かくして…。
 ローグ・ラハはセブンスヘブンで働くこととなった。
 家出の身ではある彼だったが、流石にセブンスヘブンに住み込むことは出来ない。
 そこまで子供達とティファは気を許したわけではなかった。
 そして、彼自身も厚かましい人間ではなかった。
 ティファの常連客であるアパートメントの大家が、青年に格安で部屋を用意してくれた。(ティファが掛け合ったら即答でOKを出したことは言うまでもない…)。

 青年はニッコリと笑ってセブンスヘブンの女主人とアパートメントの大家に礼を言った…。



絆 2




 クラウドはイライラとしながらティファの手料理を機械的に口に放り込んだ。
 いつもならじっくりと味わう彼女のその手料理が、異常なまでに味気ない。
 何を食べているのかも全く分からない。
 自分が飲み込んだものが、果たして野菜だったのか…肉だったのか…はたまた魚だったのか……。
 それほどまでに、クラウドの胸中は荒れまくっていた。

 新入りの店員はすっかり常連客達(主に女性)に馴染み、笑顔を振りまいている。
 子供達も…そしてティファも。
 ローグに対して完全に…とまではいかなくとも、かなり心を許していた。


「ほら、そっちじゃなくてこっちがスクリュードライバーだよ。それはただのオレンジジュース」
「あ、それはこちらのお客様のだよ。こっちがこちらのお客様のお料理」

 子供達は、どこか抜けている青年に甲斐甲斐しく指導した。
 これまで自分達が他の人に仕事を教えることなどなかったので、楽しくて仕方ないらしい…。
 張り切ってローグに色々と仕事を教える子供達に、青年も実に良く応えていた。
 子供相手だからといって、適当な返事をしたり、ましてや鬱陶しそうになどしない。
 ちゃんと『職場の先輩』として子供達を立てている。
 その姿が、常連客とティファには高評価だった。
 温かな眼差しで青年を見つめるティファの瞳に、クラウドの苛立ちはピークをとっくに過ぎていた。
 だが、だからと言って誰かに愚痴をこぼしたり子供達やティファ、ましてやローグに怒りをぶつけることなど出来るはずもなく、ただただ自分の中の感情を完全にもてあましていた。

 クラウド自身、この苛立ちがどこからきているのか、はっきりと分かっていなかったのだ…。

『なんか……面白くない』

 ローグが来てからというもの、漠然と『何かが面白くない』と感じているだけ…。
 一体青年の何が気に入らないのか分からないのだ。
 青年がクラウドに対してぶっきらぼうに接したわけではなかったのだから…。
 いや、むしろその逆である。

 初めてクラウドに会った時…。


 ―『初めまして、クラウドさん!僕、あなたの事をWROの広報誌で見て…すごく感動したんです!あなたとティファさんの記事を見て、頑張ろう…って…そう思ったんです! ―


 目を輝かせて強く手を握ってきた青年に、クラウドはむしろ感動すらした。
 ここまで『自分という存在』を認めてくれた『初対面』の人間は初めてだった。
 人付き合いが苦手なクラウドは、真っ直ぐに見つめてくるローグに対してほんのりと憧れの念すら抱いた。
 彼の純粋な思いと、その思いを素直に身体全体で……表情で……相手に伝える事の出来る青年が羨ましく感じた。

 自分にはない魅力を持っている……ローグ。
 彼は、クラウドに『感動した』と伝えてくれた。
 その言葉に『感動した』のは…他でもないクラウド自身。
 そして、クラウドはと言うと…。


 ― あれは……俺だけの力じゃないから… ―


 照れ臭さが勝ってしまい、尚も手を強く握ってくる青年を振り払うようにして早々に自室に逃げ込んでしまった。

 背後からティファと子供達が、

『大丈夫だよ、クラウドは照れてるだけだから』
『そうそう!クラウドは照れ屋なんだ!』
『気にしないで?本当にごめんなさいね』

 ローグに一生懸命そう言っているのが聞えてきて、青年を傷つけてしまった事を知った……。
 それまでの高揚した気分が、一気に落ち込んだのだった…。
 口下手で人付き合いの下手な自分に嫌気が差す。

 クラウドがこぼした溜め息は、ティファにも子供達にも気づかれることはなかった…。



 それから今日で二週間。

 最初こそ間違いも多く、動きもぎこちなかったローグも、失敗の数は減り、働く姿が中々『さま』になってきている。
 ローグという存在がセブンスヘブンに確実に定着してきていた。
 青年のはにかんだ笑顔が、客達に好印象だった。
 そうして、彼はセブンスヘブンに浸透していった。
 それに伴い、彼がセブンスヘブンでその居場所を確かなものにすればするほど、クラウドの居心地が悪くなっていった。

 数日前。
 クラウドは早めに配達の仕事を終えて帰宅することが出来た。
 いつもなら、早めに帰宅出来たら店を手伝うのだが…。

『あ、クラウドは手伝わなくていいよ!』
『そうそう。ローグがいるから大丈夫だもん。ゆっくりしててよ』

 子供達はそう言って、クラウドの手からエプロンを取り上げてしまった。
 呆然とするクラウドに、
『そうよ、クラウド。たまに早く帰って来れたんだもの、ゆっくりしてて』
『いや、だけど…』
『大丈夫よ。マリンも言ったけど、ローグがいるから仕事も随分ラクになったの。だから、クラウドはいつもの席でのんびりしてて?』
 ティファまでもがそう言ってクラウドをカウンターの端に追いやってしまった。

 勿論、ティファと子供達はクラウドの身体を思ってそう言ったのであって、決してないがしろにしているわけではない。
 だが、当のクラウドにはそう思えなかった。

 三人にそう言われた瞬間、それまで感じていた『違和感』が急に確かなものとしてクラウドに襲い掛かった。


 ― 役立たず ―
 ― 価値のない存在 ―
 ― いてもいなくてもどうでもいい人間 ―


『家族』にそう言われているようだった…。
 配達の仕事が忙しくて中々家族サービスが出来ない『穴』を、いつの間にか『他人』が埋めている…。
 そう感じたクラウドは、居た堪れなくて仕方なかった。
 おまけに三人とも、彼の事をいつの間にか『ローグ』と呼び捨てにしているではないか。
 その事実もまた、クラウドを追い詰めた。
 だがしかし…。

 持って生まれた『無愛想』『口下手』『無表情』という三拍子が邪魔をして、とうとう『自分の感情』を上手く伝えることが出来ず、

『なら、俺は部屋にいる』

 そう言い捨てて自室に篭ってしまったのだった…。

 後でティファが様子を見に来たが、クラウドは寝たふりをしてティファの心配そうな呼びかけを無視した。
 それがますますクラウドを孤独に追いやる結果となってしまったのだが……仕方ないではないか…。
 クラウドは……己を表す事が苦手なのだから…。
 そして、そんな彼を『家族』は誰よりも分かっていたはずなのに、何故、クラウドが不機嫌なのか、子供達は戸惑うばかりで理解する事が出来なかった。
 ティファですらクラウドの心が不機嫌な上に不安で一杯になっているのは分かったものの、その原因が分からないままだった…。


 ― 自分達が気に入った人間はクラウドも心を許す ―


 無意識の内に出来ていたその『暗黙のルール』のようなものが、三人の目を曇らせていた。
 事実、これまではそうだった。
 自分達が気に入る人達は、クラウドも大概心を許してきた。
 逆に、クラウドが気に入らない人達は、自分達も好きにはなれなかったのだ。

 自分達『家族』は、『同じ感性』を持っている。

 そう思ったとしても…仕方ないだろう。
 それほどまでに、『相性』というものが四人とも似通っていたのだから。
 だから、クラウドが不機嫌且つ不安で一杯になっている原因が、新しい『店員』とは露ほども思わなかった。
 子供達は首を捻った。
 クラウドはまともにローグを見ようとしない。
 対するローグは、いつもニコニコと笑顔でクラウドに話しかける。
 仕事で疲れているせいなのか…とも考えたが、自分達にはどんなに疲れていたとしても目を逸らしたり…ましてや避けたりはしない。
 それなのに、クラウドはローグを避けている。

 自分達は気に入っているのに…どうしてクラウドはローグを嫌ってるんだろう……?

 デンゼルとマリンの小さな胸に最近、不安と僅かな不満が顔を覗かせ始めていた…。
 そして、それはティファにもしっかりと伝わってきていた。

 どうも…何かが違う。
 この拭いようのない『違和感』はなんだろう…?
 青年が店を手伝ってくれるようになって二週間。
 確実に『違和感』が大きくなっている。
 青年がこれまで自分達『家族』になにか害がある事をしたわけではない。
 むしろ、彼が働いてくれるようになってからというもの、ティファにセクハラ発言をしてくる愚か者はなりを潜めてしまった。
 その事をクラウドに報告した時、何故か彼は『そうか…。良かったな…』と口にはしたものの、その表情は冴えなかった。

『私が助かってる…って言ったのに、どうしてそんなにイヤそうな顔をするの?』

 クラウドのその時の表情にムッとしたティファは、その日はとうとうローグの事を口にしなかった。
 もっとも、その話をしたのが就寝前…ということもあったので、早々に二人は眠ってしまったのであるが…。

 しかし…。

 カウンターの中で、ティファは考える。
 思い返せば、クルクルと良く働く子供達に倣って良く動いてくれる彼のお蔭で、仕事が格段にラクになった。
 それと引き換えにクラウドが距離を置いているように感じられる。

『なんで…?』

 ティファには分からなかった。
 ローグが自分や子供達に取り入ろうとして殊更いい所を見せようとしているなら、クラウドが不機嫌になる理由も分かる。
 しかし、青年は決してそんな素振りを見せていない。
 いつもティファと子供達をたて、クラウドにも好意的だ。

 ― 『クラウドさんは本当に凄いですね!僕、憧れます!』 ―
 ― 『僕もクラウドさんみたいに強い男だったら…彼女を守れたのかもしれない…』 ―
 ― 『クラウドさんに今度、戦い方を教えてもらいたいですけど…お忙しそうですし…』 ―

 純粋にクラウドを慕っている…。
 そう感じられるのだが、クラウド本人にその気持ちが伝わっていないことだけは分かった。
 ティファにはそれが不満だった。

 クラウド自身に純粋な好意を示してくれる青年に対し、なぜ誠心誠意、向き合ってくれないのか…?
 おまけに、その相手は子供達も自分も気に入っている人なのに…。
 ローグがクラウドに何をしたと言うのだろう…?
 もしかして、自分や子供達が気付かない間になにか良からぬ事をクラウドに言ったりしてるのだろうか?
 いや、そんな素振りは微塵も感じられない。
 それに、よしんばそうだとしても、もしもそれが事実ならクラウド自身がローグに何かしらの制裁を加えるなり、自分や子供達に警戒するよう言ってくるはずだ。

 ティファは堂々巡りの袋小路にはまり込んでいた。
 そして、ここ数日のクラウドの様子を思い返す…。

 いつも、疲れた顔をして帰宅するクラウドだったが、それでもローグが来る前は…自分と子供達に心配されまいとして、無表情にやり過ごそうとしてくれていたのに…。(勿論、そんなクラウドの『お芝居』はすぐに見破ってきたわけだが。)
 だが、最近は全く『お芝居』をすることがない。
 子供達が「「おかえり!!」」と言っても、「ああ…ただいま」と一言残すだけで、さっさと二階に上がってしまう。

 店内に取り残された子供達の不安そうな…悲しそうな顔を見るたび、ティファの胸がざわざわと波立つ。
 そして…。

「大丈夫だよ。ほら、今日は雨が降ってたからシャワー浴びに行っただけですぐに戻ってくるさ」

 子供達を慰めるのは…新米の店員。
 ローグの優しい声音と微笑みに、子供達とティファの心は少しずつ…少しずつ……。
 近くなっていくのだった…。





「それにしてもよぉ!」
「ギャッハッハ!なんじゃそりゃ!」
「でさ〜!」
「うえぇっ!!ありえねぇだろ!!」

 賑やかなセブンスヘブンの一角で、一際耳障りな笑い声が起こった。
 かなり酔っているらしい人相の悪い中年の男達が、大きな口を開けて馬鹿笑いしている。
 周りの客達が顔を顰めたり、そっと距離を置こうと椅子の上で身を捩らせる。
 いつもなら、クラウドが店にいると、こういった類の客達は現れない。
 無論、ティファの事を過小評価してるのではないだろうが、それはやはり『男』と『女』の違いからくる無意識の行動…と言うか、結果と言うか…。
 とにかく、今夜のように配達の仕事が早く終って帰宅したクラウドが店にいると、大声で笑ったり、下品な言葉を口にする中年の客は存在しない。
 もっとも…。
 クラウドが家出から戻って来た直後はそうではなかったが…。(ティファのファン達の攻撃が凄まじかった…)

 クラウドのささくれ立った神経に障る。
 ティファと子供達がそっと目配せをしてどうするべきか目で会話をしているのが見える。
 その様子を見ていたクラウドの胸に、小さな小さな期待が湧きあがった。

 もしかしたら…。
 迷惑な客達をなんとかして欲しい…と、声をかけてくるのではないか?

 クラウドのその期待は、純粋に『家族』に必要とされたい心理からだ。
 その『心理』に本人は全く気付いていないところが、クラウドらしい…。

 小さな期待を抱いたクラウドだったが、結局三人の目が向けられることはなかった。
 ティファが子供達に下がっているよう目で合図をし、カウンターから出てくる。
 マリンを先にカウンターの方へ促しつつ、デンゼルがさり気なく少女を庇う。

 クラウドは僅かに失望しながら、それでもティファと子供達を見守っていた。
 いざとなったら駆けつけることが出来るように、スツールの上で体重を移動させる。
 クラウドの傍に座っていた常連客の一人が、
「旦那…」
 そっと小声で声をかけてきた。
 ティファの代わりに行かなくていいのか?
 そう彼が言外に問いかけている。
 クラウドは眉を顰めながらも、座ったままの状態を崩さなかった。
 ムッツリと黙り込み、不機嫌の極限にあるクラウドの様子に、その常連客が小さく溜め息をこぼす。

『まったく……。セブンスヘブンの人間はどうしてこうも不器用なんだかなぁ…』

 心中でそうぼやいた彼の呟きが聞えるわけもなく、クラウドは迷惑な客達に向かうティファから目を離さなかった。



「お客様」

 凛とした声が騒がしい店内でもはっきりと聞える。
 声をかけられたテーブルの客達が、酒で赤くなった顔を上げた。

 下卑た笑い、いやらしい目つき、ガラの悪い雰囲気。
 中年の客達のその態度に、クラウドの眉間に深いシワが寄る。
 周りで見守っていた他の客達も、そっと息を飲んだ。

「あん?なんだい、ティファちゃん」
「俺達に酌でもしてくれるのか〜?」
「いいねぇ!やっとその気になってくれたんだ〜!まったく、他の店の女ならとっくに酌の一つや二つ、してくれてるのによぉ!」

 酒に酔って呂律の回らない舌でヘラヘラと笑う。
 ティファがサッと身を引いた。
 途端、ティファの腕を掴もうとした赤ら顔の男がバランスを崩して椅子から落ちる。

「おい!!」
「なにしやがんだ!!」

 他の二人が荒々しく立ち上がって怒鳴り声を上げる。

「他のお客様のご迷惑です。お引取り下さい」

 どこまでも冷静な声でそう言い渡す女店主に、中年の男達が怒りをたぎらせた。
 ティファが『ジェノバ戦役の英雄』だと忘れたわけではないはずなのに、目の前に立っている女性はどう見ても華奢な身体つきをしていて…。
 とてもじゃないが、腕っ節が強い人間には見えない。

 酒が入っていた事と、これまで何度言い寄ってもすげなくあしらわれていた事の怒りが一気に沸点に達したらしい。
 勢い良くティファに殴りかかろうと腰を落とし……。
 ティファが全身を『戦闘モード』に切り替えた。
 クラウドが音もなくスツールから立ち上がったその時。


 バッシャーーン!!

「「「うわっっちいいいい!!」」」

 男達が叫び声を上げながら、そこらじゅうを飛び跳ねる。
 必死になって頭やら腕やら胸やら…。
『かかった部分』を手で叩いたり……おしぼりで拭いたり…。

 ティファと子供達、そして店内の客達とクラウドが『そっち』へ顔を向けると…。
 そこには…。

 鍋を手に肩で息をしている新米店員の姿。
 ある程度まで沸いたお湯を、迷惑な男達に情け容赦なくぶっ掛けたのだ。
 そのあまりにも大胆すぎる行動に、被害者以外の全員がポカンとする。
 その間に、被害者達はお湯のショックから立ち直った。
 怒りの矛先がティファから新米店員に向けられる。

「「「てめぇ!!」」」

 まさにローグに飛びかかろうとした男達は、今度こそティファの回し蹴りの元、店の外に蹴り飛ばされた。



「いやぁ、ほんっとうに兄ちゃんやるじゃねぇか!!」
「おうよ!」
「見てて胸がスッとしちゃった〜!」
「ああ、本当に良くやったぜ!」

 その後。
 セブンスヘブンでローグは一躍ヒーロー扱いだった。
 常連客達が上機嫌で青年に話しかけ、酒をおごろうとする。
 その度に、ローグは、
「いえ、夢中でしたから良く分からなくて」
「あ、仕事中ですからお気持ちだけ…」
「あはは。ありがとうございます」
 と、心くすぐる笑顔を浮かべながら丁寧に応対した。
 子供達もローグに満面の笑みを向け、ティファも「ありがとう!」と笑顔で礼を言ったのは極自然の成り行きだ。

 そんな一種のお祭り騒ぎの中。
 ただ一人…クラウドだけはその賑わいに溶け込む事が出来なかった…。


 どうしようもない疎外感…。
 本当なら、ローグが果たした『役目』は自分がするはずだったのに…。
 そう思わずにはいられない。
 そして、それと同時に何故、自分は意地になって子供達やティファから声をかけられるのを待っていたのだろう…と思う。
 自分から進み出れば良かったのだ。
 それなのに、『頼られることを待って』しまった。
 その結果が……これだ。

『なんで…こうなった…?』

 カウンターに肩肘をついて鬱々としているクラウドを、数名の客達がもの言いたげにチラチラと盗み見る。
 そして更にその姿をマリンが心配そうに見つめていた。

 浮かれ騒ぐ店内で、明らかについて来れていないクラウドが心配で仕方ない。
 そうでなくとも、最近はどこかぎこちないのだから…。
 マリンがそっとクラウドに近寄ろうとした時、

 チリンチリン…。

 新しい客が来店したのだった…。