*『ユラユラ揺らめく、乙女心』に若干絡んでます。


『またか…』
 クラウドは溜め息を吐いた。



フワリと漂う温もりを…





「相変わらず、ティファちゃんの料理は絶品だね〜!」
「そうそう!」
「それに、美人でスタイルも良いし!」
「そうそう!」
「それでもって、性格も朗らかで明るくて!」
「そうそう!」
「おまけにその細い身体からは想像も出来ないほど、格闘術の達人ときてる!」
「そうそう!」
「もう、完璧だよなぁ…。くぅ〜、クラウドさんが羨ましいぜ!」
「「そうそう!!」」

 閉店間際という遅い時間に帰宅した為、裏口からそっと戻ったクラウドの耳にイヤでも届いてきた言葉。
 酔っ払った中年から若者までが、酔いの勢いにまかせて店主であるティファを褒めちぎっている。
 最近、配達の仕事が立て込んでおり、閉店間際…あるいは閉店後に帰宅する事が多いクラウドがよく耳にする言葉達…。
 常連客達の…それも、ティファに対して明らかに下心を抱いている男達の下賎な言葉を、今夜もクラウドは聞く事になった。
 もっと早くに帰宅出来たらこんなに酔っ払いが調子に乗ることも無いのだが…。
 中々それが出来ずにいる。
 クラウドが、カウンターの決まったスツールに腰をかけていると、こんな言葉を口にする愚か者はいない。
 まぁ……当然だろう。
 みすみす、『ジェノバ戦役の英雄のリーダー』の刃にかかって命を落としたくは無いだろうから…。
 しかし、クラウドがいない時は、ガラッと変わって、客の大半が……しかも時間が遅くなればなるほど、ティファを口説く愚か者が増えてしまう。
 その事を、ティファから相談された事は一度もなかった。
 しかし、こうして閉店間際に帰宅した時には、イヤでも耳につくその似たような台詞に、クラウドは少し前からティファがこういう目に合っている事を知ったのだった。

『全く……どいつもこいつも、諦めの悪い……』

 内心でクラウドは歯噛みする。

 それに対して、ティファは笑みを浮かべて、「そんなことないですよ」「私だって弱くなる時もありますから」
「そういう時…子供達やクラウドが支えてくれてるから、今の私があるんです」と、答えている。
 しかし、それらのティファにとって真実の言葉は、
「またまた〜!」
「ティファちゃんのそういう謙虚なところもたまんないんだけどさ〜!!」
「でも、ティファちゃんが弱くなる時なんか無いでしょ!?」
「そうそう!ティファちゃんはそんじょそこらの女よりも断然しっかりしてるしさ!」
「大体、ティファちゃんが弱かったら、世の中の女の子達ってどうなわけ!?」
 などなど、全く聞く耳を持たない。

 客達はそう言って、ティファを持ち上げ、あわよくば……と思っているのだろう。
 しかし、その言葉がどれほどティファを苦しめているのか……。
 クラウドは、思わず出て行ってティファを庇いたくなった。
 しかし、ここで自分が出て行っても少しもプラスにはならないだろう…。
 それどころか、一度、彼女も子供達も全てを捨てて家を出た…言わば『腰抜け』の自分の言う言葉など、酔っ払いには通じないだろうし、その事でティファを余計に苦しめる結果を招く事が予想出来る。
 彼女は、何でも自分の責任にしてしまう悪い癖があるから…。


 いつもなら、彼女や客に気付かれないように二階へ行き、シャワーを浴びてから店内に行くのだが…。
 クラウドは、そのままカウンターと居住区を隔てるドアの前で聞き耳を立てることにした。

 いつでも…ティファの傍に行けるように…。

 クラウドが帰宅している事など知らない…ましてや、聞き耳を立てている事など知らないティファと酔っ払い達の会話はそのまま続けられる。

「ところでさ〜、ティファちゃん?」
「はい?」
 洗い物を片付けつつ、ティファが小首を傾げる。
「クラウドさん…最近また帰ってくるのが遅いねぇ」
 その口調は、何だかとても嫌味っぽくて…クラウドはムカムカしてきた。
 そんなクラウドの耳に、
「ええ…、最近本当に配達の仕事が忙しくなっちゃって。お仕事が軌道に乗った証拠ですから、有り難いですよね」
 という、彼女の優しい声音が聞えてきた。
 それは、心を優しく包むような…そんな温もりを持っていて…。
 クラウドは、知らず知らずの内に、頬が緩んでいた。

「でもさ…。こう言っちゃなんだけど…」
「毎日…遅すぎないかなぁ…」

 客達の何人かが、心配そうな仮面を被って、ティファの心に揺さぶりをかける。

「ほら、クラウドさんって腕っぷしは強いし顔も良いだろ?」
「俺の住んでる近所の若いお姉ちゃん達、皆、クラウドさんに興味があるらしくってさぁ」
「あ〜、俺も俺も!セブンスヘブンの常連だって分かってからは、顔合わせる度に『クラウドさんはいつがお休みか知ってますか?』って聞いてくるんだぜ」
「お前も!?実は、俺もそうなんだよな。ま、俺の場合は愛しい女房がいるから別に構わないけどよ!」


 だったら、こんな時間まで飲んでないでさっさと帰れよ!!


 心の中で突っ込みを入れるクラウドに気付かず、不快な会話は続けられた。

「まぁ…確かにクラウドはカッコイイですし…それに強いですから女の人達が憧れるのも分かりますよ」
 苦笑気味に答えたティファの言葉に、クラウドの心臓が跳ね上がる。
 滅多に聞けないティファの『カッコイイ』という言葉に、どうしようもない程、喜びを感じてしまう。
 しかし、クラウドの浮き立つ心も、常連客達の次の言葉であっという間に地に落ちた。

「だろ?だから、毎日毎日、遅くまで仕事をしてるだなんて……本当は嘘じゃないのか?」
「ティファちゃんは一途で純粋だから、騙されやすいタイプなんだよなぁ」
「俺達…、それが心配でさ〜」


 ちょっと待て!
 それじゃ何か!?
 俺が『仕事』と偽って『浮気』をしてるとでも言うつもりなのか!?
 ふざけるな!
 こんな時間まで飲んでいられるお前達と違って忙しいんだよ!!


 等々、心の中で猛然と反論するクラウドの耳に、再び愛しい人の声が響いてきた。

「そうですね…」


 その瞬間、クラウドは凍りついた。
 客達の言葉に対して、ティファが否定するどころか、肯定するような言葉を口にしたのだから…。


 頭が真っ白になる。
 何だか、自分が今立っているのが不思議なくらい、膝が震えそうになって、堪らず壁に背を預ける。

 ティファと子供達を全て捨てて、家を出た事が、今更ながら悔やまれてならない。
 家に帰ってから、子供達とティファは家を出た事に対して責めなかった。
 むしろ、帰ってきた事を本当に喜んでくれていたのだ…。
 イヤ……自分の都合の良いように、そう思っていただけなのかもしれない。
 それでも、犯してしまった過ちを償うべく、家に戻ってからは自分なりに必死に頑張ってきた。
 それを、子供達も……そしてティファも…分かってくれていると思っていたのに…。
 それは、自分の独りよがりで、本当はティファの心には今でも自分が家を出た事に対して『しこり』が残っているのだろうか!?

『そうだよな……。あんな酷い事をしておいて……無かった事になんか……』

 グッと拳を握り、その当時の自分を呪う。
 しかし…。


「でも……私はやっぱり今の生活が今まで生きてきた中で一番幸せですよ。それも、やっぱりクラウドがいてくれるからですから」
 それに…彼は器用じゃないですからね。
 家族に隠し事しててもすぐにバレますよ…特にマリンが一番早く気付くんじゃないかしら…。


 ティファの言葉が、闇に引きずり込まれそうになっていたクラウドの心に響いた。


 ああ…。
 そうだな。
 彼女は…本当に強い。
 でも……。


「あ〜あ!すっかりあてられちまった!」
「ちぇ〜っ!折角クラウドさんがいない時がチャンスだと思ってたのに〜!」
「仕方ないか!そんじゃ、俺達はこの辺で〜!」
「またな〜、ティファちゃん!」
「寂しくなったらいつでも俺の胸に〜!!」
「ば〜か!お前の所に行くほどティファちゃんは弱くねえっつうの!」

 ティファの言葉に、すっかり白けてしまった酔っ払い達が、それでも彼女にそれを気付かれないように冗談を口々に言い合いながら店を後にする。
 ティファは、その客達一人一人に笑顔を振りまき、勘定を済ませていった。
 そして、最後の客を店のドアの外まで見送って店内に戻って来た。
 その間、クラウドはカウンターと居住区の境目から微動だにせず、じっと息をひそめていた。

 クラウドの頭をグルグルと回るのはたった一つ。

 ティファが…。
 彼女が言ってくれた一言。


『今の生活が今まで生きてきた中で一番幸せ』


 本当にそうだろうか…?
 彼女の子供時代は、少なくとも自分よりも幸せだったと思う。
 例え、母親を亡くした経験があったとしても……。

 素直で可愛い彼女は、村のアイドルだった。
 そんな彼女の周りには常に同年代の子供達で溢れていた。
 自分はそんな彼女を遠めで見ていただけ。
 憧れていただけ。
 そんな自分と彼女の接点と言えば……。

 同じ村出身で…。
 セフィロスを倒す為の仲間で…。
 そして…。
 今、共に生きる伴侶として同じ屋根の下で暮らしている。

 それだけ……と言えばそれだけの間柄。
 彼女には、本当は自分よりももっと相応しい男がいるだろう…。
 それも、この世の中にを探せばびっくりするくらい。

 でも…。
 それでも、自分は…。
 一度捨てたクセに、彼女を……この生活を手放す事は出来ない。
 彼女は…。
 一体どうなのだろう?
 客達の手前、『今の生活が今まで生きてきた中で一番幸せ』と言ったのだろうか?


 イヤ。
 違う。
 そうじゃない。
 客達に彼女が言った言葉は全てティファの本心だ。
 何故そう言い切れるのか……と、問われれば困るのだが…。
 でも、それでも分かる。
 あの『生と死』の狭間での闘いを共に潜り抜けてきた絆が、教えてくれているのかもしれない。

 ティファは弱い。
 もしかしたら、そこらへんにいる極々平凡な女性よりも、その心は繊細だ。
 その繊細な心を砕く寸前にまで追い込んだのは、他ならない自分。
 その事実に、今更ながら戦慄する。

 グルグルと頭の中を回る様々な思いで一杯になっていたクラウドは、ティファがすぐ傍に来ている事に全く気付かなかった。

「おかえり、クラウド」
「うわっ!!!」

 突然、ひょこっと顔を覗き込んで悪戯っぽく笑うティファに、クラウドは文字通り飛び上がって驚いた。
 そんなクラウドを実に楽しそうにクスクス笑いながら、ティファはそっとクラウドに手を伸ばすと、そのまま店内に招き入れた。

「クラウド、ずーっと盗み聞きしてたでしょ?」
「え……バレてたのか!?」

 クラウド専用のスツールに座ったクラウドに、手早く夜食とお酒を用意したティファが、笑みを浮かべてそう言った。

「当然よ。これでも格闘家の端くれですからね。気配を読むのは得意なの」
「……消してたつもりなんだがな…」
 苦笑を浮かべるクラウドに、ティファは笑みを深くした。
「クラウドの気配なら消しててもすぐ分かるわよ」
「…?」
 スープを口に運びながら首を捻るクラウドに、どこか照れたように頬を染めると、ティファはそのまま店の片付けを始めた。


 そのまま静かな時が流れる。
 元々クラウドはおしゃべりではないし、ティファも黙々と片付けをこなしていた。
 ただ……手元を見つめ、洗い物をする彼女の少々俯いた顔が、いつになく穏やかであった為か、静かな時間はとても居心地の良い時間だった。



「それで…?」
「え…?」
 片付けを終えたティファが、珈琲を二人分煎れる。
 そして、隣に腰をかけるのを見計らって声をかけたクラウドに、ティファは首を傾げた。
「何か今日は機嫌が良さそうだから、何かあったのかと思って」
「ん〜、特には何も……」
「そうなのか?」
「うん。どうして?」
「…いや…どうしてって言われても……」
 逆に聞き返されて言葉に詰まる。

 純粋に、何となくそう思ったのだから聞き返されても困る…。

「いや…何て言うか…、もっとこう……落ち込んでたり不機嫌になってるかと思ったから…かな?」
「なに?最後の『かな?』って」
 クラウドの言い方にプッと吹き出しながら、穏やかな眼差しを送ってきたティファに、金髪・碧眼の青年は『やっぱり何か機嫌が良いよな…?』と首を捻った。
「どうして落ち込んだり不機嫌になってる…って思ったわけ?」
 可笑しそうにクスクス笑いながら訊ねるティファに、クラウドは暫く考え込んでから口を開いた。

「何て言うか…。言われたくない様な事を沢山言われてただろ…?」
「…言われたくない様な事…?」
「ああ…ほら。何か『ティファは完璧で弱くない』とか『俺が浮気してるんじゃないか』とかさ、言われてただろ」
「ああ、そう言えばそうね」
「そう言えばって」
 ティファの軽い口調に、クラウドは呆れたような顔をした。
 そんなクラウドに、ティファは笑みを浮かべたまま再びうっすら頬を染めて、自分のカップに視線を落とした。
 何となくカップをクルクル回しながら、何やら一人笑みを浮かべて考えている彼女に、クラウドは頬杖をついてジッとその横顔を見つめる。

 暫くして、ティファが視線を落としたままポツリと呟いた。
「クラウドが……すぐ傍にいてくれてるのが分かったから…かな」
「え…?」
 ティファは視線をチラリと向けると、恥ずかしそうに口を開いた。
「クラウドが盗み聞きしてくれてるの…分かってたから……。だから、お客さん達に何言われても平気だった…と思う」
「…………」

 恥ずかしそうに照れながら言ったティファに、クラウドもうっすら赤くなると自分のカップに視線を落として「そ、そうか…」と一言だけ返した。

 そのまま何となくお互い恥ずかしそうに口を噤んでしまった為、再び店内には時計の針の音だけが聞えていた。


 やがて、すっかり冷めてしまった珈琲をグッと飲み干したクラウドは、
「あ〜、シャワーまだだから汗流してくる」
 と、言い残してそそくさと店内を後にした。

 背中に「うん、ゆっくり疲れとってね」と彼女の声を受け、片手を上げてそれに答える。
 そのまま振り返らずに浴室へ直行し、熱めのお湯を頭から浴びる。
 その間も、ティファの言ってくれた言葉がグルグル頭の中を回っていた。

『俺がいたから……って…。何か……改めて言われると照れるというか……何て言うか……くすぐったいな』
 頬を引き締めようとするのだが、どうしても緩んでしまうポーカーフェイスに、クラウドはホトホト呆れてしまった。
 彼女の一言でこんなにも浮かれてしまう自分に…。


『でも……やっぱり本当は少しはイヤな気分だっただろうに…』
 自分を心配させまいとしてああいう嬉しい事を言ってくれたのだろうか?
 それにしては、本当にどこか機嫌が良さそうだったし、誤魔化して言った雰囲気は微塵も感じられなかった。
『鈍い鈍い』と言われている自分だが、これでも彼女の精神状態に気付くことに掛けては誰にも負けていない…と思っている。
 彼女は……自分にとって分かりやすいから…。

 相変わらずイヤな事があっても中々相談してくれないし…。
 わがままも言ってくれない。
 いつも、ティファ自身の事よりも子供達や自分の事を最優先してくれて……。
 そうして、自分の中にどんどん『イヤなこと』や『欲求』を溜め込んでしまうのだ。

 だから…。
『あの日』も一人であんなに飲まずにはいられなかったんだろうし…。

 クラウドは『その日』の事を思い出して胸が痛んだ。


 先日、店にやって来た一人の女性。
 その女性にはれっきとした彼氏がいる。
 そして、その彼氏と現在破局寸前だったりするのだが、その原因の一つがクラウドにあった。

 数日前、街で女性が男性に絡まれていた。
 それを助けた……つもりだったのだが、何と絡まれていた様に見えただけでただの痴話喧嘩だったのだ。
 その時は、その女性が本当にイヤそうに…迷惑そうに…誰かに助けを求めているように見えたものだから、咄嗟に間に入ってしまい、しつこい彼に一蹴りお見舞いしてしまった…。
 今考えれば、彼氏にどうやって謝罪して良いのか分からないくらい申し訳ない事をしたと反省している。
 ところが!
 彼女は何を血迷ったのか、彼氏を一蹴りで伸してしまったクラウドに、『恋心』を抱いたのだ。
 そして…。
 自分が帰宅する遅い時間まで、じっと店の中で待っていた…。
 当然その間、若い女性の一人での来店に、常連客達は好奇の視線を突き刺し続け、その危害はティファにまで及ぶ結果となった。


『辛かっただろうな…』

 その時の事を思い出すと、ティファがどれだけ辛い思いを味わったか……胸が痛んで仕方ない。
 酒が入った人間というのは調子に乗りやすい。
 おまけに、人気者の女店長に『恋のライバル登場か!?』という状況が目の前に訪れたのなら…。
 それに喰らいつかない者などいないだろう……とは、翌日状況を説明してくれたマリンからの一言だ。

『はぁ……』

 自分自身と周りの男共に嫌気が差して、浮かれていた気持ちはすっかり落ち込んでしまった。


 浴室を出て髪をざっと乾かして寝室に戻ると、ティファは既にベッドに横になっていた。
 時計を見ると、何と一時間近くも経っている。

『……考えすぎたか…』
 どうりで何やら頭がボーっとすると思った。
 そんな事を考えながら、そっとベッドに腰を下ろし、横になっている彼女の寝顔を覗き込んだ。
 と…。
「遅いから心配してたのよ?」
「うわ!」
 パカッと、目を開けて微笑んだティファに、クラウドは本日二回目のびっくりを味わった。
 悪戯が成功した時に見せる子供のような笑みを浮かべつつ、ティファはゆっくりと起き上がる。
「ほんとに、何度見に行こうかと思ったか…。お風呂でのぼせてるんじゃないかって」
「いや…考え事してたらこんなに時間が経ってて、俺も驚いた」
「フフ…そうだろうと思って、だから声をかけに行かなかったの」
 あ〜、でも待ちくたびれちゃったわ

 そう言って嬉しそうに微笑むティファに、クラウドも釣られて笑みを浮かべた。
 そして、そのままどちらからともなくそっと寄り添うと、二人してベッドに腰掛けてふんわりと抱きしめあう。

「本当に長い間温もってたのね。すっごくポカポカ…」
 可笑しそうにクスクス笑うティファの頭に顎を乗せて、「ん…本当に自分でもよくのぼせなかったと思う」と笑って答える。

「あ……そうだ。さっき『良い事あったのか?』って聞いたでしょ?」
「え…ああ。だってやっぱり今日のティファは何だか機嫌が良いからな」
「うん。それで良い事を思い出したの」
 そっと身体を離して微笑む彼女に、クラウドは少し瞳を細めて先を促した。
「ほら……言ってくれたでしょ?あの…クラウドを長い間お店で待ってた女の人が来た翌日の朝…」
「え……?あ、ああ…」
「あの言葉があったからかな…。今日のお客さん達の冷やかしとか…全然気にならなかったの」

 そう言って、はにかむように笑いながら、「クラウドが…こうして弱い私を知っててくれるだけで…私は十分なの…」。


 そう言った彼女がたまらなく愛しくて。
 クラウドは彼女に回した腕に力を込めて引き寄せた。



『ん……あれ?』
『おはよう、ティファ』
『あ……おはよ……って、あれ?いつ私、ベッドに戻ったの?』
『飲み過ぎ。肝臓壊れるぞ?』
『あ……。ごめんなさい』
『いや、良いんだ。俺が悪かったんだから……』
『そんな事ないよ…。本当に…ごめんなさい』
『ティファが謝ることじゃないって。……イヤ、でも一つだけ』
『…なに?』
『ティファは俺にまで強いって見せなくても良いから』
『え……』
『ティファが本当に繊細で弱いってこと…ちゃんと知ってるから。だから、俺の前でそんなに強がらなくて良い。たまには、わがまま言って、癇癪起こして、拗ねて、それで……最後には心から笑って欲しいんだ』
『……クラウド…』
『それから、昨日の女の人、言っとくけど何にも無いからな。』
『うん……』
『あ〜…それから一回しか言わないから…ちゃんと聞いてて』
『……?』


『誰よりもティファを愛してる…。だから…。どこにも行かない…。ずっと…傍にいる…』


 クラウドの胸に頬を寄せて、ティファは彼の鼓動に耳を傾けた。
 心地の良いリズム。
 その心地良いリズムを聞きながら、そっと心の中で呟いた。
『クラウドがどんなに気配を消しても…絶対にこれからも分かっちゃうんだから。
 だって……』


 貴方から漂ってくる温もりまでは消せないでしょ?


 これは、誰にも言えない…ティファだけの大切な大切な…。

 ― 秘密 ―



 あとがき

『ユラユラ揺らめく、乙女心』の拍手で、続編を〜…と仰って下さった方がおられて、嬉しくて書いちゃいました。
 私自身、あの後のお話は書きたいなぁ…と思ってましたので、凄く嬉しかったですo(*^▽^*)o
 自分が本当に想っている人に『繊細な自分』『弱い自分』を受入れられていたら、本当にそれだけで強くなれると思うのです。
 ティファにとってクラウド、クラウドにとってティファがそんな関係ですよね?
 ま、第三者から見たら拙宅のクラティはバカップルですね(笑)。

 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございましたm(__)m