全てを押し流すほどの激情は迸る本流となり、その場の命を根こそぎ奪う力を持っていた。


 闇に帰するべき命も…。


 光に帰するべき命も…。






激昂 2







「クラウドたち、ちゃんと着いたってさ」

 黒いショートカットを風に乗せながら駆けつけた少女に、WROの隊服に身を包んだ青年は振り返った。

「そうですか、じゃあウータイも一安心ですね」

 途端、少女の顔がイヤそうに歪む。

「ったく、本当ならアタシもウータイの平和を守るためにあっちで戦ってるはずなのにさぁ」

 彼女のボヤキを予想していたかのように、青年はひとつ肩を竦めるとそれまで見ていた峡谷へと視線を戻した。

「だから戻るか?って聞いたのになぁ…」
「なにか言った、シュリ?」
「いいえ、なにも」

 ボソッと呟いた言葉が風に乗ってユフィの耳に入ったようだったが、そこはそれ、そ知らぬ顔を貫き通す。
 む〜っと寄せられた眉、膨れた頬。
 それだけを見ていると、とてもじゃないが英雄の1人だとは思えない。
 だが、このニブルヘイムで共にモンスター駆除にあたってからすでに約1ヶ月。
 彼女の実力が英雄たるものであると改めて納得するには充分な時間だった。

「だって、エネルギーを無駄使い出来ないじゃん。クラウドたちをウータイへ連れて行くためにエッジとかコレルへ回って、回収してウータイに行って…ってだけでもかなりなエネルギー消費なのに、そこへもってきてアタシをウータイに運ぶためにニブルヘイムに来てウータイへ…なぁんて恐ろしい提案、アタシはリーブに言えないわ」

 しっかり聞かれていたらしい。
 シュリは思わず苦笑を浮かべた。
 それは、鉄面皮をかすかに歪ませただけの変化だったが、それでも彼を良く知る人間にとっては驚くべき進歩というか、進化と言うか。
 兎にも角にも、このWRO一の出世頭と目されている青年は隊に復帰してからというもの、人間的に大きく成長したと仲間内だけではなくWROの一般兵に及ぶまで囁かれていた。

「ま、そんなことはいいわ。確かにこれでウータイは安心になってくれたわけだし」
 あ〜あ…、と伸びをしながらユフィはシュリの隣に立つと同じように峡谷を見下ろした。

 今、2人は断崖絶壁の上に立っている。
 眼下には失神してしまいそうな光景が広がっていた。
 目も眩むような高さの崖であることを認識するだけでも一般人には肝の冷える光景なのに、その切り立った岩肌の上にいる物体に内臓全部がガチガチに凍ってしまいそうなほどの恐怖に襲われる。

 黒々とした蝙蝠のような羽を持ち、ゴツゴツとした肌は武器を簡単に跳ね返してしまいそうな印象を受ける。
 目は獰猛にギラギラと赤黒く光り、長い鼻面に良く似合う鋭い牙が耳まで裂けた口から覗いていた。
 四本の足には鋭く光った鉤爪が備わっており、隆々たるその体躯は全生物の長(おさ)に相応しい。

 ドラゴン。

 一見、ニブル山に生息しているドラゴンに見える『それ』は、だがしかし決定的に違う特徴を持っていた。
 額には5本の捻じ曲がった短い角。
 尾は二股に分かれている。

 ドラゴンの亜種。
 シュリはそう呼んでいた。
 そして、また別の呼称として…。

「にしても、『ウェポンのなりそこない』かぁ…。他にもっとマシな呼び名はなかったわけ?」
「『ドラゴンの亜種』では不満ですか?」
「ん〜…『亜種』って響きはまぁカッコいいんだけどさぁ、そうじゃなくて『ドラゴン』とか『魚』とか『人間』とかと同じように『生物の種類』って言うかさぁ、そういう名前がないかなぁって思ったわけよ」

 ユフィにとっては引っかかる問題も、シュリにとってはそうじゃないらしい。
 一生懸命自分の中にわだかまっているモヤモヤを言葉にしようとしているユフィに、シュリは視線をチラリとも寄越すことなく、「そうですね。また時間が出来たらゆっくり考えてあげて下さい」と、適当に受け流した。
 ユフィはムッとして睨みつけたものの、結局はむくれた顔のまままた視線を『亜種』へと戻した。

 ゾッとする光景だ。

 もしもこれが『蛇』のような細長い生き物なら身を寄せ合ってとぐろを巻き、崖の上から見下ろしている自分たちへ奇襲をかける相談をしているように見えただろう。
 ユフィは自分の想像を振り払うように数回頭を振ると、後ろに控えている隊員をチラッと見た。
 どの顔も緊張に張り詰めたあまり良くない顔色をしている。

 WRO隊員とは言え、彼らは一般兵だ。
 流石に軍曹クラスになるとそこそこ肝も据わっているし、緊急時の対応もまぁ安心は出来る。
 だが、実際軍曹クラスの隊員がどれくらいいるかというと、各部隊に約5人配置されている。
 作戦によって部隊の総人数は臨機応変に変化するが、今回派遣されている人数はおおよそ150人。
 それが単純に15個分隊に分けられている。
 その各部隊に軍曹が1人ずつ配属されていた。
 ちなみに、15個分隊は更に大きく3編成として取りまとめられており、その3つの編成部隊をそれぞれまとめている指揮官が『少佐』となっていた。

 その上に立つニブルヘイムにおける『総司令官』が、大佐の位を持つシュリだった。

 つい数ヶ月前まで中佐というランクだったのだが、あっと言う間の異例の昇進に、周りの隊員から反対の声が上がった……という話を微塵もユフィは聞いていない。
 恐らく、皆が納得するような手柄を立てたのだろう…。
 ちなみにシュリが復帰した約4ヵ月後には、同じく復帰したプライアデスは今では中佐という地位を肩にしょっている。

「にしても、本当に大丈夫かねぇ」

 茶化すようにそう言ったユフィだが、その言葉が意味するものは重い。
 シュリは生真面目な顔をしてユフィを見た。

「大丈夫にします」
「『大丈夫』って言うんじゃないんだ?」

 おかしそうに言いつつもユフィの視線は鋭い。
 シュリは真っ直ぐその目を見た。

「この1カ月をかけて隊員にこの状況をいやというほど慣れさせましたし、『外堀』も埋めました。後から勃発してしまったウータイの問題も何とかなる目処がつきましたしね。『大丈夫にします』よ」

 言外に『俺が』と言う言葉をユフィは確かに聞いた。
 思わず唇の端が持ち上がる。

「よっし、じゃあ今度こそこのウータイの希望の星、ユフィちゃんの出番だね!」
「はい、お願いします」

 愛用の巨大手裏剣を背から下ろしてブンッと一振りするユフィに、シュリはこれまた生真面目に頷いた。
 頷きながら、視線を下ろしてドラゴンの亜種を見下ろす。

「とっとと終わらせないとな…」

 呟いた暗い声音の中に青年には似合わない、ほんの少しの『不安』を滲んでいた。


 *


 WRO本部では、リーブが連日の激務により目の下に黒々とした隈を作って局長の椅子に腰掛けていた。
 彼の前には妙齢の女性が直立不動の姿勢で立っている。
 彼女の視線は真っ直ぐリーブに向けられており、いかなる命令にも忠実に任に当たるという強い意志が溢れていたのだが、それに対してリーブはと言うと、直視することが難しいようで先ほどから己の組んだ手へ視線を落としていた。

「本当に…こういうことを命令するのは不本意なのですが…」
「やります」

 局長としては褒められない歯に物の挟まった言い方に対し、女性隊員はキッパリとそう言い切った。
 リーブは彼女がそう言うであろうことを予想していたため、驚くこともなくため息をこぼしてそっと視線を上げた。

 真っ直ぐ向けられているダークグレーの瞳が使命感に輝いている。

 彼女の『WRO隊員としての誇り』を感じさせてくれる姿は、WRO局長としては非常に誇らしいことのはず。
 しかし、リーブ個人としては手放しでは喜べないものだった。
 女性隊員の中に迷いや、自分への反発心を少しでも見られた方がまだ良かった。
 いざ、という危険時に、彼女は任務よりも己の身の安全を選んでくれる…と思えるからだ。
 だが残念ながら、この女性隊員は『己の身の安全よりも任務遂行』を選んでしまいそうな危うさがあった。
 それがリーブを『不安』に突き落としている。
 そのことに彼女は気づいていない…。

「良いですか?何度でも言いますが、今回の任務はアナタにとって非常にその…『人道的にもとる』ものです。危ないと感じたら、任務遂行など放り出して逃げて頂きたい。あるいは、保身に全力を注いで頂きたい。私の言っている意味が分かりますか?」

 女性隊員は、「勿論です」と強く頷いたが、その姿がまた、更にリーブの不安を煽る。
 だが、結局リーブは彼女へ最初の命令どおり、『潜入捜査』を命じた。
 彼女以外、『高級娼婦』に成りすませる人間がいなかったからだ。
 女性隊員は勿論他にもいるし、彼女以外に適任だと思えるランクの高い隊員もいた。
 しかし決定的に彼女以外に命じられないことがあった。
 高級娼婦に成りすませるだけの『容姿』『教養』『知識』を兼ね備えた者がいなかったことだ。

 にわか仕込みの『知識』では恐らく犯人グループにはすぐバレるだろう。
 そうなると、その任務に当たった隊員に危険が及ぶのは当然であるし、下手をするとWROが掴んでいる情報を逆手に取られるかもしれない。
 リスクは大きいが、少しでもそのハードルを下げてことに当たりたいと思うのは当たり前のことであるし、ましてや局長と言う最高位を双肩に負う者としては当然の義務。

 ゆえに、リーブは迷ったのだ。

「せめて、彼女がもう少し柔らかく物事を捉えられて…、命令よりも自分を大事に出来る人間なら良かったのですが…」

 退室した女性隊員が消えたドアを見つめながら、リーブは重い重いため息をついた。
 一方、極秘任務を命令されたラナ・ノーブルは、言いようのない高揚感に支配されていた。
 ようやっと自分が認められたと思ったのだ。

 WROに入隊して3年が経つ。
 その間、女だてらに必死になって頑張り、今では軍曹というランク持ちになっている。
 これは女性隊員の中では非常にハイスピードな昇進だ。
 別に男尊女卑と言うわけではないのだが、男性の方が体力=戦闘力等々に秀でている者が多く、全体的に見て女性隊員よりも有能な人物が多い。
 それに何より、女性隊員は長続きしない。
 同期で入隊した女性隊員はもうラナ以外ほとんど残っていなかった。
 退役した理由は結婚だったり転職だったが、彼女たちの大半は『逃げ出した』のだ。
 WROの任務は激務である。
 婦人警官よりももっとハードで、命の危険は当然のこと、『女性であるが故』の危険を感じさせるものが多すぎる。
 女性というだけで悪条件の中、ラナは女の身でありながら我武者羅に働いた。
 そんな生活の途中で、信じがたいことに恋もした。
 相手は、第一印象サイアクの年下上司。
 絶対にこんな奴、好きになるものか!と思っていたほどに大嫌いだった。
 それがいつしか心惹かれ、今では掛け替えのない男性(ひと)になっている。

 自分で自分が信じられないと思いながらも、ラナはとても幸せだった。

 初恋の相手である従兄弟を想っていた日々よりも、今の方がうんと充実しているように感じられる。
 その年下上司が恋人と言っても良いような存在になってくれて、まだわずか2ヶ月とちょっとだけ。
 彼を意識してからというもの、彼に認めてもらえるような功績を挙げたいとずっと願っていた。
 恋人と呼んでも良い関係になってからはその願いが急速に膨れ上がった。
 ようやく廻ってきたチャンス。
 絶対にこのチャンスをものにしてみせる、と意気込む自分を抑えられない。

 シュリの隣に立つに相応しいと認められるような存在になりたい。

 いつしかラナの中で、『WRO隊員としての誇り』がそっくりそのまま『シュリに認められるような任務を遂行する』ことに取って代わっていた。
 そのことにラナは気づいていない…。

 浮き立つ思いで本部を突っ切ると自分の宿舎へ戻る。
 そのまま命令されたとおり、『高級娼婦』に変装すべく準備に移った。
 化粧、服装、靴にカバン、ヘアスタイルまでも徹底的に調べ上げた。
 被害者となった女性たちを再度振り返ることで彼女たちに共通していることが新たに分かった。

 彼女たちはいずれも黒い瞳をしていた…ということだ。
 髪の色も肌の色も様々で、服装もそれぞれに素晴らしいセンスが光っていたが系統的にはバラバラだった。
 その女性たちに唯一共通していたが『黒い瞳』。
 これが偶然なのかは分からないが、ラナはすぐに黒いカラーコンタクトを用意すべく、エッジへと向かった。

「ライは嫌がってたなぁ…」

 カラーコンタクトを手に、店から出たラナはおかしそうにクスッと笑った。
 瞳の色で苦労していた従兄弟が、なぜか『カラーコンタクト』にすることだけは渋っていたことを思い出す。
 今思えば、紫の瞳をしていることこそが、唯一『彼』を彼たらしめるものだったのではないだろうか。

 決してなくしたくはなかった前世の記憶を繋ぎ止めるための手段として。

 結局、紫の瞳にこだわっていてもあまり意味はなかったが、結果的には愛しい人を手にして、本来の自分を取り戻せたのだから結果オーライだろう。

 そのようなことをつらつら思いながら足を進めていたラナはふと立ち止まった。
 気がつけば、とても懐かしい通りに出ている。
 以前はよく通っていた店がこの路地を過ぎたところにある。
 最近は色々とありすぎて足がすっかり遠のいてしまった…。

 立ち止まってその店がある方角を暫く見つめる。

 だが結局、ラナは頭を軽く1つ振ると確固たる足取りで宿舎へ戻っていった。
 浮かれた気分のせいで一瞬、懐かしい店の懐かしい人たちの顔が見たいと思ってしまったが、自分はつい先ほど重要任務を与えられたばかり。
 その任務に速やかに就かねばならないのに気を抜くなど愚か過ぎる。

「まったく…私ったらバカなんだから」

 己の気の緩みを叱咤しつつ、ラナは自室として宛がわれている一室へ戻っていった。


 時を同じくして…。


 シェルクはふと立ち止まった。
 なんとなく、懐かしい気配がしたように感じたのだ。
 だがその正体を確かめようと振り向いたものの、道行く人たちの中からその人物を見つけることは出来なかった。

「まぁ…気のせいかもしれないですね」

 ポツリと1人ごちると、彼女の両脇を歩いていたデンゼルとマリンが不思議そうに見上げてきた。

「なんか言った?」
「シェルク〜?」

 シェルクは視線を戻すとフルフル、と首を振り、薄っすら微笑んだ。

「なんでもありません。さ、帰りましょうか」

 そう言いながら両腕いっぱいに抱えていた袋を揺すり上げる。
 紙袋の中にはティファに頼まれた今夜の店の食材等々が入っていた。
 デンゼルとマリンの小さな腕の中にもそれなりに買い物が抱きかかえられている。
 子供たちが持っているのは可愛らしいイラストがプリントされている紙袋で、シェルクが持っているものとは種類が違う。

「絶対にこれ、レッシュとエアルに似合うよなあ」
「うん、これとかも喜んでくれるよねぇ」

 ホクホクと嬉しそうに笑いあうデンゼルとマリンに、シェルクは目を細めた。
 市場に買出しに出かけたのは店に必要な食材を買うためだったのに、ついつい足を伸ばしてベビー用品店にまで行ってしまったのだ。
 デンゼルとマリンを連れて買い物へ行くと最近は必ずそういうコースになってしまう。
 2人の少ない小遣い事情を誰よりも知っているティファはそれをあまり良い顔をしない。
 そのことをシェルクは知っていたのだがシェルク自身、可愛い赤ん坊に似合うものを眺めることが意外と好きなことを自覚してしまったので、デンゼルとマリンを止めることが出来なかった。

 ふいにマリンが顔を上げ、足を止めた。
 シェルクがそれに気づき足を止め、すぐにデンゼルも同じくして立ち止まった。
 3人の視線は、街頭ニュースに釘付けだ。
 街行く人たちの幾人もが同じく足を止め、臨時ニュースを食い入るように見つめている。


 ―『新たな被害者が発見されました』―


 淡々としたニュースキャスターの言葉に、マリンがブルリ…と身体を震わせ、デンゼルの小さな額にしわが寄った。


 ―『被害者は○○さん、24歳。一週間ほど前、五つ星ホテルの△△△へ招待された、と家族に言い残し、その後消息を絶っていて家族が警察に捜索願を出していました。遺体の発見現場は…』―


「おい、またかよ…」「警察はなにやってんだか…」「被害者、これで何人目?」「こういう物騒な事件が立て続けに起こってるってぇのに、ノコノコ出かけて行く方も行く方だよなぁ」

 街の人たちがそう囁き合っているのが聞こえる。
 シェルクはつい今朝方、リーブの要請に応じて旅立ったクラウドと、彼を見送ったティファの姿を思い出した。
 シェルクは知っている。
 ティファがこっそりとリーブに『捜査の手伝い』を申し出て断られたことを。
 少しでも仲間の手助けがしたいという思いと、これ以上犠牲者を出したくないという願い、遺族の悲しみや苦しみを思うといてもたってもいられない衝動に駆られてしまうティファの心情を…。

「だけど…だからと言ってティファに『おとり捜査』なんかしてもらうなんて、論外ですけど…」

 ポツリ…とこぼれた言葉は幸いにも子供たちには聞かれなかった。

「さ、2人とも。帰りましょう、ティファが心配しています」

 まだ続くニュースにデンゼルとマリンは少し興味が残っているようだったが、これ以上ティファを留守番させておくことに不安を感じたシェルクは、デンゼルたちが隣に並ぶのを待たずに踵を返した。
 子供たちはすぐにシェルクに追いついて両脇を歩き出す。

「ねぇ、WROとか警察の人は一生懸命だよね…?」

 少しだけ不安そうな顔をして見上げたマリンに、シェルクはすぐその通りだ、と頷いて見せた。
 背を向けた街頭TVが、いまだに犯人を捕まえられない警察やWROを『無能』呼ばわりしていたのが聞こえたので、子供たちがそれを不快に思いながらも、心のどこかで批判されても仕方ないかもしれない…と悲しく思っていることが手に取るように分かる。
 キッパリと肯定したシェルクに、マリンだけでなくデンゼルも明るい顔をした。

「さ、早く帰ろう!ティファとレッシュとエアルが待ってるし〜♪」
「あ〜!待ってよデンゼル!シェルクの荷物、すっごく重いのに1人で走るなんてずるいー!!」

 いつもの明るい姿に戻ったデンゼルとマリンに、シェルクは口元を綻ばせた。


 更に時を同じくして、セブンスヘブンでは…。

「えっ、本当になかったの!?」
「……ない」

 憮然とした男が1人、カウンターのスツールに不機嫌オーラを発散させて座っていた。
 突然の来客!と思いきや、それはすぐ音信不通になってしまう仲間、ヴィンセント・バレンタイン。
 フラリ、とやってくることが常であるこの仲間の来訪に、ティファがかけた数々の言葉が原因で彼は不機嫌になっていた。

『ヴィンセント!もしかしてもうモンスター討伐って解決しちゃったの!?クラウドとバレットとシド、今朝ウータイに向かったのに〜!』

 彼にしては寝耳に水だ。
 わけが分からなくて微かに首を傾げていると、すっかり『解決した』と思い込んだティファが、嬉しそうな…、それでいて歯がゆそうな顔でしきりに『無駄だった』『これなら子供たちと一緒にゆっくり出来たのに』『わざわざ来るんじゃなくて、電話をしてくれたら良かったのに』と、散々言いたい放題言われてしまった…。

 まさかヴィンセント1人だけにリーブから『SOS要請』が入っていないなど、ティファが知るはずもない。
 世界中を旅しているナナキや、すぐに隠密行動に入ってしまうユフィにすらちゃんとSOS要請が入っていたというのに。
 ちなみにナナキは、ニブルヘイムに程近いところを旅している途中だったので、歩いてそちらへ向かっている途中だ。

 反応のおかしいヴィンセントに、ティファはようやく話しが彼に通じていないことに気づき、ヴィンセントは仲間がリーブからの召集を受けて『自分以外全員』モンスター討伐に向かったことを知るに至った。

 そうして…。
 ティファは非常に気まずい雰囲気にどっぷりと浸かる羽目に陥っていた。
 そこへ、救世主…もとい、子供たちとシェルクが帰宅した。
 ティファが喜んだのは言うまでもない。
 ヴィンセントの来訪に驚いていた3人だったが、シェルクは彼の不機嫌な原因を聞いて呆れた顔をした。

「ヴィンセント、それはアナタが悪いです」
「私が?」

 眉が危険な角度に跳ね上がり、ティファたちは一瞬肝が冷えた。
 しかし、シェルクはシラッとした顔で自分の携帯を取り出すと慣れた手つきで操作をする。
 それをそのままヴィンセントに突き出し、耳に当てさせた。

「……なんだこれは。『電波の届かないところにおられるか電源が入っていないためかかりません』?」
「それ、ヴィンセントの携帯にかけたんですよ」

 言われて取り出したヴィンセントの携帯は、充電がスッカラカンになっていた。