「はぁ!?何ソレ!!」
「………ごめん…」

 パーンッ!!

 小気味の良い音が頬からして、同時にカァッ!と、引っ叩かれた痛みが熱を持って襲ってくる。

「あんた……最低ね!」
 勢い良く背を向けて走り去った彼女は、ちょっと涙ぐんでた…。
 胸に鉛のような重いものがズーン…と落ちる。
「…俺も…そう思う…」
 呟いた一言が、彼女に届くことは…なかった。




命短し…。(後編)





「え……?」
「…何度も言わせるな…」
「えぇえ!?」
「…うるせえよ…」
「な、だって、お前…、え…えぇぇぇええええ!?」
「………はぁ…」

 一週間前とは全く真逆の立場になった俺と友人。
 あの時、コイツの気持ちを聞かされた俺は、思い切りこの目の前の友人をバカにした。
 んで、泣き落としに負けてあの店に行ったわけだけど…。

 まさか…。
 この俺が、この目の前の友人と同じ様な『恋わずらい』をするとは、夢にも思わなかったよ…ったく…。

「だ、だってさ、お前、今の彼女、めっちゃ気に入ってたじゃん!!」
「…………」

 ぐうの音も出ねぇ…。
 そうだよ、めっちゃ気に入ってたよ!
 今まで付き合ってきた女の中では一番気に入ってたよ!
 仕事が忙しくて中々会えなくても、ちょっとの嫌味でアイツは許してくれた。
 それに、たまに会う時、花が咲くように笑ってくれて…。
 ついでに、一緒に連れて街を歩くにはちょっと自慢出来るくらいの容姿をしてたしな。
 性格もまぁまぁ良かったし。
 でもさぁ…。
 しょうがないだろ?
 気付いちまったんだから…。

 俺が今までアイツをどう思ってたか…ってことに。


 一緒にいるには申し分なく、俺にとってこれ以上都合の良い存在はない。


 それだけで付き合ってたんだ。
 勿論、好意は持ってたさ、当たり前だろ?
 でも……それだけ。
 それだけだったんだ。

 例えば、カッコイイシルバーアクセサリーが店頭に売ってる。
 今、別のアクセサリーを持ってる。
 でも、やっぱり店頭に売ってるやつが良い。
 だから買った。

 そんな感じで……今まで女と付き合ってたんだよな…。
 しかも、無自覚で…さ。

 はっ…ほんっとうに…俺って最低だ。
 そう気付いたのは…やっぱりあの店に通ったあの晩がきっかけだ。

 あれから…。
 俺は目の前の友人には内緒で、一人で毎晩通ってた。
 どこか……彼女に対して幻滅するようなことはないか…ってさ。

 これ以上、彼女にのめりこむ前に…。
 彼女の事で心の中が一杯にならないように…。
 何か一つで良い。
 俺が今付き合ってる彼女の方が勝ってる…そのたった一つを求めて一週間通い詰めた。


 結果。


 ない。
 どこにも…ない。
 働いてる彼女も…子供達にふとした瞬間に見せる包み込むような視線も…。
 そして、何よりも決定的だったのは…。


「「 おかえり、クラウドー!! 」」

 初めて『英雄のリーダー』を見たのは…昨日。
 ずっと仕事で家を空けていたというこの男に、一週間通ううちに敵意を抱くようになってた。
 だってそうだろ?
 女子供だけにこんな酒の出る店をまかせっきりで仕事で家を空けるだなんて、信じられねぇ。
 仕事…っていう名目で、本当はほっつき歩いてんじゃねぇのかよ…!
『英雄』って肩書きがあれば、どれだけ世間からは有りがたがられるか…。
 きっと、女店主と子供達の知らないところで、甘い汁を存分に堪能してるに決まってる。

 そんな……妬みを覚えるようになっていた。
 もう、相当イカレてるよな…俺。
 でも、そんな暗い思考は、考えれば考えるほど、それこそが真実な気がして…。

『俺でも…クラウド・ストライフの代わりくらいなれるんじゃないのか?』

 なぁんてバカなことまで夢想するようになった。
 それが…。
 たった一瞬で脆くも崩れ去った。

 満面の笑みで駆け寄る子供達の姿は、本当に年相応で、この一週間見たことなんか一度もなかった。

「ただいま、デンゼル、マリン」

 鋭い目つきだったのが、一瞬で細められて…。
 心から愛しくてたまらないって…もう全身からその気持ちが溢れてて…。
 大事な宝物を抱き上げるように…そうっと…でも力強く子供達をそれぞれ片腕一本で抱き上げて…。
 一人一人のおでこに『ただいま』ってもう一度呟きながらキスを贈った。

 金髪のツンツンした髪が店内の照明にキラキラしててさ。
 魔晄…っていうのか?それを浴びた人間に現れる独特の紺碧の瞳は…どこまでも穏やかで…。
 同性の俺でも思わず目を見張るほどの…良い男。


「おかえりなさい、クラウド」


 ドキン!


 胸が不規則に跳ね上がってバクバクと脈を打つ。
 こんな……こんな『女』の声を出した彼女を…知らない。
 微かに上気した頬は、仕事で動き回ったからではない。
 ちょっと潤んだ瞳も…、『おかえり』と言った唇も…。
 どれもこれも、

「ただいま、ティファ」

 さっきの『ただいま』よりもうんと優しく、溜め息が出るような甘やかな雰囲気を身に纏った……『英雄達のリーダー』のもの。


 ドクリ。


 別の意味で心臓が強く鼓動を刻む。
 穏やかに視線を絡ませて笑みを交わす二人には、子供達ですら見えていない。
 ましてや、店内にいる客達の存在なんか、この一瞬、二人の中から消えているだろう…。

 なんかもう…。
 告白する前に振られて、いつまでもウジウジ悩んでいたアイツの気持ちが、この時、ようやく…、ほんっとうにようやく分かった。

 残酷過ぎるんじゃねぇ?
 なにさ、その甘い雰囲気。
 もう、他には何にもいらないって言いたいわけか?

 一瞬前にはクラウド・ストライフが『どっかで甘い汁を〜』とか思ってたけど、もうそんな可能性が微塵も無いことがイヤでも分かる。
 一目見ただけで、この二人の間には俺なんかが想像もつかないような『絆』が出来上がってるって分かったんだ。
 そんな『絆』で結ばれてるのに、他の女なんかお呼びじゃないだろ?
 そしてそれは、彼女にも言えること…。

 クラウド・ストライフ以外、彼女は必要としていない。
 クラウド・ストライフ以外、彼女は『異性』として見ることは…絶対にない。

 完膚なきまでの……失恋。

 この俺が…。
 女を『アクセサリー』程度にしか思ってなかった俺が…。
 いつか、適当な女と一緒になって、適当に家庭でも作って…、それなりの幸せを手に出来たら、それで『ま、いっか』って思ってたこの俺が…。

 気が付いたら、空のジョッキを強く強く握り締めていた。
 バクバクと心臓がやかましく音を立てる。
 理不尽な怒りと喪失感が胸に込上げて、めちゃくちゃに暴れだしたくなる。

 この…今、手にしているジョッキをあいつに……クラウド・ストライフに思い切り投げつけたくなる。
 そして……あいつよりも俺の方が強いって…証明出来たら……。
 出来る…わけがない。
 俺は腕っ節はからっきしだし、何よりそんな度胸もない。
 そんなことしたら確実に返り討ちだし、何よりも…。

 ティファ・ロックハートに冷たい目で見られることには…耐えられない。


「クラウド、汗流して降りて来てね。夕飯作って待ってるから」
「ああ、いつもすまない…」
「なに言ってるの?いつもいつも『すまない』って」

 心底申し訳なさそうな顔をするクラウド・ストライフにも…。
 そんな男に軽く笑い声を上げて優しく包み込むティファ・ロックハートにも…。

 もう…アレだ。
 完膚なきまでの敗北。

 認めてしまって初めて知った。
 失恋がこんなに苦しいんだって…。
 どんなに恋焦がれようとも、自分の入り込む隙なんか一ミリもありゃしない。
 はっ、なんだこれ…。
 視界が変に歪んでくる。
 頭の中がぐちゃぐちゃで、もう…何をどう考えていいのか分からない。
 分かったのは…。


「ごめん、勘定」


 逃げるようにして、甘い雰囲気を醸し出す二人のいる店内から飛び出した。
 暫く足早に歩いて…歩いて。

 エッジの記念碑の所まできて、ベンチに腰掛けた。

「はぁ……」

 ちょっと荒い息を整えながら…溜め息を吐く。
 頭の中は、さきほど見た光景で一杯だ。
 嬉しそうな顔をして、久しぶりに帰宅した『夫を出迎える妻の図』。
 まぁ、聞いたところによると、二人はまだ式とか正式な約束をしたわけではないらしい。
 だから余計に…期待してたんだろうな…これまた無意識に。

 きちんとした約束もしないで、家を空けることの多い仕事をしてるだなんて、よっぽど彼女の事を信じているのか、自分に自信があるのか、はたまた彼女の事はどうでもよくて他に想ってる女がいるのか…。
 そのうちのどれかだって思ってた。
 でも……。
 一番可能性がないと思ってた『彼女の事を信じている』だとは…。

 くそっ!!
 くそ、くそ、くそっ!!!!

 髪を掻き毟って、イライラと足元に転がってる空き缶を思い切り蹴飛ばす。
 乾いた音を立て、放物線を描いた空き缶は、誰もいない路地にワンバウンドしてから転がった。
 力なく転がるその空き缶が……無性に俺に見えて…。


 なにがなんだか分からない涙が込上げてきた。
 いや、なにがなんだか分からない…じゃないな。

 これが…。

「失恋…か……」


 ポツリ、と呟いた言葉が、更に自分を惨めにした…。




「なんだってさぁ……別れたりしたんだよ……」

 ちょっと慰めるように…気を使いながら友人が声を抑えて訊ねる。
 …コイツ、本当にいい奴だな。
 俺なんか思い切りバカにしたのに…。

「アイツと付き合ってても……ここに空いた穴が埋まらないから…」

 トントン…、と自分の胸を指で指す。
 友人は…クシャリ、と顔を歪めると…。

「まぁ、飲め!今日は俺のおごりだ!!」

 そう言って、俺のグラスに酒を注いだ。
 ここは…セブンスヘブンではない。
 別の…そこら辺にある居酒屋だ。
 セブンスヘブンの空気に一週間慣れ親しんだ俺にとって、この店の空気は…ハッキリ言って胸くそ悪い。
 元々空気が悪いんだよな。
 あちらこちらでタバコふかしてる奴がいるから。
 そこで改めて気付く。
 セブンスヘブンも一応は喫煙オッケーだ。
 だけど、店に来てる客達はあまり吸ってなかったってことに。
 きっと、働いてる小さい子供達の事を考えて、遠慮してたんだろう。

 そう言えば…。

 今いる店内を見渡して……その客層の悪さに眉が寄る。
 どいつもこいつもバカ面晒して大口開けて笑ってる。
 周りにいる客の迷惑も考えない。
 それに…。

「はい、お待ちどうさん」

 出てきた料理は…ハッキリ言って…。

「不味そうだな…」
「…ハッキリ言うなよ」
 どこも大概こんなもんだって。

 友人が苦笑しながらそう言った。

 そうなんだよな。
 セブンスヘブンを知る前は、これが当たり前だったんだ。
 料金相応の不味いメシ。
 料金相応の態度の悪い店員。
 料金相応の…品のない雰囲気。

 セブンスヘブンが妙に懐かしく感じた。
 そして…彼女の笑顔も…。

「な…?いい女だったろ…?」
「ああ…」
「……いい男…だったろ…?」
「ああ…」
「……この気持ち…どうしたら良いんだろうな…」
「…俺が教えて欲しいぜ…」
「……だよな…」

 二人で陰気臭くグラスを傾けるには…丁度似合いの店で、さして美味くもないメシを口に運ぶ。
 いくら飲んでも込上げてくるのは、苦い苦い想いだけ。

「失恋…って…どうやって折り合いつけたら良いんだろうな」

 こぼれた本音に親友が今にも泣きそうな顔をした。
 コイツ、こんなに泣き虫じゃなかったのにな。
 酒のせいかもな…。
 それとも…。

「お前、本当にティファさんのことが好きになったんだな…」
「え…?」
「泣きそうな顔してる…」

 あぁ…。
 俺の顔が泣きそうだから…だからコイツは俺の代わりに泣こうとしてくれてるんだ。
 本当に…お前は良い奴だよ。
 なんだって俺達は、叶わない相手に心を奪われたんだろうな。

 絶対に振り向いてもらえない…そんな相手に……さ。


 その時…。

 ピリリ、ピリリ、ピリリ。

 携帯が鳴った。
 なんか……今は目の前の友人以外と話したくない気分だったけど、「鳴ってるぜ?」ってコイツが促すものだから…。

「はい…」
『…もしもし、アタシ』

 携帯から震える声の彼女の声に、胸がドクリと脈打った。

「あ……うん……なに?」
『……あのね…』
「うん…?」
『知ってたよ…』
「…な、にが…?」
『アナタが私の事を好きでないことくらい…』

 ドックン!

 一際大きく心臓が鼓動を刻む。
 安酒の酔いが一気に醒める。
 なにも言えない。
 なんて言って良いのか分からない。

『でもね…それでもね……』



 俺はびっくりする友人に、
「悪い!これ、俺の分!!」
 いくらかの金をテーブルに置いて店を飛び出した。


 ― それでもね。私はアナタの事が好きだったの ―

 ― いつか…私の事を見てくれるって…そう自分自身に思い込ませて… ―

 ― はは、でも…ダメだった…んだよね… ―

 ― ごめんね、変なこと言って ―

 ― でも、どうしても…私の気持ちを最後に聞いて欲しくて… ―


 ― 今まで一緒にいてくれて…ありがと… ―



 震える彼女の声が耳に残る。
 ずっと彼女も『片想い』をしてたんだ…俺に。
 誰よりも傍にいたはずの…この俺に。
 手を伸ばしたら届く距離にいるのにずーっと『片想い』させてたんだ、この俺が!!

 クソッタレ!!
 とことんどんだけ最低なんだ、俺は!!!

 手を伸ばしても届かない距離にいる俺ですら、こんなに辛いのに、俺はずっと彼女に辛い思いをさせていた。
 あぁぁああ!!ほんっとに俺って奴は最低だ!!



 星が満点に輝く空の下、息を切らせてひたすら走る。



 なぁ、俺はさ。
 いままでずっとこんなどうしようもないバカだったから、急には変われないだろうし、ティファ・ロックハートへの想いも暫くは乗り越えられないだろうけど。

 それでもさ。
 もう一度だけチャンスをくれないか?

 あの、クラウド・ストライフみたいに、たった一人の女しか目に映らないような…そんな男になってみせるから。
 そして、クラウド・ストライフにしか見せない笑顔を持つティファ・ロックハートみたいにお前を変えてみせるから。
 だからさ…。



「ごめん!俺ともう一回やり直して欲しい」



 ポロポロと涙を流しながら、それでも満面の笑みで俺の腕に飛び込んでくれた彼女を、俺は初めて綺麗だと、愛しいと思った。

 まだ、胸の奥ではチクリと棘が刺さって痛いけどさ。
 でも…それでも。
 一週間前よりはマシになったはずの俺は、今、腕の中で泣いてる彼女を一週間前以上に幸せに出来ると思う。

 いつか、あの二人に負けないような…幸せな二人になれるんじゃないかな…?


 そう思いながら、俺はギュッと彼女を抱きしめた。



 あとがき

 突発的に思いついた話です。(突発的に思いつかなかった話があっただろうか…)
 めっちゃオリキャラ語りですいません。
 クラティはもうそりゃ、第三者が入り込む隙などりません。
 絶対に無理です。
 そうやって、失恋した人達は、やさぐれるか、諦めるか、未練を引きずって店に通うか……。
 はたまた、自分の姿を振り返って気付かされるか…。
 そんな影響力たっぷりの二人だと思います。
 そんな二人に出会って、幸せを手に入れられる人が多いといいなぁ〜♪