ティファが両足に酷い火傷をした夜…。
 彼女は子供のように俺の胸の中で泣いた…。
 一体、彼女をここまで追い詰めていたものって…何だったんだろう……。


 なぁ、エアリス……?



自分の出来ること…




「ティファ、絶対に無茶したらダメなんだからね!」
「俺達、ティファが治るまで遊びに行かないんだからな!絶対に、何言われても遊びに行かないから、用事があったら呼んでくれよ!!」
 苦笑する彼女に、子供達が大真面目な顔をして何度も同じ台詞を繰り返している。
 子供達の気持ちはそっくりそのまま、俺の意見でもある。
 彼女は昔から無理をする性質なのだ。
 そして、甘え下手…。
 何でも一生懸命頑張りすぎるところは、彼女の美点でもあり、欠点でもあると思う。

 ま、そんな彼女だからこそ、今も俺はここにいられるんだろうけど…。

 だからと言って、火傷をしている彼女が俺達の隙を突いて無茶する事を容認出来るはずも無い。
「と、言うわけだから…ティファ、俺が仕事に行ってる間、無茶するなよ?無茶しても絶対にばれるんだから」
 無茶したらお仕置きだ。

 そう言い残し、顔を赤く染めながら拗ねた振りをする彼女に笑みを向け、寝室を後にした。
「じゃ、ティファを頼む」
「うん、気をつけてな!早く帰ってきてくれよ?」
「クラウド、ティファの事が気になって事故を起こしたりしないでね?」
 玄関まで見送りに来てくれた子供達それぞれの頭をポンポン叩くと、愛車に跨りエンジンを噴かす。
 チラリと二階の寝室を見上げると、ベッドにいたはずの彼女が窓からちょこんと顔を出していた。
 思わずあんぐりと口を開けた俺に、彼女は悪戯がばれた子供のような顔をしてペロリと舌を覗かせた。
「あ〜!」
「ティファ!ダメって言ったじゃな〜い!!」
 途端に子供達が目を三角にして、窓から顔を覗かせている彼女に怒って見せた。
「お見送りくらいさせてよ〜」
 子供達の叱責をものともせず、ニコニコと笑顔を見せる彼女は、昨夜の面影を微塵も残してはいない。
 その事にホッとしつつ、再度、子供達にティファの事を頼み、見送ってくれている彼女へもう一度視線を送る。
「行ってらっしゃい!」
「ああ、行ってくる」
 今度こそ、俺はフェンリルを走らせてエッジの街を駆け抜けた。


 本当は、彼女の傍にいたかった。
 しかし、急なキャンセルは信用問題に関わる。
 何より、ティファがそれを許さないし、その事で逆に彼女は自分を責めるだろう…。

 昨夜のような彼女は…見たくない。
 いや、見たくないんじゃないな。
 これ以上彼女を追い詰めたくないんだ。
 本当は、いつでも弱音を吐いて欲しいし、不満があるなら言って欲しい。
 彼女は、何でも自分の中で処理しようと溜め込んでしまう。
 その結果が…昨夜の彼女だろう…。
 火傷で済んだのはむしろ、不幸中の幸いじゃないだろうか?

 車の運転でハンドル操作ミス…。
 街中を歩いている時にボンヤリしていて、交通事故…。
 ボーっとしたまま階段を上り、思わず踏み外して転落・頭部打撲…。
 ボケッとしている時に強盗や凶悪犯にうっかり遭遇し、対応が遅れて凶弾の餌食…。

 数え上げればそれこそキリがないくらい、最近の彼女は危険に晒されていたのだ。
 まぁ、最後の一つは滅多にないだろうけど…。(あったらそれこそ大変だ)

 だから、火傷で済んだのは本当に良い方だと思う。
 痕も残らないだろう…と医者は言ってくれていたし。
 仮に残ったとしても、軽い手術で元通りになると保証してくれた。

 俺としては、彼女の足に痕が残ろうが残るまいが、それはあんまり問題じゃなかった。
 勿論、彼女にそんな事は言えないけど、それよりも目に見える傷ではなく、目に見えない傷の方が重要だった。

 料理を焦がし、火傷をする…。
 彼女がそんな失敗をしたことなんかこれまで只の一度も無かった。
 彼女をそこまで追い詰めたもの…。
 あり得ない失敗をしてしまうほど、彼女が追い詰められていたという事実に、愕然とした。
 そして、昨夜の彼女の弱った表情…。

 子供のように泣きじゃくった彼女は、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。
 ティファを胸に抱いたまま、何度も何度もその髪を梳き、背を撫で、額と瞼、頬に唇を落とした。
 どうしたら彼女の心に巣食っている不安や恐れを取り除いてやれるのだろう…?
 俺に出来ることは…無いんだろうか…?
 ただこうして、抱きしめて、髪を梳いて、背を撫でて、キスを贈って…。
 それだけ…?
 自分の出来ることは…それだけ…?
 本当に、それ以外に出来ることはないんだろうか…。


『彼女』なら…こんな時どうするんだろう…。


 ティファと本当に仲の良かった…『彼女』

 きっと、エアリスが生きていたら、ティファはここまで追い詰められる事は無かったに違いない。
 ティファにとって、エアリスは誰よりも心許せる友人だったから。
 勿論、ユフィだってシドだって…。
 他の仲間達だってティファにとっては心許せる仲間であり、友人達だ。
 でも、エアリスはその中でも特別な存在だった。
 歳も近く、何より頼り甲斐があって、いつも笑顔を与えてくれていた素晴らしい女性は、二年前にティファと自分達の目の前で星に還ってしまった。


 聖母の微笑をその浮かべたまま…。




「なぁ、あんたなら…こんな時どうする?」
 教会に佇んで思わず口にした言葉は、奇跡の泉に吸い込まれるように頼りなく消えた。

 配達の仕事を無事に終えた俺は、今、こうして教会の椅子の残骸に腰を下ろしている。
 すぐにでも帰るべきなんだとは分かっていた。
 でも、今、こうして悩みを抱えたまま帰っても、鋭い彼女に見抜かれてしまいそうで…。
 それが怖くてつい、ここに来てしまった。
 星痕症候群の時にも、行き場が無くて逃げ込んだこの教会は、カダージュ達との闘いの後、修復される事なくそのままの形で残されていた。
 壊れた屋根からは、満点の星空が覗いている。
 ここに訪れた時間はまだ、空には西日が残っていたから、気付けば随分長い時間、ここで過ごしていた事になる。

「早く帰るって約束したのにな…」
 出かけに子供達が一生懸命な顔をしていたのを思い出し、約束を破った罪悪感で胸がちくりと痛む。
 それでも、今の俺にはどうしたら良いのか分からなくて…。
 このまま帰って良いものかどうか、ウジウジと悩んでいたりする。


『ほんっとうにクラウドって乙女心が分かってないんだから!』

 いつか、エアリスがそう言って頬を膨らませていたのをふと思い出した。
 何故そういう話しになったんだっけ?

『だ〜か〜ら!女の子は、いつまで経っても『可愛いね』とか『大好きだよ』って言ってもらいたいもんなの!それくらい分かんないかなぁ』

 ああ、確かエアリスが新しいリボンを買って、お下げ髪に結わえた時だ…。

『そんなんじゃ、いつまで経っても女の子のハートを射止める事なんか出来ないわよ!?』
 両手に腰を当ててむくれた顔をした彼女に、ティファが隣で何度も頷いていたな…。

『クラウドはそういうところ『は』鈍いんだから』
『違うよ、ティファ!そういうところ『も』だよ!』
 苦笑するティファに、エアリスがジト目で流し見ていたな。

『でも、他の事はちゃんとしてると思うんだけど…』
『じゃあ、どういうところがちゃんとしてるの!?』
『え……っと、ほら、マテリアの管理とか、皆の体調の良し悪しで旅するペースを決めたりとか…』
『そんなの、クラウド一人が頑張ってるわけじゃなくて皆がそれぞれ気をつけてる事じゃない!』
 何とかフォローしようと、しどろもどろ言うティファに、遠慮なくバッサリ切って捨ててたよな…。
 そんなエアリスに、ティファは苦笑いを浮かべたまま困ったように俺を見て、それで……。

『でも、クラウドだからここまで皆無事で来れたんだと思うな』

 そう言って、最後まで庇ってくれてた…。


 思い返せば、あの時からずっと、ティファには庇われてばっかりだよな。
 家出してた時も、家に戻った時も…。
 常連さんから陰口を叩かれてた事は良く知ってる。
 そんな陰口に真っ向から否定して、戦ってくれていた事も…。

 そんな彼女に、俺が出来る事って…?


『可愛いねとか、大好きだよって言ってもらいたいもんなの!』


 エアリスの言葉が再び脳裏に甦る。

『言葉』…か。
 そうだな。
 思い返してみれば、今まで口下手だって自分に逃げていて、彼女に大切な言葉を口にしていなかった…。
 いや、勿論全然言ったことが無いってわけじゃないし、現に昨夜も…その……ちゃんと『愛してる』って言ったけど……。
 でも、ああいうのが極端に足りなかったのかもしれない…って言うか、断然足りなかったんだな。


『想いを伝えられるのは、言葉だけじゃないよ』


 あの決戦前夜にティファがくれた『言葉』。
 あの『言葉』で本当に救われたんだよな。
 じゃあ、俺は彼女に何か救いになるような…支えになるような『言葉』や『態度』をはっきり示した事があったっけ?
 …………。

 あんまり…ないかもしれない…。


 はぁ〜〜…。
 俺ってば本当に情けない。

 深く深く息を吐き出して、大きく息を吸い込む。
 反動をつけて立ち上がると、泉の水が小さな波紋を描き出した。

「じゃ、帰るよ。今度来る時は、ティファとの約束どおり、一緒に来るから…」
 水面に向かって声をかけると、柔らかな彼女の笑みが見えた気がした。



「あ〜!やっと帰ってきた!!」
「もう、遅いじゃないか!携帯も出ないしさ!!」
「もう夕飯食べちゃったよ〜!」
「ティファったら『クラウドが帰ってくるまで待ってる』とか言ってさ〜、なかなか夕飯食べようとしなくて困ったんだぞ!」
「それを今、やっと食べ終わらせてお薬飲ませたところなんだから!」
「ティファ、クラウドの事ずっと待ってたんだから、早く顔見せてあげてよ!!」

 扉を開けた途端、子供達の抗議の声に出迎えられて思わず耳を塞ぐ。
「すまない。少し寄り道をしていたんだ」
「え〜!ティファがこんな時に〜!?」
「クラウド〜、サイテー!!」
 バカ正直に答えた俺に、子供達が何とも素直な感想を口にしてくれる。
 苦笑しながら、目の前で膨れっ面をしているデンゼルとマリンに、後手に隠し持っていた『物』を見せると、表情が一変、パッと花が咲くような笑顔になった。
「クラウド!」
「やるじゃん!!絶対にティファも喜ぶよ!」
 子供達の賛辞に笑みを返し、俺は寝室へと足を向けた。


 寝室のドアをそっとノックする。
 耳に心地良い彼女の返事が聞え、ゆっくりと扉を開けた。

 手に持っていた花束に、彼女の瞳が大きく見開かれ、輝く笑顔をその顔に浮かべてくれた。
 その久しぶりに見る事の出来た笑顔に…。


 さぁ、今夜は何を彼女に伝えよう…。
 とりあえず、もう一度…。



「ティファ…、誰よりもティファを愛してる」




 あとがき

 『言の葉』でティファがあまりにも可哀想な目にあわせてしまったので、彼女への懺悔を込めて(苦笑)。
 きっと、クラウドは何だかんだ言いながら、あの教会に入り浸ってると思います。
 ええ、落ち込む事とか悩み事があったら絶対に行ってるはずです!(断言)
 でも、いつかはティファと二人で笑いながら行って欲しいものです…。

 最後までお付き合い下さい、ありがとうございました〜♪