人間、誰にでも得意なもの、苦手なものがある。
 得て不得手というものは、当人の親しい人、近しい人から見て案外『へぇ、こんなのが得意なんだ』とか『え〜!?これ苦手なの!?』ということも珍しくない。
 そんなことは改めて指摘されるまでもなく知ってはいるが、実際自分がその対象となり得ることがあろうとは、意外と想像しないまま日々を送っているわけなのだが…。







意外すぎて信じられない真実(前編)







「…『カラオケ』大会…?」

 耳慣れないその言葉に、クラウドは仏頂面を更に不機嫌な色に染めた。
 目の前にいる彼女が発したからこそ余計に怪しいものに感じられる。
 だがしかし、自分のそんな怪しんでいる様子に相変わらず目の前の彼女は全く意に介さない。

「そう!『カラオケ大会』!今度ウータイの祭りでやぐらに乗って、そこで歌うんだ〜♪」

 ノリノリに拳を握り締めて嬉々として語るのは、華も恥らう乙女のはずのユフィ・キサラギ。
 だが彼女の場合、華も恥らう…という言葉は少々不釣合いだった。
 活発過ぎる彼女の気性はそのまま外見にもしっかり表れていて、『乙女』というよりも『おてんば娘』という言葉がピッタリ来る。
 そして、そんな彼女だからこそジェノバ戦役の英雄という堅苦しいイメージが微妙に緩和され、一部分の人間からは親しみを持たれることとなっている。
 この場合、親しみを持たれる対象となっているのは、勿論リーブ率いるWRO隊員と彼女の地元、ウータイの人間だ。
 そして、それらの人達が世界中に赴くことで大きな輪となっていることをこの破天荒娘も、クラウドも知らない。
 だから、彼は意外なところで大きな影響を世の中に与えている少女を前にして、いつもの態度を崩さない。
 何しろ、彼女との出会いはサイアクだった。
 旅の途中でもやっぱり手を焼かされた。
 だが、いつの間にかかけがえのない仲間となり、こうして気軽に押しかけてくる。
 そんな彼女をイヤそうな顔で出迎えつつ、実は案外そんなに嫌がっているわけではない…と評するのはクラウドの同居人であるティファ、デンゼル、マリンだった。
 先ほどからいつものようなハイテンション振りをかましてくれているユフィに対し、クラウドは全く我関せずの態度を崩さない。
 イヤ、明らかに警戒している。
 わざわざ『自分がカラオケ大会』で歌うから、というだけでここまで来るだろうか…?
 そんな報告だけなら、携帯に一報入れたら事足りる。
 ついでに『見に来てよ!』そこまで希望するなら、シドを当日セブンスヘブンへ向かわせるだろう…強引に。
 今回、ユフィは珍しく交通手段を利用してエッジに来た。
 乗り物酔いの激しいユフィが、乗り物酔いをおしてまでやって来たのだ、ただで済むはずがない。

「でさ、皆にも参加してもらおうと思って」

 そら来た!

 クラウドは裏切られて欲しかった予測が当たったことに警戒した。
 いや、警戒というには覇気がなさ過ぎる。
 どうやらもう最初から諦めているのか、完全に無視を決め込むのかのどちらかだろう…と、ティファはチーズケーキを切れ分けながら思った。
 一晩熟成させたチーズケーキはほどよい甘さと酸味が絶妙の一品だ。
 甘い物がそんなに得意でないクラウドも絶賛するほどのケーキ。
 クラウドが休みの日のおやつに決定している特別なケーキ。
 そのケーキを、ティファは器用に10等分する。
 大きなホールケーキは、いつもは8等分。
 4切れはクラウド達が食べる。
 残りの4切れはその日の夕食のデザートとして再登場する。
 再登場する時、チーズケーキにはイチゴのシロップが可愛くかけられていて、ただの再登場とは違い、一工夫されたものとなっていた。
 子供達は勿論、クラウドもティファのその細やかな心配りと柔軟なアイディアを手放しで褒め称えた。
 無論、クラウドの場合はせいぜい、
『…すごいな…』
 目を丸くしてからスッと柔らかく目だけで笑う。
 しかし、ティファにはそれだけで充分だ。
 彼がここにいる。
 子供達を…、自分を受け入れて家族として愛してくれている。
 自分のことを1人の女性として愛してくれている。
 これ以上の幸せはちょっと考えられない。
 まぁ、これ以上の幸せとして挙げられるのは…。

(…ドレス…着る機会があれば良いな…)

 ふとそんなことを唐突に思いついて、1人赤面する。
「ティファ、顔赤いけど大丈夫?」「疲れたの?」
 ハッ、と気がつくと、心配そうな顔をした子供達がジッと見上げていた。
 まさか、自分がウェディングドレスを着てクラウドの隣で微笑む姿を想像したなどと言えるはずもなく、ティファは取ってつけたような笑みを浮かべて「なんでもない」と言ってみた。
 子供達の表情が晴れなかったので、上手く笑えなかったのだろう…と分かったものの、さりとてこれ以上何か口を開けば墓穴を掘りそうだ。
 ティファはいそいそと切り分けたケーキを持ってカウンターから出た。
 クラウドとユフィの座っているテーブルへ運ぶ。
 ケーキをテーブルに並べようとして、クラウドが見つめていることに気がついた。
 首を傾げて見せると、
「大丈夫か?体調が悪いとか…?」
 心配そうに紺碧の瞳が覗き込んだ。
 どうやら子供達とのやり取りを聞いていたらしい。
 そんなに広くない店内だから聞こえていたとしても不思議ではないが、クラウドはユフィと話をしていたはず。
 それなのに子供たちとのやり取りをしっかりと聞いていたことに、ティファはなんとも言えず恥ずかしさと、それを上回る喜びに胸が震えた。

「うん大丈夫よ、ありがとう。ごめんね、心配かけて」

 自然と綻んだ顔でそう言うと、クラウドはほんのり耳を赤くしながら「そうか…」と顔をユフィに戻した。
 しかし、彼がユフィに意識を戻していないことは分かった。
 何しろ、ユフィはチーズケーキにすっかり心を奪われているのだから。

「ん〜〜!んま〜い!!ティファ、これ最高ーー!!」
「そう?ありがとうユフィ」

 手放しで心の底から美味しそうに食べてくれる彼女の姿に、ティファは穏やかな気持ちのままカウンターに戻った。
 コーヒーを運ぶためだ。
 子供達は既に自分達用のジュースをコップに注いでいる。
 せめて自分達の分くらいは自分達で…という心遣いが見て取れる。
 ティファはニッコリ笑いながらデンゼルとマリンに、
「ありがとう」
 と呟いた。
 面と向かってはもう言わない。
 デンゼルとマリンにとって、『自分のことは自分でやる』ということは至極当たり前になっているからだ。
 そう考えて行動に移す幼い子供達はそうそういるものではない。
 デンゼルとマリンがこうしてなるべくティファの負担をかけないよう、自分で出来ることを積極的に行動するようになったのは、やはりティファとクラウドの影響が強い。
 デンゼルもマリンも、将来はクラウドやティファのような大人になりたい、と日頃から嬉しいことを言ってくれている。
 今、頑張って自分の出来る範囲のことを取り組んでいるのは、将来の目標が大きいからだ、とも少年達は考えてくれているらしい。
 その話しをティファは最近、デンゼルとマリンの友達の母親達から聞いていた。
 そのときの誇らしい気持ちは今でも胸の中にしっかりと確かなものとしてある。
 クラウドもそうだろう。
 ユフィに祭りの話しを切り出された時から、子供達が妙に興味を持たないか心配している風がある。
 恐らく、ユフィの奇行も子供達は『自分達にも出来る』と判断したら実行してしまうだろう。
 それが子供達の将来に影となってしまうかもしれない可能性を秘めていても、子供達はきっと実行する。
 少しでも成長出来るように、貪欲に自分達の出来ることを求めて…。

『でも、アイツの影響を受けて成長してしまうと手放しでは喜べない…。やっぱりそれだけはやめて欲しい…』

 いつだったか、クラウドはそうぼやいたものだ。

「で?お前はわざわざそんな話しを言いに来たのか?」

 あっという間にチーズケーキを平らげ、ついでにクラウドの分まで狙っている風なユフィにクラウドは溜め息交じりで話しを促しながら、そっと自分の分を確保すべく手前に引き寄せた。
 ユフィの視線が引き寄せられた皿に添うようにして動く。

「うん、だから誘いに来たの」
「なにに?」
「お祭りに」
「誰を?」
「クラウド達に決まってんじゃん」
「…行かない」
「なんで!!」

 淡々と交わされたその会話は、やはりと言うべきか…ユフィの大声でリズムが狂った。
 デンゼルとマリンは美味しそうにケーキを頬張りながら、興味津々の瞳を憧れの英雄達に向けている。
 ティファは苦笑しながらコーヒーをクラウドと自分の前に、カフェオレをユフィの前に置いた。
 ユフィが祭りの話しを持ってきた時からこうなることは予想していたのだろう。
 そしてクラウドが拒否することも想定していたらしい。
 ただ黙って成り行きを見守る姿勢を保っている。

「遠路はるばるやって来た仲間に対してその態度は酷いんじゃない!?」
「来てくれと頼んだ記憶はない」
「あー!そんなこと言うんだ、ほんっとうにこの薄情者!!冷酷魔人!!むっつりスケベーー!!」
「最初の2つは認めるが、最後の1つは認めない」
「ケチ、ドケチ、ケチで狭量な男なんかティファには勿体無ーい!!」
「…やかましい…」
「ティファ、今すぐこんな無愛想甲斐性なし男なんか追い出して、ウータイで良い男見つけなよ!!そうしよう!!」
「…たたき出すぞ…」
「へ〜〜んだ!出来るもんならやってみろー!!」
「……」

 無言で立ち上がったクラウドにユフィもサッと立ち上がる。
 応戦するためではない。
 ティファの背後に素早く隠れると、
「ティファ〜!あの変態男と別れた方がティファのためだよぉ!」
「ユフィ…」
 更にクラウドを煽るようなことを口にする。
 ティファは苦笑するしかない。
 クラウドが怒り半分、困惑半分でむっつりと黙り込んでいるのをただただ見守るだけだ。
 正直、クラウドがユフィと接していている姿を見るのが好きなのだ。
 いつもの無表情がよい意味で崩れている…と思うのはティファの惚れた欲目だろうか…?

「デンゼルとマリンも行きたいよねえ〜?」

 ユフィの目が勝利に輝きながら子供達を捉えた瞬間、クラウドは敗北を感じた。
 デンゼルとマリンが否定するはずないし、2人が嬉しそうな顔をするなら自分の気持ちなんぞそっちのけにして2人の笑顔を守りたい、と思ってしまうのだから。

(この卑怯者!!)

 心の中で思いっきりののしりながら、クラウドはデンゼルとマリンの「「 行きたーい!! 」」という弾んだ声にガックリと肩を落とした。


 *


「うわ〜!すっごい人だなぁ!」
「うん、本当だね!市場よりも多いねぇ〜」

 子供達の弾む声とティファの微笑み。
 クラウドは今回のユフィの策略に対し、もう怒ってはいなかった。
 ティファ達のこの表情を見れたのだから、何の不満があろうか。

(まぁ、ぶっ続けで配達したのはしんどかったが、良しとするか)

 今回の旅行のため、急遽クラウドは配達の前倒しを行った。
 3日連続で働きづめたクラウドは、当然のように今回の旅行に借り出されたもう一組の不幸な夫婦の所有する飛空挺の中でウータイの地に着くまでずーっと眠っていた。
 お陰で初めて飛空挺に酔わないで過ごすことが出来たのは、嬉しい発見だ。

 次からはこの手で飛空挺に乗ろう…。

「それにしても、ユフィの奴、一体どこに行った?」
「やぐらで歌う、って張り切ってたからやぐらの近くじゃないかしら?」

 ハイウィンド夫妻が人混みに戸惑いながらも、どこか楽しげに話をしている。
 クラウドはシエラの言う『やぐら』を探した。
 すぐに目に付いたその高い『やぐら』には、大太鼓が設置されており半裸の男が勇ましい声を上げつつ打棒を振り上げている。
 腹の奥にまで響くその力強い太鼓の音は、それだけで祭りの雰囲気を最高潮に盛り上げ、活気づかせた。
 デンゼルとマリンが一生懸命背伸びをして人だかりの間からやぐらを見ようと頑張っている。
 クラウドはデンゼルをひょい、と担ぎ上げるとそのまま肩車をした。
 マリンはシドが肩車をする。

「うわ〜、すっげぇ!」
「カッコいい〜」

 感嘆の声を洩らす子供達に、クラウドはユフィへの策略を感謝する気持ちにまで達した。
 日頃からあまりかまってやれない子供達を喜ばすことが出来て気分は最高だ。
 隣で同じく目を輝かせているティファもクラウドと同じ気分なのだろう。
 楽しそうに祭りの雰囲気を味わっているようだ。
 それに実際クラウド自身もこの祭りを楽しんでいた。
 力強い太鼓の音。
 立ち並ぶ屋台から漂う様々な食べ物の匂い。
 心浮き立つ音楽に人々の楽しそうな笑い声。

 どれもこれもが楽しい。

「あ!ユフィ姉ちゃんだ」

 デンゼルの声にクラウド達は屋台や人の波から視線を移した。
 やぐらには、いつの間に着替えたのか浴衣姿のユフィが上っている。
 濃紺の生地に『朝顔』が描かれているその浴衣は、いつも活発な彼女には少し地味に見えた。
 だが、彼女の存在自体が華やかなのでむしろ丁度良いかもしれない…。

「1番、ユフィ・キサラギ、『ニブル山を越えて』歌います!!」

 マイクを握り締め、笑顔満開でそう言ったユフィに人々が大きな拍手と声援を送る。

「『ニブル山を越えて』?」
「なんだそりゃ…」

 耳慣れないその歌の名にクラウドとシドは揃って首を傾げた。
 デンゼルとマリンはその辺の疑問はないのか、クラウドとシドの頭の上で一生懸命ユフィを応援している。
 ティファとシエラも手を叩いてユフィを見つめていた。

 曲が流れる。

 縦笛…だろうか…?
 笛の音が流れ、次いでサックス、トランペットなどの管楽器の音色があふれ出す。
 まるで…そう、『こぶし』を利かせたその音楽にクラウドは目を丸くした。
 ユフィに『演歌』!?
 なんと似合わない選抜か!
 だがその感想も、彼女が歌いだすとあっという間に霧散した。


 アナタ、変わりは、ないで〜すか〜?
 山の寒さが〜、身に染み〜て〜…。
 思い〜出される〜ぬくも〜りに〜、
 なみだこら〜える〜この目には〜
 今夜も月が〜にじみます〜。



「…上手い…」
「…意外だ…」

 クラウドとシドは唸った。
 全身を使って『こぶし』を織り交ぜ歌うユフィは、いつもの破天荒娘とは思えないほどの歌唱力を持っていた。
 振られた女の悲しみを実に素晴らしく表しているユフィに、クラウドとシドはただただ目を丸くするばかりだ。


 アナタ〜、恋しい〜、
 こころが〜、今宵も〜この身を〜、捨てて〜。
 ただ〜、アナタを〜追いかける〜。
 ニブル山を〜〜、越えて〜〜。



 最高潮に達したその歌は、大歓声の中終わった。

「ありがとうございました〜!」
 ペコリ、と頭を下げたユフィにもう1度盛大な拍手が送られる。
 知らず知らずのうち、クラウドとシドも手を叩いていた。
 信じられん…というのが本音だ。
 ユフィの歌唱力に対してもそうだが、ユフィに拍手をすることが起こったということが信じられない。
 まさか、あの破天荒、派茶目茶ガールであるユフィに拍手を!?
 強制されることなく自分から手を叩く日が来るとは!!

 クラウドとシドは、ただただ驚くばかりだった。
 だがその驚きも…。

「はい、では次の人は〜」

 ニヤッと笑ったユフィと目が合った。
 そう感じると共にクラウドの背中に悪寒が駆け抜けた。
 本能で感じる。

 ヤバイ!!

 クルッと踵を返して背を向けようとしたがユフィの方がほんの半瞬早かった。

「あそこにいる『ジェノバ戦役の英雄』クラウド・ストライフにバトンしま〜〜す!!」

 ビシッ!と指を指したクラウドに祭り客達の視線が集中する。
 クラウドはデンゼルを肩車したまま石化した。
 ティファがビックリしてクラウドを見る。
 シドとシエラも目を点にして硬直した。
 マリンとデンゼルは、
「「 え!?クラウドが歌うの!? 」」
 と、驚きながらもはしゃいだ声を上げた。

「さぁさぁ、皆〜!クラウド・ストライフを連れてきて〜!!」
「「「「 おおーー!! 」」」」

 異様な盛り上がりを見せる人々にクラウドはあっという間に包囲された…。