ハプニング!

「ねぇ、ティファ、お客さんが来てるんだけど…」

 デンゼルが、困惑しきった声で洗濯物を取り込んでいるティファにそう告げたのは、午後3時を少しばかり過ぎた頃だった。

「お客さん?」

 ティファはキョトンとしてデンゼルを見る。ティファを手伝っていたマリンも目を丸くしてデンゼルを見つめた。

 セブンスヘブンの開店まで、まだかなり時間がある。

 と、言う事はデリバリーサービスの方の依頼だろうか…?

 それにしては、デンゼルの様子かおかしい。何故かかなり動揺している。

 ティファは不思議に思いながらも、とまどいつつティファの手を取って1階へ促すデンゼルにおとなしく従った。

 その後ろから、マリンが興味をそそられたのか、トコトコと着いて来る。


 1階の店内に着くと、店のカウンターに足を組んで女性が座っていた。

 椅子に座っていたのではない。『カウンター』に足を組んで座っていたのだ。

 ティファは一目で相手に嫌悪感を抱いた。

 カウンターに座るという非常識さもあるが、彼女が身に纏っている雰囲気が気に入らない。

 いかにも高級そうな服にバッグ、派手な化粧、そして鼻につく香水。

 年齢はティファと同じか1・2歳上かもしれない。目鼻立ちは、まず美人の部類に入るだろう。

 金持ちであるのは一目で分かった。そして、金持ちである事を鼻にかけている、と言う事も…。

 女性は、ティファに気付くと、無遠慮な視線で明らかに値踏みをするように、頭のてっぺんから足先までを眺め回した。

 ティファの後ろで、マリンが不快気に鼻を鳴らし、デンゼルがおどおどしつつ女性とティファを交互に見やる。

 ティファは、子供達の目の前であることを強く自分に言い聞かせ、営業用の笑みを浮かべて声を掛けた。

「いらっしゃいませ。デリバリーサービスのご依頼でしょうか?」

 うん、なかなか感じの良い声で話しかける事ができたじゃない!と、心の中で自分自身を褒めてみる。

 と、そんなティファに向かって、女性は鷹揚に手を振りながら

「いいえ、違うわ」と、さもつまらない、といわんばかりの口調で返してきた。

「え、と、では、どういったご用件でしょうか?」

 さりげなく女性に近づき、カウンターの椅子を引いてみせる。暗に、椅子に座れ、と言っているのだ。

 女性は、ティファの言わんとすることに気付くと、思い切り不快気に眉を寄せた。

 ティファは、それに対して完全な無視で応酬すると、「コーヒーが良いですか?それとも紅茶をお煎れしましょうか?」と、カウンターの中に入っていった。

 女性は不機嫌に「結構よ!」と言い放ったが、ふと考える表情をして「やっぱりコーヒーを頂こうかしら」と、ティファの引いた椅子に腰を下ろした。


 マリンとデンゼルは、ハラハラ、ドキドキしながらこのやりとりを、固唾を呑んで見守っている。

 カウンターの中で、ティファがコーヒーを煎れる間、女性はティファの動作一つ一つを黙って見つめていた。

 まるで、何か落ち度がないか監視しているような目だ。

 いや、実際、彼女はティファを品定めしているのだ。

 嘗めるようにティファの動作を観察し、差し出されたコーヒーを胡散臭げな目で見やる。

 そして、たっぷり時間をかけて香りを嗅ぎ、一口飲み込んだ。


 ティファはもちろん、デンゼルやマリンも、この突然の来訪者のおかげで、非常に重苦しい気分を味わわされていた。

 出来る限り早く用件を聞き出し、お引き取り願いたい。

「ふーん、なかなかのものね」

 コーヒーを飲んで女性がそう評した。

 言葉とは裏腹に、ティファの煎れたコーヒーが美味しかった事が気に入らなかったのは明らかだ。

「有難うございます」

 ティファは、腹立たしく思いながらも、内心疑問で一杯だった。

 この目の前の女性は、初対面だ。

 それなのに、何故か初めから自分を目の敵にしている。

 理由はさっぱり分からないが、それだけは確信できる。

 恐らく、彼女は自分がどういう人間かを品定めする為に、開店準備もまだであるこんな時間に来たのだろう。

 しかし、一体何故?

 女性がコーヒーを啜っている間、店内は何とも形容しがたいピンと張り詰めた重苦しい空気に支配されていた。

 誰も言葉を口にしない…と言うか、どこの誰がこの空気を破れると言うのだろう…。

 気まずい時間が、恐ろしく長く感じられる。


 やがて、女性がコーヒーカップを受け皿に置き、じっとティファを見つめておもむろに口を開いた。

「貴女、ストライフさんの奥さん?」

「はい?」

 女性の口から飛び出した爆弾発言に、ティファは声が裏返った。

 女性は、そんなティファを冷たい目で見ると、「ああ、違うみたいね」

 と、勝手に一人で納得したのか、フフン、鼻でせせら笑った。

「奥さんじゃないみたいだし、『恋人』なのかしら?」

 言葉には決して出ていないが、「あんたが彼の恋人ですって?チャンチャラ可笑しくてよ!」という、女性の心の声をティファは聞いた。

 デンゼルも聞いた。

 マリンも聞いた。

 ティファは屈辱に震え、デンゼルとマリンは純粋な怒りに顔を赤くする。

 しかし、3人が何か口にする前に、女性が更に言葉を続けた。

「単刀直入にいうわ。彼と別れて欲しいの」

「「「は!?」」」

 女性以外の3人の声が重なった。

 何を言ってるのだ、この女性は!!

 全くもって、非常識甚だしい。

 突然押しかけてきて、人の事を品定めするようにジロジロ見た挙句、嫌味口調でネチネチ絡まれたかと思えば、突拍子もない事をのたまうではないか!

「あ、あの、突然押しかけてきて、何を言われるのかと思えば…。失礼にも程があると思うのですが…」

 怒りを抑えるため、声が震えている。

 そんなティファに全くかまわず、女性はカバンからスッと名詞と分厚い封筒を差し出した。

 怪訝そうに、そして怒りの為に頬を赤くするティファの手に無理やり押し付けると、中を見るよう促す。

 名詞には『イザベラ・ルーン』とあった。

『ルーン』と言う言葉には、ティファは思い当たる節がある。

 あって当然だ。エッジにある、『孤児救済施設』に多大な寄付をしている事で有名な金持ちの名だ。

 神羅時代には、その傘下に入るか否かでそうとう新聞がはやし立てていたのを覚えている。

 結局、傘下に入る前にジェノバ戦役に突入した為、独立したまま現在も当初と変わらない力を持っている。

 と、いうことは、この目の前にいる生理的に合わない女性は、そのご令嬢ということか…!?

 目を丸くして名詞を見つめるティファの表情に満足したのか、女性は悦に入った笑い声を漏らした。

「ね?彼には貴女よりも私の方がふさわしいと思わない?」

 次いで、封筒を開けるように促す。

 黙って封筒を開けると、中には見たこともないような大金が入っていた。

 …なるほど、手切れ金というわけね…。

 ティファは黙ってイザベラを見据えた。

 イザベラは、優越感に浸った笑みでティファを見ると、

「それだけあれば、彼からの収入がなくとも子供達と共に路頭に迷う心配はないでしょう?」

 と、鷹揚に口を開く。

 そして、店全体をぐるりと見回してティファに視線を戻す。

「貴女もこんなところで商売なんかするの、本当は嫌でしょう?」

 酒に酔った客に絡まれたり、柄の悪い連中相手にするような仕事、嫌で当然よね?

 そう言って、「なんなら貴女にも、貴女に相応しい職を紹介してもいいのよ。貴女、モデルとかによさそうだし」

 と、ティファの全身を嘗めるように見つめる。

 ティファはカーッと頭に血が上るのを感じた。

 どんな経緯でイザベラとクラウドが知り合う事になったのかは分からないが、ここまであからさまに自分が大事にしてきた諸々を

 馬鹿にされると、相手が女性でも許せない!

「お言葉ですけど、これはお返しします」

 叩きつけるようにして、イザベラの目の前のカウンターに封筒と名詞を置くと、キッと睨みつけた。

「この店は、エッジで一生懸命生きていく人達の憩いの場になれば、そう思って今日までやってきた大事な店です。私の宝です。」

「それに、彼は、クラウドは私にとってかけがえのない人です。貴女に譲るつもりはありません。第一、彼から貴女の事は何一つ聞かされていません。貴女とクラウドがどの様にして知り合う事になったのかしりませんが、彼にとって大きな出来事なら、きっと私に話すはずです。彼が私に話さなかったという事は、貴女との出会いは彼にとって特別ではなかった事になります。ですから、彼が私と別れて貴女と共に生きる事を選ぶとは思えません!」

 そこまで一気に言い放つと、呆然と自分を見つめるイザベラを無視し、カウンターから出て店の扉を勢い良く開けた。

「さぁ、お引取り下さい!」

 イザベラは、ティファの剣幕に一瞬ひるんだが、気の強い性格な上にちやほやされて今日まで扱われていた為、自分の要求が受入れられない事に対して、たちまちのうちに怒りを露わにした。キッとティファを睨みつけると、勢い良く椅子から立ち上がる。

「クラウド様には、貴女のような酒場の女は不似合いです!それに、彼と私の出会いを知らないのは、彼が貴女に話す必要を感じなかったのではなく、話す事が貴女や子供達を傷つける結果になる為、話せなかっただけの事!そう、彼の優しさゆえです!第一…」

 そこまで一気に捲くし立てると、イザベラは言葉を切り、ティファ、マリン、デンゼルを睨みつけるように見回して、ティファに視線を戻し、口を開いた。

「第一、彼ほどの腕がありながら、荷物の配達が仕事など、宝の持ち腐れ。私のボディーガード・兼・『夫』という立場の方が彼にとってはより相応しいわ!」

 イザベラの発した『夫』という単語に、ティファはもちろん、マリンとデンゼルも呆然と固まった。

「な、何それ、『夫』って…」

 ティファが震える声を出し、マリンとデンゼルは言葉もなくイザベラを凝視する。

 イザベラは、3人の様子にすっかり余裕と優越感を取り戻すと、芝居がかった口調で語りだした。

「クラウド様が貴方達に話していないようだから、私からお話して差し上げましょう。クラウド様と私の出会いは、今から丁度2カ月前でした。私の父の領地にモンスターが群れを成して現れたのです。丁度その時は、育成中のチョコボの状態を見る為、チョコボに乗って領地を散策していました。私と父のボディーガード達では全く歯が立たず、あっという間に父と私はモンスターの餌食になるところだったのです」

 ここでデンゼルが隣にいたマリンに「餌食になっちゃえば良かったのにな」と囁き、普段ならそういう冗談を嫌うマリンだが、この時ばかりは力強く頷いた。そして、二人のやり取りは幸いにも、悦に入っているイザベラには全く届かなかった。

「その時、遠方から見たこともない巨大で美しいバイクを走らせ、クラウド様が救出に来て下さったの!」

 再びデンゼルは「クラウドったら、余計な事したよなぁ」と呟き、マリンも再び頷いた。

 ティファは黙ってイザベラを睨みつけながら、言葉に耳を傾けている。

「そして、彼は私と父を助けて下さった後、御礼を申し出る私達に遠慮されると、そのまま去ってしまわれたのです。」

 はぁ、と少し溜め息をこぼしてイザベラが言葉を切る。その時の心理を現しているらしかった。

 しかし、黙ったのも一瞬で、すぐまた顔をしゃんと上げ、ランランと輝く瞳をティファに向けながら話し出した。

「しかし、そんな事で命の恩人に何の御礼もせずじまいだなんて、ルーン家末代までの恥!全財力・情報網を駆使してでも彼を探し出す事にしたのです!!そして…!やっと悲願かなって彼の所在を突き止めたのが1か月前の事です」

 ティファは、イザベラの話に内心で驚いていた。

 1ヵ月前にイザベラがクラウドの事を突き止めたという話は彼女の話しぶりから本当のようだ。

 それなのに、彼からは何も聞いていない。

 ティファは、その事がショックだった。

 確かに、クラウドにしてみれば話しづらい内容だったかもしれないが、それでも、こうして赤の他人から話を聞かされるよりも、彼自身の口から話を聞きたかった。

 表面では動揺を隠しているティファだったが、イザベラはそんなティファの内心を読んだかのように、唇の端を持ち上げ、勝ち誇った様な笑みを浮かべた。

「クラウド様は、探し当てた私にひどく驚いておられました。そして、私の求婚にも…」

「「求婚!?」」

 デンゼルとマリンが声を上げて驚く。ティファは言葉も出ない。

 声を上げた直後に「なぁ、マリン。求婚ってなんだろう?」「馬鹿ね、デンゼル!!プロポーズよ、プロポーズ!!」という、子供達の囁き声が続いたが、大人二人は全くノータッチだった。

「クラウド様は、大変シャイでらっしゃるのね。私の求婚に、照れたように頭を掻いておいででした…。そして…」

 ここでイザベラは、『陶酔』という夢の世界から『現実』の世界に引き戻され、キッとティファを睨みつけた。

「彼がおっしゃるには、『自分は幼馴染の女性、それに血の繋がっていない子供達と暮らしている。今の暮らしを壊したくないので、私の求婚には応えられない』そうおっしゃいました」

 ティファは愕然とした。

 彼はイザベラに『幼馴染』と言ったのだ!

『伴侶』や『恋人』という言葉で、自分を表現してくれなかった!!

 イザベラの『幼馴染』という言葉により、とうとうティファの『仮面』が引き剥がされた。

 見る見るうちに、顔が赤くなり、手足が震えてくる。気のせいか、目の奥までが熱い。

 イザベラは、これ以上はない、といった得意げな勝者の顔でティファを見やると、「これでお分かりでしょう?」と言葉を投げかけた。

「クラウド様にとって、貴女は『幼馴染』。決して『恋人』でも『妻』でもないのです。求婚した時、『幼馴染』と表されたのは、照れ隠しの為なのかと思いましたが、そうではなく事実だったようですね。彼に断られた後も、何度も申し出ましたが、頑なに拒まれてしまっていたので、意を決して直接参りましたが、来て良かったですわ。事実確認が出来たのですから。これ以上、彼をこんな不相応な場所にとどめておく事は出来ません。彼が仕事から戻り次第、彼を連れて館に戻ります」

 よろしいでしょ?、と嫌味満々の穏やかな口調が、ティファの耳に薄ぼんやりと届いてきた。

 この時、既にティファにはイザベラの話をまともに聞くだけの余裕がなかった。

 クラウドにとって、いつまでも『幼馴染』としてしか見られていなかった事が、ティファの心を大きく抉っていた。

 何も言葉に出来ないティファに、イザベラが更に何か追い討ちをかけようと口を開いた時、店の開け放たれたままのドアから、フェンリルのエンジン音が響いてきた。

 クラウドが帰宅したのだ!