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風に吹かれて、風に乗せて…(後編)




「綿飴、ヨーヨー、りんご飴~~♪」
「射的にクレープ、お面屋さ~ん♪」
「金魚すくいに釣堀ゲーム♪」
「「「最後の仕上げは盆踊り♪♪」」」

 子供達とユフィがご機嫌に何やら大声で歌っている。
 いや……歌と言って良いのかどうか……。

 とにかく、三人は非常にご機嫌麗しく、遅れがちになる大人達を時折せっつきながら屋台を渡り歩いていた。

 屋台は様々だった。
 デンゼル好みのお面屋さんから、マリン好みのりんご飴まで、実に豊富な品々で溢れている。

 焼きそば、綿飴、りんご飴、フレッシュジュースを次々胃袋に収め、終始笑顔の子供達に、クラウドとティファはその食欲に呆れながらも「お腹壊すわよ」「ほどほどにしとけよ」など言いつつ、財布の紐を緩めるのだった。
 そうして…。
 ユフィが言うには、
『祭りに来たからには絶対これをしなくては!!』
 と、最後に全員を連れて行った所は、おかしな『歌』の通り『盆踊り』。

 男性陣は見物に徹し、シエラとティファ、それに子供達とユフィが楽しそうに踊っているのを生ビールを口に運びながら眺めていた……。

「たまには…良いもんだな…」
 シドが口の周りにビールの泡をつけたまましみじみと呟いた…。
 視線の先には、溢れんばかりの笑顔を浮かべて踊っているシエラがいる…。
「ああ…そうだな…」
 クラウドも目の前で楽しそうに踊っているティファと子供達を見守りながら、そう答えた…。
 ただ一人、ヴィンセントだけが口を閉ざして目の前の光景を眺めている。
 その姿は、とてもじゃないが祭りを楽しんでいるようには見えない。
 シドとクラウドは当然気付いていたが、二人共口下手で人付き合いが苦手な性分である。
 何やら遠い目をして一線引いている寡黙な仲間に、気の利いた台詞一つかけることも出来ず、何とも言えない気まずい雰囲気を味わっていた…。

 やがて、ひとしきり踊って汗を流しながら楽しそうにティファとシエラ、それに子供達が帰って来た。
 ユフィの姿は見えない。
「ユフィなら、『アイツ、ま~だ立ち直って無いんだ…。しょうがないよなぁ』って言いながらどっかに行っちゃった…」
 申し訳なさそうな顔をしながらティファがそう告げると、クラウドとシドは黙ってヴィンセントを見つめた。
「………なんだ……?」

 自分に視線が集中している事に、寡黙な青年は不機嫌そうに眉を寄せる。
「いや…」
「別に…」
 揃って明後日の方を向くシドとクラウドに、ヴィンセントの眉が一層釣りあがる。
 しかし、その不機嫌な顔が…。
「コラ!ま~た誰かれ構わず喧嘩を売る!!」
 との言葉と共に降って来たゲンコツに、違う意味で眉が寄った。

「ユフィ…いきなり何をする…」
「『何をする』じゃないっつーの!仲間に対してまでそんなに『ツンケンツンケン』しててどうするのさ!アンタもいい大人なんだから、もうそろそろ『渡世術』っつーのを学びなさいよね!」

 片手を腰に当て、エラそうに『うんちく』を垂れるお元気娘に、寡黙な仲間はこれ以上ない程不機嫌な顔をした。
「お前に『渡世術』やら『いい大人なんだから』などと言われる日が来るとは夢にも思わなかったな……」
「あ、そう。そりゃ、アンタの『先を読む目』がなかったって事でしょう!」
 嫌味に対して嫌味で応酬すると、苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだヴィンセントに、ユフィは「ほら、これでも飲んで気合入れな!」と、どこからか入手してきた紙コップを差し出し、小さな酒瓶を傾け酒を注いだ。
 それは祭りの見物人に無料で提供されているという『ウータイの地酒』。
 ティファとクラウドは差し出された紙コップに注がれた酒を手に、困ったように顔を見合わせた。
「んあ?何だよ、二人共飲まないのか?」
 シドが怪訝そうな顔をして声をかける。
 シエラは差し出されたコップを申し訳なさそうな顔をして「私、お酒が飲めないんです」と断っていた。
「あ、ああ…」
「ん~、ウータイの地酒は……ちょっとね…」
 飲もうとしない二人に、シドは手にした紙コップと二人の困った顔を見比べている。
 飲むか飲まざるべきか悩んでいるようだ……。

 ユフィはと言うと、
「っか~~!!やっぱ、酒はこれだよね!!」
 と、至極ご満悦にグビグビ喉をならして何杯か飲み干していた…。
 ヴィンセントはというと、黙ったままチビチビ口に運んでいる。


 この『ウータイの地酒』。
 かなりのアルコール度数があり、味は良いのだがその分加減が分からなくなって飲み過ぎてしまう者が多い。
 セブンスヘブンでも人気の品ではあるのだが、一定量以上は出さないようにしているという特殊な酒でもある。
 その『ウータイの地酒』を紙コップで手軽に渡されても、おいそれと口に運ぶ事がクラウドとティファには出来なかった。

 ………セブンスヘブンで酔いつぶれる客達を目の当たりにしているだけ……特に……。

 だからこそ、恐ろしかった…。
 既に何杯目かに達しているウータイの忍が…。
 勿論、自分達以上に『地酒』の事を詳しく知っているだろうが…。
 それにしても………。

 飲むペースが速くないか!?
 しかも、つまみもなしに『地酒』を胃袋に収めているが……それで良いのか!?!?

 クラウドとティファの段々と青ざめていく顔、そしてソロソロとその場から離れる子供達を見て、シドはそっと紙コップの中身を地面に染みこませた。


 数十分後……。
「あ~……ちょっと…、三人共~~。全然飲んで無いじゃな~い!!」

 クラウド達の危惧を実に緻密に具現化した『酔っ払い』が出来上がった……。
 途切れ途切れに吐き出す言葉、微妙に焦点の合っていない視線、そして何より……。
「あ~、もうなくなっちゃった~~…アッハッハ~おっかしいなぁ~。たっくさん、貰ってきたのになぁ~。ヴィンセント~、アンタ、あそこから貰ってきてよ~~…」
 不機嫌な顔から一転、上機嫌にニヘラニヘラ笑って隣でチビチビやっていたヴィンセントに絡む。
 いや、絡むというよりも……『しな垂れかかる』という表現が良いのかもしれない……。

 たとえそこに『色気』が皆無であったとしても…。

 ベロベロによって自分の首に腕を巻きつけ、惜しげもなく身体を密着させるウータイのお元気娘に、当のヴィンセントはと言うと。
 常の彼なら『触るな』『お前、飲みすぎだ』『いい加減にしろ』『おい、ティファ。頼むからこの酔っ払いを何とかしてくれ』と迷惑千万な顔をして逃げ出すだろう。

 しかし!!

「……もうないのか…?仕方ない……」
 そう言うと、ベロベロに酔って自分に寄りかかっているユフィをそっと離し、唖然としている仲間に、
「貰ってくるからその間ユフィを頼む」
 と、爆弾発言を投下し、若干ふらつく足取りで人混みの中に消えて行った。

 残された仲間達は呆然とその後姿を見送っていたのだが、慌てて子供達がその後を追って行った。
 ただの酔っ払いと化したヴィンセント一人では心許無い……。
 そうして、実に聡い子供達の姿も人混みに消えてしまったその直後……。

 ゴンッ!!

 という何とも痛々しい音に、大人達は振り向いてギョッとした。

「「「「ユフィ(さん)!!」」」」

 視線の先にはベンチから転げ落ちて目を回している酔っ払いの姿。
 額には大きなたんこぶが出来ている。
 どうやら顔面から落っこちたらしい……。

 大慌てで、やれ濡れタオルだ、やれ消毒だ、とユフィの実家へ飛んで行ったのはティファとシエラ。
 残されたシドとクラウドは、とりあえず目を回しているユフィをベンチへ横にすると盛大な溜め息を吐いた。

「おい……クラウド…」
「……なんだ…?」
「…こいつ…俺達を祭りに強制参加させて結局何がしたかったんだ?」
「……俺に聞くな……」
「…………」
「…………」

 祭りならではの活気溢れる音楽に人々の笑い声……。
 それらの賑わいが、どんよりと重い空気を背負った『ジェノバ戦役の英雄達』を素通りし、虚しく風に吹かれて飛んでいくのであった……。



「もう…本当に大変だったんだよ~」
 そう言ってヘトヘトになって戻って来た子供達に、大人達も疲れ切った顔で出迎えた。
 子供達の後ろでは、焦点の合っていないヴィンセントがボーっと立っている。
 その両手はしっかりと子供達に握られており、デンゼルのもう片方の手には酒瓶が地面すれすれ重そうにぶら下がっていた。
「そうそう。ヴィンセントの兄ちゃんったらさ、お酒貰うまでは良かったんだけど、お祭りに来てる人達にぶつかるし、帰る方向は違うし、挙句の果てにはそこら辺で座り込んでお酒飲もうとするんだぜ!?」


 ― あのヴィンセントが!? ―


 驚愕に見開かれた大人達の視線の先には、自分の事を言われていると分かっていないのか相変わらずボーっとした寡黙な青年の姿……。
 そして、自分達の苦労話を聞いてもらって、幾分か気の晴れた子供達の視線の先には、ベンチに横になり、タオルで額を冷やして横になっているユフィの姿……。
「……ユフィお姉ちゃん……もしかして落っこちたの?」
「……流石マリンね」
「うっわ~…カッコわる……」
「……デンゼル…頼むからユフィが正気に戻った時にそれは言うなよ……」
「後がうるせぇからな…」
「…言わないよ……」

 その後、結局お祭りを楽しむどころではない一行は、失神しているユフィをクラウドが背負い(じゃんけんで負けた)ユフィの実家へ向かったのだった…。



「いやぁ、申し訳ない」
「いえ…」
「私達もユフィを止められなかったから……申し訳ありません」
 ユフィの実家に着いたクラウド達は、丁度玄関先でユフィの父親、ウータイ地方の頭領であるゴドーと鉢合わせした。
 ゴドーはかつての旅で出会った頃と変わらず、その堂々たる風貌は流石ウータイ地方を治めている男なだけはある。
 ゴドーはクラウドの背におぶわれている娘を見て盛大な溜め息を吐くと、屋敷の奥に案内するよう家の者に言いつけると、自身は非常に申し訳なさそうな顔をし、挨拶もそこそこに外へ出て行った。
 祭りの主催者の一人としてやらなければならない事が沢山あるとの事だった。

 ゴドー自身の寝室にユフィを寝かせ、客間に半ば強引にヴィンセントを横にすると、あれだけ駄々をこねていたのに、あっという間に眠りに入ってしまった。
 それらをやり遂げた一行は漸くホッと一息つく事が出来た。


「あ~、結局お祭り、あんまり楽しめなかったね」
 紅色に染まる空の下、屋敷の縁側に腰をかけ、ボーっと祭りの明かりを眺めながらマリンが残念そうに溜め息を吐いた。
 あれだけ楽しんだのだが、それは前半の話し。
 後半からはユフィとヴィンセントの『お守り』でそれどころではなかった。
「今からでも…行く?」
 ティファが気遣わしそうな顔をして子供達に尋ねたが、二人は揃って首を横に振った。
「俺……疲れたからいい…」
「…私も…」
 いつもなら「「行く!」」と顔を輝かせるであろうに……。
 クラウドとティファは、それぞれ慰めるように子供達の頭を撫でた。
「ま、しゃーないわな…、ユフィが絡んでたんじゃあ、予定通りに行かなくてもよ…」
 クラウドの隣に腰をかけて、警戒しながらウータイの地酒をチビチビやっているシドがぼやく。
 シエラは、そんなシドの隣で苦笑を湛えながら、そっとシドにつまみの漬物を差し出した。
「でも……」
「ん?」
「あんなヴィンセント、初めて見たね」
 ティファの言葉に、シドとクラウドは顔を見合わせ頬を緩めた。

 確かに、あんな酔っ払いと化したヴィンセントは初めてだった。
 旅の間は勿論の事、旅を終えた今日まであんな風に『常の彼で無い姿』を見た事は無い。
 いつも被っていた『寡黙』『冷静』『無表情』そして『孤独』。
 この四つの仮面を取り去ったヴィンセントの姿…。
 それが例え『酔っ払い』の姿であったとしても、非常に貴重な『姿』であった事は間違いない。

「あんな風に…どこか一線引いてないヴィンセントってあんまり見た事ないよね」
「…そうだな」
「いっつもどっか深く関わろうとしないっつーか、『関わらせない』ようにしてる野郎だからなぁ…」
 しみじみとそう言うシドに、クラウドは苦笑、ティファは寂しそうに笑み浮かべた。

 気にはしていたのだ。
 ヴィンセントが過去に囚われ、『現在(いま)』を生きる事が出来ていない事を…。
 しかし、だからといってどうして良いのか分からず、また、彼の過去を知っているからこそ『土足で踏み入る』ような真似が出来なくて、結局『これ』といって何もしてこなかった。
 過去に囚われている仲間に、手を差し伸べる事が…出来なかった。
 時々携帯で連絡を取る……それくらいしかしなかった……出来なかったのだ。
 しかし、そんな自分達とは違い、お元気娘は遠慮なくずかずか踏み込んだ…彼のテリトリーに。
 その結果、『常で無い彼の姿』を曝け出させる事に成功したのだ。
 もしかしたら…、目を覚ましたヴィンセントはこれまで以上に『自分の殻』に閉じこもってしまうかもしれない…。

 なにしろ、『酔っ払い』という非常に不名誉で恥ずかしい姿を晒したわけなのだから、羞恥のあまりこれからは携帯にも出なくなるかもしれない……。
 だが…。

「へっへ~。たまには良いっしょ?」

「「「「ユフィ(さん)!!」」」」
 突然背後からかかった声に、大人達は驚いて目を剥き、子供達は顔を笑顔を浮かべて振り返った。
「ユフィお姉ちゃん、もう大丈夫なの?」
 ティファと自分の間に座り込んだユフィに、マリンがくりくりとした大きな瞳を向ける。
「ん~、まだおでこと頭が痛いけど、だいじょぶ、だいじょぶ!」
「何が『だいじょぶ、だいじょぶ!』だ…。おめぇ、一体何がしたかったんだ……」
 呆れた顔をして自分を見るシドに、ユフィは「やだねぇ、本当に分かんないの~!?」と、大袈裟な仕草で肩を竦めた。

「だから、ヴィンセントに『新しい風』ってやつを贈りたかったんだよ」

 意外過ぎるこの一言に、クラウド、ティファ、シドは本日何度目かの驚愕に襲われた。
 子供達とシエラはキョトンとしている。

「ほら、『風』の吹いてない所ってさ、じめじめしてて空気が澱んでるじゃん?アイツも一緒。ずーっとルクレツィアの洞窟に入り浸ってさ~、全然『風』に吹かれてないんだもん。そりゃあ、根暗に拍車も掛かるっつうの!」
 カラカラと笑いながらそう言うユフィに、クラウド達は言葉をなくした。

 ユフィの言っている事は正しい。
 空気が澄んでいる所には、常に『風』が吹いている。
 そして、空気が澱んでいる所には……『風』は弱い…。
 人間もそうだ。
 時には『暴風』に襲われ、時には『微風』で心癒され、そして時には『追い風』に乗って前へ進む。
 そうして人間は『風』に吹かれて…『風』に乗って…生きて行くのだから…。

「今日はさ、本当はもっとアイツの『仮面』を取ってやりたかったんだけど、アタシが先に潰れちゃったからさ~。いやぁ、面目ない」
 へへへ…と、照れたように笑うお元気娘に、ティファがギューッと抱きついた。
「本当に…ユフィは最高よ!」
 手放しで褒められた事があまり無いユフィは目を白黒させ、「う、うぇ!?そ、そう!?!?」と声が裏返っている。
 クラウドとシドは、そんなユフィの姿に顔を見合わせると一斉に吹き出した。
 シエラも…そして子供達も笑っている。

 皆の笑い声が、薄紫色の空に高く吸い込まれていった…。



「本当に……面目ない……」
「良いから気にすんなって!」
「そうよ、私達、仲間でしょう?」
「…たまには羽目を外しても罰は当たらないさ」
「いや…しかし……」

 翌日。
 朝から繰り返されているこの問答に、子供達はクスクスと忍び笑いを漏らし、シエラは苦笑を湛えてその光景を見つめていた。
 昨日の『酔っ払い』の一件を、ヴィンセントは全く覚えていなかった。
 目が覚めたらユフィの実家の天井が目に飛び込んできて仰天し、飛び起きたのだ。
 そうして…。
 自分の抜け落ちている記憶を聞かされたヴィンセントは、現在奈落の底にまっさかさまに落下し、目下、仲間達が救出活動中なのだ。

 しかし、仲間達の懸命の救出活動も虚しく、寡黙な青年はいつも以上に重苦しい空気を全身に背負い、その空気で仲間達までもが奈落の底に転落しそうになっている。

 その光景が、第三者の視点で見ている子供達には、可笑しくて仕方ない。
 冷静沈着、怜悧冷徹なイメージのあるヴィンセントが、すっかりしょげ返って項垂れている。
 それを、クラウドとティファとシドが必死になって慰めている姿は、滅多に見られるものではない。

 ひとしきり、その『特別』を楽しんでいた子供達だったが、廊下から聞えてきた足音にパッと顔を上げた。
「良かったね、クラウド達」
「そうだな。やっと『救世主』の登場だ」
 子供達の言葉に、シエラが首を傾げていると、その『救世主』が颯爽と襖(ふすま)を開けて登場した。

「なにやってんのさ…。朝から辛気臭い!」

 元気に一喝すると、ずかずか部屋に入り込み、どんよりした重苦しい空気を追い出すようにドカッとヴィンセントの横に座り込んだ。
「んで、ウータイの地酒はどうだった?」
 ニヤッと笑うユフィに、ヴィンセントは苦虫を噛み潰したような顔をすると、
「二度と飲まん…」
 と一言呟いた。
 そんなヴィンセントにユフィはお腹を抱えて大笑いすると、ヴィンセントの背中をバシバシ叩きながら、
「ダメダメ!これからもじゃんじゃん飲ませてやるんだから!」
 叩かれて思い切り顔を顰めているヴィンセントを見事に無視し、救出活動が難航していた仲間達へ視線を移す。
「さ、皆もお腹空いたでしょ?朝御飯出来たって!食べに行こう!!」
 そう言うなり、渋面面のヴィンセントの腕を掴むと、さっさと居間へ行ってしまった。
 ヴィンセントはというと、転びそうになりながらも昨日の事があるからか、強引なユフィに対して一言も文句を言わず、大人しく引っ張られている。
 そんな二人の姿に、クラウド達はポカンとしていたが、
「はぁ…。ユフィには敵わないな」
「ほんとにね」
「俺様、今回はちっとユフィを見直したな」
 そう言って、笑みを交わした。




「じゃ、皆気をつけてね!」
 朝食を終えた一行は、そのまますぐにシエラ号に向かった。
 明日の早朝、クラウドには配達の仕事が入っていたのだ。
 ウータイの外に停泊しているシエラ号まで見送りに出ていたユフィに、ティファと子供達がそれぞれ握手を交わしている。
「ユフィ、本当にありがとう」
「すっごく楽しかった~!」
「朝御飯も美味しかった!!」
「うんうん、そうでしょう!?また遊びにおいでよ!」

 仲良く別れを惜しんでいるその光景に、クラウドとシド、そしてシエラは笑みを湛えて見つめていた。
 そして…。
 一時の別れを告げ終わったユフィの視線が、寡黙な青年に向けられる。
 ヴィンセントは朝食を食べ終わったらすっかり元のポーカーフェイスに戻ってしまっていた。
 寡黙な仲間の目の前までやって来ると、ユフィは「ん!」と右手を差し出した。
 ヴィンセントはほんの少し躊躇っていたが、結局その差し出された手を黙ってそっと握り返した。
「ヴィンセントさ、アンタの気持ち…全部は勿論分からないけど。それでもアンタがアンタなりに一生懸命ルクレツィアに謝罪して生きてる事は知ってる。でも、今のアンタの生き方はルクレツィアには失礼だよ。もっと前を向いてさ、歩けるように頑張りな!」
 手を握ったまま、常には無い真剣な眼差しで真っ直ぐ自分を見つめるユフィに、ヴィンセイントは僅かに目を見開いた。
 そのまま尚、ユフィは言葉を続ける。
「アンタはさ、真面目すぎるんだ。そこが良い所なんだろうけど、それだけじゃダメだ。何の為に私達がいると思ってんの?アンタにその気がなくても、私達はアンタの事を大事な仲間だって思ってる。これからもずーっとね!」
 そう言うと、いつものお調子者の顔になり、ニッと笑って見せた。
「アンタ一人で苦しまなくて良いじゃん。私達だって、アンタに助けてもらい時があるし、その時にはアンタは助けてくれるでしょ?ま、勿論『何故私が』とか『私には関わり無い』とかカッコつけちゃって素直に助けてはくれないだろうけど、それでも結局アンタは助けてくれる奴だって分かってる。だから、私達もそんなアンタの力になる為には何にも惜しまない。全力でアンタの事を助けるから、それを忘れないで」

 ユフィの言葉がウータイの風に乗せられ、ヴィンセントの心に深く染み込んだ様にクラウド達には見えた。
 何故なら……。

「そうだな…。たまには『風に吹かれる』のも…悪くない…」

 そう言って、優しい眼差しで微笑んだのだから…。


 本当に……。
 このお元気娘は凄い奴だ。
 破天荒で型破り、自分勝手で気の向くままに行動しているかと思いきや、ちゃんと仲間の事を思ってその為に努力を惜しまない。
 このお元気娘の存在がもしなかったなら…。
 二年前の旅を終えて、今もこうして交流の場を持つ事が出来なかったかもしれない。
 いや、出来なかっただろう……。特に、ヴィンセントは。
 それぞれが自分の生活と『過去の贖罪』にのみ目を奪われ、『大切なもの』を失ってしまっていた可能性が十分ある。

 仲間との絆を思い出させてくれる……そんな存在のウータイの忍。

 クラウド達は、改めてユフィ心の中で敬服するのだった。


 新しい風に吹かれて……時にはその風に自分の思いを乗せて…。
 人は生きていくのだから…。
 だから、ヴィンセントも…これからは……ね?


 ユフィの願いを心にしっかりと抱き、一行はウータイを後にした。
 これからはまた元の生活が待っている。
 しかし、ヴィンセントの生活がこれまでとは少しでも違うものになれば良いのに……。

 そう願わずにはいられない仲間達だった。
 そして、きっとヴィンセントはその願いに少しずつではあろうが、応えてくれるとも信じている。


 なにしろ、ヴィンセントには強力な助っ人が沢山いるのだから。



 一行は晴天の下、晴れやかな気持ちでウータイを後にした。
 眼下に広がるのは、遠くなるウータイ大陸、そして、広大な海。

 それらの風景に視線を落としていたヴィンセントの横顔が、心なしが晴れやかに見えたのは…。
 きっとクラウド達の気のせいでは無いだろう。


 これからも、ヴィンセントは勿論、自分達も生きていく。
 色々あるだろう。
 それでも。
 この『ウータイの風』がもたらしてくれた『大切なもの』を思い出し、再び前へ向かえると信じている。

 遠くなるウータイに…。
 クラウド達は心の中でお元気娘に感謝した。


 きっと、その気持ちはユフィの元に届くだろう…。
 穏やかな『風』に乗せられて…。



 あとがき

 はい、何とか終わりました。
 そして、書きたいこともかけました!!
 今回は、ヴィンセントのお話しが書きたかったんです。
 DCではヴィンセントはまだ過去に…ルクレツィアを救えなかった思いに囚われていましたよね。
 でも、カームが襲われた時、既にリーブと約束をして、それでカームにいたんですよね?(あれ、違いましたっけ??)
 それで、思いついたのがこのお話です。
 過去に囚われているヴィンセントを心配してるけど、それでもどうしたら良いのか分からない……。
 きっと、仲間達はそれで少なくとも悩んだ事があるんじゃないかな……とか妄想が生まれまして…(笑)。

 はい、ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました!!