フッと夜中に目を覚ましたティファは、そのままゆっくりと首を回した。
隣には……愛しい人が今夜も……いない……。
I need you (前編)
時計を見るとまだ夜中の3時過ぎ。
ベッドに入って暫く眠れなかった為、実質取った睡眠はほんの2時間ほど。
それなのに、異様に目が冴えている。
一人寝は寂しい。
一体何の歌だっただろう?
ふと脳裏をよぎったそのフレーズに、ティファは自嘲した。
別に一人で眠ることには慣れている。
一人で眠ることが苦痛で仕方なかった時もあった。
いつ、戻ってきてくれるのか…。
かけても絶対に出ない彼の携帯。
苦しくて……悲しくて……寂しくて……。
泣きたくて、でも子供達の手前、泣くことも出来ずに必死に耐えて…待つだけだった日々。
その事を考えたら、今はなんと幸福なことか。
彼は帰って来てくれたのだから。
そして、今は必ず電話に出てくれる。
留守電に入れていたら必ず折り返しかかってくる。
それが…どれほど幸福か。
彼には…恐らく分からない。
子供達には自分に近い喜びを感じることが出来るだろう。
だが、同じくらいの喜びを…幸福を感じることが出来る人間はいない。
ティファはそう思っていた。
だから。
こうして彼が他の大陸に渡って仕事をし、帰宅出来ないことは…なんでもない。
なんでもない…はずなのに。
「欲張り……なんだよね…」
そう言って、溜め息を吐く。
眠ることも出来ず、だからと言って、起き上がる気にもなれず、ただベッドに横になる。
ボーっと天井を見つめていると、段々天井が迫ってくるような…そんなありえない思いに囚われ、慌てて横を向く。
壁側に向くと壁が迫って見える気がして、自然とドアの方を向く。
…今にもドアを開けて彼が静かに入って来やしないだろうか…?
馬鹿げた考えにギュッと眼を瞑る。
ドアを見つめていたら本当にその事を期待してしまいそうだった。
そのまますっぽりシーツを頭まで被り、身体を丸めて小さくなる。
カチカチカチカチ…。
シンと静まり返った部屋に時計の針だけが静かに響く。
とても…寂しい音。
一人でこの音と付き合うのは別に最近の事ではない。
もう…長い間、夜中に目が覚めてはこの音と一人で付き合った。
ニブルヘイムが元・英雄に滅ぼされてから…。
クラウドが家を出て行ってから…。
そして……彼が戻ってきてくれた今も、他の大陸に仕事で出かけている間…。
ずっと一人でこの音と付き合ってきたのに、段々一人で付き合うのがイヤになっている。
とても寂しい気持ちで一杯になってきている。
なんて贅沢で我がままな自分。
出来れば…、他の大陸の仕事は引き受けて欲しくない…そう言ってしまいそうになる。
勿論、そんな馬鹿げたことは口にしないし、エッジのある大陸であったとしても端っこにあるジュノンよりも更に向こう側…、本当の大陸の端まで配達に行けば、他の大陸に行くのと同じほど時間がかかって、結局帰ってこれなくなるのだから…。
「…バカなんだから…」
シーツに包まったままこぼれた本音は、モゴモゴとくぐもって耳に響く。
それが余計に寂しさを募らせて、情けなさに拍車をかける。
「クラウドが帰ってくるまで…あと……三日と半日…」
ロケット村とニブルヘイムへ配達に行く。
その間にある、名前も決まっていないような小さな村や出来たばかりの町にも配達に行くらしい。
クラウドが出発したのは昨日、いや、もう日付が変わっているので一昨日になる。
その間、まさに目の回るような忙しさなのだ…彼にとって。
「ちゃんと…休んでるかなぁ…」
頑張りすぎる彼のことだ。
無理をしてないかが心配。
彼が家に帰りたいと思ってくれている事も知っているから余計だ。
ほんの少し無理をして仕事を少しでも早く片付け、帰宅出来るようにしてくれるだろう。
その結果、疲労が溜まって仕事でミスをしないだろうか…?
いや、それだけでなく、まだ各地で勢力を保っているモンスターの歓迎に対応出来なかったとしたら…?
「ちゃんと食べてるかなぁ…」
どうせ、簡単な携帯食しか食べてないのだろう…。
そうやって、少しでも時間を惜しんで仕事をこなそうとするクラウドの姿が目に浮かぶ。
『大丈夫だ。ちゃんと夕飯も食べたし、宿にも泊まれてる。…フッ。ティファは心配性だな…』
眠る前にあったクラウドからの電話を思い起こす。
そう…大丈夫だ。
彼も立派な大人なんだから。
それに、あの過酷な旅を成し遂げたではないか。
湧き起こる不安を払拭するようにそう自分に言い聞かせる。
だが、一度不安を抱いた心はそう簡単に落ち着いてはくれない。
彼が、自分を心配させまいと、本当はウソをついているのではないだろうか…?
本当は……怪我でも負っているのかもしれない。
いや、怪我は無いにしても、食事をきちんと取ったかは……甚だ怪しい。
何しろ、食事の時間を削ってまで仕事を早く済ませようとしているのだから…。
後から後から心配事が頭をもたげてきてティファを完全に眠りの国から引き剥がした。
大きな溜め息を吐きながら起き上がる。
クシャクシャと髪をかき上げながら、ティファはベッドから下りた。
子供部屋の前で一瞬立ち止まり、そっとドアを細く開ける。
子供達が良く休んでいるのを確認し、頬を綻ばせながら足音を忍ばせ階段を降りる。
今から朝食の用意はいくらなんでも早すぎるが、ちょっと豪勢に作っても良いだろう。
余ったら冷蔵庫に保存して自分用の夕飯にしても良い。
カウンターの明かりだけを灯す。
店内の真っ暗闇がほんのりと明るく照らされる。
いつも明るい声で賑わう店内が、やけに広く感じられ、どこか違う所に来たような錯覚を覚える。
暫しカウンターのシンクにもたれてぼんやりしていたが、ブルリ…と身体を震わせて「う〜…やっぱり冷えるわね」と独りごちながら、持ってきていたカーディガンに手を通した。
自分を抱きしめるように二の腕をこすりながら、冷蔵庫を覗く。
あるのは…。
「ん〜…バターにミルク、ブイヨンに…」
一つ一つ声に出して確認しながら頭の中でメニューを決めていく。
こんな早い時間から作るのならば、煮込み料理をしておくと朝食の食卓にはこの上なく美味しい料理を並べることが出来そうだ。
「うん、そうね。シチューのホワイトソースを別によけて、鶏肉を焼いたものにかけても美味しいし…」
「今からだったら、だし汁が良く出たスープも別に作れるわね。お店用に回せるわ…」
「ん〜……あと、これとこれと……あ!これも作って…。そしたら保存用に利用できるし…」
いつもより多い独り言を口にしながら、調理に取りかかる。
静まり返った店内に、独り言と調理の音がやけに響いて聞える。
そのことが余計に寂しさを助長させるようで…、ティファは唇の端を少し持ち上げて自嘲した。
自分がとても惨めで小さく見えた。
信じている…と、心の中で繰り返すたびにそれが果たして本心なのか、それとも『信じている自分』を演じているのか、『信じられない弱い自分』を覆い隠そうとしているのか…。
どれが本当の『自分』なのか分からなくなってきていた。
「……全部……本当なんだろうなぁ」
緩慢な動きで手を止め、ポツリと呟く。
耳が痛くなるほどの静寂が戻ってきた店内は……寂しい。
ズーン…と、気分が沈む。
溜め息を吐いてカウンターの中をゆっくりと見回す。
乱雑に置かれた材料に、切ったばかりの野菜。
「……傷んじゃうよね……」
はぁ…。
また、溜め息を吐いて調理に取り掛かった。
なんだってまた、こんな時間に料理をしようなどと思ったのか…。
自分の行動の不可解さに溜息と自嘲の笑みしか出てこない。
こんなにもアンバランスになってしまう原因は、弱い自分のせい。
そして、こんな弱い自分を置いて仕事に行っている彼のせい。
「だなんて、言えるわけないよね…」
またもや情けない思考に溜め息をこぼしつつ、ガックリと項垂れる。
その反動で手元が狂い、危うく指を切りそうになってヒヤッとした。
包丁を持ったままなんと危ないことを…!
我ながら情けない。
情けなさ過ぎる…。
頭をブンブン勢い良く振り、暫し調理に専念すべく気合を入れた。
でなくては、このカウンターの中の惨状は甚大な被害をもたらしてしまう………家計及び、子供達と自分のお腹に。
それだけはなんとしても避けなくては!
このご時勢、そんな勿体無い事など許されない。
いやいや、たとえ星の復興が終わり、本当の意味での平和が戻ったとしても、食べ物を粗末にするなどとんでもない話だ。
気合を入れなおした甲斐もあり、一時間後には無事に一段落を迎えた。
ティファは重たい息を深く吐き出すと、カウンターの中に置いてある小さな椅子に腰を下ろし、クツクツと良い匂いを漂わせる鍋とその火元に目を注いだ。
子供達が踏み台の代わりに使ったり、こうして調理の合間にちょっと休憩をする時に活用しているその椅子は、クラウドの手製。
座ると四本の脚が揃っていない為に、微妙にガタガタと揺れるその椅子を、クラウドは何度か捨てようとしていた。
配達で星の隅々まで廻るようになってから、安価でもっと良いものが手に入ることを知ったからだ。
それに……やはり不恰好過ぎて恥ずかしい。
だが、当然のように子供達とティファの猛反対があり、今もこうして重宝されている。
クツクツという鍋から聞える心地良い音。
そして、美味しそうな匂い。
更には、深夜の時間帯に起き出して身体を動かしたことによる睡眠不足と軽い疲労。
いつしかティファは、クラウド手製の椅子に腰掛けたままトロトロとまどろんでいった…。
それに気付いたのは珍しくデンゼルだった。
朝が苦手なこの少年は、本当に…非常に珍しく、妹的存在である少女よりも先に身体を起こし、思い切り大きな欠伸をしながら伸びをした。
特になにがあった…というわけではない。
何となく目が覚めた。
そう、ほんっとうになんとなく…。
何も……ないはず……なのに……。
部屋の時計を見てデンゼルは目を丸くした。
自身が起こした快挙に素直に驚く。
現時刻、5:35。
「……もっかい寝よかな……」
そう呟いて横に…なろうとしてやめる。
なんとなく勿体ない気がしたのだ。
折角こんなに早く目が覚めたのだ。
ティファも恐らくまだ起きてはいないだろう。
ティファ。
昨夜の元気のない母親代わりを思い出し、小さくガッツポーズをする。
ティファが起きてきた頃に朝食の準備が出来ていたら、彼女がどんなにびっくりするか…。
目を丸くして口を開けて…。
そして、次の瞬間には思い切り笑ってくれるだろう。
喜んでくれるだろう。
きっと感激屋の彼女のことだ。
泣き出してしまうかもしれない。
「よし!!」
デンゼルはパパッと着替えを済ませ、まだ眠っているマリンを起こさないようにそっとドアを開けた。
その途端。
「………焦げ臭い……?」
鼻につく異臭。
何かが焼け焦げているかのような…。
気のせいか?
首を傾げながら一階に向かう。
そして、飛び込んできたものにデンゼルの思考が一瞬凍結した。
カウンターの中で椅子に腰掛け、器用に眠っている母親代わり。
その彼女の目と鼻の先のコンロ。
その上には…。
黒い煙をモヤモヤと上げ始めた……大鍋。
「か、か……火事だーーーーーー!!!!!」
デンゼルは絶叫した。
数十分後の店内では…。
「ティファ……」
「……大丈夫だよ、ホラ、被害はお鍋だけだったんだもん」
デンゼルとマリンが引き攣った笑いを浮かべながら、必死に火事の原因である張本人を慰めていた。
店内の隅っこで小さく膝を抱えて座り込んでいるティファからは、どんよりとしたオーラが漂っている。
その両手に巻かれている白い包帯が痛々しい。
デンゼルの絶叫で目が覚めたティファは、文字通り跳び上がった。
そして、目の前の惨状に「ヒッ!!」と息を飲んだかと思うと、なにを思ったのか素手で煙を上げ始めている鍋を掴み、シンクの中に放り込んだのだ。
当然のように手の平には軽い火傷が出来てしまった。
デンゼルの絶叫で跳ね起きたのはティファだけではなかった。
二階の子供部屋で良く眠っていたマリンも飛び起きた。
パジャマのまま一階に駆け下りてきた娘は、両手を抱えて呻いているティファと、オタオタしながらも鍋の中に水を流し込み、コンロの火を消している兄的存在に目を丸くした。
そうして…。
現在に至る。
本当なら、あそこまで鍋が焦げ付くくらいの長時間、料理をしていた理由を訊ねたり、鍋に火をかけたまま眠るのはいかがなものか…と注意を呼びかけたり……。
色々と聞いたり言わなくてはならないことがあるだろう。
分かっているのだが…。
『『こんなに弱ってるのに…言えない……』』
小さな子供達の目から見ても、ティファは激しく自責の念に駆られて現在どん底である。
傷口に塩を塗るようなことは…出来ない!!
自分達が今しないといけないことは、ティファを慰めること!
…なのだが…。
『『どうやって慰めたら良いわけ……』』
なんだかティファに釣られて泣きそうになってくる。
いや、実際もう涙が目尻から流れそうだ。
だがここで泣いたらティファはもっと落ち込むだろう。
健気で聡い子供達は、懸命に涙を堪えて、一生懸命ティファに声をかけたり、キュッとくっ付いてみたりした。
だが、いつもなら自分達に気を使って空元気を見せるティファだが、流石に火事未遂事件を引き起こしたことによる衝撃は大きかったようで…。
どんよりと重い黒雲を背負ったように、膝を抱えて座り込むだけ。
子供達の言葉に返事もしない。
頷きすらしない。
『『……クラウド〜…助けて〜……!!』』
ここまで落ち込むティファは初めてだ。
クラウドが家を出たときもここまでではなかった。
もう自分達に出来る事はない。
デンゼルとマリンは心の中で、遠い地にいる父親代わりに救いを求めた。
果たして、その心の叫びが届いたのか、はたまた偶然か…。
ピリリリリ、ピリリリリ…。
店内に響く電話の着信音。
これほどの大きな喜びに包まれたことがあっただろうか?
デンゼルとマリンは勢い良く顔を上げると、先を争ってカウンターの中に置き去りにされているティファの携帯を取った。
ディスプレイに表示されている名前を確認すらしないで、
「「クラウドーーー!!」」
必死に叫ぶ。
二人の声に、それまで無反応だったティファがビクリ、と身体を震わせた。
三者三様。
子供達の悲痛な叫びからやや間を置いて、
『なにかあったのか…?』
戸惑いを隠せない低い声が二人の耳に静かに響き、その声に二人はとうとう泣き出した。
「ティファが〜…!ひっく…」
「ふぇ〜ん!ティファの手が〜!」
「手だけじゃなくって、もう…ヒィック…全然ダメダメなんだよぉ…!」
「地面にめり込んじゃうくらい……暗いの〜…わーん!!」
『え…?手がなんだって?おい、二人共……とにかく落ち着け、な?ティファに替わってくれるか?おい、デンゼル、マリン?』
電話の向こうで狼狽するクラウドの声は、しかしもう、子供達の耳には届かなかった。
張り詰めた緊張の糸がプツリと切れた二人はわんわん泣いている。
その騒ぎに輪をかけて、
「ダメー!絶対にクラウドには言わないでーー!!」
半狂乱にティファが子供達の手から携帯を取り上げようとしたから凄まじい。
子供達は大声で泣きながらも、巧みな連係プレーでもってティファの手を逃れ、必死になってクラウドに
「「とにかく早く帰ってきてー!!」」
と訴え続けた。
電話の向こうから聞えてくる子供達の泣き声と、ティファの『ダメだったら!二人共、クラウドには言わないで!!』という叫び声に、遠い地にいる子供達の父親代わりは全身から冷や汗を噴き出させているのだった…。
あとがきは後編でまとめて書きますね。

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