突然、足場が激しく揺れてヴィンセントはバランスを崩しかけた。
 ユフィや屋上で避難していた妊婦、隊員達が小さく悲鳴を上げる。

「わ、あわわわわ!!」

 ユフィが奇声を上げながらユラユラと一本立ちになりながら突如出来た大穴に落っこちるのを回避した。
 ヴィンセントがティファを抱えたままユフィの方へ手を伸ばす。
 間一髪、ユフィを引き寄せながらヴィンセントは足場となっている建物全体がゆっくりと傾いていくのを感じた…。






Fight with … 8







 バレット、ナナキ、ケット・シーが同時に駆け出した。
 突如、目の前で何かが爆発したのだ。
 バレットが慌てふためきながらクラウドの名を呼んでいる。
 ナナキも自慢の脚力をフル活用して濛々(もうもう)と砂塵煙る爆発中心地へと跳躍した。

「あぁ…!」

 絶望に近いナナキの声。
 バレットの心臓がギュッと締め付けられた。
 野太い腕で懸命に砂塵を払いのけながら、ゴロゴロと瓦礫が転がり、足場の悪い中を進む。
 ナナキの赤い毛並みが砂埃の中で薄っすらと浮かび上がった。
 微動だにしないその姿に、バレットも並んで目と口を大きく開けた。
 目の前にあるはずの壁がなくなっている。
 それだけではない。
 建物の支柱が跡形もなく消し飛んでいる。

「に、逃げろバカ!!」

 呆然とその場に立ち竦んでいるナナキに向かって怒鳴りつけるとバレットは猛然と背を向けて走り出した。
 バレットに怒鳴られてナナキも我に返る。
 サッと身を翻し、あっという間にバレットを追い越して上階目指して駆け出した。
 いつの間にかケット・シーがナナキの背中にしがみ付いている。

「わわわ、倒れる、倒れまっせーーー!!」
「わ〜ってるっつうのーーー!!」
 ケット・シーの悲鳴とバレットの怒鳴り声、そして、
「うぉう!!なんだってんだ、こりゃ!!」
 ようやっと到着したシドの驚きの声は、背後から追いかけるように轟いた倒壊の音によってかき消された。


「「「 シド、タイミング悪すぎだーー!! 」」」


 クラウドと女の戦いを見守っていた3人の声が見事にシンクロした…。
 その間も当然のことながらバレット達もシドも止まっていない。
 自然とバレット組とシドの距離はあっという間に縮まった。
 縮まって……すれ違いそうになる。

「シド、ダメダメ!この建物、崩れちゃうから!!」

 一番俊足なナナキがすれ違いざまに怒鳴った。
 シドは靴底から煙が出るような勢いで足を止めると、折角走ってきた方向であるナナキ達の向かう進行方向へと駆け戻る。

「おいおいおい、どうなってやがんだ!?」
「俺……に…も……良く分からん!」

 途切れがちにバレットが答える。
 ドタドタ走る巨漢の男は、もう一生分ほども走ったような様子で目が血走っている。

「クラウドはん、最後の力を振り絞って敵のボスに挑んだんですわ…。それなのに…」
 涙を拭く仕草をしながら話すケットに、シドがギョッとして一瞬立ち止まった。
 すぐに気を取り直して3人に併走する。

「クラウドがそんな簡単に死ぬか、このバカ!!」
「誰も死んだなんて言うてません!でも、クラウドさんが渾身の力を込めて攻撃したら、急に何かが爆発したんです!!」
「その爆発の中心にいたんだ、クラウド…」
「な…」

 ナナキの言葉に今度こそシドは言葉を失った。
 だが、すぐに気を取り直して頭を振る。
 もう屋上はそこまで来ていた。

「このままだとじきにこのビルは倒れる。お前らは先にシエラ号に乗ってろ。俺様はクラウドを探してくる」

 何か言おうと走りながら振り返ったナナキだったが、結局この中で一番健在なのはシドなのだ。
 それに、クラウドの安否が心配だった。
 もしも今、救助に向かって助かるなら助けたい!

「…無理しないで…」
「任せろ!!」

 親指を立てるとシドは勢い良く背を向け、炎上している部屋に戻るべく駆け出した。

「あ〜…シドはん、クラウドはん…どうか無事で…」

 ケット・シーの祈るような言葉に、バレットもナナキも心の中で願いながら、屋上への最後の階段を駆け上がった。


 *


「…あのなぁ、お前らを相手にしてる場合じゃねぇんだよ!」

 バレット達と別れてからものの数秒後。
 シドはビルに滑り込むことに成功した元・ソルジャーに囲まれていた。
 シドは知らないが、ケット・シーがバレットを救うために使った新薬の効果が弱まったために動けるようになった奴らだ。
 どの顔も怒りと屈辱で醜く歪んでいる。
 彼らにしてみれば、自分達が圧倒的に有利で絶対に逃すはずのない敵に、まんまと出し抜かれた『かっこう』になっている。
 これが許せるはずがない。
 彼らにとって、自分達の存在理由は『闘うこと』のみなのだ。
 それが、ジェノバ戦役の英雄によってその存在理由を奪い取られ、今尚『獲物』を掻っ攫われた。
 掻っ攫ったのがたとえ目の前に立つ槍使いではなくとも、『英雄』にかわりはない。
 ならば、この目の前のヘビースモーカーを代わりに血祭りにあげてしかるべきだろう。

 元・ソルジャー達は無言のままいきなり飛び掛ってきた。
 シドは槍を大きく頭上で振り回してそれを防御、あるいは跳ね飛ばし、殴りつけた。
 人数では圧倒的にシドの方が不利だったが、身体の状態では元・ソルジャーの方が不利だった。
 新薬の効果はまだ完全になくなったわけではないし、この爆発で少なからずダメージを受けていた。
 実は、爆発があった丁度真下に彼らは倒れていたのだ。
 薬の効果が薄れてノロノロと起き上がった直後の惨事。
 半数の元・ソルジャーが瓦礫の下で息絶えている…。

「今、俺様は寛大な気持ちになれないんだ。殺されても恨むなよ」

 低い怒りの声。
 それは、クラウドを早く救助したいという焦りの心でもあるし、仲間を傷つけられた怒りでもある。
 ヴィンセントの腕の中でグッタリとしていたティファの青白い姿が脳裏をかすめ、シドの怒りが膨れ上がった。
 それはそのまま殺気と威圧感に取って代わり、元・ソルジャー達は初めて全身で『ジェノバ戦役の英雄』の力を感じ取った。

 シドと元・ソルジャー達の殺気が交錯する。
 両者の間に支配していた緊迫した空気が一気に爆発した。

 奇声を上げながら元・ソルジャー達が飛び掛る。
 シドはそのどれよりも高く跳躍した。
 そして、僅かに残った天井で両足を着くと思い切り床へと飛ぶ。
 床に着地するかしないかの敵達に容赦なく槍を振るった。
 炎の赤と敵達が上げた血しぶきの赤とが奇妙なコントラストを描き出す。
 3人が倒れた。
 だがまだ半分以上の敵が動ける状態だ。
 シドは迷わず槍を繰り出す。
 突き出した槍の餌食となった男が短い断末魔の叫びを残して地獄へ落ちた。
 シドは槍を手元に引き戻すことなく後方へ蹴りを繰り出す。
 攻撃をした一瞬で背後に回っていた元・ソルジャーの鳩尾にヒットし、男が悶絶しながら床を転げ回る。
 クルリ、と身体を反転。
 左右に迫っていた男達を肘鉄と引き戻した槍で殴り飛ばす。
 そのまま勢いを殺さないで身体の柔軟を生かして前屈みになる。
 シドの頭髪が数本、バスターソードによって宙を舞った。
 素早く身を起こして後方宙返りの要領でバスターソードで狙った男の顎を蹴り飛ばした。

(チッ。キリがねぇ)

 戦いはシドに利がある。
 しかし、このまま長引かせるつもりはない。
 早くクラウドを探しに行かなくては!
 それに、ビルの傾きが大きくなっている。
 このままここで足止めを喰らうわけにはいかない。

 シドは思い切り飛んだ。
 目指すは爆発の中心で、今も炎をあげているその向こう側。
 敵達が目をむく。
 数人が後を追う。
 シドは宙で上体を捻るとヴィンセントから渡された小瓶を思い切り敵に向かって投げつけた。
 一番近づいていた敵に宙でヒットする。
 小瓶が敵の頭部に当たって割れた。
 途端、次々と元・ソルジャー達が力をなくして倒れこんだ。
 シドが飛んだ先が風上になっている。
 シドは小瓶の新薬の影響を全く受けることなく、ビル外へと飛び出した。

 外に出た途端、シドの身体は冷たい雨に晒された。
 眼下に見えるのは爆発によって剥離したビルの一部と、近隣の建物の瓦礫。
 無数に突出した鉄骨がある。
 それらを器用に避けながらシドはそのうちの一本の上に着陸した。

(おいおいおい、こんな針の山みたいなところに落ちたとしたらクラウドの奴…!)

 ゾッとする考えが頭をよぎった。
 慌ててそのおぞましい想像を振り払う。
 湧き上がる不安を打ち消すようにシドはクラウドの名を呼んだ。
 声を張り上げ、鉄骨から鉄骨へ飛び移りながら必死に探す。
 幾度目かの跳躍の間、シドはWROの大佐クラスの人間が元・ソルジャーを相手に果敢に戦っているのを見た。
 シドが手助けをしなくても大丈夫なようだ。

(悪ぃが、頑張ってくれ!)
 自分はクラウドを探さなくてはならない…。

 それにしても、こんなに離れたところまでクラウドは吹っ飛んだのだろうか?

 シドは、ビルから離れすぎたことに気がついた。
 クラウドの名を呼びながら今度はビルに向かって走り出した。
 いつの間に地面を走っているのか自分でも気づかない。
 ビルに近づけば近づくほど、足場が悪くなってきた。
 ガラスや漆喰の破片が転がっているからだ。

 今度は丹念にあたりを見渡す。
 ところどころ、地面にビルの壁がそのまま突き刺さり斜めに傾いでいる。
 大戦争の跡のようだ…とシドは思った。
 ゾッとする光景。
 神羅がアバランチを追い詰めるためだけに7番プレートを落としたのは知っている。
 その時の光景に近いのだろうか…とふと思った。
 そして、その次の瞬間。

「…!なんだ…!?」

 何かがいる。
 あちこちから煙が上がっている中、か細く立ち上る煙と雨に混ざり、何かが瓦礫の影からフラリ、と倒れこんだ。
 人…?
 クラウド!?

 シドは駆け寄った。
 駆け寄って…ガックリとうな垂れる。
 クラウドかもしれない、と抱いた淡い期待はあっさり裏切られた。

 豊かな金髪をした美女だった。
 二年前の旅の間、ティファが着ていた服と似ているいでたちの美女。
 青白い顔をして眉間にしわ寄せ、固く瞼を閉じている。
 腹を見て、シドは慌てた。
 元はグレーと思しきカットソーが、今ではその色を変えている。
 雨に濡れたからではないことが、イヤでもわかった。
 ポケットから急いでポーションを取り出したが、それを使う前に女が目を覚ました。
 その目の色を見て、シドは軽く息を呑んだ。
 魔晄の目、ソルジャーの目だ。

「ってぇことは……敵…か…?」

 ほんの少しうろたえながら呟いた。
 敵ならば、回復アイテムを使ってまで助けるべきなのだろうか…?
 恐らくこの女がケット・シー達の言っていた『敵のボス』だろう。
 なら、この近くにクラウドもいるかもしれない。
 だったら、こいつに構うよりもクラウドを探しに行くべきでは?
 だが…、とシドを引き止めるものがあった。
 この女を生け捕りに出来たら、今回の事件の全貌がより明らかになるだろう。
 あの妊婦達の証言だけが全てというわけではないはずだ。
 妊婦達や、元・ソルジャー達ですら知らないことをこの女は秘めている可能性がある。
 ならば、今すぐにリーブに連絡をしてこの女を確保するよう要請をするべきではないか?

(だけど…、このままだとリーブ達が着くまでにこの女は死ぬ)

 迷いは一瞬。
 シドは手にしていたポーションを黙ったまま女の口に含ませた。
 女は少し驚いたような顔をしたが力が入らないのだろう、一口、二口と飲み下す。
 シドはポーション全部を飲ませず途中でやめた。
 非情と言われるかもしれないが、全回復させるわけには無論いかない。
 命を落とさない程度にまで回復させ、リーブ達が捕獲出来るようにする。
 そこまでだ、シドが出来ることは。
 ヴィンセントが言っていた、クラウドがマズイ状態にある…と。
 なら、すぐにでもクラウドを探しに行かなくてはならない。
 一秒も惜しい。
 シドは女の靴紐を解くとそれで女の両足を縛り、傍の瓦礫と繋いだ。

「悪ぃけど、ここまでだ。待ってろ、すぐに運んでもらう」

 シドは吐き捨てるようにそう残して立ち去ろうとした。
 女が何を言ったとしても…、命乞いにしろ、『殺せ』と言ったとしても絶対に聞かないつもりだった。
 だが…。

「まったく…甘いねぇ、英雄は」

 何故、足を止めてしまったんだろう…?
 シドは振り返った。
 雨をまともに受けながら女は微笑んでいた。
 ゾッとするような微笑だった。
 そして、口を開く。
「そんなだから、アンタ達は脆い」
 歌うように言う。
 シドは聞かなければ良かったのだ。
 しかし、自分の意志に反して身体が動かない。
 本能はしきりに警告を発しているのに、なのに女の言葉に引き付けられるのを止められない。

「仲間がいたからこれまで幾多もの試練に打ち勝ってきた…って言うけど、なら今、アンタ達が直面している危機はなんなのさ?」
「……おめぇらが余計なことを仕出かしたからだろうがよ…」

 ギリリ…。
 奥歯を噛み締めるようにして声を歯の隙間から押し出す。
 女は嫣然と微笑んだままゆっくりと首を横に振った。

「違う…。アンタ達は『仲間』という枷によって互いを引っ張り合っているんだ。己1人だとあるい程度のことは出来る力を持ちながら、互いにその力を殺しあっている。しかもその事実に気づいていない。だから、こうやってつけこまれるし、今も自分のことではない事件に振り回されてる」

 違う。
 そうじゃない。
 確かに、他の一般人から見たら自分達の力は1人1人でも優れているものがある。
 だけど、仲間がいなければそれは光ることなく埋もれてしまったはずだ。
 ロケット村でウジウジと過去の栄光に縛られていたのがいい例だ。
 クラウド達があの小さな村と、小さな虚栄心に雁字搦めになっていた自分を連れ出してくれたから今の幸せがある。
 シエラを妻とし、彼女の本当の姿を知ることが出来たのは全て、二年前にクラウド達と旅した結果だ。

 だが、こみ上げてくる反対の台詞は一つとして言葉とはならなかった。
 認めたくないが、心のどこかでこの女の言うことが一理ある…と感じているからだろうか…?

 シドの葛藤を悟っているのか、それともシドがどのように感じているのかなどどうでも良いのか、女は更に言葉を重ねた。

「クラウド・ストライフがいい例じゃないか。本当の力を出していたらこんなことにはならなかった」

 ドクリ。

 クラウドの名前にシドは鼓動が跳ね上がった。
 そうだ、ここでこんなキチガイ女の相手をしている場合ではない。
 とっととクラウドを探しに行かないと!

 そう…思うのに…。

「ティファ・ロックハートが昔着ていた服と似たような格好をした女を相手に仏心を出すからこうなる」
「てめぇ!!」

 シドは思わず大股で歩み寄ると女の胸倉を掴み、乱暴に引き寄せた。
 顔と顔が僅か数十センチになる。
 女は全く恐れを見せず、むしろシドの反応を愉しむ様に目を細めた。
 魔晄の瞳に歓びの感情が溶け込んでいるさまは、まるでセフィロスの再臨のようだ…と思った。

「どうしてアンタも認めない?私は確かに今回のクーデターのリーダー。でもね、クラウド・ストライフほどの力には遠く及ばないんだ、本当はさ。一度で良いからまともにぶつけられたら簡単にこうなってしまうほど力に差はあるんだよ。それなのに、あの男はそうしなかった。ギリギリに追い詰められなければ発揮出来ないだなんて、甘ちゃん以外の何ものだって言うのさ?」
「黙れ…」
「そもそも、養ってやってるとは言え血の繋がりのないガキを真正直に助けに来るだなんて、とんだクレイジー野郎だね」
「黙りやがれ…」
「飛んで火にいる夏の虫…とはよく言ったもんだ、ティファ・ロックハートはさ」
「この…!」
「女1人でこんなところまで乗り込んできたって部下から聞いた時にはほとほと呆れたね。呆れたけど期待もしたんだ。罠が張ってあることくらい予想しているだろうに単身乗り込んできた、ってことはかなりの実力者なんだってね。この私を満足させてくれるだけの力があるんだって。それなのに、あっさりとこっちの手の内に落ちてくれて…ほんっとうにガッカリしたもんだ」
「てめぇ!」
「ま、私達の目的は『生きた兵器』をありったけ製造することだから、簡単に手に入ってくれてラッキーだったけど、物足りないったらありゃしない」

 シドは怒りを全部ぶちまけてしまいそうになるのを必死に耐えた。
 そのシドを嘲るように女の独断演説は続く。
 女の瞳が奇妙な光を宿した。
 それまで嫣然と微笑んでいた口元に、その笑みとは全く違う勝利の笑みが浮かんだのをシドは見た。
 急に、シドのアンテナに何かが引っかかった。

「こうしてお仲間が登場したけど、事態はまだ私達に有利に動いている」

 シドは咄嗟に女から手を離し、飛びのいた。

「本当に英雄はバカがつくほどのお人よしだよねぇ」

 シドの頬に一筋の血が伝う。
 全身からドッと冷や汗が噴き出した。

(いつの間に!?)

 いつの間に忍び寄ったのか、元・ソルジャーが4人、影のようにシドを取り囲んでいた。