それに気付いたのは…。
 本当に偶然で…。
 その時のティファには、ああするしか……なかった……。



ユラユラ揺らめく、乙女心(前編)




「何してるの!?」

 突然響いた女性の凛とした声は…。
 そこにいる全員を固まらせるだけの迫力と威厳があった。

 ティファの目の前に広がる光景。
 それは…。

 怯えた一人の女性を庇い、数人のガラの悪い男達に殴られ、蹴られている一人の青年。

 そこは、エッジの市場の路地裏。
 何故、そこにティファがいるかと言うと、理由は簡単。
 エッジの市場に、本日のお店の為の買出しやって来たのだ。
 そこで耳に届いた微かな悲鳴。
 これまで培ってきたティファの神経を引き止めるには充分な……助けを求めるその声。

 ティファは、即座にその声の方へ身体を反転させ、風を切って走り出した。
 そして、目の前の光景に…。
 ティファは冒頭の様に威嚇の声を上げたのだ。


 突然、目の前に颯爽と現れた一人の女性に、固まっていた面々の内、最初に我に返ったのはやはり…。

「何だ、威勢の良い声がしたかと思ったら、えらいべっぴんさんじゃねえか!」

 人数が多いという事と、ティファを『女』と舐めているにしている愚かなチンピラ達だった。

「おお!!そこの姉ちゃんよりも良いんじゃねえか!?」
「いやいや、今日はなんて良い日だ!」
「おうよ!こんなに良い女が二人も!」
「こいつは本当についてるぜ!!」
「これは相当高く売れるな!!」


『高く売れる』


 この最後の一言で、ティファはガラの悪い連中が、タダのチンピラではない事を悟った。
 何という事か…!
 この復旧に励む世界で…、この街で、こんな闇がすぐ傍で渦巻いていたのだ。


『人身売買など…!!』


 ティファの逆鱗に触れるには…充分の事実。
 己の中に芽生えた激情にティファは身を任せ、たった一人で極悪達を完全に叩きのめした。
 それは、被害者の男女の目には本当に一瞬の出来事。
 何が起きたのか理解するには時間がかかるほど、自分達の身に起きた悲劇の呆気ない幕切れだった。




「本当にありがとうございました」
「本当に…何とお礼を言って良いのか…」

 リーブに直接電話をかけたお陰か、想像以上に早くWROの隊員達が市場の路地裏に到着した。
 そして、あっという間に地べたに倒れている悪人どもを連行していく。

 その慌ただしい中、漸く我を取り戻した被害者のカップルは、深く深く、ティファに向かって頭を下げた。

「いいえ、それよりも早く彼の方は病院へ…。WROに知り合いがいて、もう貴方の事は話してるから、きっと良くしてくれると思います」
 ティファのその言葉にカップルはますます感激し、瞳を潤ませてティファを見た。
 その光景を、隊員達が温かく見守っていたのだが…。


「では、こちらへ」

 隊員の一人が、そっと肩を貸して青年を支え、車へ連れて行く。
 その青年に、女性がそっと反対側へ寄り添って支えた。
 その姿は…本当に見ていて心温まる光景で。
 ティファは自分が間に合って本当に良かったと思った…。
 しかし…。


「ティファさんは本当にお強いですね!」
 後ろから声をかけられ、振り返るとそこにはWROの制服に身を包んだ若い男性隊員。
「まぁ、ね。これでも格闘家ですから」
 悪戯っぽく笑って握りこぶしを作ってみせる。
 それでも、ティファの細い腕に筋肉質な盛り上がりが出来る事はなく、多少女性としては筋肉がついてるのかな…?という程度だった。

「ティファさんは本当に見ただけでは全く分からないですよね、そんなにお強いって。今も…、ほら…」
 そう言って、その隊員は自分の腕をティファに伸ばして見せる。
「自分の方が腕も太いし、強そうに見えるのに…」
 人間見た目じゃ分からないですよね。

 ニコニコと人の良い笑みを浮かべてそう言う隊員に、ティファは何故か笑顔が強張ってくるのを感じた。
 自分でもその原因が分からない。
 思わずそんな自分に戸惑っていると、今、まさに車に乗り込もうとしていたカップルの声が耳に届いた。

「ごめんなさい、私がもっと足が速くて……あの人みたいに強かったら、貴方がこんな目に合わなくて済んだのに…」
「なに言ってるんだよ。あの人は特別じゃないか。それにさ。お前を庇って出来た傷なら……なんでもないし、むしろ何か誇らしいって言うかさ…」
「…本当にごめんなさい」

 車の後部座席でしっかりと抱き合うカップルの姿。
 隊員達が目のやり場に困ってそわそわしている。
 そんな、どこか可笑しい光景であるのに、ティファの胸には一つの棘が刺さった…。
 その棘の正体が何なのか、ティファには分からなかった。
 分からない方が良かったのかもしれない…。
 それなのに…。


「いやぁ、確かに自分の好きな女性の為に庇って出来た傷なら、男としては本望ですよね。でも、ティファさんには庇う必要はないでしょうから、クラウドさんがそういう気分を味わう事ってこれから先もないんでしょうねぇ…」


 彼は決して悪気はないのだろう…。
 ニコニコと人の良い笑みは変わらない。
 それなのに、その言葉を聞いた瞬間、目の前の若い隊員の顔が奇妙に歪んで見えた。
 そして、ティファは己の胸に刺さった棘の正体に気づいた。



『ああ…私にはああいう『女性らしさ』がないんだ…』



 気が強く、腕っ節も強い。
 洒落っ気もなくいつも同じ服装で、夜に開く店を営んでいる。
 そんな自分には……、あの被害者の彼女のような可憐さ……女性らしさが全くない…。

 勿論、彼は……クラウドはそんな事を気にはしていない。
 今の自分で良いと思ってくれている。
 そんな事は今更分かりきっているのだ。
 だから、こうして目の前に突きつけられた現実に、今更衝撃を受けるなど……滑稽でしかない。
 それなのに…。
 どうしても…どうしても胸に刺さった棘が抜けない。



 気がつけば、ティファは市場で買った物を胸に抱え、セブンスヘブンの前まで帰って来ていた。
 何となく、『よろしければ車でお送りします』と、あの若い隊員に言われた気もしたが、それに対してまともに返答したかどうか、記憶がない。

 ティファはのろのろと、店の入り口を開けた。
 チリンチリン……と、ドアベルの音が頭の上で鳴るのも、どこか虚ろに聞こえる。
 買った物をドサッとカウンターの上に置くと、そのまま暫くスツールに腰をかけ、カウンターに突っ伏した。


 いつもなら…、全く気にもしなかった事なのに…。
 今更…、本当に今更な事実。
 自分は『女』でありながら、少しも『女』らしくない。
 勿論、料理だって洗濯だって、その他家事一般はこなしている。
 でも、それだって実は結構男の人の方が上手な場合が多いとか聞くし…
 それに…。
 自分は確かに二年半前の戦いの時では、クラウドに庇われる…というよりはむしろ、背中を預けて共に戦う間柄だった。
 庇って、そして庇われて…。
 助けて、そして助けられて…。
 それで良かったのだ。
 いや、そうでないといけなかったのだ。
 そうでなければ、あの戦いの最中、共にいる事は叶わなかったのだから。
 そうして辛い戦いを彼と…、そして仲間達と一緒に乗り越え、勝利を手にした。
 だからこそ、『現在』がある。
 手にした『現在』は、自分にとって本当に幸せな日々。
 だからといって、その『現在』を手に入れる為に、沢山の大切な命を巻き込んだ事も……忘れてはいない。
 忘れてはいないのだが…。

 こうして幸せな生活を手にしてしまうと、『もっと、もっと』と欲が出てきてしまった。
 彼に……クラウドに『女性として見て欲しい』…。
 本当は…自分には人並みな幸せを手にする権利などないのに…。


 そこまで考えてティファは自嘲気味に笑った。

『デンゼルとマリンがまだ帰ってなくて良かった…』

 こんな自分を見たら、子供達はさぞ心配するだろう…。
 こんなに弱い自分を見せるわけにはいかない。
 勿論……『彼』にも…。

 ゆっくりと冷たいカウンターから身を起こし、頭を一つ振ると、今夜の店の準備に取り掛かるのだった。




「ティファちゃん、生ビールよろしく!」
「は〜い!」

 その日の夜も、いつもと変わらず大盛況のセブンスヘブンで、注文が飛び交い、その度に看板娘と看板息子、そして店主のティファは笑顔を振りまきながら走り回っていた。

 明るい笑顔。
 元気のいい声。
 そして……温かな空気。
 それらを求めて、今夜も常連客達が一日の疲れを癒すべく集ってくる。
 その客達の一人一人の顔を見ながら、ティファは昼間の『棘』が薄らいでいくのを感じていた。

 自分にはやっぱり、こういうのが性にあっている…。
 忙しく働いて…。
 可愛い子供達に囲まれて…。
 そして…、毎日本当に頑張って働いてくれる彼の為に、この店と家を守って…。
 そういう生活が…。
 自分の幸せ…。

 そう思い、ホッと息を吐き出した時、カウンターに座っていた客の一人がティファに話しかけた。
「そう言えばさ、ティファちゃん、今日、大活躍だったんだって?」
 ティファはその言葉にギクッとなる。
 薄らぎかけた『棘』が、再びその存在を主張し始める気配がする。

「その話は…」
 ティファがそれ以上話さないよう、頼もうと口を開いた時、
「へ、なにそれ?」
 たまたまカウンターに戻っていたデンゼルが、客の言葉に耳ざとく食いついた。
「デンゼルは知らないのか?今日、市場の裏路地でティファちゃんが悪党どもをやっつけて、若いカップルを助けたんだぜ!」
「「「へぇ〜!!!!」」」

 その男の声は大きく、周りにいた客達の耳にも当然入った。
 周りから湧き起こる感嘆の声に、ティファはうろたえた。
 そんなティファを置き去りに、その男の話は続けられそうになる。
 ティファは、早くこの話題を打ち切りたかった。
 再び、胸の『棘』がその存在を主張すべく、鈍い痛みを与え始める。
「そんな…たまたま通りかかったら悲鳴が聞えたから…」
 そう言って、極力何でもない話のようにしようとするが、その男の興奮振りの前ではティファの努力は無駄でしかなかった。

「なに言ってんだ!通りかかったのがティファちゃんだったからこそあのカップルも助かったんだぜ?普通の人間が通りかかったって、巻き添え食うか、せいぜいが救援を求めるくらいが精一杯だろう?」
「そうだよなぁ。あの辺りって最近良い噂聞かないしな」
「だろう?んでよ、その悪党どもは例の『人身売買』のグループの一つらしくてさ。ティファちゃんだからこそ相手に出来たような輩ばっかりだったんだってよ」
「へぇ!」
「流石ティファちゃん!」
「ティファちゃんで良かったよなぁ!」
「俺でなくて良かった…」
「おう、お前なら確実にやられてるよ!」
「そう言うお前だってそうだろうが!」
「ま、この街であの連中と真っ向から遣り合えるのって、クラウドさんかティファちゃんくらいじゃないか?」
「「「そうだよなぁ!」」」


 ティファの内心を知る由もない客達の賞賛の言葉の数々。
 ティファの胸の中の『棘』が太くなる…。
 聞きたくないのに聞えてくるその賞賛の言葉と、見たくないのにどこを見渡しても飛び込んでくる羨望の眼差し…。
 それに加えて、
「何だよ、ティファ〜!一番に俺とマリンにそういう事教えてくれよ!水臭いじゃないか〜!」
 というデンゼルの少し拗ねたような顔。
 その顔を見ながら…ティファは苦い笑いを浮かべるしかなかった。

 そんなカウンターの様子を、店のテーブルの一角で接客業をしていたマリンが、気遣わしそうに眉を寄せてじっと見つめていた事には、誰も気付かなかった…。


 やがて、時間はどんどん過ぎていき、先程『ティファの英雄談』を持ち出した客も帰り、客層が変わった頃。
 ドアベルの音共に新たな客が顔を見せた。
 その客は、この時間にしては少し珍しい若い女性の客。
 子供達がもうそろそろ休む時刻に来る客達は、大体が中年層の男性客が多い。
 そんな中、見目麗しい若い女性の来店に、ティファと子供達、そして客達が揃って目を丸くした。

「あ、いらっしゃいませ」
 戸惑いながらも笑顔で声を掛けるティファに、その女性はどこかオドオドとしながらも真っ直ぐカウンターを目指した。
 それを、酒が入って気分が高揚している常連客達が、好奇の視線を隠そうともせずに注いでいる。
 居心地の悪い思いを胸一杯に抱え、不安そうな顔をしている女性客に、子供達は目配せし合うと揃って駆け寄り、
「「いらっしゃいませ」」
 満面の笑みで出迎えた。
 女性は、あと数歩という所で子供達の出迎えを受けた事に面食らっていたが、すぐに頬を緩めると、
「こんばんわ」
 愛らしい声で挨拶をした。
 その愛らしい…女性らしい声と仕草に、酒の入った客達が一斉にどよめく。

 何しろ、先程もこんな時間に本当に珍しいのだ。
 それに、オドオドしながらも子供達に向けた笑顔の可憐なこと…。
 酒が入ったおっさん達を刺激するには充分だ。

 店内がどよめいた事で再び不安そうな顔をする女性に、ティファが常連客達を一喝した。
「もう!皆、ダメですよ、お客様が怯えてらっしゃるじゃないですか!」
「おっと、こりゃ失礼!」
「でも、ティファちゃん、俺達も客なんだぜ〜?」
 カカカ…と笑いながらそう言う赤ら顔の男性客に、ティファはニッコリ笑うと、
「もう沢山飲まれたし、お勘定にする?」
 と一言。
「え〜、俺はまだ飲み足りないなぁ…」
「フフ…ダメよ。このお店の店長は私。他のお客様のご迷惑になるような方に、これ以上長居して頂くわけにはいかないわ」
 両手を腰に当て、ニッコリと笑いながらも鋭い視線を向けるこの店の店長に、異議を申し立てる人間などいるはずもない。

「分かった〜!降参、降参!!」
「本当、ティファちゃんには敵わないなぁ」
「姉ちゃん、本当に悪かったな」
「あんまり姉ちゃんが綺麗だから、つい見とれちゃっただけなんだ」
「そうそう、悪気はなかったから…ごめんな」

 次々と謝罪の言葉を投げかけられ、女性は少々戸惑っていたが、それでも店に入って来た時に比べてうんと穏やかな顔になった。
 そして、ふんわりと微笑むと、ティファに向けて頭を下げた。
「すいません、こんな時間に来た私が悪いんです…」
「いえ、構いませんよ。それよりも、お一人様ですか?」
 ティファが笑顔で女性に椅子を勧めようとすると、その女性は躊躇いがちに口を開いた。


「あの……こちらにクラウドさんがおられると聞いてお邪魔させて頂いたんですが……」


 その言葉に、ティファの笑顔が僅かに引き攣った。

「えっと……クラウドはまだ帰ってないですけど…」
 ティファの変わりにマリンが答え、デンゼルは、何だか心配そうにチラチラその女性とティファを見比べている。
 常連客達は、何やら面白そうな展開に、興味津々な顔をして聞き耳を立てている。

 女性は、モジモジしながら、「そうですか…」と、小さく返答し、それっきりどうして良いのか分からないのか顔を赤らめて俯いてしまった。


『クラウドに……何の用だろう…』


 ティファの心に、暗雲が立ち込める。
 こんな時間にやって来たという事は、彼が帰宅している時間を狙ってやって来たという事が明白だ。
 目の前の女性は、いかにも『女の人』で、おまけにこんな遅い時間に、酒の出る店に入った経験がないのも見ていて良く分かる。
 たった一人でこんな時間にこの店に入るには、かなり勇気が必要だったはず。
 そんな思いまでしてクラウドに会いたがっている理由……。


 ティファは、ざわめく胸を押し殺す為、カウンターの中で誰にも見られないようにグッと強く拳を握り締めた。
 そしてそっと大きく深呼吸をし、気持ちを切り替える。
 そうして、必死の努力を瞬時に済ませると、ティファは笑顔を顔に貼り付け、
「クラウドはまだ帰ってませんけど…良ければ待たれますか?」
 と、カウンターの入り口に近いスツールを勧めた。
 女性は顔を上げると、はにかむような笑顔を見せて、コックリと頷き、ややぎこちない動きでそのスツールへと足を向けた。
 その女性の後姿を店内の客達が好奇の視線で見つめ、そして、その半分の好奇心をこの店の店長に注ぐ。
 子供達は、本来ならもうそろそろ休む時間ではあったが、とてもじゃないがこのままティファ一人に店を任せる事など出来ない。
 二人はアイコンタクトを取って頷き合うと、外しかけたエプロンを再びしっかりと身に着けなおし、接客業へと戻って行った。

「ちょ、ちょっと、二人共…」

 子供達の行動に、ティファが戸惑いつつ声をかける。
 しかし、子供達はニッコリと笑うと首を横に振った。
「俺、最近クラウドに会ってないしさ〜」
「私も!今朝だって朝早くに出ちゃったから『おはよう』の挨拶してないどころか、顔も見てないんだもん」
「たまには『おかえり』って言ってやりたいもんな」
「そうそう!それに、ティファ…今日は何だか疲れてるみたいだし…。私達は一日くらい遅くまでお手伝いしたって平気だもん」

 なんと出来た子供達か…。

 子供達の優しい言葉に、ティファは胸に温かいものが込上げてくるのを感じつつも、
「もう…しょうがないわね」
 口にしたのはその一言。


『本当に……私って可愛げがない……』


 子供達の気遣いを嬉しいと思うくせに、こうして捻くれた言葉しか返してやれない。
 ティファは、子供達に感謝すると同じ位、自己嫌悪に陥るのだった…。



 あとがき

 何となくシリアスチックなお話しになりましたね。
 後編ではクラウドが帰ってきます。

 それにしても…拙宅の子供達は本当に大人ですねぇ(苦笑)
 では、後編をお待ち下さいませ。