こんなかたちの親子です 後編




「あああああ!!!!」
「やった〜!勝った勝った!」
 俺は、自分の出したグーを震わせて叫び声を上げた。
 そんな俺の目の前では、心底嬉しそうにマリンが飛び跳ねている。

 え?
 何の勝負かって??
 それはな…。

「どうしたんだ、二人共?ご飯が冷めるぞ?」

 中々降りてこない俺達を呼びに来たクラウドが、飛び跳ねて喜ぶマリンと、わなわなと震えて落ち込む俺を見て、怪訝な顔をした。
「あ、なんでもないの!ごめんね、すぐ行く〜!」
「…そうか?ティファも待ってるから早く来いよ?」
「は〜い!」
 首を捻りながらも部屋を出たクラウドに続き、踊る足取りのマリンがドアの前でクルリと立ち止まった。
「デンゼル、約束なんだから、頑張ってね!!」
「…………」
 くっそ〜!
 マリンの奴!!
 そんなに念押ししなくてもちゃんと約束は守るって!!!

 ………守らなきゃ…駄目かな……。

 そう。
 何を賭けてじゃんけんをしたかと言うと…。

 どっちが先に『お父さん』『お母さん』と呼ぶか!!

 あああ、負けたくなかった。
 この勝負だけは、何が何でも負けたくなかった…!!

 だってさ〜、一番最初に『お父さん』『お母さん』って勇気いるじゃないか!
 マリンなら絶対にミスらないで呼べると思うのに、
『やっぱり、公平にじゃんけんで決めよう?』
 って言い出したんだよな…。
 普通、こういう勝負って、言いだした奴が負けるもんじゃないのか???
 俺って友達とかとじゃんけんを言いだしたら、ほとんどの確立で負けちゃうんだけど…。

 マリンって、心が強いだけでなく、勝負事も強いんだな〜…。
 世の中、不公平だな〜…。


 重い足を引きずるように階段を降りる。
 食卓には、当然のように俺以外の全員が席に着いていて、クラウドとティファが不思議そうに、それでもって少し心配そうな顔をして待っていた。
「どうしたの、デンゼル?具合でも悪いの?」
「う、ううん!なんでもないよ、ごめん、遅くなって…」
「そう?なら良いんだけど…」
 優しい声音のティファに、いつもなら元気に笑って見せるんだけど、流石に今の心境じゃそれは無理だ。
 き、緊張してどうしようもないんだから!!


「あ、このスープ美味しい!」
「そう?良かった」
 今朝は、クラウドも交えて久しぶりに四人が揃った朝食なのに、どうしてこんなにも緊張したままで食べなくちゃならないんだろう…。
 お陰で、いつもは物凄く美味しいティファの料理が、全然味しない…。
「デンゼル…、どうしたの?」
「んあ!?」
 もそもそとパンを噛んでると、ティファがまた心配そうな顔をした。
 クラウドも何も言わないけど、じっと俺の事を見てる。

 う………。

「な、何でもないよ、本当に!」
 慌ててスープを口に運んで見せたけど、当然そんな事でごまかされてはくれない二人なんだよな…。
「でも、デンゼル、なんだがずっと上の空よね…。何か心配事があるんじゃないの?」

 くぅ〜〜、どうしてこうも俺の事とかマリンの事になると敏感なんだよ!!
 もっとその感覚を自分の事に向けてくれよ!!

「本当に何でもないんだ。そ、その…お、お、おか、おか…」
「おか…?」
 クラウドが眉を寄せ、ティファはキョトンとしてますます俺を凝視する。
 俺の隣では、マリンが『頑張って!!』と、熱い視線を送ってくる。
「お、おか…」

 あと少し!
 あと少しで俺の任務は達成される!!

「あ、『お代わり』ね?スープ、そんなに美味しかった?」
「う……うん!ティファの作るスープ、最高だよ!な、マリン!!」
「…………」

 ああああああ!!!!!
 駄目だーーーー!!!!!
 どうしても、どうしても『おかあさん』の五文字が言えない!!!!
 何だよ、マリン、そのシラーッとした目は!!
 お前だって言いにくいから、じゃんけん勝負したんだろ!?
 勝って物凄く喜んでたじゃないか!!!
 くっそ〜!見てろよ!
 絶対に、絶対に!!!
 クラウドとティファを『お父さん』『お母さん』って呼んでみせるんだからな!!!



 と、息巻いていたというのに…。
 気がつけばことごとくチャンスを棒に振ってしまい…。
 もう店が開店してから数時間が経つんだよな…。

 折角、今日はクラウドも配達の仕事がオフなのに!!
 クラウドに『お父さん』って言うチャンスは、ティファに『お母さん』って言うよりも少ないっていうのに!!
 それなのに、どうしても…、どうしても!!!
『おとうさん』『おかあさん』の計十文字が言えない!!
 何でだ!!
 俺って、こんなにも優柔不断、思い切りの無い腰抜けだったのか!?
 もうマリンなんか、俺に何にも期待しないって顔してるしさ…。
 って言うか、そこまであからさまに小バカにした顔するなら、自分から呼んでみたら良いじゃないか!!
 そうしたら分かるさ、どれだけ難しい事なのかって!!


「デンゼル、悪いけどこれ、あのテーブルのお客様にお願いね」
 グダグダ悩んでると、ティファが遠慮がちに声をかけてきた。
 おっと、今は仕事、仕事!!
「あ、分かったよ、ティファ」
 ああ、本当に駄目だな〜、俺って奴は。
 いつも以上にティファに負担掛けちゃってるし、クラウドはあんまり表情変わらないけど、やっぱり心配そうに見てるのが良く分かるしさ…。
 クラウドとティファに喜んでもらおうとしてるっていうのに、これじゃ全く正反対だよな…。
 ああああ!!
 本当に、何でこう、素直に言えないかなー!

「お、どうした坊主?何か悩み事か?」
 テーブルに料理を運ぶと、常連さんが声をかけてくれた。
「えっと、悩みって言うか…」

 そんなに顔に出てたのかな…。
 カッコわりー…!!

「そうかそうか!坊主も悩めるお年頃になったって事か!」
「若いうちから悩んでると、良い大人になれるぞ!しっかり悩んで、頭を使え!!」
 カラカラと笑いながら、常連さん達が頭と背中をポンポン叩いてくれた。
「へへ、ありがとう」
 何となく照れ臭かったけど、今の俺にはとっても励みになってさ。
 素直にお礼が言えて、それがまた、何だかとっても自分に自信が持てるきっかけになったんだよな〜。
 ああ、俺って単純だな。
 でも、今のこの高揚した気分なら、気持ちよく『お父さん』『お母さん』って呼べるんじゃないか!?
 そうだ!きっと自然に、間違いなく、にっこりと笑って………。

「あ、デンゼル。悪いが、あそこのテーブルのお客さんのメニューを聞いてきてくれないか?」
「え?あ、分かったよ、お、お、おと、おとう…」
「……『おと』?何か変な『音』でも聞えたのか?何も鳴ったりしてないが…。もしかして、疲れて幻聴が…?」

 ダーーーーーー!!!!
 ちっがーーーう!!!!
 何で、『おとうさん』の五文字がすんなり言えないんだ!!
 たったの五文字だぞ!?
 それなのに、なんでこう、ことごとく変な単語になっちゃうんだよ!!!

「え?幻聴がするの、デンゼル!?」
 クラウドの言葉に、それまで他のお客さんと話して笑ってたティファが、ギョッとして慌てて飛んできた。

 違うんだ!
 俺は何でもないんだよ!!
 絶対に、絶対におかしくなったわけじゃないんだ!!!

 そんな俺の心の叫びが二人に聞えるはずもなく…。
「デンゼル、今日はもう良いから休め。それとも、病院へ…」
「そうね。クラウド、悪いけどフェンリル出してくれる?」
 二人はすっかり慌ててしまって、病院へ行く算段をしている。
 慌てる二人の姿に、当然、お客さん達もザワザワと心配そうな目や、好奇の目で見つめてくる。
「ま、待って!!俺は何とも無いから!!」
 青くなりながら、突っ走る二人を止めようとするんだけど、
「なに言ってるんだ。顔色も良くないじゃないか」
「デンゼル、調子の悪いときは甘えて良いのよ?今朝からずっと様子がおかしかったものね。それなのに、気付くのが遅くなってごめんね」
と、全然聞く耳持たない有様だ。
 クラウドはエプロンを脱ぎ捨て、俺を抱え上げようとするし、ティファは何だか心配のあまり泣きそうな顔するし、常連のお客さん達も俺の事を病人みたいに見てるし……!!
 唯一冷静な顔をしているのがマリンなんだけど、周りの空気に反論する事が出来ないみたいで、苦笑しながら黙って成り行きを見守ってる…。

 マリン!
 苦笑しながら見てないで、この暴走してる親代わり二人を止めてくれ!!!

 危うく、クラウドに本当に抱え上げられそうになった時、ドアベルがチリンチリン、と軽い音を立てて新しい客の来店を告げた。

 これがまさしく、天の助け!?
 とか思いつつドアを振り向くと、昨日の件の元凶の姿がそこにはあった。

 お前か!!
 お前のせいで、俺は朝からこんなにも苦労させられてるんだぞ!!
 どう責任とってくれるんだ!!!

 怒鳴りつけたい衝動をどうにか押し殺している俺の目の前で、その兄ちゃんはキョトンとした顔で店内の様子を眺めた。
「えっと、今日はお店…やってますよね?」
「ええ、そうなんですけど…」
 ティファが躊躇いがちにそう言った。
 その台詞の次ぎに来るのは、『もう、今夜は閉めようかと思ってるんです』に決まってる!!

 冗談じゃない!!
 こんな勘違いで店を早く閉めさせた挙句、病院に担ぎ込まれでもしたら、それこそ本当に赤っ恥じゃないか!!

「ティファ!俺は本当に大丈夫だから!!それにほら、折角来てくれたお客さんに悪いだろ!?」
 そう言い捨てると、おれはその兄ちゃんをさっさと空いてる席に案内した。
 俺の背後で、クラウドとティファが困ったように顔を見合わせている気配がするけど、ここで負けるわけにはいかない!
 二人を無視して兄ちゃんの注文を受ける。

「えっと、じゃあ、このピリ辛野菜炒めと八宝菜とビールね」
「はい、少々お待ち下さいませ」
 軽く頭を下げてティファに注文を伝える。
 まだ心配そうな顔をしていたけど、注文を受けたからにはそれをちゃんと作らなくてはならない。
 ティファは真面目だから、注文を受けといて『やっぱりそのオーダーはなしで』だなどとは口が裂けても言わないんだ。
 何か言いたそうに俺を見ながらも、カウンターの中へ戻って料理を作り始めた。

 あ〜、良かった。
 ティファが仕事に戻った事をきっかけに、クラウドもエプロンをもう一度着けて仕事に戻ってくれた。
 本当に、嫌な汗かいちゃったよ…。
 心からホッとした俺に、マリンがそっと近づいて『良かったね』と、ニッコリ笑ってくれた。
 本当は、マリンにちょっとムッとしてたんだけど、その笑顔を見たら何も言えなくなっちゃって、釣られて笑っちゃったよ…。
 あ〜、こんなだからマリンに頭が上がらないままなんだろうな〜。
 良いのかな〜、このままで。
 いつか、俺もビシッと決める時は決めないと駄目だよな、うん!!


 ところで、兄ちゃんを案内した時はあんまり気にしてなかった…、って言うか、危地を脱するのに必死だったから気付かなかったけど、兄ちゃんを案内した席って、カウンター…。
 しかも、ティファが料理する時には一番近い席…。

 ああ!!
 俺のバカ!!!
 わざわざ、あんな良い席、あんな奴にやっちゃったよ!!!
 ほらほらほら!!
 嬉しそうに笑いながら、料理中のティファに話しかけてる〜!!!
 いつもなら絶対にしないミスをしちゃったよ…。
 でも、今夜はクラウドがいるし、滅多な事にはならないよな…。

 そう内心ヤキモキする俺の目の前では、兄ちゃんがヘラヘラと笑いながら、じっとティファを見つめてる。
 クラウドはどうしてるんだろう…?と思ったら、何とクラウドは他の常連さんと談笑中じゃないか!!
 バカクラウド!!
 今、カウンター席を見ないでどうするんだよ!!
 ……でも、家族と仲間以外であんなに柔らかな顔するの、あんまり見た事ないな…。
 うん、やっぱり楽しそうにしてるし、邪魔しちゃ悪いよな。
 俺とマリンがさり気なくガードしたらそれで良いよな!

 よし!
 善は急げだ!!
 俺は、そそくさとカウンターの中へ仕事をする振りをして戻って行った。

 カウンターに戻った俺は、新しい皿とグラスを出す振りをしながら、ティファと兄ちゃんの会話を聞いてみた。

「でさ、今度その新しいカフェに一緒にどう?」

 ゲッ!こいつ、ティファをナンパしてる!!
 ……おのれ……許すまじ!!

「あ、ごめんなさい。あまり時間を取れないし…」
「じゃあさ、今度休みの日を教えてよ。日程合わせるから」
「ん〜、ごめんなさい。休みの日は家族と過ごそうって決めてるの…」
「家族って……、ああ、看板息子君と看板娘ちゃん?」
 ティファが困ったように笑ったのを見て、兄ちゃんは面白くなさそうな顔をした。
 俺が、心の中で『ザマーミロ』とか思ってると、兄ちゃんは優しい(と思えるような気色の悪い笑顔)でティファを見つめなおした。


「でも、ティファちゃんの事を『ティファ』って呼ぶような子供達だろ?ティファちゃん、まだ若いんだし、もっと自分の時間を楽しんでも良いんじゃないかな」


 その一言が、俺の胸に突き刺さった。

 なに言ってんだ…。
 俺達の事、何にも知らないくせに…。

 カーッと頭に血が上って、もう何が何だか分からなくなって…。

 気がついたら、ティファの目の前に躍り出てたんだ。



「母さん!あそこのテーブルの人達が注文よろしくだって!!!」



 シンとなる店内…。
 見開かれた茶色の瞳…。
 突き刺さる幾つもの視線…。



 あ………。

 カッとなった勢いで……。

 とうとう言っちゃった……?



 ティファが見る見るうちに涙を溢れさせ、店の隅からびっくりしたクラウドが飛んできた。
「あ、あの…、デンゼル、今……ティファの事……?」
 クラウドがいつもなら絶対に見せないほど、動揺して声が少し裏返ってる。
 カウンターの傍のテーブルでは、マリンが目を丸くしていたが、俺と視線が合うとニッコリと笑いかけてきた。
 カウンターに座っていた兄ちゃんが、呆然としてるのが見えた。


 え〜い、何だかわかんないけど、もう、自棄だ!!


「父さん!母さんが疲れてるみたいだし、今夜はもうお店、閉めちゃおうよ!!」





 その後の事はもう、言葉では言えない状態になった。
 泣き崩れるティファを支えながら、これ以上は無理ってくらい目を丸くしたクラウドが、ポカンと口を開ける。
 それを見た常連さん達が、「クラウドさんよ!坊主の言う通りだ!!たまには親子水入らずでのんびりゆっくりしろよ!」「そうそう!じゃ、俺達帰るから〜!」「ごちそうさん!また来るね!」「ティファちゃん、いや、お母さん!良かったな〜!」「お父さんも良かったな〜!」と、口々に言いながら次々と店を後にした。
 クラウドはクラウドで、「あ、そ、そうだな…、うん、そうしようか…。あ〜、それで良いか、ティファ?」とかオロオロしてて、すっかりいつものクールなイメージはなかった。

 ちなみに、カウンターに座っていた兄ちゃんは、『お父さん』の出現に大ショックを受け、しょぼんとしながら帰っていった。

 あれは当分来ないな…。
 いや、もしかしたら一生来ないかも…。


 あっという間に店内は家族だけになっちゃって、俺とマリンは店の後片付け、クラウドは号泣するティファに付き添って二階に行った。


「デンゼル、良くやったわ〜!」
 店の片付けをしながらマリンが満面の笑みで褒めてくれた。
 物凄く恥ずかしかったけど、やっぱり呼ぶことが出来てよかったって思う。
 まさか、泣くほど喜んでくれると思わなかったし、あんなにポカンとした顔を見れるとも思わなかったしさ。
 あ〜、でも、明日の朝、二人にどんな顔して会えばいいんだよ…。
 ん〜、でも二人共、こんな事で喜んだり、びっくりしてくれるんだよな…。
 そう思ったら、これからもたまには呼んでみても良いなって思うんだけど…、当分はなしだな。


 だって、物凄く精神力使うんだぜ!?
 いつもよりも仕事時間が少ないのに、もうへとへとだよ…。


 そう言ったら、マリンが笑いながらこう言った。



「また今日みたいな変なお客さんが来た時限定でどう?今度は私も一緒になって言うから!」



 それはなかなか良いアイディアだと思った!



 世間一般から見たら、こんな親子はあまりないと思うけど…。

 俺達は…。
 こんなかたちの親子です!




あとがき

 はい、漸く終わりました!!
 22224番を踏んで下さったのあ様のリクエスト、『クラティ(特にティファ)が子供達(特にデンゼル)に母さん父さんと呼んでもらう』でした。
 あれ〜、マリン、結局呼んでないよ……(汗)。
 ああ、すみません。
 結局ダラダラと続いた挙句にこんな結末…(涙)。
 ん〜、でも難しかったな〜。文才の無い自分が恨めしい…。
 でもでも!!書いててとっても楽しかったです!!!
 こんなお話になっちゃいましたが、のあ様に捧げます♪(ああ、どうかお受け取り下さいませ ドキドキ)