「エアリス!」 ティファを追いかけたクラウドに続こうとしたザックスは、視界の端でグラリ、と倒れかけたエアリスを捉えた。 慌てて駆け寄り、床に打ちつけられる寸前で抱き止めると、ジンワリと熱い彼女の体温に息を飲んだ。 形の良い眉が寄り、苦しげな表情を浮かべるエアリスに、ザックスは彼女に多大な負担がかかっていたことに初めて気づき、うかつだった自分に舌打ちをする。 「ザックス、私はいいから…」 「バカ言うな!」 ピシャリとエアリスの言葉を遮ると、ザックスは蒼い顔をして眠っているエルダスと胸を押さえて荒い息をしているバレットを見た。 「オッサン、そっちの兄さん背負えるか?」 「あ?おうよ。それくらいは大丈夫だ」 「そうか。じゃあ、大変かもしれないけどすぐにこっから出るぜ。こんな所、エアリスには毒だからな」 言うが早いか横抱きに抱き上げる。 毒?とようやく立ち上がれるほどにまで回復したアバランチの面々が怪訝そうに首を捻る。 ザックスはさっさと背を向けた。 「神羅ビル(ここ)は人間の欲とか、良くないもので溢れた場所だ。人間の精神に敏感なエアリスはモロその影響を喰らう。それでなくても星の干渉が激しくてどれが現実世界の音でどれが星の声かわけ分かんなくなっちまうんだよ。癒しの術もマックスで使いまくってる。これ以上、こんなところにいたら、マジでエアリス壊れる」 ギョッと目を見開いた面々を残し、ザックスはさっさと駆け出した。 エアリスを安全な場所まで避難させ、クラウドの元へ駆けつけるために。 Fantastic story of fantasy 35目の前にいるのは紛れもなくクラウドだ。 ならば、耳元で囁き続けるクラウドの声は一体なんだろう? どれが真実でどれが偽りか、もう訳が分からない。 真実と偽りを見極めらないままに行動することがどれほど危険か、大切なモノを傷つけてしまう可能性がいかに高いかと、かろうじて頭の片隅に残っていた理性が最期の声を上げ、訴えかける。 ティファは右太ももでドクドクと脈打つ激痛により、なんとか意識を保とうとした。 だが、それもあっという間に弱い自分に飲み込まれてしまいそうになる。 (ごめんなさい) 苦悩に満ちた顔で手を伸ばそうとするクラウドを見る。 彼になら…。 いや、彼にこそ手を下して欲しいと強く思う。 クラウドにとって、それがどれほどの苦しみになるのか知っていながら、それでもこんな終わり方をするしかないのならば、それはクラウドにして欲しいと思う願望は止められない。 実際、クラウド以外には難しいだろう。 普通の人間には暴走する自分を止められない。 今も脚の痛みがなければとっくにおかしな自分に逆戻っているはずだ。 『 ティファ、よせ!何を考えている? 』 耳元で囁く声が叱咤する。 まるで本当に自分のことを心配してくれているかのような声に縋りたくなる気持ちを振り払い、ティファは手にしていたソードをグッと握り締めた。 先ほどようやっと攻撃する構えを見せたというのに、目の前のクラウドは太ももを斬りつけただけで闘争心を失ってしまったようだった。 どんなに殺してくれと願っても、恐らく無防備に突っ立っていただけではいつまで経っても彼は叶えてくれないだろう。 ならば、攻撃を仕掛けてみたら? 彼が反撃する素振りを見せたらまだ願いが叶う可能性はある。 『 ティファ、お願いだ。死ぬなんて考えるな 』 懇願する声音。 心がグラリと揺れる。 『 ティファ、頼むから 』 イヤよ。 心の中で突っぱねる。 これ以上、何が正しくて何が間違いで、何が現実で何が幻なのか分からない状態で生きていたくないの、と。 しかし、耳元での囁きは続く。 『 ティファだけでも生きてくれているなら俺は救われるのに 』 ウソ言わないで。 『 ウソじゃない 』 お願いだからこれ以上私を惑わさないで! 『 ティファ 』 イヤ! 『 頼むから聞いてくれ 』 イヤ!! 『 ティファ 愛してる 』 まるで睦言のように甘く、包み込むような彼の囁き。 ティファは鋭く息を飲み、目を瞠った。 心臓が止まりそうなほどの歓喜は、それに縋りたいという強すぎる誘惑を巻き起こした。 それは、彼と再会したあの時から自分でも気づかないうちに、心の奥底、ずっと深い場所で小さく芽吹いていた願望だった。 眩暈がするほどの歓喜に涙が溢れそうになる。 だが、体重を微かに移動させた瞬間走った激痛に我に返った。 そして、一気に陶酔の世界からリアルへと引き戻され、ティファは恐怖に襲われた。 簡単に揺らいでしまう自分の気持ちが恐ろしくてならない。 どれが本当の自分の意思なのか、それすらも曖昧になってきている。 もうダメ。 なにが真実で偽りで、現実で夢なのか頭の中がグチャグチャで、目の前の彼すら見えなくなってきた。 自分が自分でなくなる感触がドッと襲ってくる。 「これ以上……訳が分からなくなってしまうのはイヤ」 自分で自分がなくなってしまうのやイヤ…。 ティファは太ももの激痛も流血をも無視し、下肢に力を入れるとクラウドへ一気に踊りかかった。 一方。 クラウドはティファの呟きに全身の神経が引きちぎられんばかりだった。 彼女のカサカサに乾いた唇からこぼれた死を願う呟き。 それは、無味乾燥とした響きでありながら血を吐かんばかりの苦悩に満ち満ちたものとしてクラウドの耳に飛び込み、気が狂いそうなほどの痛みを与えた。 それなのに、身体は実に冷静に事態を対処し、今、こうして向かってくるティファが武器を振り上げているのも、それが見せ掛けだけだとあっさり見抜いていた。 それは全て、”死神プロジェクト”による闘争本能の鋭敏化によるものだ。 ティファは攻撃すると見せかけ、クラウドが反撃するのを狙っている。 その反撃で命を絶つつもりなのだ。 だが。 金属音が鳴り響く。 中途半端にかざしたソードがティファのレイピアを受け止め、クラウドは至近距離でティファと顔を付き合わせた。 反射的にソードの柄(つか)を逆手に持ち替えながらレイピアを叩き折ろうと試みる。 同時にティファへグッと身体を寄せ、今度こそ押さえ込むことに成功したかに思えた。 だが、あろうことか怪我をした方の脚を軸にし、ティファはそのまま左脚でクラウドのこめかみを狙った。 見せ掛けだけの攻撃に、突如、殺気が込もったのをクラウドは感じた。 ティファの中で、彼女自身の理性と実験による植え付けられた闘争心が戦っているのだろう。 咄嗟に頭を深く沈めて蹴りをかわす。 しかし、ティファも痛めた足を軸にしたことによりその威力は通常の半分以下。 態勢を崩し、傾いた体を倒立姿勢へと無理やりもっていき、両腕の力だけで後方へと飛んだ。 クラウドはすかさずその後を追おうとして脚が何かにとられて滑り、態勢を崩した。 ギョッと足下を見る。 ティファの太ももから流れ出た鮮血が血溜まりとなってクラウドの脚を阻んだのだ。 片足で踏ん張ったせいで傷口から大量に血があふれ出たのだろう。 焦燥感に駆られてティファを見る。 しかし、激痛に襲われているはずの彼女はどこまでも人形のように能面であった。 それなのに。 死んだ魚のような目がユラユラと潤み、カサカサに乾いた唇からは死を懇願する呟きが零れた。 「おねがい…クラウド。私を…止めて?」 クラウドは溺れる人のように喘ぎながらのろのろと首を横に振った。 喉の奥に鉛を押し込められたように息が出来なくなり、全身の血が音を立てて引いていく。 さきほど、ティファをこれ以上傷つけないために、と固めたはずの決意が砂のようにボロボロと崩れていく。 「ティファ」 「私は…もう…、死にたい」 「なにを…」 「これ以上、私が…ワタシじゃなくなる前に…」 「諦めるな…」 「ワタシは…もう、ツライ」 レイピアを構え、ティファが宙を舞う。 太ももからは止まることなく鮮血が溢れ、飛び上がったティファの軌跡を語るように赤い雫をこぼした。 なんの策もない動きでレイピアを振り上げ、落下の力と合わせて振り下ろす。 クラウドは難なくその攻撃を受け止め、2人の距離が一気に縮まった。 「お願い。ワタシを……解放して」 ティファの死んだような瞳から一筋の涙が頬に伝う。 その瞬間、クラウドの中に流れる『時』が全て止まった。 周りから全てのものが消える。 ここが神羅ビルであることも。 周りには黒いスーツに身を包んだ新種の死神の躯(むくろ)が転がっていることも。 全部が弾け飛び、真っ白になって…。 ティファしか存在しなくなった。 そうして一気に脳裏を駆け巡ったのは、幼い頃の2人の姿。 彼女の父親に内緒で会ったときのこと。 2人で四葉のクローバーを探した時のこと。 最後に、給水塔での約束をした時のこと。 その全てにおいてティファは笑顔だった。 嬉しそうな顔、楽しそうな顔、はにかんだような笑顔、涙が浮かんだ双眸を輝かせて微笑んだ顔。 それらが一瞬にして脳裏を駆け巡り、瞬きほどの瞬間で現実が戻ってきた。 2人は互いにソードで押し飛ばし、距離を開けて対峙した。 トクン、トクンと、静かな己の鼓動を聞きながら、クラウドはスーッとあらゆる感情が冷えていくのを確かに感じた。 あぁ、もうこれしかないんだ、と悟る。 どんなにもがいても、足掻いても、彼女の魂を救う道は1つしかない。 それが自分にしか出来ないというのなら、むしろ喜んで叶えてやろう。 他の誰にもこの役目は担わせない。譲らない。 「ティファ…ごめん」 散々、グズグズ悩んでごめん。 ソードの切っ先をティファへ向ける。 今度こそ迷わない。逃さない。 大丈夫。大丈夫。 ティファ、お前を1人で逝かせたりしない。 解放してやったらすぐに後を追ってやるから。 だから…寂しくないから心配するな。 スーッと静かに息を吸い、次の瞬間、クラウドはカッ!と目を見開いてティファへ向かって飛び出した。 全身で空気を切りながらティファ目掛けて突進しながら、上半身を捻りつつソードを振り切る。 ティファの首と胴を一刀両断にするべく、ソードが空気を切り裂く音を奏でながら一閃した。 本気で覚悟を決めたクラウドの攻撃は情け容赦なく、半端者の”死神”のティファには避けられないものだった。 だから、ティファの首が廊下に転がったとしてもなんら不思議はなかった。 当然の帰結なのだ。 だから。 ティファがクラウドの攻撃を前にして尚、死ななかったのはティファにもクラウドにも原因があったのではない。 割り込んだたった一発の銃声。 それがティファをクラウドの攻撃から守り、そして、願いを叶えるたった1つのチャンスを奪い去った。 「なにをしている!」 実に素晴らしい腕前を披露したヴィンセントが廊下の先に立っている。 後から足音も荒くタークスの3人が姿を現した。 驚き戸惑う3人とは違い、ヴィンセントは明確な怒りをその紅玉の瞳に宿してクラウドを睨みつける。 クラウドはビリビリと痺れの残っている腕を一振りした。 バスターソードの刃の部分へ被弾させることに成功したヴィンセントの腕前に感服する気持ちが沸きあがるが、それは言い様のない苛立ちによってあっという間にかき消された。 どんな思いでティファを手にかける覚悟を決めたと思っている、と怒鳴りつけたかった。 しかし、それを実行する暇など与えられることはなく、次の瞬間、ゾッと怖気に襲われて反射的に身を引いた。 鼻先すれすれをティファのソードが風を切って通過する。 そしてそのままティファはヴィンセントたちの方へと駆け出した。 慌ててクラウドはその後を追う。 ヴィンセントは駆け寄りながらクラウドへ再び発砲した。 足下に着弾したその銃に思わず足が止まる。 それだけで十分だった。 ヴィンセントの狙いはあくまで駆け寄るティファをその背に庇うことであり、クラウドへ銃を向けたのは単なる時間稼ぎでしかなかった。 ヴィンセントにとって、クラウドはもう”神羅の死神”ではなく、志を同じくする仲間だった。 廊下の曲がり角を曲がって目の前に広がった光景はあまりにも衝撃的で、咄嗟の行動であるにもかかわらずヴィンセントはクラウドに当たらないよう銃口をバスターソードへ向ける配慮が出来きたのはそれほどにまで、ヴィンセントの中でクラウドが”危険人物”からは程遠い人間となっていたことを現す。 だが、クラウド以上に”危険人物”から程遠いという認識にティファはあった。 だから、ヴィンセントは”神羅の実験の後遺症のせいで凶行に及ぼうとしたクラウド”からティファを守ることを瞬時に己の中で決定し、行動したのだ。 だから夢にも思わなかった。 「よせっ、ティファ!!」 クラウドが青褪めて声を上げるなんてことも。 ティファの瞳がアイスブルーに染まっているということも。 彼女が手にしていたレイピアを殺気を込めて一閃させてくることも。 驚愕に目を見開いて息を飲み、咄嗟に大きく仰け反ったヴィンセントは己の首が胴と離れるところだったことを思い知った。 後に続いていたタークスの3人が短い悲鳴を上げて硬直し、慌ててティファの前から飛びのいた。 ティファはヴィンセントの首を落としそこなったことより逃走を最優先としたらしい。 クラウドの前から駆け出したときの速度をそのまま保ち、風のようにその場から走り去った。 クラウドが猛然とその背を追う。 呆然とするヴィンセントをチラリとも見なかった。 その後姿を見てヴィンセントは瞬時に己の思い違いを悟った。 新たな死神になるべく実験を施されたティファが暴走していると知っていたはずなのに、ティファに斬りかかるクラウドを前にしてそれらが頭の中から消えてしまっていた。 「くそっ!」 猛然と2人の後を追いかける。 腰が抜けたようになっていたタークス3人も顔を見合わせると慌てて追いかけた。 「どういうことなんだ!?っと」 「わ、分かりませんけど、私たち、追いかけてなにか役に立てるんですかね?」 「……言うな、イリーナ」 いささか緊迫感に欠けたやり取りが聞こえてきたがそれを叱咤する余裕などなかった。 あっという間にティファとクラウドの背は廊下の向こうへと消えていく。 広い神羅の廊下を恨めしく思ったのは初めてだ。 だが、決して見失うことはないとヴィンセントは確信していた。 廊下に累々と横たわる黒い死神たちの躯。 その黒い色彩の中、ティファのこぼした真っ赤な血が点々と道しるべのように続いている。 明らかに血を流しすぎている。 普通なら痛みのために動けないはずの出血量。 ヴィンセントは焦った。 全速力で走りながら、胸中は荒れ狂っていた。 不吉な予感でいっぱいだった。 自分が邪魔をしなければ、確実にクラウドはティファを殺していた。 しかし、クラウドの邪魔をした直後、自分を殺そうとしたティファへ向かってクラウドは正気の声で彼女へ向かって声を上げた。 それが一体何を意味するのか、焦燥感に駆られてまともに物事が考えにくくなっていたのだが、徐々にはっきりとしてきた。 そして、はっきりとしてきたことにより焦燥感は強い恐怖を呼び覚まそうとしている。 クラウドは狂っていない。 実験の後遺症によっておかしな判断をしているわけでもない。 冷静に、己をしっかりと保ちながら、ティファを殺そうとしていた。 即ち。 ティファを実験の呪縛から解放させるには”死”しかないと決断を下したのだ。 ならば。 こうしてモタモタ追いかけている間にも、ティファとクラウドは激戦を交わす可能性が非常に高い。 そして、手負いのティファがクラウドに勝てるとは思えない。 もしもクラウドがティファを殺してしまったら、その後、彼はどうするか…? 考えなくとも分かる。 後を追って自ら命を絶つはずだ。 「誰が…!」 そんなことをさせるか、と続くはずの言葉は、喉の奥に消えた。 中途半端に声を荒げて口を閉ざした元・先輩をタークスの3人はビクリッ!と怯えたように肩口を揺らしながら、それでも足を止めずに息を荒げ、全速力で走り続けた。 * シェルクはネットダイブを繰り返しながら唇をかみ締めていた。 リーブからルーファウスへの命令停止を願う通信を意識の端で聞きながら、意識の大部分は逃げるティファと追うクラウドへ向けられていた。 彼らの脚は目を瞠るほどのスピードを生み出し、シェルクの意識を翻弄していた。 どこで隔壁を落としていいものか、タイミングと場所、全てに置いて追いつくことが出来ない。 そうこうしている間にも1階ロビーには神羅兵たちが結集しており、着々と迎撃準備が整っていた。 いっそのこと、1階ロビーと2階フロアーへ続く間に隔壁を落としてやろうか、とも思ったが、そうするとまだ完全に逃げられていない神羅兵や幹部クラスの社員、アバランチメンバー等々がビル内に閉じ込められてしまう。 それに、実はもっとイヤな予感を感じていた。 チリチリと神経が端から炙られている感触。 それは勘違いと言うにはあまりにも強く、具体的になにがどうなのかを探るにはあまりに曖昧だった。 それを特定するためには全神経を集中させねばならず、そうする余裕がカケラもなかった。 少しでもクラウドやティファから意識を離してしまうとあっという間に見失ってしまう。 ジリジリと焼け付く焦燥感を味わいながら、シェルクは必死に捕縛と安全のための隔離ルートを模索した。 今、ティファは7階の廊下をひた走っていた。 ヴィンセントに邪魔をされてからこちら、クラウドと攻防戦を交えることは幸いなかったが、彼女の動きが徐々に鈍くなっていることにシェルクは気づいていた。 足の傷は深く、まともに走れる状態ではないにも関わらず、ティファは無茶な跳躍、疾走を繰り返し、非常階段をワンフロアー丸ごと飛び降りたり割れた窓ガラスから飛び降りると見せかけて上階へと舞い戻ったりを繰り返していた。 クラウドはその背をピッタリと追っている。 手負いのティファに中々追いつけないのは、彼女へ遠慮しているからではない。 ティファは逃走するその道々で遭遇した生きた神羅兵や幹部社員を盾にしていた。 追ってくるクラウドへ社員を突き飛ばしたり、恐怖に硬直する一般兵を窓の外へ投げ飛ばしたり。 その都度、クラウドは彼らの命を救うべく余計な動きを強いられた。 少し前のクラウドならば見向きもしなかったであろう他人の存在。 少し前のティファならば絶対に粗末に扱わなかったであろう他人の命。 神羅の実験でガラリと価値観が変化したその結果だった。 中でも見ていて胸が抉られる思いがしたのは、リーブやシャルアと行動を共にしていたはずのユフィが、神羅兵や怪我を負った幹部社員を伴い避難しているところに鉢合わせした時だ。 突然現れたティファの姿に目を見開き、歓喜の色を浮かべたユフィにティファはヴィンセントにしたのと同じようにレイピアを一閃させたのだ。 ユフィはヴィンセントのように避けなかった。 恐怖と驚愕に凍りつき、大きく目を見開いて呼吸すら止めたユフィを助けたのは、同じくヴィンセントと行動を共にしたはずのシドだった。 ユフィと全く同じ理由から、ヴィンセントから離れて傷ついた一般兵を伴い、ビルから脱出しようとしていたシドは、ただならぬ気配を感じ取り、その気配へと急行していたのだ。 そうして、信じ難いものを目の当たりにしながら手にしていた槍を思い切り投げつけた。 レイピアが弾き飛ばされ、ティファはそのまま走り去った。 その後を猛然と追うクラウドをシドはへたり込んだユフィを助け起こしながら呆然と見送った。 2人が嵐のように去った後、顔をくしゃくしゃにして泣き出したユフィにシェルクは胸を突き刺されるような痛みを覚えつつ、クラウドたちへ意識を向け続けた。 そうして。 シェルクはクラウドとティファの動きを監視し、行動の先を読み続けて決断を下した。 取り残された人間がいない階に限りではあるが、各階にあるエレベーターの前へ隔壁を落とす。 重い音を響かせながら下りる隔壁は、シェルクの焦りを嘲笑うかのようにゆっくりとしたスピードで天井から床へ向かって降りていく。 イライラしながら心臓は激しく脈打っていた。 早くしなければ、突破されてしまう。 屋上へ逃すわけには行かないと、もうとっくの昔に屋上に続くあらゆるルートは遮断していた。 もしもそれでも屋上へ向かうならば、外の外壁を登るしかない。 しかし、ティファは手負いだ。 ならば、エレベーターのワイヤーを伝って辿り着く先は1階フロアーだけ…。 1階には神羅兵が銃を構えてひしめいている。 そして今、幸いなことにティファとクラウドが走る7階フロアーには生きた人間は1人もいなかった。 エレベーター前の隔壁を落とし、逃走を阻まれたティファが止まったときにクラウドとの間にも隔壁を落とす。 そうすれば、クラウドがティファを害することも、暴走したティファがこれ以上逃走を図ることもない。 2人を隔離しながら、互いにその存在を見ることの出来る防弾ガラスによる隔壁によって、ティファがもう少し落ち着いてくるのを待つ。 そうすれば、万が一、ティファが廊下の全面ガラス張りの窓ガラスを割って更なる逃走を図ったとしても、クラウドがそれを追うことが出来るだろう。 追われると分かっていながら窓ガラスを割って逃走を図るなどむざむざ自分から殺されるようなものだ。 そんな行動をティファが取るとは考えにくい。 生存本能が欠落しているからと言って、自殺願望を触発するような実験は施されていないはずなのだから。 そして、強い緊張を強いられた数分の後、シェルクの待ちに待った瞬間が来た。 エレベーター目掛けて走っていたティファの足が止まる。 隔壁のポイントをティファが通過した時点でシェルクは隔壁を下ろし始めていた。 振り返ったティファの瞳が下りる隔壁と、隔壁の向こうに姿を現したクラウドへ向けられる。 クラウドが走る。 隔壁が下りる。 ティファはエレベーター、下りる隔壁、そしてクラウドへと視線を素早く往復させた。 (よしっ、これで大丈夫!) クラウドの焦った表情が見える。 しかし、いくらなんでも遠い。 下りる隔壁の下を滑り込むことももう出来ない。 ホッと安堵の溜め息が洩れそうになったとき。 シェルクの意識の端をチリチリと焼き続けていた不吉な予感が突如、爆発した。 ビル全体が大きく揺れるほどの衝撃。 「なに!?」 シェルクを守るべく付き添っていたシャルアやナナキ、ルクレツィアの慌てる声が聞こえる。 シェルクは慌ててビル全体へと意識を拡散させた。 そして愕然とする。 「別棟の地下から爆発…!?」 別棟の地下。 そこには、神羅のマッドサイエンティストである宝条の狂気が詰まった部屋があった。 「火災発生!ビルの電気系統は一部焼き切れてしまったけど…まだ大丈夫。でも…」 早口で現在の状況を口にするシェルクの神経が更なる緊急事態を感知した。 「このままでは別棟地下に隣接している武器格納庫に誘爆してしまう!」 燃え盛る炎のその先にあるものに気づいたシェルクは悲鳴のような声を上げ、その言葉にシャルアたちが恐怖に息を飲み込んだ。 迫る危機など関係ないと言わんばかりに、ティファとクラウドの間に透明の隔壁が重い音を立てて横たわった。 |