朝食前に届いたメール。
 その指示に従って、クラウドはエッジの街外れの小洒落たレストランに着いた時、相手にメールを送信した。
 すぐに返信が届く。

 ― そのまま裏手に。
   気配を消して絶対にバレないように ―

『今更そんな事言われても……フェンリルでここまで来たからエンジン音でバレてるんじゃないのか……?』
 一抹の不安を覚えながら、とりあえず店の窓から見えない位置にフェンリルを移動させ、コソコソッと裏手に回った。



絆 10




 カチャ…。

 クラウドがレストランの裏口に着いた時、タイミングを図ったかのようにドアが開いた。
 そっと顔を出したのは……。

「よ、いらっしゃい」
「…リト…」

 WROの任務に就いているはずのグリート・ノーブルだった。
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、「シーッ」と指を立てて口元に当てる。
 そうして、小声で「こちらへ」とクラウドを店内に促すと、そおっとドアを閉めた。

 中は外見同様、とても洒落た造りになっていた。
 天井は高く、煌びやかなシャンデリアが店内を明るく照らしている。
 天井の梁も太く大きく、一本一本に手彫りらしい模様が刻まれていた。
 窓が大きく、自然光をふんだんに取り入れている。
 店内のテーブル一つ一つに置かれている白い陶器の花瓶には、色とりどりの花が生けられており、瑞々しい輝きを放っていた。
 テーブルクロスも……それがかかっているテーブルも……。
 そして、そのテーブルを囲んでいる椅子もどれもが一級品である事が分かる。
 どう考えても……一般庶民には縁遠い店だ。

 クラウドは裏口から入って、厨房と店内の間に設けられている広々としたデッドスペースから店内を覗き込み、思わず感嘆の溜め息を吐いた。
 まさか、復興途中にあるこの星で、こんなにも豪華な内装のレストランがあるとは……。
 いや、勿論あるとは思っていたが、自分がそんな店に足を踏み入れることになるとは思いもしなかった。

『いや……よくよく考えたら、ライの実家にもお呼ばれしてるしなぁ…。…意外と金持ちが来るようなところに行ってるもんなんだな……』

 妙な所で感心すると、クラウドは何かを待っているらしいグリートのワクワクした横顔へ視線を移した。

「なにがあるんだ?」
「まぁまぁ、すぐに分かりますよ」

 小声でやり取りする二人の目の前には大きな籐作りの衝立(ついたて)があった。
 後で聞いたところによると、この衝立は客からは向こうが見えないらしい。
 逆に、ボーイやウェイトレスからは良く見える編み細工になっているそうだ。
 客達の皿が空に近付くと、次の料理を準備し、タイミング良く料理を運ぶための工夫らしい。
 店員がジーッと見ているのが分かると、客達は不快になる。
 それを防止する為の物だと言う事だった。

 ジッと身動きしないグリートは、それでも目だけは店内をくまなく行きめぐらせていた。
 小さな異変でも見逃さない。
 そんな気迫すら感じる。
 しかも、それを楽しんでいるようなのだから、この青年が一体何を考えているのか未だにクラウドは良く分からない。
 とにかく、グリートに言われたようにジッと気配を殺して衝立に身を潜めること数十分。

 その間、店内には四人の客が大きなテーブルを独占している以外、他に客はなかった。
 壮年らしい頭の薄い小柄なくせにでっぷりとした男性、その隣には昔はそこそこ美人であったと思われる中年の派手な化粧の女性、その二人の向かい側には細めの眼鏡をかけた神経質そうでひょろっとした青年と、ずんぐりした体格の青年が腰をかけて陰鬱な顔をしていた。
 一目で、その四人が金持ちで且つ親子なのだと分かる。

 衝立に隠れて中を窺っているクラウドとグリートに、ボーイとウェイトレスは咎めるどころか、奇異な視線すら向けてこない。
 むしろ、どこか協力的な雰囲気さえ漂わせていた。
 恐らく、クラウドがここに来る前にグリートが何かしたのだろう…。

『ノーブル家の子息だもんなぁ…』

 改めて、目の前の青年が大財閥の子息なのだと感じつつ、
『本当に『ノーブル家』といい、『バルト家』といい…。どっか庶民的でホッとするな』
 などと考えていると…。

「…来ました」

 グリートが小さく告げた。
 視線を入り口に転じる。
 横柄な態度で入って来たのは…。


「!?」


 衝立の前をゆっくりと歩く姿に目を見開く。
 思わず声を上げそうになって、グリートに口を押さえられた。
「シーッ!クラウドさん、まだダメですよ」
「ン〜…!?…ン、ンンー!!」
「驚くのは分かってます。だからこうやって隠れてるんじゃないですか!いいですか?声出したら駄目ですよ!?」(← 全部小声)

 慌てふためき、早口のグリートに、クラウドはコクコクと頷いて見せた。
 ソロソロと手を離し、青年は「はぁ……全部水の泡になるとこだった……」と全身で溜め息を吐いた。
 そんな二人を、デッドスペースで待機していたウェイトレスとボーイがクスクスと笑う。


「で、一体なに?」


 突然聞えてきた耳慣れたその声に、クラウドはガバッと顔を戻した。

「『一体なに?』じゃないだろう!?」
 イライラと小太りの男が応える。
 だがしかし、言われた当の本人は不遜な態度を崩さない。
「言われてる意味がわかんないね」
 心底バカにしたその言い草に、四人が怒りをたぎらせた。



「ローグ!!」



 甲高い女性の声に、ローグは顔を歪めて耳を塞いだ。
「ったく…そんな大きな声出すなんて下品ですよ、お母様」

『お母様!?』

「下品なのは兄様の今してることじゃないんですか?」
 眼鏡をかけたひょろっとした体躯の青年が顔を歪める。

『兄様!?』

「全く……。久しぶりに顔を合わせたと思ったらこれだ…」
「ローグ!父様と母様になんて失礼な態度を…!!」
 ずんぐりした体格の青年が居丈高に怒鳴る。
 ローグは酷薄な笑みを浮かべると、
「さて…一体何の事か僕にはさっぱりですよ、お兄様」
 嫌味たっぷりに応酬した。

『お兄様!?!?』

 あまりのことにクラウドは呆然とした。

 これは……なんだ…?
 アレか?
 一種の『ドッキリ』というやつか!?
 なんで……なんでローグが……?
 っていうか、あの四人はローグの家族……なんだよな……???
 なんて言うか……。

「すっごく失礼になるけど、物凄く似てない家族だよなぁ…」
 クラウドの心を読んだかのようなグリートの呟きに、クラウドは思わず力一杯頷いた。

「とにかく!!お前は今すぐ戻って来い!これ以上お前の好き勝手にさせるわけにはいかん!!」
 小太りの男……つまり、ローグの父親が顔を赤くして怒鳴り声を上げた。
 しかし、ローグは全くどこ吹く風…と言わんばかりの態度を崩さない。
「なに今更言ってるんですか?俺になびかない女性がいるわけないから、『ジェノバ戦役の英雄』を『ラハ家』に迎えるように…って言ったのはお父様とお母様でしょうに…」
 嘲るようなその口調に、ローグの両親がグッと言葉に詰まる。
 逆に、衝立の奥でその話を聞いていたクラウドは、茫然自失状態から一気に現実の世界に引き戻された。


 いま…何と言った!?
『ジェノバ戦役の英雄』を『ラハ家』に迎える…って……。
 誰を……?

 ティファを!?!?

 カッとなって思わず衝立から飛び出しそうになる。
 それを、グリートが片手で腕を掴み、もう片方の手でクラウドの口を押さえる。
「クラウドさん、腹立つのは分かりますけど、ティファさんとデンゼル、マリンの為に我慢して下さい」
「ム〜!!」
 口を押さえられてもくぐもった大きな声が上がる。
 ラハ家の人間が衝立に顔を向けた。
 グリートの全身からドッと冷や汗が流れる。
 しかし…。

「お待たせしました。本日のシェフのオススメでございます」

 実にタイミング良くウェイトレスが食事をワゴンに乗せて衝立から姿を現した。
 ラハ家の人間が、運ばれた料理に意識を移し、衝立の向こうから聞えたくぐもった声に興味を失う。
 グリートはホゥッ…と全身で安堵の為息を吐き出すと、未だに身を捩って怒りに身を任せているクラウドに、
「ここでクラウドさんが出て行ったら、話は確実にティファさん達の耳に届きます。お願いですから我慢して下さい」
 小声ながらもハッキリと言った。

 ピタリ。

 怒り狂っていたクラウドが大人しくなる。
 ノーブル家の子息は、今度こそ安心してクラウドの拘束を解いた。
 そして、怒りを堪えて衝立の向こうを睨みつけているクラウドの脇を突くと、そっと裏口を指差した。

 立ち去りがたい気持ちが強いクラウドだったが、尚も腕を引っ張るグリートに連れられて半ば強引に外へ出た。
 そのクラウドの背後から、

「大丈夫ですよ。彼女は生粋のお人好しで、俺の事を全く疑ってないですからね。あともう一押し…ってところです」

 ローグの信じがたい台詞が耳に突き刺さったのだった。



「なんなんだ、あれは!?」

 裏口から黙々と暫く歩き、レストランの裏手にある林の中程まで来てクラウドは怒りの声を上げた。
 たった今、目にし、耳にしたことが信じられない。
 勿論、ローグという青年は好きではなかった。
 だが、ここまで『最低の人間』だとは思いもしなかったのだ。
 グリートは怒りながらも混乱しているクラウドを気の毒そうに見た。

「あれが『ローグ・ラハ』の正体ですよ。実物に会ったのは、セブンスヘブンが初めてでしたけどね」

 グリートが言うにはこうだ。

『ローグ・ラハ』
 社交界において彼の存在はある意味『有名』だった。
 さほど大きな力を持っているわけではない、所謂(いわゆる)中間よりも若干劣るその財閥の次男。
 彼は『ラハ家』の中では異例の『美男子』だった。
 彼の父親は、『ラハ家』の血を色濃く引き継いだ『ずんぐりした体型』で、彼の母親は美しいという部類に足がかかるかどうか…という『平凡よりもマシ』な程度のやや美人で、これと言って取り得はなかったらしい。
 そして、その両親から生まれた三人の子供達は、三人とも男。
 長男と三男は……幸か不幸か両親の血をしっかりと引き継いだ。
 だが…。
 どうしたことか、次男だけは両親の最も良いところだけを引き継いで生まれてきたのだ。


 あの『ラハ家』にあんな美男子が!!


 財界では…ちょっとした話題になったらしい。
 そして、その話題の効果かは不明であるが、とにかくローグの周りには女性が尽きなかった。
 しかも、ローグは生まれながらの『役者』だった。
 社交界とか財界という世界は、一般の人達が考える以上に『騙すか騙されるか』という世界だ。
 その中で、いかに相手を自分の思うように操るか…。
 それが生き残るためには必要不可欠な手段である。
 その社交界や財界で生き残り…のし上がる為の『役者』としての技を彼は持っていた。
 恐らく、ローグの上を行く『役者』は、財界、社交界広しと言えど、そうはいないだろう。

「なにしろ、ローグは『役になりきる』んじゃなくて『役そのものになってしまう』んですよ」
「……『役になりきる』と『そのものになる』とどう違うんだ?」

 グリートの説明を聞いているうちに落ち着いてきたクラウドは、未だに怒りは燻っているもののその言葉の微妙なニュアンスに疑問を持つほど余裕を取り戻していた。
 グリートは一本の木に背を預けると空を仰ぐ。
 木々の間から陽光が差し込んで、青年を包んでいるそのさまは、ローグなどとは比べ物にならないほど魅力的だ……そうクラウドは密かに思った…。

「『役になりきる』ってことは、どこかで『素の自分』を隠してるんですよね。その『素の自分』を殺して『役を演じる』わけです。でも…」
 顔をクラウドに戻して少し微笑んだ。

「『役そのものになる』って言うのは、『素の自分』をすっぱり『消してしまう』ことです。セブンスヘブンにやって来た『ローグ・ラハ』は、『愛してる人を失ってしまった傷心の青年そのもの』です。自分自身に無意識に暗示をかける…というか……あたかも『それ』が『本当の自分になってる』んですよ。『そうであるべく役を演じる』んじゃなくて『それが本当の自分』なんです。だから、セブンスヘブンでティファさんや子供達、そしてクラウドさんが見た『ローグ』は『傷心の青年そのもの』なんですよ。『演技をしているわけじゃない』んです」

「……なんだか…良く分からないが……」

 グリートの説明にクラウドは少々混乱した。
 彼の説明だと、普段ティファや子供達が接していた『ローグ』は『傷心の青年』そのもので、『金持ちの子息』ではないのだという。
 しかしたった今、レストランで目にした青年は……『金持ちの子息』だった。

「……なんだか『多重人格者』みたいな気がしてきた……」

 深く息を吐き出してそう言ったクラウドに、グリートがパッと顔を輝かせた。

「そう!まさにそれ!!」
 ビシッと人差し指を立ててクラウドを見る。
「ローグは『記憶をちゃんと保持した二重人格者』なんだよな!ほら、普通の『多重人格者』って、他の人格が出てる時の間って記憶がないじゃん?ローグの場合は『ちゃんと記憶がある多重人格者』なんだよ」
 クラウドさんって冴えてる〜!!

 グリートに満面の笑みを向けられてクラウドは「そ、そうか…?」と呟くように言うと、照れ臭いのか顔を逸らした。
 しかし、これで納得がいった。
 精神的にも落ち着いてきたローグが、何故『失ってしまった愛しい人』のことを口にしないのか…。
 架空の人物なのだから、口にするはずがない。

「まぁ、それは置いといて…。これからどうするか…だけど…」

 グリートの言わんとしている事に、クラウドは心底困った顔をした。

 ローグの正体をティファ達にばらし、セブンスヘブンから解雇するのは簡単だ。
 だが、彼の正体を知ったとき、三人は必ず傷つくだろう。
 悲しむティファ達は見たくない。
 それに、正体をバラしても彼が『生粋の役者』なら、恐らく『その場を乗り切る』ことなど造作もないだろう。
 そうなると、クラウドはまたもや『窮地』に立たされる。
 そうなることで、ティファと子供達は心に傷を負うのだ。

「どっちに転んでも…ティファ達は傷つく……か……」

 思わず言葉にしたクラウドに、グリートは頭の後ろで手を組んだ。
「それでも、このままあの野郎をセブンスヘブン…っていうかティファさん達の傍に置いておくことは出来ないよなぁ…」
「……ああ…」

 考え込んだ二人に、爽やかな風がそっと吹きぬけた……。



「クラウド!?」

 おやつ時に帰ってきたクラウドに、ティファは仰天した。
 予定なら、本日中に帰れるかどうか怪しいものだったのに。
 そして、クラウドの神妙な面持ちにも…息を飲む。
 ただ単に仕事が早く終ったから帰ってきたわけではないようだ。

 クラウドはゆっくりとティファに近付くと、手近な椅子に座るよう促し、自身も腰掛けた。


「ティファ…。ホント、悪いと思うけど…ローグを解雇してもらいたい…。」


 ティファは……驚かなかった。
 昨夜の場面を目撃されたのだから…。
 勿論、ティファにはやましいことは一つもない。
 むしろ、あと少しクラウドの帰宅が遅かったら自分がローグを張り倒していた。
 しかし、仕事を放ったらかして帰宅したクラウドに、眉根が寄る。
 仕事を放ったらかしてまで言いに帰る事なのだろうか…。

 ティファの不快とも怪訝ともとれるその表情に、クラウドはほんの少しだけ焦りを浮かべた。

「ティファがローグを信用していることも、子供達が懐いていることも知っている。これは……俺のヤキモチだ…。勝手な言い分だと重々承知してるけど……でも……」

 言葉を切ってクラウドは大きく息を吸い込んだ。

「俺には……ローグが俺からティファを攫おうとしているように思えてならない。勿論、ローグには想っている人がいることも知ってる。でも……それでも、俺は……どうしてもローグという人間を信用出来ない」
 すまない……。


 最後は呟くように言って、深々と頭を下げた。
 ティファは目を丸くして驚いた。
 これ以上ないほど……驚いた。

 あの口下手で不器用で照れ屋なクラウドが!!!!
 心の中を曝け出しただけでなく頭を下げている。
 しかも理由が『クラウドから攫ってしまう気がする』という『嫉妬心』から…!!
 以前のクラウドなら、その持ち前のポーカーフェイスと自尊心でひた隠しにするだろう。
 それなのに…。

 ティファの胸は喜びで一杯になった。
 勿論、自分が信じている人間をとうとうクラウドが受け入れてくれなかったことは悲しい。
 しかし、昨夜の衝撃とも言える場面を目撃してもなお、ティファを言及するでもなく…ローグを口汚く罵るでもなく。
 ただただ『己の嫉妬心から』と言い切ったクラウドに……胸が一杯になる。

「うん、分かった」

 あっさりと頷いたティファに、今度はクラウドが驚いた。

「え……良いのか?」
 思わず聞き返したクラウドに、ティファはクスクスと笑った。
「だって、そうして欲しいんでしょ?」
 無邪気すぎるその言葉に狼狽する。
「いや…そうなんだけど…」
「それとも、『いや!!』って駄々をこねて欲しかった?」
 悪戯っぽく覗いてくる茶色い瞳に、気圧されて首を振る。
「いや…そういうわけじゃ…」
「なら良いじゃない?もっと嬉しそうな顔してよ」
 にっこりと笑うティファにクラウドは目を丸くするばかりだ。
 彼女が機嫌の良い理由が分からない。
 きっと……まだまだ暫くは分からないだろう。


 ティファが『クラウドにヤキモチを妬かれて嬉しい』だなどと…。
 自分がヤキモチを妬くのと同じ位、彼女が自分を想ってくれているという事実を…。


 まさかこんなにあっさりと承諾してくれるとは思っていなかったクラウドは、彼女の嬉しそうな顔を呆然と見つめるのだった。





「どうして!?」

 夕方。
 いつものように何食わぬ顔でセブンスヘブンにやって来たローグは、突然の解雇に声を荒げた。
 目の前には深々と頭を下げるこの店の女店主。
 頭を下げたままティファは言った。
「本当に今までありがとう。とても助かったし、楽しかったわ。でも、これ以上アナタがこの店で働くのは良くないと思うの」
「だから、それはどうして!?まさか、クラウドさんが…!!」
「ううん、違う」
 顔を上げてしっかりと目を合わせるティファに、ローグは気圧されて口を閉じた。
 ティファは続ける。
「ローグはこんなにも立ち直ったのに『彼女』のことを未だに口にしないじゃない?」
「!?」
「それは…きっと『逃げてる』んだと思う。でも、逃げてばかりじゃダメよ。今のローグなら大丈夫」
「…いや…それは…」
「それにきっと…『彼女』もローグが迎えに来てくれるのを待ってると思うの。私なら……待ってるわ」

 真っ直ぐにそう言うティファに対し、ローグが『そんなことはない!』などと言えるはずがない。
 そんなことを口にしたら更に突っ込まれて話を聞かれることになるだろうし、そうなると必然的に自分が騙していたことを知られてしまう。
 沈黙したローグに、ティファは柔らかい笑みを浮かべた。
「ね?大丈夫よ、ローグが愛した人ならきっと分かってくれるから」
「………」
「だから、勇気を出して会いに行って。そして、彼女と幸せになってね?」

 慈愛に満ちたその言葉に、ローグは内心で臍(ほぞ)を噛んだ。
 まさか、ここまでお人好しとは!
 おまけに、自分の事を少しも『異性』として見ていなかった。
 昨夜、彼女を胸に引き寄せた時、抵抗しなかったのも、信頼してくれているからだと思っていた。
 確かに信頼してくれていた。
 だが同時に、『抵抗する必要がない程、男として意識されていなかった』ということだったのだ。

 こんな屈辱を…青年は知らない。
 だが、腕っ節で彼女に敵うはずも、真実を曝して『英雄二人』を敵に回すことも……当然出来ない。
 そんなことになれば、あっという間に実家は没落するだろう…。
 青年の実家は…そんなに力があるわけじゃないのだ。
 だからこそ、ティファという『英雄』を『妻』に迎えることで、一気に家の名を上げようとした。

 それなのに…!!


 ローグは完全な敗北を悟った。





『それで、ちゃんとローグは『彼女』を取り戻すためにエッジを出て行ったわ』
「そうか…」
 クラウドは荒野でティファから報告を受けた。
 ティファと話をした直後、クラウドは仕事に戻っていた。
 本当は彼女一人にイヤな思いをさせたくなかったのだが、ティファはクラウドが配達の仕事を途中で放り出したことを知り、『昨夜、家族の為に働いている…って言ってくれたでしょう?だから、ちゃんと私達の為にしっかり責任を果たしてきて!』と、追い出されたのだ。
「それで……子供達はどう言ってる?」
『二人共、すっごく残念そうだったけど、無理に引き止めたり駄々をこねたりしなかったわ』
 弾んだ声にクラウドはホッと安堵の息を吐いた。
 正直、子供達に恨み言の一つや二つは言われると覚悟していたのだ。
「意外だな…」
 本音がポロリと零れる。
 携帯の向こうでティファがクスクスと笑った。
『本当は私もなの。でも、デンゼルもマリンも『仕方ないよね』って言ってくれたわ』
「そうか…」

 吐息のような呟きに、『本当に…良い子達よね』と愛しい人が胸のうちを言葉にしてくれた。

「ティファ」
『うん?』
「今回は…俺のわがままを聞いてくれてありがとう」
『ふふ…良いのよ』
 心からの感謝にしては簡素すぎるその言葉に、彼女の心のこもった答えが耳に響く。
 胸が温かくなって『愛しい』とか『嬉しい』とか色々な『陽の気持ち』が込上げ、いっぱいになる。

 ふと見上げた空には、オレンジの空に薄っすらと白い半月が光っていた。
 今夜も晴れそうだ。

「なるべく早く帰るから…」
『うん。三人で待ってるね』
「ああ…。それから…」
『なぁに?』
「…………………その…」
『うん…?』

 今回、本当の事を何一つ明かさなかったのに、自分のわがままを聞き入れてくれた彼女に、肝心の言葉を贈らなければ。
 その一言を改めて口にするのに……こんなにも勇気がいる。

 クラウドは大きく息を吸い込んだ。

「……誰よりも想ってるから!」
『え…!?』
「じゃ!」

 やっと口にしたその言葉に、彼女が驚いて息を飲む気配がする。
 どうにも恥ずかしくて、あっという間に携帯を切り、愛車にもたれかかって息を吐き出した。
 恐らく、彼女は携帯を握ったまま真っ赤になって固まっているだろう。
 そんなティファの姿を想像して、クラウドは赤らんだ頬を緩めた。

「さ、もう一頑張りだな、フェンリル」

 愛車をポンと叩き、クラウドはエンジンを吹かせた。


 荒野を勢い良く駆け出した大きなバイクを、白い月が静かに見守っていた。



 あとがき

 や、やっと完結です!!!!
 こんなに長くなってしまって申し訳ありませんでした(土下座)。
 おまけに、不完全燃焼気味です…(汗)。
 『リトがどうしてレストランに来ると知ってたのか』とか『そもそもどうして登場したお助けキャラがリトなのか』という『謎』が書けてませんが、ちょっと話しが横道に逸れそうだったので、一応これで完結にします。
 というわけで、また後日、裏話を『番外編』で書かせて頂きたいと思います…。

 って言うか、ローグがこんなに悪い奴になっちゃって……(汗)。
 ローグファンという方がおられたら……どうしよう!?!?(って、いないですかね、やっぱり (笑))

 最後に、本当にこんなに長い間お付き合い下さってありがとうございました。
 心から御礼申し上げますm(__)m