彼女の素顔(後編)



 店にいた客達は、突然現れた英雄ご一行に最初こそ気圧されていたが、それにもあっという間に慣れたようで、再び自分達のペースに戻って行った。
 決して英雄達の周りに群がる事をしない。
 理由は色々あるだろうが、ま、群がったところで相手にされず、場合によっては蜂の巣になりそうな雰囲気が漂ってるからだろうな。
 こんな所で英雄の手にかかりたくはないからなぁ…。

 それにしても、店のテーブルを一台占領した英雄達は変わっていた。
 何が変わってるかって言うと、存在そのものって言うのが一番ぴったり来るな。
 だってさ~、大の大人が…しかも男が三人もいるのに、主導権を握ってるのは完全にあの若い女…ユフィなんだぜ…。
「あーー!シド、また私のおかず取ったー!!!」
「うるっせえな!ギャーギャー騒ぐな!!大体、お前のもんじゃないだろが!」
「なに言ってんのさ!それは後で食べようと心に固く誓ってたんだ!!」
「そんなの知るはずないだろうが!!」
「シドもユフィも落ち着いて…」
「「ナナキは黙ってて(ろ)!!!」」

 二人に一喝された獣が尻尾と頭を垂らし、それを寡黙な色男が頭をポンポン叩いてやる。
 ハッキリ言って、英雄ご一行は色物ばっかりだ。
 どこの世界に、小娘に主導権を握られ、振り回されて世界を救った英雄がいる?
 他にはない!!(いや、他に世界が有るかは知らないが…)

「ほらほら、シドもユフィも落ち着いて。ちゃんと他にもあるから…」
 盛り沢山に料理の入った皿を持って、ティファちゃんが苦笑する。
「あ~!待ってました~~!!」
「こら、ユフィ!ちゃんと手に持ってるやつを食べてから新しいのに手を伸ばしなさい!」
「え~、だって早くしないとどこかの誰かさんが食べちゃうじゃん!」
「お前、何で俺を見るんだよ!!」
「ふ~んだ、別に~」
 何とも漫才のようなやり取りに、周りに座っている客達が思わず笑い声を上げた。
 ティファちゃんは、少し恥ずかしそうにそのお客さん達に笑みを向けたが、まさにその時だ!
 拗ねた振りするお元気娘が、ティファちゃんの隙をついて新しい料理に手を伸ばそうとした。
 その瞬間、
「コラ!!」
 という声と共に、ピシャリ、とティファちゃんの手がお元気娘の手を軽くはたいた。
 その動きの素早さは流石だぜ。
「う~…ティファが苛める~」
「駄目って言ってるのにするからでしょう。それにそんな事言うならもうあげないわよ」
「う……、ごめんなさい」
「分かれば良いの」

 おお~…!!

 思わず賞賛の声を上げそうになる。
 お元気娘も、ティファちゃんには頭が上がらないらしい。
 ティファちゃんの見事なまでの扱いに、周りの客達も俺と同じ感想を抱いたようだ。
 拍手こそしなかったが、どの顔も彼女を賞賛している。

「ったく、落ち着いて食えやしねえ…」
 ブツブツとこぼしながらも、どこか嬉しそうな響きを感じさせるのは、きっと目の前でのやり取りがかつての旅を髣髴とさせたからだろう。
 あまり旅の話しは聞いた事ないが、仲間と旅するのは決して辛い事ばかりじゃなかった…って随分前に旦那がポツリと言っていた。
 その言葉の意味を俺は今、まさに目にしたんだろうな。
 ああやって、お元気娘が羽目外して、周りが迷惑して、それでもちゃんと一丸となる時には一致団結してデカイ山にぶつかっていったんだろう。
 うん!
 本当に、良い仲間達だったんだな。

「ところで、今日は突然どうしたの?」
 ティファちゃんが空いた皿を下げながら質問する声が聞えてきた。
「ああ、俺も聞きたいね」
「…私もだ」
「…おいらも」
「ま、何でも良いじゃねえか!」

 ……おい。
 もしかして、今夜ここに来た理由、誰も知らないのか…?
 タバコを吹かしたおっさん、深紅の色男、紅い獣、そして銃の男。
 銃の男以外は…というよりも、銃の男は異様にニコニコとしているが、それ以外の面子は疲れたような、諦めたような、それでいて成るようになれ~…的な表情をしている。
 銃の男はマリンちゃんの姿を四六時中目で追っていて、親バカ丸出しだ。
 多分、マリンちゃんがいるなら、お元気娘に連れて行かれる先はどこでも良いんだろうな。

「だって、突然来なかったら、お店休んじゃうでしょ?」
 悪戯っぽく笑うお元気娘に、ティファちゃんは「そりゃそうよ…?」と首を傾げる。
「それじゃあ面白く無いじゃん!ティファとクラウドの働く姿が見たいのにさ~!」
 ウキウキとした発言に、丁度他の客を相手に仕事していた旦那が、危うくこけそうになるのを俺は見た。
「…それだけの為に来たの…?」
 美人店長からは死角だった為、その滑稽な姿には気付かなかったようだが、お元気娘からはバッチリ見えたみたいだ。
 店長に見られるのとお元気娘に見られたのではどちらが旦那にとって良かったのか……。
 ま、結論はハッキリしてるよな。
 旦那の滑稽な姿に、心底楽しそうな笑みを浮かべるお元気娘の顔見たら、少しくらい情けなさそうな顔されても店長に見られたほうがまだマシだぜ…。

「でもさ。ユフィは暇そうだから良いけど、他の人達は大変だったんじゃないの?」
 空いた皿を下げに来たデンゼルが口を挟む。
「む!何さその言い草~!!」
 眉を吊り上げて頬を引っ張ろうとするその手を巧みに避けつつ、看板息子は寡黙な色男を見上げた。
 ヴィンセント(…だっけか?)は、少し視線を移してデンゼルを見ると、
「……人生、諦めが肝心な時もある…」
と、重々しく一言口にした。

 おいおいおい!
 まだ若いのに、なに年寄り臭い事言ってんだ!!
 って言うか、デンゼルも納得するな!!
 誰か、何か突っ込めよ!!

「もう。でも他のお客さんの邪魔にならないようにしてよ」
 肩を竦めつつカウンターへ戻るティファちゃんに、「は~い!」と返事をするお元気娘の言葉を誰が信じるって言うんだ!?
 いや、誰も信じちゃいないはずだ!
 ナナキ(…だったな?)がテーブルの下から半目でユフィを見上げてるのが何より物語ってるじゃないか…。



 でも、それから暫くはいつもと変わらなかったんだ。
 店にいた客達は、ほろ酔い気分で店を後にしたり、英雄達に興味津々な顔をしつつも席を立ったり、逆に新しい客がやって来たり…。
 接客する旦那の事を中心に、お元気娘が「いよ!クラウド、なかなか似合ってるじゃ~ん!」とか、「クラウド~!メニューちょうだ~い!」「シカトすんな!!」などなどお元気娘の素っ頓狂な声が上がったりしたけど、それも慣れてしまうとどうって事ない。

 ああ…、慣れって怖いよな…。

 それにしても、良く食べて良く飲むな~。
 流石、英雄とだけあってあの食べっぷり、飲みっぷりは尋常じゃないな。
「ティファ、すまねえがもう一杯!」
「おいら、これも食べたいな~」
「……デンゼル、すまないがウィスキーのロックを」
 何気にすげぇ。
 お元気娘が元気過ぎて、他のメンバーが霞んじまってるが、他のメンバーの胃袋にも既に二人前は入ってるな。
 だってよ…。
 あの空いた皿とグラスの量を見ろよ…。
 絶対に常人じゃねえな…。

 かと思いきや、
「マリン、仕事ばっかりしてないで、少しは父ちゃんの相手もしてくれよ~!」
「もう、そんな子供みたいな事言わないで!」
と、小さな子供に子ども扱いされてる大男がいたりするし…。
 何ともまとまりのあるようでない仲間達だな~…。
 こうやって見てると、世界を救っただなんて何かの間違いじゃねえかって思っちまうんだが…。
 当然、そんな事口が避けても言わねえけど…。



 そんなこんなで時間が過ぎ、俺ももう腹が一杯になってそろそろ勘定しようか…とか考える頃。
 突如、俺は「危ない!!」と言う叫び声と共に、誰かに首根っこを摑まれた。
 そして、口を挟む余裕など微塵も無いまま椅子から放り出される。
「ぐえっ!」
 おかしな声と共に、肺から多量に空気が口から吐き出される。

 うえ~~、死ぬかと思った…!!
 って言うか、一体何なんだ!?

 衝撃で少し目が回るけど、ふらつく頭を何とか起こして周りを見る。
 すると、俺の目の前に突然クラウドの旦那の瞳が飛び込んできた。
「大丈夫か!?」
 切羽詰った顔して覗き込まれる。

 いや、そんな綺麗な顔して覗き込まれたら、変に胸がときめくんだが…。

「あ、ああ、大丈夫だけどよ…」
「良かった…間に合わないかと思った…」
「へ……?」
 心底ホッとする旦那に首を傾げた俺の目に、旦那の肩越しに見えたもの…。
 それは…。
 ついさっきまで、俺の頭があった位置の壁に突き刺さる…。

 大型の手裏剣……。

 ………え?
 …あれ、何さ?
 冗談だろ…?
 おいおいおいおいおい!!!!
 危うく死ぬとこじゃねえか!!!!!

 ギギギギギ…と軋む音を立てるんじゃないか…?と思えるほど固くなった首をめぐらすと、そこには赤い顔したお元気娘の姿。

 あの野郎!完全に酔ってやがる!!
 おまけに、何出してんだ!
 まだ何か投げるつもりか!?

「ちょ、ちょっと、ユフィ!」
「おいユフィ!酔った勢いで何てことしやがるんだ!!」
「ユフィ!やり過ぎだ!!」
「こ、こらこらこらこら!このバカ娘、なにしやがる!!」

 当然店内は蜂の巣を突いた騒ぎになった。
 その中、忍者娘はフラフラとテーブルの上に立つと、
「うるっさいな~!皆、私をいつまでも子ども扱いしてさ~!もう一人前の大人だっつーの!!」
 そう怒鳴るや否や、再び構えて手裏剣を投げようとする。

 うわーーー!
 勘弁してくれーー!!

 本当に叫びそうになったぜ!
 一瞬、あの世にダイビングするのかとマジで思った。

 そんなビビリまくる俺の前で、クラウドの旦那が舌打ちをしつつ忍者娘の前に立ち塞がろうと動く。
 それと同時にヴィンセントの旦那が銃を構え、ナナキが腰を落とし、シドのおっさんが槍を握り締め、バレットのオヤジが銃の腕を持ち上げた。
 まさに一触即発!!

 しかし…それも、


「ユフィ!!!!」


と言うティファちゃんの鶴の一声で未遂に終わった。

 忍者娘の動きがカチンと止まる。
 旦那達までコチンと固まる。

 そんな六人はまるで彫刻のようだったな…。
 足音も荒く、店の奥から飛び出して来たティファちゃんは、そりゃもう凄い形相だった。
 ああ、まるでウータイ名物の『般若』のお面みたいだったな…。
 身体全身から怒気がユラユラと立ち上るのが見えたよ…いや、本当に。
 戦闘とかド素人の俺でも分かるほどの殺気。
 その殺気に戦闘の達人が分からないはず無いよな…。
 ベロンベロンに酔っ払っていたはずの忍者娘の赤い顔が、あっという間に青に変色した様はかなり見ものだった。

「ユフィ…、あんた…、今…、何したの……!?」
 一言一言を区切って口にするティファちゃんは、今まで見たことない程怖かった。
 と言うよりも、こんなに怖い女も男も見た事が無い…!!
 今の今まで、一番怖かったのは俺のオヤジだったんだが、それもこの一瞬でティファちゃんに変更だ。

「あ~、あれれ~…、よ、酔っ払ってたのかな~…何でテーブルの上に乗ってるのかな~…。良く覚えてないや~」
 あはは~、ごめんね~…。

 滝のような汗を流しながらソロソロとテーブルから降りるユフィを、怒りに震えるティファちゃんが笑って流してくれるはずも無い。
 腰を落とし、右の拳を固めて構えるティファちゃんに、ユフィ以外の仲間全員がギョッとして飛び退った。
「ユフィ!!!!」
「あああ…ごめんなさい、ごめんなさい!ファイナルヘブンだけは~~!!!」
 クラウドの旦那や他の仲間達は、呆けてる他の客達を慌てて抱えてると思い切りその場から離れたと同時に、俺の視界一杯に光が広がった。
 そして…。



「皆さん。本当にごめんなさい」
 恐縮しきりにティファちゃんが頭を下げる。
 その隣では、満身創痍の忍者娘が「すみません、ごめんなさい、もうしません」と繰り返し繰り返し頭を下げていた。
 俺達常連客は、その姿に口も利けない。
 当たり前だ。
 少し視線を彼女達から横にずらせば、ありえないほどの大穴が店の壁に開いているんだぞ!?
 その穴を開けたのが、目の前の華奢な女だなんて、見てたって信じられねえよ!!

「皆、本当に今夜は申し訳なかった。お詫びと言ったら何だが今夜の飲み代はなしで…」
「クラウド…」
 俺達に頭を下げなる旦那に、ティファちゃんが潤んだ目を向ける。
 こんな状況だが、やっぱりティファちゃんは良い女だよな…。
「良いだろ?多分俺の貯金で何とかなるだろうから…」
「そんな、良いよ!我を忘れた私が悪いんだし」
「それを言うならユフィだろ?」
「うう、ごめんなさい」
 旦那に白い目で見られた忍者娘は、これ以上小さくなりようがないと思ったんだが、更に小さくなった。
「それよりも、誰も怪我が無くて何よりだったぜ~」
 タバコの煙を吐き出しながらシドのおっさんがしみじみと口にした。
「本当にね~。おいら、今度こそ誰か大変な事になるかと思ったよ」
 尻尾をパタパタさせるナナキの後姿が、意外と可愛いと思っちまった俺も、案外常人じゃないのかもな…。
「って言うか、折角寝たのにマリンが起きて来ちまったじゃねえか」
「良いんだってば!そんな事よりも、どうするの、この壁…」
 パジャマ姿のマリンちゃんを肩に乗せ、大仰に頭を振る父親に、マリンちゃんが肩を竦めて壁を見やる。
「明日は壁の修理だね。あ、そうだ!ヴィンセントって細かい作業得意そうじゃん!?一緒に明日手伝ってよ!」
 同じくパジャマ姿のデンゼルが、どこかワクワクとした顔で隣に立つ深紅の色男を見上げる。
「……ユフィを止められなかった私達にも責任があるか……」
 やれやれ……と溜め息をこぼすヴィンセントに、デンゼルが「やったー!」と歓声を上げた。

 お前ね…。
 今歓声上げるのはどうかと思うぞ…。

「本当に皆、すまなかった。今夜は…」
 クラウドの旦那が、再度俺達常連客に向かって頭を下げたその時、


 ピリリリリリリ…、ピリリリリリリ…。


 誰かの携帯が鳴り響いた。

 誰だ……って俺のじゃねえか!
 何だってこんな間の悪い時に鳴るんだよ!

 皆の視線が集まる中、コソコソと後ろを向いて電話に出る。
「おい、今、取り込み中…」
 電話の相手に文句の一つでも言ってやろうと思ったんだが、耳に飛び込んできた言葉にそんなもの、どっか宇宙の彼方に飛んでった。


「帰る!!」
「「「「「え!?」」」」
 大慌てで椅子に置いていた鞄を小脇に抱えてドアに駆け出した俺を、クラウドの旦那が「あ、ちょっと…」と、引き止めようとした。
「あ、悪い悪い、勘定ここに置くからな!」
「いや、勘定は…」
 旦那がまだ何か言おうとするが、今の俺はそれどころじゃない!!
 何て言っても…、



「子供が生まれるんだ!!だから、また今度来るわ!!!」



 目を丸くする英雄達と他の常連客達を尻目に、俺は冷たい夜気の中へ飛び出した。

 明日の昼か夜には生まれるだろう、俺の初めての子供と…。
 俺の大事な女房に…。
 今夜のドタバタを話してやらなくちゃな!!
 くぅ~!それにしても、本当に今夜はミラクルラッキーデーだな!!
 …それにしても、予定日を二週間も早い出産だけど大丈夫だろうな……。


 俺の心配が杞憂に終わったのは、翌日の夕方だった!!


あとがき

ふぅ~、何とか終わりましたね…(ダク汗)。
リク内容は『セブンスヘブンの営業中に客としてやってきた仲間達:常連客視点』
でした。な、何とか常連客視点で仲間達……書けてますでしょうか!?
ど、どうでしょうか!?VXZ様、こんな話になりました(汗)。

でも、書いててめちゃくちゃ楽しかったvvv
リク、本当に有難うございました!!