好きだって気持ちはどうしても抑えられないと思わない? だって、心は自由なんだもの…。 心の中の卵(後編)「…で…?」 目の前で困惑したような顔をする男の人。 私は平静さを装いながら、努めて声が上ずらないように必死に己を保とうとする。 「『…で?』って…、私が言わなくても分かるんじゃないんですか?」 「…いや…」 困ったように首を傾げる、その仕草までもが私の鼓動をかき乱す。 意識して『良い女』を演じるため、口の端をゆっくりと持ち上げた。 この『笑み』を前にしてオチなかった男は…今のところ一人だけ。 そう、この目の前の鈍い彼だけ。 「…俺にはティファがいる」 「知ってます」 「…なら…なんで…?」 「本当に分からないの?」 一歩、彼に近寄る。 彼は困ったように眉をひそめたまま、巨大バイクに片手を置いたスタイルを崩さない。 本当はもっと近寄りたい。 傍に駆け寄って、彼をこの腕に抱きしめたい。 でも、彼はそうすると絶対に私と距離を置く。 ううん、『距離を置く』どころじゃないわ、私の前から完全に遠ざかって、絶対に手の届かない場所に行ってしまう。 だから、少しずつ…少しずつ距離を縮めていくしかない。 こんな焦らされかた、初めてよ…。 「何も私一人だけを見て欲しいって言ってるわけじゃないの」 ゆっくりと言葉をつむぐ。 彼に拒絶されないように…。 少しでも私を見てもらう時間を長くするために…ゆっくりと。 でも、そんな私の気持ちなんか全然知らない、気づかない彼は、 「…無理だ…」 あっさりと酷い言葉を口にした。 それだけじゃなく、たった今まであった戸惑いとか困惑の感情は取り払われ、冷たい表情に全てが包み込まれた。 完全なる拒絶。 心が砕けてしまいそうになる。 でも…。 「どうして?」 無邪気を装って傷口に塩を塗る。 私の心の葛藤なんか知らない鈍感な彼は、冷たく霜の降りた紺碧の瞳を真っ直ぐぶつけてきた。 心が凍りそうになる。 それでも、私は笑顔を絶やさない。 どこまでも無邪気さを装い、彼の完全な拒絶に気づかないフリをする。 冷たくされても良い。 少しでも長く、この『二人だけの時間』を過ごしたい。 他でもない彼と一緒に。 でも…。 そんな私のささやかな願いすら彼は叶えてくれない。 私からフイッ…と視線を逸らすと、 「俺はティファ以外に興味がない」 …。 本当に酷い男。 でも、ティファに一途な彼だからこそ、ここまで惹かれたのかもしれない。 そう思うのは、私の負け惜しみなのかしら…。 自分の心なのに自分が分からない。 だけど、たった一つだけ分かること。 それは…。 「無理」 「…え?」 呟いた本音に、冷たい仮面をわずかに揺らめかせて彼は眉を顰めた気配がする。 俯いていたから分からないけど…きっとそう…。 ジーン、ジーン、と耳鳴りがする。 私の薄っぺらい『良い女の仮面』が脆くも崩れていくのを感じた。 「私もクラウド以外に興味はない、興味を持てない」 言い切って顔を上げる。 想像通り、彼はアイスブルーの瞳に困惑の色を浮かべていた。 その表情を認めた瞬間、私は発作的に動いた。 身体が自分の意思を全く感じない内にこんな行動に移ったのは初めての経験。 彼に身を引かれる前に、思いっきり彼の身体にぶつかった。 本当は…抱きしめた…って言いたいんだけど、彼の背にこの腕を回すヒマなんか…全くなかった。 「やめてくれないか…」 私の両肩をグイッと押しやって、至近距離から紺碧の瞳が見据えている。 本当なら泣きたいのに、一番近くなったこの距離に幸せを感じてしまうのは、私がおかしいから…なのかな…? 「俺はずっとティファしか見てない。だから、これから先もティファ以外の女性を見ることはないし、必要ない」 完膚なきまでの失恋の言葉なのに、何故か私の胸の奥底では喜びが湧いていた。 この近い距離のせいなの? 「だから…。あんたの気持ちは正直嬉しいけど、だけどそれに応えることは出来ない」 ゆっくりと私の肩から手を離し、クラウドは金髪を揺らめかせながら一歩引いて…。 深く頭を下げた。 その姿が数日前の元彼と重なる。 あぁ…そうか。 元彼が無意識に目指しているものは、クラウドの姿なんだ。 ストン…と、妙に納得する答えが出てきて、失恋の痛手を負った心を少しだけ温めてくれた。 そんな彼に、また私は恋をした。 決して叶わない恋を。 だけど、どうしても止められない、私は彼に夢中なの。 一目惚れで惹かれ、彼の仕事振りに心揺さぶられ、店で頑張って働いている子供達を愛おしそうに見つめる瞳に心奪われ、そうして、ティファと時折絡む視線に言い知れない情熱を見せ付けられたあの晩から、私の心はクラウドしかいない。 クラウドしか見えない。 だから。 「クラウド…」 突然聞こえてきたその声に、私とクラウドは文字通り飛び上がって驚いた。 視線の先には、私の恋敵。 温もりを感じさせる茶色の瞳は、歓喜のあまり潤み、頬はピンク色に染まっている。 身体から溢れ出るその喜びと彼への想いのオーラは、どんな女性も太刀打ち出来ない強さを感じた。 「ティファ…!」 そう言って狼狽するクラウドの中から、私の存在がすっかりなくなってしまったことが分かった。 たった今まで二人きりでいたのに…。 セブンスヘブンの裏口でクラウドを待ち伏せるしかなかった私だけど、それでももっと違う場所で彼に思いを告げれば良かった…と深い後悔に見舞われる。 でも、私には他に手段がなかった。 わざと『配達』を依頼することも考えたけど、それだと予約で一杯の彼がいつ来てくれるか分からないから。 一刻でも早く、この膨らむだけ膨らんだ想いを伝えたかった。 我慢…出来なかった…。 「クラウド……私…」 「あ〜…いや……まぁ……その……」 目を潤ませてゆっくりと近づいてくるティファを前に、クラウドはせわしなく視線を動かしている。 彼女に聞かれているとは思いもよらなかったのだろう。 そして、そればかりではなく…。 彼は照れている、思い切り! まさに女性から見たら、理想の男性像である彼は、さぞかし女性にもてはやされているだろうに、まるで少年のような初心な反応を見せてくれる。 その姿は、出来たばかりの心の傷にまた塩を塗った。 ゆっくりと震えるティファの手がクラウドに伸びる。 私にはあんなにスッパリと拒絶された彼のしなやかな身体が、彼女を包み込むようにしてゆっくりゆっくりと彼女へ傾いていく。 「私…なんて言って良いのかわかんないくらい…嬉しい…」 「あ〜…………うん」 涙目で笑う彼女に、耳まで真っ赤にしたクラウドは、なんとも気の利かない台詞をようやく舌に乗せた。 ティファの笑顔がひときわ輝いた。 そうして。 その笑顔は私へゆっくり向けられ、申し訳なさに摩り替わる。 心がまた、悲鳴を上げた。 そんな哀れまれたような目で私を見ないで! 私はティファに哀れまれるような可哀相な人間じゃない! そう叫びたかったのに…。 舌が上あごにひりついたようにピッタリとくっついて声が出ない。 口の中はカラカラに乾き、きっと目はランランと光っているだろう。 気持ちがざわついて、落ち着かない。 この感情のままにティファを攻撃出来たら、少しは収まってくれるの? 「ごめんなさい」 深く頭を下げる女性。 私だけじゃなく、クラウドも驚きのあまり目を見開いている。 そんな私達に構わず、ティファは頭を下げたまま、 「本当にごめんなさい。他のことなら出来る限り譲歩します。でも…」 言葉を切って真っ直ぐ私を見る。 強い光の灯った眼差しに、とうとう心が挫けた。 クラウドがティファしか見てないのは分かってたから、『お遊びの相手』で充分だと自分を偽っていた私の心が壊される。 「私にとってもクラウド以外の男性は必要ないの。クラウドは渡せない。彼の意思が私から離れることだったとしたら…、その時はすごく悩んで、苦しんで考えると思うけど、結局、私は二度と彼が私のところから離れるなんてこと、我慢出来ないと思う…だから…」 「ごめんなさい、クラウドは諦めて…」 もう一度頭を下げたティファに、私は女としても人間としても負けた、と己の敗北を認めないわけにはいかなかった。 * 「ねぇ〜、元気ないじゃん?」 「どっか具合悪い〜?」 数人の男に囲まれても、気分は晴れない。 いつもなら、『そんなことないって!そんなに心配してくれるなら、何か美味しいものでも奢ってよ』って笑えるのに、今日は無理だった。 寄り添い合い、想い合い、支え合っている二人の姿を目の当たりにしてしまった今、私は自分の伴侶ってなんだろう、と考えずにはいられなかった。 こうしてそこそこのイケメンに囲まれて浮かれていた自分は、全くの赤の他人のように今では感じている。 何が楽しかったんだろう? こんな浮ついた男達に囲まれることのどこが…。 分からない、全く分からない。 「本当に大丈夫か?今夜はもう送ろうか…?」 心配そうなフリをする男達のどこが良かったんだろう…。 「いい、一人で帰れる」 「何が良いんだよ。ほら…」 差し伸べられた手。 一つではないその手を見なかったかのように、私は席を立った。 さっさと背を向けた私に、 『なんだよ、感じワリィな』『ちょっと顔が良いからって調子乗ってんなっつうの』 って男達の小声が聞こえてきた。 ハハ…。 そうよ、こんなもんなのよ、私の周りにいた男達は。 分かってた、分かってたわ。 だからこそ、一人の女性を一途に想っているクラウドの姿を目の当たりにして、衝撃が走ったのよ。 あの後。 頭を下げ続けるティファの肩にそっと手を置いて、クラウドは彼女の顔を上げさせた。 絶対に私には向けられない微笑を浮かべて、愛しさを込めて見つめるクラウドにティファはおずおずと微笑み返し、そうしてもう一度私を見て、 『ごめんなさい』 呟くようにして謝って…。 二人揃って私に背を向けた。 クラウドは、結局ティファが登場してから一度も私を見なかった。 ただ単にティファ以外の女に興味がなかった…ということもあるだろうけど、彼なりの不器用な気遣いだったのかもしれない。 もしもあのお別れの一瞬、彼が私を哀れむような眼差しで見てきたら、きっと私はここにはいない。 エッジの街を離れて、どこか田舎に逃げてしまう。 今の生活を全て捨てて、彼のいないどこか遠くへ…。 「送る」 フワリ。 突然、冷えた身体が温かいものに包まれた。 ビックリして横を見ると、メガネをかけた一番『カッコ悪い』男が私の隣に立っていた。 真っ直ぐ前を向いて私を見ようとしないけど、なんとなく彼が私の心情を察してくれてるのだって分かった。 今まで一番『相手をしなかった』男からの突然の優しさに不覚にもどぎまぎする。 でも、その動揺も、 「お〜、メガネが頑張ってる〜」「ヒューヒュー、熱いねぇ」「ま、無理だと思うけど頑張って〜♪」 悪ふざけしたバカ男達の言葉に吹っ飛んだ。 その言葉にギクッ!としたメガネ君だけど、悪ふざけを無視して私の肩を押すようにスタスタと歩く。 …肩を抱くのではなく、肩を押すって…どうなのよ…? そう思った瞬間、クラウドとティファが互いへの想いを大事にしながら、寄り添っていた後姿が脳裏によみがえった。 …あぁ、本当に私、失恋したんだ…。 そんでもって、私はとんでもない大バカ者だったんだなぁ…。 素直にそう思えた瞬間、肩から力がスーッと抜けた。 肩を押していたメガネ君にも分かったみたい。 自分がしていることがとんでもない!って思ったみたいで、慌てて私から距離を置く。 背後から、悪ふざけしていた男達が『ソレミロ』とばかりにバカ笑いしている声が響いてきた。 私はむっとした。 勿論、バカ笑いしている男達にもだけど、私自身に。 こんなバカな私には、あのバカ男達が相応しい。 それなのに…こうして包んでくれる男性(ひと)がいてくれたことに気づかなかった自分のバカさ加減にむっとした。 でも、今ならまだ間に合う…よね? だから。 「ありがと。でも、やっぱりお腹空いたから何か奢って」 ビックリしてるメガネ君を置き去りにするようにスタスタと歩く。 彼がかけてくれたマフラーをしっかりと首に巻きつけながら、 「早く〜!私を待たせる気〜!?」 わざと不必要な大声でメガネ君に呼びかける。 ビックリしているメガネ君の身体越しに、バカ男達が驚愕に固まっているのを確認して満足した。 バカ男達の姿に満足したら、自然と胸の奥から笑いがこみ上げてきた。 我慢せずに大笑いする私を、メガネ君はびっくりした顔のまま、恐る恐る近づいてきた。 そんな彼の姿にまた新たな笑いがこみ上げてくる。 我慢しないで、これまた大笑いしつつ、 「早く!お腹空いたんだってば〜!」 「あ、うん…!」 ちょっぴり嬉しそうに笑った彼に、私の心はまた、満足した。 決して豪華な男の人とは言えない、地味なメガネ君だけど、前向きに検討してみる価値はあるな…って思った私の直感は、決して間違えていないと思う。 「なに奢ってくれるの?」 「…何が良い?」 「ん〜…、三ツ星レストランのフルコース」 「…僕の財布事情知ってるでしょ…?」 「この私に食事を奢ってくれるんだから、それくらいは当然でしょ?」 「はいはい。でも、やっぱりそれは絶対に不可能だから、○○レストランにしてくれないかな」 「む〜…どうしよっかなぁ…」 「それが無理なら割り勘ね」 「え〜!?信じられない、この甲斐性なし!」 「はいはい。僕は甲斐性ナシですよ」 あぁ、こんなやり取りが心地いいだなんて…。 ずーっと前から求めていたものが、これなんだ!って確信した瞬間だ。 男達に囲まれていい気になっていた頃から、心の奥底で眠っていた『卵』が、ようやく温められて孵った瞬間だった。 これから、心の中で可愛く孵ってくれた雛を大事に大事に育てていこうって、素直にそう思った。 隣のメガネ君と一緒に。 あとがき ただ単に『フラれて終わる』という話しにしようかと思ったんですが、やっぱりどうしてもHappyエンドにしなくては気がすまないマナフィッシュ。 皆が幸せなお話しって『なんだかなぁ…』とか感じるくせに、止められないんだなあ、これが(笑) お付き合い下さってありがとうございました〜♪ |