハッと息を飲む。 手を組んで祈る女の前に、金糸の髪を持つ男と漆黒の髪を持つ男が幅広い刀身のソードを持ち、立ちはだかっていた。 ( いつの間に! ) 今の今まで気配を感じなかった新たな敵の登場に、ティファは臍を噛む。 あと少しで仇が討てたというのに、現れた新しい敵は今までとは桁が違うことが一瞬で分かった。 これでは折角追い詰めた仇をみすみす逃してしまうばかりか、自分の身まで危うくなってしまった。 死ぬのは怖くない。 星の中で仲間や彼が待ってくれているのだから。 だが、折角他の誰でもない自分に仇を討って欲しいと言ってくれた彼にこのままでは合わせる顔がない…。 …それなのに、何故か気持ちが他の理由でざわついているように感じて戸惑う。 微かな苛立ちと戸惑いに困惑するティファに、金糸の髪の男が一歩踏み出した。 「ティファしっかりしろ!目を開けて俺たちを見ろ!!」 呼び捨てにされ、ティファは不快に眉を顰める。 敵に気安く呼び捨てにされる道理はない。 ましてや必死に懇願するような眼差しを向けられるなど言語道断だ。 「ティファ!まだ大丈夫なはずだ。まだそんなに長い時間、実験をされたわけじゃない!」 実験?と、ティファは訝しげに金糸の髪の男を見る。 何を訳の分からないことを口にしているのだろう。 『 ティファ、聞く必要はない。大丈夫だ、ティファならあの程度の敵が増えたところで負けやしない… 』 耳元で彼が囁く。 しかし、ティファは心の中で首を振る。 勝てない…と。勝てる気が全くしない…と。 しかし、声は尚も続いてティファをけしかける。 その間も、金糸の髪の男はジリジリと歩を進め、反してティファはその分後ずさった。 黒髪の男は巨漢の男を助け起こしてから何かを探し、拾い上げて死に掛けている男の元へ駆け戻っている。 更に、祈る女の周りでは先に倒した数人の敵が床を這うようにして集まっていた。 死を待つばかりの男の元へ誰も彼もが必死の形相で、口々に男のものと思しい名を呼びながら…。 その光景に何故か、心の奥底から熱くて苦く、締め付けられるような圧迫感がジワジワと競り上がる。 その正体をティファは知りたくないと思った。 しかし、同時にそれを知らなくてはならないとも思った 相反する気持ち、こみ上げてくる正体不明の感情。 頭の中がグチャグチャになりそうなほどの強迫観念を感じたそのとき。 空気が一変する。 ティファは目を見開いた。 祈る女を中心として、淡いグリーンの光が粒子となって放出する。 あっという間に空間いっぱいに満ち、驚き戸惑うティファも、傷つき倒れている者も、無傷で立っている者も全部まとめて包み込んだ。 全身が総毛立つほどの悪寒が一気に駆け巡る。 それは、女への攻撃衝動とも言うべきものだった。 心臓がバクバクと肋骨を激しく叩き、呼吸が乱れ、目の前がチカチカと火花が散る。 堪えきれない攻撃衝動と自己防衛の本能がせめぎ合い、狂気に絡め取られてしまうような恐怖を感じ、気がふれそうになる。 ティファは絶対に勝てないと分かっている敵の向こうにいる女目掛けて駆け出した。 今すぐあれを止めさせなくては、という思いただ1つで髪を振り乱し、なんの策もなく突進する。 予想通り、金糸の男がこれ以上はないイヤなタイミングと完璧な動作で邪魔をした。 手首を取られ、床に押さえつけられそうになり、身を捩って抵抗したティファは突如、体の中心から胃の腑がひっくり返るほどの衝撃が発せられたのを感じた。 ヒュッ!と1度鋭く息を吸ったきり、目の前が真っ白になって意識が飛ぶ。 喉の奥の奥が締め付けられるようで息が出来なくなる。 誰かが崩れ落ちる自分を抱きとめてくれたのを薄っすら感じながら、ティファは激しく混乱していた。 自分の身に何が起こったのか全く分からない。 分厚い真っ白なカーテンにグルグル巻きにされたように息苦しく、何も見えない。 「ティファ!」 誰かが自分を呼ぶ声がする。 誰…ではなく、死んでしまった大切な幼馴染の彼だ。 迎えに来てくれたのだろうか? しかし、そう思ったのも一瞬で、次の瞬間、あらゆるものがティファの頭の中から猛スピードで抜け出し、逆に外からの情報が入り込んできた。 即ち。 自分の腕に注射針が突き立てられた瞬間から、この場に至るまでの時間をある時は逆行し、またある時は飛ばし飛ばし、この場に辿り着くまでの時間が頭の中を駆け巡る。 まさに、大混乱の極致。 嘔気をもよおすほどの激しすぎる混乱はティファの神経を容赦なく傷つけ、痛めつけた。 ティファは低く呻きながら身を捩り、支えようとする温かな手を払いのけた。 頭を押さえ、床に膝を着き、喘ぐように荒い息を吐き出しながら必死になって瞼をこじ開けた。 霞む視界の向こう側に誰かが横たわっている。 誰なのかはっきり見えず、目を凝らし、そして突然、視界がクリアになった。 ツンツンと立った濃い茶色の短髪、意志の強さを現す口元、少しだけ張り出した額をしてはいるが中々の美青年の真っ赤に染まった姿。 それが誰かに気づいた瞬間。 『ティファ、やめろ…』 エルダスの縋るような声が鼓膜に蘇る。 同時に彼を斬り割いた感触や仲間を攻撃したことなどが一気にティファへ圧し掛かった。 「ヒッ!あ、あ…あぁぁぁぁぁぁああああっっっ!!」 己の顔と頭に爪を立てたティファの絶叫が響き渡った。 |