アビーは、喰った生き物の特性をそのまま吸収し、己の力へと変えてしまう恐ろしい能力を持っている。
 その能力は、実は神羅の科学者の狙いによって生み出されたのではなく、全くの偶然による副産物だった。
 アビーは”神羅の隠し兵器”として、物体に意識を進入させ、その物体の構造を根本的な部分から変化させて意のままに操るべく生み出された脅威の生命体…。
 それだけのはずだった。
 ところが、未だ未知の部分が多く残る魔晄のエネルギーを主体に実験したことにより、アビーは科学者たちが思いもよらない変化を遂げ、その結果、彼らの手をあっさり振り払ってしまった。
 そうして、アビーは投獄されていた囚人を1人、また1人と喰うことを覚え、あっという間に当初のプログラミング以上の力を手にしてしまったのだ。

 しかし、その恐ろしいまでの能力を完全に生かすためには欠点とすら言える特徴があった。
 喰ったものの特性を吸収しつくすために時間をかけねばならないのだ。
 そのため、1度に喰らう生き物の数はせいぜい1・2匹(人)。
 それ以上は”消化不良”を起こすため、摂食しないように自己防衛が働いている。
 1・2匹(人)を吸収しつくす時間はおおよそ24時間…。


 それが、バレット、ナナキの知る”アビー”というバケモノの特色だった。
 しかし今、それが完全に覆されている。

 アビーが生み出したバケモノである”ケルベロス”。
 それは、”オルトロス”と同じくアビーの盾であり剣としての存在でありながら、実はアビーが己の状態を知る上で必要不可欠な”モルモット”でもあった。

 アビーにとって、”人間”が一番の栄養源でり、その栄養源をいかに無駄なく摂取出来きて活せたか…。
 それを研究・実証するために”オルトロス”は神羅の科学者達によって生み出され、”ケルベロス”はアビーによって”オルトロス”をベースにして生み出された。

 囚人を高濃度の魔晄に浸し、怪物化させる当初の神羅の実験。

 それに失敗して中途半端な状態になった”成れの果て”をエサとして生きる”オルトロス”。
 その”オルトロス”ですら、”死んだモノ”は口に出来なかった。
 ”生きたモノ”からでないとその特色を吸収出来なかったからだ。
 ”オルトロス”にしろ”ケルベロス”にしろそれは変わらなかった。
 だから、これらのバケモノから強襲を受けても最悪その場で殺されるか、はたまた生きたまま冷凍保存されて後々に喰われるのを待つか。
 その二者択一のはずだった。
 しかし。

「変異体にしてもほどがあるだろうがよ!!」

 バレットが怒鳴りながら機関銃を発砲する。
 その先には、ケルベロスが動かなくなった隊員たちをパクパクと、無制限に飲み込んでいた。
 まるでジョークのキツイホラーコメディのようだ。
 1度に喰らうことの出来ない存在。
 死んだモノは口に出来ないはずの存在。
 それが、死者を躊躇いもなく貪欲に口に運んでいる。

「やめろ、やめろー!!」

 狂ったようにナナキが変異体に突進する。
 ”気”を纏った攻撃にケルベロスはもんどりうって倒れたが、口にした死者を吐き出したりはしなかった。

「全員、止まるな!逃げろ、逃げろー!!」

 班長や英雄達の怒号が飛ぶ。
 いまや、秩序も隊列もなにもない。
 混乱と怒号、悲鳴のるつぼと化した3階フロアーで、シド、バレット、ナナキ、そして少数の隊員たちは懸命に活路を見出そうと奮戦していた。

 と…。


 床が急にボコン!と盛り上がった。
 それは、あまりにも急激過ぎる変化で、混乱する隊員たちも、かろうじて理性を保っていた英雄や隊員たちも、また新たな敵が登場したとしか思わなかったし、ある者たちはそう認識するだけの余裕すらなかった。

「このっ…!!」

 シドが槍を構え、膨れ上がって急速に縮まり、何かの形を模り始めたその”床の塊”に向けて突進しようとしたとき、それは、小さな少女の形をとった。
 ナナキとバレットは鋭く息を吸い込み、シドは驚愕に目を見開き固まる。

「このクソ野郎!!」

 バレットが唾を飛ばしながら叫び、義手を構える。
 ナナキが下肢に力を溜め、突進の構えを取った。
 しかし、少女の方が早かった。

 サッと両腕を広げて天を仰ぐと勢い良くその腕を振り下ろした。
 途端。

 天井から霧雨のような清水が一斉に降り注いだ。
 文字通り、細かな粒の水滴のカーテンだ。
 呆気に取られる面々の目の前で、劇的な変化が訪れた。
 変異体も含め、ケルベロスが全身を苦悶に捩り、大きく膨れ上がったり縮んだりしながら徐々にその姿を崩し始めたのだ。
 それはやがて、最初の頃に毒草での攻撃によって消失した以上の効果を現し、ケルベロスは一体として3階フロアーには残らなかった。

 あまりにも劇的な状況変化に、誰も言葉を発することが出来ない。
 目を見開き、口を開いてただただ目の前で起こった出来事を網膜に映す。

「な……」

 バレットが放心したように声を漏らしたのを合図にしたかのように、霧雨がスーッと大気に溶け込むようにして止んだ。
 残されたのはボロボロになっている隊員たちとシドたち英雄だけ。
 アビーの作り出したバケモノの痕跡は何もない。
 少女の姿ですら、まるで幻だったかのように見当たらなかった。

「あれって……アビーとかいうバケモノじゃ…なかったか?」
「…そう…だったと思ったけど……あれ?なんで?」

 自分達が助かったという事実すら信じられず、バレットとナナキはポカンと口を開け、シドや隊員たちは2人の言葉など耳に入らないまま呆然と立ち尽くしていた。

 ナナキの開けた壁の穴がより大きくなり、階段が一行を誘うようにその存在を主張しているのに気づいたのはそれから僅か数十秒のことだった。






暁光 12






 ついに建物の最奥に辿り着いた一行の目の前に広がった光景は、およそ現実とは考えられないものだった。
 元は機械によって地下深くから魔晄を汲み上げていたこの部屋は、いわば動力室だった。
 しかし今、一行の目の前にあるのはグロテスクな巨大な”肉塊”…。

 そう、”肉塊”だ。

 大人が5人は軽く入ってしまうようなその塊は、歪(いびつ)な円を描き、湿り気を帯びたピンク色の肌を持っている。
 肉塊の下方と上方からはそれぞれ太く脈打つパイプのようなものが枝分かれに4本ずつ生え、床と天井を大きく穿っていた。
 薄っすらと赤い筋が走り、ウネウネとうねるその様はまるで…生き物の臓物だ。
 いや、生き物そのものだ。
 深く考えなくとも、その脈打つ肉塊がこの建物の意識であるアビーに必要な”エネルギー”を隅々にまで運んでいることが分かった。
 生物でいうところの”心臓”にあたるだろう。
 床下深くにまで伸びていると思われるその”パイプ”は、恐らくこの星のライフストリームにまで達しており、そこから魔晄エネルギーを吸い上げ、アビーへエネルギーを供給している。
 この肉塊が、神羅の科学者によって生み出されたものなのか、それともアビーが独自に作り上げたパイプラインなのかは分からない。
 しかし、そんなことはこのさいどうでもいいだろう…。

 一時、放心状態で目の前の太く脈打つ大樹のような”心臓の動脈”を見ていた一行だったが、すぐに我に帰って攻撃を仕掛けた。
 銃声と空気を切り裂く鋭い音が広い空間を埋め尽くす。
 しかし、恐ろしいことに初弾が被弾するその刹那、ボコリとその部屋の床が身を守るように何かを生み出したのだ。
 あっと言う間も無い。
 初弾は当初の目的場所への着弾を阻止された。
 続けざまに発砲した銃弾も例外ではない、ことごとく阻まれ一同の度肝を抜く。

「散れ!!」

 ヴィンセントが怒鳴ると同時に全員、床へ身を投げ出すように飛び退った。
 逃れた隊員たちが立っていた床がめり込み、穿たれた床のカケラが飛ぶ。
 グリートだけは従兄弟が首根っこを引っつかんで床へ引きずり倒し、難を逃れる。

 隊員とジェノバ戦役の英雄、合わせて合計12名。
 それぞれ本能のままに危険を回避したため全員バラバラに室内へ散る。
 唯一、2人一組に分かれたのは従兄弟関係にある青年隊員たちだけだ。
 その全員の目の前に、マンツーマンで阻み立つその存在に全員、全身を総毛立たせた。

 同じ背丈、同じ顔、同じ表情…。
 黒髪、白い面立ちの少年少女たち。
 しかしてそれは、クラウドたちが知っている少年少女ではなかった。
 クラウドたちが知っているアビーの精神体は髪と同じ色をしていたのに、今、目の前で立ちはだかる彼らの瞳は真っ赤にギラギラと光っている。

「…変異したな…」

 シュリの呻くような低い声にクラウドは軽く息を吸い込んだ。
 ほんの一瞬だけ周りへ視線を走らせる。
 隊員たちはもう限界だ。
 アビーの攻撃がどのようなものなのか具体的には壁や床がバケモノのようにうねり、襲い掛かって喰らうことしか知らない。
 こうして目の前に…、しかも隊を崩すようにマンツーマンでの戦いを挑んでくるなど、どのような手段で攻撃してくるのかさっぱりだ。
 少年少女はみな、空手で立っている。
 真っ白い顔に赤く光る目だけが異様に目立ち、おぞましさに拍車をかけていることくらいだ、特筆すべきことは。
 どのような攻撃を仕掛けてくるのかさっぱり予想がつかないが、ならば…。


 攻撃される前に仕留める。


 クラウドは一気に目の前のアビーへ斬戟を叩き付けた。
 まるでそれは合図のように一斉にその場を動かした。

 クラウドが目の前の少年を一閃の元で切り伏せ、そのまま勢いを殺さずにすぐ傍にいた隊員へ援護すべく駆けつける。
 たった3歩の跳躍で少女へ向かって発砲しても当たらない隊員を救助した。
 クラウドのソードが一閃して少女の容(かたち)をとっていたアビーの首と胴体が離れ、真っ赤な飛沫を上げながらクルリクルリと回って床へ転がる。
 クラウドはそれを最後まで見届けない。
 いや、正確には一閃した直後にもう視線は次の敵へと向けられている。
 一方、シュリの発砲した弾丸は少女の両の目を正確に撃ち抜いていた。
 ヴィンセントもしかり。
 他の隊員は倒すことに成功した者もいればトリガーを引いてはいるがパニックのせいでまともに当たらない者もいる。
 そのパニックを起こしている4名の隊員へヴィンセント、シュリ、そしてクラウドが援護すべく流れるような動作で構えを変えた。
 その間、僅か10秒足らず。
 しかし、そのほんの僅かな時間で”本体のアビー”は全員の度肝を抜いた。
 倒れた少年少女を、床が大きくうねって取り込んでしまったのだ。
 つまり、”精神体”を取り込んだわけだが、それはクラウドを飲み込もうとして床が大きく口を開けたあの時とはまるで違う。
 余計な動きが一切無い”摂食動作”。
 思わずその光景に目を奪われたヴィンセントたちの隙を突くようにして、残っていた4体のアビーが目の前の隊員へ同時に襲い掛かった。

 頭のてっぺんから天井に向けてなにかに引っ張られるようにしてグニョリと伸び歪み、あっという間に3メートルほどにまでなったかと思うと、細長くなった体幹部分が左右に引っ張られるようにして大きく口を開けた。
 文字通り、巨大な口を開けたのだ。

 恐怖に引き攣った悲鳴が上がる。

 ハッと視線を戻したクラウドたちは、あまりのことにギョッとしながらも慌てて銃を発砲したりソードを一閃させる。
 しかし、アビーは悲鳴を上げながら発砲する隊員の上へゆっくりと倒れ伏すとそのままぐにょりぐにょりと蠕動運動を繰り返し、やがて再び少年少女の容(かたち)に戻ってしまった。

「丸呑みした…!」

 ヴィンセントが発砲の手を緩めないまま、声に焦燥感を滲ませる。
 シュリは、一番近い場所で少年の容をとったばかりのアビーに銃を投げつけると、大きく仰け反ったその小さい身体へ突進し、腰に帯びていたファルシオンを抜き放った。
 言葉もなく一閃する。
 振り向きざま、クラウドを睨むようにして見た。

「クラウドさん、早く!!」

 今、まさにシュリへ向かって走り寄ろうとしていたクラウドだったが、その言葉にハッと踏みとどまった。
 そして背後を振り返る。
 背には脈打つ巨大な心臓。
 アビーには必要不可欠のエネルギーを供給している大事なライフライン。

 ソードの柄を握り直しながらクラウドは踵を重心にしてクルリと向き直った。
 クラウドを後押しするように、他の面々はアビーへ集中砲火を食らわせ、クラウドへ近づけないように援護する。
 そう。アビーがどんなに大げさなパフォーマンスをしようと、惑わされてはいけない。
 アビーが一番恐れているのは…。


「やめて!」


 突然、クラウドの目の前の床がボコリと浮き上がり、泣きそうな顔をした少女が両腕を広げて躍り出た。
 心臓がギュッと縮む。
 少女の容をしたアビーの精神体。
 その右足首には白い包帯。

 目を見開き、思わず足が止まりかける。

 C−6の泣き顔にクラウドの心が激しく揺さぶられ、心臓へ真っ直ぐ向かっていた足は少女を避けるべく思いっきり床を蹴って真横へ跳躍した。

「お願いやめて!そんなことしたら私も死んじゃう!!」
「クラウド、惑わされるな!!」

 ヴィンセントが怒鳴ると同時にC−6へ銃弾を撃ち込む。
 少女の左のこめかみを正確に撃ち抜いた銃弾は、そのままの勢いを殺さず心臓部へ到達した。
 しかし、心臓はピクリともその攻撃に反応しないで動き続けている。
 ヴィンセントは忌々しそうに眉間へ深いしわを寄せながら、更に立て続けに少女や心臓へ向かって発砲した。
 その間、クラウドもただ傍観していたわけではない。
 少女の真っ赤な瞳が、撃たれて尚、逸らされることなく自分へ向かっている凄まじい光景を前にし、逆に少女がC−6でないと気づいた。


『ようやっと終わらせることが出来るチャンスが来たの、私たちが思いもしなかった方法で。そのチャンス、逃すわけにはいかない』

『ありがとう、私に”大切”ってことを教えてくれて。兄弟と一緒に居たら絶対に分からなかった…この温かい気持ち。それだけで、私は生まれてきた意味をもらえたの』

『とっても幸せ』


(あぁ、そうだったな)

 最後に見たC−6の至福に微笑んだ顔を思い出す。
 あんな風に微笑んだ少女が、いまさら命を惜しんで行く手を阻むなどありえない。

『クラウドさんにお願いしたいな』


 少女の最後のお願いも…思い出す。
 そう、この願いだけは自分でなんとしてでも叶えてやらなくてはならない。


 舌打ちをしたのは、呆気なく簡単な”からくり”に騙された己への苛立ちゆえ。
 しかし腹を立てたとしても反省は後だ。

「クラウド、やれ!!」

 ヴィンセントの怒鳴り声。
 クラウドはこんなに緊張感溢れる場面であるというのに、思わず口元を緩めた。

(ヴィンセントがこんなに大きな声を立て続けに出すのは初めてじゃないか?)

 ボコリボコリとクラウドの周りに計7体のアビーがC−6の姿となって現れる。
 それらに囲まれても、クラウドの目にはもう、C−6としては映らなかった。
 そして、狙い定めるのはただ1つ。


「 やめてー!! 」


 クラウドがその場で不自然に揺れ始めた床を踏みしめ、ソードへ気をまとわせて一閃する。
 その直前、アビーは甲高い悲鳴のような声を上げつつ、まるで地獄の餓鬼のようにおぞましい血も凍るような形相で一斉にクラウドへ飛び掛った。
 しかし、群れるアビーを文字通りなぎ払い、クラウドの渾身の攻撃は心臓を…、動脈を切り裂いた。

 一閃。
 二閃。
 三閃。
 四閃。
 五、六、七、八、九…!

 その場でクルクルと周りながらソードを振るうクラウドの攻撃は、まるで舞を舞うかのように優美なさまとは裏腹に、ことごとくアビーのライフラインを分断し、切り裂き、当たりを濃いエメラルドグリーンの霧で覆い尽くした。
 耳を覆いたくなるような子供の声をした断末魔が響く。
 その叫びを皮切りに、突如部屋全体が地震に見舞われたかのように大きく揺れ始めた。
 かろうじて立っていられるが、機敏に動くことなど出来ない。
 轟音を立てながら心臓が根を張っていた床、天井が大きな瓦礫を落としつつ倒れこみ、ライフストリームの霧と砂埃が激しく入り混じってあっという間に数センチ先も見えなくなった。

「クラウド、こっちに来い!」
「中佐殿!ご無事ですか!?」
「負傷者を擁護しつつ全員、退却!!」
「おい、こっちだ!出口間違えるなよ!?」

 必死に呼び合い、お互いの居場所を確認し合う。
 クラウドは、声のする方へ顔を向けるも、砂埃から目を庇うようにして腕を上げ、細目しか開けられないせいで方向感覚が狂いがちだった。
 おまけに天井からは大人の胴体ほどもある瓦礫が後から後から落ちてくる。
 頭と目を庇い、激しく揺れる足元を取られないよう必死に進むが、足がもつれて上手く進まない。

「クラウド、どこだ!」

 瓦礫が落ち、床が激しく揺れる音が部屋中にこだまするその轟音の中、ヴィンセントの大声が耳に届いた。
 それに応えようとしたまさにその時。

 フッ…と足場が消えた。
 一瞬感じた浮遊感は、無重力遊泳をしたあのロケットでの体験を思い出させた。
 しかしそれはまばたきほどのことで…。


「…!」


 クラウドは自分がアビーの体内に落ちたことを知った。
 自分を取り囲む”内壁”は真っ黒い”肌”に無数の”赤いランプ”を煌々と光らせていた。

 赤いランプには絶対に触ってはいけないというC−6の警告が脳裏に蘇る。
 どっと全身から汗が噴き出し、迫るそれらに夢中でソードを突き立てた。
 落下は止まったがそれ以上どうしようもない。
 壁に足をかけて上空へ向けて跳躍出来れば話は別なのだが、赤いランプに触るなという少女の警告がそれを踏みとどまらせる。
 上を見上げると、もう室内の明かりははるか向こうになっており、仄かにエメラルドグリーンの輝きが見えるだけだった。
 いや違う。
 落下の距離もさることながら、穴が遠く小さく見えるのはまさにアビーがクラウドを喰うために口を閉じようとしているのだ。

「クッ…!!」

 このままでは確実に喰われてしまう…。
 壁ではなく、ソードを足がかりの場に移すことさえ出来れば…!

 脳が意識を持って決断を下すよりも、本能が身体を突き動かす。
 突き立てたソードを軸に、腕の力だけで丸めた身体をクルリと持ち上げて反転させたクラウドは、素晴らしいバランス感覚でソードの柄の部分に片足で立つことに成功した。
 ホッとする間もなく流れる動作でクラウドは、閉じかけている穴目指して思い切り飛び上がるべく下肢にありったけの力を込めた。
 だがその時、一気に”壁”が収縮し、クラウドを押し包んだ。

 助けを求めることも、悲鳴すら上げることも出来ず、クラウドの意識はあっという間に漆黒の闇に飲み込まれた。