『彼女』は約2年前にも似たような目に遭っている。
 それを『男』は間近で見ていたはずなのに、現在(いま)、また同じ災厄に見舞われた『彼女』を前に、2年前とは違う反応を示した。

 すなわち…。

 男は『黒』と『赤』とを巻き起こし、力づくで『審判の門』へと押しやった。



 たった一言で表される『感情』に突き動かされて…。






激昂 1







「また……」

 暗い声で新聞を置いた夫にティファは怪訝そうな顔を向けた。
 妻の視線に気づき、クラウドは黙って新聞の一面を掲げて見せる。
 途端、ティファの眉間にしわが寄った。

「また…なのね…」
「あぁ…」

 同じ言葉を繰り返した夫婦をシェルクが朝食用の皿を運びながらチラリ…と見た。
 自然とその目がテーブルに落とされた新聞に向けられ、シェルクの眉根もギュッと寄る。
 デンゼルとマリンはそれに気づかず、ベビーベッドの中を覗き込みんでいたのだが頭上から流れたニュースに顔を上げた。
 店内用のTVは天井にほど近い高い位置に設置されていた。


『今朝、またしても若い女性の死体がコスタ・デル・ソルの浜辺で発見されました。遺体の損傷から、これまでに発見されている被害者と似たような手口から同一グループの犯行と見られ…』


 ニュースキャスターの淡々とした口調がなんとも気持ちを重くさせる。
 朝っぱらから聞きたくもない事件の報道にデンゼルとマリンも陰鬱な顔をした。
 TVで流れたニュースは、今まさにセブンスヘブンの大人3人を同じ顔にした『事件』だった。

 ここ数日…いや、数週間ずっとメディアを騒がせている凶悪な連続殺人事件。
 被害者はいずれも若い女性。
 遺体には女性が最も嫌悪し、許しがたい暴行の跡があり、遺族の悲しみと怒り、苦しみをより深く、より残酷に仕立て上げていた。

 当然、この事件に警察、WRO、さらには各自治体で再犯防止に努め、犯人の割り出しに全力を注いでいる。
 しかし、結果は芳しくなかった。

 犯人は1人ではないというのが警察、WRO双方の見解だった。
 そしてそれは、クラウドやティファ、シェルクのみならず世間一般の人たちもそう思っている。
 模倣犯、ということも考えられるかもしれないが、被害女性の特徴こそが犯人は1人ではないと思われる最大の理由だった。

 彼女達はいずれも高級娼婦だったのだ。

 いまどき高級娼婦などいるのか?と驚く者も珍しくなく、実はクラウドやティファもその中の1人だったのだが、実は高級娼婦は世間で考えられている『娼婦』とは違う。
 見目麗しい容姿をしているのは勿論のこと、洗練された身のこなし、広い教養、そして高い矜持に見合う気品を兼ね備えた女性にのみ与えられる称号で、その業界に身を投じた者にとっては最高の栄誉とされている。
 当然、彼女達を同伴に…と希望しても、一般人には到底払えないような金が必要だった。
 おまけに、ただその指定された金額を払ったとしても同伴には応じてもらえない。
 いわゆる『貴族』や『芸術家』『財界人』『大俳優』のように、名の売れた人間でないと同伴を許されないという厳しい世界だった。
 これらの理由から、犯人が単独とは考えにくかった。
 名の売れた有名人を装い、あたかも本物のように振る舞い指定された巨額な金額を支払うように見せかけられるだけの根回し、演技力等々を1人で行うのには無理がある。

 ただ…ここで大きな疑問が残る。


 何故、そんな大掛かりなことまでして高級娼婦ばかりを狙うのか。


 当然、彼女達を呼び出したりすると良い意味でも悪い意味でも目立つ。
 第一被害者が出たとき、誰もがすぐに犯人は割り出されると思った。
 だが結果は、いまだに被害者を生み出してしまうという体たらく。
 メディアを中心に、人々は無能な警察やWROを激しく批判した。
 それと同時に様々な憶測が飛びかっている。
 高級娼婦に痛い目に合わされたどこぞの財閥の人間が犯人だ…とか、実は『男』のフリをしているが、娼婦に妬みを持つ『女』の仕業だ…など。
 だがどれもこれも噂好きという許容範囲を出ない。

 クラウドやティファ、シェルクはそれらのメディアが報じる好き勝手な批判云々も含め、苦々しい思いを噛み締めながら見聞きしていた。
 被害者の女性達への同情も勿論あるが、一番の理由は批判の矢面に立たされているリーブを初めとするWRO隊員を思ってのことだった。

「リーブ…また徹夜になるんじゃないかしら…」

 TVを見上げながら不安そうに呟いたティファに、クラウドはため息をついた。

「これ以上仕事が増えたらアイツ、本当に過労死するんじゃないのか?」
「クラウド、不吉なことを言わないで下さい」

 シェルクの低い声にクラウドは軽く「あぁ…そうだな」と流すように応えたものの、視線も意識もTVが取り上げている事件に向けられている。
 つい先日、憔悴しきった声で電話をかけてきた仲間の疲れきった声が蘇る。
 そして、彼のSOSに応えるためにクラウドは丁度今日から世界に旅立つのだ。
 いつも朝食時にゆっくりと新聞を読むことなどないクラウドが朝刊に目を通し、苛立ちと不安を表したのはそういうわけがあった。

「クラウド、約束の時間までにご飯食べちゃったら?」
「あぁ、そうする」

 ティファに促され、クラウドはTVからテーブルへと視線を戻した。
 いつの間にかテーブルにはトースト、ハムエッグ、野菜サラダにスープとコーヒー、それにフルーツとヨーグルトといった完璧な朝食が出来上がっていた。
 子供たちもティファに促されてテーブルに着く。
 シェルクが腰をかけ、最後にティファが席に着くと、

「「「「いただきます」」」」

 声をそろえての食事が始まった。

 理由はどうあれ、クラウドと一緒に朝食を囲めることがデンゼルとマリンには嬉しいもので、
「なんか、こうやって落ち着いて家族全員がご飯食べるのって久しぶりだよなぁ」
「うん、やっぱりイイよねぇ。家族って感じだよねぇ。ね、シェルク」
「そうですね」
「シェルクもやっぱりそう思う?俺、ちょっと安心したなぁ」
「…デンゼル、どういう意味です?」
「ん?なんでもないよぉ〜っと。それよりもレッシュとエアルも早くこうやってご飯食べられるようになったら良いのになぁ」
「…デンゼル、誤魔化しましたね?」
「そんなことナイナイ!」
 楽しそうに笑いながら朝食を頬張る。

 朝から陰惨なニュースを耳にした憂鬱な気分がすっと軽くなるから不思議だ。
 家族の大切さ。
 それは家出をして戻った2年半前から慣れる事はなく、それどころか愛おしく、大切に大切にしたいと思う気持ちが増すばかりだ。
 だから、余計にこのような陰惨な事件が許せない。
 殺された被害者は勿論のこと、残された遺族の無念や苦しみ、悲しみ、憤りを思うととてもじゃないが平常心を保てない。
 リーブのSOS要請に応じたのも家族への愛情が強くなればこそだ…と、クラウド自身は気づいているのかいないのか…。

 兎にも角にも朝食を終えたクラウドは、家族に見送られながらWRO支部へと旅立った。

 飛空挺の浮遊感にはいつになっても慣れない。
 気分悪そうにぐったりするクラウドの目は、大画面モニターに向けられている。
 外部を映し出しているそれには、エッジの小さくなる様子が映し出されていた。

「クラウド、ティファの奴、自分も行くってごねなかったか?」

 艦長であるシドがタバコをふかせながらチロリと見た。
 クラウドは肩を竦めると、
「まぁ少しだけな。だが、レッシュもエアルもまだ小さいし、渋々だけど案外あっさりと見送り組みになってくれた」
 そう言いつつも、見送ってくれた時に見せた彼女の何とも言えない表情を思い出し、一瞬、船酔いの気持ち悪さを忘れる。
 自然と頬を緩めたクラウドに、シドは若干当てられたような顔をしたが、ガシガシと頭を掻いただけで余計なことは言わなかった。

(ま、この堅物野郎がこんな顔をするようになれたってことは喜ばしいことだな)

 ほほえましい思いは、しかしすぐに憂鬱なものへと取って代わった。

 今回の事件は、星の新時代到来以降、もっとも性質の悪すぎる大事件だった。
 折角、約1年ほど前に成された大業が、早くもほころびを見せているのではないか、と疑念が沸いてくる。
 1人の少女の犠牲の上に成り立っていた世界の方がまだ安定していたのでは?
 そう感じてしまうような姿を今、世界は呈していた。
 それは今回英雄達が招集された背景を見ればすぐに分かることだった。

「ところで、リーブはちゃんと息抜きをしてやがるのか?」

 それまで黙って椅子にふんぞり返っていたバレットが口を挟んだ。
 視線はクラウドと同じくモニターへ向けられている。
 既にエッジの街影はなく、映し出されている映像は青い空と白雲のみだ。

「さぁ、どうかな。俺に電話をしてきたときは随分疲れた声をしていたが…」
「だろうなぁ…」

 予想していた言葉だったのだろう、大きなため息をついてバレットはクラウドの言葉を受け入れた。


「まったくよぉ、こんな時に化け物並みのモンスターが出現しなくてもなぁ…」


 クラウドとシドは、グッと顎を引いて厳しい顔をしてバレットの言葉に心の中で賛同した。

 今回、WRO局長であるリーブが仲間へSOSを要請した理由がこれだった。
 殺人事件が起きるほんの少し前、時を同じくしてウータイ近郊とニブルヘイム近郊で大型のモンスターが多数、発見された。
 その討伐にWROの幹部クラス大半が現在も部下を引き連れて当たっている。
 その幹部クラスの中には当然のように、クラウドたちが良く知る友人たちもメンバーとして入っていた。
 そのため、高級娼婦連続殺人事件にこれ以上人員を増やせないという苦しい現状があった。
 それを打開すべく、リーブはクラウドたちにモンスター討伐を依頼したのだ。

 英雄達がモンスターの討伐に力を貸す分、出来た余力をそっくりそのまま事件解決へ回したい、それがリーブの考えだった。
 そして、概ねその考えは正しいと言える。
 英雄達の中で、事件解決のために尽力出来るような『キレ者』『演技力を持つ者』『逆境を逆手に取る強運の持ち主』等々は残念ながら1人もいない…。

(…女装して高級娼婦になりきってくれって言われなくて本当に良かった…)

 内心、クラウドは心の底からそう思っていた。
 リーブからSOSの電話を受けたとき、一瞬だけ過ぎった不吉すぎる予感が『女装』による潜入捜査だった。
 4年前に女装してコルネオの館に忍び込んだときのことを思い出す…。
 2度と…2度とごめんだ!!

「あ〜、とっとと終わらせて家に帰りてぇなぁ」
「お前……今出発したばっかじゃねぇか」

 シドが洩らした一言に、バレットがジト目で突っ込みを入れた。


 *


「皆さん、本当にありがとうございます」

 迎えたのは漆黒の髪と紫紺の瞳を持つ若き中佐。
 人懐こい笑顔はそのままなのに纏っているオーラは圧巻されるものがある。

「無事だったか、良かった」

 ウータイの土を踏みしめながらクラウドがホッと安堵のため息をつくと、プライアデスは少し苦い笑いを浮かべた。

「今のところ何とか被害は最小限です。ただ、どうしても一般兵の怪我人が後を絶たず、部下たちの士気が下がってしまって…」

 荒野に設営されたWRO支部を歩きながら説明する。
 支部とは言え、建物があるわけではない。
 野宿用のテントがいくつも設営されている。
 テントと言ってもファミリー用のキャンプタイプのものではなく、一種のコンテナ形式となっていた。
 そのテントで隊員達は寝起きをしたり、あるいはそのまま作戦本部となったりしている。
 そのいわゆる『テント村』のような中をクラウドたちはプライアデスに先導される形で歩いていた。
 一番大きなテントに到着すると、プライアデスは皆を中に促した。

 一歩踏み入れて途端、クラウドたちは息を呑んで固まった。

 大きなスクリーンに映し出されていたのはモルボル並みの大きなモンスターだった。
 ファングタイプ…なのだろうか?
 暗灰色の毛を持つそのモンスターの額からは捻じ曲がった角が生えていた。
 背景は荒野…だろうか?地面に倒れているその姿は恐らくもう死んでいるのだろう。
 死んだ…というよりも、WRO隊員が仕留めたその後を撮ったのかもしれない…。

「なんだ…これ…」
「ウェポンのなりそこないです」

 呻いたバレットに、プライアデスがそっと告げた。
 ギョッとして振り返った3人に、青年はいつもの穏やかな表情からは一変し、厳しい顔つきで口を開いた。

「星は脅威となるものを排除するべくモンスターを作り出していました。その過程において、なりそこないも多数生まれていたんです。セトラはそのなりそこないも除去する役目を担っていました」

「マジかよ…」

 あまりのことにシドはポロリ…と、タバコを口から落としてしまった。
 クラウドも言葉をなくして青年の言葉を飲み込もうと努める。
 プライアデスはゆっくりと歩くと、スクリーンに映像を映し出しているプロジェクトを止めた。
 一瞬だけテント内が暗くなるも、すぐに青年の手で灯りがつけられる。

「このことは既にシュリから局長へ報告済みです」

 クラウドは納得した。
 なるほど、それで自分たちにSOSを要請したのか…。

 WROの幹部クラスには非常に優秀な人材が揃っているとは言え、相手がウェポンのなりそこないとなると、勝手が違うだろう。

「それで…どうするんだ?」

 これは気を引き締めてかからなくてはやられてしまかもしれない。

 ピン、と緊張感を張り巡らせたクラウドに、プライアデスは厳しい表情を少しだけ緩ませた。

「特別な対処方法や作戦はありません。ウェポンのなりそこないとは言え、特殊能力もなにもないモンスターですから。ただ、厄介なのが身体が大きいことと敏捷性に長けていること、体力が並外れていることくらいです」
「……おい、それのどこか『特殊能力もなにもないモンスター』だ?充分厄介じゃねぇか…」

 引き攣った声で呻いたシドに、プライアデスは微笑した。

「そうですね。ですが皆さんが戦闘に加わって頂ければ士気は確実に上がります。そうなると、我々WROの戦力は格段に上がります。そうなってくれるとそんなに危惧しないといけない相手ではありません」

 たった今、見せていた厳しい表情とは打って変わっていつもの明るい声でそう言い切ったプライアデスに、しかし英雄3人は素直に『うん』とは言えない心境だった。

 どこからどうやって、そんな簡単に『大丈夫』と言えるんだろう。

 ぶっちゃけてしまうと、自分たちだって今、スクリーンに映し出されていたモンスターに勝てるか分からないではないか。
 勿論、2年前にエッジを襲った『バハムート・震』よりはうんと小さいが…。

「ま、まぁ、仲間に助けを求められたんだ、精一杯やってやるけどよぉ」
「ありがとうございます」

 気を取り直すように言ったバレットにプライアデスがニッコリ笑う。
 その青年にバレットがうっかりいつもの調子を取り戻して「おう、まかせとけ!」と言いかけたが、それよりも早くにシドが口を挟んだ。

「にしても、正直俺はまだ良く分からねぇんだが」
「はい?」

 小首を傾げた青年に、シドは言いにくそうにガシガシ頭を掻いた。

「お前とシュリと…その、アイリがいたらこんなモンスター、何頭いても一発なんじゃないのか?」

 最後のほうは尻すぼみになったところを見ると、シドとしてもこんなことを言うのは不本意だったのだろう。
 なにしろ、厄介なことが沸いて出たらなんでもかんでも対処するのが今、名を上げた3人というのは…申し訳ないというか、この星に生きる者としてどうかと思う…と言うか…。

 直情的なバレットは、
「てめぇ、シド!なんでもかんでもシュリたちに片付けてもらおうだなんて言うんじゃねぇよ!」
 と、早速噛み付いている。
「んなわけじゃねぇっつうの!」
 痛いところを突かれたためか、シドもすかさず応酬した。
 クラウドはと言うと、青年をじっと見つめて答えを待っている。
 クラウド自身、シドと同じ疑問を持っていたのだ。
 プライアデスはクラウドの向ける視線の意味にちゃんと気づいただろうに、とりあえず言い争いが長引きそうなバレットとシドの間に入ると立ったままの3人を椅子へと促した。
 そして、自分はと言うと3人にインスタントのコーヒーを煎れながら苦笑している。

「確かに、シドさんの疑問はもっともだと思います。でも…」

 湯気の立つ紙コップを器用に3つ持ちながら、青年は口を開いた。

「約1年前の世代交代からボクもシュリも力が落ちているんです」

 差し出された紙コップを受け取りながら、クラウドたち3人はプライアデスの言った言葉の意味を考えた。
 力が落ちている?
 だが、シュリやプライアデスは今でも星の声を聞き、日々の任務で多いに役立てているはず。
 それなのに『力が落ちている』とは…?

「確かに、今でも星の声は聞こえますしある程度なら『超人的な力』を使うことも出来ます。でも、それは全盛期から比べると本当に極々僅かなんですよ。なにしろ、闇との脅威に抗う力は新時代を迎えた今、『セトラ』から皆さんのようにこの星に生きる全ての命へと移っているんですから」

 3人は、あぁ…、とようやく得心したようにため息をついた。
 そうだった。
 星は新時代を迎えたのだ。
 自分たちこそが頑張らなくてはならない。
 星を存続させるのも、破滅させるのも、自分たち星に生きるものに委ねられている。
 今まで『セトラ』としてその役目を果たすべく、シュリやプライアデスに与えられていた力が失われてしまったとしても不思議はないのだ。

 妙に納得した顔をする3人に、プライアデスは「それに…」と言葉を続けた。

「自然と僕たちにリミッターがかかってしまっているんです。『力』を使いすぎないように。使いすぎると間違いなく寿命を縮めますし、折角の世代交代の意味が消えてしまうので」

 シドとバレットはその説明に「「ほほぉ…」」と大きく頷いた。
 しかしクラウドだけは、脳裏にふと1つの疑問が浮かんだ。
 その疑問を口にしかけ、思いとどまったようにコーヒーを口に運んだ。
 モンスター討伐に尽力出来るのかいささかの不安を感じている今、新たな不安を呼び起こすのが躊躇われたのだ。
 だから、そっと心の中だけで問う。
 近い将来、モンスター駆除に成功した際にはちゃんと忘れず聞けるように…。


 ― アイリはいまだに不思議な力を持っているが、その理由は? ―


「それじゃ、とりあえず到着されたばかりですし、モンスターは夜行性です。夜まではゆっくりなさって下さい」
「おう、じゃあそうさせてもらうかな」
「ところでよぉ、シュリはどうした?」

 伸びをしたシドの隣で、熱いコーヒーを煽って涙目になりながらバレットが訊ねた。

「シュリはニブルヘイムの方を当たっています。ここは僕がリーダーをさせて頂いています。局長からはお聞きになっていないんですか?」
「そう言えば聞いてないな」

 クラウドはリーブの言葉を思い出しながら答えた。
 覚えているのは不眠不休が続いているせいで疲れきった声音と、今回のモンスター討伐に力を貸して欲しいということだけだった。

「局長の方こそが大変です。早く、後顧の憂いを絶って差し上げなくては…」

 生真面目にそう言った青年に、英雄たちは決意も新たに視線を交わしたのだった。