時は少し遡る。

「局長。不審な発信源を突き止めました」
 朗報がもたらされたのは、ユフィの仲間からの報告を受けた2時間後だった。
 リーブは待ちに待った報告にパッと立ち上がると、待機していた大将クラスの隊員を見渡した。


「全隊員、作戦決行」
「「「「 はっ!! 」」」」


 WROの攻撃が始まる。






走れ(後編)







 いつの間に?

 ティファは全身で息をしながら自分を取り巻いている輩を見た。
 いや、見ようとしたが目が霞んでよく見えない。
 息をするのも苦しいほどの全力疾走は、身体からごっそりと力を奪っていた。
 追うよう指示を受けていたラジコンが1人の男の足元に降りてようやく自分が囲まれていることに気づいたくらいだ。
 何人くらいに囲まれている?
 10人?20人?
 男?女もいるのか?
 若い?それとも年を重ねている?
 戦闘能力は高い?
 武器を持っている?
 それらを気配で探るだけの精神力も底を尽いていた…。

「さすが、英雄と呼ばれるだけあって並大抵の体力じゃないですね」

 まだ若い女の声。
 ティファは荒く息を繰り返しながらほんの少しだけ驚いた。
 ラジコンを操作していた男の隣に若い女が立っていた。
 目に映っていたのに見えていなかったことに気づく。

(あ…、ヤバイかも…)

 それだけ自分に力が残っていない。
 ようやく待ちに待った『敵の懐』に誘導されたというのに、こんな状態では子供たちを助けられない…。
 自分はどうなっても構わないが、デンゼルとマリンだけは絶対に無事に帰したい。

「その状態でどれくらい戦えるのかすごく興味があります」

 ザッ…と空気が動いた。
 その背後からの攻撃を避けたのは、完全に条件反射だった。
 長年培ってきた『ザンガン流』のお陰で避けられただけ。
 ラジコン男が「へぇ、やるじゃないか」と軽く驚いた顔をしたのが目に映ったが、やはりティファには見えていなかった。
 次々と待ち伏せていた敵により攻撃が繰り出される。
 ある者は拳で、ある者は銃で、またある者はソードで…。
 ティファがそれらを避け続けられたのは奇跡だった。
 たとえ、無様に地面を転がり続けたり、ミッドガルに山積みになっている瓦礫の陰に隠れたりであったとしても、圧倒的に不利な状態にあるにも関わらず、かすり傷で済んでいるのだから。

「でも、逃げ続けているばかりじゃ意味がないんですよね」

 若い女の淡々とした言葉だけが、荒い自分の呼吸を縫ってティファの耳に突き刺さった。

(分かってるわよ、そんなことくらい!)

 朦朧とすらしている頭をフルッ…と振りながらティファは臍をかんだ。
 これっぽっちも一息つく隙がない。
 ティファを待ち受けていた敵達は、男も女も皆かなりの力を持っていた。
 真正面から相手にしていてはあっという間にやられてしまう。
 いや、もしかしたらやられた方が良いのかもしれない。
 そしたら、子供たちの監禁されているところへ一緒に放り込んでくれるかも…。

(ううん、絶対にダメ)

 ティファは弱い自分が考え出した案を取り消した。
 叩きのめされるだけで済めばいい。
 だが、もしも殺されたりしたら?
 自分の骸(むくろ)を子供たちの前に晒されたら、2人はどれだけ嘆き悲しみ、己を責め苛むか想像に難くない…。
 可愛い子供たちにそんな苦痛を味わわせたくはないし、まだまだ生きて、やりたいこともある。

(それにしても…)

 敵の思惑が分からない。
 ただの『快楽的犯行』なのか?
 それにしては、異様に手が込みすぎている。
 いくらティファの体力を削るためとは言え、これだけ回りくどく引きずり回したのは何故?
 それに、この敵達の強いことと言ったら!

「…!っつ…」

 銃弾が肩を掠め、ティファは思わず顔をしかめた。
 膝を着きそうになるがなんとか踏ん張り、後方へ宙返りをする。
 その直後、立っていた地面に屈強な男の蹴りがめり込んだ。
 周りの瓦礫を巻き込みながら地面にひびが入る。
 あんな攻撃をまともに喰らったら、今のティファでは耐えられない。
 宙を舞いながらそれを見たティファは背筋に冷たいものを走らせた。
 そしてまたもや直感だけで身を捻る。
 風を切ってソードが脇腹を掠めた。
 避けなかったら胴体が真っ二つだったろう。
 至近距離でソードを扱う敵と睨みあう。
 まだ若い女だった。
 瞳の色はアイスブルー。
 クラウドと同じだ。

(…ソルジャー…!)
 あぁ、なんてことだ。

 ティファは敵の強さが分かった。
 全員ではないが、数名元・ソルジャーが混じっている。
 強くて当たり前だ。
 女であろうが元・ソルジャーなら強いに決まっているではないか。

 地面に降り立つと同時に、迫っていた5人の敵に回し蹴りを繰り出す。
 しかし、長時間走り続けた足は極度の疲労によりいつもの半分以下しか踏ん張りがきかず、蹴り自身も弱々しいものだった。
 4人が避け、最後の一人が足首を掴んだ。
 そのままティファの足首を掴み直し、思い切り振り回して地面に叩き付けた。

 言葉にならない小さな悲鳴が口から漏れる。
 しかし、男はティファから手を離さない。
 地面に打ち付けられたティファ目掛け、他の敵が一斉に飛び掛った。

 全てがスローモーションに見える。
 視界が曇るのは、汗のせいか、極度の疲労のせいか、それともたった今、受けたダメージのせいか…?
 それは分からなかったが、分かったことは…。


 自分が死ぬこと。


 ソードが、銃口が、槍が、敵の攻撃全てが地面に倒れている自分に向けられているのが見えた。
 それを防ぐことも、避けることも出来ない。
 目を閉じることも出来ず、眼前に迫った『死』を強く感じた。


 だから…。


 突然、それら『死』の触手が目の前から消えたことの意味が分からなかった。
 本当に突然、唐突過ぎる『消え方』。
 敵が驚いて自分から『他』に意識を向けたことの意味を理解することが出来なかった。
 そして、いつもなら絶対に聞き逃すはずのない『音』にも気づかなかった。
 気づかなかったから…。


「ティファ!!」


 地面に倒れたままだからこそ全身で感じる振動。
 耳慣れた声。
 あっという間に接近した『彼』の気配に、ティファはギシギシときしむ首をどうにか動かした。
 その間も、敵の攻撃と迎撃するクラウドのソードの音が絶え間なく続いている。
 いつの間にか足首を掴んでいた男が、クラウドの放ったソードによって吹っ飛ばされていたことにもティファは気づかなかった。
 ただぼんやりと霞む視界をなんとかクラウドの方へと向ける。

「クラウド……?」

 敵が全員、クラウド目掛けて突進しているのが薄ぼんやりと分かった。
 それをクラウドはフェンリルを巧みに操って右に左に走りながらときにはソードではらい、斬戟を叩き込む。
 そして、フェンリルのタイヤが視界一杯に広がったかと思うと、ティファはもうクラウドの背に乗せられていた。

「遅くなってすまない」

 フェンリルから落ちないようにクラウドが手を自身の腹の前で重ね合わせてくれる。
 その手の温もりに、ティファの朦朧とした脳がようやっと動き出した。

「クラウド…?」

 もう力が入らず、グッタリと背に身体を預ける形になっていたティファの呼び声。
 クラウドは心の底から神に感謝した。

 間に合ったことに。

 心臓が凍るかと思った。
 地面に叩きつけられたティファ。
 そのティファに『死』をもたらそうとした敵達の光景に。
 間に合わないかと思った。
 本当に…本当に良かった。


「許さん」


 フェンリルを急停止させ、クラウドは怒りと殺気を込めて睨みつけた。
 足元にラジコンを転がせている男と、その隣で淡々と見ている女。
 2人ともまだ若い。
 そして、まだ動ける敵達が2人を推(お)したてるようにすっくと立つ。
 数名の敵は苦悶のうめき声を上げているが、敵は倒れた仲間になんの感情も抱いていないようだ。
 使い物にならなくなったらいらないということなのだろう。
 感情らしいものが欠落した集団を前に、クラウドはフェンリルのエンジンを最大限に噴かせた。


 *


「さすが、WROですね。高性能なぬいぐるみまで開発しているとは」

 首根っこを摘み上げられる形のケットは、ジタジタと手足をばたつかせた。
「やかましいわい!高性能なぬいぐるみとちゃうわ!!」
「ほう、すばらしい。まるで自我があるかのようだ」
「あるんじゃ、このアホ!!」
「ふむ、そして状況に応じた言葉を発する機能がある…と。これはぜひ、構造を調べなくては」
「解体されてたまるかーー!!」
 ジタジタジタジタ。
 ケットは短い手足をバタバタさせながら、必死にもがいた。
 まるでヤギの髭のように顎にだけ白い髭を生やした壮年をちょっと越えたくらいの男は、ケットを摘み上げたまま後ろを見た。
 そこには、ケットが先ほどまでちょこちょこっといじっていた『モノ』があった。
 見た目は完全な人間。
 だが…。

「壊されたのかと思って腹が立ちましたが、キミのお陰で『これ』がより素晴らしい作品となること間違いないですね。うん、本当に私は幸運だ」
「けっ!そないなことさせるかい!戦闘兵器の人形なんかこの世から片っ端から消したるわー!!」
「ふむ、我々の最高機密を何故キミの持ち主が知ったのか、それもぜひ調べさせてもらおう」

 ホクホクとした足取りで、科学者である男は一見、手術台のようなものにケットを乗せた。
 勿論、ケットが逃げる間など与えない。
 助手の女がテキパキとベルトでケットの手足を固定する。

「では、さっそく頭の部分からいこうか」
「いかんでいいわーーー!!」

 キュイ〜〜〜ン、というイヤ〜な音を立てるそれを見てケットは蒼白になった。
 まるで小さい頃、無理矢理母に連れて行かれた歯医者に来たような気分になったのは何故だろう…?
 などと、ちょっと抜けたことを思いながら、ケットは頭をふりふり、必死に悪あがきを続けた。
 科学者の恍惚とした笑みが顔一杯に広がる。
 ケットは必死に無駄な抵抗をしながら迷った。

 意識をケット・シーからリーブに戻してもいいだろうか…と。

 当然だがその案は却下だ。
 部下達が到着するまで、ここでなんとか敵の中枢であるこの男の意識を引き止めなくてはいけないのだから、急に普通のぬいぐるみに戻ることは出来ない。
 出来ないが!!

(あ〜〜〜!!アカン、アカンてーー!!!)

 いくらぬいぐるみとは言え、ある程度痛みは感じるし、嫌悪感なんかはバリバリに感じまくっている。
 も、もうダメだ!!
 とケットはギュッと目を瞑った。
 チリチリ…と頭部の毛が剃られる感触。
 ないはずの心臓がバクバクと激しく脈打った。


 バーーンッ!!


「な、なんだ!?なにごとかね!?」

 突然の大きな音と振動に科学者とその助手である女がギョッと顔を見合わせた。
 ケット・シーは、自分が助かったことを知った。
 科学者とその助手は、自分達の居場所が何故WROにバレたのか考える余裕も何もない間に、床にねじ伏せられた。


 *


 真っ暗中をティファは走っていた。
 走って走って、必死に追っているのは小さな背中。
 嫌がるデンゼルとマリンを、誰かが…、いや、何かが暗闇に引きずり込もうとしている。
 2人の名を呼びながら必死に手を伸ばす。
 しかし、あと少しというところで子供たちとの距離が絶望的なまでになる。
 そのたび、ティファは必死に足を動かすのだが、まるで泥沼を走るかのように足が重い。

『ティファ!』『ティファ、助けて!!』

 2人が泣きながら必死に手を伸ばす。
 ティファも泣きながら手を伸ばし、思うように動かない足を動かし続ける。
 心臓が爆発しそうなほど必死に走っているのに、どうして追いつけない!?

「誰か…」

 焦燥感に駆られた声が震えながら零れる。

「誰か…誰か…!」

 嫌がる子供たちが徐々に遠く遠く、見えなくなる。
 悔しさと己の不甲斐なさ、そして子供たちと永遠に引き裂かれてしまうかもしれない恐怖心で胸がいっぱいになり、息苦しさに拍車がかかる。

「誰か、助けて!!」

 喉を切り裂かんばかりに叫ぶ。
 同時に子供たちの姿がとうとう消えた。
 真空の闇に1人取り残されたティファは、それでも重い身体を引きずり、子供たちが消えた方へ手を伸ばす。

「デンゼル、マリン!!」

 喉から血がほとばしるような叫び声を上げ続ける。
 と…。


「ティファ」


 フワッとそれまで重かった身体が軽くなった。
 そしてなんとも言えないぬくもりに包み込まれる。


「ティファ」


 そっと頬に誰かが触れる。
 汗でべとつく額を拭ってくれる指先はどこまでも優しい…。


「…クラウド…?」


 鉛のように重い心がスーッと軽くなって…。


 ティファは目が覚めた。


 *


「ティファ〜!!」「ティファ、ティファ〜!!」

 子供たちに泣きながら抱きつかれたのは、クラウドにしがみついてひとしきり泣いた後だった。
 散々泣いたくせに、子供たちに抱きつかれて、大泣きされて、ティファはまた泣いた。
 泣きながら思い切り抱きしめて、何度も子供たちの頬や額にキスをした。

「本当にごめんよぉ!俺たちがもっとしっかりしてたら〜!」
「ご、ごめんね、ティファー!私たち、もっとこれから、気をつけるー!!」

 泣きじゃくりながら何度も謝る子供たちに、ティファも何度も謝った。
 すぐに助けてあげられなくてごめんなさい。
 怖い思いをさせてごめんなさい。
 そのたび、子供たちは首をぶんぶん強く振って否定した。
 その光景を、クラウドは微笑み、心からホッとしながら見つめていた。

 本当にどうなることかと思った。
 あの後、意識を失ってしまったティファを乗せたままクラウドは暴れまくった。
 当然、そんな簡単に片がつく相手ではなかったが、シエラ号でシドとWRO隊員達が駆けつけてくれたため、比較的早くに鎮圧できた。
 それに平行し、リーブが先行していた敵の本拠地も抑えることが出来た、という朗報をクラウドは受け取った。


「それにしても…」


 泣きじゃくりながら笑っている愛しい家族を見つめながらクラウドは口の中で呟いた。
(人間の形をした完璧な殺人兵器……か)
 昨日、リーブから聞かされた事件のあらましにクラウドは未だに戦慄を覚える…。

『クラウドさん達を標的にしたのは、クラウドさん達の動きをデータ化して殺人兵器にインプットするためでした』

 人工衛星…とまではいかないものの、敵の科学者はかなりの知識と技術を持っていた。
 はるか上空からクラウドとティファの動きを捉え、それをマザーコンピューターに送り続けていたらしい。
 その説明に、クラウドは怪訝な顔をした。
 そんな回りくどいことをしなくとも、敵にも十分すぎるほどの猛者がいた。
 それをデータ化したら良かったのに…と。
 しかし、リーブは苦笑しながら首を振った。

『ジェノバ戦役の英雄だからこそ、データ化する意味があるんですよ』

 リーブの言わんとしている事に気づくまで少し時間がかかったが、理解すると共にクラウドは総毛だった。

『ジェノバ戦役の英雄のデータを有する兵器』という『ブランド名』が欲しかったのだ。

 クラウドは静かに激昂した。
 リーブの瞳にも同じ色が浮かんでいた。

『だから、我々WROはそのような愚か者からをも星を守れるよう、もっと強くならなくてはなりません…』

 そう言ったリーブは、とても厳しい顔をして、どこか遠くを見ていた。
 その表情に、クラウドはもう1度決意を新たにした。
 絶対、もう二度と大切なものを失ったりしない。
 大切なものが悲しむような世界にはしない。
 そのために出来ることならなんだってやってやる。


「クラウド…ありがとう、助けてくれて」


 クラウドはハッと我に返った。
 ティファがデンゼルとマリンを抱きしめたまま、少し恥ずかしそうにはにかんでいる。
 クラウドは自然と口元をほころばせた。
 ゆっくりとベッドに近づき、腰を下ろす。
 自然な流れで子供たちごとティファを抱きしめ、柔らかくて温かい彼女と子供たちの香りを吸い込んだ。
 とても…、とても幸せな香りだった。


「何度でも助ける」
「…うん」


 腕の中にある温もりたちを抱く腕に力を込めながらクラウドは子供たちにバレないよう、そっとティファに口付けた。
 ティファはちょっとビックリして身を震わせたが、拒んだりはしなかった。
 照れて真っ赤になるティファに、クラウドはまたもう1度だけキスを送って抱きしめなおした。

 何度でも走る。
 この腕の中にある大切な宝を守るために。

 何度でも…。



 あとがき

 殺人兵器というか、アンドロイドというか、そういうものってあの世界にあってもおかしくないよなぁ…とか思ったのが発端だったような今回のお話。
 この後、リーブはバレットとヴィンセントとナナキにめっちゃ怒られます。
 えぇ、そりゃもう、隊員達が蒼白になるくらい怒られます。
 んで、リーブは苦笑しながらそれを軽やかに『いなす』んです(笑)
 それにしても…。
 ティファ…ごめんね、痛い思いさせて(土下座)。
 こ、これでもティファ大好きですから、えぇ!!
 クラウドよりもティファが大好きですからーー!!(← えっ!?)

 ちょっとシリアスなお話しでした。
 お付き合い下さってありがとうございます〜♪