それは突然だった。
 窓ガラスの破れる音と共にセブンスヘブンの店内に響き渡ったのは獣の咆哮。
 ギョッと振り返って見たものは、窓を突き破って店内に踊りこんだ巨大狼の姿。
 ギラギラと光るアイスブルーの瞳に鋭い牙、そして見事な白銀の毛並みを持つその狼は美しくすらあった。
 だが、あり得ない。
 こんな街中に、しかも窓を突き破って店内に飛び込んでくるなど、どう考えてもあり得ない出来事だ。
 いや、それ以前にこんなにも巨大な狼は見たことがない。

 全身の毛を逆立たせて今にも飛び掛らんとするそのあり得ない存在にただただ目を見開き、硬直する。
 呼吸すら忘れ、ただ棒立ちになるティファの隣で男が短い悲鳴を上げたのを合図にしたかのように、白銀の巨大狼は唸りを上げながら踊りかかった。





Liberating from Solitude (前編)






 * 2週間前 *

 樹齢千年は軽く越える大樹の森。
 鬱蒼と茂るその大樹により張り巡らされた枝によって、昼間でも陽の光は地面に落ちることがない。
 その森の最奥にそれはあった。
 気の遠くなるような年月を風と雨に晒され、時の流れを思わしめる風体となった神殿らしき建造物。
 崩れた神殿は、その規模から察するにさほど大きくはなく、せいぜい古代種の神殿の100分の1程度である。
 一体何を奉ったものなのか、どのような思惑でこのような場所に造ったのか、伝承のようなものは未だに発見されていないその崩れた神殿は、天井部分はもうどこも残っておらず、壁や柱の極々一部と頭石が残っている程度だった。
 神殿跡の周りにはその当時を思わしめるものは他に何もなく、あるのはシダや根の太い大樹たちばかり。

 クラウドは頭上をチラと見上げ、鬱々とした気持ちが更に重くなるのを感じ、溜め息を吐いた。
 森特有のひんやりと湿った空気、足が沈み込みそうになるほどの腐葉土、まとわりつくように飛ぶ小さな羽虫。
 そのどれもがクラウドを苛立たせた。

(何故俺がこんなことを)

 こんな目に遭っている原因を追究する意味での呟きではない。
 今回の件に巻き込まれた時点でこそ『何故!?』と不快な思いに不可解さがない混ざっていたが、今となってはただの愚痴と成り果て、胸中でグルグルと回っている。
 脳裏にフッと、今回の一件に巻き込んでくれたウータイのお元気娘が過ぎる。
 ニヤッと笑ったユフィの顔に苛立ちがいや増すものの、ウダウダ考えても仕方ない、と諦めの気持ちも混ざってきている。
 原因がどうこうよりも今はただ、この不快な任務から解放されたいと願うばかりだ。
 すぐ傍では、同じく仏頂面をしたシドや生真面目な表情で任務に当たっているWRO隊員達に混じり、白衣を来た人間が数人、クラウドとは真逆の生き生きとした表情で元は石畳であった場所や残っている壁、柱、そして祭壇らしき周りを調べている。

 ここは最近になってWRO内に新しく立ち上がった部署、考古学班の研究員が見つけた古代の神殿だった。

 考古学班は主に星のエネルギーとされているライフストリームがどのように生き物達に影響を与えてきたのかについて研究し、後世に正確に伝えることを目的として設立された。
 その研究対象として、とりあえず現段階では古代種やウェポンが挙げられている。
 神羅グループは古代種やウェポンといった星にとって非常に貴重な存在を独占した。
 そのために起こった悲劇を二度と繰り返さないようにするため、リーブはじめWROの幹部達は総会にて満場一致で世に星の姿を述べ伝える、と決定した。
 その一番最初の任務が…。

「ここで本当になにか星の中心に関わる儀式みたいなのが行われていた…ってのか?」

 シドが胡散臭そうな声を出した。
 研究員の数人がギロッと鋭く睨みつけたが、シドはどこ吹く風と言わんばかりに鬱陶しそうに羽虫を手で追い払っている。
 クラウド自身、シドの意見に賛成だった。
 確かになにかを奉っていた神殿だとは思う。
 それこそ、古代種の神殿が黒マテリアそのものだったように、この神殿跡も自分の想像力なんか及ばないような存在であった可能性は否定出来ない。
 だが、だからと言って『ここには凄いものが眠っている!』と言われて、はいそうですか、と信じることは難しい。
 元々この手の話しに興味はないし、ここに連れてこられることになった経緯が経緯であったため、クラウドの機嫌は最悪だ。
 だから、この小さな神殿跡に興味など持てず、とっととこのくだらない任務から解放されたい、と任務に気が入らなかった。


『クラウド、アタシの代わりに研究員の護衛、よろしくね〜』


 3日前。
 何の前触れもなくセブンスヘブンを急襲したユフィにクラウドは頬を引き攣らせた。
 どうして配達の仕事が丁度きり良く空いていたことを知ってたんだろう、と頭の片隅で思いながら、ユフィの傍で目をキラキラ輝かせてる子供達を見て、自分の情報があろうことか子供達によって流されてしまったことを悟らざるを得なかった。
 古代のロマンがある!と言われれば、子供達の興味をガッツリ引くことは間違いない。
 子供達を上手に言い包めたユフィに腹は立つが、
『クラウド、どんなだったか教えてくれよな!』
『クラウドいいなぁ。私も行きたい』
 そう言って、憧れの眼差しで見上げてくる子供達に対しては憤りの感情はこれっぽっちも沸いてこなかった。

 してやったり、とほくそ笑むユフィに猛烈な苛立ちを覚えるものの、子供達の前で大人気ない態度をとることも出来ず、まんまとユフィの計画に乗せられることとなってしまった。


 今、思い返してもやはり腹が立つ。
 腹は立つのだが、同じようにムスッとしているシドを見ていると自分1人が理不尽な目に遭っているわけではないのだ、と少し慰められるような気がした。

 それにしても、とクラウドは改めて神殿を見渡した。
 残っているのはほとんどない。
 壁も大半が崩れているのでどういう形をした神殿だったのか想像するのは難しい。
 専門家の手にかかればCGなどを駆使して当時の神殿の様子を再現出来るのだろうが、クラウドにはそっち方面での知識も想像力もないものだから、ここが果たして本当に神殿だったのか、という疑いの念すら沸いて来る。
 確かに、柱や石畳、壁に描かれているレリーフらしきものからは神殿らしきものを感じないでもない。
 だが、あまりにも残っているものが少なくて、神殿だったとは想像しにくい。
 もっとも、こんな森の奥深い場所に何かの建造物があった、というだけでも凄いことだとは思うが、もしかしたらこの神殿が建てられた当時、ここら一帯は森ではなかったのかもしれない…。

「にしてもよぉ、こんなところによくもまぁ、こんな建物を建てたもんだなぁ、古代の人間は」

 傍らにやってきたシドが槍に体を預けつつぼやく。
 クラウドは黙ったまま、生き生きと地面や壁に顔を近づけている研究員たちの姿を見るとはなしに眺めながら小さく頷いた。

「薄暗い森ってだけでも気が滅入るのに、周りにはモンスターがワンサカ。あ〜あ、たまんねぇな」
「…珍しいな」
「あん?」
「アンタがそんなに愚痴をこぼすって」

 シドは、あぁ実は、と声を落とした。

「本当ならよぉ、今日はシエラの奴と久しぶりに買い物にでも行くか、って話になってたんだよなぁ…。アイツ、俺のことばっか優先させてちっともお洒落とかしようとしねぇからよ。ようやっともぎ取った貴重な休みだったんだぜ?なのにユフィの野郎が…」

 クラウドは少し驚いてシドを見た。
 シエラと結婚してからシドが彼女のことを大切にしていたことは知っていたが、具体的な話しを聞いてしまうと、なんだか新鮮だ。
 なんとなくささくれだっていた気持ちが和み、クラウドの眉間のしわが消える。
 そんなクラウドに気づいたのかどうか。
 シドは照れたように後頭部をガシガシ掻いた。

「おめぇもそうだろ、クラウド?本当だったら今日はどっかに行くとか考えたんじゃないのか?」
「あぁ…まぁな」

 素直に頷くとシドは、やっぱりなぁ…、と苦笑した。
 本当ならクラウドも、今日は子供達を連れてピクニックにでも行こうかと考えていたのだ。
 ティファだけにでもその計画を打ち明けていればこのような事態になっていなかったかもしれないが、丁度キャンセルが出た直後のユフィの襲来だったため、ティファに打ち明ける余裕がなかった。
 つくづく、自分は間の悪い人間だと思う。

「ま、しゃあないわな。さっさと終わらせて、とっとと帰るぜ」

 愚痴を打ち明けてスッキリしたのか、シドは先ほどよりも明るい顔になって研究員達の方へと戻っていった。
 クラウドも、自分だけが計画を邪魔されたわけではないと分かり、気持ちが軽くなる。
 気持ちを切り替え、改めて研究員達へと目を向け、そしてふと気がついた。
 研究員の1人がいない。
 クラウドは少々焦りながら辺りを見渡した。

 この森には凶悪なモンスターが多い。
 故に、研究員2人に対し護衛が1人付く計算で派遣されている。
 今回、ジェノバ戦役の英雄を導入するほどの警護体制をとっているのにはそういう理由からだった。

 WROの新部署である考古学班は、非常に優秀な人材を数多く招き入れることに成功していた。
 そのため、優秀すぎる彼らは古代の神殿に関する情報を2つも同時に入手したのだ。
 彼らは自分達の研究が星の役に立つかもしれない、ということで異様なまでに張り切っている。
 それだけでなく、研究者特有の自負の念が非常に強かった。
 どちらを先に研究するか、ということで少々揉め事が起きるほどになり、リーブは苦笑しながら2つの神殿跡を同時に調べることで手を打ったのだ。
 人材が払底しているのであるならば、2つ同時に、という案は出なかっただろう。
 だが、ここ数ヶ月ほど、WROが必死になって頑張らなければならない事態は起こっておらず、星はいたって平和そのもの。
 ならば、この間に出来ることを最大限に、ということとなり、2つの神殿跡を同時に研究する運びとなったらしい。
 というわけで、ユフィはナナキと共にもう1つの神殿跡の護衛に回っている。
 バレットは今回除外された。
 油田開発がどうやらあまり上手くいっていないようで、他の自然エネルギーの開発を目下、模索中とのことだ。
 ヴィンセントはと言うと、いつもの如く消息不明。
 彼のことなので、無事だとは思うが…何をしているのかイマイチ良く分からない。
 シドとクラウドはユフィとナナキがこちらの護衛に回れないための、言わば穴埋めのような形で無理やり引っ張り出されたことになる。
 もっともシドの場合は、飛空挺でなければ辿り着けない辺境の地への足として駆り出された意味の方が強く、研究員の護衛はついでのようなものだ。

 申し訳なさそうな顔で研究員の護衛を正式依頼してきたWROの若き少佐を思い出し、クラウドは小さく溜め息を吐いた。

 クラウドは研究員やWRO隊員達の邪魔にならない程度に神殿跡をグルリと歩き、もう1人の研究員を探した。
 もしかしたら熱心になるあまり、神殿跡から外れた場所にまでフラフラ出てしまったのかもしれない…。

 その可能性を考え、シドに声をかけようとしたとき、ふと崩れた壁の向こうにもう1つ、部屋らしきものがあることに気がついた。
 意外にも、その部屋らしきものは崩れた壁に囲まれてはいたものの、この神殿の中では一番しっかりとその原形を止めていた。
 流石にドアがあったと思しき場所は崩れてその原型はないものの、ポッカリと口を開けているその入り口になんとなくクラウドは足を踏み入れた。

 一歩、中に踏み込むと外からは分からなかったがほんのり明るくなっていた。
 自ら発光するコケが内壁にびっしりと付着しており、意外なまでに内部を鮮明に照らしていた。

 ゆっくり内部にまで足を進めるたび、カツン、カツン、と靴音が尾を引いて響く。
 さして規模の大きくない部屋だが、天井は高い。
 ヒカリゴケだけの明かりではその高さを測ることは出来ないが、ビル3階分くらいは軽くあるのではないだろうか?

 部屋の最奥では、研究員が壁に向かって立っていた。
 クラウドはホッと安堵の溜め息を吐くと同時に軽い苛立ちを覚えた。

 いくら自分達が護衛を受けたとは言え、こんな所に黙ってフラフラと立ち入られては守れるものも守れない。
 内部にモンスターが巣食っていたらどうするというのか。
 一言、文句を言っても罰は当たらないだろう。


「クラウドさん、この神殿にはなにが封印されているのか分かりますか?」


 渋い顔をして口を開きかけたそのとき、研究員が壁に向かったまま声をかけた。
 先を越された格好となり食らったクラウドは、軽く眉間にシワを寄せた。
 しかし相手はクラウドの返事を待たずに話を続ける。

「ここに狼のレリーフがあるでしょう?外の石畳や祭壇、柱や壁にもその跡があります。これが何を意味するのか分かりますか?」

 クラウドは無言のまま、訝しげに目を細めた。
 この神殿が発見されたのはつい最近のはず。
 そのため、この神殿がなにを目的として建造されたものなのかを研究するために今日、この地にやってきたはずなのに、この男は”封印されている”と言い切った。
 ということは、この男は今日ここに来たのが初めてではないということになる。
 もしかしたらこの神殿を発見したというのがこの男のなのかもしれない。
 そして発見当時、どういう目的で創られたものなのかあらかた調べ終わっていて、ここに来たのはその最後の仕上げとしてだったのだろうか?
 いや、それはおかしい、とクラウドは即座に自分の考えを否定した。
 リーブやWRO隊員の若き少佐は、この神殿は発見されたばかりでどういった目的で建造されたのか不明だ、と言っていた。

 ならばこの男が”封印されている”と言い切ったその意味は…?

「アンタ、何を知っている?」

 警戒心を露わに鋭く問うと、男はゆっくり振り返った。
 睨みつけるジェノバ戦役の英雄に臆することなく、その顔にはうっすらと笑みすら浮んでいる。

「あなたの立っているその場所。まさにそこで封印されたんですよ」
「なに?」


「古の獣、フェンリルが」


 言うや否や、男は胸ポケットに手を突っ込むとクラウドの足下目掛けて中身を投げつけた。
 ガラスの割れる乾いた音と共に中身が石畳の上に撒き散らされる。
 ヒカリゴケの明かりだけでも、それが赤い液体だということが分かった。
 その途端。
 ビシッ!という音と共にシュウシュウ、と白い煙が石畳の合わせ目から立ち上った。

 あっと息をつく間もない。

 目を見開き、後ずさろうとしたクラウドをまるで絡めとるように濛々と白い煙が立ちこめる。
 クラウドは後方へ飛び退って煙から逃れようとしたが、その瞬間、身体の内部から焼かれるような鋭い痛みに襲われた。
 文字通り、内部から業火によって焼き殺されるほどの熱と痛みに全身の神経が悲鳴を上げる。
 あまりの苦痛に声も出ない。

「…ガッ……!」

 崩れ折れ、地面に伏して尚、身体を引き攣らせてのた打ち回る。
 口を大きく開けるが息が出来ず、目を大きく見開くが何も見えない。
 耳は己の早すぎる鼓動のみを伝えるばかりで、周りの状況を何一つ拾い上げることが出来なかった。

 熱い。
 苦しい。
 痛い。

 身体の内部から骨や関節、内臓が得体の知れない何かに圧迫され、メキメキと音を立てて壊れていく。
 生まれてきたことを無かったことにして欲しいほどの苦痛。

「…ッグ……アッ……!」

 石畳に爪を立てて引っ掻き、食いしばった奥歯から苦痛の呻きを洩らす。
 今すぐ死んでしまいたいと願うのに、心臓はドクンドクン、と己の意思に反してますます力強く脈打ち、クラウドの精神を追い詰めた。
 焼き殺されそうな痛みと熱だけではなく、何かが自分の身体に入り込み、全身を内部から侵食するようなザワザワと這いまわる感触が加わった。
 自分が自分でなくなっていく感覚に、おぞましさと気が狂いそうなほどの恐怖を感じる。


 そうして。


 苦痛と恐怖から血を吐かんばかりに叫びを上げ、ギョッとクラウドは目を見開いた。
 同時に、失われていた視界が急速に開ける。
 目の前には研究員が恐怖に顔を引き攣らせて立っていた。
 滑稽なほど青褪め自分を凝視するその男に、だがクラウドも魂が凍りつくほどの恐怖に襲われていた。

 先ほど上げた己の悲鳴は、明らかに人間のものではなく…。


(なんだこれは…!)


 己の体を見下ろしたクラウドが見たもの。
 それは、全身を長い銀毛で覆われた獣の足だった。


 *


「おいおいおい!なんなんだよ、さっきのモンスターの声はよ!」

 シドは慌てふためく研究員やWRO隊員に混ざり、槍を構えて素早く辺りを見渡した。
 全身が総毛立つほどのモンスターの咆哮は、明らかにこの近くから発せられたものだ。
 だが、こんなにも厳重に警戒していたというのに、気配を感じさせず、モンスターが近づくなど不可能だ。

「おい、クラウド!?」

 怯える研究員達を一箇所に集め、周りを囲む隊員達の中にも神殿跡のどこにもクラウドがいないことに気づき、シドは焦燥感を露わに声を上げた。
 先ほどのモンスターの咆哮はクラウドの身に何かあったものを示すのかもしれない。

「くそっ!」

 早々簡単にクラウドがやられるとは考えていない。
 だが、イヤな予感が急速に膨れ上がる。

「おい、おめぇらはここで待機…!」
 していろ、と続くはずの言葉は、だが悲鳴を上げながら転がり出てきた研究員によって遮られた。
 悲鳴の方へ勢い良く振り向くと、研究員の男が足をもつれさせて地面に転がるのが見えた。

「バ、バケモノが!!」
「なに!?」

 縋りついてきたその男が指す方へ視線を走らせ、シドは目をむいた。
 銀色に輝く美しい毛並みの巨大狼が崩れた壁の向こうから躍り上がってその姿を現した。
 背後で研究員達の悲鳴とWRO隊員達の驚きの声が聞こえる。
 シドは咄嗟に己に縋るようにして震えている研究員を背後に庇い、槍を構えた。


 *


 クラウドは混乱していた。
 言葉に出来ないほど混乱していた。
 明らかに、自分の目線が変わっている。
 いつもよりも地面が低いのに、いつも以上に四肢に力が漲っている。
 かと思えば、全身が未だに消えない炎に晒されているように熱く、焼け死なないのがいっそ不思議だった。
 それになによりも。
 自分を見るシド達の目が恐怖と敵意に満ち満ちている。

 シド!

 と、呼びかけてクラウドは己の声に怯んだ。
 言葉は何一つ言葉にならず、獣の唸り声にしか聞こえない。

「くそっ!この野郎、クラウドをどうしやがった!!」

 混乱していたクラウドはシドの怒声によって現実に引き戻される。
 顔を上げるとシドが槍を繰り出し、突進して来るのが見えた。
 クラウドは思わず後方へといつものように飛び退った。
 そう、いつものように…。

 だが、その跳躍力は自分の感覚を軽く越えていた。
 あっという間にシドとの間合いが数メートルも離れる。

 忌々しそうなシドの舌打ちがこんなに離れているのに耳元でされたかのように聞こえ、クラウドは心の底から震え上がった。

 自分は一体どうしたのだろう?
 何が起こったというのか?
 この身体は明らかに自分のものなのに、獣そのものになってしまっている。

 ハッとクラウドはシドの後方にいる男を見た。
 明らかに、あの男が自分になにかした結果だ。
 怯え、震えている様子から、研究員のあの男にとっても予想外の出来事だったことが窺える。

 その瞬間、猛烈な怒りがこみ上げた。
 あの男がどうしてこんなことをしたのか分からない。
 分からないが、到底許せることではない。

 よくも!!

 怒鳴り、男に向かって跳躍する。
 だが、その怒声も獣の咆哮でしかなく、WRO隊員達は揃ってクラウドに銃を構えた。
 そして躊躇いなく一斉に発砲した。
 その現実にクラウドはガンッ!と横っ面を張り倒されたような衝撃を受けた。
 怯み、勢いが崩れる。

 クラウドにとってWRO隊員は共に戦う仲間だった。
 その仲間から発砲されたことは、クラウドを酷く傷つけた。

 彼らからすれば、モンスターが襲い掛かってきたようにしか見えないのだ、ということをどうしても受け入れられない。

「この野郎!モンスターの分際で!!」

 シドがWROの援護射撃を受けながらクラウドへ向かって槍を繰り出す。
 クラウドは地面を一回転して態勢を立て直し、再度、男に向かって飛びかかろうとしたが、男は既に他の研究員達と共にWRO隊員の後ろへ身を滑り込ませていた。

 隊員達の容赦ない発砲、シドの罵声と攻撃。

 クラウドは言葉にならないほどのダメージを心に受け、身を翻して森の更なる奥へと逃げるしかなかった。
 逃げる瞬間、研究員の男のホッとした顔に憤怒を覚えながら…。




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