「今度は何だ!?」 安否不明だったリーブから通信が入ったという部下の報告にホッとしたのも束の間、1階へ集結させている兵士による新たな死神の討伐を撤回して欲しいと言う幹部の申し出にルーファウスは眉間に深いしわを刻んだところだった。 それなのに、その理由を問うている間、新たな異変が神羅ビルで起きてしまった。 遠く離れた小高い丘にいても分かるほどの変化。 リーブからの通信の向こうから聞こえてきた爆音と同時に闇夜に沈みがちとなっている神羅ビルが小さな炎によって一瞬、その姿を浮かび上がらせたのだ。 説明など必要ない。 爆発が起こったのだ。 「無事か!?」 通信相手であるリーブへ怒鳴るように声をかけると、先ほどよりもうんとノイズ音が混じり、聞き取りづらくなってはいたがリーブは無事のようだった。 しかし、それ以上の会話は不可能だった。 ブツリッ!という音と共に折角繋がったばかりの通信は途絶え、ルーファウスをはじめとして周りにいた部下たちは緊張も露わに厳しい面持ちで新社長を見た。 ルーファウスは険しい顔つきのまま、睨むようにして再び闇夜に沈んでいる神羅ビルを睨みつけた。 たった今まで、灯っていたビルの窓明かりがまばらになっている。 その明かりがポツポツと欠けていくそのさまは、まるで破滅へのカウントダウンのようにルーファウスの目に映った。 時間をかけて検討している暇はない、と急かされているかのようだ。 「兵たちへ先ほどの命令は撤回、全隊員、速やかに撤退するよう指示を」 はっ。と通信兵が慌しくその命令に従う。 ツォンは表情こそ変えなかったものの、その瞳はどこか誇らしげだった。 ルーファウスがその父親とは違い、部下の意見を聞き入れる度量のある人間であることを喜んでいるようだった。 「むざむざ、死者を増やすことはない」 「はい」 真っ直ぐ神羅ビルの方へ顔を向けたままルーファウスが口を開いた。 ツォンはそれが自分へ向けた言葉であると言われずともちゃんと分かった。 短く頷き、上司に倣って神羅ビルの方へ視線を向ける。 再びルーファウスは口を開いた。 相変わらず神羅ビルを睨みつけている。 「スカーレット博士が生み出したという新たな死神を始末出来ていたならまだ事態もマシだっただろうが仕方ない」 ルーファウスの言わんとしている事が、新社長に就任することになったいきさつを指しているのだとツォンにはすぐ分かった。 プレジデントから各国メディアを通じ、息子にその座を譲るという声明を発表して新社長としての名乗りを上げるのと、前任であるプレジデントの急死により急遽、新社長に就任したと声明を出すのとでは全く印象が違う。 ましてや、ルーファウスはこれまで神羅が専売特許として掲げていたエネルギーの供給を向こう1年で完全廃止、それに替わるエネルギーの開発を行うこととしているのだ。 これは、今後の世界に置いて神羅グループが存続していけるかどうかの大きな賭けである。 そして、その賭けに絶対勝たねばならない。 でなくば、この星は近い将来、とんでもないことになるだろうことはもう誤魔化しようがない上、大勢の社員とその家族を路頭に迷わせることになる。 そのためにもこれ以上、スキャンダルはなんとしても避けたいところだった。 暴走した死神がミッドガルや他の近隣の村を襲うようなことにでもなれば、取り返しの付かない大問題として世界中の人間に非難されることは間違いない。 勿論、それだけが理由ではなかった。 先ほどルーファウスが口にしたことが全てを物語る。 むざむざ、死者を増やすことはない。 これ以上、犠牲者を出したくはないという意思の表れだ。 冷酷非情とされる神羅のトップ一族ではあるが、仕事に対して常に冷静な対応を取り、先の先まで計算して行動しているだけであって、決して無慈悲と言うわけではない。 プレジデントは冷酷非情と称されても仕方ない人間ではあったが、少なくともその息子であるルーファウスは人としての大切なものを失ってはいなかった。 それにしても…と、ツォンは苦々しく今の状況を振り返った。 英雄によって殺害されたプレジデント。 殺人犯である英雄はいまだ行方不明。 ついでに言うと、英雄と武器を交えながら神羅ビルから飛び出したという死神も行方不明。 更にはその飛び出した死神と”死神専用のトレーニングルーム”で一戦を交えた挙句、トレーニングルームを爆破して逃走した死神も行方不明。 更には、スカーレット女史によって生み出された死神も3週間以上前から行方不明となっている。 よくよく考えると、神羅ビルの守護者であるはずの死神は今では1人も残っておらず、新手の死神以外、全員が行方不明となっていた。 なんとも皮肉なものだ、と思わずにはいられない。 世の中の人々に”死神”と恐れられはしても神羅にとっては守護者であったというのに、今、まさに神羅にとっても”死神”と鎌を振りかざして襲い掛かっている…。 「社長!通信回路が開きません!!」 突如、慌てて報告した部下の声に、ツォンは自分の思考から現実へと引きずり戻された。 困惑して顔を見合わせる部下たちに混じり、ルーファウスが厳しい表情で通信兵を睨む。 「どういうことだ?」 「1階へ集合している兵隊長への通信も、シェルク・ルーイ監視班長へも、誰にも通信が繋がりません。情報処理室への電気系統が遮断されてしまったようです!」 ルーファウスたちは青褪めた。 それは即ち、自分たちの命令が全く届かないばかりでなく、神羅ビルで起こっていることが全くわからなくなったということを意味する。 まだ神羅ビルには多くの貴重な人材、これまでの業績データ、世界各地にある各企業の裏情報等々が残されている。 それらを失うことはそのまま、神羅組織滅亡の危機を意味していた。 勿論それだけではない。 死神の討伐命令を撤回し緊急避難を命じることも出来ないということは残った隊員全員の命が危険に晒されているということだ。 「すぐ神羅ビルへ向かう!」 断固として声を上げたルーファウスを部下たちが蒼白になって引き止めるが、ツォンは固い決意を滲ませて背を向け、足早にヘリへ向かう上司に従うため、その後を追ったのだった。 Fantastic story of fantasy 36足下が大きく揺れた。 しかし、バランスを崩すことなくクラウドはただ真っ直ぐ、透明の厚い壁に阻まれた先にいる女を見つめていた。 女も目はどこか虚ろではあるもののこちらを向いている。 途切れることのない小さな揺れは、神羅ビル全体が危機的状況に陥っていることを伝えていた。 だが、この状況をどうにかする術をクラウドは持っていなかった。 分厚い透明の壁は頑固にティファとの間に横たわり、彼女の元へ行くことを許してくれそうにない。 ティファの手には既に武器がなく、右太ももからは今も血が流れている。 早くしないと出血多量で大変なことになってしまうだろう。 いや、もしかしたらこれ以上の無理は神経を傷つけてしまうことになるかもしれない。 激痛が走っているはずなのにティファの表情は全く変わらず、能面のまま…。 その死んだ魚のような瞳を前にしてクラウドはフツフツと焦燥感が沸いてくるのを感じた。 そして、その感情に苛立つ。 ティファを手にかけて自分も後を追うことに対し、つい先ほどまでなんの躊躇いもなかった。 ティファを本当の意味で解放してやれるのはそれしかなく、こうして対峙している今もそう思っている。 それなのに、一息入れられるようなこういう時間を間に挟んでしまうと、途端に決意が緩んでしまう。 傷つき、血を流す彼女の姿を前にしてなお更、その思いが強くなる。 彼女に駆け寄り、その傷の手当てをしたい。 彼女を抱きしめて、どんな災厄からも守りたい。 だが、彼女を傷つけたのも、彼女にとっての一番恐ろしい災厄も全て自分。 覚悟を決めての行動だったはずなのに、その事実がクラウドを苛(さいな)んだ。 どうにかして彼女の目を覚ませてやることが出来れば、もしかしたら彼女は生きることが許されるのではないだろうか? 諦めたはずの希望が顔を見せようとしてクラウドは頭の中がごちゃごちゃと掻き毟りたくなった。 しかし己の葛藤に浸る時間もない。 このままだと確実にこのビルは崩れ落ちるだろう。 断続的に続く小さな揺れがそれを如実に物語っている。 もとより、彼女と一緒に死ぬことを覚悟しているクラウドには死の恐怖はない。 あるとすれば、彼女の死を見届ける前に自分が死んでしまうことだけだ。 自分が死んだ後、彼女が死を免れこのビルからの脱出を成功させてしまうこと。 それが一番恐ろしい。 彼女にこれ以上、つらい思いを味わう原因を作って欲しくないからこそ、自ら手をかける決意を固めたと言うのに、このままビルが倒壊すると言う事態に巻き込まれてしまったら、それも叶わなくなる。 ふと、自分たち以外の気配を感じクラウドは振り向かないまま背後を探った。 足音は複数。殺気は…ない。 慣れ親しむ、というほど親密な関係にも長い時間を過ごしたわけでもないが、誰が駆けつけたのかに気づきクラウドは焦るような、ホッとするような複雑な気持ちに陥った。 もしかしたらティファを害そうとしている自分を止めようとしているのかもしれない。 いや、もしかしたらではなく、十中八九そうだろう。 なにしろティファは彼らの大切な仲間。 対して自分は神羅の死神。 どちらの存在を優先するか、考えなくとも分かる。 だが、だからと言ってティファを守ろうと立ちはだかる彼らを排除しようとは思わない。 ティファを守りたいという気持ちはクラウド自身が抱く望みなのだから。 足音が近づき、とうとう彼らがクラウドの背後に立つ。 殺気も闘気も感じない彼らに、クラウドは背を向けたまま、ただティファを見つめていた。 少しでも目を離したら彼女が突拍子もない行動に出てしまう恐れがあったことと、もしかしたら心のどこかでティファを殺すしか彼女を解放してやれない弱い自分をどうにかして欲しいという気持ちがあったのかもしれない。 その願いを知る由もないティファの仲間が息を切らせながらすぐ近くまでやって来た。 もう手を伸ばせば届く距離だ。 たった3歩の距離。 これだけの至近距離から発砲されたら、絶対に避けられないし、当たれば確実に怪我を負う。 心臓やこめかみを撃ち抜かれたら即死だ。 死神は不死ではない。撃たれて平気な肉体を持っているわけでもないのだから。 撃たれるかもしれない、とか、押さえ込まれるかもしれないと言う緊張はほんの一瞬の間に過ぎた。 「ティファ、目を覚ませ!!」 ヴィンセントの言葉にクラウドは目を瞠った。 そうして、隣に立つ男を振り向くクラウドの耳に、更なる言葉が飛び込んだ。 「ティファ、負けたらダメ!こっち見て!!」 ヴィンセントの隣でユフィが目を真っ赤にして叫ぶ。 ティファに殺されかけても尚、彼女を思う気持ちがいささかも揺らいでいないその必死な横顔にクラウドはただただ目を瞠る。 更にその向こうではシドも同じく必死になってティファへ呼びかけていた。 「ティファ!てめぇ、しっかりしやがれ、こんなことで負けてんじゃねえ!」 「そうだそうだ!そんでもって、早いところここからずらかるぞっと」 「そうです!このままだと全員生き埋めです!!」 「…いや、爆死の方が正しい」 「ルード先輩!そんな冷静で余計な突っ込みはいりません!!」 ハッとヴィンセントとは反対隣へ振り向くと、見覚えのある顔が荒い息を繰り返しながら立っていた。 3人のタークスだ。彼らもまた、ティファを案じてこの場に来た、ということがクラウドには不思議でならなかった。 だが、理由はともかくもこんな危機的状況であるにもかかわらずティファのために駆けつけたらしい。 クラウドはゆっくりヴィンセントの方へと顔を戻し、そうしてティファへと目を向けた。 胸の中を覆っていた黒いものがフゥッと抜け、温かなものが流れ込んでくるのを感じた。 ティファを案じてくれる人たちの存在を今、思い出した気がした。 彼女を思う人間がいることはちゃんと知っていた。 だがそれを今、やっと実感した。 彼女を思う人間がいると言う事実に、ガラにもなく感動する。 そして、自分にも心を砕いてくれる人間がいるということを思い出した。 漆黒の髪を持つ親友の笑顔が胸を過ぎる。 そう、1人で背負う必要などないのだ。 クラウドはそのことにようやっと気がついた。 肩から力が抜け、逆に腹の底から熱いものが滾ってくる。 大丈夫だ、と。 ティファを殺さなくとも彼女を助けることが出来ると。 そのためにはいくらでも頑張れるしその力が自分にはあると心から信じられる。 1人ではないということがこんなにも心強く、自分に力を与えてくれるものだということをクラウドは初めて知った。 ティファは相変わらず無表情だが、逃げる素振りもなくただ突っ立っている。 逃げ場がない、というだけが理由ではないだろう。 彼女の心にも案じてくれている人たちの声が届きつつある、ということではないだろうか? クラウドはサッと視線を廻らせた。 足下からの振動は確実に強くなっている。 このままだと冗談抜きで本当にビルは倒壊してしまうかもしれない。 ふとクラウドは隔壁の下りた天井を見た。 パラパラと天井から埃や漆喰が降っているのだが、その天井に細かなヒビが走っているのに気がついた。 ハッと視線を転じ、隔壁の下りた床を見るとそこにも無数にヒビが入っていた。 天井に走ったものよりも多いそのヒビに、目を見開く。 重い隔壁を支えているのだから天井よりもむしろ床にこそ負荷がかかって当然だ。 視線を少し遠くへやると、ティファの背後を遮っている隔壁の床にも当たり前にヒビが入っていた。 しかもクラウドたちがいる場所よりもティファの周りにこそヒビは太く、多い。 ティファの前後を阻む形で隔壁が下りているため、その一帯の負荷が大きいのだ。 このままではティファの立っている辺りが崩れるかもしれない。 その可能性は低いかもしれないが、だがもう1度大きな揺れがきたら…? 「ティファ!」 思わず隔壁へ駆け寄り拳で殴る。 分厚い隔壁はびくともしない。 もしも、窓ガラスほどの薄さならばバスターソードで斬り裂くことが出来るというのに。 「ティファ、思い出せ!お前は1人じゃないだろ!ここにいる全員、お前のことを心配してる!」 ティファへ向かって叫び続けていたユフィたちが驚いてクラウドを見る。 クラウドは止まらない。 もう1度力いっぱい隔壁を殴り、精一杯の声を上げる。 「ティファ!このままだと犬死することになる!神羅のくだらない実験の犠牲になってつまらない死に方することになるんだぞ、それでもいいのか!!」 クラウドの”犬死”という言葉にユフィたちはギョッと仰け反り、ヴィンセントはハッと目を見開いた。 ティファの足下に走るヒビに気づいたのだ。 サッと視線を廻らし窓で目を止める。 そうして、躊躇いもなく発砲した。 奇抜すぎるその行動にクラウドも含め全員が度肝を抜かれて振り返った。 しかし、ヴィンセントは立て続けに窓へ銃弾を浴びせかける。 当然のように窓も防弾ガラスのため、一発の銃弾ではヒビが入るだけだ。 立て続けに寸分の狂いもなく同じ場所へ銃弾を撃ち込むその神業的技量を前に、窓は乾いた音を立てて割れた。 そうして、呆気に取られる面々を尻目に割れた窓から大きく身を乗り出すと、今度はティファのいる隣の窓に向かって外から発砲する。 角度的に非常に撃ちにくいはずなのに、小さなヒビを入れることに成功する。 ヴィンセントはクラウドを振り返った。 「クラウド、先に行け!」 クラウドは息を飲んだ。 ヴィンセントの行動の意味にようやっと気がついた。 周りにいる他の者もその意図に気づいたらしい。 クラウドならヒビが入った窓を簡単に破ることが出来る。 突き動かされるようにしてクラウドはその言葉に従った。 走り出しながらほんの一瞬だけティファへ視線を投げる。 ティファはこの騒ぎを前にしても微動だにしない。 だが、虚ろな目が微かに揺れていたように見えたのはただの見間違いだろうか…? ヴィンセントの差し出した手を掴み、外へ飛び出す寸前、 「受け取りやがれ!」 と、シドが槍を投げ渡した。 それを危なげなく受け取ると、ビルの外壁に突き立てそのまま軸とし倒立状態に己の体を重力に抗わせる。 そうしてクラウドはヴィンセントの手によって穿たれた窓のヒビ目掛けて思い切り蹴りを繰り出した。 乾いた音。舞い散るガラス片。 厚い隔壁の向こうへ食い入るように視線を投げていたユフィやタークスたちが顔を輝かせた。 だが次の瞬間。 ユフィが。 シドが、ヴィンセントが、タークスが目を見開き、恐怖に顔を引き攣らせた。 「ティファ!?」 部屋に飛び込んだクラウドが見たものは、音を立てて崩れる床に飲み込まれるようにして落ちるティファの姿だった。 自分が危機的状況にあることすら気づいていないようなぼんやりとした顔のまま、焦りも恐怖もなくただ無防備に、無抵抗に落ちて行くティファにクラウドは青褪めながら駆け寄った。 手を伸ばす。 しかし、落下の速度には到底及ばない。 虚しく指先を掠めただけでティファの姿は完全に穴の向こうへと消えた。 そのままクラウドも、宙に舞った黒髪を追うようにして躊躇うことなく床へ開いた穴へと飛び込んだ。 「ティファ!クラウド!!」 慌てて皆が窓へと駆け寄り、後へ続こうとする。 だが一際大きいな振動が足下から突き上げ、ヴィンセントは仲間たちを窓枠ギリギリで押し止めた。 ユフィがカッと睨みつけ抗議の声を上げようとするも、その半瞬早くヴィンセントが怒鳴った。 「逃げろ!」 ハッと息を飲み、隔壁の方へ振り返る。 床に穴が開いた衝撃のせいだろうか。隔壁付近の床や天井、壁がメキメキと音を立てて大きく亀裂を走らせた。 勢いづいたように走る亀裂の速度が上がり、それに伴って隔壁が大きく傾く。 慌てふためいて全員その場から走り出した。 轟音と共に鈍い振動が足を伝って全身を襲う。 隔壁が倒れ、障害がなくなったのを知ったユフィが誰よりも早く振り返り、そうしてギョッと飛び退った。 「げげっ!!」 おおよそ、乙女とは言いがたい呻きを上げるその周りでヴィンセントたちも振り返って目を剥いた。 本格的に走り出す。 床の亀裂が逃げるヴィンセントたちを追い詰めるかの如く、ビシメキッ!とその口を広げる。 「冗談じゃないっつうのー!!」 ユフィが叫ぶが誰も何も言わない。 そんな余裕はない。 全員が必死になって走っていた。 今や神羅ビルは崩落の危機に直面し、倒壊のカウントダウンがとうとう始まったのだ。 倒壊、崩落の危機を前にして必死になって逃げているのはユフィたちだけではなかった。 ユフィやシドが助けた神羅の幹部、一般兵たちも含め、生きている神羅の人間たちだ。 彼らも崩壊しようとしているビルから必死に脱出を試みていた。 その中には姉や隻眼の獣などに両サイドを固められながら悔しそうに顔を歪めているシェルクの姿もあった。 最期までセンシティブ・ネット・ダイブを続け、外にいるルーファウスやビル内に取り残されているリーブたち、姉であるシャルアたちのために必要な情報を送り続けたかった。 しかし、当然そんなことをシャルアやルクレツィアは許さなかったし、シェルク自身がどんなに望んだとしてもセンシティブ・ネット・ダイブを続けられない状態へと状況が変化してしまったのだ。 別棟の地下で発生した火災は恐れていた通り、神羅ビルの地下にあった武器庫の一歩手前までその手を伸ばしていた。 その途中でスプリンクラーが始動したため、火の手は緩められはしたものの、電気系統の一部を焼ききってしまっていた。 そのため、センシティブ・ネット・ダイブに必要な電力が得られず、シェルクはなにも出来なくなってしまったのだ。 「せめて…隔壁だけでも上げることが出来ていれば」 ティファの動きを止め、これ以上犠牲者を出さないための策だったのだが、まさかこんな事態になるとは。 火災が発生しているのでエレベーターはもとより使えない状態になっているが、脱出を試みている神羅の幹部や兵士たちの中には遠回りをして逃げなくてはならない者も少なくない。 悔しそうに拳を握る妹をシャルアはただ黙ってその頭をポンポンと叩く。 その間も足は止めない。 断続的に続いているビルの揺れは、確実に大きくなっている。 時折、鼓動のように揺れが一際大きくなるのは、十中八九、小さな爆発が地下で起きているからだ。 そして、その爆発によって神羅ビル全体にとんでもない負荷がかかり、爆発によって倒壊するか、倒壊によって爆発するか、非常に微妙な状態に突入している。 そしてその危機を正確に把握しているのはビルを脱出することになんとか成功したシェルクたちともう一組。 1階に到着したばかりのザックスだった。 1階エントランスでは、死神の討伐命令を受けて神羅兵たちが隊を組んでいた。 どの顔にも緊張と不安、恐怖が浮かんでいる。 当然だ。自分たち一般兵では逆立ちをしても死神には勝てないのだから。 だが、命令は絶対だ。 2階から続々と取り残されていた神羅の幹部や社員たちがビル外へと逃げるちょっとした混乱の中、自分たちもそれに乗じてビルから避難をしたい、という誘惑と戦う。 それに、スカーレット女史の作り出した新たな死神である、という情報が兵たちをその命令を遂行する決意をなんとか固めさせていた。 それは兵たちにとってせめてもの明るい情報。 既存の死神ではなく、生まれたての死神ならばまだ希望はある。 死神プロジェクトは非常に危険で成功率は低い。 そのことを神羅に属する人間は良く知っている。 だから、自分たち一般兵でもなんとかなる確率が高い。 隊を組み、2階から降りてくるはずの”新顔の死神”をじっと待つ。 神羅に既存の死神は英雄を除いて3名。 僅か3名しかいない死神の顔は一般兵もちゃんと知っていた。 だから、エアリスを抱えたままのザックスが軽やかに2階の吹き抜けから1階エントランスへと舞い下りたとき、危うく発砲するところだったのをギリギリで押し止めることが出来たのだ。 「おい、なにしてるんだ!早く逃げろ!!」 「え…いや、しかし」 降ってきたのがザックスだと気づいた隊員たちが喜色の色を浮かべたのも一瞬。 ザックスの一喝に再び困惑と不安が入り混じった表情を浮かべながら隊員たちは顔を見合わせた。 「ルーファウス様より新たな死神の討伐命令が出ているんです」 「は!?」 耳を疑うような一言にザックスの口から素っ頓狂な声が上がる。 まるでそれを合図にしたかのように、一際大きな振動がビルに走った。 パラパラと落ちる埃、漆喰の量が明らかに増えている。 断続的に襲ってくる揺れがミシミシと音を上げるようになっていた。 「ザックス」 ハッとエアリスを見る。 いつもは意志の強さを現す深緑の瞳が強い不安を訴えて揺らいでいた。 ザックスは作り笑いを浮かべ、すぐまた表情を引き締めて隊員たちへ顔を戻す。 「いいか?お前らが束になっても敵う相手じゃない。て言うか、むしろ今はそんなこと言ってる場合じゃない。地下で爆発が起きてるからな、全員撤退だ、撤退!」 「え…いや、でも」 「心配すんな!お前達が持ち場を離れた理由は俺のせいだ、ってルーファウスにちゃんと釈明してやる!」 しり込みする隊員たちにザックスは早口でまくし立てると、丁度、追いついてきたバレットたちを振り返った。 「オッサン、こっちだ!」 「お、おうよ」 意識のないエルダスを抱えての全力疾走で全身で激しく息をする巨漢の男に、隊員たちが目を丸くしてザックスと見比べる。 明らかに不審顔をする隊員には目もくれず、バレットたちは青息吐息、ザックスの後を追って走り去った。 その間も2階からは埃と汗にまみれた神羅の社員たちが必死の形相で逃げ出しており、アバランチメンバーはすぐその社員たちに紛れて見えなくなった。 図らずも反・神羅組織メンバーを見送る形になった事実に隊員たちは気づくはずもない…。 隊員たちはザックスが去り際に残した『自分たちが撤退をした釈明をする』という言葉にざわついた。 正直、逃げて良いものなら逃げ出したい。 ルーファウスも、神羅幹部に匹敵する死神からの”勅命”故(ゆえ)に撤退をした、となれば命令違反として罰しはしないだろう。 それに、地下で爆発が起きているという事実を知らされたことと死神と対峙しなくてはならないという恐怖から、隊員たちの忍耐力は限界だった。 1人、2人…と、足がビル入り口へとじわじわ向かう。 顔を見合わせ、互いの腹を探り合い、退避することに無言のまま意見が一致するのに時間など必要なかった。 銃を下ろし、組んだ隊を崩して2階に続く大階段へ背を向けたそのとき、一際大きな揺れが起こった。 それは、壁の漆喰を大きくはぎ落とし、天井から吊るされていたシャンデリアを落とすほどの強い揺れだった。 シャンデリアが床に落下し、派手な音を立てる。 自分たちの行動が背信行為に値するという後ろめたさから、ビクリッ!と振り返った隊員たちはそこにあるモノに目を疑い、次いで驚愕と恐怖に顔を引き攣らせた。 濛々と立ち込める埃の分厚いカーテンの向こうにあるのは人影。 華奢な陰影は女であることを物語る。 2階は吹き抜けになっているためにエントランスを覆う天井は3階部分に当たるのだが、その天井が崩落したということはつまり3階の床が崩れ落ちたということだ。 そしてその3階から落下してきた人間がこともなげに立っている。 埃のカーテンがサーッと引き、現れたその姿に、ひっ!と、誰かが小さく悲鳴を上げた。 異様なまでに美しい女。 その女の双眸はアイスブルー。 隊員たちの恐怖が爆発的に広がった。 そうして。 銃声が一斉にエントランスを埋め尽くした。 |