「やっぱ……機嫌悪いよな……」
「おお……」
「俺もそう思う……」
「「「アレが原因だよなぁ……」」」

 セブンヘブンの片隅で、客達が囁く言葉はセブンスヘブンの住人達に聞かれることはなかった。



絆 1




「あ、少々お待ち下さいね」

「はいは〜い!すぐ行きます!」

「お待ちどうさまでした、スタミナ定食です」

 二週間ほど前に来たきり、ご無沙汰している常連客達は首を捻ってその『店員』を見た。
 黄色いエプロンを身に着けた若く、割と整った顔立ち、スラリとした体躯に笑顔の素敵な好青年が、何故かセブンスヘブンで働いているではないか。
 街行く女性がまぁ、振り返ることは間違いないだろう…。

 なぜ『割と整った…』という表現かと言うと、それは勿論、ここセブンスヘブンにはもっと上を行く美形がいるからだ。

 クラウド・ストライフは、その整いすぎた顔に『不機嫌』の文字を浮かべ、彼の指定席に浅く腰を下ろしていた。
 配達の仕事から帰宅したばかりで、まだシャワーも浴びていない。
 いつもなら仕事の埃を落とし、さっぱりしてから店に戻ってきてティファの手料理をゆっくり味わうのが習慣となっているのに…。

『『『『気の毒に…』』』』

 常連客達は、そっと心の中で合掌した。
 クラウドが帰宅直後からゆっくりと寛げない原因が痛いほど良く分かるが故に、彼に同情せずにはいられない。
 しかも、今回の彼は『孤立無援』に近い状態だ…。
 同情するなと言う方が無理だろう…。

 いつもなら、こういう場面には彼には心強い味方がいた。


「あ、少々お待ち下さいネ!すぐにお持ちします!」
「あ〜!久しぶり!!元気でした?俺?俺は見ての通り、元気元気!!」


 この店の看板娘と看板息子。
 クラウドとティファの家族。
 血の繋がりは全くないのに、普通の家族よりもその絆は強い。

 子供達はいつも自然とクラウドとティファの『鎹(かすがい)』となっていた。

 さりげなくティファに近寄る『虫達』を排除し、クラウドがいない時間をフォローし、時にはクラウドやティファがハラハラ、ヒヤヒヤする場面にも出くわしたりして…。
 小さな身体で大きな支えになっている子供達は、クラウドとティファの自慢の子供達だった。
 そんな子供達のお蔭で、クラウドとティファは自分達が気付いていることや気付かないでいることなどを合わせ、多くの障害を乗り越えて今日まで共に歩む事が出来たと言っても過言ではないだろう…。

 そして、そんな強い絆の家族が醸し出す温かな雰囲気は、周りにいる人達を温かく包み込む力を持っていた。
 セブンスヘブンには、そんな家族に癒されたくて常連客達が連日足を運ぶのだ。
 しかし、その温かな家族の雰囲気がこの二週間で様変わりしている…。

 その事に気付いているのは、常連客達とクラウド・ストライフ。

 なんと、ティファと子供達は全く気付いていなかった。
 これは、普段なら真逆であろう事実。
 人々の心の機微に疎いクラウドがそれに気付かず、失敗しそうになるのをティファと子供達がフォローする。
 それがこれまでのセブンスヘブンの住人達のあり方だったのに…。
 それなのに、デンゼルとマリンの二人までもが全く気付いていない。

 これまでにない状況に、クラウドはどうして良いのか分からず、イライラとスツールに腰掛けてグラスを傾けるしかなかった…。
 そして同じくこの状況に、常連客達もどうしたら良いのか分からない。
 コソコソと様子を窺ったり、時にはポン…とクラウドの肩を叩いて励ますように微笑みかけたりするのだが、根本的な解決には全く至らず、クラウドは曖昧な笑みを浮かべることすら出来ずにムッツリと頷くのみだった。




 そもそもの始まりは、二週間と少し前。
 この季節には珍しい夕立に、デンゼルとマリンが小さな喫茶店の軒先で雨宿りをしていた時のこと。

「雨…止まないねぇ…」
「ん〜…そうだなぁ…」
「…どうする?」
「どうするって言ってもなぁ…」
「走って帰る?」
「これ持ってか?」

 マリンの提案に、デンゼルは両脇をかためている紙袋を顎でしゃくって見せた。
 マリンがガックリと肩を落とす。
「ダメだよねぇ…やっぱり……」
「…雨に濡れたら紙袋が破れるからなぁ……」
 紙袋からは新鮮な果物が覗いていた。
 ティファに頼まれて市場に二人で買い物に来たのだ。
 もしも紙袋が破れたら、折角の果物がダメになってしまう…。
 オマケに運悪く、雨宿りをしている小さな喫茶店は、お休みだった。
 お蔭で、ビニール袋を分けてもらうことすら出来ない。
 視線の先には大きな通りがあり、その更に向こう側にいくつもある小さな道路を渡らなくてはセブンスヘブンに帰れない…。
 デンゼルかマリンが走って帰り、傘を持って戻ってくる。
 そうも考えたのだが、やはりエッジはまだまだ治安が悪い。
 小さな子供が一人でいるのは……良くないのだ。
 目の前の大通りのお蔭で一応、人通りはある。
 だが、どちらかと言えばトラック等の大型車が猛スピードで通り過ぎる方が多い…。
 このような状況で、どちらかが長時間一人で待っているのは……やはりリスクが大きい。
 ティファも怒るだろう。
 更に、デンゼルとマリンはいつも身につけている携帯の充電が切れていた。
 友達が家に電話をかけるのに使うのを許してしまったら、残り少ないバッテリーが切れてしまったのだ。
 それをすっかり忘れたままお使いに出てしまったので、ティファに傘を持って迎えに来てもらうことも出来ない…。
 踏んだり蹴ったりとはこのことか……。

「参ったなぁ……」

 デンゼルが心の底からぼやいたその時…。


「どうしたんだい?」
「「?」」

 ふいに頭上から投げかけられた声に、子供達はびっくりした。
 サラサラストレートの金髪を耳の下辺りまで伸ばし、淡いブルーの瞳をした青年が優しい笑みを浮かべて自分達を見下ろしている。
 身長は……クラウドよりも指二本分くらい高いかもしれない。
 その代わり、歳はクラウドとティファよりも若い…。

 いつもなら見知らぬ人間に話しかけられたら警戒するデンゼルとマリンだったが、あまりにも無防備でなんの裏も感じさせない青年にただただ面喰った。

「えっと……」

 言葉に詰まるマリンに、青年は「あ、ごめんごめん。急に話しかけられたら困るよね」と苦笑しながら自己紹介をした。


「僕はローグ・ラハ。君達はセブンスヘブンの子供達でしょ?」
 ニコニコと微笑みながらそう言ってきた青年、ローグにデンゼルとマリンにサッと緊張が走る。
 いくら好い人そうでも、いきなり自分達の素性を口にされて平静ではいられない。
 何しろ、クラウドとティファは有名人。
 身代金目的で、誘拐されそうになったこともあったりする。
 …まぁ、あの時の相手はかなり『おバカ』だった為に大事には至らなかったが…。
 それでも、こうして自分達がどこの誰か知った上で話しかけてきた大人を、易々と信じる事は出来ない。
 だが、子供達の警戒した表情に、ローグは焦ってゴソゴソと持っていたショルダーバッグから何かを取り出した。
「あ、ごめんごめん。キミ達の事はこれで知ったんだ」
「「…あ……」」
 差し出されたのは、WROの広報誌。
 一ヶ月ほど前に刊行されたその広報誌には、クラウドとティファ、そしてその他のジェノバ戦役の英雄達が顔写真入りで掲載されていた。
 そして、そのクラウドとティファの欄にはデンゼルとマリンの事も書いてあった。

 ― 『子供達とは血の繋がりはありませんが、魂で強く結ばれてます』 ―
 ― 『自慢の子供達です』 ―

 クラウドとティファの手にはデンゼルとマリン、そしてクラウドとティファの家族写真がそれぞれ握られていて、小さすぎてよく見えないのだが、それでもデンゼルとマリンだと『知人が見れば』判別出来るだろう…。
 だが…。
 この目の前に突如現れた青年は、一度も店に来た事がないし対面するのはこれが初めてのはずだ。
 それなのにこんなにも小さな写真でデンゼルとマリンを判別したというのは不自然すぎるのではないだろうか…?

 デンゼルとマリンの心が小さく警鐘を鳴らす。
 だが、ローグの困ったように笑う仕草に、二人の胸に罪悪感が込上げてきた。

 自分達だって、悪気は無いのに警戒されたり不審がられたら悲しいではないか…。

 優しい子供達がローグに対して警戒心を失くすのに、時間はかからなかった…。


「へぇ……買い物に…。エライねぇ」
「そんなことないよ」
「そうだよ。ティファなんか店しながら俺達のことまで面倒見てくれてるんだ、これくらい当たり前!」
 マリンとデンゼルを両脇に、ローグは両手一杯に買い物袋を持ち、器用に傘を脇に挟んで首で支えながら歩いていた。
 子供達は大人用の傘を二人で一本使っている。

 夕立のせいで足止めを喰らっていることを知ったローグが、大人用の傘を一本急いで調達してきてくれたのだ。
 そして、そればかりでなく荷物持ちまで申し出てくれた。
 当然、デンゼルとマリンは焦って遠慮したが…、

「実はさ……。ティファさんにちょっとお願いもあるし……」

 言いにくそうに言葉を濁し、途方に暮れたような…自分達に縋るような眼差しを向ける青年に、子供達はとうとう首を縦に振ったのだ。

「いや、エライよ。それに比べて…僕は……」
 子供達を褒めながらも、どこか物悲しい顔をする青年に、デンゼルとマリンは顔を見合わせた。
 何か事情があることは、何となく分かる。
 それも、あまり人に軽々しく言える話ではないことも…。

 デンゼルとマリンは、そっと目配せするとローグが抱えているであろう『事情』に立ち入らないよう、全く関係のない話をしてその場を和ませるのだった…。

 …本当に出来た子供達だ…。


 やがて、三人はセブンスヘブンに到着した。
 店の玄関をデンゼルが開けようとしたまさにその時、勢い良くドアが開いて、三本の傘を持ったティファが駆け出した。
 危うくドアで顔面を強打しそうになったデンゼルは、目を丸くして急停止したティファと真正面から向かい合った。

 ドッとイヤな汗が身体中から噴き出す。

「あ、あ、危ないじゃないか!!」
「デンゼル!?マリンも…ごめんね、雨が降ってるのに迎えに行くのが遅くなっちゃって」
 ダラダラと顔から汗を流す息子の目線に合わせてしゃがみ込み、ティファがそっと息子の額に手を伸ばす。
 どうやら、無傷な様子にホッとして強張った顔を緩めた。
「ごめんね、デンゼル。雨が降ってるのに二人が傘を持って行ってないってこと、今やっと気付いたから慌てちゃって」
「…いや、まぁ…大丈夫だよ、びっくりしただけ…」
 心配そうに眉根を寄せて至近距離から見つめてくる茶色の温かな眼差しに、デンゼルは気まずそうに視線をそらせた。
 ティファが心底心配してくれてるのが良く分かるので、思わず大声を上げてしまった事が恥ずかしくなり、罪悪感が胸に込上げてくる。
 だが、目を逸らしたデンゼルをティファは『怒ってる』と解釈してしまったらしい。
 視線を逸らせた先に回りこみ、息子の顔を覗き込んで必死に謝る。
「本当にごめんね?」
「…良いってば…怒ってないからさ……」
「本当に…?」
「本当に!」
 シュンとしているティファに、ますます罪悪感が募る。
「それよりもティファ!」
「え?」
 デンゼルに気を取られてオロオロしているティファに、マリンが呆れたように大きな声を出した。
 びっくりして丸くなった茶色い瞳が娘に向けられる。
 必然的に、ティファはようやくマリンの後ろに立っている金髪の青年に気付いたのだった。

「えっと…あの…?」
 怪訝そうに向けられたティファの瞳に、ローグは一瞬惚けた様な顔を見せた。
 が、本当に一瞬。
 見間違いだったのか?と、子供達が思うほどの刹那の時間。
 ローグはデンゼルとマリンに見せた時のように、はにかむような笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。

「初めまして。ローグ・ラハと申します。ティファ・ロックハートさんとクラウド・ストライフさんにお願いがあって、デンゼル君とマリンちゃんについてきちゃいました」
「え…?」

 戸惑うティファに、デンゼルとマリンはとりあえずローグを店に入れるよう促した。
 まだ夕立は続いている。
 店先で傘を差しながら出来る話ではないだろう…。
 ティファは子供達に促され、流されるように店内に逆戻ると、とりあえず三人分のタオルを取りに居住区に消えて行った。

「ローグさん、とりあえず適当に座ってよ」

 果物の入った紙袋を受け取り、子供達はテキパキとした動作でカウンターに入ると、手際良く買って来たものを片付ける。
 どれをどこに置くのか…。
 完璧にそれらをマスターしている二人の動きには無駄がない。
 それを、カウンター越しに見ていたローグは、感心しきりに何度も「へぇ…」とか「はぁ…」とか唸ったり溜め息を吐いたりしていた。
 その大人気ない無邪気な表情に、いつしかデンゼルとマリンは青年をすっかり気に入っていたのだった…。



「それで、クラウドと私にお願い…というのは……?」
 清潔なタオルを三人分手に戻って来たティファは、とりあえず子供達には温かいホットミルク、ローグにはカフェオレを煎れた。
 それを美味しそうに啜り、一息ついた青年にティファは話の水を向けた。
 デンゼルとマリンは顔を見合わせると、ソロソロとカップを手にしたまま子供部屋に引っ込もうとする。
 大人の話しに子供が入ってはいけない。
 これまで培ってきたその精神が、何も言われない内に子供達を子供部屋へと向かわせたのだ。
 だが…。

「デンゼル君、マリンちゃんも良かったらここにいてくれないかな?」
「「え!?」」

 思いもかけないその申し出に、子供達は困惑して母親代わりを見た。
 ティファも目を丸くしている。
 だが、青年の心細そうな表情と、明らかに『戦闘』からはほど遠い生活をしていたであろう体つきから、子供達が同席する事を認めた。
 戸惑う子供達にニッコリと笑いかけて自分の隣をポンポンと叩いて見せる。
 デンゼルはおずおずと…。
 マリンは好奇心で目を輝かせながら…。
 それぞれティファの隣に腰を下ろした。
 二人用のソファーだが、小さな子供達と華奢な体つきのティファには十分の広さだ。
 三人仲良く座ったのを見て、ローグは目を細めた。

「良いですね…。血の繋がりがないのに…本当に素敵なご家族で…」

 青年の声音に、言いようのない悲しみが含まれているようで、ティファと子供達は言葉なく黙って青年を見つめる。
 ローグは暫し、手の中でカフェオレの入ったカップをゆっくりと弄んでいたが、やがて顔を上げるとポツポツ話し出した。

 内容はこうだった。

 彼には好きな女性がいた。
 しかし、彼女は人妻。
 一般的にはどう考えても認められないこの想い。
 だが、彼女も彼を想ってくれるようになったという。
 何故、人妻である彼女が彼の想いに応えてくれるようになったのか…。
 その経緯は詳しく語られなかったものの、彼女の夫が酒癖が悪く、しょっちゅう彼女に暴力を振るう暴君であった事が大きな原因であろう。
 青年は彼女を説得し、夫と離婚して自分と一緒になるようにと申し出た。
 彼女は……躊躇った。
 いくら暴君でも……それでも『神の前に誓った伴侶』なのだ。
 簡単に『暴力を振るう夫だから』と言って、離婚など出来ない。
 しかし、青年は諦めなかった。
 そうして、彼女はとうとう青年の想いに首を縦に振ってくれたのだという。
 だが、ここで問題が出てきた。
 青年の両親だ。
 青年の実家は、別段裕福でもなんでもない一般庶民。
 だが、だからと言って『世間体』を慮(おもんばか)らない親…というわけではない。
 両親は強く反対した。
 たった一人の息子であると言う事も大きな原因だったようだ。
 可愛い一人息子が、人妻と恋仲にあるとは!
 おまけに、まだ離婚も成立していないという。

 これは、青年の失態だった。
 功を焦った青年が、彼女と夫の離婚がまだ成立していないというのに、彼女の事を話してしまったのだ。
 両親は怒った。
 怒りは息子を通り越して彼女に向けられた。

 ― 人妻の分際で息子をたぶらかせた悪女 ―

 そう言って、彼女の元へ押しかけ、彼女の夫の目の前で青年と別れるように強要し、結果、彼女の夫に青年との仲が暴露されてしまったのだ。
 夫は……激怒した。
 これまで、自分が彼女にしてきた一切の暴力を棚に挙げ、ただひたすら彼女を責めた。
 そして…。

 彼女は『夫から』離婚を言い渡された。

 彼女は……居た堪れなくなって生家に戻ってしまった。
 夫と暮らした思い出のある街からも、短慮であった青年からも逃げるように……。

 青年は…絶望した。
 そして、全てを捨てた。
 実家も…両親も…職も…何もかも。
 死のうとさえ思ったのだという。

 だが、そんな時にWROの広報誌を見たのだ。

 あの絶望的なジェノバ戦役を勝利に導いた……英雄達。
 その英雄達が住んでいるというエッジに、気が付いたら流れ着いていたらしい。


「それで…、ティファさんとクラウドさんに接する事でもしかしたら……僕の中で何かが変われるんじゃないか…って……そう思って……」

 ポツリポツリと語るその口調に、嘘は混じっていない。
 そう三人は感じた。
 その結果…。


「お願いです、こちらで暫く雇って頂けませんか?」


 青年の申し出に一も二もなく引き受けたのだった…。


 そうして。
 セブンスヘブンの新しい定員が誕生した…。



 あとがき。

 お待たせしました。
 10万HITリクです〜♪
 何篇ものになるのか…不明(汗)。
 ではでは、のんびりとお付き合い下さいませ♪