暁光 13(完結)苦しい。 痛い。 悲しい。 憎い…。 負の感情に包み込まれ、クラウドの精神は悲鳴を上げた。 自分のものではない感情がどっと流れ込んでくる。 流れ込んでくる感情に合わせ、見知らぬ人間の顔が次々と閉じた瞼の裏に浮かび上がった。 苦痛に歪んだ顔、恐怖に引き攣った顔、怒りと絶望に覆われた顔、憎しみをたぎらせ全てを呪った顔、顔、顔…。 目を閉じているのに映し出されるその姿はまさに奔流となってクラウドの精神を狂気へと押し流そうとしていた。 脳が、心が、魂が浸食されていく感覚…。 この感覚は覚えている。 二年前の戦いの最中、落ちてしまったライフストリームでの状況に酷似していた。 酷似しているというよりも、再現された状況と言い換えた方が良いだろう。 まさしく、クラウドはライフストリームの大海に放り込まれたちっぽけな木の葉のような存在だ。 右も左も上も下も分からない。 分かるのは、自分が守りたいと切実に願っている”存在”から切り離されそうになっているということだけ。 (イヤだ!) 頭を抱え、身体を苦痛と苦悩に折り曲げて悶絶しながらクラウドは悲鳴を上げる。 (イヤだ!まだ……まだ死にたくない!!) その叫びはだがしかし、声にならずにクラウドの中で止まり続けて積もっていく。 どんどん溜まる負の感情、目前に迫る死の恐怖、理不尽な運命への怒りと絶望…。 精神面での苦痛のみでは終わらない。 肉体的にもクラウドは悲鳴を上げていた。 身を捩っても逃れられない激痛は全身をくまなく蝕みクラウドを確実に死へと追いやっている…。 (誰か…!) 誰に何を縋れば良いのか分からないまま、クラウドは救いを求める。 しかし救いの手を差し伸べる者は誰もおらず、足が、背中が、腕が手が、全身がまるで熱湯の中に放り込まれたように激しい痛みを伴いながらただれていく感触に神経が焼き切れ、気が狂いかけた。 と…。 それらの圧迫からクラウドは突然、何も無い空間へポン…!と放り出された感触がした。 文字通り、何も無い。 とめどなく流れ込んでいた他人の感情も、身体を蝕んでいた苦痛も、綺麗さっぱり無くなった。 突然消えたあらゆる苦痛からハッと目を開けると、クラウドは真っ暗な闇の中、ポツン…と立っていた。 見渡しても何も見えない。 真っ暗な闇はクラウドの瞳に彼自身の身体すら覆い隠している。 鼻先に手をかざすことでかろうじて薄ぼんやりと闇に浮かんで見える己の手に、クラウドはホッとした。 ここがどこか分からない。 とうとう完全にアビーに喰われてしまったのか!?と、一瞬ゾッとするが、それにしては身体が残っているという事実に慌ててその可能性を否定する。 突然、目の前に一筋の光が差し込んだ。 まるでスポットライトのようにクラウドの回りだけがポカリ、と闇の中に浮かび上がる。 目を瞬き、驚くクラウドの目に更なる変化が現れた。 目の前にもう1つの光。 同じくスポットライトを浴びているように闇に浮かび上がったその人を見て、クラウドは目を見開いた。 スラリとした肢体は華奢ですらあるのに、格闘技を繰り出す俊敏さを兼ね備えた身体に整った顔(かんばせ)。 見間違えようが無い彼女に、クラウドは驚き戸惑った。 何故こんなところに? まさか、連絡が途絶えてしまったことで焦ったリーブが、約束を破ってティファへ伝えてしまったのか!? ありえるその可能性に焦燥感がこみ上げる。 こんな場所にまでティファが来てしまった。 絶対に彼女にはこんな思いを味わわせたくないというのに…もう2度と! 二年前の旅でティファはイヤというほどライフストリームに落ちる恐怖を味わったのだから。 そんなことを一瞬の間に考えながら、クラウドの目はティファの顔から離せなかった。 その彼女の薄茶色の瞳には涙が溢れ、今にもこぼれそうだった。 おののく薄紅色の口紅は、何を恐れているのだろう? 『クラウド』 唇が震えながら開き、言葉をかたどる。 こんな時だと言うのにクラウドの全身に歓喜の震えが走った。 もう随分ティファの声を聞いていない気がした。 『クラウド……酷い』 吸い寄せられるようにティファへ手を伸ばしかけたが、”酷い”という涙ながらの訴えに冷水を浴びせられた思いでビクリと止まる。 ドクッ!と心臓を縮み上がらせると、クラウドは慌ててティファの元へ駆け出した。 いや、駆け寄ろうとしたのだがどういうことか足は重く、上がらない。 ハッと足元を見ると、両足は真っ黒な闇色の中にはまり込んでいるばかりでなく、その中から伸びた無数の小さな手が両足に絡みついていた。 ギョッとして全身に悪寒が走り抜けたクラウドをあざ笑うかのように、闇の中からじわりじわりと白い顔が浮かび上がってくる。 まだあどけない年頃の少年少女。 しかし、その表情はあどけないというものからかけ離れ、おぞましさと恐怖しか与えない。 思わず息を飲み込み顔を上げると、ティファの姿ははるか向こうへ遠ざかり、悲しげな瞳を潤ませながら小さく小さく消えていった。 待ってくれ! 喉が破れんばかりに叫ぶ。 だが、声は出ない。 ただ喉の奥からヒューヒューと空気が漏れる音がするだけ。 その間も子供たちはクラウドの下肢に群がり、ズルズルと這い上がろうとしている。 『よくも…』『よくも』『よくも』 『私たちの邪魔をしたな』『僕たちの邪魔をしたな』 『絶対に許さない』『絶対に逃がさない』 『今度こそ』『今度こそ』『今度こそ』 『喰ってやる』『喰ってやる』『喰って』『喰って』『喰って』 『お前を喰って、あの女も喰ってやる』 『お前の顔』『お前の容(かたち)』 『お前の姿で』 『お前の家に行けば』 『あの女は私たちのもの』『あの女は僕たちのもの』 アビーが吐き出す呪いの言葉にクラウドは悲鳴を堪え、必死に身を捩りって振り払おうとするが、ベタリベタリと張り付く少年少女を引き剥がすことが出来ない。 腹、背、腕、肩、首。 次々とアビーが這い上がる。 そうして…。 『さぁ、お前も僕たちと1つに』 クラウドの鼻先へ上り詰めた少年が、その虚ろな瞳でクラウドを覗き込んだ。 真っ赤な瞳は濁り、底なしの闇が広がっている。 全身を恐怖が走りぬけ、必死に身を捩ろうとするが両腕にもアビーがしがみついているせいで腕が上がらない。 ”グニョリ”と音を立てて少年が口を開けた。 文字通り顔全体を口にしてバックリと大口を開けた少年は、もはや少年とは言えない。 まるでゴム人形だ。 顔全体を変形させて大口を開け、クラウドを頭の先から飲み込もうと首をグニャリと引き伸ばす。 なす術なく喰われかけたその時。 突然大口を開けた少年が身体を引き攣らせて固まった。 そのまま、クラウドの上からゆっくりと仰向けに落ちていく。 変化は少年だけではなかった。 クラウドの身体にベッタリと張り付いていた少年、少女全員が次々と四肢を引き攣らせ、硬直してボトボトと闇の中へ落ちていく…。 落ちた子供たちは闇と同化し、消えてなくなった。 ひと息をつくくらいの一瞬で、クラウドは自由を取り戻した。 全身は粟立ち冷や汗でぐっしょり濡れている。 心臓はバクバクと激しく胸を叩き、今まさに落としかけた命の存在を主張する。 せわしなく周りを見渡し、突然起こったその変化の原因を探すが何も探し当てぬまま、今度は前触れ無く足元からの激しい突き上げに襲われ上空へと突き飛ばされた。 息が詰まりそうな衝撃と空気が全身を叩く音に感触。 猛スピードで飛ばされているせいか、気圧の変化による耳鳴りがする。 ゴウンゴウン、と耳の奥で不快な音がクラウドを襲い、乗り物酔いに似た不快感に目が回る。 まったくどうなっているのかさっぱり分からない。 このまま流れにまかせるしか術はないのだが、それで良いのか、それとも最悪の結果が待っているのかそれすら分からない。 (くそっ…!くそッ!!) 何も考えられず、激しい嘔吐感に堪えるように目を硬く瞑りひたすら次の変化を待つ。 それは、クラウドにとってとても長い時間に感じられたが、実際のところ数分…いや、数秒の出来事だったかもしれない。 『ありがとう、元気でね』 ハッと目を見開く。 突然、酷い耳鳴りの音を縫うようにして聞こえてきた少女の声。 姿を探すが少女の笑顔はそこにはなく、影すら見えない。 思わず暗闇へ伸ばした手はなにも掴まず、クラウドは少女の名を呼びながら意識を光の中へと飛ばしてしまった…。 * 突然の激しい揺れに襲われたとき、後続部隊とバレットたち英雄は、丁度1階へ辿り着いたところだった。 3階から1階へ、神経が張り裂けそうな緊張を孕みつつ向かった工程は、しかし拍子抜けするほどなにもなかった。 だが、それが逆に隊員やバレットたちを更なる緊張へと追いやっていた。 電気による明かりは当然切れており、全員が腕に装着している簡易電灯を使用している。 そのせいで視覚的にも緊張感は半端なく、全員の神経を蝕んでいた。 不意を突いて、アビーの手下である変異したオルトロスが襲い掛かってくるのではないか? いや、今しも天井や壁、床がボコリと変形し、子供の形をしたアビーが行き先を阻むのでは!? その可能性にバレットや隊員たちは戦々恐々としながら薄暗い階段を駆け下り、1階へ生存者が全員辿り着いたとき、その極度の緊張は限界に達していた。 自分たちは一体どうやってこの監獄島から脱出したら良いのだ!? WROとの連絡手段はアビーによって阻まれてから一度として試していない。 もしも通じなかったら、自分たちは脱出する術がない。 その事実に愕然としたとこへ、建物全体を崩落させてしまうほどの大地震が襲ったのだ。 バレット、シド、そしてナナキはその激しい揺れの中、必死に隊員たちへ冷静になるよう声を張り上げたが、かろうじてその声を耳に拾った者は極々僅かだった。 立ち上る砂埃はすさまじく、ほんの1メートル先も見えない。 それが更なる混乱を招いていた。 悲鳴とパニックによる発砲の銃声。 大地震による建物の崩落する轟音を縫って聞こえるそれら阿鼻叫喚は、悲惨な任務を更なる苛烈な色合いに染め上げ、シドたち英雄をも飲み込み、混乱と絶望の只中へ押しやった。 しかし…。 「くっそぉー!!って、うおっ!?」 落ちてきた天井のカケラ。 それらを払いながら必死に指揮を取ろうとしていたシドは、突如、瓦礫や砂埃を突き破りながら飛び上がってきた”それら”に目をむいた。 文字通り、床を突き破って宙に躍り出た先行部隊……仲間の姿に、構えかけた槍をその手に握ったまま、目をひん剥いて固まる。 突き破って飛び出した”仲間たち”によって砂埃のカーテンは払われたが、すぐ濛々と立ち込めシドの視界を覆ってしまった。 慌てて駆け寄ろうとしたが、足元はいまだ激しく揺れている上、積み重なる瓦礫に変形する床。 その上まともに目を開けていられない状態で探し当てるのは困難だった。 それに、崩落の音に混じってなにやら重いものが動く音がした。 同時に、頼りない腕の簡易電灯の明かりよりも広い範囲を照らす明かりが、立ち上る砂埃を通して視界に飛び込んだ。 シドは何の音だったのかを理解すると、光へ向かって走るよう声を張り上げた。 1階の大扉がどうして開いたのか。 もしかしてアビーの罠かもしれない。 それらの疑問や疑念がなかったわけではないが、このまま建物にいれば確実に全員助からない。 ならば、せめて視界が晴れる場所へ逃げ込むしかない。 シドは己にそう言い聞かせ、自身も出口へ向かって走り出した。 一方。 ヴィンセントは驚愕のあまり固まるシドの鼻先で宙返りを1回披露した後、シドには目もくれず同じく飛び上がった先行部隊のWRO隊員たちへと走り寄った。 そうして、グッタリと倒れこんでいる青年隊員の息を確かめると厳しい顔を上げ、丁度目の前で大混乱に叩き落されている後続部隊の隊員へ傍らに落ちていた手ごろの瓦礫を投げつけたのだ。 手首のスナップを利かせた一撃によって仰け反り、苦痛に呻く隊員へヴィンセントは鋭い眼光を突き刺した。 「それでもWRO隊員か?パニックになるのは全部終わってからにしろ」 建物の激しい崩落の轟音を縫って届く低い声に、隊員がハッと我に返る。 正気を取り戻した瞳を見て取りながら、ヴィンセントは意識のないグリートを背負いつつ立て続けに指示をした。 「パニックしている奴らを殴ってでも正気に戻せ!ここから出るぞ!」 あたふたとその命令に従う隊員を、ヴィンセントはもう見向きもしないで走り出した。 「ヴィンセント!」 「ナナキか」 「うん!良かった無事で!おいら心配で心配で」 「そっちもかなり大変だったようだな」 「うん、でもシュリが調べてくれた”毒”の攻撃のお陰で最初は上手くいったんだ。でもすぐに変異しちゃったけど…」 「そうか」 「あの研究室の資料、全部解読出来たら良かったんだけど…」 「それは無理だな。時間もデータも何もかもが足りない。それに…」 「…うん。もしも時間とかデータが揃ってたって、シュリは全部破壊しちゃうよね」 「あぁ。あいつはこういう”命を軽んじた行為”が最も許せないからな」 「おいらたちも許せないって思ってるけど、シュリの場合はまた別格だよね」 いつの間にか併走していたナナキにヴィンセントは顔色を変えず淡々と応えた。 いつも通りの仲間の態度にナナキはホッと隻眼を細める。 「そう言えばヴィンセント、みんな大丈夫?シュリとかは?」 「……大丈夫だ」 曖昧な言い方などしないヴィンセントの歯切れの悪い口調にナナキは気づいたが、しかし気づかぬ振りをしてひた走った。 「全員、構え!!」 ヴィンセントがナナキと共に大扉から飛び出したとき。 シュリが部下を従え、目の前に広がる熱帯雨林へ攻撃の指示を下していた。 鬱蒼と茂る木々の合間から、オルトロスが群れを成しているのが見える。 恐怖に駆られ、パニック状態から脱していない隊員たちがいる中、正気をかろうじて保っている隊員たちにより隊列が組まれていた。 しかしそれは、とても弱々しくヴィンセントの目に映る。 背負っていたグリートをナナキへ託し、自分も戦うと主張する隻眼の仲間を無視してヴィンセントは隊列の最前列へ躍り出た。 シュリの隣で銃を構え、号令を待たずに発砲した。 それが合図になる。 一斉に発砲する隊員たちの前に、オルトロスはその不気味な姿を樹木の陰から踊り現し、そうして着弾による血飛沫を上げながら次々と倒れていった。 しかし、数はまだ減らない。 弾にも限界がある。 既にある隊員は持分が無くなり、恐怖から腰を抜かしている隊員より調達していた。 鈍重な動きで銃弾を前に怯むということを知らず、その身を晒すバケモノはまるで地獄から這い出てきた亡者のようだ。 果ての見えない戦い。 いや、”こちら側”が精根尽きて敗北するという未来しか見えない悪あがきのような抵抗に、隊員たちは勿論、シドもバレット、そしてナナキも死を覚悟した。 覚悟しながらも、隊を崩さないよう休むこと無く攻撃を続け、大海に向かって出来る限り迅速に移動する。 一箇所に止まって動かないのはそれこそ自殺行為だ。 島は切り立った断崖絶壁、下は荒れ狂う海。 飛び降りたとしても海面に叩きつけられて死んでしまうだろう。 しかしそれでも、もしかしたらという一縷の希望は捨てない。 WRO本部の視点で考えると、後続部隊が連絡を絶って丸1日はとうに過ぎているはず。 ならば、何らかの策を講じているだろう。 その時、速やかに本部の結成した本隊と合流しなくてはならない。 だが、本当に本部は動いているだろうか? 自分たちの報告を、もう少しだけ待つという姿勢でいたら…? 不安と恐怖は絶え間なく襲い掛かり、思わず気持ちが屈しそうになる。 しかし、それを一蹴するかのようにこの場の司令官が声を張り上げた。 「あと少しで片がつく!全員、持ちこたえろ!!」 この1週間の潜伏により、彼の頬はやつれ、目の下にはくまがあり、顔色は蝋のように白い。 だが、その目は1つの衰えも見せず、ただ目前の敵に向かって鋭く向けられ、勝利を確信しているように見えた。 そしてその隣ではヴィンセントがいつもと変わらないすまし顔で淡々と銃を撃っている。 2人とも何かを待っているようだ。 そのことに気づいたとき、けが人へ応急処置を施していたシドとナナキ、隊列に加わって機関銃を撃ちまくっていたバレット、数名の隊員は萎えそうになる心を奮い立たせ、青年中佐の言葉を大声で繰り返した。 オルトロスが雨のような銃撃を潜り抜けて隊列の前で躍り出たときは、ナナキが俊敏さを生かして撃退する。 シドも負けてはいない。 けが人の応急処置をあらかた済ませると、ここにいないクラウドのことを案じながら、空高く跳躍して槍での攻撃を繰り出す。 そうして。 血なまぐさい空気が辺り一体に立ち込め、銃弾がとうとう底をつきかけたとき、待っていた変化が訪れた。 最初は”ガー…ガー”というノイズのみ。 しかし、すぐそれは明確な”声”となって耳にはめ込んだイヤホンから流れ出した。 『誰か、応答せよ…こちら、WRO本隊最高司令官リーブ。誰か応答を』 驚愕に目を見開き固まった後、全員の中に希望が生まれた。 アビーによる錯乱攻撃かもしれない、とある者は一瞬恐れたが、しかしそれは無用の心配だった。 誰かが暁の空と海をそれぞれ指差す。 夜明けの陽光が広がる空と大海に、それぞれ小さな黒い点のようなものが浮かんでいた。 それは徐々に大きくなり、見間違えようが無いほどになったとき、歓喜が爆発的に駆け抜けた。 水平線の向こうに神々しく輝く太陽が顔を出したとき、空と海からWROの援軍が到着すると戦局は一気にWRO側へと傾き、呆気ないほど決着がついた。 それは、監獄島に後続部隊が突入されてから2日目に当たる夜明けのことだった。 * 誰かが眠っている自分の周りでボソボソと話している声がする。 クラウドは重いまぶたをこじ開けようとしたが上手くいかなかった。 どうにもこうにも、身体が鉛のように重く、指先すら動かせない。 「クラウドの野郎、本当に大丈夫なのか?」 「はい、医療班の話しでは、”酸”らしきものによる火傷はちゃんと治る…ということでしたし、目を覚まさないのは極度のストレスと…過労せいということですから」 シドの心配そうな声と、それに応えるリーブの落ち着いた声が聞こえた。 「それにしても、あの監獄、いきなりぶっ飛んだけど本当にWROの攻撃じゃないのかよ?」 バレットの少し落ち着かない声も聞こえる。 しかし、クラウドは仲間が傍にいるということよりもあの建物が吹っ飛んだという話の方に気を取られた。 「えぇ…違います。むしろ私としては粉々に吹っ飛ばすのではなく、完全に制圧してからくまなく調査したかったのですけどねぇ。それも叶わなくなりました」 「だよなぁ。まさか島ごとドッカーンッ!ってなるとは思わなかったし…」 溜め息混じりのリーブに対し、シドは諦めきった声でハハハ、と力なく笑った。 跡形も無く消し飛んだという話しに、C−6の笑顔が浮かんで消えた…。 「まぁまぁ。無事だったんだし良かったよね、本当に」 「命あってのものだねだからな」 宥めるナナキに珍しくヴィンセントが同意するかのように口を添える。 「にしても…、こいつが海に浮かんでたときはマジでびびったな」 「そうですよねぇ。まさか、謎の発光原に浮かんでるとは…。あれがなかったらクラウドさんを見つけることは出来なかったかもしれません」 「まったくだ。きっと、エアリスが助けてくれたに違いねぇぜ」 シドとリーブ、そしてバレットがしみじみと口にした話に、クラウドは心の中でそれを否定した。 最後のあの瞬間、耳にそっと届けられた少女の声が再び鼓膜に蘇る…。 助けるつもりで島から連れ出そうと足掻いたのに、結局、最後の最後まで世話になってしまった。 アビーの腹の中で吸収されそうになったあのとき、前ぶれなく子供の姿をしたアビーが消えたのは、C−6が助けてくれたからに違いない。 一体なにをしたのか具体的には分からないが、C−6はアビーの精神体として”異物”になってしまったと彼女自身が言っていた。 なら、”異物”として強引にアビーの本体へ戻ったとしたら? アビーは”異物”を取り除こうとしたはずだが、もしも取り除くことに失敗したらそれは”毒”になるのではないだろうか? そう解釈すると全てに説明がつく気がする。 もっとも、大まかなところでは矛盾も生じるだろうから、そこのところはもっと頭の良い科学者や…それこそシュリ辺りが考えてくれたら良い。 誰かが間近で顔を覗き込む雰囲気に、クラウドは眉間にしわを寄せた。 大切な仲間とは言え、ティファや子供たち以外に顔を覗き込まれても嬉しくない。 「お?クラウド、意識が戻ったか?」 表情が動いたことでシドが明るい声を出すと、バレットとナナキ、そしてリーブが身を乗り出すようにしてクラウドへ視線を注いだ。 「……あ…」 声を出そうとした途端、喉が焼け付くようにひりつき、軽く咳き込んだ。 水、水!と、ナナキが慌てて離れる気配と、「お前、どうやって水を飲ませてやるつもりだ?」という、ヴィンセントの実に冷静な突込みが聞こえる。 「クラウドさん、大丈夫ですか?」 そっと目元を冷たい何かで拭われた感触に、クラウドは渾身の力を込めて重い瞼をこじ開けた。 まず見えたのは差し込む陽光。 次に見えたのは、その陽光を背に負う仲間達の泣き笑いの顔。 「よっしゃー!!」 目を開けたクラウドにバレットが大声を上げてガッツポーズをし、シドはズズッと鼻を啜った。 ナナキは目を細めて笑い、リーブも心底ホッとした顔をした。 そうしてヴィンセントは、いつもと全く変わらない無表情を保ったまま、黙って吸い飲みを差し出したのだった。 そして今…。 クラウドはWROの飛空挺で2日目の朝日をデッキから眺めている。 家を出て4日目の朝だ。 昨日、大海に漂っているところを拾われてから丸々一日はベッドに縛り付けられていたが、こうして身体を起こしても平気になっているところを見ると、やはりジェノバ細胞が何らかの形で身体に息づいているのだろう…と妙に納得してしまう。 昨日目を覚ましてから今回の任務の結果を大まかに聞いた。 まず、シュリは宣言どおりWRO本隊が到着し、生存者が全員本隊と合流したのを見届けてから倒れた。 それはもう、ある意味見事な倒れっぷりだった…とバレットは言った。 次に、どうやってリーブがここまでやって来たのか。 実は、監獄島の空域に突入した時点で既に後続部隊との連絡が取れなくなったのだという。 もう少し状況を見極めてから本隊を動かすべきだという多数意見を押さえ込み、リーブはすぐに出立したそうだ。 その際、ティファとユフィに状況を説明するか否かでこれまた揉めに揉めたが、これも最終的にはリーブが『約束を守る』と主張し、最悪の結果を見届けるまでは知らせない、と当初の予定を敢行したそうだ。 そして最後に、今回の被害について。 生存者は79名で、そのうち負傷者は重症軽症も含めて70名、死者は21名。 激烈な戦いであったにも関わらず、この程度で済んだのは奇跡だ、とリーブは言った。 しかし決して、嬉しそうではないWRO局長の姿に、クラウドは何故だか謝罪したい気持ちで一杯になった…。 「なにをしてる?」 低く耳に心地良い声音が飛空挺が空を切って駆ける音に混じって届く。 クラウドは振り向かずに「別に…」と口の中で呟くように答えた。 ヴィンセントはそっと隣に腰を下ろすと、やや乱暴にクラウドの頭にブランケットをドサリ、と落とした。 「死に掛けたんだ。無理するな」 もぞもぞとそれで身体を包むと、クラウドは不器用な仲間の優しさにフッと微笑んだ。 が、すぐにその微笑は消える。 「何を考えてた?」 「……別に」 「…C−6のことか?」 「……」 「気に病むな。あの子はあれが最善の道だった」 黙って何も応えないクラウドに、ヴィンセントはそれ以上突っ込んで言わなかった。 口にしたのは別のことだ。 「ところで、折角拾った命だが、覚悟した方がいいぞ。どうやらとうとうユフィが嗅ぎつけたらしくてな。昨日の夕方からひっきりなしにリーブのところへ電話をしているようだ。リーブは忙しい、とか言ってかわしていたようだがバレットやナナキ、シド、それに私のところにまで電話がかかってくるようになってる。こうなるとティファにバレるのも時間の問題だな」 珍しく、慰めてくれようとしているらしい。 しかし、それでもどうしても心は晴れない。 目の前に広がる雲海は朝の陽光を受けてキラキラ輝き、大自然の雄大さとこの星の美しさ、力強さを惜しみなく見せ付けていた。 「ヴィンセント」 ヴィンセントは紅玉の瞳をクラウドへ向け、その横顔を見た。 少しこけてしまった頬、疲れた瞳。 何より、傷ついたその瞳の色合いは、見ている者の気持ちをかき乱す。 「あの子にも…見せてやりたかったんだ。この景色を…」 「例え、生み出された目的がおぞましい存在というものだったとしても、それでも成長…というか、変化出来る存在なら幸せになる権利はあるって…そう思ったんだ」 「一緒の時を過ごして…、一緒に笑って過ごしたら…きっと…って…」 「でも…ダメだったな」 「俺はまた…助けられなかった…」 泣いてもおかしくない台詞を口にしながら、しかしクラウドの目は乾いていた。 心が傷を負い過ぎて、涙すら流れなくなってしまったのかもしれない。 そして、その傷ついた心を癒すのは自分ではない、とヴィンセントは分かっていた。 ゆっくり立ち上がると、クラウドの肩をポン…と軽く叩いて背を向けた。 「あまり身体を冷やすなよ。WROの医療施設で簡単に精密検査するまで自宅に戻れないんだからな」 そう言い残して飛空挺の中に戻った後も、クラウドはジッと目の前一杯に広がる景色を眺めていた。 今や太陽はすっかり顔を出し、新しい一日を祝福するかのようにその恵みを存分に地上へと注いでいる。 「明けない夜は無い…か…。でも、明ける前に逝ってしまったら意味ないよな…」 やるせない思いが言葉になってポツリとこぼれる。 と…。 『そんなことないよ』 思わず目を見開き、立ち上がる。 ブランケットが強風に煽られ、飛んでいくがそれに見向きもしない。 柵へぎこちなく走り寄りながら辺りを見渡す。 当然、何も無い。あるのは白い雲と遥か下方に広がる豊かな大地。 しかし…。 『ありがとう、大切に想ってくれて』 耳に届く声は確かに…。 『元気でね』 『幸せでね』 『そしたら、私も幸せで嬉しい』 笑い声と泣きたくなるくらいの愛おしさ。 その存在は確かにあって、クラウドの回りを朝日と一緒にクルクルと回りながら、やがて大気へ溶けて星に返った。 クラウドは暫く何もない中空を見つめていた。 その顔には微笑が浮かび、瞳は優しく細められていた。 そうして。 「ありがとう…」 万感の想いを込めてその一言を舌に乗せると、朝陽を全身に浴びながらゆっくり飛空挺の中へと戻っていったのだった。 家で待つ愛しい人を思い浮かべながら…。 あとがき 当初、8回くらいを予定していた『暁光』ですが、どんどん話しが伸びて10話を超え、とうとう13話にまでなってしまいました。 長丁場になりましたけど、なんとかエンドマークが打ててホッとしております。 今回は今までのお話とは違ってバンバン流血シーンはあるし、死者は出るし、おまけに救いと言えばちょこっと…というなんとも”どうなのそれ!?”的な話になってしまいましたが、どうでしたでしょうか? にしても、クラティサイトのくせに、見事なまでにクラティ要素がない!ということで、おまけを書いてみました。 こちらは読んでも読まなくても大丈夫ですので、お暇な方や、クラティ萌えを求められる方はどうぞこちらからお進み下さいませ。 ここまでお付き合い下さった皆様に心からの感謝を込めつつ…。 |