アイノコクハクを受けたというのに、それにおよそ相応しくないティファの哄笑に、告白をした青年は勿論、店の中にいる全員がびっくりして固まった。 心に見合った言葉(後編)突然、腹を抱えて笑い出したティファに、店内はシーンと静まり返った。 それは、睨むようにして見ていた女性客達も同様で、皆一様にギョッとして身を竦ませた。 その中で、ティファは息を乱して笑った。 何が可笑しいのか他の者にはさっぱり分からない。 おずおずと青年が声を掛けようと口を開いた時…。 「お金も要らないのに働くだなんて、どうして?」 二回、途切れさせながら問うたティファに、青年は呆気に取られ、次いで頬を染めた。 「それは…」 「そんなの、叶うはずないって分かってるのに!?」 青年の言葉を遮ってティファが再度問う。 その言葉に、青年の顔が強張った。 客達もザーッと血の気が引くのを感じた。 もうティファは笑っていなかった。 自分達が調子に乗りすぎたのだと、痛感する。 青年は真っ赤になりながら、 「それでも、俺はあなたを諦められない!」 ガッターン!! 椅子をひっくり返しながら勢い良く立ち上がり、挑むような目でティファを睨みつけた。 身長差により、青年が見下ろす形になったが、ティファは負けていなかった…。 負けているどころか、迫力が全然違う。 こぶしを握り締め、唇を震わせながら仁王立ちになる。 「それはあなただけの気持ち。そこには『私の』意志はどこにもないわ!!」 青年がハッと息を飲み込み、身を震わせながら怯む。 ティファはやめなかった。 「皆がどういう風に私を見て、どういう風に評価してるか知らないけど、私にはクラウドだけなの!」 「他のなんにもいらないの!クラウドだけ……必要なのは、クラウドだけなの!!」 「クラウドがいるから『私』があるの!!」 「クラウド以外の人なんか要らないのよ!!!」 シーーン…。 誰も身動き出来ない。 凍り付いた様に店内の全員が固まって呼吸すら忘れている…。 ティファの荒い息だけが静まり返った店内で妙に浮いていた…。 ティファの目には、興奮し過ぎた為か、それとも怒気が強すぎたせいか…、はたまた、例の手紙の理不尽な言い様に対する反発のためか、涙が薄っすらと浮かんでいる。 それをグイッと拭い去ると、ティファはギッと店内を見渡した。 「さぁ、これで分かったでしょ?私や子供達に近付くためにこの店に来てるなら金輪際来ないで!!」 良く通るソプラノが、店内を震わせる。 子供達は自分達が怒られているのではないと分かっているのに、思わず身を竦ませた。 「ティファ、デンゼルとマリンがビックリしてるだろ?」 ドックン! 低く落ち着いたテノールが店内を温かく行き巡る…。 子供達が弾かれたようにカウンター奧の入り口を見た。 ティファも…振り返った。 金糸をツンツンに尖らせた……『英雄のリーダー』が、ドア枠に凭れる様にして立っていた。 いつもはへの字に結ばれている唇が、薄っすらと弧を描き、言い様もないほど自愛に満ちた笑みを浮かべている。 子供達が嬉しそうに飛びつくのを、ティファや客達が呆然と見つめていた。 「よっ!旦那、いいところで帰って来るじゃねぇか!」 「本当だぜ〜!」 「……助かった…」 己を取り戻した客達がクラウドに気安く声を掛ける。 クラウドもそれに軽い会釈で応えながら、まだボーッとしているティファにゆっくりと歩み寄った。 人垣がザーッと分かれてティファまでの一本道のようになる。 自分に近付くクラウドを、ティファはぼんやりとした目で見ていた。 興奮し過ぎて頭がおかしくなったのかもしれない…。 いや、もしかしたらクラウドにすぐ来て欲しい、傍にいて欲しい、という願望が見せている幻かもしれない…。 とうとう……精神までおかしくなってしまったのかしら…?と、自問する。 「ティファ?」 「 …… 」 「……ただいま」 「 …! 」 間近で紺碧の瞳が優しく瞬いているのに、何の反応もしなかったティファにクラウドはどこまでも優しかった…。 ふんわりと抱きしめられた瞬間、ティファはまるで小さな子供のように泣き出した。 張り詰めていた糸がプッツリと切れてしまったかのように、ティファは自分の腕をクラウドに必死に回し、何度も確かめるようにその背を掴みながら……。 クラウドはそっとティファの背を何度も何度も撫でながら、 「ごめん…遅くなったな…」 「今日は…もう閉店だ。皆、悪いな…」 「デンゼル、マリン、片付けは後でしておくから、今夜は休んで良いぞ?明日は俺も仕事、休むから」 短い言葉だけでその場を収めた…。 最後に。 「ティファが俺を必要としてくれている限り、俺はティファから離れない。だから、お前は『お前を必要としてくれる人』を他に探せ」 きつく、きつく唇を噛み締めている青年に引導を渡した…。 その日の晩。 クラウドはなにも聞かなかった。 ティファもなにも言わなかった。 なにも聞かず、なにも言わず、ただ黙って泣くティファをクラウドはずっと抱きしめて、その背を撫でながら眠りに付いた。 「 …… 」 泣きつかれて眠るティファを見つめながら、クラウドは考えた。 どうしてあそこまで取り乱したのか…? 普段、毅然としてどんな客が言い寄ろうとも全く相手にせず、笑顔でかわしてきたティファがまるで別人だった。 そして、あんな風に泣きじゃくったのも…初めてのことだ。 クラウドは小さく溜め息を吐いた。 本当は聞きだしたかった。 だが、まるで子供のように泣きじゃくる彼女に、とてもじゃないが、聞き出すことなど出来る筈もない…。 壊れてしまいそうなほど、小さく…弱く…自分にすがり付いてなくティファが、ただただ……愛しくて…。 縋ってくれるのが、他の誰でもない自分であることが本当に嬉しくて。 「 …… 」 それだけで、もう良いじゃないか…。と、思うようにした。 きっと、時が来たら彼女は話してくれるだろう。 彼女は…本当に繊細だから。 今はまだ傷ついた心が痛すぎで話が出来ない。 しかし、ティファがちゃんと分かっていることをクラウドは正確に理解していた。 子供達が怯えたように…、哀しそうにティファを見上げ、案じていたことを彼女はちゃんと知っている。 その事実は絶対に揺るがない、と、クラウドは信じていた。 だから、時が来て落ち着いて、事情を説明できるようになったら必ず子供達の傷を癒すために…、クラウドの心配を払拭するためにティファは話をしてくれる。 そう、信じていた…。 「おやすみ、ティファ」 腕の中で規則正しい寝息を立てるティファにそっと囁く。 涙の跡が残る頬と、綺麗な額にそれぞれキスを落として、クラウドは眼を瞑った。 翌朝。 ティファは泣きはらした目で恥ずかしそうに子供達に『おはようのキス』を贈り、クラウドに『ごめんね…』と小声で囁いた。 クラウドはたったそれだけなのに満足そうに頷き…笑った…。 ティファは明るく笑いながら遊びに行く子供達を心配そうに見送りながら、その後をそっと追った。 クラウドはそんなティファに付き合うようにしてゆったりとした歩調で街を歩いた。 目立つ二人はさり気なく変装を込めて帽子とサングラスを着用していた。 子供達の楽しそうな様子にホッとしながら、ティファは昨日届いた手紙について話をした。 本当は…言いたくなかった。 自分が脅迫されている事実をクラウドに知られたくなかった。 ティファは、自分ひとりで解決したい、という強い誘惑をねじ伏せるのに苦労した。 ことは、子供達の安否に関わるのだから…と、自分に言い聞かせて…。 クラウドは黙ってティファの話を聞き、そっとティファの頬にキスを贈った。 そうすることで、ティファが負った深い傷を癒そうとしているかのように…。 ティファは……また少しだけ泣いた…。 結局、クラウドとティファは警察にもWROにも届けなかった。 クラウドはその差出人の女性をたまたま知っていたからだ。 以前、彼女宛てに男性から依頼を請けて配達をしたことがあった。 清楚で…。 柔らかな温かみを持った女性だった。 犯人は差出人の女性ではない…と、二人は判断した。 しかし、念の為、子供達には普段身に付けさせている『誘拐防止』の防犯グッズをプラスして『睡眠スプレー』を手渡し、GPSでどこにいるのかすぐに分かるような携帯を常備させることとした。 子供達は…特に詮索せず、素直に頷いた。 それが、クラウドとティファにはありがたかった…。 更にそれから数日後。 ティファの元に手紙が届いた。 ティファの胸に大きな不安を抱かせたその手紙。 彼女は数日前同様、たった一人でそれを読んだ。 ― 先日は、無礼な手紙を本当に申し訳ありません。心からお詫び致します… ― その一文から始まった手紙に、ティファの心に僅かな光が差し込む。 ティファは逸る心を抑えながら続きへと視線を流した。 ― 私は、あなたに嫉妬していました。 なにに嫉妬していたのか…。 それは、あなたに好意を持つ男性へ私が恋をしているのではなく、『恋をしている』と思い込もうとしている『矛盾した』気持ちからのものでした。 最初、確かに私は『彼』が好きでした。 本当に大好きで、愛しくて…。 『彼』が望むなら、なんだってしたい!…そう思っていました。 でも…。 最近、自分の気持ちが分からなくなっていました。 『彼』は、私の事を『愛している』と言いながら、その目は私を見ていませんでした。 私は……悔しかった…。 哀しかった…。 ……憎かった。 私を見てくれない『彼』も、『彼』の心をあっさり攫ってしまったあなたも。 でも、気付いたんです。 私が『彼』をまだ愛しているのだ……と必死になって『思い込もう』としていたことに。 『彼』が私を見てくれなくて、あなたを見るようになったから、私は『愛に飢えていた』と思いたかったんです。 でも…。 この前、あなたがお店のお客さんに『クラウドしか要らない』と言い切った時、分かったんです。 あなたの『言葉』に込められている『心の力』がどれほど強いのかという事を。 そして…。 私は…もう彼を『愛していない』ってことに…。 人を愛することで初めて『得られる力』があるって、身を持って知った今、彼を愛していないという事実は私にとって大きな恐怖でした。 だから、必死になって『愛してる』『大好き』『好きよ』と、彼に愛の言葉を囁いて、まだ彼を愛しているんだって思い込もうとしたんです。 でも…。 所詮はまがいもの…。 彼はあなたに夢中で、私の愚かな幻想に付き合ってはくれませんでした。 私は…ますますあなたを憎むしかなかった…。 でも、もう終わりにします。 彼はあなたへの思いが断ち切れないまま、癒しとして私の元へ帰って来ました。 それでようやく目が覚めたんです。 私は……彼を愛せない。 もう…この人を前のように愛しいと思うことは出来ない。 あなたを思いながら私へあなたの影を重ね見て己を慰めようとする彼は…。 本当に…ごめんなさい。 あなたを傷つけた代償は、決してこんな紙切れに綴った言葉で償えるものではないと分かっています。 ですが…。 今は、この手紙だけで許して下さい。 いつか、あなたの目の前に立ち、償いをしたいと思っていますが、今はどうか…。 私はあなたが本当に羨ましい…。 『愛している』という言葉そのものの『心』を持っているあなたが…。 あなたの心を受け止めるに相応しい人が傍にいることが…。 最後に…。 あなたとあなたの大事な家族がどうか幸福でありますよう、心から祈りつつ…。 ― ティファは丁寧に便箋を折りたたんだ。 ピンクの封筒を改めて見つめる。 表には、先日と同じ細い綺麗な文字でティファの名前。 裏には…。 差出人の名前だけ。 住所は記されていない。 差出人の名前は、先のものとは違っていた。 そして、その名前にもティファは心当たりが無かった…。 ティファは黙ったまま、その便箋を持って二階の寝室へ向かった。 鏡台の引き出しを開ける。 そこには、先日の手紙が鎮座していた。 その手紙の上にそっと読んだばかりの手紙を置く。 「 ……… 」 そっと目を閉じ、深呼吸をする。 目を開けた時、ティファは薄っすらと笑みを浮かべていた。 そして、ゆっくりと階下へ向かい、ドアの外ノブに『臨時休業』の看板を吊るした。 きっと、子供達は驚くだろう。 クラウドも目を丸くするに違いない。 三人のその表情を思い浮かべ、ティファは一人吹き出した。 そして、弾む足取りでカウンターの中に入る。 今夜のメニューは、家族の好きなものを一品ずつ作ろう。 ついでに、ちょっと豪勢に子供達には特製ミックスジュースと、クラウドと自分には濃い目のお酒を用意しよう。 教会の花を花瓶に入れて、テーブルを飾ろう。 クラウドは、問題が解決したことを喜んでくれるだろう。 子供達には…。 そう、『良いことがあった』とだけ告げる方が良い。 事の真相を知ったら、幼い二人は大きな不安に陥るはずだ。 そしてまた、優しい二人であるから、ティファが自分達の事で悩み、辛い目に合ったと知ったら深く傷つく。 たとえ、それが『巻き込まれた結果』であったとしても、力のない自分達を恨めしく思うだろう…。 ふと目を上げて窓の外に広がる夕陽を見る。 綺麗なオレンジ色が、もうすぐ家族の帰宅する時間を告げていた。 今日は、クラウドもうんと早く帰って来る事になっている。 『久々に店を手伝えるな』 嬉しそうな声を携帯から響かせたクラウドを思い、またティファは小さく笑った。 きっと、ガッカリするだろう。 本当に店の手伝いをすることが最近はめっきり減っていたのだから。 客達とのコミュニケーションも取りたいのだろう…と、思うと臨時休業するのが心苦しいが…。 だが理由を話したらきっと分かってくれる。 『良かったな』 そう小さく、照れたように笑いながら囁いてくれる。 ティファはその至福の時を思い、クスクスと笑いながら心弾ませつつ夕餉の支度に取り掛かった。 「愛してる…」 クスクス。 クラウドと子供達の笑顔を思い浮かべながら、ティファは幸せそうにそう呟いた。 あとがき なんとな〜く、勢いだけで書いたこのお話し。 結局は、思い込んで妬み深い不幸な女性に巻き込まれたティファ…って話しに…(汗)。 でも、本当に実際ティファは嫉妬の対象だと思うんですよね。 そんな一面をちょこっと書いてみたいなぁ…とか思いながら書いたら、こんなに長く…(滝汗)。 はい、お付き合い下さり本当にありがとうございました!! |