「すぐに医科学への移送が必要です!」
「局長、小型飛行艇のご許可を!」

 ビルが倒壊しかけている中、なんとか無事に屋上の人間全員を引き上げることに成功したシエラ号では、上へ下への大騒ぎだった。
 妊婦の中には、すぐに治療を受けなくてはならない状態の女性が数人いた。
 あまりにも気丈に振舞っていたため、シエラ号に無事収容されてホッと気が緩んで失神するまでそんなに酷い状態にあるとは誰も気づかなかったのだ。
 リーブは中佐クラスの部下数名と共に、処置の必要な妊婦とティファを連れてWRO本部へ急行するよう命令を下した。

「ごめんね…2人とも。どうしても人数の加減で乗せて上げられないんだよ…」

 心底申し訳なさそうに謝罪するリーブに、デンゼルとマリンは目に涙をいっぱい浮かべながら首を振った。
「いいんだ、ティファが元気になってくれる方が大事なんだから!」
「これくらい、いくらだって我慢するから、だからティファを!」
 縋るように見上げる子供達に、その場の人間が皆胸を打たれた。
 中でも巨漢の英雄が一際うるさかったが、回復アイテムで少し元気になったウータイの忍に思い切り後頭部を叩かれたのだった。

「では、すぐに出発を!」

 部下達は敬礼をすると、きびきびと己の任務遂行へと移ったのだった…。






Fight with … 9







 シドはジリジリと後退した。
 目の前で自分を包囲している新たな敵に全身がビリビリと痺れる。
 これまでの敵とは違う、と本能が囁いている。
 全くうるさい本能だ。
 シドは自分自身に舌打ちをしたい気分だった。
 女が饒舌だったのはこういうことだったのか…。
 シドを…ではない。
 誰でも良いから『ジェノバ戦役の英雄を』葬りたいという強い歪んだ願望をこの敵達は持っているのだ。
 子供がどうとか、生きた兵器がどうとか言っていたが、恐らくそれは作戦の1つに過ぎず、今回の事件の全貌ではない。

 ふと、シドは自分ににじり寄る敵の中に女がいたことに内心で驚いていた。
 並々ならぬものを感じさせる中に女がいる。
 一見、華奢な体躯で灰色の街並みには似合わない風貌。
 だが、その女も男も同じ雰囲気を醸し出している。
 敵の目がクラウドと同じ魔晄の瞳であるのに、一様に何か催眠術にでもかかったかのように虚ろで不気味だというのが何とも言葉に出来ないほど気味が悪い。
 まるで…人形のようだ。
 人形…。
 女が言っていた、『生きた兵器』とは、こういう奴らをどんどん生み出すこと…なのだろうか?

(冗談じゃねぇっつうの!)

 こんな薄気味悪い奴がこれ以上世界に増えてたまるか!
 それこそ、とんでもない世の中になること間違いない。
 シドは槍を構えた。
 それが合図となったかのように4人が一斉に襲ってきた。

 ビルで相対した敵とは桁外れの高い戦闘力。
 個々人が素晴らしい力を持っている。
 そして、そらが4人の行動を更に飛躍的にアップさせていた。

(まるで俺たちみたいだ)

 頭部、腹部、足、腕。

 あらゆるところが痛みを発する。
 敵の攻撃は多岐に渡った。
 その戦いぶりに翻弄されながらも、自分達英雄同士の強い絆を思い出させた。

 自分達の戦い方はそれぞれバラバラだ。
 クラウド、ナナキ、ティファ、シドは接近戦を得意とした。
 ユフィやヴィンセント、バレットのように長距離を得意とした。
 ケット・シーは魔法やリミットブレイクがとてもユーモアに富んでいて、それでいて殺傷力が高かった。

 そして、そのどれもが個々人だけで闘うには少々厳しく、しかし共闘すればこの上なく互いの欠点を補え合えた。
 それにとても近しいものをこの4人からは感じる。

(ハハ、なにのんきなことを考えてるのか。さっさと片付けて…)
 クラウドを探しに行く。

 シドは地面をゴロゴロと転がりながら攻撃をかわしつつ、先ほどから感じている『気配』に希望をゆだね、敵の一瞬の隙を突いた。

 接近戦を得意とする敵が1人、猛然と突っ込んできたのが見えた。
 その背後では万一仲間が失敗した時のためにマシンガンを構えているのがいる。
 接近する敵にやや遅れて左右を元・ソルジャーが固めていた。
 シドの目標はマシンガンを構えて後方支援に徹している女。
 槍を思い切り投げつける。
 変な体勢から投げたにしては、自分でも驚くほど素晴らしく目標である女目掛けて一直線に飛ぶ。
 左右の男と女がその槍から仲間を守るべく動いた。
 突進してくる男はそのままシドに足技を仕掛けようと片足を突き出している。
 シドはよけなかった。
 無表情だった男の顔に僅かに勝利を喜ぶ色が浮かぶ。

 だが…。

 左右の男女とマシンガンを構えていた女が驚愕に目を見開いた。
 シドの槍は、まるで意志を持つもののようにマシンガンに突き刺さってからシドの元へと戻った。
 接近戦を挑んだ男が宙で静止し、濁った水溜りの中へ倒れこむ。


「よぉ、助かったぜ」
「…本当に無茶をする」


 淡々とした口調で上空から男を攻撃したヴィンセントがゆっくりとシドの傍に着地した。
 無事な元・ソルジャーが息を呑む気配が伝わってくる。
 シドは堪えきれずにニッ…と笑った。

「おめぇ、背中の傷はもういいのか?」
「無論だ」
「んで、ユフィも大丈夫なのかよ?」
「当然!回復アイテムであれくらいの傷はへっちゃらなんだよ」

 元・ソルジャーがギョッとして振り返った。
 マシンガンを使い物にされなくなった女より10メートルほどの場所に地面に突き刺さった鉄骨。
 その上に堂々と立って見下ろしているユフィ・キサラギ。
 胸を張るようにしてどこかえらそうなその態度はいつもの彼女だ。

 敵は、いつの間にか自分達が『追い詰めていた獲物を狩る立場』から『挟み撃ちになった獲物』へと変わったことを察した。
 無言のまま、表情を厳しくするが、全く戦意喪失はしていない。
 むしろ、ドクドクと彼らの鼓動が聞こえるかのように、敵はとことんまで闘うつもりなのだと感じ取る。

 シドは笑った。
 ゆっくりと足を踏み出す。
 ヴィンセントが銃を構え、ユフィが不適に微笑みながら手裏剣を構えた。


 *


「まったく…いつの間に形勢逆転されたのやら…」

 呆れたように女王は呟いた。
 シドを足止めしてまでチャンスをもたらしてやったというのに、気がついたらその立場が覆っている。
 冷たい雨に晒されているというのに、全く何も感じていないかのように、同胞が追い詰められながらも奮闘している姿を地面に寝転がされた状態で眺めていた。

「オイラ達を甘く見るからさ」

 いつの間にか隻眼の赤い獣が傍にいた。
 女は驚かない。
 ジェノバ戦役の英雄がシドの応援に駆けつけた。
 ということは、自分を捕まえるために英雄がやってきていたとしても不思議ではない。
 ナナキの隣では、気配を殺すにはまったく向いていない巨漢の男が不機嫌を隠そうともしないで立っていた。
 イライラと赤い獣を睨みつけている。

「おい、こんな女、ほうっておいてさっさとクラウドを捜しに行こうぜ!」
「うん、分かってるよバレット」

 炎の灯った尻尾をユラリ…と揺らせて女に背を向ける。
 この場ですぐに捕まえる気はないようだ。
 そのことが女を不快にした。

「ちょっと、私をこのままにしておくつもりかい?」
「は?お前ぇを助けるつもりなんざサラサラねぇよ!」

 苛立ちながら答えたバレットに、女は負けず劣らず苛立ちながら眉尻を逆立てた。

「は!?見くびんなよ、助けて欲しいだなんざ思ってないね」
「じゃあなんだよ」

 わけが分からない、とバレットが足を止める。
 ナナキは「バレット、オイラ先に行くからね」と、呆れたように言い残して瓦礫の向こうへと高く跳躍して消えた。
 女は、バレットの間抜け面に心底苛立ったらしい。
 つばを吐き出しそうな顔をして睨み上げた。

「殺して行けって言ってんだよ」
「は?なに言ってんだ」
「私は獄中で死ぬような最後を迎えるつもりはないね。敵と戦って死ぬ。それが私達の生き方さ」

 バレットは辟易した。

 私達の生き方…ね。
 私達……『複数』ときたもんだ。
 今、ヴィンセント達が相手をしている元・ソルジャー達や既に斃れたソルジャー達も含まれているのだろう。
 バレットは不快に鼻を鳴らして背を向けた。

「勝手に死ねよ。俺はお前にそこまで親切心を出せるほど人間できてねぇからよ」

 女がその言葉にどんな顔をしたのかバレットは見なかった。
 これ以上この場に止まるつもりなどもうカケラほどもない。
 死にたければ勝手に死ねばいい。
 シドがなにやら回復アイテムをくれてやっていたが、そこまで仏心を持てない。
 この女がどうなろうと知ったことか。
 クラウドの安否の方がよほど重要だ。

 突き刺さるような視線を背中に感じながら、バレットは消えた仲間を捜しに死んだ街の中央部へと駆け出した。


 *


 ナナキは雨で濡れそぼった毛並みをブルブルと身体を震わせて振り払った。
 雨のせいで鼻がいつもより利きにくい。

「クラウド…」

 気持ちばかりが焦る。
 あれだけの爆発が起きた中心にいたのだ、ただで済んでいるとは思わない。
 思わないが、少しでも無事でいて欲しいし、早く助けたい。
 それにしても、どうしてあの爆発は起きたのか?
 まるでクラウドが爆発を引き起こしたかのようだった。

「……………まさかね」

 降って湧いたようなイヤな予感を振り払うようにナナキは頭を振った。
 ナナキは知らない。
 クラウドが懐に爆弾を持っていたことを。
 それがとうとう激闘の末、爆発してしまったのだということを。

 そう、ナナキの予感は当たっていた。
 クラウドの最後の攻撃が女の腹部を中心に大ダメージを与えたあの直後、クラウドの闘気でとうとう爆弾が爆発してしまったのだ。
 クラウド自身も忘れていた『保険』。
 ティファを救出する際に敵をかく乱する必要があったら使用するつもりで持っていた爆弾。
 よもやそのいざという時の『保険』があだをなすとは…。

「…ん…?」

 ふいにナナキ自慢の嗅覚が何かの匂いを捉えた。
 金属が焼け焦げたような匂いと雨の匂い、それらに混ざって嗅ぎ取ったそれ。

「クラウド!?」

 一際大きなビルの破片。
 恐らくビルの壁であろうその瓦礫の下から覗いているのは、見間違いようもないピンクのリボンを巻いた腕。
 ナナキの全身が総毛立った。

 まさか…?
 手遅れだったのか…?

「クラウド!!」

 一ッ飛びでその腕に辿り着く。
 鼻先をくっ付けて匂いを嗅ぐ。
 間違いない。
 ピクリとも動かないが、クラウドだ。
 必死になって地面を掘る。
 徐々に隠れていたクラウドの身体が現れてくる。
 地面を掘り進め、壁の下敷きになっているクラウドを引きずり出すだけになった頃には追いついたバレットと共にバランスを崩して倒れかける瓦礫を押さえながら救助する。

 さほど時間はかからなかった。
 だが、ナナキにとってもバレットにとっても、これほど長い『一瞬』はなかった。
 クラウドの身体全部を引きずり出すことに成功し、まだ微かに息があることに歓喜して、クラウドの傷の深さにギョッとした。
 場所を移し、無事な建物の軒先に入る。
 傷まみれのクラウドの身体には、泥水は毒だろう…。
 雨も止みそうにない。

「クラウド、しっかり!」
「クラウド、このまま死んだりしやがったらぜってぇ許さねぇからな!!」

 半分泣きそうになりながら対照的な表現で呼びかける。

「シエラ号からすぐに救助隊が降りてくるから、それまではなんとしても踏ん張れよ!」
「クラウド、死んだりしたら殺してやる!!」

 いつの間にか、シドとユフィがその輪に加わっていた。
 泣きながら意識のないクラウドの胸倉を掴もうとするユフィを、
「止めを刺すつもりか…?」
 ヴィンセントが冷静に押さえ込む。

 うっ…。

 アッという間にうな垂れたユフィから手を放し、ヴィンセントは屈みこんでクラウドの口に回復アイテムを注ぎ込む。
 シドとユフィも懐やポケットの中を探り、ヴィンセントに差し出す。
 黙々とした作業はあっという間に終わってしまった。
 ジリジリと救助を待つ。
 ユフィが珍しく、祈るように手を組んで額に押し当てた。
 口の中だけでブツブツと何か呟いている姿は、ユフィには似合わない。
 だがその気持ちが痛いほど仲間達には伝わったし、大いに共感した。

「くっそ…本当にこの雨のせいでどんだけ苦労させられるか!」

 イライラしながら空を見上げたシドが吐き捨てた。
 救助の小型艇がこの天候のせいでスムーズに到着できない事を呪っているのだろう。
 ナナキは意識のないクラウドにスリ…と擦り寄った。
 冷たい身体を自分の体毛で少しでも温めようとしている…。
 懐内で爆発した爆弾のせいで、クラウドの服はボロボロ、肌に引っかかっているだけの状態だった。

「こういう時はナナキが便利だなぁ」
「へん、こういう時でなくてもオイラはお役立ちだよ」

 バレットがこみ上げる不安を振り払うかのように空元気でジョークを飛ばした。
 いつもならそれはユフィの役目だ。
 不慣れなバレットのつまらない冗談に対し、ナナキはいつものように返した。
 会話が途切れ、また重苦しい沈黙が襲う。
 その沈黙の中、ユフィのブツブツ呟く言葉が雨音に混ざって聞こえてきた。

「……エアリス、お願いだから助けて。そっちに間違って行っちゃうようなことになったら、追い返して!」

 バレット、ナナキ、シドが顔をクシャリ…と歪めた。
 ヴィンセントはただ1人、無表情を貫き通していたが、3人と同じくらいユフィの祈りに胸を打たれていた。
 しみじみと思う。
 本当にその通りだ…と。
 エアリスの元へ逝くのは『間違っている』、今はまだ。
 クラウドにはまだこっちの世界でしなくてはならないことがある。
 それを途中で放り出すような真似は許さない。
 何しろ、クラウドは半分強引に自分をこっちの世界に押し戻したのだから。
 神羅屋敷の地下で悪夢に全てをゆだね、罪の贖(あがな)いをしていた自分を引きずり出した。
 そしてあろうことか、ルクレツィアとの思いがけない再会を果たさせ、彼女に『セフィロスは死んだ』とウソをつかせた。
 彼女に対し、二重に罪を重ねた…。
 そんな自分がまだ生きている。
 生きて、こんなところで、こんな風に仲間と思える人間を得て、共に戦い、そして今、心を1つにしてクラウド・ストライフの回復を願っている。
 身に過ぎた幸福ではないか。
 こんな幸福、願ったことなどないというのに、クラウドという青年が現れ、暗闇から引きずり出してくれた。
 これ以上の罪があろうか?

(まだお前は死ぬわけにはいかない、そうだろう……クラウド?)

 ヴィンセントは静かに心の中で語りかけた。
 シドとバレット、ユフィ、ナナキがハッと顔を上げて空を見上げる。

 ようやく現れた救助の小型艇に仲間達が顔を輝かせ、大きく手を振る姿を赤いマントの男は黙って見つめていた。

 雨はまだ止みそうにない…。