暁光 afterwards『絶対にヤバイことになってんだって!』 昨日、携帯の向こうで歯噛みしたユフィの声が蘇る。 ティファはゆっくりとカウンターから顔を上げた。 いつの間にか眠ってしまったようだ。 店内はまだ薄暗いが、窓の向こうは薄っすらと明るくなっていて、日の出が近いことを知らせていた。 クラウドがたった一枚のメモを置いて”仕事”に出かけてから丁度5日目の朝になる。 ティファはゆっくりと腰を上げるとカウンターの中へ入り、湯を沸かした。 とてもじゃないが眠れない、とか思っていたくせに…と、自分に苦笑する。 シンと静まり返った店内はいつもとは違う世界に迷い込んだかのような錯覚を与える。 同じ姿、同じ空間のはずなのに、何故か違うもの、違う場所に摩り替わってしまったかのような、そんな不可思議な印象を受ける。 そして、その不思議な空気がティファは嫌いではなかった…今までは。 今、ティファの心は小さな不満と大きな不安で一杯になっている。 不満は、勿論、誰もこの状況を説明してくれないからだ。 ユフィは、WROの動きがおかしい、と言っていた。 いつもなら、このような”ざわついた動き”の時はリーブからSOSがかかるというのに今回に限ってそれがない、と…。 更に、リーブへ問いかけてもはぐらかされるか”居留守”を使われてまともに取り合ってくれないらしい。 『絶対に居留守だねあれは!』 何故”居留守”だと思うのか?というティファの問いに、ユフィは電話口でキッパリ言い切った。 『根拠?そんなもん、このユフィちゃんの第六感!!』 ようするにただの”勘”なのだと胸を張った仲間に、だがティファは何故か反論出来なかった。 ユフィはこういった”きな臭い”ことを嗅ぎ分ける天才だ。 それは、脈々と受け継がれる”忍”の血がそうさせているのかもしれない、と本気でそう思う。 だから、ユフィがそう言いきるならそうなのだろう。 しかし、それを確かめる術がない。 ユフィはバレット、ナナキ、シド、そしてヴィンセント全員に電話をかけて繋がらない、と言っていた。 ならば、今回のこの”奇行”は、英雄仲間のうち”男性”全員が動いていると言うことだ。 と言うことは、いくらティファやユフィが躍起になったとしてもちっとやそっとじゃあ真相を知ることは出来ないということになる。 仲間たちの結束とその持っている能力を鑑みると、真実を探り当ててクラウドの元へ駆けつけることは至難の業だ。 というよりも、不可能に近い。 その辺り、ユフィは少し軽視している部分があるが、それも”ウータイの忍”という”コネクション”あってのことだ。 今回の件に関して通用するかどうか、甚だ怪しい…。 ティファの心を占めている小さな不満。 その不満を遥かに凌ぐ大きな不安とは、当然、クラウドの安否。 子供たちもピリピリした空気を感じ取っているのか、緊張した面持ちでティファを伺い見るようになっている。 (大丈夫…大丈夫。クラウドは強いんだから。それに…絶対に帰って来る。もう2度といなくなったりしないって約束してくれたもの) 暗示のように繰り返す。 それは、もう何十回、何百回も繰り返した言葉。 しかし、いくら繰り返しても全く効果がないばかりか、段々と不安は不満を押しのけ心の全てを占めようとしていた。 ピーッ!と、ヤカンが湯気を噴き出し、ティファは物思いから現実へと引き戻された。 慌てて火を消すと、用意していたドリッパーへフィルターを装着すると挽きたての豆を入れ、湯を注ぐ。 コーヒーのコク高い香りが鼻腔をくすぐり、ティファはホッと息を吐き出した。 思っていた以上に身体に力が入っていたようだ。 ヤカンを置き、ドリッパーを外してコーヒーをカップに注ぐと湯気の立つそれを口元に持っていった。 一口啜る。 熱いコーヒーが身体全体に染み渡るような心地に、自分がどれだけ冷え切っていたのか、初めて知った。 クラウドのことが不安で自分が見えなくなっている。 ティファは1つ溜め息をつくと、そっとカウンターから出てスツールへ座った。 湯気を顎で受け止めながら、ぼんやりと窓の外を見る。 薄紫色とオレンジ色が混ざり合ったグラデュエーションは実に美しく、静謐な街を彩っている。 あとほんの数十分で太陽が顔を出すだろう。 いつもならその1日の始まりにどこか心浮き立つのだが、しかし全く心が動かない。 弱い自分になけなしの強がりが飲み込まれそうになる感覚がシンシンと胸の奥底から顔を出そうとしている。 ティファは頭を振ってコーヒーを啜った。 「今日こそは連絡があるかもしれないし」 声に出してみると、本当にそうなる気がしてティファは1人、うんうん、と頷いた。 「まずは、デンゼルとマリンのために朝ご飯を作るでしょ。それから、掃除をして、洗濯して。それから……電話してみようかな」 クラウドが仕事に行ってから、ティファは1度もクラウドの声を聞いていない。 電話をしなかったのではない、留守電になったからだ。 メッセージは残していたが、彼から折り返し電話がかかってくることはなかった。 メモには電波の悪いところへ行くから…とあった。 なら、メッセージを残していたのにクラウドから連絡がなくても何の不思議もない。 「もう。今どきどこよ、携帯の電波が届かないところって」 もう1度、声に出してみる。 今度はクラウドへの愚痴にした。 クラウドに”ちょっと怒っている”ということにすれば、なんとなくもう少しだけ元気が出てくる気がしたのだ。 期待通りとはいかないが、それでも少し元気が出てきた気がして、ティファは、うんうん、とまた頷いた。 うん、今日も大丈夫。 この調子ならきっと、デンゼルとマリンの前でも笑っていられる。 それに、もしかしたら本当に連絡があるかもしれないし、帰って来てくれるかもしれない。 もしも…、とティファの思考はクラウドが帰って来たらという想定の話へ飛ぶ。 もしも帰って来たら、とりあえずお説教だよね。 メモ一枚残しただけで仕事に行くなんて酷すぎる。 せめて前の夜に言っててくれたら見送れる時間に起きたのに。 こそこそと出かけなくちゃいけない仕事だったの? 子供たちもすっごくビックリしたし、どれだけ不安だったと思ってるの? まったく、私たちのことなんだと思ってるわけ? ここでピタリ…と思考が停止する。 私たちのこと……なんだと思ってるの? ”私のこと”どう思ってるの? それは、絶えず胸を過(よ)ぎる黒い思い。 私が生きていたから私と一緒に過ごしてるだけで、もしも”彼女も”生きていたら、クラウドは一体”どっち”と一緒に生きることを選んだんだろう…? 考えても仕方ないことだし、もしも仮に、クラウドへこの質問を投げかけて”彼女”と答えたとしたら、どうしたら良いというのだろう? 別れる?いや、まさかそんなこと出来るはずがない。 別れたくないという理由からではなく、この場合は”子供たちがいるから”だ。 子供たちがいるから離れて暮らすことなど出来ない。 あの小さい胸をどれだけ痛めつけることになるのか、想像に難くないではないか。 なら、離れて暮らすことなど絶対に出来ないし、かと言って”聞かなかったこと”にしてバカな質問をする前と同じようにも暮らせない。 ギクシャクと居心地の悪い空気が絶えず流れるようになることは目に見えている。 だから聞けない。 だが、ずっとずっと、このことはティファの胸に鋭い棘となって突き刺さり、ひょんなときに引っかかって痛みを思い出す。 「あ〜…私のバカ…」 折角、空元気が出てきたと言うのにこの体たらく。 ズルズルとしているのはクラウドだけではなく、今はそれこそ自分の方こそがズルズルしている。 思わずカップを手にしたままカウンターへ額を押し付け、うな垂れた。 自己嫌悪と包みきれない不安。 グルグルと回る不吉な予感。 どうにかして負の螺旋を断ち切りたいのにその術がない。 その術を知らない。 だからティファは蹲ってる。 蹲って、それでも足掻こうと何かを必死に探して…。 自分の中に何があるのか、何が出来るのか、今日は何をすべきなのかそれらをごちゃごちゃと考えていたから、突然、ドアベルの音が鳴ったときには心臓が口から飛び出すのではないか!?というくらいに驚いた。 勢い良く振り返ったティファの目には、今まさに上った陽光を背に受け、逆光に立つ1人の人影。 眩しさに目を細めながら、それでもその慣れ親しんだ姿は見間違いようがなく、だが、逆光のせいかあまりにも非現実的過ぎて脳が、身体が、心が凍結したように動かない。 一方、クラウドはようやく帰って来た我が家のドアの施錠を解き、歓喜に打ち震える胸を宥めながらそっと押し開けたその目の前のカウンターに、まさかティファがいるとは思いもしなかった。 朝陽を浴びて自分を凝視する愛しい人の姿は、まさに神々しく輝き、浮かび上がって見えた。 放心状態は一瞬。 「…あ…」 ティファが何事かを言おうと声を漏らした。 その吐息にも似た声にクラウドは突き動かされた。 大股でティファへ近づくと勢い良く、思い切り抱きしめた。 瞬間、懐かしい彼女の香りと温もり、柔らかさに乾いていた魂が一気に潤いを取り戻す。 せわしなく彼女の背を撫で、抱きしめてその首筋に鼻を押し付け、全身でティファを感じる。 ティファはと言うと、朝陽と共に帰宅したクラウドを彼だと脳がしっかり認識すると同時くらいに抱きしめられ、目を白黒させた。 骨が軋みそうなほどの力で抱きすくめられ、思わず痛みに顔が歪んだがそれでもせわしなく背を撫でるクラウドの動きに身体の心から疼きがこみ上げる。 あぁ…やっと帰って来た! 本当に……、幻じゃなくて!! 喜びが全身を駆け巡り、涙腺を刺激する。 しかし、ここでティファは少し意地悪をすることにした。 散々、心配かけたのだから…という不満が、余裕の出来た心に生まれたのだ。 「クラウド」 こんなに心配かけて…、怒ってるんだからね。 そう続くはずの言葉は、しかし言葉にならずに喉の奥で止まった…。 せわしなく動いていた彼の手はいつの間にかひたすら抱きしめるだけになり、密着する身体は微かに震えている。 そして…。 途切れ途切れの吐息は不自然なリズムを生み出し、何かを堪えるような小さな呻きは……。 クラウド………泣いてる……。 あのクラウドが、声を殺して泣いている。 それは筆舌しがたい衝撃となってティファを襲った。 小さく小さく震えているその背にゆっくり手を回し、何度も何度も背を撫でる。 片腕をクラウドの後頭部へ移し、頭を撫で、力いっぱい抱きしめた。 いったい、この5日間で何があったのか。 それを確かめる気持ちはもうティファにはなかった。 どんな理由であれ、ティファやユフィに真相を知らせなかったのはきっと、そうすることが最善だ、と皆が判断したからだろう。 そして、その皆の判断の中にクラウドも入っているのだ。 (ごめんね…) ティファはそっと心の中で謝った。 何をくだらないことで悩んだのだろう…と。 クラウドが”どっち”を選ぶかなど、どうして思ったのだろう? (ごめんね…クラウド) その前に、ちゃんと自分は気持ちを真剣に伝えていないではないか。 今、心に大きな傷を抱えて帰って来た愛しい人にどうするべきなのか。 どう手を差し伸べ、包み込み、痛む傷を癒せば良いのか。 自ずと分かる。 その方法は、あの数ヶ月前、まさに自分がほかならぬクラウドにして欲しかったことなのだから。 ティファはしがみつくようにして身を震わせ続けるクラウドの首筋に頬を摺り寄せ、そっとそっと…囁いた。 「愛してるよ、クラウド。帰って来てくれてありがとう」 そう言った途端、ティファの双眸から涙が溢れ出した。 後から後からとめどなく流れる涙を、だがティファは微笑みながら流れるままにし、ようやっと解き放たれた思いに酔いしれた。 一方、クラウドはティファの囁きに目を見開き、思わず力を緩めて身体をほんの少し離すと至近距離で微笑むティファを見つめた。 そうして、朝陽を浴びながら腕の中で微笑む彼女に釣られるようにして涙顔で笑みを模ると、極々自然に唇を合わせた。 最初は軽く触れ合うように…、そうして徐々に角度を変えて熱を交わす。 「ただいま」 口付けの合間に囁いた声は、ちゃんとティファに届いていた。 胸を激しく震わせながら、ティファも口付けのちょっとした合間にそっと囁き返す。 「おかえり…。帰って来てくれて本当に嬉しい…」 ティファの温もりと言葉、その存在全てでクラウドは胸の奥底にまで焼きついた傷が癒されていくのを感じていた。 (…あの子にも…感じさせてやりたかった…この温もりを…) 『大丈夫。ちゃんと温かいよ』 耳に流れ込んだ幼子の声にハッとして口付けをやめる。 頬を上気させたティファが不思議そうに小首を傾げた。 クラウドはまた一筋、涙をこぼしながら今度こそ本当に幸せそうに満面の笑みを浮かべた。 「俺も……愛してる」 ティファの瞳が歓喜に輝く。 それを見てまたクラウドは唇を寄せた。 大丈夫、大丈夫。 ちゃんと届いていた…、届いている。 どのような形で生まれた命でも、ちゃんと繋がっている。 これからも色々くだらないことで不安になったり、様々な問題に巻き込まれるだろう。 しかし、きっと大丈夫。 暗い夜道を1人歩くかのような時も、いつか必ず暁の光によって照らされるのだから。 「デンゼルとマリンに謝らないとな」 「ふふ、そうだよクラウド。とっても心配したんだから」 「だよな…」 「でも、こうして帰って来てくれたことが大切なんだから、大丈夫だよ」 「……そう言ってもらえると助かる」 「でも」 「ん?」 「次はないんだから!今度は私も着いて行くからね」 「あぁ…でも、次がないことを願うよ」 「あ、それはそうだね」 顔を見合わせて幸せそうに笑いあって、そうしてまた口付けを交わして…。 セブンスヘブンの住人が勢ぞろいした朝食を囲むのはそれから約1時間後。 * 「それにしても、ほんとに無茶やったわよねぇ」 「でも、意外と上手くいったよね。やっぱり私のお陰じゃない?」 「それを言うならデータを完璧に整えた私のお陰でしょうが」 「でも、博士を完璧に取り込みながら本体に同化して”毒”の効果を出した私にこそ功績があると思うけど」 「『功績』ってアンタ、よくそんな小難しい言葉を……って、まあ、私やあのバカたちを吸収してたらそれくらいの知識はあるか」 「バカって?」 「博士連中よ」 「仲間じゃないの?」 「冗談!悪趣味の変態オヤジなんか仲間じゃないっつうの。それくらい、同化したんだから分かりなさい」 「今は分裂してるも〜ん」 「…なにが『も〜ん』よ、可愛くないから」 「む〜…」 「それにしても…。あの中佐に軍曹たち、中々骨のあるイイ男だったわね。勿論英雄も。生きてるときに会えなかったのが残念だったわ〜」 「会ってたらどうしたの?」 「ふっふっふ。そりゃあ、色々とね〜」 「…会わなくて良かったって思ってるよ、きっと」 「アンタ、マジ可愛くないわね」 「だって、すごくお人よしの人たちだよ?博士が生きてる時に会ったらあっという間に手の平で転がされて、グルングルンになってるところに止めの一発を刺されて終わっちゃうよ」 「なによその『グルングルン』から先の妄想は。でも、お人よしっていうのは確かにねぇ」 「私たちアビーが『死者の意識を取り込むとどういうわけか毒になる』っていう特質、博士が生前残してたからあの研究室に入れないっていう完璧な説明、クラウドさんにしなかったもんね」 「まさか、”静電気”を張り巡らせているからアビーが入れないっていう陳腐な説明を信じるとは思わなかったわ。クラウドっていう英雄は、男前だけどちょっと頭が足りないわねぇ」 「そんなことないもん!…静電気は本当だったじゃん。まぁ、”死者の意識が電気を通して”いる状態っていうのは抜けてたけど」 「まぁ〜、というわけで、まさか”心変わりした”アンタが、私を取り込めるようになったとは、アビー本体も他の精神体も知らないことだし想像すらしない…と」 「完璧すぎる”毒”になったよねぇ、私たち」 「緊急ハッチもあの中佐が開けてくれたお陰で、水は馬鹿みたいに手に入ったし〜」 「暴発させるための水圧とかもうバッチリだったよね」 「うん、流石、私が弟子にと見込んだだけのことはあるわ」 「身体の方もあと少しで回復しそうだしね。でも、無理しないでゆっくりしてくれたらイイのになぁ、これを機会に」 「フフフ」 「なによ、気持ち悪いなカロリエ博士」 「失礼な」 「んで?なんで笑うわけ?」 「うんにゃ、アンタもすっかり”人”だね」 「そう!?ほんとに!?」 「そうそう。ほら、そろそろ行くよ。ゆっくり星に溶け込んで、旅をして…それからようやっと、今度こそ幸せな人生を歩くために生まれるんだから」 「うん!って…あれ誰?」 「はぁい、こっちこっち!ザックス、アンタも手を振って」 「おうよ!ドクターカロリエ、C−6…ってちょっと呼びにくいけど、こっちこっち」 「ドクターカロリエ、C−6ちゃん、本当にありがとうね!」 「本当になぁ、うちの子がお世話になったよ」 「ザックス…、いつからクラウドはアナタの子供になったわけ?」 「いや、弟だと思ってる」 「……まぁいいわ。はい、2人ともこっちこっち。きっと素敵な旅が出来るからね」 「俺たちも…、まぁ旅の途中ではあるんだけど、寄り道しまくりでさ。それよか、ちょっとで良いからクラウドとアイツの友達の話、聞かせてくれない?」 「ザ〜ックス!そんなことしてたらまた旅が遅くなるでしょ!?」 「とか言いながら、実はエアリスだって聞きたいって思ってるだろ?」 「ほっほっほ。まぁね〜」 「「……(誰、この人たち)」」 「あ、私はエアリスで…」 「俺がザックス」 「クラウドの友達なのよ〜」 「そうそう。もうアイツのことが心配で心配で…」 それは、静かなはずの星の中で賑やかに華やぐ”とある一角”での出来事…。 あとがき(もどき) あぁ、結局我慢出来ずにザクエア出しちゃった…(笑) 他のアビーとか博士連中がどうなったのかはご想像にお任せします。 |