「全員揃ったのか?」 2階フロアーに着くと、エレベーター前のカウンターに背を預けるようにして警戒態勢で待機していたWRO隊員にシドは小走りで駆け寄った。 他の隊員はフロアーの四隅にある曲がり角や広いフロアーを支えるための太い柱、階段の入り口、天井近くにある格子のはまった小さい窓の下などでそれぞれ5・6名ずつが待機し、警戒態勢を取っている。 声をかけられた隊長格の隊員は小さく敬礼し、頷いた。 「はい」 グルリ、とフロアーを見渡す。 今回の作戦に投入されたWRO隊員はおよそ100名。 それだけの人数が投入され、このフロアーに全て集まっているというのに2階フロアーは閑散としているようにしか見えないほどとても広く、寒々しい造りとなっていた。 そんなバカ広いフロアーのほぼ中央部分になにやらドーム型の小屋らしきものがあった。 妙に目を引く白いそれは、一見、ビニールハウスのようにも見えるが、不透明素材のグレー色のそれは高さと幅は5メートルほどあり、その長さ30メートルはあるだろう。 それほど大きな代物があって尚、2階は広々としていた。 勿論、隊員たちはその謎の建造物にも警戒をしている。 しかし、この階にも敵の気配は感じられない。 いや…。 シドは神経を研ぎ澄ませた。 気配…というよりも、敵と思しき『悪意』を感じないだけであって、『何か』は感じる。 しかしその『何か』がどこから感じるのか、どういったものなのかが分からない。 どこかで感じたことはあるのだが、それがどこだったのかが分からずもやもやする。 (くそっ!なんだっけかなぁ、この感じ) シドはイライラしながらフロアーを見渡した。 こういうとき、気心の知れた仲間に愚痴をこぼしたくなる。 もしかしたら、クラウドならピンときてくれるかもしれない。 だがしかし、端から端まで視線を走らせたが金髪は見えなかった。 「申し訳ありません。クラウド氏はまだ…。今、こちらに向かっているそうですが予想以上に足元が悪いそうで…」 シドはため息をつきながら頭を掻いた。 「ったくよぉ。足元が悪いっつったって木の枝とかを伝って移動すりゃ良いだろうがよ。それこそ、ウロウロしてるかもしれないバケモノに見つかる心配もねぇっつうのによぉ」 そんなことも分かんねぇのか、アイツは。 グチグチと苛立ちを口にしたシドに隊長は苦笑を見せたが、言った本人であるシドは言い終わった途端に何か引っかかるものを感じて軽く目を見張った。 「シド殿?」 急に無言になり、宙を見つめて放心しているシドに隊長は声をかけながら、より一層警戒を強めた。 シドが何か敵の気配なりを感じ取ったと思ったのだ。 しかし、シドは隊長や周りの隊員の不安を尻目に、 「…ちょっと待てよ……?」 ゴクリ…とつばを飲み込んで顎に手を添えた。 必死に何かを考えているその姿に隊員たちへ急速に不安が広がった。 まさにその時。 ガコン。 どこかで重い音が鳴った。 暁光 3クラウドは階段の踊り場に足を踏み入れた瞬間、何かを感じて足を止めた。 気配を探る。 上の階で何かが動いている気配がする。 「どうしたの?」 背からC−6が不思議そうに声をかけたが、「シッ」と注意を促しただけで緊張感を一気に高めた。 1階の天井がとてもとても高かったことから、2階までの間にかなりの距離があることは十分予想された。 その上、ここは監獄として建てられた要塞だ。 窓は小ぶりで天井近いところにしか作られていないし、どれもこれも格子がはまっている。 壁などの厚みも一般の建造物に比べて数倍あるだろう。 それらのせいで、建物に入ってから外を闊歩しているバケモノの気配が一気に薄まってしまっている。 足音はおろか、外の空気の流れも分からない。 恐らく、小雨程度の天候の変化なら分からないはずだ。 かなりの嵐にならないとこの建造物の中にいる限り、外の変化は分からない…。 いやそれどころか、防音対策や外からの襲撃、内からの反逆等々に対して完璧なこの要塞では、別のフロアーの変化すら分かりにくくなっている。 機密性が非常に優れているのだ。 その証拠に、この建物に既に突入しているはずの仲間たちやWRO隊員たちの気配がしない。 しないというか…とてもぼやけていて曖昧なものになっている。 その事実にクラウドはようやく気づいた。 そして、自分たちは足を踏み入れている。 その危険性はどれほどだろうか。 背筋に知らず、冷たいものが走り抜ける。 「ねぇ、どうしたの?」 無邪気とすら言えるC−6の質問。 クラウドはそれに答えず逡巡した。 本当は、今すぐにでも何らかの気配を感じた2階へ向かいたかった。 しかし、背に負っている少女を連れて危険が待っているかもしれないところへ行くことなど出来ない。 と、そこで気がついた。 「2階には何があるんだ?」 「2階?家畜小屋があるよ」 「そう言えば、1階には何も無かったな…」 「うん、なんか1階は出入り口としてそのうち使うかもしれないから何も作らないようにしようね、って皆で決めたんだ〜」 「そうか」 一瞬、クラウドの中で何かが引っかかったが、それが何かを突き止める前に少女が笑った。 「それにしても、本当に慎重なんだね。危ないことなんか何も無いのに」 あっけらかんとそう言った少女に、クラウドはむっつり顔のまま「そうだな」と呟き、階下へ足を向けた。 その通りだ。 この要塞は確かに危険かもしれないが、こんな幼い少女がウロウロ出来る程度には安全が確保されている。 たとえ、WRO隊員が負傷して発覚した監獄島だとしても、この島を知る者にとってはさほどでもないのだ。 そして、自分はその島の者と一緒にいる。 ならば、リーブの心労は明日には軽減してやれるかもしれない。 そんなことを思い、無理やり不安な気持ちを押さえ込みながらクラウドは階段を下りていった。 * あまりに突飛過ぎる出来事に襲われたら、それがどんなに恐怖を感じて然るべき事態であったとしてもやはり『現実』として受け入れるには時間がかかるものなのだ、ということをシドは実感した。 他の隊員も同意見だろう。 硬直した状態で目を見開き、間抜けな顔で口を開いてただただ目の前の事態に驚いていた。 遠いところで何か音がしたと思ったのだ、最初は。 その音についてシドが他の者も気づいたのか訊ねている間に、まずフロアー中央部にあった馬鹿でかいグレーのビニールハウスもどきから物音がし始めた。 全員の意識がそちらへ流れている間に、ドアの代わりに鉄柵しかなかったエレベーターが勝手に動いた。 上や下に動いたのではない。 更に奥へ動いたのだ。 動いた分、壁が下から競り上がってきてエレベーターを壁の奥に隠してしまった。 呆気に取られているうちになんとも言えない異臭とゾッとする『何か』を感じ取り、振り返って…見た。 「なんだこりゃ…」 掠れた声で呟いたシドの隣では、隊長がその大きな体躯を震わせながら恐る恐るドームに近づいていた。 他の隊員も同様だ。 突然大きく口を開けたドームの中は、淡い光で満ちていた。 エメラルドグリーンに輝くその明かりは、ライフストリームを髣髴とさせておかしくないのに、ライフストリームと同じに感じてしまうことが星への侮辱に感じてしまうほど歪(いびつ)なものだった。 いや、歪なのはその中にあったものだ。 鉄の板で低く、そして大きく囲いを施しているその光景はまるで家畜小屋だ。 しかし、その中にいるのは……人であったもの。 首・手足には鎖。 体は申し訳程度のぼろ布をまとっている。 男なのか女なのか判別が難しいのは、容姿というよりも体の状態にあった。 ブヨブヨにただれた皮膚。 ただれは全身に及んでいるため、まぶたが目をほとんど覆い隠している。 髪はところどころに毛根が残っているのか、生えている髪は長いのに頭部の大半はズルリとはげている。 唇はなく、抜け残った歯がむき出しだ。 誰一人として立っていない。 四つん這いになってズルズルと這っている。 手や足を動かすとき、ベタリ、ベタリと音がするのは、ただれた皮膚の間から体液がこぼれているからだ。 異臭の原因はその体液だ、気づきたくないのに気づいた。 同時に分かった。 実験の被害者の成れの果てだ…と。 明かりに照らされたその光景を脳がはっきりと認識したとき、ある者は悲鳴を上げかけ、またある者は口を押さえて嘔吐を堪えた。 堪えきれずに吐き出す者もいる。 シドは手の甲を口に押さえつけ、鼻で息をしないように口で浅く息をした。 「なんで、いきなり開いたんだ、建物の入り口…」 隣で隊長が同じように口を押さえながら呻く。 シドはゆっくりとドームの中に足を踏み入れた。 途端、足元がズルリと泥濘(ぬかるみ)にはまり込んだように滑りかけた。 反射的に足元を見て、シドはギョッと目を見開いた。 今見たものを脳が覚えこまないうちに、無意識に慌てて目を逸らすが……無駄な足掻き。 黄色とピンクが変に混ざったような…『何か』を踏んづけたのだ。 それは間違いなく、被験者の体の一部。 嘔気がこみ上げる。 必死に『鈍感』になって改めて内部を観察することで意識を切り離した。 鉄の囲いはせいぜいシドの腰程度の高さ。 長方形をのその囲いの中には蠢(うごめ)く被験者、およそ50人。 緩慢な動きでズルズルと動く被験者の隙間から、ピクリとも動かない被験者が数十人。 恐らくもう死んでいる。 異臭はその死体からも漂っているのだろう。 その死体をさけることもなく、元・人間だった実験の被害者たちは意味も無く囲いの中をノロノロと動いていた。 まるで、家畜そのもの。 何を考えているのか分からない。 声をかけてみたら何か反応があるのかもしれないが…とてもじゃないがそんな気になれない。 「なんてことだ…」 いつの間にか隊長が隣に立っていた。 シドも同感だ。 元・凶悪犯とは言え、あまりにもむごい人生の末路。 この被験者たちを救う技術など、あるはずが無い。 奪われたその大きさを思うと、とてもじゃないが冷静さを保てない。 そう、彼らは奪われた、神羅によって。 『人間としての死』を。 彼らはもう、人間としての死を迎えることは出来ない。 この状態では、生きていると判別していいのかすら怪しい。 ただ動いている。 ただ心臓を動かし、腹が空いたらエサを食べ、排泄し、寝る。 それだけの存在。 己の身に危険が迫ったとしても、恐らくそれすら認識することなくその危機に飲み込まれるのだろう…。 防衛本能すらこの被験者たちには残っていないに違いない。 その証拠にドームの入り口が開き、見知らぬ者たちが目の前に現れたというのに全く意識を向けてこない。 家畜の方がうんとマシだ。 そうして、唐突に気づいた。 先ほどから感じていた『何か』。 『悪意』はなく、ただ『気配』だけを感じ、どこからその気配がするのか曖昧すぎるくせに、どこかで感じたことのある感覚。 メテオだ。 あの強烈な存在は星から遠く離れた場所から飛んできた。 しかし、あのメテオに意思はなく、魔法で召還されたからやって来ただけのモノ。 意思はなく、ただ迫ってくるあの不気味さは言葉では言い表すことが出来ない。 まさにそれに近いものが目の前に広がっている。 悪意などなく、意思も無く、ただそこにアルだけのモノ。 ユフィやティファ、女性隊員たちをこの作戦から外していて正解だった。 どうしようもなく沈みこむ気持ちを鼓舞するかのように、1つの『救い』のようなことを思い出して自分を慰める。 しかし、そのささやかな抵抗は突如上がった短い悲鳴によって消し飛ばされた。 シドは振り返った。隊長も、そして他の隊員も全員が実験の被害者たちから意識を切り離して……見た。 囲いの中にいる被験者とは明らかに違う実験の被害者であるバケモノを。 「な…!」 「ひっ!!」 いつの間にか、壁にポッカリと穴が開いている。 いや、違う。 壁の奥に消えたはずのエレベーターが戻ってきていたのだ。 そのエレベーターから、次々にバケモノが流れ込んできている。 エレベーターに乗れるのはせいぜい大人5人くらいなのに、箱形タイプではないエレベーターであるのを最大限に活用し、エレベーターを吊っているワイヤーを通じて次々に部屋に踊りこんできていた。 その動きの俊敏さは、明らかに実験による『失敗作』とは段違いだ。 隆々たる筋肉で覆われている体躯はゆうに2メートルはある。 バレット並みの巨漢のくせに、足音がまるでしない。 素足だから…という理由ではない、馬鹿でかいくせに動きはしなやかで、まるで猫のようだ。 頭部に髪は全く無く、眉毛もない顔は腫れぼったいまぶたが印象的で、ゴツゴツとした感触を思わせる肌で覆われている。 分厚い唇はむっつりと結ばれており、獲物(隊員たち)を前に少しも高揚したところがない。 ただ淡々と作業、侵入者を排除しようとしている。 その証拠に目には全く生気が無い。 「う、撃て!!」 隊長が号令をかけるまでも無く、隊員たちは狂ったように発砲した。 激しい銃撃がバケモノを襲う。 被弾した身体から真っ赤な鮮血が噴出し、その光景を見てシドは彼らが元・人間なのだ…と改めて見せ付けられたような気分になった。 あぁ、ちくしょう!クラウドの野郎、とっとと来やがれ!! 心の中で毒づきながら、狂ったように発砲する隊員たちの隙間をスルスルと駆け抜け、最初に悲鳴を上げた隊員の元へと駆けつける。 彼は太い柱に叩きつけられ、その根元でぐったりと倒れこんでいた。 倒れた身体の下から血溜まりが広がりつつある…。 「しっかりしろ!」 激しい銃声音の中、大声で呼びかけながら首筋に指を添える。 弱弱しく脈打つそれにホッとしつつ、しかし自分たちの置かれている状況に急いで隊員の身体をチェックした。 出血は左肩から。 折れた骨が肉を突き破っている。 思わず吐きそうになりながら、隊員が身に着けていたポシェットから応急処置セットを取り出す。 本格的な治療は後回し、とりあえずは出血を止めることが先決だ。 頭部に巻いていたバンダナを取り、傷口に押し当てて包帯でグルグル巻きにする。 シドが応急処置をしている間にも、次々と負傷者が出ていた。 バケモノは素手なのに、その力ははるかに隊員たちを圧倒していた。 被弾しても全く怯むことなく突進してくる。 痛みなど感じていないかのような動きに、隊員たちへ戦慄が走った。 倒しても倒してもバケモノは溢れんばかりに押し寄せてくる。 訓練どおり隊を組んで攻撃している隊員たちへ迫るその光景はまるで大岩が山肌を転がり、襲ってくるかのようだ。 あっという間に隊列は崩れ、隊員たちは右に左になぎ払われる。 それでも大部分の隊員たちの攻撃は効いていた。 最新技術の武器を最高の腕を持つ隊員たちが駆使しているのだ、効かないはずがない。 WROとバケモノの白熱する戦いを肌で感じながらシドは意識を失っている隊員を背負い、戦闘から少し離れたところへ避難させようと顔を上げた。 そこで……見た。 隊員たちとバケモノの戦いの背後であるバケモノたちが自分たちの方へ意識を向けることなく、『家畜小屋』へ向かうのを。 そうして、見なければ良いのにシドは見てしまった。 『家畜小屋』へ流れたバケモノたちが、鉄柵の中へ野太い腕を突っ込み、『失敗作』である被験者をむんずと掴み上げ、顎の関節というものが外れているとしか思えないほどの大口を開けて…。 「うげっ!」 シドは負傷した隊員から手を離し、口を押さえた。 どうしようもなくこみ上げる嘔気をなんとか追い払い、バランスを崩して落としかけた隊員を背負いなおす。 あぁ、なるほど。 ここは本当に『家畜小屋』なんだ…と分かりたくないのに分かってしまった。 『失敗作』はこのバケモノたちの『エサ』としてここで飼われているのだ。 「なんてこった…!」 どうしようもない怒りがこみ上げる。 人間として扱われないにもほどがあるだろう! しかし、シドは激情に駆られて突っ走ることはしなかった。 自分にはまだ、果たさなくてはならない目的がある。 目の前では依然として突如現れたバケモノに押され気味の隊員たちがいるのだ。 背には負傷した若者(隊員)。 被験者とは言え、元・凶悪犯にかける情けの時間はない。 「右翼隊、後退しつつ攻撃!中央隊は援護!左翼隊は負傷者の警護!班長は俺について来い!」 隊長が叫ぶ。 シドは意識のない隊員を左翼隊に託し、隊長の元へと駆けつけた。 途中、バケモノを自慢の槍で攻撃することも忘れない。 隊長の元へたどり着くまでの間に3体のバケモノを地面に伏させた。 「これから退路を確保する!急げ!!」 叫びながら駆け出す隊長に新たなバケモノが踊りかかった。 隊長の銃が火を噴くも、バケモノは怯まない。 鮮血を噴出させながらバランスを崩しつつ、なおも野太い腕を振り上げた。 「この……しつけぇんだよ!!」 シドの槍が一閃。 ぶっ飛ばされたバケモノは仲間のバケモノを巻き込みながらもんどりうって壁に激突した。 礼を言う隊長に軽く手を振りながらシドも疾走する。 「にしても…どこに退路っつうのがあるってんだ!?」 広い広い2階フロアーを走り回る。 仲間である隊員たちの銃撃の邪魔にならないよう、且つ、バケモノに攻撃を与えながら退路を…、活路を探す。 しかし…ない。 どこにもない。 あるはずの『階段』がない。 さっきまではあった。2階に到着した時点で探索していた隊員がそう報告していたし、シド自身も階段から2階へやって来たのだから。 それなのに…。 「くそっ!階段を隠しやがったな!?」 ドームの入り口が開く直前に聞こえた『ガコン』という重い物音。 あれは、エレベーターを一時的に隠し、バケモノをこのフロアーに投入するだけのものではなかったのだ。 唯一の退路である階段を隠してしまう作用まであったとは…。 「てぇことは、ドームを開けて中を見せたのは俺たちの意識を逸らせることが狙いかよ!」 シドは歯噛みした。 隊長も、他の隊員も同様だ。 死に物狂いで活路を見出そうと必死になりながら、絶望がひたひたと心を侵食しようとしている…。 敵がどこかで見ている。 それはもう確定だ。 きっと、どこかで高みの見物を決め込み、嗤っているに違いない。 くそったれ! シドは毒づいた。 いつまでも優位に立てると思うなよ!? 俺たちはしぶとさで言ったらこの星一番なんだからな! 何が何でもてめぇのツラ拝みに行ってやるぜ!! その時ふと、シドは気づいた。 立ちはだかる壁を前に隊長が苛立ちを滲ませながら「次だ!」と背を向けたのを引き止める。 「おい、爆薬持ってないか?!」 シドの言葉に隊長はハッとした。 分厚い壁を前に、無駄な足掻きかもしれない。 しかし、このままでは無尽蔵に投入されるバケモノを前に心身ともに疲弊し、負けてしまう。 胸ポケットから試験管のようなスティックを取り出し、隊長は振り返った。 「全員下がれ!」 付き従っていた隊員が慌てて下がる。 隊長の手首が鋭くしなり、スティックが壁にぶつかったと同時に爆音がはじけた。 濛々と上がる煙は一瞬。 煙が晴れ、憎らしいほど平然とそびえたままの壁に共にいた隊員たちが銃を構える。 しかしそれよりも早く、シドが動いた。 「この、しつけぇって言ってんだろうがよぉ!!」 闘気を纏った槍を構え、高々と跳躍。 シドの渾身の一撃を前に、壁はとうとう敗北した。 小さな亀裂を走らせ、次いでガラガラと音を立てて崩落する…。 「全員、退却!!」 すかさず隊長の命令が飛ぶ。 負傷者を警護する隊を先導するようにまず班長たちが壁の穴に飛び込み、間髪入れずに隊が流れ込む。 シドは自然と殿(しんがり)を務めた。 「おら、逃げるぜ!」 「はい!」 共に殿を務めた隊長が、胸ポケットからもう一本のスティックを取り出し、襲い来るバケモノの群れ目掛けて投げつける。 手からスティックが離れると同時にシドと隊長は壁に開いた穴目掛けて飛び込んだ。 結果を確かめることなどしない。 爆風を背に、シドと隊長は転がるようにして穴に駆け込み、同時に目の前に広がる階段を上り始めた。 何故なら、下に続くはずの階段は爆発の際に崩れたのか、瓦礫でふさがっていたからだ。 バケモノの咆哮を背後に聞きながら、シドは階段を駆け上った。 |