白銀の巨狼が逃げた後を追って飛び出したデンゼルと入れ替わり現れたグリートは、訝しげな顔をして研究員の男をねめつけた。 「なんでアンタがここにいるわけ?」 「な!失礼な奴だな、初対面の相手に向かって」 男は気色ばんでグリートを睨みつけた。 だがたった今、モンスターに襲われかけたため大いに動揺しており、声が上ずっている。 グリートは、 「あ〜、そっか。俺のことは知らねぇか。ま、無理もないよなぁ、隊員、メチャクチャ多いし」 と、ブツブツ呟きながら男からさっさと視線を外すと、居住区の入り口で固まったままのマリンへ顔を向けた。 男に見せた顔とは180度違う温かな表情を浮かべ、大股で歩み寄る。 「マリン、大丈夫だったか?」 声を掛けられ、ようやくマリンは呪縛が解けたように体を震わせた。 そうして、大きな手で頭を撫でられ、大きな目にみるみる涙を溢れさせた。 デンゼルを追おうとして中途半端にドア側に寄っていたティファは、自分がマリンを置き去りにするところだったことに今さらながらに気がついた。 マリンへの申し訳なさで胸が詰まりそうになりながら急いで駆け寄ると、滅多に泣かない少女は素直にティファの胸に飛び込んだ。 「ごめんね、マリン」 嗚咽をもらしながらボロボロ涙をこぼすマリンをしっかり抱きしめ、ティファも自分の涙腺が緩むのを必死に堪えた。 そうして、涙目のままグリートを見上げる。 「どうしてここに?」 「デンゼルたちがライに連絡したんだ。クラウドさんとティファさんがピンチだから助けてくれって。実はさぁ、俺達、クラウドさんが護衛した神殿跡地探索チームと同時に探索することが決まった他の遺跡の研究員の護衛についててさ。だから、クラウドさんのことは今日、初めて知ったんだ」 ティファは目を丸くした。 Liberating from Solitude (完結編)「クラウド…って…なに言ってんのナナキ?」 デンゼルは戸惑いながらナナキとナナキが押さえつけていたモンスターを見た。 あんなに暴れていたというのに今、白銀の巨狼は大人しく押さえつけられるままになっている。 ナナキは訝しげなまま大人しくなったモンスターへ鼻先を寄せ、パッと目を見開いた。 「やっぱり…クラウドでしょ!?」 そうして慌てたように巨狼の上から下りると放心したように突っ立った。 巨狼はと言うと、しなやかな動きで立ち上がり、皆と少し間合いを取るように後ずさった。 「ナナキ。クラウドさんということで間違いは?」 「ない。オイラがクラウドの匂いを間違えるはずがない」 「………本当に?」 「うん。ねぇクラウド、どうしてそんな姿になっちゃったの?」 結果の確認として淡々と訊ねたシュリと、呆然と呟いたラナに向かってナナキは自信満々に言い切ると、巨狼へ問いかけた。 デンゼルはナナキたちのやり取りを耳にしながら、巨狼から目が離せなかった。 巨狼は先ほどまでの荒ぶりようが信じられないくらい大人しく、少しうな垂れたようにそこにいるだけで答えようとしない。 夜風に白銀の見事な毛並みがサワサワとなびく様(さま)は、どこか神々しくすらある。 そのモンスターが…クラウド? にわかには信じられないその話も、だがデンゼルは何故か笑い飛ばすことが出来なかった。 巨狼をジッと見つめ、クラウドと言いきるナナキの言葉を裏付ける何かを探す。 そして、ハッと息を飲んだ。 伏し目がちな双眸は、大好きなクラウドの瞳と同じアイスブルー。 「クラウド…?」 知らず、声に出て名を呼ぶと巨狼はピクリ、と身体を震わせた。 たったそれだけ。 少し反応したというそれだけで、デンゼルはナナキがクラウドだと言い切ったその言葉を信じたくなった。 ゆっくりゆっくり巨狼へ近寄る。 まだ距離が開いているのに、巨狼が緊張しているのが分かった。 デンゼルもまた緊張していた。 当然だ。 こんなのあり得ない。 人間がモンスターの姿になってしまうなど、未だかつて聞いたことがない。 唯一あるのは、タッチミーというカエルのモンスターに攻撃をされるとカエルになってしまう、というものだけ。 こんな立派な体躯のモンスターになってしまうなど、誰が信じられると言うのか。 あぁ、だからか。 デンゼルは唐突に理解した。 クラウドが今の今まで帰ってこられなかった理由。 店の割れた窓ガラス。 クラウドだと気づかれず、シドやWRO隊員たちに攻撃された後、遠い任務地にたった1人取り残されたのだから。 そしてようやく帰って来ても自分だと気づいてもらえない、そう思ったから窓からそっと中を伺うしかなかった。 さっき、巨狼が攻撃しようとしたのはティファへじゃなく、WROの研究員の男にだったのだ。 自分たちに気づいたから、急に攻撃をやめて逃げ出したのだ。 自らが今、弾き出した答えが自分が既にナナキの言葉を信じ、目の前の巨狼がクラウドだと確信したことによるものだと気づかない。 気づかないまま、クラウドのこの2週間を思って胸の奥底から熱いものがこみ上げてくる。 どんなに辛かっただろう? こんな姿になって、たった1人で任務地からここまで戻って来るまでの道のりは。 どれほどの苦悩と苦労があったのだろう? 1人、誰もいない荒野や草原で夜を過ごさなくてはならないだけでもツライのに、人に見つかったら攻撃される姿へ変わってしまって…。 誰にも助けを求めることが出来ず、今の今までたった1人で。 「クラウド!」 最後の3歩は駆け足になった。 そのまま、自分の背丈と同じくらいの巨狼の首にしがみつく。 ビクリッ!と巨狼が震えたが、かまわず力いっぱい抱きしめる。 泣きたくないのにボロボロと涙がこぼれて止まらない。 「クラウド…クラウド!お、おかえり…!」 嗚咽を洩らし、泣きながら”しっか”としがみついて離れないデンゼルのその言葉に、ナナキとラナは目を潤ませた。 シュリとプライアデスもチラリと目を合わせてホッとしたように息を吐き、穏やかな表情でデンゼルと巨狼を見つめた。 巨狼は。 一瞬目を見開いたがデンゼルの言葉にゆっくりと目を閉じると、少年へ顔を摺り寄せた。 * 「それでそんな姿に?」 シュリは地面に書かれた文字を読んで厳しい顔をした。 プライアデスやラナも同様だ。 ナナキにいたっては怒りのあまり、低い唸り声を喉の奥から洩らしている。 人の言葉が話せないため、自然と会話は筆談となった。 地面に書いては消し、書いては消しを繰り返しての会話は中々進まなかったものの、クラウドは何とか自分の身に起きた出来事の全てを語った。 その間、デンゼルはクラウドの傍から片時も離れようとせず、銀色に輝く毛並みに身体を埋めるようにしてもたれかかり、ウトウトとまどろんでいた。 ここ数日、ティファほどではないにしても熟睡出来ていなかった少年は、今、心から安らいでいる。 そんなデンゼルをクラウドも自らの尾で柔らかく包みながら、なんだか夢のような心地がしていた。 先ほどまで自分を強く支配しようとしていた圧倒的な力は信じられないほど凪いでいる。 チラリ、と紫紺の瞳を持つ青年へ視線を流すと、彼は地面に自分が書いた拙い文字を真剣な眼差しで見つめていた。 その額には白い包帯。 ラナが発砲した銃弾からクラウドを咄嗟に庇って負ったものだ。 『クラウドさんが無事で良かったです』 幸い、掠った程度で大した出血もなく青年はいつもと同じ穏やかな笑みを向けてくれた。 その微笑みとナナキの絶対的信頼を宿した眼差し。 デンゼルの全身全霊からの抱擁。 それらを前にしたあの瞬間、クラウドの中で再び主導権を握ろうとしていたモンスターの気配が薄まり、頭の中にかかっていた分厚い霧のカーテンがサーッ…と引いていくのを感じた。 何故だ…? 訝しげな低い声を残して。 その声は苛立ちというよりも、心底分からない、と不思議で仕方ないように聞こえた。 プライアデスと戦っていた僅かな時間、確かにあった荒れ狂う内なる存在は、その戦っている相手から庇われたあの瞬間、激しく動揺していた…ように思う。 ただ、プライアデスと戦っていたあの時は酷く自分の意識が犯されていて、この身体も心も、全部がモンスターの支配下で踊っていたため、曖昧過ぎる感覚しかない。 だがそれでも、青年が何故かその時その時で手加減をしていたのは分かった。 敵である存在への致命傷を狙う絶好の好機をみすみす何度も逃す青年の行動が理解出来ないモンスターは本気で苛立っていた。 だが、今考えるとそのことでモンスターの”芯”を揺さぶっていたように思う。 それが決定的になったのはやはり、ナナキが自分の正体に気づき、名を呼んでくれたことだろう。 「クラウドさん、状況は分かりました。やはりもう1度、あの神殿跡へ行く必要があるようです」 クラウドはシュリを見た。 やはり、そうするしかないのか、と小さく頷く。 クラウドの中で奥の奥へ押し込んだモンスターが小さく呻いたように感じたがそれを無視すると、意味を含ませてデンゼルへ顔を向けシュリやプライアデス、ラナを見た。 少年は今や小さな寝息を立てて眠っている。 プライアデスが微笑みながら少年を抱き上げると、クラウドは立ち上がった。 フルリ、と体を震わせるとナナキが感嘆の溜め息を洩らす。 まるで、綺麗だ、と言われているような気がしてなんとなく憮然とするが、ナナキは言葉にしては何も言わなかった。 例え、何か言ったとしてもクラウドは文句1つ言えなかっただろう。 言葉が話せないから、という理由ではなく、プライアデスが背中に乗せた重みにギョッとしたからだ。 「大丈夫ですよね、クラウドさん?重くないでしょ?」 いや、重くないけれども!と、クラウドは背に乗せられたデンゼルを落とさないようにガチガチに固まりながら、信じられない思いでプライアデスを凝視した。 しかし、クラウドの焦りと驚きを華麗に流し、おっとりと青年は微笑みつつ「うん、イイ感じですねぇ。こういうことって今しか出来ませんからね。是非してあげて下さい。頑張ったデンゼル君へのご褒美だと思って」と勝手に満足しながら携帯を向けた。 カシャッ、と音が鳴り、許可なく写メが撮られる。 「……じゃ、行きましょうか」 プライアデスの行動に呆気にとられたような顔をしていたが、シュリは何事もなかったかのような無表情を顔に貼り付け、先に立って歩き出した。 どこに行く?と聞かずとも分かる。 セブンスヘブンへ1度戻るつもりだ。 先ほど、恐れさせてしまったティファやマリンを思い出し、思わず足が竦む。 しかし、シュリはどんどん先に行くしプライアデスやラナはニッコリ笑っただけでやはり歩き始めるし、ナナキも鼻先で身体をつついて促してくれるし…で。 クラウドは内心、非常な緊張を強いられながら家路へと着いた。 道すがら、シュリたちの話は続く。 「その時に投げつけられた赤い液体ですが、WRO本部の医療センターから盗まれた血液だと判明しました。血液の持ち主はWRO本部の医療センターに入院している7歳の少年のものです」 「血液から、というよりも、血液が入っていたと思われる割れた試験管が神殿跡に残っていたんです。それを調べたんですよ」 シュリの言葉を補足するようにプライアデスが説明する。 クラウドは黙って歩きながら当時のことを思い出していた。 なるほど、投げつけられたあの赤い液体は血液だったのか。 まぁ、そうではないのかと思っていたが…。 「状況的に考えて、クラウドさんに憑依しているモンスターの霊はあの神殿で祓うのが一番良いでしょうね」 「…それってクラウドさんが取り憑かれてるってことですか?」 「そうなるな」 驚いた、というよりもどこか冷ややかな声音で問うラナの顔にはありありと不信感の文字が浮かんでいる。 麗しいWRO女性隊員は、この年下上司のことが何故かお気に召さないようで、ことあるごとに冷たい態度を取っている。 当然、そんなラナの苛立ちとも言える感情に気づいているだろうが、シュリはどこ吹く風と言わんばかりの態度を崩さない。 クラウドは、自分が取り憑かれている、と明言されて納得すると同時にやはり内心穏やかではいられないのだが、それでもラナとシュリのやり取りのお陰で動揺はバレずに済んだ。 「それにしても、誰が祓うんですか?中佐ですか?」 小首を傾げるようにして問うプライアデスに、やはりラナは胡散臭そうな目でシュリを見た。 当然その視線にも気づいているはずなのだが、シュリはやはり我関せずと言わんばかりだ。 「ああ、俺がする」 あっさり頷くとシュリは意味ありげに「それで?」とプライアデスに問うた。 プライアデスは耳に手をあて、ほんの少し間を開けてニッコリ笑った。 「はい。既に神殿跡地探索チームの準備は整っているとのことです」 「ノーブル軍曹の方は?」 「………丁度、説明を終えたようです」 ラナは素っ気無い一言のみを返しながらも、ツンと澄ました顔からWRO隊員のそれへと変わり、最低限の敬意をシュリに払う。 3人の雰囲気が変わったことにキョトンと首を傾げるクラウドへナナキがニッカリと笑った。 「オイラたちはね、プライアデスにデンゼルが連絡をした時点で同時に動いてたんだ。飛空挺とかの準備とか、神殿跡地探索チームの準備とか色々とね。そんでもって、店にティファたちだけ残しておくわけには行かないからグリートに残ってもらってさ。んで、イヤホン型携帯を装着してもらってる。だから、今のやり取り全部グリートも聞こえているんだ」 「ちなみに、例の研究員の男は逃走を図ろうとしたため兄が捕縛したようです」 クラウドは目を見開き、足を止めた。 今、自分が説明したことがティファたちに全て伝わっている? ということは、店に突然飛び込んだ災厄である巨狼が自分だということも勿論…。 クラウドは居たたまれないような気持ちになりながらも微かに期待が胸に宿るを感じた。 先ほど向けられた驚愕と恐怖に満ちた視線をティファやマリンから再び向けられたとしたら、折角抑えることが出来ているモンスターの魂がまた暴れ出すかもしれない。 だが。 足を止めたクラウドに合わせ、皆も足を止め、振り返る。 その目には優しい笑みが浮かんでいた。 言葉にせずとも、彼らが大丈夫だ、と励ましてくれているのが分かる。 1人ではないのだから、と。 自分たちもちゃんと傍にいるのだから…と。 クラウドは仲間の無言の励ましと背中の重みに胸が満たされるのを感じた。 同時に、胸の奥の奥でモンスターが低く低く唸ったのを聞いた。 その唸り声は怒りや憎しみ…というものではなく、心底不思議がっていて、首を捻っているようにしかクラウドには聞こえなかった。 何故だ? モンスターの疑問の声が遠く、微かに聞こえる。 クラウドはその声にフルリ、と首を振っただけで、後はしゃんと顔を上げた。 待ってくれている皆をしっかり見る。 誰もクラウドを不審がったり、怪訝な顔をしていない。 気持ちが固まるまでいくらでも付き合う、と無言のうちに語ってくれていた。 クラウドはこんなにも恵まれていることを誇らしく思いながら止めていた歩みを再び踏み出した。 この2週間の間、手に出来なかった温かな雰囲気に包まれながら皆に寄り添そわれて月光の下、ゆるゆると懐かしい家路を進んだ。 そして。 セブンスヘブンに帰ると想像していた通り、家族との再会と抱擁が待っていた。 背に乗せていたデンゼルが飛び起きるほどの強い抱擁と感涙に、クラウドも涙腺が緩みそうになる。 それを堪えるようにしてギュッと目を瞑ると、また心の奥底でモンスターが訝しげに首を捻っている気配がした。 そのまま感動の余韻に浸る間もなくクラウドは家族と共に丁度迎えに来たジープに押し込まれ、エッジの外れまで迎えに来ていた飛空挺へと乗り込んだ。 そこでもまた、仲間たちの抱擁を受けた。 ユフィは勿論、感極まったバレットにまでハグをされて危うくクラウドは背骨をポッキリ折られるところだった。 シドはと言うと、 「クラウド、すまねぇ!本当にすまねぇ!!」 床に額が着くほどの勢いで土下座をし、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返した。 一番傍にいながらクラウド身に起こったことに全く気づかず、攻撃までしてしまったばかりか、置き去りにしたのだから罪悪感は計り知れない。 当然、クラウドは怒ってなどいない。 むしろ、シドのあの時の反応は当然だと思っている。 怒っていないと言葉で伝えられない代わりに、クラウドは鼻先でシドの肩を突いたのだった。 その瞬間にも、心の奥底でモンスターが訝しげに短く唸ったのが聞こえた…。 やがて。 クラウドは家族や仲間達と再び神殿跡地に降り立った。 自分達の後ろからはシュリの率いるWRO隊員たちが例の研究員の男を連れている。 男はクラウドが眠るデンゼルをその背に乗せ、ナナキたちに守られるようにして戻ってきた時からありとあらゆる抵抗を諦めていた。 クラウドを陥れようとした動機についても白状した。 「邪魔だったんですよ、彼のことが。彼がいる限り、彼女を私のものにするチャンスは万に一つもありませんから。確実に消えて頂くことが出来てもアシがついたら同じこと。ですから、私に捜査が絶対辿り着かない方法を探していた時、あの神殿跡で行われた”封印の儀式”を発見したんです」 封印されたモンスターを解放し、クラウドに襲わせる。 封印を解かれたモンスターは、封印を解く鍵となった血を身に受けたクラウドに真っ先に襲い掛かると踏んでいたので、クラウドに襲い掛かっている間、折を見て逃げ出し、WRO隊員達に助けを求めるつもりだったらしい。 それがまさか、クラウドをモンスターに変じさせてしまう結果になるとは夢にも思わなかった、と研究員の男は言った。 動機はなんてことはない、ただの横恋慕。 そのためだけに、クラウドの存在を消してしまおうと狂気に駆られた男に、仲間達が激怒したのは言うまでもないことだが、それ以上にもっと重要なことがあった。 それは勿論、クラウドを元に戻すこと…。 「ではクラウドさん。そちらへ」 シュリに促され、クラウドは自分が変化してしまった場所へ立った。 皆に見守られながらであるため、妙に居心地が悪い。 ただでさえ、悪夢の始まりとも言うべき場所に立つのはいい気がしないと言うのに…。 シュリはクラウドがその場所へ立ったのを見て、一歩前に出た。 そして、一枚の純白の羽を手の平に乗せ、腕を真っ直ぐに伸ばす。 どこから調達した羽なのかふと疑問に思ったクラウドだったが、口を開いたシュリにその思考を遮断した。 「かの地に封ぜられし高貴なる魂よ。汝の呪縛、いま解かん」 純白の羽がポォッ、と光った。 その瞬間。 クラウドは全身が内側から燃え上がるほどの熱に晒されたように感じた。 同時に意識は闇に落ちていく。 混乱し、凪いでいた恐怖が再びその片鱗を露わにする。 と。 ハッと目を瞬(しばたた)く。 目の前には白銀の巨狼が静かに佇んでいた。 それは、クラウドがこの2週間もの間、成していた姿…。 「何故、我(われ)が人如きにこうも容易(たやす)く…」 巨狼の呟き声には不快感は微塵もなかった。 ただただ、純粋に不思議で仕方ない、と首を捻っている。 そして、巨狼はクラウドにも言葉をかけた。 「かの者も不思議であるがお前もまた不思議なる者であった。これまでの短き時の中で共にあり、見つめてきたが…」 巨狼が言った”かの者”というのがシュリを指すのだということはなんとなく分かった。 クラウドも同意見だ。 なんでこんなことが出来るんだ!?と驚かざるを得ない。 だが、巨狼が不思議がっているのがシュリだけでなく自分に対しても、というのが腑に落ちない。 訝しげに目を眇めると、巨狼は目を細めた。 「怨み、憎しみ、怒りに駆られて尚、情愛を持ってそれを押し止めた。我を封じた人と同じモノと思うておったが、どうやら違うようだ」 クラウドは黙ったまま思い巡らせた。 この2週間の間、夢に現れた失われたはずの情景。 巨狼が数多いるモンスターを裏切り、人側についたあの戦い。 巨狼が人側に付いた理由は、たった1人の少年だった。 モンスターは人間と戦いながら、人間だけを敵として戦っていたわけではなかった。 モンスター同士でもまた、その派閥を広げるために戦いを繰り広げていたのだ。 巨狼が傷を負ったのは、まさにモンスター同士の闘争によるもの。 少年はたまたま、森の奥深くまで足を運んだ際に、傷つき倒れている巨狼に出会い、手当てをしたのだ。 「あの幼子(おさなご)に触れるまで、我は温もりを知らなんだ。故に、人とはかくも良きものか、と、人に加勢する道を選んだ。だが、人は我を恐れておった。当然じゃ。我はフェンリル。この地を古より支配せしモノ。故に人が我を恐れて牙をむいたとして不思議はない。だがしかし…」 クラウドはいた堪れず目を伏せた。 その続きは聞きたくないと思った。 今まで見た悪夢の中でもワースト3に入るほど、最低な夢だった。 まだ小さい少年をこの神殿跡地周辺に住む人間は祭壇に縛り付けた。 巨狼をおびき寄せ、封じるために。 そのためだけに幼い少年を犠牲にした。 強大な力を有する巨狼を封じるほどの”儀式”。 それに巻き込まれて少年が無事であるはずがない…。 「人とはかくも愚かなモノかと…。あの幼子のようなモノは二人といまいと…。そう思うておったが…」 初めて、巨狼の声が愉悦を含み、クラウドは驚いて目を上げた。 巨狼が淡い光を発しながらスーッと消えていく…。 「中々に愉しいひと時であった」 そう言葉を遺し、白銀の巨狼、フェンリルは光の粒子となって柔らかく大気に溶けていった…。 * 「アイツは寂しかったんだ。寂しくて…悔しかったんだ。自分のせいであの子が殺されてしまったことが」 ポツリポツリと語るクラウドの言葉にティファは耳を傾けていた。 シーツに包まり、ピッタリとくっついていると、まるでこの2週間がウソのようにすら思える。 だが、決してウソでも夢でもなく、現実に起きた出来事だ。 そしてそれを経験し、味わわされたクラウドをティファはちゃんと受け止めようとしていた。 互いの鼓動が聞こえるほどしっかり抱き合い、手足を絡ませたまま口数の少ないクラウドの言葉を一言一句、聞き逃すまいと耳を澄ませる。 「俺に取り憑いたとき、アイツは喜んだ。これで人間に復讐できる…ってさ。でも、すぐに気がついたんだ。自分を封印した一族族はとっくに絶えていて、復讐すべき相手がいないことに」 遥かな時の流れにより、絶えてしまった一族。 それは、森の長と讃えられてもしかるべきフェンリルを封じ、亡き者としてしまったことによる因果なのかどうかはもう分からない。 今、あの森には幾種類ものモンスターが存在し、日々弱肉強食の世界を繰り広げているが、人は1人として生活していない。 また、モンスターも長たるモノは存在せず、知能の高いモノもいない。 かつて、人とモンスターが戦いを繰り広げていた頃の世界は存在せず、ただ、生きるために糧を得る世界が広がるのみだ。 「どうしていいのか分からなかったんだ。折角、復讐することが出来るのに…ってさ。だから、手始めに俺の中を覗いて、完全に身体を乗っ取れる方法を探したんだ」 「…クラウド」 たまらず、ティファはクラウドの裸の背へ手を回し、抱きしめた。 クラウドもティファの肩を抱き寄せる。 「でも結局アイツが求めていたのはそんなんじゃなかった。自分を助けてくれたあの子みたいな人間がまだいてくれた、ってことの方がうんと大切だった。それをちゃんと見て、触れて、知ることが出来たからアイツはとても満足して逝ったよ」 そう言って、クラウドは潤んだ瞳で見上げた腕の中の愛しい人へ唇を寄せた。 柔らかなその唇に陶酔するほどの幸福に酔う。 「またこうして、ティファを抱きしめることが出来て良かった」 熱い吐息混じりにそう呟くと、ティファは息を乱しながら笑みを浮かべた。 「私も…。本当に…本当に良かった…クラウド」 そうしてクラウドの金糸の髪に手を差し込み、引き寄せるようにして唇を重ねる。 いつにない大胆な彼女にまた、クラウドも艶やかな黒髪に手を差し入れ、彼女の腰を抱き寄せた。 互いの吐息を奪わんばかりの口付けを交わしながら、再び共に熱に酔う。 今だけは、再び戻ってきたかけがえのない存在と大切な時間を共有することだけに気持ちを傾けたい。 その思いは2人、同じもので…。 そうして、また、手にすることの出来た”当たり前の日常”に戻っていく。 決して今回の離れていた時間を忘れず、”現在(いま)”を大切にしながら。 自分たちが感じている幸せを決して当然のものと思わないように、一瞬一瞬を大事にしながら。 「じゃ、クラウド。気をつけてね」 「「いってらっしゃ〜い」」 「ああ。行ってくる」 あとがき 麗音さん。 50万キリリクとしてリクエストを下さったのに、こんな話になってしまいました…ごめんなさい! 今回のリクエストを受けて、クラウドの孤独な2週間をどう表現するか、非常に悩んだのですが、結局こんな感じになりました。 神秘的な雰囲気を出したかったのですが…いかがでしたでしょうか? なんとか及第点を取れたら良かったのですが、なんともはや…残念クオリティですorz こんなお話になってしまいましたが、お納め頂けると泣いて喜びます。 あ、勿論返品可ですから〜!! それでは。 改めて、リクエスト、ありがとうございました〜! |