I need you (後編)




「…んで…?」
「………
ごめんなさい…」
「ようするに、鍋を火にかけたまま寝ちまったと…」
「……………
はい
「そのあっつあつの鍋を素手で掴んで火傷した」
……………はい
「昨日、寝る前も元気が無くてデン坊と嬢ちゃんが心配していたところに、この騒ぎで、二人共気が動転した…ってか?」
「「「……………はい」」」

 シエラ号の艦長は盛大な溜息を吐いた。
 目の前ではティファと二人の子供達が床の上で正座をし、小さく小さくなっている。


 朝早く、それも久しぶりに愛妻の手料理を食べられる…という至福の時間にかかってきた仲間からのSOS。
 何やら良く分からないが、今から来る…と言う。
 どこに?
 我が家に!!
 シドは軽いめまいに襲われた。
 それと同時に、脳内でけたたましく警報が鳴る。


 ウータイの仲間ほどではないが、これから来ると言うかつて旅をした時のリーダー一家も、非常にトラブルメーカーで、これまで幾度緊急招集の原因となったことか…。


 ― 絶対に良くない事が起こる!そして巻き込まれる!! ―


 悲しいほどに確信に満ちたその答えにブルリ…と身を震わせてシドは勢い良く立ち上がった。
 台所でキョトンとしているシエラの手を取ると、本気で家から出ようとする。
 当然、シエラは突然の夫の奇行に目を丸くして説明を求めたが、

『これからとんでもないハリケーンがやって来る!その前に緊急避難だ!!』

 という、良く分かるような、分からないようなことを口走るばかりだった。

 折角、WROの依頼が一段落したのだ。
 飛空挺の造船にどれだけの時間を費やされたことか!
 そんな毎日を余儀なく強いられた結果、ようやく、ようやくもぎ取った休日!
 待ちに待った愛妻との安らかな時間。
 その至福の時間がやっと過ごせると言うのに、邪魔などされて溜まるものか!!

 クラウドの取り乱しようから、恐らく彼にとって一大事が起きたのだとは分かる。
 だが、分かるのだが!!

『すまん、クラウド!今回ばかりは見逃してくれ!!』

 シドは胸の中で心から仲間に詫びを入れた。


 が…。

 慌ただしく外出の用意をして玄関を開けたまさにその時、聞き覚えのあるエンジン音が爆音を響かせて近付いてきたのだった…。



「……ティファよぉ……」
「……………
はい
「頼むからもう少し自分に対しての自信と、クラウドに対しての信頼を持ってくれや…」
「……………
ごめんなさい
「そんで、デン坊と嬢ちゃん…」
「「……
はい」」
「頼むからあの野郎にも『もう少しどっしり構えやがれ!』って言っといてくれ。でないと俺様は年中無休で働かされっぱなしだぜ…?それもその大半が無報酬だ。言っとくが、シエラ号飛ばすのもタダじゃないんだからな」
「「………
ごめんなさい」」


 シドの溜息混じりの一言一言に小さくなる三人。
 その三人を見下ろしながら、シドは天井を仰いだ。
 その天井を突き抜けた二階で臥せっているリーダーを思い、再びシドの口から重い溜息が吐き出された。

 何故、クラウドが二階の寝室にいるのかと言うと…。



 ― バッターン! ―

『ティファ!デンゼル、マリン!大丈夫か!?』
『『クラウド!!』』
『どうしたんだ?あんな電話じゃ分からないだろう!?……ティファ?』
『………本当に……クラウド…?』
『ああ、シドに頼んでシエラ号を飛ばしてもらったんだ。それよりも…。!?その手、どうしたんだ!?!?』
『…本当に…?』
『ああ!それよりも、ちゃんと病院に行ったのか!?デンゼルもマリンも、大丈夫…』

 ― ガシッ!! ―

『え…?』

 ― ギューーーーーーーッ!!!!! ―

『グエッ!』
『クラウド…!ごめんなさい、ごめんなさい!』

 ― メキメキメキメキ… ―

『(く、苦しい……)』
『本当にごめんなさい。私、クラウドを信じてないわけじゃないの!でも……でも…!』

 ― ミシミシミシミシ… ―

『(………息が…)』
『クラウドが本当に予定通りに帰って来てくれるか…不安で……心配で……!』

 ― メリメリメリメリ… ―

『(…も…ダメだ…………フッ…ガクッ)』
『クラウドがご飯ちゃんと食べてるかな…とか、ちゃんと無理しないで休んでるかな…とか思うと……!』
『……クラウド…もしかして…?』
『ゲッ!!ティファ、ティファー!クラウドが死んじゃうよ!離してティファ!!』
『キャー!!クラウド、顔が紫色になってるー!!ティファ、クラウド離して!でないとクラウド殺しちゃうよぉ!!デンゼル、ティファを引き剥がしてーー!!』
『で、出来るかーー!!』
『ティファー!お願いだからクラウド離してー!!』
『クラウドー!!しっかりしろー!!』

『はぁ…まったくよぉ。クラウド、ティファはどうだった……って、うぉい!!ティファ、なにやってんだ!?クラウドが死んじまうだろ!!落ち着けティファ!!!!クラウド、しっかりしろーーー!!!!』


 という訳で、クラウドは愛しい彼女の危機に駆けつけるべく、仕事を中途半端なままで帰宅したのだが、その直後、愛しい人の熱烈な抱擁に会い、あえなく意識を手放したのだった。

 グッタリと意識のない青年を寝室に運び込み、心身ともに疲れきって一階に戻ったシドは、床に正座をして縮こまっている三人に、怒声を上げる気力すら奪われ、現在に至る。


「ま、ティファの手がそんなだから、今夜は店は無理だな。良い機会だから、ゆっくりと野郎と話をして落ち着きやがれ。ついでに、明日はクラウドとティファは病院に行ったほうが良いだろうな」
「……うん……本当にごめんなさい…」

 すっかり落ち込んで項垂れ、顔を上げようとしないティファに、ちょっぴり可哀想になってきた。
 両脇に座っている子供達の項垂れた姿が、その気持ちを更に大きくさせる。

『…俺様はこう言う時のフォローが苦手なんだよ…』

 そわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせ、ふとカウンターの中の美味しそうな料理の山に目が止まる。
 夜中から料理をしていたと言うだけあって、中々の力作、そしてその量は凄い!
 ニヤリ…と笑うと、シドはポケットからタバコを取り出して口に持っていった。

「今回の迷惑料だけどよ…」

 ビクリ…。
 三人が可哀想なくらいに身体を震わせる。
 人の悪い笑みを浮かべたまま、
「あの料理を半分で手を打ってやるぜ?」
 驚いて顔を上げた三人に、ニッと笑って見せた。

 子供達が小躍りして喜び、進んで料理を分け始めたことは言うまでも無い。




「本当に…ごめんなさい……」

 茜空の下で…。
 店の玄関先にて、何度目か分からない謝罪のことばに、シドはわざとらしく片耳に栓をして見せた。
「もう耳タコだっつうの。それよりも、ほんっとうに、おめぇは意外とあれだな。弱いところがあるんだな」
 軽く言われた言葉に、ティファは恥ずかしそうに……情けなさそうに俯く。
 はぁ…と、溜め息を吐いて、シドはティファの頭をガシガシと撫でた。

「あのな、人間なんだからそれで良いんだよ。俺様だって、シエラがいなかったらもうとっくに死んでんだしよ。だから、ティファにとってもクラウドにとってもお互いが必要な存在だってことはちっとも恥ずかしいことじゃねぇよ。ま、ちいっとばかし、今まで何にも無かった『よそよそしい関係』だった反動か知んねぇけど、激しすぎる感じはするけどなぁ」

 シドの温かなその言葉は、ティファの胸にストンと落ち、染み渡った。
 この日、初めて見せた満面の笑みに、シドばかりでなく子供達も嬉しそうに頬を緩める。

「じゃな!クラウドの野郎に、今度来る時はなんか手土産くらい持って来やがれって言っといてくれ!」

 片手を上げながら去っていく仲間に、三人はその背が見えなくなるまで見送った。



「本当に…ごめんね?」
「…良いって言ってるのに…」

 その日の夜中。
 やっと目が覚めたクラウドは、目が覚めた直後から聞かされている台詞に苦笑した。
 身体を起こすと、鈍痛が胸周りに走り、思わず顔を顰めそうになるが、そこは持ち前のポーカーフェイスでフォローする。
 痛そうな顔を見せたら、きっと彼女は益々自分を責めるだろう。
 この時ほど、自分の無愛想&無表情を感謝したことはない。

 ベッド脇に椅子を寄せ、まだ謝り足りない…と言わんばかりのティファに、クラウドはクスリ…と微笑んだ。
 訝しげな茶色の瞳が向けられる。

 そっと手を伸ばすと、ビクッと軽く震えておどおどする彼女が……愛しい。
 そのままティファの戸惑いを無視して彼女の頬を撫でる。

「ティファが俺のことを心配して眠れなかった…って聞いて、不謹慎だとは思うけど……やっぱり嬉しいよ」
「……え…」
「俺も、やっぱり他の大陸に泊まりで仕事をしている時は、子供達やティファの事が心配だからな。一緒だ」
「……でも…」
「でも…じゃない。俺も不安になる…。その……ティファはさ……」

 言いよどむクラウドに、ティファは心配そうに眉根を寄せた。
 何を聞かされるのか、不安になっているのだろう。

『……照れてる場合じゃない…な…』

 本音を口にすることから逃げ腰になる己に渇をいれ、スーッと一息大きく吸い込んで…。


「ティファは……お客さん達からモテるから…。いつか…俺以外の誰かに連れて行かれやしないか…不安になる…」


 一世一代の大告白は、大きな成果を与えた。
 ティファの茶色の瞳が大きく見開かれる。
 そして、透明の雫がみるみるうちにあふれ出して、頬を伝った。
 クラウドの手が…その雫で温かく濡れる。

 どちらからともなく、そっと身を寄せ…。
 ティファはクラウドの胸に顔を押し付け…。
 クラウドはティファの背にそっと腕を回して…。
 お互いの鼓動を聞くようにただただジッと、そのまま幸福な時間を味わった。

 と…、突然。


「あ…!!」


 クラウドが大声を上げた。
 ビックリして顔を上げると、クラウドは端整な顔を歪めて困りきった顔をしている。
 目だけで『どうしたの?』と訊ねるティファに、クラウドは苦笑交じりに溜め息を吐いた。

「絶対に今日中に配達しないといけない品物があったのをすっかり忘れてた……」
「え!?」
「しかも……その荷物を業者に取りに行ってから依頼主に届ける…っていう厄介な仕事だった……」
「えぇ!?」
「……こんな時間じゃ…もう閉まってるよな……」

 はぁ…。
 溜め息を吐いて落ち込むクラウドに、ティファは蒼白になった。
 元はと言えば、自分が我を忘れてしまったのが原因。
 バカみたいなことをグルグル考えて夜中に起き出し、料理を始めるというバカな行動に出たことによる『鍋焦がしてうっかり火事未遂事件』を引き起こしたのだ。
 クラウドが仕事を放り出して自分の元に戻ってきてくれたのは本当に嬉しい。
 だが、そのせいでクラウドが依頼主からの信頼を失ってしまうようなことになっては元も子もないではないか。
 クラウドの足を引っ張るような存在には絶対になりたくないのに…!!

 青ざめるティファに気付き、クラウドはクスッと笑うと再びティファを抱き寄せた。

「ま、仕方ないさ。誠心誠意、謝ったらなんとかなる」
「でも……!ごめんなさ「ストップ。もう良いってば…」

 ティファの口にそっと指先を当ててそれ以上言うことを禁じる。
 目を潤ませて顔を歪め、心底情けなさそうな…申し訳なさそうな顔をするティファに、クラウドはフンワリと笑みを見せた。
 ティファの頭に顎を乗せるようにして抱きしめると、ゆっくり髪を梳く。
 こうして彼女の髪に手を触れ、彼女を抱きしめることが出来るのが自分だけ…という事実に、どうしようもなく頬が緩む。

 この手の中にある幸福に比べたら、仕事の失敗の一つや二つはなんともないとすら思える。

『そう言ったら…ティファはどんな顔をするかな?』

 恐らく、耳や首筋まで真っ赤になってオロオロと視線を彷徨わせるのだろう。
 いや、もしかしたら呆然と目を見開いて身動き一つ出来なくなるかもしれない。

 そんな彼女を見て見たい…と思う気持ちと、

『いや…そんな恥ずかしいことは言える筈ない…!』

 という、照れ屋で奥手な自分が鬩ぎ(せめぎ)合う。
 当然…というか、やはり…というか。
 結局、クラウドはティファを抱きしめたまま、心の中で浮かんだ台詞一つ口にすることがなかった。
 先ほどの恥ずかしい本音の告白で、勇気を使い切ってしまったらしい。
 どこまでいっても、恋愛に関してはレベルの低い、ジェノバ戦役の英雄のリーダーであった。

 だからこそ、こうしていつまでも初々しく、お互いを心底思いやり、マンネリ化したりしないで一緒にいられるのだろうが…。

「とにかく、明日はちょっと早めに起きて業者に連絡して謝ってみるさ」
「……うん…」
「ティファ〜?そんな顔をしないでくれ。俺が苛めたような気分になる」
「……でも!」
「ティファ……まったく…。本当にティファは心配性だな」
「だって!」

 なおも言い募ろうと必死になるティファに、クラウドはどうにかしてこの『ダメダメモード』から引き離す必要があると考えた。
 さて……どんな方法が…?


 と。
 一つの案が浮かんだ。
 これは、照れ屋な彼女には大きな衝撃となるに違いない。
 まぁ…同じ様に照れ屋なクラウドにとっても言葉にしてそれを言うのは根性がいるのだが…。
 だが!
 こんな捨てられた子犬のような顔をしているティファをどうにかして笑わせたい。
 その一心で、クラウドはティファの頬を両手で優しく包んだ。

「そんなに責任感じてくれるなら…お願い一個聞いてもらっても良いか?」
「勿論よ!」
「なんでも?」
「なんでも!」
「じゃあさ」

 言葉を切って…恥ずかしいという気持ちに何とかふたをする。


「ティファからキスしてくれたら、明日、業者に嫌味言われても頑張れる」


 クラウドは思っていた。
 きっと彼女は真っ赤になって、困ったようにソワソワして、俯いて…。
 そんな彼女に『冗談だって、なに本気にしてるんだよ』と、笑って見せたら、最初はからかわれたと怒るだろうが、最後はきっと一緒になって笑ってくれる…と。

 だが…。


 ティファの繊手がクラウドの頬を包み込み、目を見開くクラウドの目の前でティファはゆっくりと目を閉じて…。


「 !?!?!? 」


 思いもしない彼女からの口付けは、クラウドの思考を真っ白にした。
 分かるのは、彼女のぬくもりと彼女の柔らかな匂い。
 そして…。
 どうしようもなく彼女を愛しいという気持ち。

 そのまま二人はピッタリと抱き合って、甘い夜を過ごすこととなった。








「じゃあ、行って来る」
「「行ってらっしゃい!」」
「気をつけてね?」
「ああ…」

 翌日。
 クラウドは配達の残りを全うすべく店を発った。
 結局、病院には行かずにそのまま仕事に戻る。
 朝起きてみたら、鈍く傷みは残っているものの、骨に異常はないと判断したことと、やはり仕事をほったらかしてしまったという責任感から、一刻も早く配達業務に戻ることを選んだのだ。
 そんなクラウドの判断に、子供達は渋い顔をしたが、ティファは止めなかった。

 依頼主に平謝りに謝って、テキパキと仕事の準備を終えたクラウドは、惚れた欲目を差し引いてもカッコ良かった。
 子供達も嬉しそうにクラウドを見つめていた。

『今度帰るのは三日後だ。絶対に帰るから、その時は何か美味しいものを頼む。それを楽しみに帰ってくるから』

 テレてつっかえながらも言い切ってくれたクラウドに、ティファは胸が一杯になった。

 もう…一人で眠っても不安にはならない。
 それどころか、次に一緒に眠れる日を思い、幸せな気持ちで過ごせるだろう。

 クラウドにとってもティファが必要な存在だと、彼がそう言ってくれたのだから…。
 空が青く、とても高い。
 今日も良い天気だ。
 ティファは青空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。





「なんか、今夜のティファちゃんはえらく機嫌が良いなぁ」
「あ、そうそう。なんか、昨日、いきなりクラウドさんが帰ってきたんだってよ」
「へぇ。もう仕事が終ったのか?」
「いや、なんでも仕事の途中で心配のあまり帰宅したらしい。今朝、また仕事に戻ったってよ。俺のかみさんが言ってた」
「ほぇ〜…愛だねぇ…愛!」
「それでこんなに良い感じな料理が多いんだなぁ…」
「あぁ。昨日はこういったら何だけど、いつものティファちゃんの料理からは不味かったもんなぁ…」
「やっぱり、ティファちゃんにはクラウドの旦那が必要…ってわけか…」
「いや、ティファちゃんだけでなくて、俺達にとってもマリンちゃんやデンゼル君にとっても必要だぜ」
「「「 ??? 」」」
「ティファちゃんが調子悪かったら、その悪影響が周りに甚大な被害を与えるからな…」
「「「…確かに…」」」


 クラウド・ストライフ。
 この星でたった一人、ティファ・ロックハートの精神安定剤となれる男であると認められた瞬間だった。



 あとがき

 ………なんとも…。
 甘ったるいタイトルからは想像も出来ない程のおバカな話とあいなりました…。
 ほんっとうにすいません。
 甘いクラティを期待された皆様、本当にすいません(土下座)
 はい、やっぱり甘さがイマイチだったかと…(でもこれで精一杯なの)
 最初はシリアスタッチで最後まで書く予定だったんです!!
 でも!!
 やっぱり無理でした…(涙)。
 もう、どうやって真っ暗モードのティファを浮上させたら良いのか分からなくなっちゃって、結局いつもの様に彼女には壊れて頂きました(汗)。
 こ、今度こそ、シリアスでカッコイイクラティを…!!(← そこはかとなく無謀)
 ここまで懲りずにお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました!!