失った信頼を取り戻すのがいかに大変か。 その事実を本当に知っているならば、決して『信頼を失わない』ように心がけるだろう。 その困難さは言葉で表すにはあまりにも重いのだから…。 ほどけ堕ちる絆 4「ティファ、こっちは終わりましたよ」 「ティファ、こっちも終了です」 2人の子供達の言葉に、ティファは微笑んだ。 店内を見渡して両手を腰に当て、満足そうに笑ってみせる。 「うん、合格!じゃ、お店開けてくれる?」 「「分かりました」」 2人の子供達の嬉しそうな顔に、ティファは心からの安らぎを感じた。 セブンスヘブンは今夜も大盛況だ。 日雇いの客は減少の一途を辿り、逆に小奇麗な格好をした客達は上昇し続けている。 中でも、若い客の増加率は高い。 そのため、セブンスヘブンのメニューも、店を立ち上げた当初からは随分変わった。 若者向けのメニューが大半を占めている。 クルクルと良く働く子供達は、そんな新しい客達にも人気があった。 ティファもそんな子供達の働きに大満足だった。 時折。 自分の元から去って行った子供達と重なって見えて、ドキッとすることがある。 チクリ…と胸が痛むことがある。 だが、それも今、目の前にいる子供達の笑顔の前にやんわりと癒されていた。 クラウドとデンゼル、マリンがセブンスヘブンから去って約一年が経つ。 『家族』がいなくなった当初のティファの落ち込みようは見ていて胸が抉られるものがあった。 だが、それもジェノバ戦役時代の仲間達によって、徐々に立ち直り、今では孤児院から2人の子供達を引き取って一緒に働く生活に落ち着いてきている。 ティファを一番支えてくれたのはユフィだった。 クラウドからユフィに『ティファをよろしく頼む』とお願いされたのだ…ということを、ティファは最近知った。 その時の喜びと、気を使わせてしまったという心苦しさは今までの人生の中で一番強烈な印象として残っている。 デンゼルとマリンとのやり取りも、ここ数ヶ月で回復してきている。 もっとも、直接会うことはまだ出来ていない。 お互い、まだ時間が必要なのだ。 そう認められるようになったのも、ユフィのお陰だった。 『ティファ。気持ちは分かるけど、クラウド達の気持ちも分かってやって…?』 おずおずとそう言ったユフィに、ティファは初めて涙を流した。 あれから一年。 ユフィは多いときでは一ヶ月に一週間は泊まりに来る。 主にクラウド達とのパイプ役として。 クラウド達は、ニブルヘイムに去って行った。 そこで一からやり直すのだという。 ニブルヘイムの山々は厳しい寒さをもたらす反面、雄大な大自然の力を惜しみなく人々に与えてくれる。 その自然の力で、子供達は徐々に本来の明るさを取り戻している…とのことだった。 しかし、ティファにはもう分かっていた。 クラウドが極力、子供たちとの時間を大切にすることにより、子供達が本来の明るさを取り戻しているのだということを。 そして、今では分かる。 ティファと一緒にいた頃、クラウドがあまり家に帰らなかった理由も。 きっと、それも子供達のことを思ってのことだったのだ…と。 それまで仕事人間として頑張っていたクラウドが、急に仕事の量を減らして家にいるようになったとしたら、あの時のティファではそれを『自分の養育力不足とクラウドが思っている』と曲解してしまっただろうことを。 そうなると、自然と子供達への風当たりはきつくなったに違いない。 あの頃のティファは、そういう危うさを持っていた。 時間の経過と共に、ティファは当時の自分の危うさを冷静に受け止められるようになっていた。 それも、ユフィの存在が大きい。 クラウドと子供達がニブルヘイムに去って行った当初、仲間達はティファを責めることはしなかった。 逆に、子供達を伴い去って行ったクラウドのことも責めなかった。 仲間達がティファを責めなかったのは、それまでの布石としてクラウドが何かしらの相談や、自分達が去った後でのティファのフォローをお願いしていたことが大きい。 クラウドなりの精一杯の愛情だったのだ…ということも、痛いほど今では理解している。 その心遣いに、ティファは感謝している。 そう、今では。 当時はどうしても自分から去って行った『家族』を恨めしく思っていた。 勿論、自分に原因があるということは充分分かっていた。 だが、それでも心の片隅では、 『こんなに反省しているのに、挽回のチャンスをくれないなんて、あんまりだ…』 と言う気持ちがあったのだ。 つくづく、独りよがりだったと思う。 新しい看板娘と看板息子を孤児院から引き取るよう提案したのも、ユフィだった。 ユフィの案を、ティファはすんなり受け入れたわけではなかった。 まだ、その当時のティファには、『絶対にすぐ、三人とも戻ってきてくれる』という甘えがあった。 本当に…、自分は愚かだった。 どこまでも自分本位だった。 もう少し、冷静になれれば…。 もう少し、思いやりの心を保つことが出来ていれば…。 でも、それも今更後悔しても仕方ない。 犯してしまった罪は消えない。 子供達の心の傷も、恐らく完全には消えないだろう。 そうやって、子供達はその傷を抱えてこれから生きていかないといけないのだ。 願わくば。 どうか、子供達が経験した『辛い時間』が、これからの人生の中で『糧』となり、自分と同じ過ちを犯さないような大人になってくれたら…と思う。 そうであって欲しい。 そして、きっとそうなってくれるだろう、という確信もあった。 それが、せめてもの救い。 自分の犯してしまった取り返しのつかないことが、少しでも子供達の役に立つのなら、この辛い現実を受け止められる。 いや、受け止めなくてはならない。 チリンチリン。 ドアベルが鳴り、ティファは我に返った。 最近、気がつけば失った『家族』のことばかりを考えている自分がいることに苦笑する。 そうして、気を取り直して、 「いらっしゃいませ!」 新しい客を出迎える。 ティファの明るい声。 完璧な微笑み。 客達はその笑顔と、新しく働いている子供達の働く姿に相好を崩した。 「よっ!ティファちゃん♪」 若い男性客。 彼は、クラウドがいなくなってからティファにアタックしている男性の一人だった。 ティファは完璧な営業スマイルで彼に接する。 甘い言葉を口にしてくれる男性客達に、完璧な接客態度でそれをかわす。 ティファには…。 クラウド以外の男性は必要ないのだから。 今なら言える。 クラウドに真正面から向き合って、 アイシテル。 と。 だが、まだその資格は自分にはない。 だから、今は我慢の時。 いつか…。 いつの日か、クラウドとデンゼル、マリンが許してくれるその日を…。 ただひたすらに。 そうしてティファは今日も仕事に精を出す。 誰にも恥じないように。 いつの日か、また『家族』に戻れる日を夢見ながら…。 でも…。 ティファはまだ知らない。 デンゼルとマリンが少しずつ心の傷を癒されていった真実(ほんとう)の理由を。 クラウドが、ティファから離れて暫くしてから安らぎを与えてくれる存在を得ていたことを。 神羅に荒らされたニブルヘイムに、今、新たな住人達が移住してきており、心穏やかな生活を営んでいることを。 傷つき疲れ果ててその地に辿り着いたクラウド達を、温かな笑顔と穏やかな仕草で包み込んでくれるうら若き女性がいたことを。 その女性のお陰で、クラウドとデンゼルとマリンが自分達の居場所を既に手に入れたことを…。 その事実を話そう、話そうと思いながらも、どうしても話せないでいるユフィや仲間達の心の葛藤を。 そして。 ニブルヘイムで結婚式が執り行われたことを。 極々仲間内でひっそりと執り行われたその式を。 ユフィが…。 バレットが…。 ヴィンセントが、シドが、ナナキが、そしてリーブが心を痛めながらも、仲間の晴れ姿をやはりどこか嬉しく思いながらその式に参列したことを。 ティファの夢が夢に終わってしまったことをティファがユフィから知らされるまで…。 あと数日。 その日まで、ティファは夢を見る。 いつの日か、また『家族』が戻ってきてくれるその日を…。 あとがき 今回の話は、現代の世情を表してみました。 仕事一筋になるがあまり、家庭を顧みることを忘れてしまった悲しい家族の話は、決して珍しくありません。 そして、それはクラウドやティファと言えど、決してありえないことではないと思うんです。 だって、2人は英雄ですが、『ただの人間』なんですから。 今回、ティファの希望を完全に打ち砕く結果にしたのは、一重に今の世情を忠実に話しにしてみたいと思ったからです。 失った信頼を取り戻すにはかなり時間と努力が必要です。 今回のティファの場合、絶対にティファならこんな失態はしないとマナフィッシュは思っていますが、あえてダーク・シリアスとして描いてみたくて、『救いようのない話』にしてみました。 非常に後味の悪い話になったのは、『世の中、そんなに自分に都合の良い風には転がってくれない』という現代の社会像を描きたかったからです。 クラティ大好きのマナフィッシュですので、今回の話はかなり書くかどうしようか迷ったんですが、たまには拙宅特有の『ハッピーエンド』に対するスパイスとして書くことを決意しました。 本当に後味の悪い結末にしたので、ユーザーの皆様には承服しかねる気持ちが強いことは重々承知しています。 ですが、これはあくまで『ありえない話』として、さらりと流してくださいますよう、伏してお願い申し上げます。 苦情等はどうぞご勘弁下さいませ<(_ _)> |