最初は『大袈裟なやつだな…』としか思ってなかった俺が、まさか奴と同じ思いを味わうとはなぁ…。



命短し…。(前編)




 そいつはそこら辺にいる極々平凡な男。
 器量も性格もそこら辺にゴロゴロいる…なんの変哲もない奴。
 ま、俺もそうだから人のこと言えないんだけどな。
 だからこそ…。


「ほんっとうに俺、どうしよう……!」


 身悶えながら頭を抱え、そう『のたまう』コイツが気色悪くて仕方ない。
 なんだってんだよ、まったく…。
 たかが女一人だろ?
 今までだって、適当に遊んで、適当に遊ばれて…。
 そんな風に『当たり障りなく』過ごしてたのに、いきなり『恋をした!』と言って身悶えてやがる…。

「アホだろ…お前……」

 ポツリと一言、本音を口にする。
 と…。

「お前!!親友がこんなに悩んでるって言うのに、なんて薄情な奴だ!!」

 ガバリ!と、勢い良く頭を上げて恨めしそうに睨みやがった。
 んなもん知るかよ…。

「アホくさ…」
「!!くぅ…また言いやがった、この野郎…!薄情モン!!」
「なんとでも言え…」

 いきなりの緊急招集になにかと思えば、恋の相談……というか…むしろ愚痴。
 男二人が来るにはかなり恥ずかしいオープンカフェに呼び出され、開口一番野郎が口にしたことは、


「俺…本当に好きな人が出来た…」


 アホくさ…。

 勝手に恋でもなんでもしてれば良いじゃん…。
 ハッキリ言って、こいつは惚れっぽい。
 そして飽きっぽい。
 ま、そこんところもそこら辺にゴロゴロいる野郎共と変わらない…と、俺は思ってる。
 やっぱ、男だったらナイスバディーの女が歩いてたら自然と目が吸い寄せられるだろ…?
 男の性ってやつだ。
 そんなこんなで、俺の考えとコイツはピッタリ合っててさ。
 かなり気が合ってたんだよ…。
 それなのに…。


「相手の女性は……恋人がいるんだよぉ…」


 半泣きで訴えるバカ一人。
 何が悲しくて休日の…、しかも久しぶりの彼女とのデートの日だぜ!?
 その約束をキャンセルまでしたってのに、アホらしくてもう何も言えないね。

「あのな…。恋人がいるなら諦めろよ」
「それが出来るならこんなに悩むかよ!」
「じゃあ、その男から盗っちまえよ…」
「それが出来るならやってるっつうの!!」
「……じゃあ、諦めろよ…」
「だから!それが出来るならこんなに悩むかっつうの!!」
「…………アホくさ…、帰るわ」

 ホトホト呆れ返って席を立つ。

「薄情者〜!!」
「………」

 とことん俺も人がいいと思わねぇ?
 でっかい溜め息を吐いてどっかと腰を下ろす。

「で?お前は俺に何をどうして欲しいの……」

 投げやりに一応聞いてみる。
 ま、おおよそ想像はついてるんだけどなぁ…。


「俺と一緒にその店に行ってくれ!!」


 ……やっぱな…。

「あのな…。一緒に行くのは別に良いぜ?だけど、俺が一緒に行ったところでその女がお前を見てくれるかどうかはお前次第だろうが…」
「いや、誰か一緒に行ってくれないともう…緊張して………!」
「…ガキかよ…」
「頼むよぉ!!」
「……はぁ…」


 結局。
 その腐れ縁のダチと一緒にその女が店主を務めているという『セブンスヘブン』なる店に行くことになった。

 いや…正直、この店の女店主は有名だ。
 超が付くほどの有名人だ。
 なにせ、あの『ジェノバ戦役の英雄』の一人だぜ!?
 WROの広報誌でチラッと写真を見たことがある。
 あんまり美人過ぎて、
『修正済みの写真だな…』
 と思ったもんだ。
 だけど、どうもダチの言うには、
『写真なんぞ、比べ物にならん!!』
 くらいの美人らしい。

 ……そういうのを『惚れた欲目』って言うんだよ…。

 思わず口からこぼれそうになったその本音を舌先で止め、店のドアを押し開けようと手を伸ばして…。
「なんだよ……」
 ピタリ…と、手を止めた。
 だってな……。

「き、緊張して…」

 服の裾をギュッと握ってきやがったんだ、このバカ…。
 気色悪いっつうの!!

 不快感をモロ出しにして手を払いのけ、服を整える。


 チリンチリン…。

 可愛らしいドアベルの音が頭上で鳴る。
 と…。

「「いらっしゃいませ〜!」」

 可愛い子供達が満開の笑顔で声を掛けてくれた。
 へぇ……。
 なんか良い感じだな。
 すっげぇ教育が行き届いてるって感じがする。
 媚びた笑顔じゃなくて、心からの笑顔って思えるんだよ。

 まぁ…営業スマイルだろうけどな。
 将来は大物の商売人になること間違いない。
 ……末恐ろしい子供達だ…。
 そして、そんな末恐ろしい子供達を教育しているという『ティファ・ロックハート』は……と…。

 子供達に案内されて席に着くまでの僅かの間、さして広くもない店内をグルリと見渡す。
 彼女らしき影は……ない。
 …なんだ?子供達に店番押し付けてサボリか…?
 ったく、ろくなモンじゃねぇな…。

「ご注文がお決まりになりましたら呼んで下さいネ」
「あぁ、ありがとさん」

 適当にあしらったというのに、俺の不実な態度とは対照的に、女の子はニッコリと笑ってピョコンとお下げを揺らしながら頭を下げた。
 軽やかにクルリと背を向けて他の客の接客に赴く。

 ……悪いことをした…。
 今度注文を頼む時はもう少し愛想良くしてやろう…。

「ところで、いないじゃねぇか」
「……そう…だなぁ……」

 …なにしょぼくれてんだよ……。

「子供達に店を任せてどこほっつき歩いてんだか…」
 暗に『ろくでもねぇ女だ!』と匂わせるように言ったんだけど…。

「…なにかあったのかも…」
「……なんでそんなにうろたえてんだ…」
「だって、彼女が店に子供達だけを残してどっかに行くなんて考えられない!」
「……考えられないのはお前の方だっつうの……」

 なんだってそこまで肩入れ出来るんだ、コイツは…?
 ハッキリ言って、『英雄』と俺達が釣り合うはず無いだろ?
 それに、世間では『謙虚な英雄』とか『真の英雄とは彼らのことだ』とか騒がれてるけど、絶対に裏では甘い汁吸ってるに決まってんだ。
 なにが悲しくて、『英雄』ってすげぇ肩書きを投げ打って、汗水垂らして働くかっつうの。
 それを間に受けてるコイツは相当のアホだ。

 オロオロとせわしなく店内を見渡してるバカを尻目に、俺はメニューを見た。
 まぁまぁだな。
 決して種類が豊富すぎる…という事はないけど、大人一人と子供二人で切り盛りしてるには充分過ぎる内容だ。
 それに、値段が非常に良心的。
 これなら多少不味くても、まぁ我慢してやれる。

「おい、俺はもう決めたからな。お前は何にするんだよ?」
「……ティファさん…、どこ行ったんだろう…?」
「おい…!」
「……はぁ、いつもなら女神の微笑をくれるのに…」
「…………」

 ダメだ、コイツ。
 アホはほっとこう。
 俺は腹が減ったんだ。

 すっかり心を飛ばして己の世界に入ったバカをそのままに、俺はメニューを頼む事にした。
 片手を上げて子供達を呼ぶ。
 フワフワの髪をした男の子が「あ、は〜い、今行きます!」と、ハキハキした態度で応えてくれた。

 うん、本当に良い感じだ。
 大人でもこんなに良い感じに接客出来る奴はそうそういやしないな…。

「この『スタミナ辛口定食』を一つとビールを二つくれ」
「はい。…えっと……」

 クリクリした目を窺うようにダチに向ける。

「あ〜、良いよコイツは。ちょっと心配事があってあっちの世界に行ってるだけだから。まぁ、正気に戻ったらまた改めて注文するわ」
「はい、分かりました」

 ニコッと笑ってペコリ、と頭を下げる。
 パタパタと軽やかに去っていく小さな背中。
 本当に…良い感じだ、うん。
 と、感心したものの…。

「誰が作るんだ…?」

 ティファ・ロックハートはまだ見えない。
 チラリ、と店内を見渡したが、他の客達もめいめいマイペースに注文している。
 その度に、子供達がちゃんと注文を受けて伝票に書き込む。

 おいおい、まさかあんな子供が作るんじゃないだろうな…!?

 一抹の不安が胸を過ぎった、その時。


「ごめんね、二人共」


 カウンターの奥から問題の女が現れた。

 ガタンッ!

 俺と向かい合わせで座っていたダチが思わず立ち上がる。
 顔が輝いているだろうことは容易に想像が出来たが……俺はその顔を見てなかった。
 見てたのは…。


「ティファちゃん、どうだい、直ったかい?」
「ええ、なんとかなったみたい」
「そうか、良かった〜!」
「ふふ、心配してくれてありがとう。それから、注文溜まってるみたいでごめんなさい。すぐに作りますからね」


 小さい顔にこれでもか!というほど整った配置で並んでる顔のパーツ。
 スッと通った鼻梁は、同性でも思わず振り返るだろう。
 茶色の瞳は温かさで満ちていて、艶めいた唇は笑みを湛えている。
 漆黒の髪はサラリ…と流れ、店の照明を受けて輝いていた。

 でもな…。
 なにより輝いているのは…彼女自身だ。

 あれが…『英雄』のオーラ、ってやつなのか…!?
 凡人では到底発し得ない…その圧倒的な存在感。
 そのくせ、他者を圧するものではないその雰囲気は、疲れた人間を優しく包み込んでくれるような…そんな温もりを放っていた。


 呆ける…っていう体験をするとは…思いもしなかった。
 あり得ない。
 これだけ美人で『英雄』というなにものにも変えがたい肩書きを持ちつつ、尚、傲慢にならず…卑屈にならず、ただただ一人の人間として一生懸命生きる…。
 そんな出来た人間がいるはずない…って思ってたのに…。


「お待たせしました!」


 店主が腕を振るった料理。
 それを、当の本人が運んで来てくれるだなんて…誰が想像出来る!?

「あ、ああ…ありがと…」
「ふふ、初めてですね」
「え…?」
「このお店に来て下さったの、初めてでしょう?こちらのお客様は何度も来て下さってましたけど」

 穏やかにそう話しかけられて、心臓が飛び跳ねる。
 女店長に話しを振られて、
「ふぁ、ふぁい!」
 と、ダチは立ち上がらんばかりにおかしな声を上げた。

 クスリ…。

 嫌味ではなく、本当におかしそうに優しく笑って、
「お一人様分しか伺ってないみたいですけど、ご注文はどうされますか?」
 どこまでも丁寧に……店長として接する。
 全く横柄さがない。

 俺が想像していた『英雄像』がことごとく崩れ去る。

「あ、えっと……じゃ、じゃあ…いつものやつで…」
「『あったかセット』ですね?」
「え、ええ!そうです!!覚えて下さってたんですね!?」
「ふふ。毎回『あったかセット』を本当に美味しそうに食べて下さってるんですから、覚えちゃいますよ」

 おかしそうに笑いながらそう言った彼女に、俺は心底驚いた。
 いや、だって…。
 この店に来る客は半端じゃない…という評判だ。
 それなのに、こんなどこにでもいるような奴の嗜好を覚えてるって…。

 呆気にとられる俺の前では、
「い、いやぁ…覚えて下さってるだなんて…光栄だな〜!」
 と、花を飛ばせてる…恋する男。

「まあ!光栄なのは私の方です。本当にいつもありがとうございます」

 軽く会釈をして、俺達のテーブルから去って行った。
 他の客が彼女を呼んだからだ。
 去り際に、
「ごゆっくり」
 俺とダチにそう言い残すのを忘れなかった。


 去って行くその後姿も……ハッキリ言って、半端なく綺麗で…。
 凛とした空気が彼女から漂っている。


「はぁ……本当に素敵だよなぁ……」


 うっとりとそう呟く親友の気持ちに、俺は初めて心の底から頷いた。
 本当に……あれは反則だろう!?
 ここまでの女を目にしたら、そこら辺の女は見るのもおぞましく感じられる。
 いや、勿論それはいささか失礼な感想だとは思うけど、それくらい彼女の存在はデカイ!
 そして、フッと気付いた。
 店内の客達の中にはダチと同じ様に恋焦がれている眼差しを送っている…ということに。

 おいおいおい!
 なんだよ、お前ら皆、彼女狙いか!?
 確か、WROの広報誌にも堂々と載ってたけど、『クラウド・ストライフ』が彼女の恋人で、同居人じゃなかったっけ?
 そんな超英雄が恋人で勝ち目なんかありゃしないのに、誰も彼もが彼女に恋をしている。


 ……バカじゃねぇの…?
 ハッキリ言って、どいつもこいつも勝ち目なんかないっつうのに…。
 どんだけ恋焦がれてようと、彼女は………ホラな。
 あくまで『客の一人』としてしか見てねぇよ。

 それでも。
 彼女がニッコリと微笑みながら料理を差し出し、ビールを渡す。
 注文を聞き、軽い世間話をする。

 それだけで…そいつは心底幸せそうな顔をしてやがる。

 …バカだな。
 大バカだ。

 ハッキリ言って、勝ち目の無い勝負に出よう…って根性もない野郎が、いくら想い焦がれても、それは所詮『片想い』だ。
 ここで堂々と彼女に想いを告げて、『クラウド・ストライフ』に宣戦布告出来るようなら……、そんな根性があるならまだ救いはあるだろうに。
 だけど、ここにいる奴らは俺のダチを含めてそんなもん、持っちゃいない。
 ならさ…。
 これ以上、この女に……高嶺の花に恋焦がれるだなんて時間を無駄遣いするなんぞ、人生の損失だと思わないか?


 でも…。
 だけど…。


「「「ありがとうございました〜!!!」」」

 気持ちの良い明るい声で送り出された時。
 俺の中にもこれまでにない感情が芽生えていた。
 そして、それを俺自身、どうしようもないほど……自覚していた。