けたたましくタイヤの軋む音と共に車体が大きく揺れて、みんなの悲鳴がそれに重なった。
 俺…このまま死んじゃうかも…!
 あぁぁああ、まだ!
 まだ死にたくなーい!!







一生に一度で十分な体験(前編)







「じゃあ、いい子でしっかり楽しんでこいよ!」

 バッシン!と、妙な音を立てるくらい背中を父さんに叩かれて家を出てから6時間。
 まさか、家を出たときにはこんな目にあうなんて思ってもなかった…。

 あ、お久しぶりの方も初めましての方もこんにちは、キッドです。
 俺は今、バスに乗っています。
 実は、一週間前に学校に入学しました。
 その学校の行事で『こうがい学習』ってやつに参加するため、チョコボファームへ行って帰ってくる途中なんだ。
 …こうがい学習ってなんだろう?
 いまだに良く分からない。
 まさか『公害』じゃないしねぇ…?(*正しくは『校外学習』です)
 なんで学校?って思うでしょ?
 俺もよく分からないんだけど、父さんが言うにはエッジも随分大きくなって、世界の復興もどんどん進んでいるので、
『これから先の世の中を担う子供たちに教育の場を!』
 って、大人の人たちが子供に勉強出来る環境を!って運動してくれたんだって。
 その運動には俺の父さんと母さんもなんか参加したみたい。(しょめいうんどう…ってなにか良く分からないけど、それをしたんだ!って父さんが言ってたんだ)
 その結果、俺はデンゼルと一緒の学校に入学することになったんだ。
 マリンは違うクラスになっちゃった。
 なんか『年齢順』なんだって。
 俺とデンゼルが同じクラスになったのに自分は違うってマリン、拗ねてたなぁ。
 マリンが離れた〜!って拗ねたときは、俺もデンゼルも一緒になって怒ったもんだけど、今、こうしてエライ目にあってるとせめてマリンは無事で本当に良かった!って思います。

 …そう!
 俺とデンゼルとクラスの皆は今、もうすっごく怖い目に遭ってます!!
 だって…。
 俺たちの乗ってるバス…。

 暴走してるんだもん!!!

 その理由は…。

 ガッコン!
 メキッ!!
 ギギギギーッ!!

 立て続けにバスが大きく揺れて、そのたびにみんなの悲鳴がバスの中いっぱいに響く。
 みんな、ガタガタ震えて泣きながら、窓から必死になって離れようとして、クラスメートを踏んづけたり、逆に踏まれたりして大パニック。
 かく言う俺も、必死になって窓から離れようとするんだけど、沢山のクラスメートが乗ってて、先生も乗ってて、添乗員さんまで乗ってるのに、無理があるんだよ〜。
 窓の外には……沢山のモンスター。
 真っ赤を通り越したドス赤黒い目は、ギラギラ光ってて、猛スピードで走ってるバスにラクラク追いつては体当たりをしてくるんだ。
 怖い、マジで怖いから!!

「くそっ!クラウドだったらこんなモンスター、一戟なのに…!」

 周りのクラスメートに揉みくちゃにされて、デンゼルとギュ〜〜ッ!ってくっ付いた時、デンゼルがすごく悔しそうに言った。
 デンゼルの顔を見ようとしたけど、これ以上は無理!ってくらいに引っ付いてて身動き取れないから見れない。
 でも、見なくても分かる、すっごく悔しくて仕方ない!って顔してる。
 デンゼルはクラウドさんをこの星で一番尊敬してて、憧れてるんだ。
 大きくなったらクラウドさんみたいになるのがデンゼルの夢。
 実は、俺もクラウドさんみたいになるのが夢なんだけど、俺の憧れの気持ちよりもデンゼルが憧れている気持ちの方が大きくて強いと思う。
 そんなデンゼルが、こういうピンチの時にクラウドさんを思い出すのは当然だよね。
 正直、俺もバスが暴走し始めた『前に起こった事件』からずっとクラウドさんのことを思ってたから、大いに納得だよ。

 え?
 バスが暴走する前に起こった事件ってなんのことかって?

 あ、ごめんなさい、ちょっと…かなりパニックになってたみたいで説明が前後しちゃった。
 実はこのバス…。


 バスジャックされてるんですーー!!!


 犯人は…。


「くそっ!こんな大量のモンスター、どっから…!!」
 唾を飛ばしながら必死にハンドルを握ってるオッサン。
 このオッサン、バスの運転手なんだ!
 最初っからこのバスを乗っ取ってたんだよぉ!!
 学校の先生も添乗員さんも、まさかバスの運転手が『誘拐犯』と摩り替わってただなんて思いもしなかったみたいで、帰り道にいきなり荒野の真っ只中に道を逸れたのでようやく気づいたんだ。
 そうだよなぁ、いちいち運転手が本物かどうか鼻を引っ張って変装してないか確認しないよなぁ…。

「うわっ!」
「キャーーッ!!」

 ゴットン!
 変な音を立ててバスが大きく何かに乗り上げた感じがした。
 感じじゃなくてマジで何かに乗り上げたんだ。

「げげっ、倒れる!!」
「キッド!!」

 バスが大きく揺らいだ反動で、俺の身体が宙に浮いた。
 デンゼルが慌てて手を伸ばし、俺の身体にしがみつく。

 ガッコン!
 ギギギーッ!!

 アイタッ!
 シートに身体が落ちた反動で舌……、舌噛んだ!!

「キッド、大丈夫か!?」
「うぅ……にゃ、にゃんとか(なんとか)…ありがとディエンジェル(デンゼル)…」

 アイタ〜〜…。
 本当に痛い。
 痛いけど、まだマシなんだろうな、デンゼルが捕まえてくれたからこの程度で済んだんだし。
 バスはというと、さっきの『ガッコン!』って音を立てて思いっきり地面にバウンドして体勢を整えたみたいで、そのままモンスターの大群から逃げようと走り続けてる。

 先生は真っ青になってるけど、なんとか泣き喚いてるクラスメートを落ち着かせようと一生懸命声をかけてた。
 まだ若い女の先生だけど、根性はピカ一だと思うな俺。
 もしも無事に帰れたら、真面目に学校通って先生の授業、一生懸命受けるんだ!
 …ハッ!!
 もしも無事に帰れたら……だなんて、なに言ってるんだよ、俺!
 絶対無事に帰るんだ!!
 だって、だって!!
 俺、お兄ちゃんになるんだ。
 まだ弟か妹か知らないけど、産まれてきたらうんと可愛がって沢山遊んでやるんだってずっと楽しみにしてたのに!

「くそっ!こんなに揺れてたら……!」

 デンゼルがクラスメートに下敷きにされそうになってるのに気づかず、一生懸命リュックサックのポケットを開けようとしてるのを見て、俺はギョッとした。
 反射的にデンゼルを引っ張る。
 デンゼルがビックリするのと同時にクラスメートが2人、雪崩のように倒れてきた。
 勿論、俺とデンゼルもクラスメートが倒れた方向と同じ方向へ身体が滑る。
 だって、バスが急カーブきったんだもん。
 身体も右に左に滑る滑る!

「あ、危なかった…。サンキュ、キッド」

 デンゼルに応える余裕なんかない。
 今度は俺の上に、添乗員のおばさんが飛んできた。

「ぐえっ…!」
「うわっ、キッド!?」
「あら、やだ、ごめんなさいね!?」

 慌てる添乗員さんとデンゼルが、俺と俺の隣にいて一緒に巻き添え食ったクラスメートに慌てながら声をかけた。
 でも、それだけ。
 慌てて引っ張り出すとか、助け起こしてくれるとかそういう余裕はない。
 もう、なんだかさっきからバスが変な音ばっかり立ててるし、ガタガタガタガタ変に揺れてるし!

 も、もしかして…。

「うわ〜〜ん、スピード落ちてるよぉ!!」

 クラスメートの誰だったか忘れちゃったけど、女の子がご丁寧に状況を教えてくれた。
 そのせいで、さらにバスの中は発狂せんばかりに大騒ぎになった。

「やかましい、ガキども!モンスターのえさになる前に撃ち殺すぞ!?!?」

 誘拐犯のオッサンがそう怒鳴りつけたけど、もう悪いけどそんなもの、誰も真剣に聞いてないから!!
 だって、オッサンだって俺たちを撃ち殺す余裕なんか全然ないじゃん!!
 あ、ほらほらほらほら、前、前見て、壁、山、崖ーーー!!!!


「「「「 前、前ーーー!!!! 」」」」


 悲鳴、絶叫、奇声…。
 そういうものが入り乱れてバスに溢れて…。
 オッサンが慌ててブレーキ踏んで、ハンドル切って…。
 バスが大きく揺れて、傾いで…。
 バスに乗ってる俺たちも一緒にバスの中で振り回されて…。


 そうして。


 鼓膜が破れるかと思うくらいの大音響を立てて、バスは横転した。


 もしかしたら、俺、一瞬気を失ってたかも知れない。
 でも、本当にそれは一瞬だけだったと思う。
 ボーっとした頭は、クラスメートたちの悲鳴で全部吹っ飛んだ。


「モンスターーーッ!!!!」


 一箇所、窓が割れていた。
 そのたった一箇所にモンスターが集中して押しかけてる。
 割れた窓の場所は…丁度バスのど真ん中!!
 ちなみに俺とデンゼルはバスの後ろ側。
 前と後ろにクラスメートが分かれちゃった形になってる。
 他の割れてない窓にもモンスターがビッシリ張り付いてて、今にも破りそうだー!!

 あっという間にバスの中は狂ったように泣き叫ぶクラスメートと先生の悲鳴、モンスターの咆哮と獣臭で満ち満ちた。
 え、俺はどうしてるかって…?
 俺…、俺……。
 モンスターのドス赤黒い目と目が合って、叫ぶことすら出来ません!!

 モンスターの耳まで裂けた口から鋭い牙がむき出しになって、涎が垂れる…。
 そ、それって…、俺を見て『お腹が空いた』から…!?
 もう…、もう全然、俺なんか美味しくないからー!!
 だから、だから、そのまま割れた窓から外に出て行ってーー!!

「ティファ、ティファー!!」

 デンゼルのこんな切羽詰った必死な叫び声、俺は聞いたことがない。
 目の端っこに、デンゼルが携帯を耳に押し当ててるのが見えた。

 あぁ、そっか。
 さっき、リュックサックを探ってたのは携帯を探してたんだ。
 じゃあ、もしかしたら今、デンゼルはティファさんと繋がってるのかも。
 なら…。
 なら、うまくいけば、クラスメートの何人かは助かるかもしれない…。
 でも…、俺は……俺は……。


 食い殺されちゃう!!


 モンスターが狙いを俺に定めて腰を落とすのがやけにゆっくりゆっくり見える。
 周りの皆の悲鳴も一瞬、すごく遠く聞こえてなんだか別世界にいきなり飛ばされたみたいだ…。

 父さん。
 母さん。
 それに、まだ会えてない弟か…妹。

 俺……、まだ死にたくなかったよ…!!



「わーー、ヤダーーー!!!」



 モンスターが飛び掛ってきた瞬間、俺は後から思い返したらビックリするくらい、喉が破れそうになるほどの悲鳴を上げた。



 ターーーンッ!



 今の乾いた音は…なに?
 耳障りな野獣の咆哮は…なんで?
 それよりもなによりも、俺、どうしてまだどこも痛くないの?


「シュリ兄ちゃん!!」


 え?
 デンゼル、誰って??

 まるで輝いているかのようなデンゼルの声に、恐る恐る顔を覆っていた腕を外た俺が見たものは、ビックリするような光景だった。
 いや、だって。
 なんで添乗員のおばさんの身体をした『お兄ちゃん』がいるわけ!?
 え、えぇえ!?!?
 なになに、顔は男で身体はおばさんなわけ!?!?

 状況がさっぱり分からない俺の前で、お兄ちゃん(?)は手にした銃で片っ端から撃ちまくってる。
 実に的確な射撃なんだって分かるのは、発砲する音とモンスターが悲鳴を上げる数が同じだったこと。
 いや、別に数えてないけど発砲する音と同時にモンスターが悲鳴を上げてるんだもん、すぐに分かるよ。

「シュリ兄ちゃん!」
「デンゼル、いいか動くなよ。他の皆も動くな、なるべく一箇所に固まってジッとしてろ!」

 鋭い声でパニックになってる皆に指示しながら、お兄ちゃんはクラスメートのみんなと先生を的確に助けてくれた。
 誘拐犯のオッサンは…。
 げげっ!
 その手に持ってるのってもしかしなくても……爆弾!?!?

「く、くっそぉ…!こうなったら、モンスターと一緒に証拠を消してやる!!」

 うわわわわわっ!!
 ちょ、ちょっとこの距離でそれってどうなわけ!?
 オッサンも死ぬつもり!?
 悪いけど、俺もデンゼルも、先生もクラスのみんなも、絶対にオッサンなんかと心中するつもりないから!
 死ぬなら1人で死んでくれよ!

「ちっ!」

 ん?
 誰か舌打ちした?
 誰、こんな状況で舌打ち出来る余裕のある人って!!

 と…。

「ぐげっ!」

 なんか…すごく間抜けな声を上げて誘拐犯のオッサンが運転席の向こうにズルズルと倒れてしまった。
 え?
 なんで??
 なになに、どうしたわけ!?!?

「すっげ〜、さすがシュリ兄ちゃん!!」

 デンゼルがそう言って、すっごく嬉しそうに手を叩いた。
 え!?
 あのお兄ちゃん、何かしたわけ!?!?
 お兄ちゃんを見ると、オッサンの方はもう見てなくて、窓から侵入してくるモンスターを次々撃ち倒してる。
 とてもじゃないけど、オッサンに何かする余裕があるようには見えないんだけど、デンゼルがすごく安心…っていうよりも、興奮した顔でお兄ちゃんを見てるから、きっと何かしたんだろうなあって思うんだ。
 うん、きっと何か物をぶつけるか何かしたんだろうな。
 それにしても、お兄ちゃんはすごい。
 バスの背もたれや天井を上手に利用して、絶対にこけない。
 こけたらきっと、モンスターに襲われてしまう。
 それにしても、顔はすごくカッコいいのに、身体が『おばさん』のまんまなのがちょっと可笑しい。
 勿論、笑う余裕なんかこれっぽっちもないんだけどね。
 それに、ちょっと動きにくそうなんだ。
 だって、『おばさん』の変装は太ってるって設定でさ、お兄ちゃんの本来の姿からは大きすぎるんだと思うんだ。
 へ?
 なんでそんなことが分かるかって?
 だって、お兄ちゃんの顔、すごくスッキリしてるんだもん。
 余計なお肉がなさそう。
 クラウドさんと似たような輪郭してるから、きっと身体もクラウドさんみたいにほっそりしてるんだろうなぁ。

 て、なんだか気づいたら俺も随分余裕なこと、考えてる?
 これって、やっぱりデンゼルがすごくリラックスしてるから?
 俺だけじゃない、先生もクラスメートを一生懸命腕を広げて背中に庇いながら、『もうダメだ!』って感じがなくなってて、お兄ちゃんの動きを懸命に目で追っている。

 やっぱり、このお兄ちゃん、すごい人なんだ!
 もしかしたら…、ティファさんが駆けつけてくれるまで持ちこたえられるかも!!


 カチカチ…。


 あ、弾がなくなった…?
 かと思ったら、お兄ちゃんは実に手際よくポケットから弾の予備を取り出して銃にセットする。
 その間も身体を休めない。
 床…って言うよりも、バスは横転してるから俺たちが立ってるのは丁度モンスターが入り込もうとしている窓とは反対の側面になるんだけど、その『一時的な床』にうずくまってるクラスメートや先生に襲い掛かろうとしているモンスターを蹴り飛ばしたり、時にはわざと『添乗員のおばさん』の身体に噛み付かせたりしてる。
 …なんで『わざと』噛み付き攻撃を受けてるって分かるかって?
 だって、おばさんの変装が解けていくたびに動きが軽やかになってるんだもん。
 絶対にわざとだよ、避けられるくせに避けてないんだよ。
 んで、噛み付き攻撃をしたモンスターがバスの背もたれとかで体勢を整えて再度飛び掛ろうとしても、回し蹴りとかひじ撃ちで撃退するんだ。
 あ、ちゃんと撃退したモンスターは銃で打ち抜いた窓から蹴り飛ばして外に出してるから大丈夫。
 今のところ、みんな怖がってて、すごくパニック状態にはなってるけど、誰も大きな怪我はしてないみたい。

 すっごい、すごいよ、お兄ちゃん!(あ、シュリだっけ?)

 もしかしたら本当にティファさんが駆けつけてくれるまで持ちこたえられるかもしれない!っての、本当になるかもしれない!

 そう思ったのに。

 バリーンッ!

 て音がして、割れなくても良いのに新しく窓が割れた音がした。
 さっきからずっと、新しい進入路を作ろうとしていたモンスターがとうとう窓を破ったんだ。

 しかも、今度は…。


「キッド!!」


 俺の真隣の窓…。


 俺はデンゼルと先生の悲鳴やクラスメートの泣き声を聞きながら、割れた破片とモンスターの牙、爪が目の前に迫るのを、なんだかTVを見ているような気分で呆然と見つめるしか出来なかった。