その日。
 セブンスヘブンにこれまでとは種類の違う『嵐』が舞い込んできた。



恋の媚薬(前編)






 昼日中(ひるひなか)に現れたその青年は、いつもクールで無表情。
 無駄口は一切たたかない。
 それなのに!
 そのクールで無表情で寡黙な青年はその日、荒々しくドアを開けた。
 その音にビックリしたティファと子供達、そして仕事が休みだったクラウドは、揃ってドアを振り向き、目を見開いた。

 ドアに寄りかかるようにして今にも崩折れそうな…青年。

「 シュリ!?」「シュリ君!?」「「シュリ(お)兄ちゃん!?!?」」

 一番早く傍に駆け寄ったクラウドは、間一髪でシュリが床と激突するのを防いだ。

「どうしたんだ、なにがあった!?」

 弱りきって青白い顔をしている青年に、クラウドが、ティファが、デンゼルが、マリンが慌てふためく。
 シュリは、重くて仕方ない瞼をかろうじて押し上げている…そんな感じだ。
 抱きかかえてくれているクラウドの服を、震える指で必死に握り締め、何度か喘いだ挙句…。


「すいません……匿って下さい……」


 四人はその一言にギョッとした。



「「「「 毒を盛られたーーー!?!? 」」」」

 WROの中佐と言う地位を手にしている青年から出た言葉に、四人は絶句した。
 危険な任務についているのだ、それくらいはあるかもしれない。
 しかし、彼は非常に優秀で、簡単に毒を盛られる…とは思えない。
 何しろ、彼は『星の声』が聞けるのだから。
 なにか不審なことがあれば、『星』が教えてくれるだろう。
 とりあえず、セブンスヘブンのドアをしっかり施錠する。
 裏口も忘れない。
 グッタリと力ないシュリをクラウドは自室のベッドに横にしてやった。

 浅い呼吸。
 寄った眉。
 脈も分からないなりに測ってみたが、早い……ような気がする。
 熱……は、測らなくても分かる。


 高熱だ!!!


 慌てて氷嚢を用意する。
 浮き出る汗をマリンがそっとタオルで拭い、デンゼルが心配そうに顔を覗き込んでいる。
 その間に、クラウドはリーブと連絡を取った。
 しかし、結局捕まらない。

『申し訳ありません。ただいま会議中ですので、また後ほどおかけ下さい』

 この留守電のアナウンスはリーブ以外、使う人間がいるだろうか…?

 クラウドはパタン、と携帯を閉じてそう思った。
 そのまま仕方なく二階に戻ると、ティファに吸い飲みから水をもらい、シュリは一息ついていた。
 相変わらず顔色は悪い。
「病院に行ったほうがいいんじゃないのか?」
 眉根を寄せて心配げに声をかけるクラウドに、シュリは予想通り、首を横に降った。

「どうしてこんな事になったの……?」

 ティファも同じ様に心配しながら優しく声をかけつつ、シュリを横にする。

「実は……」
 シュリは天井へ視線を投げながら口を開いた。

 話はこうだった。

 先日から、シュリはある任務についていた。
 それは、とある富豪のボディガード。
 その富豪は、WROの研究部に多額の寄付をしてくれていた。
 その富豪につい先日、脅迫状が届いたらしい。
 富豪にとってはもとより、WROの研究部にとってもとんでもない話だ。
 というわけで、多少、他の任務より優遇して腕のたつ隊員を護衛として配置させるのは当然のことだ…とは、リーブの談。
 しかし、大佐も中将も大将も、現在はどう足掻いても手の離せない任務についている。
 そこで、苦渋の選択をした結果。

 シュリが選ばれた。

 苦渋の選択。

 何故苦渋の選択になったのか。
 それは、その富豪には若いお嬢様がいたからだ。
 しかも……年頃の…。
 だから、本当ならリーブはもっと壮年で経験もある中将あたりを護衛にしたかったのだが、どうしても現在任務についているその地方から、こちらに戻ってくるのを考えると…時間のロスが痛い。

 この時、シュリはリーブが悩んでいる理由が分かっていなかったので、逆に自分の腕をまだ信用されていないのか…と、少し考え込んだことになる。
 結局は適任者がシュリ以外には考えられない…ということとなり、シュリが護衛につくこととなったわけだが…。

 最初、その富豪はシュリのような若い隊員をみて、不愉快そうな顔になったが、任務について早速命を狙われる場面に遭遇した。
 至って簡単。
 屋敷の敷地内でいきなり襲い掛かってきたのだ。
 まぁ、当然と言えば当然だが、シュリはあっさりとその無頼漢達を返り討ちにした。
 その一件で、あっというまにシュリは富豪のお気に入りとなった。
 そうして。
 その奇襲攻撃をあっさりと片付けたその場面に、お約束の如く、ご令嬢もしっかり、ばっちりいたりして…。

 その日から、シュリは富豪とそのご令嬢に必要以上に傍にいるよう命じられ、護衛としての仕事の邪魔にならないぎりぎりのところでシュリを優遇しようとした。
 しかし、当然のことながら、シュリはそういうものに対して非常にドライ。
 ことごとく、
『結構です、仕事ですからお気遣いは無用にお願いします』
『調査に必要な証拠を集めるためだけにこちらにお邪魔させて頂いてるのです。それ以上の事をお望みでしたら他の人間にお願いします』
『今はまだ時間が取れません。ですから、落ち着くまで待って下さい。もっとも、どうしても今夜、と仰られるなら、深夜になるかと思いますが…』
 と、つれない態度を崩さなかった。
 普通、ここまで雇い主に逆らってると、悪印象をもたれるだろう。
 それがどうしたことか!
 任務を忠実にこなそうとする誠実な青年!!
 と、シュリの好感度はますますアップしてしまった!!
 しかしまぁ、そこはシュリ。
 それもこれも、今回の騒動が一件落着したらこの人達ともお別れとなる。
 そうなったら、金輪際、会うことは無いだろう…と。
 しかしシュリの予想ははずれて…。

 非常に…………焦ることとなった。

 何故なら、深夜に仕事が終るはず…と、言ったその日の晩、あろう事かお嬢様がシュリの部屋で待っていたのだ!
 流石にクールなシュリも、部屋を開けて目に入ったのが、
「あ、お帰りなさい!本当に遅かったんですね。きっとお腹すいてるだろうと思って、夕飯を取り分けて待っていたんです。良かったら召し上がりませんか?」
 燦々と輝くような……超高級料理と、何故か二人分の…グラス…。

「………」

 言葉を無くしたまま突っ立っているシュリに、お嬢様は少し照れ臭そうに恥じらいながら、
「えっと…、私もまだ食べてないんです。ですから、ご一緒に食事をとらせてもらっても…かまいませんか?」
 そうのたもうた。

 深夜まで…。
 富豪のご令嬢が。
 自分のために夕食を我慢し、あろうことが超高級料理を準備させて部屋で待っていた。

 シュリは、一瞬、意識が遠くなった。

 結局。
 その日の晩は、お嬢様の気持を優先させて一緒に遅い夕食を取った。
 が!!
 正直、味など覚えていない。
 味わって食べられる心境ではない。
 うっとりと自分を見つめてくる…少女。
 歳は……なんというか…その……『恋に恋するお年頃』と言われている16歳だったりして…。
 なんとか無理やり食事を胃袋に押し流し、令嬢を部屋の前まで送り届けてその日の晩はやり過ごした。
 ドッと疲れが襲い掛かったのは…致し方ない。

 その翌日。

 当然ながら、いくら前日の夜が遅くまで仕事であったとしても、ちゃんと定刻の7時には身支度を整え、睡眠不足とは縁遠い姿で富豪の前に現れたシュリを、富豪は実に満足そうだった。
『うむ。実に立派だ!』
『……任務ですから』
『その謙虚な姿勢も実に素晴らしい』
『……光栄です』
『本当に…いち隊員にしておくには惜しい…』
『私には今の環境が一番幸福です』
『むむ…そうなのか?キミくらいに優秀で素晴らしい人材は、この世界を捜してもそうはおるまい。実に惜しい』
『……ありがとうございます』
『そこで、どうだね?我が家専属のボディガードになる…というのは…?』
『ありがたいお話しですがお断りします』
『むむ…そう即答せずにもっと考えて』
『いえ、私は目的があってWROに身を置いてます。ですから除隊するつもりはありません』
『ふ〜む。ちなみに、その目的とは…?』
『私事ですので』
『むぅ…そうか…』
『お話しは以上でしょうか?脅迫状の犯人を特定する作業に移りたいのですが』
『お、おお!そうだった。頼むぞ』
『はい』
 テキパキと作業に移ったシュリを、富豪はますます気に入ったのだった…。


 三日後。

 あっという間に事件は解決した。
 何という事はない。
 富豪の執事の一人が犯人だった。
 どおりで屋敷の内部事情に無頼漢達が詳しいはずだ。

 ガックリと肩を落として連行される執事を尻目に、富豪と令嬢はシュリを惜しみなく褒め称えた。

『素晴らしい!こんなに早く解決できるとは!!』
『しかも、一滴の血も流さないで……』
『本当になんという腕だ!』
『強くて、頭も良くて、冷静沈着で…』
『おまけに、容姿も端麗でWRO局長の覚えも篤い!!』
『謙虚で無欲でそつが無くて…』
『こんないい青年は二人といまい!!』

 シュリは……イヤな予感で一杯だった。
 このままでは非常にややこしいことになる。
 星の声など聞かなくても分かる。
 すぐにこの場を離れるべきだ!!

『では、任務は完了したので失礼します。以後、執事等の人選はしっかりと吟味されますように』

 そう言い残し、駆けつけた一般兵達と慌ただしく屋敷を後に………しようとしたが、この富豪の親子はしつこかった。
 再三、今回のお礼をさせて欲しい。
 どうか、一泊だけでものんびりと羽根を伸ばしてゆっくりして下さい。
 その申し出に、とうとうシュリはリーブへ報告をした。
 直属の上司をすっ飛ばしてリーブに直接指示を仰いだのは、今回の任務はリーブからのものだったし、直属の上司に対応を訊ねたら、間違いなく『お言葉に甘えろ』と言われるのが目に見えているからだ。
 リーブなら大丈夫。
 きっと、『すぐに帰ってきて下さい。他にも任務が山積です』と言ってくれる。
 そう、思っていたのに…。


『…シュリ中佐。お言葉ですから、甘えて下さい』
『………え……?』
『日頃からキミは働き過ぎだと思っていました。ですから、これは良い機会でしょう。明日までとりあえずゆっくりさせて頂いて、一週間後までお休みとします』
『そんな!待って下さい、俺にはしなくてはならないことが!!』
『分かってますよ。ですが、そのしなくてはならないことも、キミが倒れてしまったら意味が無いでしょう?』
『しかし!!』
『シュリ、上司命令です』


 そう言い切られたらシュリにはもう逃げることなど出来ない。
 渋々、青年は富豪親子に頭を下げた。



 クラウド達は、事の顛末を聞いて呆然としていたが、ハッと我に返ると、グッタリと枕に頭を静めている青年にもうひとつだけ…と、質問をした。

「シュリ。だけど、どうして毒なんか盛られたんだ?」

 シュリは浅く苦しい息の下、それでもしっかりとした口調、しっかりした表情で説明した。

「俺は、人の感情を読んだり気配を感じ取ることが得意です。ですが…『殺気もなく人を殺せる』だと、流石の俺でも回避するのは不可能です」
「「「「 え!? 」」」」

 シュリの一言に四人がギョッとして固まった。

「なんと言うか…。実は……」

 ゆっくりと上体を起こす。
 クラウドがそっとその背を支えた。

 ガサゴソ。
 震える手で、胸ポケットから小さな小箱を出す。
 四人が顔を寄せ合ってそれを見つめた。
「……お菓子?」
「……お菓子だね」
「……チョコレート…かしら…?」
「……チョコレート…にしか見えないが…?」
 ゆっくりとシュリを見る。

 シュリは深い溜め息をついた。

「ご令嬢からプレゼント!と、渡されたんです。昨夜、寝る前に。『疲れたときには甘いものといいますでしょ?』と言って…無理やり押し付けてね…」

 四人は黙って続きを待つ。

「それで…まぁ、食べ物を粗末にするのはいただけませんから…昨日、一粒食べてみたんですよね…これ」

 つまんで持ち上げた丸い『トリュフ』。
 シュリは、その時何故かハンカチをポケットから取り出して装着してから摘み上げた。
 まるで、毒物でも触るかのような慎重さだ。

 …毒物………???

 なんとなく顔を引き攣らせる四人に、シュリはポトリ…と箱の中に『トリュフ』を落っことした。

「俺は今まで本当にヤバイ場面に遭遇して来ましたし、毒を盛られても死なないよう、わざと身体を毒に慣れさせてきました。お蔭で、少しの毒物では死なないし、毒を飲んでもある程度動ける耐性は持ってます。それなのに…」

 ゴクリ。
 マリンが緊張の余り唾を飲み込む。

「コレを食べてから、少し休もう…と思った矢先に、まず身体が震えてきました」
「「「「 ……… 」」」」
「手足が小刻みに震えて、風邪など引いてないはずなのに猛烈な寒さが襲ってきて…」
「「「「 ……… 」」」」
「声を上げようにも声帯が麻痺してしまって声が出なくて…」
「「「「 ……… 」」」」
「身体の節々…つまりリンパが異様にズキズキ痛み出して、目も翳むし…」
「「「「 ……… 」」」」
「これはもう、どう考えても毒物症状でしかないと、薄れる意識の中で判断して、とにかくWROに連絡を、と思ったんですが」
「「「「 ……… 」」」」
「手元が狂って落っことしちゃったんです……洗面所の…水の中に」
「「「「 ……… 」」」」
「仕方ないので、いつもつけてるポシェットから万能薬を飲んだんですけど、あまり回復しなくて…」
「「「「 え!?!? 」」」」
「どうも、致死量以上の毒物が入っていたみたいで……」
「「「「 はい!?!? 」」」」
「よく生きていたな…って自分でも思ってるところです…」
「「「「 えぇぇえええ!?!?!? 」」」」


 セブンスヘブンに四人の絶叫が響き渡った…。


「そんなの、犯罪じゃない!!」
「兄ちゃん、何してんだよ、すぐそのお嬢様を捕まえないと!!」
「シュリ君!なにを悠長に構えてるの!?そんな事言ってる場合じゃないじゃない!」
「シュリ…お前このこと、リーブには言ったのか!?」

 四人が同時に矢継ぎ早に捲くし立てる。
 シュリは凄まじい剣幕の四人に向かって、震えながら片手を上げた。

 ピタッ。

 クラウド達のマシンガントークが止まる。

「すいませんが、俺の話しを最後まで聞いて下さい。ですから、携帯は通じないし、本部に戻るよりもセブンスヘブンの方が近かったので……情けない話しですが……助けて頂きたく…」


 四人はハッとした。
 そうだ。
 こうしてはいられない。

「ティファ、シュリについてやってくれ。俺はWRO本部まで行ってくる。携帯は通じなかったし、シュリも一応状態は緊迫してるわけじゃないから、直接行った方が早いし良いだろ。それから、デンゼルとマリン、医者を呼んでくれ。電話帳に載ってるだろうから」

 テキパキと指示を出し、クラウドは愛車に跨ると同時にエンジンを最大限に噴かせ、フルパワーで走り出そうとして……。

 ミラーに映った光景にハタ…、と止まる。
 遥か道の向こうから、何やらピカピカ光るものがこちらに来る。
 確かめるまでも無い、高級車だ!

 クラウドは勢い良く愛車から飛び降りると、店のドアの前に立ちはだかった。
 程なくしてスピード違反をしていた暴走高級車がセブンスヘブンの前に止まる。
 クラウドの全身から殺気と闘気が立ち上る。
 降りてきた壮年の運転手がギョッとし、ビクビクしながら後部座席のドアを開けた。

 現れたのは、まさしくシュリの任務先だった富豪親子。
 恰幅の良い体躯は、スーツから腹の肉がはみ出そうになっている。
 続いて現れたのは…。

『この女がシュリに毒を…!』

 鮮やかなオレンジ色のツーピースに身を包んだ……女性……もどき?

 クラウドが『別の意味』で目を見張っている間に、富豪親子は慌ただしくクラウドの前にやって来た。

「こちらに、WROの中佐殿がいらしてませんかね?」
「こちらに、シュリ様がいらしてません!?」


 中佐殿に…シュリ様………?


 必死な形相の二人にクラウドは違和感を覚えた。
 なんとなく…、なんとな〜く『人殺し』を企んだようには…思えない。
 内心で首を捻りつつもとりあえず、
「アンタ達、一体シュリのなんだ…」
 低い声で威嚇するかのように一言吐き捨てる。

 親子はビクッと身を竦めながらモジモジと互いの顔を見やった。
 意を決して口を開いたのは……紳士。

「その…シュリ殿を昨夜、当屋敷にてお泊めしたのだが、朝になって…その…おられなくなっていて」
「シュリ様、窓から出て行かれたみたいなんです!」
「しかも、窓から出て行かれた際、門扉をくぐらないで壁を乗り越えて出て行かれたようで、そちらのカメラにも映っていなくて…」
「そんな逃げるようなことをされなくても…と……思いまして……」

 令嬢の声が段々尻すぼみになる。
 クラウドの眼光がますます細く、鋭くなってきたからだ。

「アンタ達…」

 押し殺した声が恐ろしい。
 クラウドの殺気に、親子と運転手、更にはボディーガードは蒼白になった。

「速やかに自首するか、ここで痛い目を見るか、どっちが良い?」「宿泊料を取るようなケチ臭いことなんか言いませんよ!」「シュリ様と早くお会いしないと!惚れ薬の効き目が切れてしまいますー!!!!」


 シーン。
 三人同時に口を開いたため、一番トーンの低かったクラウドの台詞は親子に掻き消される形となった。
 その中でも一番耳に残った台詞が…。


「「 惚れ薬…??? 」」


 父親共々、周りの人間の視線を集め、お嬢様は真っ赤になって俯いた。