艶のある黒髪をなびかせ、背筋を伸ばして歩く女性。 すれ違う人の中には振り返ったり、彼女へ好奇の視線を投げる者がいたが、彼女は構わず颯爽と街を歩いた。 きゅっと引き結ばれた唇、通った鼻筋、凛と輝く茶色の瞳は、生命力によって満ち溢れ、輝いている。 元々、美しい顔の造形が際立って輝いて見えるのは、その溢れる生命力ゆえだろう。 そんな彼女、ティファ・ロックハートは、 『なにがあっても勝ってやる!』 という戦闘態勢万全の状態だった。 小瓶の中の秘密その日。 いつものように開店準備をしていたティファは、ドアベルの音に顔を上げた。 そこには、もうそろそろ帰って来る予定だった子供達の姿ではなく、妙齢な女性が立っていた。 艶のある口元には微笑が浮かび、ティファ並みの豊かなスタイルをした美女。 スラリとした肢体は高級そうなツーピースで包まれている。 背にはウェーブがかったブロンドの長い髪。 彼女とティファの違いは、ティファは彼女のように自身の容姿をひけらかすような格好をしない…ということだろう。 彼女は自分の完璧なナイスバディーをフルに活かしていた。 豊満なバストを際立たせるようあつらえている服は、男でなくても視線を集めずにはいられない。 キュッと締まったウエストからは、これまた優雅な曲線を描いたヒップがあり、そこからはスラリとした足が超ミニのタイトスカートから惜しげもなく曝け出されていた。 服は上下セットの爽やかなレモンイエロー。 ジャケットから覗いているレースは、キャミソールなのか、はたまたブラなのか…きわどい所だ。 ティファは一目で気に入らない人種と判断した。 しかし、それはそれ、これはこれ。 セブンスヘブンに来たからには、まだ開店していなくとも『客』は『客』だ。 いつものように、開店前である事を完璧な営業スマイルでもって伝える。 女性は余裕たっぷりにティファの『お言葉』を聞いていた。 小指で自分の顎を軽く撫でながら口を開く。 ティファの予想通りの台詞が紡がれた。 ティファは内心、思い切り溜め息を吐いた。 どうせそんなことだと思ったのだ。 クラウドを狙っている女性は多い。 わざわざ配達の依頼をすることで彼と接点を持とうとする女性も少なくないことを知っている。 クラウドは全く気づいていないようだが…。 それに、こうして『このような店』に似つかわしくない女性が、開店前にやって来るなど、心当たりのある用件は片手で足りる。 目の前の女性は、うんざりとした心境にあることをちゃんと分かっているようだった。 コツコツ…と、ヒールの踵を上品に鳴らせながら、ティファに歩み寄る。 互いが手を伸ばしたら指先が触れるくらいまで近づいた時、足を止めた。 ティファの鼻に、女の香水がフンワリ…と漂ってきた。 これまで、クラウド目的でやって来ていた女性達とはちょっと違うものをティファは感じた。 とにかく、ゴージャスなのだ。 それも、上っ面のゴージャスさではない。 外見もゴージャスなのだが、内側から溢れ出ているオーラそのものがゴージャス! フンワリと漂う香水も、決して下品ではない。 むしろ、女性にとてつもなく似合っていた。 派手すぎるレモンイエローの上下も、彼女が着れば『浮ついた』ものを押さえ込み、素晴らしく魅力的に見えてしまう。 これを、そこら辺の女性が袖を通したものなら、間違いなく赤っ恥ものだ。 そんなある意味『大勝負』な服を見事に着こなし、自分の美しさを存分に活かしているこの女を、ティファは気に入る、気に入らないはともかくとして、凄い…と思った。 顔も間近で見ると良く分かるのだが、派手な化粧をしている…と思ったのは、どうやら間違っていたらしい。 彼女がしているのは、薄いファンデーションと深紅の口紅。 それだけだ。 眉も、少し手は入れているだろうが、ほとんど自然な状態である事が分かる。 要するに、同性からは羨望に値する容姿をしているのだ。 ナイスバディーに、堀の深い顔。 少しキツイ印象を受ける目は、それさえも彼女の魅力として受け止められる。 「ねぇ、あなた…本当にクラウドさんのことを理解しているの?」 「勿論です」 いきなり投げつけられたその質問に、ティファは即答した。 いつもなら、真っ赤になってパニックになるか、答えをはぐらかせるか…、それとも気分を害するかだったかもしれない。 だが、凛とした眼差しで女性を半ば睨むようにして即答したことが、いかにティファが彼女を前に『焦っていた』かを物語っている。 ティファから見ても魅力的な女。 名前も知らない女性が、もしかしたらクラウドと何らかの(まぁ、配達の依頼主くらいだろうが)関係をもったことがあるなど、決して小さくはない嫉妬心が芽生える。 女は笑った。 決してバカにしているのでも、軽蔑しているのでもない。 ティファの様子に、心からおかしくて笑ったのだ。 嫌味の欠片もないその笑いが、逆に癪に障る。 「お話しはそれだけですか?店の準備があるので、お引取り下さい」 いつもなら、相手の方から尻尾を巻いて去っていくのに、今日はティファの方にこそ余裕が無かった。 目の前の女性を前にすると、どうにも……落ち着かない。 ひどく、自分が『小さな存在』に思えてしまう。 女はクスクス…と、これまた異性を惹き付けずにはいられないような優雅な忍び笑いをした。 ティファの頭に段々血が上る。 「ふふふ、本当にあなた、余裕が無いのね」 「な!!」 少しずつ上っていた血が、女の一言で急上昇。 怒りと屈辱のために真っ赤になるティファに、女はまたもや、クスクス…と笑った。 「ふふふ、可愛いわね。クラウドさんがあなたのことを『可愛い』と言うはずだわ」 「そりゃ、クラウドは私の…!」 女に煽られた勢いで、ティファはつい声を荒げ、『クラウドは私の恋人です!』と言いそうになり…、ハッ…!と息を飲んだ。 今、この女はなんて言った? ― 『クラウドさんがあなたのことを『可愛い』と言うはずだわ』 ― という事は…。 「あなた…クラウドと会ったことがあるんですね」 「えぇ、勿論よ」 「クラウドと…話をしたことがあるんですね…」 「えぇ、その通りよ」 「……仕事以外の話をしたことが…あるんですね」 「ふふ、おバカさんな質問ばかりね。無かったらクラウドさんがあなたの事を『可愛い』って言ってた…なんて言えるはず無いでしょう?」 女の余裕の態度。 クラウドの『言っていた』という言葉。 それらがティファの頭をグルグルと回る。 なに? 一体なに? クラウドは一体、どういう状況で、そんな話を? おまけに、どう考えても、彼女が言った『クラウドさんがあなたの事を『可愛い』って言ってた』っていうその言葉の背後に隠れているのは…。 クラウドにとって、ティファはあくまで『可愛い幼馴染』…ということになるではないか! …。 ……いやいや、ちょっと待って! ティファは、自分に言い聞かせた。 そりゃ、確かにクラウドとは深い関係にあるし……愛してる…って…お互いに口にしてる…し。 だから、『可愛い幼馴染』と解釈されそうなこのやり取りも、実は彼の愛情が隠れているだけで、それをこの目の前の女の人は気づかなかっただけで…。 …。 そう! そうなんだ、だから、きっと、彼女は誤解して自分に『別れろ!』と迫ってきたんだ。 な〜るほど! この結論に達するのには僅か数秒。 ティファはニッコリと微笑むと女に言った。 「クラウドが私のことを可愛い、って言ってくれることは滅多に無いんです。だから、わざわざ教えてくださってありがとうございます」 この時、ティファは『勝った!』と思った。 だが…。 「ふふ、そうでしょう、優しいでしょ、私」 彼女は引き下がるどころか妖艶に笑って見せた。 ティファですらゾクゾクッとする笑み。 これが美を極め、存分にその美を武器とした女性の強さ。 彼女は傍にあった椅子を引くと、そこへ腰を下ろした。 テーブルに片肘を着き、頬を乗せる。 その仕草も、足を組む姿も、全てが『自分は美女である』と、しっかり自覚し、存分に活用している。 思わず目を奪われる。 女は妖艶な笑みを浮かべたまま、ティファを見上げた。 「そんな優しくて親切な私に、クラウドさんを譲ってもらいたいの」 ドクンッ! ティファの心臓が跳ねる。 いつもなら…ここまで動揺することは無かった。 これまで、開店前にティファを訊ねてくる『クラウドの求婚者』達は、どこか萎縮していたり、勝手な妄想をクラウドに抱いたり、自分の方がティファよりも美しいし、家柄もしっかりしている、と自負していたものだ。(パラレル部屋『ハプニング』参照) あるいは、ティファの前に立つと、噂だけでは彼女の存在力を知る事が出来ずにいたのか、実物を前にして唖然とし、クルリ、と踵と返して、凄まじい勢いで去っていた。 それがどうだ? この目の前の女性は、クラウドとティファの両方に会い、彼らの絆を知っているはずなのに、あえてティファに『別れ』を迫っている。 しかも、この店にやって来た頃と寸分違わない堂々さで! 背筋を伸ばし、胸を張っている姿からは、『自分の方がクラウドに相応しい…』と、イヤと言うほど伝わってくる。 ティファはたじろいだ。 これまでの経験に、こんな強力なライバルは登場したことがない。 どこか…ないだろうか…? 自分の方が、目の前の女性よりも優れている、と胸を張って言えることが。 折角落ち着いてきていたというのに、ティファはあっという間にパニック真っ只中だった。 ティファが無言のまま、頭の中でグチャグチャになっているのを知ってか知らずか…それとも興味が無いのか…。 彼女はゆったりとした『たおやか』な動作で、持っていたカバンからスッと何かを取り出した。 ティファは怪訝にその小瓶を見る。 小さな透明の小瓶。 中には液体が入っている。 女性はスッと優雅に立ち上がると、ティファに小瓶を差し出した。 戸惑いながら、小瓶と女を交互に見る。 「これ、クラウドさんが好きな『女性用の香水』」 「!?」 「ティファさんにもあげるわ。これを今夜つけて彼の部屋に行ってみて?きっと、彼は気づいてくれるわ」 私がこの店に来た…ってこと…。 そして考えるはずよ。 私がどうしてこの店に来たのか…ってことを…。 そう言い残し、女性は女性としての色気たっぷりに帰って行った。 決して『娼婦』からの『色気』ではない。 とても…高潔なものを感じる。 ティファは、無理やり押し付けられた小さな小瓶を見た。 胸を黒雲が満たす。 結局、言いようの無い不安と敗北感を胸に、ティファは店を臨時休業した。 とてもじゃないがこんな不安定な気持ちで接客は出来そうに無かった。 女と入れ違いで帰宅した子供達は、ドアノブに『臨時休業』の看板がぶら下がっているのに目を丸くした。 「なんとなく疲れちゃって…」 困ったように弱々しく笑うティファに、二人は心配そうな顔をしながらもそれ以上は追求しなかった。 ティファが本当に疲れているのだ、と思ったのかもしれないし、何かを勘付きながらも気を配って聞きだそうとしなかったのかもしれない。 どちらなのか、ティファには分からなかったが、いそいそと夕飯の支度をし、ティファをなるべく早く休ませてやれるように動く子供達に、感謝しながらティファは久々に一番風呂を味わった。 いつも、子供達を先に入浴させていたティファにとって、中々新鮮な味わいだった…。 「ティファ、後片付けは俺とマリンでしておくから、ゆっくり寝ろよ?」 「ティファ、明日もしんどいならお休みしようね?」 ニッコリ笑いながら有り難い言葉をかけてくれる子供達に、それぞれ額にキスを落とすと、ティファは珍しく…、本当に珍しく、子供達に後をお願いして寝室に向かった。 階段を上る背中を子供達が心配そうに見つめているのを感じながらも、どうしても夕方に来た女のことが気になって仕方なかった。 女…というよりも、女が残した『香水』が重く胸につかえていた。 クラウドはこれまで『香水』等の類に興味を示したことはない。 従って、クラウドがティファにお土産として『香水』を持って帰ったことはないし、逆にクラウドが『香水』の香りをつけて帰った事は無い。 それだけに、女が置いていった『香水』の存在はティファにとって大きかった。 パタン。 後ろ手に寝室のドアを閉める。 鏡台に腰を下ろし、改めて小瓶を見つめる。 コルク製の蓋を開けると、ほんのりと甘みのある香りが鼻腔をくすぐった。 ただ甘いだけじゃない。 どこか酸味も感じさせる爽やかな香り。 …そう、まるでよく晴れた青空をイメージさせるような…そんな香りだ。 女からの置き土産でなかったら、ティファ自身、この香水を気に入っただろう。 だが…。 「なんなのよ…」 不機嫌さを隠そうともせず、ティファは呟いた。 思い切って排水溝に流してしまいたくなる。 だが、女が言い残した『クラウドが好きな香水』というのが引っかかる。 今夜、この香水をつけて彼の部屋に行け…という言葉が…。 この香水をつけたティファを、クラウドはどういう顔で見るだろう? 驚くだろうか? それとも、焦ったような顔をするだろうか? …怒るだろうか…? 様々な不安がせめぎ合い、ざわざわと胃が不快感に襲われる。 グッと唇を噛み締めて…。 ティファは、手首と首筋に香水をつけた。 * 「ティファ…寝てるのか?」 愛しい人の声で、ティファはハッ…と目を開けた。 あの後、いつの間にか眠っていたらしい。 目の前には闇夜に光る魔晄の瞳。 金糸の髪が、窓から微かにもれ入る月の光を受けて薄っすらと輝いていた。 「あ、クラウド…おかえりなさい」 慌てて起き上がろうとするティファを、クラウドはそっとベッドに押し戻した。 目元を和らげてティファにしか見せない微笑みを浮かべる。 「デンゼルとマリンから電話をもらった。体調が優れないということだったけど、具合はどうだ?」 言いながら、クラウドはそっと顔を寄せて額をくっつけた。 間近に見えるクラウドの長い睫、整った鼻筋、色っぽい魔晄の瞳にティファの心臓が跳ね上がる。 何度も間近で見ているのに見飽きることがない。 と…。 「…あれ…?」 クラウドは怪訝そうな顔をして額を離した。 ティファをジッと見るその目は、何かを探ろうとしている。 ティファは訳が分からずキョトン…と見上げた。 「ティファ、何か食べながら寝たのか?」 「…え…そんな行儀の悪いことしないわよ?」 戸惑いながら返事をすると、「そうだよな、ティファに限って…」とクラウドはブツブツ言いながら眉間にシワを寄せた。 そして、もう一度ティファに顔を寄せる。 首筋にクラウドの鼻先が当たり、ティファは思わず首を竦めた。 その瞬間、ティファは自分がベッドに横になる前に『香水』をつけたことを思い出した。 途端に、嫉妬で頬がカッと熱くなる。 クラウドはまだ匂いの正体に気づいていないようだが、ティファの何かがいつもと違うことには気づいているらしく、首を捻りながら顔を離した。 「…ティファ、なにか怒ってるのか?」 「…別に…」 顔を離してティファの表情を見たクラウドが躊躇いがちに訊ねる。 素っ気無い返事は、まさに『肯定』の証。 クラウドが困っているのを見て、胸が痛まないこともなかったが、それでもティファの心の大部分は『嫉妬』でイライラと波立っていた。 女の言っていたことの半分が当たってしまったのだから。 完全には気づいていないようだが、それでも彼がこの匂いに反応したと言うことは、女と何らかの接点があるということに他ならない。 あの女は誰? クラウドとはどういう関係? 私に何か隠してることがあるの? 様々な悪い想像がグルグルと頭を駆け巡る。 そんなティファに、読心術など会得していないクラウドが理解することなど到底不可能で…。 「悪かった…。疲れてるのに起こして…」 そう言うと、躊躇いつつ後ずさるようにティファから離れた。 「シャワー浴びてくるから、ティファはそのまま寝ていてくれ」 その言葉を残して、静かにドアを閉めたクラウドを、ティファはなんとも言いようの無い苛立ちと嫉妬、そして悲しみをない交ぜにしながら見送ったのだった。 結局、その日の晩。 ティファはクラウドとそれ以上話しをしなかった。 シャワーを浴びて戻ったクラウドに、最後まで寝た振りを通したティファは、一睡も出来ないままモヤモヤとした感情を抱えて朝を迎えた。 そうして…行動に出たのだ。 クラウドと子供達のために朝食を作り、家族揃っていつものように食事をした。 正直、寝不足の身体に朝食は重い。 だが、食べねばならなかった。 家族に心配をかけないために。 そして、何よりもこれから『戦いに行く』ためにも! ティファの鬼気迫る気配は、戦いで鍛えられていたクラウドは当然のことながら、人の心の機微に鋭い子供達を怯えさせた。 だが、聞くに聞けない。 ティファから醸し出されている『普通と変わらない朝を演出中』というオーラを前に、一体、誰が問い詰めることが出来ようか? クラウドとデンゼル、マリンはティファの料理をろくすっぽ味わう事も出来ないまま、朝食を胃袋に流し込んで早々に家を出た。 クラウドは配達の仕事。 子供達は友達と遊びに。 ティファは、三人を笑顔で見送った後、猛然と部屋に戻った。 例の小瓶を手に取り、 「よしっ。行くわよ、ティファ!」 自分自身を鼓舞し、敢然と店を後にする。 実は、すぐ後から知ることになるのだが、ティファが出て行ったその後を、クラウドがコッソリと付けていた。 この日、クラウドには午前中の配達がなかった。 しかし、昨夜、子供達からの電話を受けた時、行動派のティファを思ってわざとそのことを告げなかった。 予想通り、ティファはどこかに凄い形相で向かっている。 「……何があるんだか…」 クラウドはセブンスヘブンから少し離れた所にあるパーキングを後にすると、バレないようにティファの後を追った。 ティファは女がどこから来たのか聞いていなかった。 そこで、彼女は小瓶の底に記されていた『店の名前』を当たることにした。 その店は最近エッジに出来たと言う『エステサロン』の名前。 昨日の女の美貌と言い、スタイルの素晴らしさと言い、まずはその記されている『エステサロン』を当たって外れは無いだろう。 ティファの予想は正しかった。 セブンスヘブンから小一時間もかけて歩き、辿り着いた目標地点に女はいた。 復興途中のエッジには不釣合いと思われても仕方ないような…豪華なビル。 そのビルの最上階に女は悠然と足を組んで座っていた。 「どうでした?」 面白がるような声音で女が問いかける。 何を聞かれているのか、確認するまでもない。 「クラウドはあなたのこと、何も言わなかったわ」 「あら、そう?でも、私の目的はちゃんと果たしてくれたみたいだけど」 眉根を寄せるティファに、女はクスクスと笑いながら壁に取り付けているスクリーンを軽く指差した。 「クラウド!?」 そこには、ビルの一階受付で係り員に見事に捕まっているクラウドの姿。 捕まっている…とは言っても、縛られているわけではなく、丁重に頭を下げられ、断るに断れない状況に追いやられているのだ。 「ふふ、彼ったら私の再三の誘いに全く良いお返事をしてくれないんだもの。だからちょっと協力してもらったの」 「な!」 「ふふ、本当にありがとう」 一見、無邪気にすら見えるその笑い顔に、ティファは思い切り鉄拳を叩き込みたくなった。 間違いなく、そんなことをすれば女は星に還る事になる…。 ほどなくして、仏頂面のクラウドが女とティファのいる部屋に通された。 最上階であるこの部屋に来るまでの間で、クラウドはすっかり状況を把握したらしい。 たいそう機嫌の良い女と、真逆の表情をしているティファを前に、全く動揺しなかった。 「来て下さって本当に嬉しいわ」 優雅に椅子から立ち上がり、女の色香を最大限に使いながら微笑む女に、同性のティファは心中、荒れ狂っていた。 怒り。 嫉妬。 焦り。 そして…敗北感。 自分にはない『女の色香』をこの目の前の女は持っている。 元来、ティファは『格闘家』としての気質がある。 それゆえ、この女のように『女』ではいられない部分が多々あるのだ。 ティファにはない資質。 それを敏感に感じ取り、ティファの中の『女』の部分が強く刺激される。 クラウドは歩み寄る女を白けた目で流し見ると、 「ティファ、帰るぞ」 「え…あの…?」 女に全く興味を持たず、さっさとティファの肩に手を回して抱き寄せ、クルリ、と踵を返した。 戸惑うティファに構わず、部屋から出ようとする。 「クラウドさん」 決して大きな声ではない。 だが、足を止めずにはいられない力を持つ声。 クラウドは溜め息を吐きながら仕方なく足を止めた。 振り返りながらも、ティファに回した手の力は緩めない。 「あんた、本当にしつこいな」 「…どうしてもダメなんですか?」 「当然だ」 「…こんなに良い話はないでしょうに…」 「お断りだ」 「子供達のためにも良い話しだと思うんですけど」 「必要ない」 「でも、子供を養うにはお金が必要なんですよ?分かってらっしゃるでしょう?」 「俺一人の稼ぎでも大丈夫なくらいの蓄えはある。その上、ティファが店をしているからな、尚の事問題ない」 「でも、やっぱりお酒を出す夜のお店は子供達の教育上、あんまり良くはないと思いません?」 「ふざけた客は二度と入れないようにしている、問題ない」 「そうかしら?」 「問題があるとしても、あんたには関係ない、これ以上、俺達家族の周りをうろちょろするな」 ティファは、女とクラウドのやり取りをただ見守っていた。 口を挟みたくなることが数回あったが、いずれも挟めずじまいだ。 それに、なんとなく…。 ほんっとうになんとなく、ティファが想像していた『泥沼関係』とは違う気がしてきたのだ…。 女は妖艶な微笑を崩さなかった。 チラリ…と、困惑しているティファを見やる。 ティファの背筋を、言いようの無い寒気が走った。 「でも彼女にも、とっても似合うと思ったでしょう?」 陰を含んだその言い回し。 クラウドの眉がピクリ…と動く。 女は言葉を続ける。 「全ての女性に対し、平等に幸せを。それが私のモットーなんです。その為にはあなたがとても相応しいの」 「あの…何の話?」 耐え切れずに口を挟んだティファに、クラウドは頬を引き攣らせながらティファを抱く手に力を込め、強引にその部屋を後にした。 「また来て下さいね」 女の笑いを含んだ声を背に受けながら…。 * 「香水のモデル!?」 セブンスヘブンに戻ったティファは、クラウドから聞かされた事実に目を丸くした。 驚き過ぎてうっかりコーヒーのカップを落とすところだった。 「…本当にしつこくてな…。きっちり断ったんだが…」 盛大な溜め息を吐いてティファの煎れてくれたコーヒーを啜るクラウドに、ティファは脱力したように椅子に深く腰をかけた。 なんということはない。 ようするに、配達先の女が一目でクラウドを気に入り、『専属モデル』を申し込んだのだ。 それも、『男性用エステ』ではなく『女性用エステ』のモデルとして。 クラウドは反論した。 どうして男の自分が『女性用のエステ』のモデルなのか…と。 女は微笑んだ。 『当社のエステを受けた女性は、こんなに素敵な男性のハートを射止めることも出来る…かも』 という宣伝をするためだ…というのだ。 ならば、実際に『エステ』を受けた女性の『受ける前』と『受けた後』を広告にすれば良い。 クラウドの正当とも思えるその主張は、 『実際にエステを受けたモデルとして私自身も出ます。でも、その為には相手役がどうしても必要なんです。それも、とびきりの男性が…ね』 との言葉に、呆気なく跳ね飛ばされた。 クラウドは相手にしなかった。 女も引き下がらなかった。 そうして、とうとうクラウドは口にした。 ― 『確かにあんたは綺麗だけど、好みじゃない。俺はティファが良い。ティファ以外、可愛いとは思えない』 ― 「………」 「………」 真っ赤になって俯く二人に、店内の時計の針の音が響く。 なんともまぁ…、嬉しいような…恥ずかしいような話である。 ティファはおずおず顔を上げるとゆっくり立ち上がった。 頬を染めてそっぽを向いているクラウドにそっと手を伸ばす。 ティファの手が振り払われることは無かった。 「クラウド…誤解してごめんなさい」 「……いや…良い」 言いながら、ティファは屈んでクラウドの首に腕を回した。 躊躇いながらクラウドもティファの腕をそっとさする。 「なんか…すごく嬉しい…かも…」 「…そうか…?…まぁ…それは俺も…だけど…」 「どうして?」 「……いや、ティファこそ、なんで嬉しいんだ?」 「え…!?そ、そりゃ……彼女よりも…その、私の事を選んでくれたこと…とか…、可愛いって言ってくれたこと…とか…色々」 「そ、そうか…。俺も…その…」 「うん?」 「…ティファが嫉妬してくれたのは…嬉しかった…な」 「そ、そう?」 「あぁ…」 「そう…」 「うん」 そっと顔を離して微笑み合い、ゆっくりと口付けを交わす。 セブンスヘブンの珍騒動はこうして終った。 後日、今度は子供達の前に『エステサロン』の女社長が現れることになるのだが、以後、二度と女社長は現れることはなかったという。 「なんて子供達なの!?もう、折角のお肌が!髪が!服がー!!」 女社長の取り乱した声を、社員がその時初めて耳にしたとか…しなかったとか…。 真の勝者。 デンゼルとマリン。 あとがき なんとなぁく、ティファが嫉妬する話が書きたかった…はずなのに。 やっぱり路線が著しくずれましたね。 ははは、まぁ笑って許して下さい。 子供達がどうやって女社長を撃退したのか、ご想像にお任せします。 |