今夜も俺はやって来た…。
 美しい人がいるこの店に…。


彼女の素顔(前編)



 エッジにあるこの居酒屋は、小さな子供にも対応しているという大変庶民にとって優しい店だ。
 その為、非常に繁盛していて実に活気に満ちている。
 ま、勿論それだけじゃなく、この店の美人店長が魅力的だということが、一番の要因だろう。
 かく言う俺も、彼女の笑顔見たさに通っている常連の一人だ。
 彼女の笑顔を目的にした客は俺だけじゃない。
 あそこに座っている飲兵衛も、あっちに座っている髪の寂しい奴も、向こうに座っている野郎連れも、どいつもこいつも彼女が狙いなのだ。
 何でそんな事が分かるのかって…?
 そりゃ、伊達に毎日毎日通ってないからな。
 店に来る野郎共の顔なんか、覚えたくなくても自然と頭に入って来るんだよ。
 本当に、どれもこれも、彼女の笑顔に完全にやられてる。

 全く、男というのは途方も無くアホだ…。
 俺も含めて…。
 良いんだ、別に!
 アホでも、バカでも、愚か者でも、女々しくてもーーー!!!!!
 彼女の笑顔が見られるなら何だって良いんだよ!
 それくらい、彼女の笑顔は疲れを癒し、心を満たしてくれるんだ!
 お、嘘だと思うなら店に来て見てみろよ!
 絶対に来て見て損はない!!!

 という訳で、お前も常連決定な!

 ま、それはさておき。
 この店には看板娘と看板息子がいるんだけど、この二人がまた可愛いんだ!
 こんなに小さいのにクルクルと良く働くったら!
 大人顔負けっていうか、世界中の大人達の大半が負け負けだ。
 ……俺?
 ………若干負けてるかも…。
 …………ダァーーー!!うるさいな!ああ、分かったよ、認める認める!!
 俺なんか子供達の足元にも及ばないよ!!
 これで良いか?ったくうるさい奴だ……ブツブツ……。

「こんばんわ!」
「お!こんばんわ。相変わらず良く働くな〜!」
「えへへ〜」
 頭を撫でてやると、くすぐったそうにしながらも笑ってくれる看板娘のマリンちゃん。
 本当に可愛いよなぁ。
「いつものやつよろしく!」
「はい、かしこまりましたー!」
 打てば響くマリンちゃんの応対は本当に気持ちが良い。
 なかなかあんな風にはなれないもんだよな…。

 先に出された漬け出しのつまみでビールをチビチビやりながら、注文の料理が出てくるのを待つ。
 その間に、店内の様子を観察するのが俺に密かな楽しみだ。
 
 それにしても、今日は何だか店の雰囲気がいつもよりも固い気がする…。
 何でだ?
 いや、確かに賑わってるんだけど、こう…何て言うか…圧迫した空気とでも言うのか?そんな空気が漂ってる気がするんだよな…。
 いつもならあそこに座ってる若い連中が、嬉しそうに美人店長を食い入るように見つめてるって言うのに、今夜は視線が定まらないって言うか…何て言うか…落ち着きがない……???
 本当に何でだ?

 店内をぐるりと見渡し、程なく俺はその答えを知った。

 金髪・碧眼の色男が店の二階の居住区からのっそりと顔を出した。
『ああ、成る程ね…』
 そりゃ皆、いつもみたいに美人店長に話しかけたり、穴が開くほど見つめたり出来ないわけだ。
 そんなことしたら、いくつ命があったって足りるかよ。
 
 ま、勿論本当に殺されたりしないだろうけど、『死んだ方がマシ』ってな目に合わされそうだ。

「クラウド、もう起きたの?」
 優しい声音が活気のある店内の空気を震わせて耳に届く。
「ああ、すまない。もっと早く起きるつもりだったんだが…」
「良いのよ、そんな事。大体、今朝帰って来たのにお店の手伝いなんかする必要ないのに…」
「いや、滅多に手伝い出来ないからな。出来る時にはしたいんだ」
「そう…?でも、無理しないでね?しんどかったらすぐに休んでくれて良いから…」
「はいはい。ティファは本当に心配性で過保護だな」
「む!何よ、可愛くない事言う口はこの口〜!?」
「イタタタタ…、ああ〜悪かった、ごめんごめん」

 おいおい、何だよ一体…!
 いきなり客の目の前で二人の世界を作り上げちまったぜ……。
 この光景は、独り身にはキツイだろうな……。
 向こうに座ってる野郎連れが、力なく頭を垂れる瞬間を見ちまったよ…。

 それにしても、クラウドの旦那もティファちゃんの前だと本当に優しい顔になるんだよな…。
 いっつも殺伐とした目をしてるから、こんな風に柔らかく笑ってる顔見れて、ちょっと今日はラッキーデーだな、うん。
 それに、やっぱティファちゃんはクラウドの旦那の前だと肩の力が抜けてるよな〜。
 いつも店で見る笑顔とは全然種類が違うじゃないか。
 良いよな〜。
 やっぱり、心から想い、想われる相手の前だと本当の顔になれるもんなんだな…。

「もう、クラウドもティファも、遊んでないで仕事してよ〜!」
「そうそう!ティファ、お鍋大丈夫なのか?何だか湯気に色がついてきてるぞ?」

 見かねた子供達が口を尖らせる。
 ハッと我に帰った親代わりの二人が、パッと距離を置いて気まずそうに頭を掻いたり、慌てて鍋を見に行く姿は、ついつい笑いを誘う温かなものだった。
 子供達に謝りながら、旦那が水色のエプロンを身に着け、盆を片手に店内へ足を踏み出す。
 その光景は、何だか未だにミスマッチだ。
 ん〜〜、クラウドの旦那は、やっぱり黒い服着てバカでかいバイクを乗り回してる方が似合ってるな。
 ま、エプロン姿の旦那も滅多にお目にかかれる姿で無いから、この際似合おうが似合うまいが関係ないな。
 今日は本当にラッキーデーだ!

「よ!旦那、こんばんわ!」
「あ、いらっしゃい。久しぶりだな」
 俺が片手を上げて声をかけると、隣の空いたテーブルの上を片付けようとしていた旦那がフッと笑みを見せてくれた。

 おお…!漸く俺にも笑ってくれるようになったか!!

 などなど、感動している事は勿論秘密だ。
 クラウドの旦那は筋金入りの照れ屋だからな。
 そこんところはきちんと配慮して接してやるのが人情って奴だろ!!

「相変わらず、配達の仕事は忙しそうだな」
「ああ、お陰で」
「そう言えば、この前ジュノンの市場に新しい店が出来たって知ってるか?」
「ああ、確かジュエリーを主に取り扱ってる店だろ…?」
「そうそう。流石に情報通だけあって早いな〜」
 俺がそう笑うと、旦那は肩を竦めて苦笑した。
「あんただって知ってるじゃないか。お互い様だろ?」
「ハハ、まぁな!ところで、その店には連れて行かないのか?」
「誰を?」
 
 本当に、この旦那は見かけからは想像出来ないほど男女のやり取りに関してド素人だ。
 こんなにも綺麗で男前で、尚且つ腕っ節が強いって言うのにな〜。
 世の中の女がほっとかないって言うのに、付き合った女性はこの店の店長だけだからな…。
 あああ、勿体無いな〜!
 俺なら、もっとこう……いや、これ以上は語るまい…。
 俺の品性を疑われてしまう。

「誰って、宝石店にティファちゃん以外の女連れて行くって言うのか?」
 呆れた顔して言うと、ボンッ!!と音を立てそうな勢いで真っ赤になった。

 本当にウブな奴…。

「あ、ああ…、そうだな…、うん、いや…まぁ、その何だ……そのうち……」

 おいおい、何言いたいのかさっぱり分かんねぇぞ…。
 それでもジェノバ戦役の英雄達のリーダーか……?
 本当に、何てシャイな奴!

「ま、本当にその内連れて行ってやれよ。きっと物凄く喜ぶぜ。何といっても、女は光物に弱いからな」
「……光物……?」
 カラカラと笑う俺に、旦那は怪訝そうな顔をした。
 さっきまで照れていたのだ嘘みたいだ。
 って言うか、何でそんなに固まってるんだ…?
「なぁ、まさか光物の意味、ちゃんと分かってるか?」
 不安になって小声で聞く俺に、旦那は一言。

「武器じゃないのか?」

 んなアホな!!!
 どこの世界に愛しい男と武器を見に行って喜ぶ女がいるか!!
 …いや、世界は広いから、もしかしたら一人や二人はいるかもしれん…。
 いや、じゃなくて!!
 今までの話の流れから何で『光物』=『武器』な図式が出来上がるんだよ!!

「宝石に決まってるだろ!そんな事、よそ様に言うなよ!?本気でバカにされるぞ!!」
 思わず顔がくっ付きそうなほど詰め寄って、小声で怒鳴っちまったよ。
「あ、ああ…そうか。そうだな……」
 全く、何言ってるんだろうな、俺は……。

 そう言いながら恥ずかしそうに苦笑する旦那に、脱力する。
 それにしても、勢いとは言え間近で旦那を初めて見たけど、女みたいに肌理が細かい肌してる。
 いや、むしろ並みの女よりも綺麗な肌してるぞ!?
 はぁ〜、俺、普通に女が好きで良かった。
 でないと、絶対に旦那に惚れてたな…。


「あ〜、ごめんクラウド、ちょっと手伝って!」
 店の一角でマリンちゃんが旦那にSOSを出した。
 視線をやると、沢山の空いた皿を下げようとしているじゃないか。
 慌てて看板娘の所へ駆け出した旦那の後姿は、可愛い娘を持つ父親の背中だった。
 それに、カウンターの中からその一部始終を見ていて笑っているティファちゃんは、すっかり母親の顔だ。
 うん…。
 本当に良かったよな。
 最初、この店が出来た当時は、こんなに若いカップルが小さな子供を養いつつ、店をやりくり出来るのか心配したものだ…。
 それが今では、エッジの誇る店になってるんだから…。
 本当に、ティファちゃんと言い、クラウドの旦那と言い、若いのにしっかりしてるぜ!


 しみじみとそんな事を思いながら、出された料理に箸を付け、酒を飲み、気分良くなってきた時、店の外が何やら騒がしくなってきた。
 誰かが大きな声で話をしてるみたいだ。
 それも、若い女の声と……連れは誰かちょっと分からないな。
 それくらい、女の声がでか過ぎて普通なら聞えない距離に女達はいるんだと思う。
 世の中広いが、こんな夜にでかい声で話をする奴は、正直常識が無いな。
 ったく、説教してやりたいぜ。

 と、思っていると段々その声が近づいてくるじゃないか。
 店の客達もそれに気付いたのか、不思議そうに店のドア付近へ顔を向けたり、窓から顔を覗かせたりしている。

「クラウド…」
「何だ…?」
「まさかね…」
「……俺に聞くなよ…」

 チラリと視界に旦那と女店長が入ってきたんだが、どうも二人共顔が強張ってる気がした。
 それに、一言二言の短い会話が加わる。
『まさか、二人の知り合い…?なぁんて、出来過ぎた設定だよな〜』
 と、俺が自分自身を笑ったその瞬間、店のドアが勢い良く開かれた。


「ち〜っす!」
 店に足を踏み入れたのは、二十歳前後の若い女。
 その女を見た時の旦那と店長の顔は…本当に一見の価値があったな。
「「ユフィ……」」
「おりょりょ?何でそんなにげっそりしてるのさ、二人共!折角このアタシが、こんなとこまで遊びに来てやったっていうのにさ〜!!」
「嫌な予感はしてたんだ…」
 ぼそりとこぼした旦那に、ユフィと呼ばれた女はキッと睨みつけた。
「あーー!何さ、その言い方!!仮にも生死を分ける闘いを共に乗り越えた仲間にする言葉〜!?」
「まぁまぁ、ユフィ。そんなにキャンキャン騒いだら、皆の迷惑だよ」
 指差し、怒鳴り散らす女の足元には、尻尾の先が炎に包まれた赤毛の獣。
 その獣が何と口を利いたじゃないか!!
 入り口近くにいた若いカップルの客がギョッとして、大きく仰け反ったけど、それを笑う奴は誰もいなかった。

「ユフィ、お前入り口で止まるな、邪魔だからサッサと奥に行きやがれ!!」
 女…ユフィの後ろからイライラしたおっさんの声がして、ユフィを押しやる。
 当然、ユフィはギャンギャンと騒ぎ立てたが、そのおっさんはタバコを口にくわえたまま「あ〜、うるせぇ!」と耳に指を突っ込みながら店の奥へ歩いて行った。
「すまねえな、二人共…」
 はぁ〜、と溜め息を吐きながらカウンターの入り口で固まってる旦那と店長に頭を下げる。
「いや…災難だったな」
「全くだ…」
 肩をポンと叩く旦那に、おっさんはしみじみと頷いている。
 どうやら、ユフィというお元気娘に無理やり連れて来られたのだろう。
 そうこうするうちに、店の入り口付近の証明が何だか急に暗くなった気がした。
 視線を移すと、そこにはがたいのでかい男がぬっと立っているじゃねえか!
 しかも、片腕は銃だぞ、銃!!
 おいおいおい、やばい奴じゃねえだろうな!?
 と、その時。

「あ、父ちゃん!!!」
 店の奥から顔を覗かせた看板娘が、パッと顔を輝かせて一目散に駆け寄って来た。
 すると…。
「おお、マリンーー!元気だったかーーー!!!」
 いかつい顔にはどう考えても似合わない程の満面の笑みを浮かべ、駆け寄ったマリンちゃんを軽々と抱き上げた。

 って言うか、『父ちゃん』!?
 え…、父子なわけか!?!?

 心底嬉しそうに頬を摺り寄せる看板娘と片腕が銃の男には申し訳ないが、この組み合わせはある意味犯罪だ…似合わなさ過ぎて…。

「あ!バレットにシドのおっさん!それに…ヴィンセント!」
 同じく奥から顔を出した看板息子が歓声を上げた。
 片腕が銃の男の影に、いつの間にか深紅の服を纏った男前が立っていた。
 一見、クラウドの旦那と似た雰囲気を醸し出してるこの男は、駆け寄る看板息子にチラリと視線を流すと、「元気そうだな」と、たった一言口にしただけでデンゼルの前を通り過ぎた。
 おいおいおいおい、小さな子供相手にそこまで素っ気無くするもんじゃねえだろ!
 もっと、こう、頭を撫でるとか、笑って見せるとか無いわけか!?
 そんなんじゃ、デンゼルが可哀想だろうが!!

 何て心配する俺を尻目に、デンゼルは嬉しそうに深紅の男の後をちょこちょこ着いて行く。
 おい…、何気に懐いてるのか…?
 そうか…。
 お前は本当に良い奴だよデンゼル。
 そんなにも愛想ない奴にそこまで目をキラキラさせて見上げるなんて、そこらへんの子供じゃ出来ないぞ!?

「ヴィンセントまで来てくれたの?」
 ティファちゃんが目を丸くして深紅の男を見つめた。
「ああ…今日は無理だった」

 何が無理だったんだ…?

 俺の疑問はすぐ解けた。
「フフフフフ〜!甘いねヴィンセント!このウータイの希望の星、ユフィちゃんから逃げ切れるはずないでしょ!」
 ビシッと人差し指で撃つ真似をするお元気娘に、クラウドの旦那と美人店長が同情の眼差しを向ける。

 はは〜ん。
 このお元気娘に引っ張って来られたのか…。
 て言うか、待てよ?
 ユフィにヴィンセント、それにシドにバレットって言ってたな……。
 と、言う事は!!
 この突然やって来たデコボコハリケーンご一行は、ジェノバ戦役の英雄か…!!
 って事は、紅い獣は確か…。

「お前もご苦労だな、ナナキ。毎度、毎度…」
「良いよ、おいら、もう何だか慣れちゃった…」
 心底同情の言葉をかける旦那に、紅い獣がどことなく哀愁を漂わせて遠い目をする。

 はは、お元気娘パワー…恐るべしってとこかな?
 それにしても、今夜は何だかミラクルラッキーデーじゃないか!?
 かの有名なジェノバ戦役の英雄達が突然集まったんだぜ!?
 こんなにも凄い面子が揃うのって滅多に無いんじゃないのか!?!?
 くぅ〜、来て良かった!!
 こりゃ、きっと面白い物が見られるだろうな!

 俺のこの予想は見事に的中する事になる!!



あとがき

あはは〜、やっぱり続きます(汗)。
本当にダラダラと毎回すみません(涙)