― 『…あのさ、今度帰ってきたら話があるんだ』 ― なぁに? ― 『…帰ったら言う』 ― そう。 ― 『じゃ、行ってくる』 ― 行ってらっしゃい。 築く者 壊す者 9クラウドは思った。 よくもまぁ、あの混乱に乗じて乗り込むことが出来たものだ…と。 ヴィンセントが男の取り出した『なにか』を撃った時、咄嗟に身体が無事な飛空挺に向かって走っていたのだ。 なんとなく…。 本当になんとなく、男の意識が腰から取り出した『なにか』と、無事に残されていた飛空挺に向けられていた気がしたのだ。 その直感は正しかった。 クラウドが狭い飛空挺の後部座席に滑り込み、シートの下部分に身を潜めたその直後、男が女を引っ張って乗り込んできたのだ。 「離せ!お前などと一緒に誰が行くか!」 そう喚く女を無理やり押し込み、男は飛空挺を飛ばした。 飛空挺の操縦を、男がこれまでただの一度もまともにしたことがないという事実にすぐ気づいた。 上下、左右に揺れることこの上ない。 クラウドは、反撃のチャンスを窺っていたのだが、あっという間に乗り物酔いにかかってしまった。 クラウドの存在に気づかないまま、二人は言い合いを続けている。 シートの狭い隙間から覗き見ると、女は左胸辺りを押さえ、額に脂汗を浮かべていた。 恐らく、男が力任せの行動に出た際、女の肋骨を折ったのだろう。 クラウドとの戦いで力を消耗していた女にとって、肋骨の骨折は重すぎたのだ。 男に向かって悪口雑言の限りを吐き出しているが、とうとう飛空挺から…、いや、男から逃れることは出来なかった。 そのまま男は飛空挺を飛ばした。 どこに向かっているのか分からない。 もしかしたら、男も分からないまま飛ばしているのかもしれない。 どれくらいの時間が経っただろう…? 狭い飛空挺に、警報が鳴り響いた。 どうやらエネルギーが切れかけているらしい。 男は舌打ちをした。 コントロールパネルを見つめて、もう一度忌々しそうに舌打ちをする。 「WROの飛空挺が追ってきている。逃げても無駄だ」 「黙れ…」 「私はお前と心中するつもりはない。ここで下ろせ」 「黙れと言っている」 「このボロ舟と一緒に沈みたいなら1人で沈め。私はごめんだ」 「黙れと言っているだろう!」 乾いた音。 男が女を張り飛ばしたのだ。 クラウドの胸中に怒りが湧く。 相手が誰であれ、女性に手を上げるとは許し難い。 一方、殴られた女の方は平然とした態度を崩さなかった。 「お前、敵に背を向けたまま死ぬのが本望なのか?」 「……くそっ!」 その一言が男の自尊心を揺さぶった。 奥歯をギリギリと噛み締める不快音を立てながら、ゆっくりと操舵を前に倒す。 飛空挺がグンッ!と大きく揺れ、奇妙な浮遊感に襲われた。 着陸することに決めたらしい…。 クラウドは込上げる吐き気と戦いながら、一刻も早く着陸してくれることを願わずにはいられなかった。 その願いはものの数分後に叶えられた。 男が乱暴にドアを蹴り飛ばして壊し、女を片腕にしっかりと抱いて飛空挺から降りる。 女は汚らわしいものから身を捩るようにして逃れようとしたが、折れた肋骨のためにそれも叶わず、屈辱と骨折の痛みから顔を歪めて飛空挺から降りた。 クラウドも、こっそり後をつけるべく、飛空挺を降りた。 月明かりが淡い色になっている。 東の空が薄っすらと白んでいた。 夜明けだ。 クラウドは自分の立っている足元を見て、目を見張った。 一面荒涼とした大地。 草は生えていない。 赤茶けた大地は、配達の仕事でよく行き来する場所だった。 よもや、こんな場所まで運ばれていたとは驚きを禁じえない。 驚きすぎたのだろうか? それとも、やっと乗り物酔いから解放されてホッとしたのだろうか? 「お前!?」 自分を見て驚愕している男の目に気づき、クラウドは自身を激しく呪った。 一方、驚いている男を尻目に、女は微塵も驚いてはいなかった。 むしろ、クラウドがくっ付いてきていることを知ってた上で、黙っていたような顔をしている。 男が女から腕を離した。 少しよろめきながら、女が解放される。 女は逃げなかった。 黙ってクラウドを見つめている。 「何故、リーブをそこまで狙う?」 「よくも…こんなところまで…!」 クラウドの問いかけは女に向けて。 男はまるきり無視をする。 女はそれに答えなかった。 黙って小刀を手の平で包み込んだだけ…。 その姿が突然、酷く儚く…脆く…寂しいものに見えた。 クラウドの胸がざわめく。 クラウドはゆっくりと足を踏み出した。 男が威嚇するように…、クラウドから女を守るようにその前に立ちはだかる。 「邪魔だ」 冷たい一瞥。 男はたじろいだ。 負傷した今では、クラウドに太刀打ち出来ないと分かっているからだ。 だが、それでも男は震える足に力を込めるようにして、その場を動かなかった。 その姿が妙にクラウドを苛立たせた。 とても大切なことを、今なら女から聞き出せそうな気がしたのだ。 理由は分からないが、何故だかそう言いきれる。 だからこそ、それを邪魔しようとするこの男が疎ましく感じられた。 躊躇う理由も、手加減する理由もない。 クラウドは男に向かってバスターソードを振るおうとして…。 「誰にだって、触れられたくない過去があるだろう!?」 血を吐くようなその言葉。 魂を揺さぶるには充分過ぎる一言。 クラウドの動きが止まる。 脳裏を、様々な人達の顔が過ぎった。 慈しんでくれた母の顔。 疎ましそうな目で見つめてくる幼い頃の同郷の少年達。 神羅時代の同僚。 仲間。 子供達。 ティファ。 そして…。 ― 『生きろ』 ― 親友の……笑み。 瞬きをするほどの一瞬だった。 男の言葉に心を揺さぶられたクラウドは、次の瞬間、腹に激痛を感じた。 グラリ…と視線が傾き、赤茶けた大地が急接近するのが見える。 いや。 自分が倒れているのだ。 そう自覚すると同時にクラウドは冷たい大地に1度、バウンドして仰向けに横たわった。 虚ろに目を上げると、たった今、自分に悲壮な顔をして見せた同一人物とは到底思えない笑みを浮かべている男が見えた。 手には見覚えのある小刀が握られている。 それがどこか、遠い世界の映像のように見えた。 その向こうに、唖然として突っ立っている女もまた然り…。 ただ単に刺されただけではないのだろう。 激痛が全身を蝕んでいく感触に、毒が塗られていたのだと悟る。 急速に薄れ行く意識の中、 「へっ、バカな奴。『アイツ』と全く同じ手に引っかかるとは」 男の嘲笑が聞こえて…。 ― 『クラウド、無理しないでね?』 ― 任務前、心配そうにそう言ったティファの声が耳に蘇えった。 あぁ…。 帰らないといけないのに…。 約束したのに…。 『最期に……会いたかったな…』 そう胸中で呟いて、クラウドは完全に意識を手放した。 * 「なぁ、アンタはなんでこんなところに来てるんだ?」 唐突に声をかけられ、振り返る。 そこには、金色に輝く髪を短く刈り込んだ紺碧の瞳を持つ青年が立っていた。 年の頃はクラウドと同年代だろうか…。 その青年は、それぞれ金髪の男の子と女の子の手を繋いでいる。 子供達の年の頃はデンゼルやマリンと同年代か、もう少し大きいかもしれない。 中々の美少年、美少女は顔の作りが青年に良く似ていた。 兄妹だろう。 二人共、兄に手を繋がれてニコニコと笑っている。 「アンタ、まだここに来るには早いだろ?」 青年が呆れたような顔をしてそう言った。 クラウドは困ったように首を傾げた。 「いや、どうしてここにいるのかが分からん…」 正直に思った事を言うと、子供達から明るい笑い声が上がった。 「大丈夫だよ。帰りたい、って思ったらすぐに帰れるよ」 「そうそう!まずは試してみたら?」 クラウドはますます困ってしまった。 帰りたいと願ったら帰れる…と言われても、具体的にどうしたら良いのやら…。 ふと顔を上げ、青年をマジマジと見る。 正確には、青年の胸元を。 細いシルバーチェーンの先には、小刀がぶら下がっていた。 青年は微笑んだ。 「コレが気になるのか?コレは、仲間達の証として俺達が持っていたものだ」 クラウドはなんとなく事情を察した。 女は…、彼女は青年の仲間だったのだ。 そうして、あの狂気に走った男も。 「そう。アイツは俺達の仲間だった。でも、アイツはずっと裏切ってたんだ」 少しだけ悲しそうに目を伏せると、弟と妹の頭をそっと撫でる。 二人はくすぐったそうに首を竦めてクスクスと笑った。 「人は弱いな。少しの欲が満たされると、次々とその欲が増えていって、段々でかくなる。気がついた時にはもう手遅れで、取り返しがつかなくなる」 顔を上げてクラウドを見つめる。 静かな湖面のような瞳だった。 「アイツは折角築き上げた俺達の絆を壊した。壊して、違うものを作り上げようとしたんだ」 「…なにを?」 初めてのクラウドの質問。 青年は薄く笑った。 「幸せな家庭」 肩を竦めて青年は軽く息を吐き出した。 「バカな奴だよなぁ。俺を殺しても、『アイツ』の心が手に入るわけないのに……さ」 悲しげな口調。 子供達はそっと青年に身体を寄せた。 まるで慰めるように…。 「こいつらまで『敵に殺された』ように見せかけて、リーブの敵になるよう仕向けたんだ」 クラウドは鋭く息を吸い込んだ。 改めて、あの男への怒りが湧いてくる。 青年は笑った。 「良いんだ、もうアイツは死んでる。『アイツ』が仇をとってくれたからな」 「…『アイツ』?」 「そう、アイツ」 青年が一体誰を指しているのかを察するのに時間は必要なかった。 「それに、『アイツ』は最初から信じてなかった。リーブを憎むという振りをして、真実を探ろうとしたんだ」 青年はそう言うと、弟妹を促して背を向けた。 「じゃ、俺達はもう行く。『アイツ』がライフストリームの中で迷子にならないように迎えに行かないと」 「お姉ちゃんだけでも幸せに生きてくれたら良かったのに…」 「うん…」 子供達が悲しそうに顔を伏せる。 青年はしゃがみ込んで二人を片腕ずつで抱き上げた。 まるで、クラウドがいつもデンゼルとマリンにしているかのように軽々と…。 「じゃあな。今度会う時、アンタはもっと年食ってて、白髪で白髭なんだろうな」 「…さぁ…どうかな」 なんだか無性に泣きそうになりながら、クラウドは精一杯の虚勢を張った。 そうしなくては、二人の子供達が心配してくれることがなんとなく分かったからだ。 「お兄ちゃん、頑張ってね」 「兄ちゃんは、俺達の兄ちゃんみたいに強いんだから、もう油断したらだめだぞ?」 可愛い顔をしてそう言う子供達にクラウドは一つ、小さく頷いた。 じゃあな…。 エメラルドグリーンの光に包み込まれ、三人の兄妹はゆっくりと消えていった。 * 「本当に申し訳ありませんでした」 深く頭を下げるリーブに、クラウドはベッドの上で上半身を起こしながらゆっくりと首を振った。 クラウドが刺されたあの時。 実は、ケット・シーとしてリーブも飛空挺に乗り込んでいたのだ。 ぬいぐるみだったため、気配を完全に消すことに成功していたリーブは、クラウドが刺されてからの様子を一部始終見ていた。 と言うよりも、クラウドの命の恩人だった。 毒で命を落としかけたクラウドに、男は決定的な一撃を喰らわせようとした。 それを阻止したのがケット・シーだった。 思い切り体当たりを食らわせ、面喰っている男を尻目に意識を失っているクラウドにありったけの解毒剤をぶっ掛けた。 当然、男はそれを阻止しようとした。 だが…。 ブツリ! 男はゆっくりと振り返った。 自分の首に腕を巻きつけ、深々と心臓の真後ろを小刀で突き刺した女を見つめる。 その目が女を捕らえ、言い知れぬ憤激と悲しみに彩られた。 だが、それも一瞬だけ。 「やっぱり…お前が!」 女の悲痛な叫びを聞きながら、男は絶命した。 地に落ちた男から飛び降りると、女はケット・シーに力なく腕を出した。 その手には小さなディスクが握られている。 それを、力なくポトリ…と地に落とし、 「これに、反WRO組織のデータがある。好きにしろ」 そう言い残して、男の血に濡れた小刀を自分の喉に突き刺した。 ケット・シーが止める間など全くなく…。 女は満足げな顔をして大地に倒れた。 * 「私の情報力が足りないがゆえに、このような事態を引き起こしてしまいました。まさか、敵に情報を流して裏金を受け取り、私腹を肥やしていたとは…」 項垂れるリーブに、病室に集まった仲間達が一斉に否定した。 だが、リーブはそれに対してゆっくりと首を振り、重い溜め息を吐いた。 「彼の遺体から、彼女に贈るはずだった指輪が出てきました。恐らく、今回の任務を終えたら告白するつもりだったんでしょう。ですが…」 言葉を切って窓の外を見る。 「彼女にその指輪を形見としてお渡ししようとしましたが、会ってくれませんでした。話も聞いて頂けず、ポストに入れる…というのも、なんだか申し訳なくて、いつか必ず直接お渡ししようと思ってたんですが…」 重い溜め息をまた一つ吐き出す。 仲間達もそれぞれ、沈痛な面持ちで視線を落とした。 「その…殉職した男の人の家族だが…」 躊躇いがちに問うクラウドに、リーブは更に疲れを色濃くさせてクラウドへ視線を戻した。 「小さい弟と妹が1人ずついました。暫くは彼女が面倒を見ていたんですが、先日不慮の事故で…」 「酷い…」 ティファが口元を押さえる。 ただの事故などではないと察するに余りある。 クラウドはそっとティファの腕を擦った。 この場に子供達がいなくて本当に良かった、と思う。 同じ年頃の子を持つバレットやクラウド、ティファにとって、その事実はあまりにも酷すぎる。 とてもじゃないが正視出来ない。 「四人の墓に…花を持って行かないとな…」 クラウドの言葉に、仲間達は頷いた。 「本当に…難しいよな」 仲間達が帰った後、病室でティファと二人きりになったとき、クラウドが唐突に口を開いた。 重苦しい空気は変わらない。 ティファはそっとクラウドに顔を向けた。 クラウドは夕暮れの茜空を見つめながらポソリ…と呟いた。 「みんな、幸せになりたいだけなのにな…。でも…やり方を間違えると今回みたいな悲劇が生まれる。幸せな世の中を築くためにWROという組織を作り、成長させようとしているリーブと、それを壊して自分達の理想郷を作ろうとする者達と…。世の中、もっと単純だったら良いのにな」 「うん…でも」 言葉を切ったティファに、クラウドは視線を移した。 真っ直ぐ見つめる茶色の温かな瞳に、心が温もる…。 「自分の幸せだけを願って何かを壊すのは間違ってるよね」 「…あぁ…そうだな」 「だから、私達はこれからも…」 「そうだな。これからも頑張らないとな」 「うん!」 ようやく見せた微笑に、クラウドも釣られて微笑んだ。 そして、そっと彼女を自分の腕の中に柔らかく抱きしめる。 後日。 WRO本部の近くにある共同墓地に、黄色と白の花束が風に揺られて可憐にその墓を慰めていた。 あとがき WROという大きな組織になると、裏切りや疑心暗鬼という暗い影が当然出てくると思います。 その時、リーブは一体どうするんだろう…?とか思ったのが事の発端です。 それなのに、なんとも暗い話しになりましたね。 作中、とうとう最後の最後まで敵である『男』と、敵の振りをして己を全うした『女』、更には、仲間に裏切られて星に還されてしまった『青年』の名前は出しませんでした。 出さない方が、彼らの生き様に合ってるような気がしたんです。 星に還った『彼女』が、青年とその弟妹との再会を果たし、今度こそ幸せになってくれたら良いなぁ…と、思いつつ…。 |