風に吹かれて、風に乗せて…(前編)




「いい風だね」
 気持ち良さそうにティファが伸びをする。
「うん、本当に気持ち良いよね」
 マリンもティファに倣って、う〜んと伸びをした。
 デンゼルは少し先歩きながら、それでも笑みを浮かべて気持ち良さそうに両腕を広げている。
 クラウドは、そんな三人を少し離れた岩場に腰を下ろして穏やかな瞳で眺めていた。


 今日、ストライフファミリーの四人は、ユフィに招かれてウータイに来ている。
 何でもウータイのお祭りがあるとかで、是非見に来ないか?との事だった。
 そして例の如く、シドがシエラ号を出し、シドの奥さんのシエラさんも伴って、六人はウータイの地に降り立った。
 シエラ号のクルー達も、交代でウータイの祭りに参加する事になっている。

 六人を出迎えたユフィは、祭りの裏方の仕事があるとかですぐには抜けられないが、少ししたら迎えに来るから…と言い残し、忙しそうに広場の方へ駆けて行ってしまった。

「それにしても、本当にこの『ダチャオ像』って凄いよな」
 感心しきりに、デンゼルが目の前に聳え立つ像を食い入るように見つめている。
 ティファとマリンには、ウータイの守り神に対してデンゼルほど興味が湧かない……というよりも、何となく不気味な感じがする為、あまりそちらを見ないようにしているのだが、デンゼルは崖のギリギリまで迫って像を見上げていた。
 一応、転落防止の柵は施しているが、何とも頼りない木の柵なので、寄りかかるとまっさかまさに崖下に落ちてしまいそうだ。

「デンゼル、あんまり崖の近くに寄るな。柵が頼りないから落ちるかもしれないぞ?」
「うん……分かってる……」
 クラウドが注意するも、目の前の像に夢中になっているデンゼルはおざなりな返事を返すばかりで、そこから動こうとしない。
 そんな息子の姿に、クラウドは苦笑した。

「デンゼルったらどうも私達と趣味が合わないよね」
 マリンが呆れたようにデンゼルの隣に立つ。
「……うん……そうだな」
「本当に……こういうのが好きなんだねぇ…」
 マリンに対しても心ここにあらず…と言った感じの返答しかしないデンゼルに、マリンは苦笑を浮かべて『ダチャオ像』を見上げた。
 そして、首捻りつつ「どこがそんなに良いのかなぁ」としきりに不思議がった。

「それにしても、相変わらずこの山は風がきついな」
 シドが風を気持ち良さそうに受けながら、タバコの煙を吐き出した。
 そのシドの風上に座っているシエラが、頷きつつ自分の身体を抱きしめるような仕草をする。
「あん?寒いのか?」
「ええ……こんなに風に吹きっ放しにされる事ってあまりないので、身体が冷えたみたいです」
「じゃあ、このマントを使えば良い」
 そう言って、赤いマントを差し出した男性に、その場にいた全員がギョッと目を見開いた。


「「「「「「ヴィンセント(さん)!!!!」」」」」」


「久しぶりだな」
 皆の驚く顔を前にして、ヴィンセントはいつもと同じ様に、すまし顔で自分のマントでシエラを包んでやった。
「どうしたんだ、こんな所に!?」
「お前達と同じだ。とうとうユフィに捕まってな」
 さらりとクラウドに応えて肩を竦めた。
「まさか、あんなにウータイの忍びが手強いとは思わなかった……」

 そう言って岩場の一つに腰を下ろしたヴィンセイントに、クラウドとティファ、そしてシドは一斉に吹き出した。

「なんでぇ。仲間の中で一番ユフィから逃げるのが上手いおめぇまでが捕まるとはよ!」
 ゲラゲラ笑うシドに、ヴィンセントは溜め息を吐いた。
「……この前…。携帯の充電を忘れて電源が切れている間に、何やら大変な事があったそうだな。ここに着いてからというもの、それを延々と説教された…」
「あ〜、アレね」

 そう言いながら、ティファはもの言いたげにクラウドを見た。
 クラウドは苦笑しながらその視線を受け止める。


 一ヶ月ほど前。
 クラウドはひょんな事から、ある屋敷に『宝石奪還』の為、その屋敷の女主の元へ『ボディーガード』として潜入する事になった。
 ところが、本来の目的とはかけ離れた事件に巻き込まれ、あれよあれよといつの間にかWROの統括であるリーブの手助けをするようになってしまったのだ。
 潜入先の屋敷に、既に潜り込んでいたWRO隊員の策略(?)の結果、クラウドを巻き込んで見事その事件は未然に防ぐ事ができ、世界に密かに迫っていた危機は回避された。
 その大事件解決に大きく貢献した(いつの間にかする羽目になってしまった)ストライフファミリーとかつての『ジェノバ戦役の英雄』達は、事件直後、全世界に大きく報じられ、その事件共々世界を震撼させたのだった。

 ところが…。
 その事件解決に向けて『ジェノバ戦役の英雄』が全員揃う事は叶わなかった。
 理由は至極簡単。
 ヴィンセントの携帯の充電が切れており、非常召集をかけられなかったのだ…。


「しっかしよぉ…ユフィの言う事も分からないでも無いよなぁ…」
 シドがタバコの煙を吐き出しながら、人の悪い笑みを浮かべてヴィンセントを見る。
「あの時、お前さんがいてくれたらもっとラクだったぜ?」
「……その件に関してはすまないと思っている…」
 心なしか元気なく答える寡黙な仲間に、ティファは「まぁまぁ、良いじゃない。無事に解決出来たんだし」と、フォローする。
 そんなティファとヴィンセントを見て、シドはケラケラと笑いながら「冗談だっつぅの!マジで取んなよなぁ、二人共」と、実に楽しそうに笑って見せた。

「それで…どうやって捕まったんだ?」
 気の毒そうな顔をしてクラウドが尋ねると、ヴィンセントは片肘を膝の上で立て、頬杖を付いた。
「充電が切れている事に気付いて充電をしたのは良かったんだが…。充電が終わるのを見計らったかのようにユフィから電話が来た」
 げんなりした様子で話す寡黙な仲間を見て、その時のユフィの台詞が容易に想像出来る。
 仲間達は心から同情を寄せた…。
「それは…また実にタイミングの良い事で…」
「まったくだ……」
 シドの呟きにクラウドが溜め息を漏らしつつ相槌を打つ。
「それでもかかってきた電話に出たのは良い事よ…うん」
「そうそう。無視しちゃう事も出来たのに、きちんと出たんだもん。ヴィンセントさんは真面目だよね!」
「いや…まさか充電が切れている間に、そんな大変な事が起きているとは夢にも思っていなかったからな…。何の違和感もなく電話に出てしまったんだ…」
「「「「「「…………」」」」」」
 ティファとマリンのフォローに対して返ってきた事実に、その場の全員がかけるべき言葉を持ち合わせておらず、黙り込んでしまう…。(マリンとデンゼルは、顔を引き攣らせている大人達をキョトンと眺めていた)


「ところでさ、ヴィンセントはどうやってここまで来たの?飛空挺は俺達が使ったから、別の手段で着たんだろ?」
 デンゼルが頭の後ろで手を組んでのほほんとした口調で問うと、ヴィンセントは幾度目かの深い溜め息を吐き出した。
「出来れば……逃げきるつもりだったんだが……。突然『降って来た』んだ……」

「「「「「「は!?」」」」」」

 突拍子も無いその発言に、その場の全員が目を丸くした…。




 ピピピピピ…ピピピピピ…ピピピッ。
「……はい」
『コラーーーー!!!!なに携帯の充電切らせてるのさーーーーー!!!!』

 キーーーーーン………。

 甲高い若い女性の怒鳴り声に、耳鳴りがする。

「……突然なんだ……」
『何だじゃなーい!!』
「………切るぞ…」
『待てー!!勝手に切るな!!アンタが充電切らせてる間に、どエライ事件が起こってたっていうのに!!!!』
「……世間の事など私には興味ない』

 プツ…。
 ツーツーツー…。

 ピピピピピ…ピピピピピ…ピピピピピ…。
「はぁ……」

 ピピピピピ…ピピピッ。
『アンタねぇ………』
「しつこいぞ……なんだ…?」
『なんだじゃない!!アンタが充電切らせてる間に、神羅みたいに外道な輩が大事件を起こす所だったんだよ!!』
「なに!?」
『だから、それを阻止する為にアンタにも協力してもらおうと思って電話かけたのに、いくらかけても全然繋がらないしさ……。ほんっとうに何の為に携帯持ってんの!緊急時に繋がらないんだったら持ってても持たなくても意味無いじゃん!!!!!』
「……それは本当なのか?」
『…………アンタ…さては新聞もニュースも届かないような所にいるね…?』
「…………」
『その大事件が起きたの、三週間も前だよ』
「…………」
『それなのに、ぜんっぜん連絡が無いから、おかしいなぁ…とは思ってたんだけど…』
「…………」
『ははん。黙ってるって事は図星だね。大方ルクレツィアの洞窟にでも入り浸ってるんでしょう…』
「…………」
『アンタね。そりゃ、アンタの気持も分からないでも無いけど、世の中は時間が動いてて、色々ヤバイ事だって起こってるんだよ。アンタもいい加減、自分の時間を動かしな!』
「…………」
『って言うことで、アンタ、一週間後のウータイで行われる祭りに参加決定!』
「……いや、言ってる意味が分からんぞ」
『この件に関してアンタに拒否権は無い!』
「お前にだって私を強制参加させる権利など無いと思うが」
『このバカチンが!!あの大事件で参戦しなかった仲間はアンタだけなんだよ!せめて今回の祭りくらいは参加して、仲間との交流を持つのが仲間としての義務で義理で人情でしょうが!!』
「…お前…ちゃんと意味が分かって言ってるのか…その言葉の数々は…」
『ごちゃごちゃうるさい!いい?迎えに行ってやるからちゃんと待ってるのよ!!』
「おい、私は参加するとは…」

 プツ。
 ツーツーツー…。


「ルクレツィア…。どうやらやかましい奴が押しかけてくるようだ。暫く身を隠さなくてはならない。ほとぼりが冷めたらまた来る…」




「へ?結局逃げ出したの?」
「ああ……。アイツに強制連行される前に…と思って、携帯が切れた直後に洞を後にした」
「じゃあ、どうしてここにいるの?」
 キョトンとしてマリンが見上げる。
 他の面々も同様に、不思議そうな顔をして見つめているのを見て、ヴィンセントは片手で顔を覆った…。

「まさか……携帯に『あんな機能』が付いているとは知らなかったんだ……」
「「「「え?」」」」
 ヴィンセントの嘆きに、大人四人とデンゼルが首を傾げる中、マリンがポン…と手を打った。
「ああ…GPS機能のこと?」
「その通りだ……」


『GPS機能』…。


 その携帯の所在地を知らせてくれる便利な機能……。

 ヴィンセントはそれを知らなかった…。
 知っていたら、携帯を洞に置き去りにして単身、姿をくらませたであろうに…。

「ヴィンセント……。携帯を買った時に説明書があったでしょう?」
 呆れたように言うティファに、ヴィンセントは溜め息を吐いた。
「あんなに分厚い冊子、おまけに細かい文字を読む気にはなれない……」
「まぁ……気持ちは分からなくは無いがよ…。今時『GPS』知らずに携帯持ってる奴は、お年寄りかお前くらいだぜ……きっと……」
 シドが何とも情けなさそうに寡黙な仲間に言った…。
 その言葉に、ティファもクラウドも……そしてシエラも同感ではあったが、流石にげっそりとやつれているヴィンセントにこれ以上の負担をかける事も出来ず、曖昧に笑うしかなかったりする…。

「それで、どうやってここまで来たの?『降って来た』って言ってたよね!?」
 マリンが話を強制的に戻す。
「あ、ああ…」
 ヴィンセントはその時の事を思い出すかのように、頬杖を付いたまま空を見上げた。




「流石にここまでは追っては来るまい…」

 ビューーーー…………。

 寒風吹きすさぶ中、ヴィンセントは真っ赤なマントに顔を埋めながら、人知れず呟いた…。
 彼が向かった先はアイシクルエリア。
 かつての旅の途中で通った道。
 その際、ウータイの忍者娘が散々、
『寒いーーー!!』
『死ぬーーーーー!!』
『もう、イヤだ −−−−!!!』
 と喚いていた事を覚えていたのだ……。
 イヤ、忘れられない…と言った方が良いのか…。
 少なくとも、そのお元気娘の存在のお陰で、極寒の中、睡魔に負けてしまう事はなかった……。

「このまま行けば…」

 彼の目指す先には、方向さえ間違っていなければ山小屋があるはずだ。
 そこで、何日か…いや、何週間か潜伏していれば、お元気娘の間の手から逃れられるだろう…。
 そう考えたヴィンセントは、モクモクと白い雪煙を巻き上げる強い風の中、歩き続けた…。

 そろそろ目指す山小屋が見える所までやって来た時…。
 ヴィンセントは、不意に呼ばれたような気がして立ち止まった…。
 恐る恐る背後を振り返る。
 しかし、そこには何の影も見当たらない…。

『独りでいる時間が長すぎて、幻聴がしたのか……?』

 少々危ない可能性を実に淡々と考えながら、ヴィンセントはマントを羽織りなおした…。
 と……。

「ヴィンセントーーー!!」

 聞き間違いではないウータイの忍の声に、ヴィンセントはギョッとして再び背後を振り返った。
 そこには相変わらず、真っ白な雪景色が広がるだけで、他には針葉樹林の影しか見えない…。

 ヴィンセントはそのまま辺りを見渡した。
 間違いない…。
『あの娘』はいる…。
 しかも、自分のすぐ傍に…!!
 ヴィンセントは全神経を尖らせ、己の周囲に気を配った…。

 と…。
 彼の予想外の所から再び彼を呼ぶ声が…怒鳴り声が響いてきた…。

「ヴィンセントーーーー!!!!!」

 ギョッとして後方に飛びずさるのと同時に、何やら大きな『布切れ』がドサッと目の前に落ちてきた。
 積もっていた雪にズボッと埋もれてしまったその『布切れ』に包まれた『物体X』…。
 流石にちょっとの事では動じないヴィンセントも、目の前の出来事に顔を引き攣らせた。
 そして、目の前で全く身動きしない『布の塊』に恐る恐る近付くと、その布を解きにかかった。


「…………」


 布の中から現れた目を回して失神しているウータイの忍に、ヴィンセントは己の意識も遠くなる気がした……。



「……それで、仕方なくそのままユフィを背負って山小屋に行った……」
「「「「「「…………」」」」」」
「本当はユフィを山小屋に運んだら、そのまま去るつもりだったんだが…。着いた途端に目を覚ましてな。そのまま上空に待機していたWROのヘリコプターで連行されてしまったんだ…」
「「「「「「…………」」」」」」
「しかしまさかあの強風の中、ヘリコプターを待機させているとは……。ヘリに乗せられた時のパイロットの引き攣った顔が忘れられん…」
「「「「「「…………」」」」」」
「アイシクルエリアを離れるまで、正直生きた心地がしなかったな…」
「「「「「「…………」」」」」」
「恐らく『ジェノバ戦役の英雄』という肩書きを無意識のうちに有効活用させているのはユフィだけだな…」
『『『『『『……確かに…』』』』』』

 寡黙な仲間がこんなに長く語った事があっただろうか……。
 長い話の後、ダチャオ像を前にして一行は沈黙に包まれた…。


 それにしても…。


「ユフィ…。まさかヴィンセントを捕獲する為にリーブの手を借りるとは…」
「つくづくとんでもねえ野郎だな…」
「おまけにヘリコプター待機って…、今回は何があってもヴィンセントを逃がす気はなかったのね…」
「それに、GPS機能を使ってヴィンセントさん個人の居場所を探し当てるのはユフィさん一人の力じゃ無理ですから、きっとそれに関してもWROの力を借りたんでしょうね…」
「ユフィ姉ちゃんって本当にハチャメチャだな…」
「ヴィンセントさん……お疲れ様……」

 何とも言い難い重い空気が漂う。
 流石に風の強いウータイの山頂でも、その重い空気を吹き飛ばす事は難しいようだった…。


「ま、まぁ…。これまでの経緯はさておき、結局ここに来る羽目になったんだもの。折角のお祭り、楽しまないと損よ、ね?」
 やや強引にティファが明るくそう言うと、ノリの良い子供達がパッと笑顔を見せた。
「そうそう!ティファの言う通りだって!!」
「ヴィンセントさんは人混み、苦手そうだけど、きっとお祭りは楽しいですよ!」
 ニコニコと邪気の無い笑顔を向けられて、寡黙な仲間はフゥ…と気持ちを切り替えるように息を吐き出すと、
「そうだな」
 一言返して子供達の頭をそれぞれポンポンと軽く叩いた。

 漸く重苦しい空気が去ったと感じた一行は、知らず知らずの内に入っていた力を抜いて、微苦笑を浮かべた。

「ところで、バレットは来ないのか?あとナナキと…」
「ヴィンセントは聞いてねぇのか?」
「?」
 僅かに首を傾げたヴィンセントに、シエラが口を開いた。
「バレットさんは、現在発掘中の油田のお仕事がどうしても抜けられないんだそうです。ナナキさんは今、星を巡る旅をしているそうで…」
「…そうか…」
 筋肉隆々で一見強面の大男と、赤い毛並みの美しい獣。
 それぞれが、自分に出来る精一杯……『おとしまえ』をつける為に臨んでいるその姿勢。
 ヴィンセントは口許に苦笑とも微笑ともとれる笑みを浮かべた。


 その後もダチャオ像の前で談笑している大人五人と子供二人の耳に、山の麓から祭りの準備に賑わう人々の声や物音が、風に乗って聞える…。


 祭り開始まで…あと少し……。




 あとがき

 なんとな〜く、ヴィンを書きたくなって…。
 そして、ウータイも書きたくなって…。
 書き始めたお話であります。
 例の如く、まだ続きます…(汗)。
 もう少し、お付き合い下さいませm(__)m