口が裂けても言えない言葉(後編)




 シーンと静まり返った店内。
 被害者以外のお客達は勿論、事情を知らないデンゼルもマリンも……そしてティファも、呆気に取られて騒ぎの元凶を見つめた。
 そんな無数の視線が突き刺さる中、ウータイ産のお元気娘は額から二本の角を生やし、仁王立ちで立っている。
 華奢な体躯の彼女から、全身が総毛立つほどの怒りが立ち上っている。

「アンタら……良い度胸してるじゃん……あぁあ〜〜!?!?」
 ダンッ!!
 そう派手な音を立てて倒したテーブルを片足で踏みつける。

 いやいやいや…。
 ……お前はどこかのツッパリ(← 死語)か………!?

 などと暢気に構えている場合じゃない。
 怒り心頭のユフィが、へたり込んで呆けている俺を小バカにした客の一人の胸倉を掴みあげた。
 普通なら、絶対に女の子が掴み上げるなど不可能なその荒業を、片腕だけで軽々こなしてしまったのは、やはり『ジェノバ戦役の英雄』と謳われるだけの事はある…と言ったところか…。

 真っ青になって同じテーブルに座っていた友人と思われる他の客が、腰を抜かしたまま後ずさる。
「ひ、ひぃぃぃいいいい……!!」
 高々と持ち上げられた男の情けない悲鳴が響く。
 ティファと子供達がその声にハッと我に帰ったのが視界の端に映って分かった。
 半瞬遅れて、俺も事の重大さに気付く。

「ユ、ユフィ……よせって……!!」
 慌ててユフィから嫌味男の救出を図る…。
 が…。


クラウドはすっこんでな!!!!


 いつにない剣幕に完全に気圧される。
 ユフィの真剣な怒りを前に、これ以上の口出しも手出しも許されないものを感じた。
 そんなユフィに、ティファも…デンゼルとマリンまでもがその場で立ち竦んで一歩も動けない。

 ……ユフィのこんなに真剣な顔は……あの時以来だな……。

 怒り心頭のお元気娘を前に、どこかずれた事を考えた。
 あの時…というのは言うまでも無く二年半前の……あの決戦の時。
 それと同じだけの怒りと気迫を感じさせる仲間に、正直俺は戸惑ってばかりだ。
 何がそんなにユフィの癇に障ったというんだろう……?
 俺のその疑問は、そのままティファと子供達の疑問でもあった。
 狼狽しながら俺とユフィを交互に見てくる三人に、俺が明確な答えなど出せるはずもない。
 俺自身が分からないのだから…。

 しかし、そんなうろたえる俺達を余所に、ユフィはギラギラと怒りに燃える瞳で嫌味男を睨みつけ、胸倉を掴んだまま顔をグイッと近づけた。
 嫌味男のか細い悲鳴が喉から漏れる。

「アンタらに言っとく…」

 低く……低く搾り出すようなユフィの声音に…。
 押さえようの無い怒りが滲んでいる。
 ゾッとするその気迫に、周りの客達が青ざめてソロソロと後ずさる。
 デンゼルとマリンも、息を飲んでジッとユフィを見つめていた。

「これから先、私の目の前で仲間をバカにする事は絶対に許さない。アンタらには到底理解出来ない苦しみを、仲間は味わって今も生きてるんだ…」

 底冷えする声音…。
 真剣な眼差し…。
 緩まない腕…。
 そして…。
 揺るがない仲間への想い…。

 そのどれもがいつものユフィに見られないもので、誰も口を挟まない。
 囁く事すらしない。
 いや…。
 息をする事すら躊躇われる……そんな……ユフィの真剣な言葉に…。


 胸がいっぱいになる………。


「アンタらが家や職場、その他、道端で愚痴をこぼす分にまで口を挟む気は無い。でもね……」


 一旦言葉を切り、グンッと大きく腕を持ち上げる。
 華奢にしか見えないその腕一本だけで、嫌味男の……大人の男一人を高々と持ち上げた。
 客達が思わず息を飲み、デンゼルとマリンが眼を大きく見開く。
 ティファまでもがユフィの行動に、完全に気を呑まれていた。
 目を見張って成り行きを見守る意外にティファにも俺にも道は残されていないかのようだった…。
 そんな多くの視線を一心に集め、ユフィが大きく腕を振り下ろす。


 ガッシャーーン…!!!!


 床に飛散した料理と皿、そして横転しているテーブルの上に容赦なく……力一杯、男の体躯を振り落とす。
「グエッ!!!」
 潰れた蛙のような声を上げ、男が床に這いつくばった…。
 男の友人達が、慌てて腰を抜かしたまま後ろに逃れようとしたが、そんな友人の足首を掴み、必死に助けを求める男の姿は滑稽なはずなのに………少しも笑えない。


「金輪際、この店と私の目の前で仲間を悪く言ったら…………」
「「「「ヒッ!!」」」」
「必殺技の練習台にしてやる」
 喉元にユフィ自慢の手裏剣を突きつけられ、男達は恐怖に引き攣った。
 そして…。
 ユフィに直接投げ飛ばされた男はそのまま失神してしまったのだった……。
 しかし、ユフィはこれで終らなかった。


「この際だからここにいる全員にも言っとく!!」


 グルリと店内をねめつけ、眦をキッと上げて顎を引く。
 背筋をピシッと伸ばし、テーブルに片足を乗せた格好のユフィは、こう言うのもなんだが……。
 凛々しかった…。



「私の仲間達の事をとやかく言う輩は絶対に許さない。ましてや、クラウドとティファの関係をごちゃごちゃ詮索して好き放題言ったりちょっかいかけるようなうつけ者は……生まれてきた事を後悔させてやる!!」

 手裏剣をビシッと掲げ、刃の切っ先で客達をグルリと指し示す。

「どこに逃げても…地獄の底まで追いかけてこの手裏剣の錆にしてやる!!ウータイの忍の誇りにかけて、絶対に逃がさない!!覚えとけ!!!」


 そう……高らかに宣誓した。





「ユフィ…」
「…………」
「本当にありがとう…」
「…………」
「だから、気にしないで?ね???」
「…………」
「本当に嬉しかったのよ?ウソでも慰めでもないのよ?ね??」
「…………」

 あの後…。

 シーンと静まり返った店内で言いたい事を言い終えたユフィは、ハッと我に返った。
 自分が何をやらかしたのか漸く気付いたらしい。
 そして、激しい後悔に見舞われ……。
 現在に至る。

 ガランとした店内は、どこか寒々しく…。
 必死にユフィを慰めているティファの声が虚しく響く。
 その虚しい声を助長するかのような、床に飛散している料理や割れた皿。

 先程までの活気溢れる……というよりも、喧騒に包まれていた店内をぼんやりと思い出し、本来あるはずのテーブルが一つなくなっている為、余計に店がガランとしてるんだ……などなど、少しずれた事を考えたりした。

 ユフィが投げ落とした事によって壊れてしまったテーブルは、嫌味男の友人が必死になって『弁償させて頂きます!!』『本当に申し訳ありませんでした!!』『明日の朝には必ず直して持って来させて頂きます!!』と言って、大きくて結構重量もあるそのテーブルを四人がかりで運び出したのだ。
 その際、友人達は無情にも、気絶していた男を蹴り飛ばして覚醒させ、しっかりテーブル運びの大役を負わせた……。
 更には、しっかりカウンターに皿の弁償代と称して、多すぎるギルを残す事は忘れなかった…。


 ……いくらなんでも貰いすぎだと思うが……。


 他のお客達は、四人がテーブルをヨロヨロしながら店内から運び出し、その姿をドアの外に消した途端、大歓声を上げた。
 そして、口々にユフィの啖呵っぷりを褒め、彼女の心意気を賞賛した。
 ところが、いつものユフィなら絶対に『そ、そう!?あっはっは〜、そうでしょ、そうでしょ!?』と元気を取り戻し、調子に乗るはずなのに…。

「……………」

 あの啖呵は一体何だったんだ…!?と疑うくらいの凹みぶり。
 流石にユフィを褒めていたお客達も気まずく感じたのだろう…。
 お茶を濁すように
『『『『そ、それじゃあ……ご馳走さ〜ん!』』』』
 と、早々に店を後にした。

 そして…。
 店にはあっという間に閑古鳥が鳴き声を上げてくれたのだった…。


「ユフィ姉ちゃんったら、なんであんなに凹んでるんだ…?」
「さぁ……」
 デンゼルとマリンが、コソコソと囁きあいながらも、せっせせっせと汚れた店内を綺麗にするべく働いている。


 …本当にしっかりした子供達だ…。


 などと思っていると…。

 トテトテトテトテ…。

「なぁなぁ、クラウド。なんであんなに姉ちゃんは落ち込んでるんだと思う?」
 クイクイ、と俺の服の裾を引っ張ってデンゼルが小声で話しかけてきた。
 キラキラと俺に何かを期待して目を輝かせている愛息子。
 そして、そんな俺達を少し離れた所から、同じ様に目を輝かせて見つめつつもその働く手を休めない愛娘。

 ………。

「デンゼル……」
 一つ溜め息を吐くと、そっと上体を屈めてフワフワな髪に触れるか触れないかまで顔を近づける。
「俺に分かると思うか…?」
 情けないその言葉に、それでも愛息子は幻滅した顔を見せなかった。
「そっか…。クラウドなら例の旅の途中でこんな姉ちゃんを見たことがあるのかも…とか思ったけど、そうだよなぁ。あんまりないだろうなぁ…」
 実に軽く受け止めて一人で納得し、再び…。

 トテトテトテトテ…。

 片付けに戻ってしまった。
 そして、戻って来たデンゼルがマリンに俺との話しをコソコソッと伝える。
 マリンもデンゼル同様、微塵も落胆の色を見せる事無く、一つ二つ頷いたかと思うと、俺に向かってニッコリ笑って見せた。
 そして、サッサと後片付けに戻ってしまう。


 本当に物分りの良い子供達だ。
 ………。
 ………バレットはかなりの親バカだと思ってたが、俺も人の事言えないな……。


「ねぇ…。どうしたの…ユフィ…?」
「…………」
 全く進展しない会話がカウンターの中から聞えてきた。
 カウンターに突っ伏して凹んでるウータイ産のお元気娘に、セブンスヘブンの女店主。
 本当…いつまで進展しないままなんだ……?
 いや、ティファがカウンターの中で作業してるから、さっきよりも進展したか……ティファの方は…。
 問題は……。


 バチッ!!


 溜め息を吐きかけた俺と、カウンターの中でホトホト困った顔をしたティファの視線が音を立てて合わさった。
 その縋るような彼女の眼差しを、どうして無視できようか……?
 ………。
 見なかったことに………出来るはずないじゃないか……。

 絶対にティファは確信犯だ!!
 そう理不尽な思いを抱きつつ、俺は肩を竦めるとカウンターのスツールにだらしなく座り、テーブルに突っ伏して魂の抜け殻のようなユフィに近付いた。


「おい…」
「…………」
「なにいつまで凹んでるんだ?」
「…………」
「それに、何を凹んでるんだ?」
「…………」
「言わないつもりか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……そうか」
「…………」

 まるで貝の口だ。
 まったく話そうとしない。

 盛大な溜め息を吐くと、わざと歩きながら少し大きな声で背中越しに投げかけた。
「なら、でっかい箱がまだ残ってたから、それにお前を梱包してウータイに今から配達してやる」
「…………………冗談だよね?」
「冗談だと思うか?」

 ようやく口を開きつつある貝を、このままにしておくわけないだろう?

「ティファ、確か事務所の机の脇に特大サイズのダンボールがあったよな?」
「前にローテーブルを配達した時に使ったやつ?それならあと三個残ってたわ」

 満面の笑みでティファが答えるのを見て、ウータイ産のお元気娘が「きぃぃぃいいいい!!もう、ほんっとうに人が落ち込んでるって言うのに〜〜!!!」と、奇声を上げ、頭をガシガシと掻き毟った。


 ……お前、一応女だろうが。
 スツールの上で胡坐をかくな、胡坐を!!


「クラウド!一応じゃなくても私はれっきとした乙女だ!!」

 ビシッと俺に指を突きつけてそう怒鳴ったユフィに、ティファと子供達が安堵の溜め息を吐いた。

「お前……人の心を読むな」
「クラウドの場合は、そういう余計な事ばっか顔に出て分かりやすいんだよ!!」
「…なんだよ、その『余計な事ばっか』っていうのは」
「だ〜か〜ら!!!肝心な事はその仏頂面で全然分からないのに、どうでも良いくだらない事は良く分かるっつってんの!!」
「…………酷い言い様だな……」
 あまりの言葉にまたまた溜め息が出る。
 ま、それでも元気が出てくれたのは喜ばしい事だ。
 あれ以上、こいつに元気が無かったら気色悪くて仕方ないし。
 それに………。


「きぃぃぃいいいい!!!!私はもう、絶対にこれだけは『口が裂けても言えねぇ!!!』って思ってた事を、今日言っちゃったっていうのに、アンタはそのままだなんてズルイ!!」


 え……?


「もう、あんな臭い台詞口にする日が来るなんて〜〜!!!」


 顔を真っ赤にさせながらそう喚き散らすユフィを見ていて、先程の啖呵を思い出した。


 ― アンタらには到底理解出来ない苦しみを、仲間は味わって今も生きてるんだ… ―
 ― 私の仲間達の事をとやかく言う輩は絶対に許さない。ましてや、クラウドとティファの関係をごちゃごちゃ詮索して好き放題言ったりちょっかいかけるようなうつけ者は……生まれてきた事を後悔させてやる!! ―


 ああ…。
 そうだな。
 あんな臭くて恥ずかしい台詞、普通は口に出来ないな。
 でも…。



「ユフィ、本当に嬉しかったわ」



 カウンターから出てきたティファが、全身を真っ赤にしているユフィをギュッと抱きしめた。
 デンゼルとマリンも、ユフィが凹んでいる…いや、照れていた理由が分かり、ニッコリと笑っている。
 そんな家族に見つめられ、抱きしめられて…。
 ユフィは更に恥ずかしそうに「う〜〜」だの「あ〜〜〜」だの唸り声を上げていた。
 でも。
 そんなユフィは、とても幸せそうで。
 そんなユフィを抱きしめているティファは、本当に幸せそうで。



「クラウド、クラウドも何か言ってやってよ」
 ティファがユフィを抱きしめたまま俺に笑みを向けた。
 その言葉にティファの腕の中から、ユフィが赤い顔でジッと俺を見る。
 子供達も自然と視線を向けた。

 ……いや、そんなに見られても…。

「…………」
「「「「……………」」」」

 ……だから、そんなに期待されても…。

「………早めに閉店出来たから、明日遊びに行く準備がしっかり出来て助かる」
「「「クラウド〜〜!!」」」
「ムッキ〜〜〜〜〜!!!」


 結局…。
 俺が口にしたのは、本音からはかけ離れた言葉だけ。

 そんな俺は。

 ヒステリックに地団太を踏んでは
「クラウドは本当にズルイ!この私が恥ずかしくてクッサイ台詞吐いたんだから、アンタも吐け〜〜!!」
 と叫ぶユフィや、
「クラウド…たまには少しくらい本音を聞かせてくれても良いじゃない?」
 と、おねだりするように見上げてくるティファや、
「ま、クラウドだから無理だな」「そうだよね。それに、クラウドの言う通り、明日の準備もバッチリ出来るし、サッサと片付けして準備しよう!」
 と、実に冷静でちょっと寂しいコメントをくれた子供達に囲まれて。

 本当に幸せだと思ってる。
 この幸せを、大事にしたいと思ってる。
 そして…。

 ユフィに負けないくらい、ユフィや仲間達、それに家族を想っている。



 それこそ、絶対に『口が裂けても言えない』けどな。



 そうして。
 幸せな俺は、大切な人達に囲まれて。
 翌日一日を楽しく、明るく、実に有意義に過ごした…。



 その良い思い出をパスケースに大切にしまって。
 今日も俺は世界中を走ってる。



 あとがき

 はい、なんとか終りましたね…(汗)。
 いやいや、あと少しでまた長くなるところだった……。
 ちょっと強引な切り方をしちゃった感じですが、また別視点で書くかも……いや、書かないかも…。

 ユフィはいっつもお調子者ですが、それでもすっごく仲間思いで良い子だと思ってます。
 いつもハチャメチャにしてるのは、クラウド並みに照れ屋だからじゃないかなぁ……とか考えたり…(笑)
 そんなユフィに素直に感動するクラウドを書きたかったんですが……上手くかけなかった…(ガックシ)
 ま、またいつかリベンジ……するかな……どうかな……(どっちやねん!!)

 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございましたm(__)m