欠けたピース オマケ




「クラウドさん!?」

 突然の来客に、細身の医師は目を丸くした。
 軽く頭を下げて会釈をする金髪の青年に続き、漆黒の髪の女性と更にはジェノバ戦役の英雄達がゾロゾロと診療室に入ってきて、医師のみならず看護師までもあんぐりと口を開けた。

「その…突然申し訳ない……」

 心底恐縮している様子のクラウドに、医師はハッと我に返ると目を細めて微笑んだ。

「いやいや。お元気そうで何よりです」
「先生、その節は本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げるティファに倣って、
「「ありがとうございました〜!」」
 と、子供達も頭を下げる。
 医師はニッコリと笑うと、椅子から腰を上げ、子供達一人一人の頭をポンポンと叩いた。

「うん、良い子達だね」
「「えへへ〜」」

 嬉しそうに微笑む子供達に、後ろに控えていた巨漢の男がだらしなく相好を崩す。
 医師は後ろでまだ呆けている看護師に、暫くの間、席を外す為に代わりの医師に声をかけてくれるように頼むと、
「ついて来てくれますか?」
 と声をかけて診察室を後にした。

 向かった先は何と…。

「なんで院長室…?」

 首を傾げるユフィの足元で、同じくナナキも首を捻る。
 医師は訝しげに自分を見るクラウドに笑みを見せると、重厚そうなドアをノックした。
 中から「誰だ〜?」と、やけに間延びした若い男の声。
「院長、私です」
「おお、入れ入れ〜!」
 軽い感じで入室許可が下りる。
 皆、頭の中にクエスチョンマークを一杯にして医師を見た。
 医師は微笑んだままゆっくりとそのドアを押し開ける。

「失礼します」

 中にいたのは、医師と同年代であろう男性の姿。
 院長…という歳には到底見えない。
 だが…。

「アレがこの大病院の院長…!?」
 小声でシドが驚き、ヴィンセントも軽く目を見開いている。

 男性が座っているのは紛れもなく『院長』とプレートの置かれたデスクの椅子。
 革張りの高級そうなその椅子に、だらしなく座っていた男性は、医師に続いてゾロゾロ入って来た英雄達に、ニッと笑顔を見せた。

「待ってましたよ、いらっしゃい!」

「「「「「へ?」」」」」

 その歓迎の言葉に一行は目を丸くする。
 医師を反射的に見てしまったのは仕方ないだろう。
 必死になって首を振っている医師に、院長はカラカラと笑って見せた。

「いやいや、たった今、看護師から『英雄様ご一行が当院にご到着』って報告受けたんだ」

「あ……そうですか……」
 何とか笑って答えて見せたのはセブンスヘブンの店長。
 院長はというと、
「まぁ、立ち話もなんだし座って座って〜」
 と、これまた軽い感じでソファーを勧め、デスクの電話に手を伸ばして、コーヒーと子供達用のジュースを秘書に持ってくるよう命じた。

 ほどなくして秘書が人数分のコーヒーとジュースを持って来て、あっさりと下がった。
 なるほど、仕事が出来る秘書のようだ。
 変に勘ぐるような視線を向ける事無く、かと言って注意力がないわけじゃない。
 院長にチラリと向けた視線が空を切った。
 ということは、自分はこの場には必要ない。
 というわけだろう。

 ヴィンセントは一瞬でそのやり取りを見て取り、運ばれたコーヒーに口をつけた。

「ところで、その後どうですか、経過は?」
 満面の笑みを向ける院長に、クラウドは気まずそうな顔をした。
「…おかげさまで…」
「ハッハッハ、気にしないで気にしないで!どうせ『途中退院』を気にしてるんでしょう?ちゃんと『ご家族』が迎えに来て『自宅』に帰ったんだから、それでOKOK!」
「は、はぁ…」

 なんだってこんなにお軽い調子なんだろう…。

 英雄達の頭の中はその考えで一杯になる。
 その声がまさか聞えたわけではないだろうが…。
「堅苦しいのが苦手で、申し訳ないけどこの話し方で勘弁して下さいネ〜」
 などと先手を打たれてしまう。
 なんとなく引き攣った笑顔になるのは…何故だろう…?
 そんな英雄と自分の上司を、医師は苦笑しながら見つめていた。
 と…。
「お?お前なんだって突っ立ってんだよ、ほら座れ座れ〜……ってもう場所ないか」
 院長が突っ立ったままの自分に座るように勧めて、座る余地がない事に気がついたらしい。
「私はこのままで」
「バ〜カ、なに言ってんだ」

 そのやり取りに、クラウドとティファがデンゼルとマリンをそれぞれ膝の上に抱き上げようとするのと、一番幅を取ってしまっているバレットが気を使って腰を上げるのと、更にはユフィが「アタシが一番若いし〜」と遠慮して立ち上がるのが同時だった。

 だが、そのどれをも院長は、
「あ〜、良いです良いです、気を使われなくて〜!」
 そう制すると、自分がそれまで座っていた場所に医師を座らせ、自身はデスクの革張りの椅子をゴロゴロとソファーまで引っ張って来た。

「「「「「「…………」」」」」」

 なんとも…偉ぶらない…というか…えらく庶民的…というか……。

 型破りな院長に、英雄達はただただ目を丸くする。


「それにしても、今日は皆さんどうされたんです?」

 水を向けられて、それに応えたのはこの病院でお世話になっていた挙句、仲間達の手を取ってサッサと強引に退院した青年。

「あ〜…皆でこれから墓参りに……」
「ああ!そう言えば、クラウドさんとティファさんはこの村出身でしたね」
「ええ…」

 ポン…と、手を叩く院長にティファが微笑んで頷いた。
 その笑みが少しだけ翳っていたのに気付いたのか、
「でも…綺麗だったでしょ?」
 と、軽薄なそれまでの口調ではなく心のこもった声音で話しかけた。
 心に染み渡るその言葉。
 ハッとするほどのその口調に、思わずマジマジと院長を見る。

「はい」

 隣に座るクラウドがしっかりと頷いて……笑った。

「でしょう?」

 嬉しそうにうんうん、と頷く院長に英雄達の表情が和らぐ。
 医師も穏やかな眼差しでコーヒーに手を伸ばした。


「ところで、この病院……どうしてこんなに大きいんですか……?」
 ティファの唐突な質問に、子供達はキョトンと不思議そうに見上げた。
 その隣に座っているクラウドも、そして英雄達も皆が真っ直ぐ院長を見つめている。
 どの表情も硬くはないのだが……どこか真剣で。
 理由の分からない子供達は首を捻る。
 院長はカラカラと再び笑い声を上げた。

「こんな辺境な土地に不似合いな大病院……ってことですよね〜?」
「……はい」

 一拍の間を置いて頷いたティファに、院長は笑いながら腰を上げ、窓に近寄った。
 大きな窓からは村が一望出来る。

「小さな村には不似合いな大病院。不必要に思えるその規模と…なによりその『維持費』の出所が不思議…ってとこですか?」

 少しも臆さないその堂々たる態度は、なるほど、大病院の院長という地位を手にするだけはある。

 院長は窓にもたれるようにして立つと、皆に視線を注ぐ。

「クラウドさんが入院してたあの病室。あれってすっごく『豪華』だったと思いません?」
「……」

 院長の言わんとしていることがいま一つ分からない。
 戸惑っている面々に、院長はニッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「結構な有名人とか…お金持ちの人以外、あの部屋には入れないんですよね」
 部屋代が高すぎて。

 皆の目が丸くなる。
 医師はその表情の変化に微苦笑を漏らした。
 院長は悪戯っぽい笑いを更に深める。

「『ジェノバ戦役の英雄』さん達はまだ利用希望された人は一人もいないんですけど、有名人とか金持ちって、『病気になりたがる』んですよ…なんでかね」

 英雄達はピンと来た。
 子供達は分かっていないのだろう、キョトンとしたまま、キョロキョロと大人達を見上げている。
 いや、もう一人…。
 浅黒い肌の巨漢までもが首を捻っている。

「じゃあ……『ゴシップ避け』のために……?」
 恐る恐る訊ねたクラウドに、院長は非常に分かりやすく親指を立てて、
「その通り〜!」
 明るく言ってのけた。

 いやいや、そんなあからさまにアンタ……。
 本当にそれで良いのか!?とか、医療に携わる人間としてそれってどうよ!?とか、言いたいことは沢山あるのだが、ここまであっけらかんと言われると、院長がしている事が別に悪いことじゃない様な気がする……。

「大丈夫、ちゃんと部屋代払ってもらってるし、その部屋代のお蔭でこの病院の維持費は賄えるし」
「いや…そうだろうけど…それって良いわけ…?」

 呆れたようなユフィに、院長は、
「問題ナッシング!だって、別にウソの診断を書くわけじゃないから」
 これまたあっさりとそう言ってのけた。

「確かに、入院する必要が全くない人間だけど、『心労により療養が必要』とか書いちゃったらそれでもう『入院必要』ってことになるんだよねぇ」
「えらく……簡単だな……」
 シドが呆れて呟く。
 院長はまたもや軽く笑った。
「まぁ、極端な例だとこういうことになりますね。でもね…」
 軽い笑みが真剣な表情に変わる。


「そういう『金にものを言わせたらなんでも手に入る』って思ってる人間のおかげで、金が無いが故に『死ななきゃならない命』を助けられるんですよ…ここではね」


 衝撃。

 この目の前の院長は、金持ちに『ゴシップ避け』の場所を提供する見返りとして、貧しい人達の為に高価な治療を施していると言うのだ。
 クラウドは咄嗟に医師を見た。
 医師はクラウドの視線に気付いて微笑むとゆっくり頷いた。

 彼がコスタで出来なかった事が、ここでは可能なのだ。
 だから、彼は医師を続けているのだ……このニブルヘイムで。


「彼がコスタでナルシュスと一緒に薬を盗んでいた事はとっくに知ってましてね」
「え!?」
 親しげに医師の肩に顎を乗せた院長の言葉に、思わず驚きの声が上がる。
 医師は苦笑しながらコックリと頷いて見せた。

「だから、コスタからわざわざ彼を呼んだんですよぉ。だって、盗みまで働いて人の命を助けたい…って思うようなあっつ〜〜い医者なんて、この世界にどれだけいるか!」
 グリグリと、医師の肩の上で顎をこすりつける院長は、まるで子供のようだ。
「イタイイタイ…、院長、痛いから!」
 そう言いながらも笑っている医師に、クラウドは何故か全身からホ〜ッと力が抜けるのを感じた。

 実は少し心配していたのだ。
 ナルシュスからコスタの一件がバレた時、医師はどうなるのだろう…と。
 だが、この病院に来て、医師がまだ医師として働いていると知って、安堵した。
 ナルシュスがまだバラしていないんだ……と。
 だが、違った。

 医師が医者として素晴らしい人材だから呼んだとこの院長は言った。
 という事は、ナルシュスがこれから先、医師の事で脅すのは不可能という事になる。


「まぁもっとも」
 ひとしきり医師の肩の上でじゃれていた院長は、再び悪戯っぽく笑うと、
「俺がその事を知ってたというのを、コイツは最近まで知らなかったんですけどねぇ」
 ニシシ〜…と医師の顔を覗く。
 医師はバツが悪そうに視線を逸らした。

「クラウドさんが退院した日、コイツったら辞表持ってきたんですよねぇ」
「「「「「「え!?」」」」」」

 驚きの声が上がって一斉に医師に視線が集まる。
 医師は居心地が悪そうにソワソワと視線を泳がせた。

「ナルシュスの治療をここでしてやって欲しい。彼女にはここしか居場所がもう無いから…、って言いたいことだけ言って、今回の責任は自分にあるから……って白い封筒受け取れ〜!って差し出してくるんだもんなぁ。ったくお前は無責任だ!」

 最後の台詞は勿論医師に向けて。
 最初の言葉は始めて事情を聞く人達に向けて。
 院長はニヤニヤ笑いながら、呆気にとられている面々の前で、
「お前はほんっとうにバカだ、バ〜カ!お前みたく腕がよくって『医師とは何ぞや!?』って一本スジがビシーッと通ってる人間を、この俺様が簡単に手放すかってんだ。」
 バカバカを、連呼しながら医師の頭を片腕でギューッとハグしている。

 それはまさに…。
 まるで子供が友達にじゃれているって感じ。

 英雄達は勿論、子供達も放心状態だったが……。


「先生…」
「え……はい…」
「良かったですね」
「…クラウドさん…」
「ここで、先生の『医者としての夢』が果たせるでしょう?」
「はい!」


 嬉しそうに声をかけた金髪の青年に、医師は初めて満面の笑みを見せたのだった。


「あの…それで……その…」
 和やかな空気を破ってしまうのを恐れるように…、ティファが恐る恐る口を開く。
「あ〜、ナルシュスさんのことでしょう?大丈夫、今は精神科でゆっくり療養してますから」
 院長の言葉に本日何度目かの安堵の溜め息をこぼす。
 その面々に、院長は少し表情を翳らせると、
「その…申し訳ないですが、まだ彼女には会わないで頂けますか?彼女には…あなた達は刺激が強すぎるから」
 クラウドもティファも、そして仲間達も全く異論は無かった。

「大丈夫です。最近、よく笑ってくれるようになりましたから。本当の…彼女の笑顔を見せてくれるようになってきたんです」
「そう…ですか……良かった」
 医師の報告に、クラウドは心の底からホッとすると、そのまま膝の上で手を組み、頭を乗せた。
 それは、これからの彼女の幸福を祈っているようで……。
 ティファは目元を緩めて微笑を見せた。



 大丈夫。
 皆…頑張ってる。
 だから……これからも俺達は頑張って生きていける。
 だから…さ。
 皆も…まだまだ心配だろうけど……。
 それでも約束するから。
 必死に足掻いて……足掻いて、足掻いて…生きていくから。
 生きるのを諦めないから。
 だからさ…。
 まだまだ頼りないけど、俺にはこんなに素敵な人達がいてくれるから。



 死が訪れるその時まで、必死にもがいて、足掻いて生きていくよ。



 教会の花が風に舞う。
 まるで、この村に眠る人達が喜び舞い踊っているかのように。



 あとがき

 はい………すいません(土下座)。
 オマケのクセに長くなっちゃった〜!!
 でもまぁ、どうしてニブルヘイムにあんなデカイ病院が建ったのか、これで種明かしできて良かった〜!


 はい、これにて本当の終わりです♪