黒絹の髪が真っ白なシーツに流れている。
 黒と白の色合いが絶妙に映え、扇情的なのに清廉でもあるように見えて心が騒ぐ。
 その髪を頭部に戴く彼女は今、薄く唇を開いて良く眠っていた。

 その寝姿を飽くことなく眺めながらクラウドはそっと白い頬に指を這わせ、一筋の髪を払った。
 ほんのりと指先に彼女の温もりが灯り、愛しさと同時に狂おしいものが競りあがってくる。

 出来ればこのままずっと、彼女の穏やかな寝顔を眺めていたい。
 しかし、そんなことが不可能なことくらい十分分かっている。
 分かっているからこそ、こんなにも『惜しい』と思うのだろうということも分かっていた。
 分かっているくせに『納得出来ない』ジレンマ。
 クラウドは知らず、ため息をついた。
 決して軽くはないため息…。
 ティファがもしも起きていたら…、そのため息を聞いていたら、きっとクラウドにどうしたのか?と問いかけただろう。
 しかし、彼女は眠っている。クラウドのため息には気づかない…。
 気づかないから引き止められない。

 クラウドは眠る彼女を起こさないようにそっとベッドから抜け出すことに難なく成功すると一枚のメモを枕元に置き、部屋を後にしたのだった。






暁光 1







 まだ薄暗く太陽の昇っていないエッジの早朝を愛車を押して街を抜ける。
 この時間の空気はひんやりとしていて、昼間は喧騒溢れる復興の街エッジにはおよそ似つかわしくない清浄さを感じさせてくれる。
 ピリリ、と張り詰めた朝の空気は身の引き締まる思いと共に何か言葉に出来ない『期待感』を与えてくれる。
 だからクラウドは、早朝に家を出ないといけない仕事が割りと好きだった。
 しかし、今日は流石にこの鬱々とした気持ちを晴らしてくれることはなかった。
 ほどなくして街の入り口近くに停泊させていた飛空挺が見えてきた。
 シエラ号よりも小型なそれは、WROのもの。
 飛空挺のタラップは既に降りており、もたれるようにして立っているのはヘビースモーカーの仲間。
 愛車を押してきたクラウドを認めると、軽く片手を上げた。

「よぉ、どうだ?」
「あぁ…問題ない」

 本当に?とか、ウソ付けよ、と言いたかったかもしれない。しかしシドは「そうか」とだけ口にすると、背を向けて飛空挺に乗り込んだ。
 クラウドも黙って愛車を押してその後に続く。
 シエラ号よりも小型とは言え、大型トラック5台は軽く収納出来る飛空挺に、フェンリルを積み込むことなど造作もない。
 フェンリルを数本のワイヤーで固定し終えると同時に飛空挺は空へ舞い上がった。
 この浮上する際の浮遊感がどうしてもクラウドは慣れない。
 いつになっても乗り物酔いをしてしまう自分の体質とは死ぬまで付き合うしかないのだろう…ともう諦めてはいるが、いつも以上に気分が悪く感じるのはこれから向かう先で待ち受けている『仕事』と彼女についた『ウソ』による良心の呵責。
 きっと自分がウソをついたとバレるだろう。
 しかし、バレたとしても断じて今回の一件はティファや子供たちに知られてはならない、とクラウドは己に強く言い聞かせていた。
 バレたとき、ティファがどんなに怒ろうと、詰ろうと、悲しい顔を見せようと、絶対に真相を打ち明けることはしない、と固く誓ってここにいる。
 シドはクラウドの気持ちを知っている。
 彼自身、愛妻に今回の一件は黙っているという点でクラウドと同じだ。

「クラウド、ティファになんて説明したんだ?」

 ぐったりと椅子に座っているクラウドに、クルーへの指示をあらかた終えたシドがコーヒーを差し出した。
 目だけで謝意を伝えたクラウドは、その質問に目を伏せる。

「メモを置いてきた」
「メモ〜?」

 胡散臭げな声音。
 シドがメモの内容を言外に求めていると分かる。
 しかし、クラウドはすぐには答えなかった。
 きっと、メモの内容を教えたら即『このすっとこどっこい!』と呆れ半分で怒られるのが分かるからだ。
 だが、すぐに答えなかったことが既にシドへその内容の稚拙さを教えてしまっていることに気がついた。
 うろんげな眼差しを向けられ、クラウドは白状した。

「『急に仕事の依頼が入った。場所的に携帯が通じない可能性もあるから連絡が取れなくても心配しないでくれ』って…」

 渋々白状したクラウドに、シドは予想通り苦い顔をしてガシガシと後頭部を掻いた。

「ったく、このすっとこどっこい。もう少しマシな言い訳をだなぁ…」
「じゃあ、シドはシエラさんになんて言ったんだ?」

 苦しすぎるウソだったことは自分でも分かっている。
 分かっているが言葉のボキャブラリーが少なく、こういう事態にどう対処していいのかの知識も経験も乏しい身としては精一杯のことだった。
 それなのにズケズケと指摘されたら面白くない。
 ムッとするクラウドにシドはシラッとした顔を向けた。

「『WROの任務が入ったから当分帰れねぇ』って言った」
「………」

 黙りこんで睨み上げるクラウドにシドはシラ〜ッと視線を逸らした。
 WROの任務と言えばそれ以上の追求を良妻であるシエラがしてくるはずがない。
 守秘義務が課せられるのだから当然だ。
 しかし、クラウドにはシドの使った言い訳が使えない。
 もしもそんなことを言ったら彼女のことだ、子供たちをシエラのところに預けて任務に同行すると申し出るだろう。
 シエラは戦えないがティファは大きな戦力となる。
 そのことをティファ自身、ちゃんと知っているからこその申し出。
 決して足手まといになることなく、むしろ仲間の士気を高めてくれる。
 そればかりではなく、長期・中期の戦いにおいて彼女の作り出してくれる手料理はそれだけで心温まり、戦う力を与えてくれるのだから非常に貴重な存在だ。
 クラウドとて、今回のリーブからのSOSが『このような内容』でなかったらティファにきちんとリーブからの要請、と話をしていただろう。
 それが出来ないから、こんなにも気が重いというのに。

 恨めしい気分でコーヒーに視線を落としていると、シドの苦笑いが聞こえてきた。

「ま、そうだわなぁ。それくらいしかできねぇな。ティファは勘がイイから直接話したりしたら絶対バレただろうし」

 ほんの少しだが自分の苦しい言い訳を理解してくれたような言葉に、クラウドの気持ちが心持ち軽くなる。
 シドだってイヤなのだ、今回の任務は。
 既に現地で頑張っているヴィンセントもバレットもナナキだってイヤなはずだ。
 自分だけじゃないのだから…と、クラウドはコーヒーを一気に呷り、意識を切り替えた。


 *


 事件が起きた場所はゴンガカエリアとウッドランドエリアの丁度中間ほどの海域にうかぶ孤島。
 地図にすら載っていない孤島で、島が丸々囚人を押し込める監獄となっている。
 第一級犯罪者のみが収容されている監獄島。
 しかし、そういうものが存在していることを世の人たちは知らない。実際、クラウドたちもリーブから今回要請を受けるまで知らなかった。
 何故世間が知らないか…。
 それは、収容されている囚人たちが『処刑された』と世間に公表されていたからだ。
 神羅時代の暗黒の部分。
 凶悪犯罪者のみを集め、完璧な兵器にするべく日夜実験と洗脳を繰り返していた忌まわしい過去。
 神羅が没落して暫く、その島は放置されていた。
 無論、島全体が監獄なのだから神羅の人間が監守として大勢配置されている。
 しかし、その監守たちの大半は神羅が崩壊した直後、その島を後にした。
 残ったのは囚人たちと密接なかかわり持っていた極々一部の者たちだけ…。
 大半の監守たちが島から出た際、自分たちのしでかした罪である『任務放棄』を世に知られないため、監守たちは船や飛行船の類を全て破壊した。
 完全な孤島だったため脱出は困難だと判断したのだ。
 だが、監守たちは忘れていた。
 監獄とは名ばかり、実際は洗脳と人体実験を日夜繰り返し行えるだけの『科学技術』とその『設備』が整っているということを。
 2年もあれば孤島からの脱出方法を作り出すことなど可能だと言うことを。

 その異変に気づいたのは、たまたまその孤島の領域を飛んでいた飛空挺のWRO隊員。
 まだ若い隊員だった。
 彼は、レーダーに映った不可解な熱反応に首をひねり、別の飛空挺で別ルートを飛んでいた上司に連絡を入れてから乗り合わせていたほかの隊員5名と共に島に下りた。
 上司である中佐は島に降りる許可を出しつつも、深追いしないように厳命していた。
 後から自分も合流するから…と。

 それが隊員たちの命を救った。

「それで、異変に気づいたWRO隊員は無事なのか?」
『はい、今は集中治療室から一般病棟に移っています』

 飛空挺のメインモニターで細かな打ち合わせをしていたリーブは、クラウドの気遣いに険しい顔をホッ、と緩めた。

 鬱蒼とした森林が広がる孤島。
 その中央に要塞そのものの造りとして建っているのが囚人たちの寝床。
 手入れなどされていない森林を警戒しながら進んだ隊員たちは、突如バケモノに襲われた。
 最初の攻撃で地面にもんどりうって倒れた仲間を背負い、隊員たちは躊躇うことなく退却した。
 深追いするな、との命令を忠実に遂行した結果だ。
 もしも、その命令がなければ目の前で仲間が攻撃されたのに、何もしないで逃走などしなかっただろう。彼らは皆若く、血気溢れる隊員だったのだから。
 しかし、逃げ出した隊員たちの背に次々バケモノが追いすがる。
 凶器を孕んだどす赤黒い瞳は血に餓えてギラギラと光っていた。

 殺らなければ殺られる。

 発砲した銃が新たなバケモノを引き寄せることになると気づいたときにはもう遅かった。
 完全に囲まれ、絶望が隊員たちを死神に引き渡すべくがんじがらめに縛り付ける。
 一斉に飛び掛ってきたバケモノたちを前に、悲鳴1つ上げることなど出来なかった彼らは、首の皮一枚を残す形で駆けつけた上司に救われた…。


「にしても、先行部隊からの連絡が遅れてるってのが気になるな…」

 真剣な面持ちでシドは顎を軽くつまんだ。

『はい。しかし、先行部隊にはヴィンセントとバレット、それにナナキもいますからね、大丈夫だとは思うのですが』

 リーブの言葉に彼自身の願望が織り交ざっているのを感じながら、クラウドとシドはむっつりと頷いた。
 今回の相手はそこらへんのチンピラを相手にするのとはわけが違う。
 恐らく、バケモノじみた力を有しているだろう。
 なにしろあの神羅が世に隠れて生み出そうとしていた兵器だ。
 ろくなものではないこと間違いないし、何よりその保持しているであろう力が大問題だ。
 どれほどの数の敵がいるのか分からないのも問題である。
 だからこその先行部隊。

 敵の数をとりあえずで良いので把握するべく先行した部隊の人数はわずか10名。
 この中にヴィンセント、バレット、ナナキが含まれている。
 バレットはどう考えても先行部隊には不向きと思われるが致し方ない。
 戦闘力の高い人手が沢山必要なのだから…。

「それで、今のところユフィには本当にバレてないんだろうな?」

 心持ち声の低くなったクラウドにリーブは画面の中で苦笑した。

『えぇ、今のところはね。相変わらず勘が鋭いのでなにか大事件が起きたと言うことは気づいているみたいですが…』

 天井を仰いで目を閉じ、こめかみを片手で揉むとクラウドはため息をついた。
 万が一、ユフィにバレたら必然的にティファにもバレる。
 それだけはなんとしても避けなくてはならない。
 今回の事件は『囚人』が絡んでいる。
 それも凶悪犯。
 今回の事件を平定するため、リーブはWRO隊員を動かしているわけだが女性は1人も動員していない。
 女性にとって、監獄島はまさに地獄のはずだ。
 言葉にするもおぞましいことで溢れかえっていると想像するに難くない…。
 無事に今回の一件が解決したとしても事件の全貌を明らかにするつもりなどリーブにはなかった。
 事実を隠蔽することは『悪』かもしれないが、余計な混乱を生じさせるつもりなどリーブにはなかったし、仲間たちの意見もその考えに賛成だった。
 知ってどうなるというものでもないだろう、とヴィンセントが言っていたそうだがクラウドもその通りだと思った。

『どうかお2人とも気をつけて。私は直接参戦出来なくて申し訳ないのですが…』

 軽く俯くリーブからは悔しさと申し訳なさが伝わってくる。
 英雄の仲間の中で一番多忙で一番苦労性のこの男が背負っているものを思うと、クラウドはどうにかして力を貸してやりたくなるし、力づけたくなる。

「気にすんな、おめぇになにかあったらそれこそこの星にとってえらい損害だからな。それに、事件はこの山だけじゃないんだろうが、しっかり頼むぜ他のことはよ」

 クラウドが口を開くよりも早く、シドがカラカラ笑いながらサラリと言った。
 言いたいことを先に言われた間の悪さをちょっぴり感じながら、シドも自分と同じだったか…と苦笑する。
 このお人よしの苦労性人間を前にすると、愚痴をこぼすことがとても悪いことのように思えてしまう。
 もっとしっかりしなくては。
 気兼ねせずにもっと頼ってもらえるように。

「シドの言うとおりだ。ほかの事はアンタに任せる」

 口に出来たのはその一言だけ。
 しかし、リーブはとても嬉しそうに目元を和らげたのだった。


 *


 飛空挺に乗って10時間後。
 クラウドとシドは今、暗く荒れた海に浮かぶ孤島を見下ろしている。
 任務にはおあつらえ向きの悪天候。
 ここまで見事に荒れてくれたら敵に察知されにくいだろう。
 しかし、空の旅は最終目的地であるこの島に近づくにつれ酷いものとなっていったので、クラウドにとってはまさに地獄そのもの、任務がうまくいく可能性が増えたと言っても喜べる状況ではなかった。

 リーブからの数回に渡る連絡により、先行部隊からの報告も入ってきた。
 敵の数はざっと1000体。
 しかしこの数字は変動するだろう…とのことだった。

「どうせ、また地下とかにわんさか実験体がいるんだろうぜ」

 シドが吐き捨てるようにそう言った。
 クラウドは神羅屋敷の地下室を思い出し、苦い思いがこみ上げてくるのをなんとか押し殺した。

「それにしても、先行部隊は無事なのか?10名しかいないんだろう…?」

 豪快に笑う義手の巨漢や寡黙なガンマン、赤い毛並みが美しい仲間が早々簡単にやられてしまうとは思っていないがそれでもやはり心配だ。
 先行部隊の隊員もいることだし、彼らが何らかのミスを犯して敵に察知された場合、仲間は己を盾にして隊員を逃がそうとするだろう。
 そうなった時、果たして無事で済むのかどうか…考えたくない。

『今のところは大丈夫です』
「そうか」
『ただ…ちょっと予想外だったことがあったようで…』
「予想外?」

 シドと顔を見合わせ画面を見つめる。
 言いよどむリーブに胸が不安にざわついた。

『その…あ〜、なんと言いますか、私自身も戸惑っているんですけど…』
「あぁあ、なんだよお前、はっきり言えよ、はっきりよ!」

 短気なシドがイライラ声を荒げる。
 そうでなくとも任務前で緊張が高まっているのだ、余計な焦らし等はやめてもらいたい。
 リーブは躊躇いがちに重く口を開く。

『その……どうやら小さい子供までいるそうです』

 シドと揃って息を呑む。
 子供…と言ったか、リーブは。
 死刑囚、第一級犯罪者が押し込められている監獄島に子供!?
 勿論、囚人に女もいて当然だろうが、それにしても子供とは…。

「囚人たちの…子供ってことか?」
『詳しくは分かりません。もしかしたら、どこかの村などから誘拐してきたのかもしれません。詳しく調べたら何か分かるかもしれませんが、先行部隊だけで調べるには限界がありますから』

 暗澹たる気持ちでシドと視線を合わせる。
 ティファやユフィ、デンゼル、マリンには絶対に話せないと改めて思い知らされた気分だ。

 凶悪犯に人体実験にバケモノに子供…。
 いったい、あの島の中はどうなっているのやら…。

「クラウド、覚悟はいいか?」

 傍らに立つシドがバシンッと背を叩いた。
 その必要以上に強い力に顔を歪め、シドこそ、と口の中だけで呟く。
 リーブの前情報のお陰で余計に緊張が高まったシドの心情が良く分かるからイヤミを口にするのがはばかられた。
 しかし、唇の動きだけでシドにバレたらしい。
 飛空挺の甲板に出ているから風が強く吹き付けている2人には普通の声の大きさでは聞こえないのだから。

「良いに決まってんだろ〜が!」

 そう言ってまたバシンッ!と叩かれた。
 今度は頭だ。
 背中はまだ許せるが頭はなんか……腹が立つ。
 腹が立つから睨みつけるのだが、やはり黙って文句は言わないでおいた。
 そんなクラウドにシドはニヤリ、と笑うと口の中で何やら呟いた。
 聞こえなかったがどうせ『大人になったじゃねぇか』くらいのことを言っているに違いない。
 どうにも釈然としないというか…子ども扱いされているというか、たいそう複雑な気分に陥ったクラウドだったが、耳にはめ込んでいたイヤホンから降下許可が流れ込んできて意識を任務へ切り替えた。

 荒れ狂う海を見ると、小さな点がいくつか浮いている。
 肉眼では点にしか見えないそれは、船の残骸だった。
 先行部隊が出来る限り、孤島で産出された船を破壊した結果だった。
 全部破壊できた…と言うわけではないだろうが、少なくとも今のところは囚人たちが一番近いアイシクルロッジを目指している動きはない。


 −『今回の作戦は囚人たちの捕獲ではあるが、各自の安全を最優先に置くことを忘れるな』−


 リーブの言葉がイヤホンから流れ込んでくる。
 そう、リーブは身の危険が迫っていたら躊躇うなと言っているのだ。
 囚人の命よりも自分や仲間の命を優先しろ、と。
 過去、リーブがこのような命令をしたことは1度とてない。
 それだけに、今までとは危険度が段違いなのだと隊員たちに告げていた。
 クラウドはシドを、シドはクラウドを見た。
 黙って頷く。

 足に固定したスカイボードの具合を踏みしめることで確かめる。


 −『全員、健闘を祈る!』−


 リーブのその言葉を受け、クラウドとシドは宙を飛んだ。
 空に集結していたWROの飛空挺からも次々隊員たちが飛ぶ。

 孤島での戦いが始まる。