好き。 大好き。 愛してる。 その言葉を口にすればするほど、何故か空虚な響きを感じさせるのは、その言葉に釣り合うだけの心が身の内にないからなのかもしれない……。 丁寧に便箋を折りたたんだ細い指先は、微かに震えていた…。 心に見合った言葉(前編)― あなたはいつも素敵な笑顔で幸せそうね。 あなたの周りにはいつも笑顔が一杯。 皆、あなたを慕っている…。 あの人も。 この人も。 皆、あなたの笑顔に魅入られ、その笑顔を少しでも自分に向けて欲しくて店に通う…。 でも…。 そんなあなたがとても妬ましく思ってしまうのは、私だけじゃないのよ? だって、あなたは私が唯一欲しいと思っているものを、なんの努力もしないで手にしているんだもの。 そして、それはあなたにとって、全く意味を成さない『無駄』なものとして位置づけられている。 だから、あなたは振り返りもしない。 どんな言葉をもってあなたを評したら良い? 『猫かぶり』『八方美人』『男垂らし』 はっきり言って、どの言葉もあなたには相応しい。 その気が無いのに男達の心を掴むような仕草をして、男達を惑わす。 良い人ぶって『英雄』という肩書きを捨てたような生活をする。 どの人にも親身になって話を聞き、あの人にはこう言って……、その人には同情して…。 そうやって、みんなの心を巧みに捕え、弄ぶ。 そう思っている女は、私だけじゃないのよ? 男に好かれても、同性には好かれにくい原因はそこにあるってちゃんと分かった方が良いんじゃない? でもね。 私達大部分の女がそう評しても、男達はあなたに騙されている(あなたにその気が無くてもね)から、躍起になってあなたを庇い、私達を『ブス』扱いするのよ。 本当に、世の中不公平よね。 あなたには『英雄のリーダー』という最高の恋人がいるって知ってるのに、あなたに恋焦がれ、のたうちまわっている男達が後を絶たない。 彼らに『手ひどく当たれ』とは言わないわ。 せめて、『けじめをつけて』接して欲しいの。 彼らに少しでも『希望』を持たせないで…。 あなたが彼らのうち、誰か一人でも『クラウド・ストライフ』の後に据えようという気がないのなら。 ちゃんとけじめをつけて接して。 彼らをズルズルとこれからも、虜のままで縛り付けるようなことはしないで。 もしも。 もしもあなたが私のお願いを聞いてくれず、これから先も変わらないなら…。 あなたの大切な子供達が今後、今までどおり楽しく遊べると思わないで。 これは警告ではなく『脅迫』だと取ってもらって構わないわ。 警察なり、WROなりに突き出しても構わない。 でも、私がそうなることで、世の女性達が奮起し、立ち上がってくれるきっかけとなれるはず。 そうなってくれれば、本望よ。 最後に。 あなたから解放された男達が、真の心を手に入れる日が来ることを願って…。 ― ティファは、その手紙を読み終えて暫し呆然とした。 カウンターの椅子に座ったまま、店内に夕陽が差し込むのをぼんやりと眺める。 手の中で、綺麗なピンク色の便箋が、カサカサと微かな音を立てて震えていた。 「 ……… 」 ティファは一つ頭を振ると、唇と手を微かに震わせながら、ササッと便箋を元のように折り畳み、封筒に押し込んだ。 表には、 【 セブンスヘブン ティファ・ロックハート様 】 と、綺麗な細い文字が綴られており、裏返すと同じ文字で差出人の名前と住所まできちんと記されていた。 差出人の女性には……心当たりが無い。 住所は、エッジ。 この復興目まぐるしい街の一角だ。 実際に、その住所まで行った事もある。 と言うよりも、市場へ行くまでにその一角を通るので、良く知っている場所になる。 そんな、身近な所から夢にもみなかった便りが届いたのは、つい先ほど。 夕刊を取りに新聞受けを覗き込んだティファは、このご時勢では珍しい綺麗な便箋に目を丸くした。 差出人が女性であり、自分宛であったことに更に目を丸くし、意味も無くキョロキョロと周りを見渡してしまったほどだ。 最近は、エッジの中だけではあるが、手紙の配達が行われるようになっていた。 まだ、街の外まで手紙を配達出来る機関は少ない。 料金もかかる。 だが、街の中だけに限定されるものなら沢山あった。 まだ本格的な仕事をする年齢でない子供達や、一線を退いた高齢者が気軽に勤められる『職』として、結構な人気ぶりだ。 何しろ、先の『ジェノバ戦役』で、親を亡くした子供が多い。 子供達はWROやその他の財閥からの支援にて福祉施設に入っている。 しかし、それだけでは子供達は十分ではない。 ある程度、読み書きが出来るようになり、尚且つ身体が大きくなった子供達は自然と『アルバイト』をし始めるのだ。 その『アルバイト』として、『郵便配達』は、ポピュラーなものだった。 「ふぅ……」 ティファは、重い溜め息を一つ落とし、カウンターの中に入った。 どうしたら良い…? すぐにでも、この差出人の女性宅へ向かい、真意を確かめるべきだろうか…? いや、もしかしたら、差出人と『犯人』は別かもしれない。 もしもそうだとしたら、『英雄』という肩書きを持つ自分が、たった一通の手紙で大袈裟に騒ぎ立てをした、と世間は哂うだろう。 勿論、肩書きなどティファは重んじてはいない。 しかし、世間はそうはいかない…ということもしっかり分かっている。 そして、その肩書きに縛られているのは自分やクラウドだけではなく、子供達までにも影響している…ということも。 この肩書きが、非常に重い十字架のように思うこともある。 しかし、まさに自分が身に背負うべき十字架として、仲間達もクラウドも生きている。 ティファもそうだ。 だが、この肩書きが子供達までをも飲み込もうとしていることが……やりきれない。 子供達が立派に巣立つまで、せめてこの肩書きが『お守り』として子供達の役に立てば…、そう思っている。 「どうしよう…」 焦燥感も露わに一人ごちる。 携帯に手を伸ばし、クラウドを表示させる。 しかし、あと一歩が出ない。 結局、通話ボタンを押す事無くティファは携帯を閉じた。 今夜、クラウドは帰って来る予定だ。 帰宅してから相談したら良い…。 そう結論を出した。 それに、捜査等の問題にまで発展すると、自然、子供達の生活まで影響が出る。 まず、自由に遊ぶことは出来ないだろう。 犯人と思われる女性が捕まるか、何らかの形を取るまでは…。 差出人本人と『犯人』が同一人物なら、解決は早いかもしれないが、そうなったら、第二、第三の『犯人』が生まれるかもしれない。 もしもそうなったら…? 予告なしで子供達に危害が加えられるかもしれない。 それは、ティファにとって言葉に出来ない程の恐怖だった。 セフィロスなんか目じゃないくらいの……恐怖。 ティファは頭を振った。 一人で悶々と考えても仕方ない。 クラウドと話をしよう。 それに、文面から考えると、今すぐ子供達をどうこうしようというつもりはないらしい。 暫く様子を見て、ティファの態度が変わらなかったら……という風に匂わせているのだから…。 ティファはもう一度、深呼吸をして時計を見た。 もうそろそろ子供達が帰ってくる。 気持を切り替え、いつものように笑顔で子供達を出迎えてやらなくてはならない。 そうでなくば、聡い子供達のことだ。 きっと、なにかあったのだと感づくだろう。 そうでなくても、最近子供達は本当に周りを良く見るようになった。 いや、元々よく周りを見ていたのだろうが、その事に最近になってティファが気付いただけのことなのかもしれない。 この前も、ちょっと調子の悪い常連客がいた。 いつもなら、ジョッキ3杯は軽く空けるのに、彼はその日、熱いお茶しか頼まなかった。 『疲れてるからなぁ…』 彼はそう言って、日焼けした顔をクシャリと歪めて笑った。 ティファは、きつい仕事をしているのだから、そういうこともあるだろう…と、彼の言葉そのままを受け取った。 しかし、子供達は違った。 心配そうな顔をして、彼が帰るその背を追いかけた。 ティファはビックリした。 そして、たまたま早く帰ってきていたクラウドに、彼を病院へ運ぶようせがんだ。 クラウドは目を丸くした。 常連客も、苦笑しながら『大丈夫だって、今からぐっすり寝たらバッチリ大丈夫だって』と笑っていた。 しかし…。 常連客にとっては自分の身体。 やはり、なにか思うところがあったのだろう。 真剣で深刻な顔をし、 『お願いだから、病院に行って!』 『なんにも無かったら、それはそれで良いじゃんか!!』 と説得する二人に、とうとう根負けし、クラウドにテレ臭そうに頭を下げた。 クラウドは、例の無愛想な顔のままではあったが、軽く頷いて愛車を倉庫から引っ張り出した。 そして…。 常連客はそのままエッジの総合病院へ入院となった。 あと少しで『急性肝炎』になるところだった…と、見舞いに行ったティファと子供達にベッドの上で笑っていた。 「本当に、あの時はありがとうな!元気になったらまた飲みに行くからよ」 「ダメだよ!もう今度からはお茶!!」 「そうそう!!おっちゃんのために、美味しいお茶を煎れてやるから早く元気になれよ?」 しっかりしている子供達に、客はもちろんのことだが、看護師や同室の患者達が腹を抱えて笑った…。 ティファには分からなかった。 いつも見ているはずの客が、その身の内に病を巣食わせていた事に。 客本人も、しっかりと意識はしていなかった。 それを、まだ幼い子供達が見つけた。 客を運んだクラウドもかなり驚いていた。 付き添いのような形で病院に行ったクラウドは、 『よく連れて来てくれましたね!』 と、医師に手放しで褒められた。 『本当に……良く見てるよなぁ…』 その日の晩、クラウドはしみじみとそうこぼしたものだった…。 パンパン! ティファは、うっかりその時の感情に浸りこんでいた自分にカツを入れた。 本当にもうすぐ、子供達が帰って来るだろう…。 帰宅して、ティファが開店の準備をなにもしていないのを見たら、すぐに不審がるはずだ。 ティファは小走りで二階の寝室へ向かうと、悩んだ挙句、鏡台の引き出しにその手紙をしまいこんだ。 引き出しをそっと閉めて深呼吸をする。 「よしっ!」 自身に気合を入れるように声を出すと、ティファは階下へと向かった…。 「ティファ、メニュー追加ね」 「うん、分かったわマリン。ありがとう」 「ティファ、奥の倉庫からビールの樽持ってきてくれるか?俺、まだそこまで力が無いからさぁ……」 「ふふ、分かったわデンゼル。大丈夫よ、すぐに持てるようになるわ。デンゼルは男の子だし、すごくしっかりしてるもの、あっという間よ」 デンゼルのフワフワした髪の毛を一撫でしてから奧へと向かう。 ティファは軽く額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら微笑した。 今日もいつもと変わらず忙しい。 …忙しくて良かった。 余計なことを考えずに済む。 ティファは「よいしょ」と軽く声をかけながら、ビールの樽を持ち上げた。 その時…。 「ティファさん、女性なのに大変ですね、手伝いましょう」 ふいに後ろから声をかけられた。 ビックリしすぎて樽を落っことしそうになる。 勢い良く振り向くと、若い男が店と倉庫に繋がっているドアからこちらへ向けて歩いてくる所だった。 ティファは慌てた。 「だ、大丈夫です、ありがとう」 「でも、女性なのにこんな重いものを持つなんて」 「いいえ、慣れてるし力はあるから」 「良いから、遠慮しないで」 「いえ、本当に結構ですから」 あっという間に自分の隣に来て樽へと腕を伸ばすその青年を、ティファはぎこちなく断って自分で樽を持ち上げた。 しかし、ティファが持ち上げたその樽を、青年は「よいしょ」という小さなかけ声と共に取り上げてしまった。 その馴れ馴れしい態度に嫌悪感が込上げる…。 「やっぱり重いね。こんな重いもの、女性が運ぶべきじゃないよ」 「いえ、本当に大丈夫ですから」 「ははは、本当にティファさんは逞しいんだから」 「あの、本当に困りますから!」 少し声を荒げて青年の腕から樽を奪い返す。 青年の顔に微かな苛立ちと失望が走った。 ティファの胸に小さな罪悪感が生まれたが、それでもティファは謝らなかった。 頭の片隅には、『手紙』が残っている……。 「お客様にこんなことはさせられません。それに、ここは従業員以外立ち入り禁止ですよ。お気持は嬉しいのですが、お席にお戻り下さい」 青年の『傷ついた』顔をまともに見るのが苦しくて、半ば逃げるように顔を背け、早口で言い放つ。 常のティファにはないことだ。 それだけ、あの『手紙』はティファにとって衝撃だった。 青年は、一瞬どうしていいのか分からないような戸惑いと、拒絶された失望、更には『男の面子を潰された』という『憤り』をない交ぜにしたような顔をして突っ立ったが、 「はは、ごめんよ、ちょっとやり過ぎた…」 取り繕うように苦笑してティファの前を通り過ぎた。 ティファの前を通った一瞬、男の横顔をティファはチラリと盗み見たが、青年は真っ直ぐ前を向いていて目は合わなかった。 それが、青年の『自尊心』をどれほど傷つけたのかを現している様でチクリ…と、また胸が痛む。 しかし、一方では、青年のそんな態度が酷く『虚勢を張っている』ようにも見えて、『青年』という一人の男がとても小さな器しか持っていないようにも感じられた。 そう感じた瞬間。 『 !! ………私……サイテー……』 ティファは自分の醜い心を目の当たりにして新たな嫌悪感が込上げた。 唇を噛み締め、ギュッと眼を瞑る…。 腕の中でビールの樽が存在を主張するように段々重くなってきた。 遠くから…、正確には店内から子供達の呼ぶ声がしてハッと目を開け、鋭く息を吸い込んで、 「今行くわー!」 良く透る声で呼び声に応える。 店内に向かう足が重いのは、決して樽のせいばかりではないだろう……。 それからも、ティファはひたすら営業に務めた。 客達に笑いかけ、メニューを作り、勘定をする。 客達は今夜も陽気な者が多かった。 今日一日の苦労を笑い話にして隣のテーブルの馴染み客達と笑い飛ばしている。 時には子供達もその輪の中に入り、子供特有の甲高い笑い声が、店内の雰囲気を温かく、活気溢れるものにしてくれていた。 当然、ティファにも客達が話しかける。 面白おかしく、自分の失敗を語る客に笑いながらもティファの心境はそれどころではなかった。 今もこうして笑っていることで、この目の前の客が勘違いしているかもしれない…。 いや、もしかしたら、手紙の差出人が遠くから見ていて、ティファの態度を『反省の色なし』とし、子供達に危害を加えるかもしれない。 自分はどうなっても良い。 子供達になにかしらの被害がもたらされたとしたら? 段々、ティファの心は戦々恐々となり、いつもの笑顔を浮かべるのも難しくなってきた。 子供達の鋭い目が自分の内面を見透かしている、と感じられるほどになった頃。 「ティファさん」 先ほどの青年が声をかけてきた。 新たな注文かと思い、一瞬躊躇ったものの、 「はい、ただいま」 営業スマイルを浮かべてテーブルへと向かう。 彼は一人で二人掛けのテーブルにいた。 テーブルの上の伝票に手を伸ばしたティファを、青年はゆっくりと首を振る。 「え……?」 「ごめん、注文じゃないんだ…」 戸惑うティファに、青年が苦しそうな表情を見せる。 ティファの脳内で警告音がけたたましく鳴り響いた。 『マズイ!マズイ、マズイ、マズイ!!』 店の喧騒が一瞬遠くなる。 近くのテーブル客達が笑いながらティファと青年を見やっている気配を強く感じる。 子供達が店の端からギョッとしているのがチラリ…と見えた。 「ティファさん、俺、ここで働かせてもらえないかな?」 「ほら、やっぱり女性一人と子供達二人だけだったら大変だし」 「今もなんだかすごく疲れてる顔してるしさ」 「勿論、接客とか俺は慣れてないけど、いないよりはマシだと思うんだ」 「あ、給料はそんなにいらないよ。なんなら最初の一週間は『お試し期間』ということでタダでも良い」 「俺は…ただ…その……、ティファさんの役に立てたらそれで良いんだ…」 「だから…、どうかな…?」 途端に上がる無責任な黄色い野次の声。 子供達が急いで向かってくる中、まばらにいた女性客達が非難するような目でティファを睨む。 青年は周囲の人達など気にならないのか…。 いや、野次を飛ばす常連客達を味方につけるように、照れたように笑いながら「皆からも推薦、よろしく」などと勝手なことを言っている。 客達は当然、青年を指示した。 完全に面白がっているのだが、瞳の奥底ではティファが一体どういう応えを出すのか興味津々だ。 いつもは人がいい客達だが、酒も入っている上、クラウド一筋であるティファに一方ならぬ思いがあるため、『クラウド・ストライフ』という『高く、厚い壁』を突破出来る男の登場かもしれないことに、一縷の望みを抱いたのかもしれない…。 ティファは……。 笑った……。 |