この姿のまま戻って一体なにが出来るというのか。 いくら心優しい彼女でもこの姿を見れば恐怖し、敵意を持つに決まっている。 シドや隊員達が躊躇うことなく攻撃をしてきたように、ティファも子供達を守るために攻撃してくるだろう。 ティファに攻撃されたら…立ち直れない。 でも、どうしても会いたい。 一目で良いから姿が見たい。 それだけで良いから。 会いたい。 怖がられたくない。 一目見たい。 敵意を向けられたくない。 相反する感情が胸中で荒れ狂うようにせめぎ合い、それでもどうしても一目で良いから、との思いに負け、人目につかないよう夜を待って2週間ぶりに我が家の窓を覗き込んだクラウドが見たものは。 自分を陥れた男がティファを抱きしめている光景だった。 Liberating from Solitude (後編)デンゼルとマリンは慌てて洗面所へ向かった。 少しの時間でもティファとあの男を2人だけにしたくない。 あの研究員の男が初めてやってきた時、クラウドの行方不明の報に呆然とするティファへ深く頭を下げ、クラウドがいなくなったのは自分のせいだ、と謝罪をしながらもどこか底光りのするイヤな目で見ていたことが鮮明に思い出されて胸がムカムカする。 それだけではなく、今夜で3度目にもなる来訪だが1回目よりも2回目、2回目よりも3回目と、ティファへの接し方が少しずつ馴れ馴れしくなってきているような気がしていた。 勿論、それは男のことが気に入らないからそう言う風に見えてしまっているのかもしれないが、しっかりしているとは言えまだ幼い子供達にはそこまで思いをめぐらせることは出来ない。 ただひたすら、気に入らない男が一瞬とは言えティファと2人きりになる、という事態が我慢出来なかった。 だから特に注意を払う余裕もなく、猛烈な勢いで階段を駆け上がる。 しかし、慌てていると普段なんともないことでもミスを犯すのが人間と言うもので、デンゼルは階段の最後の一段でつまずいてしまった。 それだけならなんとか持ちこたえたかもしれないが、後ろから駆け上がってきたマリンにぶつかられ、完全にバランスを崩して強かに向こう脛を打ちつけた。 「ご、ごめんね、デンゼル!大丈夫!?」 大丈夫だ、と答えたいのに痛みのあまり声も出ない。 脛を抱え、涙を堪えながら蹲るので精一杯だ。 ようやく立ち上がれるくらいにまで痛みが和らぐと、マリンの心底申し訳なさそうな顔にデンゼルは苦笑を浮かべた。 そして、少し強がった笑みを見せて顔をクイッ、と洗面所へ向けて早くティファのところへ戻る本来の目的を伝える。 すっかり忘れていたのかマリンが「あ…」と目を丸くしたのを見てやれやれ、とわざと調子良く肩を竦めて見せた。 そうすることで、マリンが申し訳なさそうな顔をするのをやめ、いつもと同じようにプクッと膨れて、いつも通りに戻る、と思ったのに…。 突然、階下から響いてきたガラスの割れる音と獣の咆哮に、2人は文字通り飛び上がって驚いた。 顔を見合わせたのは一瞬。 驚きが大き過ぎて、鈍く残っているはずの脛の痛みが消え、デンゼルは階段を駆け下りた。 真後ろをマリンが続く。 そして2人は目の前の光景に凍りついた。 床に散乱した窓ガラス。 横転した椅子。 ひきつけを起こしたように硬直する研究員の男とその隣で同じく驚愕のあまり棒立ちになっているティファ。 そして、2人の視線の先にいたのは、白銀の見事な毛並みに覆われた巨狼。 シドが話していた、クラウドが行方をくらませる直前に戦ったモンスターだと説明を受けなくても分かる。 そうと認識した直後、モンスターが凶悪な唸り声を上げて飛び上がった。 獰猛な牙を剥き出しに、ギラギラと光るアイスブルーの双眸はヒタとティファと男に向けられている。 「ティファ!」 デンゼルは何も考えず、咄嗟に手を伸ばした。 カウンター上に置いてあった度数の高いアルコールの酒瓶を手に取り、思い切り投げつける。 これが、映画やドラマなら投げた酒瓶は宙へ躍り上がっているモンスターに当たるところだろう。 しかし、子供の力で投げた重い酒瓶はモンスターに掠りもしないで店の真ん中辺りまで飛び、床に落ちて粉々になった。 酒瓶がモンスターに掠りもしないで飛んでいったのを見て、己への失望と悔しさが瞬時に湧き上がったものの、ならば、とティファの前に身を滑らせる。 直後、ハッと我に返ったティファに逆に抱き込まれ、守る側から守られる側へと逆転してしまった。 その腕を振りほどこうともがく間など全くない。 モンスターがまるでスローモーションのようにグングン接近してくる。 デンゼルはなす術もなく、それをティファの肩越しに恐怖に目を見開いて…。 見た。 モンスターが何かに気づいたようにビクッと震え、慌てたようにその牙と爪を引っ込めたのを。 そして、研究員の男を飛び越えてカウンターに前足を着いたかと思うと軽やかに壁へ、そして自らが割った窓へと跳躍を繰り返した。 まるで水が流れるような自然な身のこなしに、襲われかけた恐怖も忘れ、目を瞠る。 そのまま、窓近くに音もなく着地したモンスターをデンゼルは見つめた。 モンスターもデンゼルを見つめていた。 いつしかティファの腕が緩んでいたが、デンゼルはそれに全く気づかなかった。 ティファもまた、自分がいつデンゼルを放したのか気づかないほど、モンスターの変化に戸惑っていた。 窓ガラスを割って飛び込んできた時、間違いなくモンスターは凶悪なオーラを放っていたと言うのに、今、目の前に静かに立つその姿はまるで仲間のナナキを前にしているかのようだ…。 どれほどの時が経っただろう? 1分?2分?それともたった数秒だったのかもしれない。 恐怖のあまり凍り付いていた男が我に返り、奇声を上げながら胸ポケットへ手を突っ込んだ。 引き抜いた手にはお約束のように銃が握られ、震える手で構えもままならないまま発砲する。 モンスターはそれを難なく避けながら、視線を逸らさず最後までティファとデンゼルと未だ硬直しているマリンへ流し…そうして、割れた窓の向こうへとその姿を消してしまった。 最後にモンスターが見せたアイスブルーの双眸がとてもとても悲しげで、一瞬の間に網膜に焼きつく。 胸が激しく軋み、心が抉られる思いがするほどの哀愁と絶望をデンゼルは見た気がした。 「…っ!!」 デンゼル!?と、ティファが驚き、声をかけるのを背に受けながら、気がつけばデンゼルは飛び出していた。 自分でも意味が分からないままモンスターの姿を求めて夜の街を走る。 セブンスヘブンを飛び出した直後、誰かとすれ違った気がしたがそれにかまうことなく狭い路地をひたすら駆け、十字路やT字路に差し掛かるたび、グルグルと首を廻らせて白銀の影を探す。 そうして、いつしかデンゼルは人気の完全に途絶えた夜の市場へと迷い込んでいた。 荒い息を繰り返し、両手を膝について全身で喘ぐ。 滴る汗をグイッと腕で拭いながら顔を上げると、そこは市場の最奥だった。 昼間は活気溢れるその場所も、夜になると素行の悪い者が入り浸る場所であるため、日が暮れ始めたら絶対に近づくな、といつも言われている場所だ。 いつの間にかそんなところにまで来てしまったことに気がつき、流石にデンゼルはうろたえた。 マズイ場所にマズイ時間やって来てしまったと認識してしまうと、白銀のモンスターを探す気持ちが薄らいで回れ右をしたくなった。 脳裏にあのアイスブルーの瞳が蘇る。 デンゼルはブンブンッ!と頭を振って迷いを追い出すと、改めて宵闇に沈む市場をグルリと見渡した。 普段はさして広く感じない市場も、人気が全くないと恐ろしく広く感じられる。 そして闇の中、白銀の陰はこれっぽっちも見当たらない。 「……」 もしも見付けたとして、一体どうするつもりなのだろう…? 自分自身でも分からないまま、それでも直感的にあのモンスターをこのまま一人ぼっちで放り出すわけにはいかないと思った。 己の直感に突き動かされ、デンゼルは市場の路地裏の1つをゆっくり進む。 もうあと一歩、もうあと一歩だけ進んでいなければ引き返そう。 そう思いながら、結構深い奥までやってきてしまったことに気がついたのは、月明かりすら届かなくなった頃だった。 ハッと振り返ったデンゼルは、路地の入り口が遥か遠くにまで遠ざかっていたことに今さらながら心細さに襲われる。 もうあと少しだけ。 自分にそう言い聞かせ、顔を戻したデンゼルは目の前に立つ人影にギョッと目を見開き心臓を縮み上がらせた。 * 何故、あの男を八つ裂きにしない? うるさい、とクラウドは己の中に巣食うモンスターに怒鳴りつけた。 メチャクチャに夜のエッジを走りながら胸中は荒れ狂い、自己嫌悪でどうにかなりそうだった。 あの時。 家族へ焦がれる気持ちと、見つかったときに向けられるであろう敵意を恐れる気持ち、相対する感情で鼓動を早めながら窓を覗き込んで…見てしまった。 ティファが自分ではない男に抱きしめられている光景を。 それだけでも頭が真っ白になるほどの衝撃だったと言うのに、その男の正体が自分を陥れたあの男だと気がついた瞬間、目の前が怒りで真っ赤に染まった。 その隙を突かれた。 全身の血が沸騰するほどの怒りに、押さえつけていたモンスターが出口を見つけたのだ。 荒ぶる感情に流され、窓を割って店内へ踊り込むことにいささかの躊躇いもなかった。 そして、あんなに恐れていたはずのティファの化け物を見るような眼差しを前にしても、怒りによる破壊衝動は小揺るぎもしなかった。 激情に身を委ねて牙をむき、男への激しい殺意をそのまま鋭い爪に宿す。 そうして躊躇いなく踊りかかって、男のか弱い身体を掻き裂き、喉笛を食い破ろうとして強い眼差しに気がついたのだ。 強い意思を宿した少年の双眸に。 そのとき、あれほど荒れ狂っていた胸中が一瞬にして凍結し、全身の血が音を立ててザッと引いていったのが分かった。 冷えた頭は瞬く間に己の曇った視界を晴らし、居住区入り口に固まっている少女の姿をも捉えた。 恐怖に凍りついた目で自分を凝視する少女の引き攣った顔。 クラウドは横っ面を張り飛ばされたような気がした。 やはり、会いに来るのではなかった。 こんな獣の姿をして会いにきたって誰一人自分がクラウド・ストライフだと分かりはしない。 分かるはずがない。 見つかったら最後、こうなることは分かっていたのにそれでも心の片隅では期待していたのだ。 家族なら…、ティファやデンゼルやマリンなら、こんな姿の自分でも『クラウド』だと分からなくてもほんの少しの優しさを向けてくれるのではないか…と。 人一倍お人よしの彼らなら、正体が分からないまま、疲れたモンスターをそのままの姿として受け入れてくれるかもしれない…などと。 まさに自業自得。 傷ついてこんな風に自暴自棄になる権利などない。 そう…権利などない。 こんな化け物の姿のまま、家族の元へ戻る権利も。 ティファが自分以外の男に心寄せるのを邪魔する権利も。 諦めたフリはよせ。お前は納得出来ていないのだ、なにひとつ。 脳裏に、己を内から食い殺そうとするバケモノの嘲笑が響く。 クラウドは叫んだ。 うるさい!と。 そもそも、全ての元凶はお前ではないか!と。 だが、それは全て獣の咆哮となり、冴え冴えと夜気に響いた。 幾つかの民家の窓が開き、住人が驚いた顔を覗かせたがクラウドの姿を捉えることは出来なかった。 軟弱なお前の代わりに我(われ)が報復してやろう。 クラウドを嘲りながら、バケモノが甘く囁く。 心まで侵食する力を持つその声音に、クラウドは全身全霊で抗った。 抗いながらエッジを闇雲に走る。 走りながら心が1つの方向へと揺らぐ。 いっそこのまま…。 このままエッジを出たらだだっ広い荒野に出る。 そこを突っ切ったら何日かかるか分からないが海に出るはずだ。 そこへ身を投げて自分の手で蹴りをつけたい。 お前にそんなことが出来るのか? 友が身を盾にして守ったその命を、自らの手で終わらせることが出来るのか? クラウドはギョッとして息を飲んだ。 思わず立ち止まり、荒々しく首を振る。 まるで頭の周りを飛び交う虫を追い払うように。 融合してから時間が経ったせいだろうか、バケモノに己の過去を覗かれてしまったのだと、説明もされずに理解してしまった。 ザックスとエアリス。 2人のことはとてもとても大切で、軽々しく口には出来ない。 仲間内ですらエアリスの話しをするときは、そっと、大切に、愛おしむようにして誰もが口にするというのに。 それを、こんな汚らわしいバケモノに覗かれ、自分を脅迫するネタにされるなど言語道断。 怒りで我を見失いそうになる。 しかし、クラウドはそれをギリギリで堪えた。 怒り、悲しみ、絶望といった負の感情はバケモノの力を増幅させるだけだ。 そして、クラウドの心を少しずつ喰らい、この身体を完全に乗っ取ってしまう。 そうなったら、今度こそティファたちを傷つけてしまうかもしれない。 それは、この身体が死ぬまで元に戻らないこと以上にツライ。 自分が死んだ方が遥かにマシだ。 諦めろ、そして我を受け入れろ。 お前にはもはや、死を迎えるその日まで我と共にあるしか道はない。 黙れ!と、クラウドは声に出さずに怒鳴りつける。 たとえそうだとしても、今、この場で諦めることは出来ない。 そして、もしも…。 もしも本当に元に戻れないのならば、その時はザックスとエアリスに星に還ってから土下座して謝ろう。。 だが、その結末を選ぶのはまだ早い。 クラウドがそう結論付けたその時。 夜気に渡って微かな声が聞こえた気がしてクラウドの心臓が跳ねた。 そのまま無意識に耳を澄ませる。 誰かが何かを話しているようだ。 男…だろう、それもまだ若い男だ。 そしてその相手の声は…。 クラウドは心臓が凍りつきそうなほどの恐怖を味わった。 猛烈な勢いで脈打つ鼓動に背中を押されるようにして駆け出す。 デンゼル! 聞き違えようのない少年の声に、心臓が破裂しそうなほどバクバクと脈打つ。 先ほど、セブンスヘブンで見た少年の強い意思を宿した双眸を思い出す。 バケモノからティファを守ろうとした強い姿。 そんなデンゼルを見ながら、それでもあの時は男への怒りのせいで夢うつつな状態だった。 それなのに、今、こうして夜気に乗って聞こえてくるデンゼルの声を耳にしていると、あの時、掠れて見えていたデンゼルの姿が鮮明に瞼の裏に蘇る。 少年は、明らかにバケモノ(クラウド)からティファを守ろうとしていた。 そんなデンゼルがティファの傍を離れてどうしてこんなところに? その疑問の答えを考え付く間もなく、クラウドは見つけた。 黒い服に身を包み、目深に帽子を被った男がデンゼルの肩に手を置いてまさに今、連れ去ろうとしているのを。 デンゼルの表情は宵闇と男の陰で全く見えないが、それでもイヤイヤ従っているのが分かる。 男は嫌がるデンゼルをどこかに連れ去ろうとしているのだ。 そうと認めた瞬間、クラウドの意識が怒りによって弾け飛んだ。 * 突然、ビリビリと空気を振るわせるほどの咆哮が背後から上がり、デンゼルは飛び上がった。 勢い良く振り返って見たものは、まさに探していた白銀のモンスターが全身の毛を逆立て、飛び掛ってくる血も凍りそうな光景。 あっ!と声を上げる間もなく、肩に手を置いていた男がデンゼルを突き飛ばす。 なす術なく地面を転がって勢い良く顔を上げると、男が抜き身のソードを構えてモンスターの牙を受け止めていた。 獰猛な唸り声を上げながらモンスターがソードを食いちぎらんばかりに牙を立てている。 両足を踏ん張り、ギリギリと音を立てて男は力を込め、一瞬引いたかと思ったがそのまま力任せにモンスターを押し飛ばした。 そうして、両者互いに睨み合いながら間合いを計り、ゆっくりと軸足への体重移動を行う。 緊迫の一瞬、先に動いたのはモンスターだった。 見事な銀糸の毛並みを波立たせて宙へ躍り上がると、ギラギラと光る双眸へ殺気を宿し、男目掛けて躊躇いなく爪を振るった。 それを男は上体を思い切り反らして避けるとモンスターの腹目掛けて真下からソードを振るう。 しかし、まるで腹に目があるかのようにモンスターはその攻撃を身を捩って避けると、しなやかに地面へ着地し、間髪入れずに襲い掛かった。 上体を反らしていたため、反応の遅れた男がソードを盾にしたまま地面に押し倒される。 デンゼルは恐怖のあまり鋭く息を吸い込んで固まった。 あまりにも生々しく恐ろしい光景に思考が停止する。 モンスターの唸り声と荒い息が離れていても迫ってくるほどに伝わってきて、身体から自由が奪われてしまう。 「…このっ!」 モンスターの唸り声に混ざって男の声が聞こえたかと思うと、モンスターの巨体が浮き上がった。 無防備なモンスターの腹を蹴り上げ、上方へと投げ飛ばしたのだ。 そして、軽やかに跳ね起きるとソードを構えて今度は男の方から突進する。 だが、男がソードを下段に構えて斜め上へ斬り上げるよりも早く、モンスターは態勢を整えて後方へと跳躍した。 虚しく空を斬るソードが風を唸らせる。 かと思えば今度はモンスターが牙をむいて男へ踊りかかった。 前足が空気を引き裂きながら男の頚動脈を狙う。 それを男はあろうことか腕で受け止めると思い切り身体を半回転させて蹴りを繰り出した。 モンスターの身体が男から勢い良く離れると同時に、爪を受け止めていた左腕の袖部分がビリビリと宙を舞う。 赤い飛沫が同時に舞ったが、男は全く頓着せずにソードを構えた。 どちらも引かないその戦いにデンゼルは固唾を呑んで見守るしかなかったが、男の行動に疑問を持った。 何故、ソードで爪を受け止めなかったのだろう…? 腕で受け止めたりするから怪我を負った。 そうなることくらい、男は百も承知しているはず。 体勢的にソードで受け止める余裕がなかったのだろうか? 戦いに素人のデンゼルには分からないが、それでもずっと見ていると男が何故か、モンスターを傷つけないようにしているのではないか?と思うようになった。 モンスターもまた、僅かにその動きが鈍くなっているように思える。 そう疑問に思うデンゼルの目の前で、変わらずモンスターと男の戦いは続いている。 気を抜くと、男は喉笛を食い破られるだろうし、モンスターは心臓をソードで一突きにされるだろう。 緊迫した状況に変わりはないのに、どうしてそう思ったのか、デンゼルは自分自身で不思議だった。 宵闇を月の明かりだけが人気のない市場で戦うその姿を照らす。 ある意味、とても幻想的で現実のものと思えない光景。 男とモンスターの陰がその立ち位置を幾度も変え、爪と牙、ソードを合わせる。 いつまでもその戦いが続くかに思えた。 だが、当然そんなわけがない。 突如、男とモンスターとの戦いに第三者が割り込んできたのだ。 驚愕と焦燥感に駆られた第三者が男の名を呼びながら駆け寄りつつ銃を構える。 「ライっ!」 「よせラナっ!!」 第三者の登場にワンテンポ遅れて気づいた男、プライアデスが慌てて駆け寄ってくるラナを制止するが、間に合わない。 乾いた銃声が夜気に響き渡り、デンゼルは驚愕に目を見開いた。 大きく仰け反ったプライアデスから帽子が飛び、白銀のモンスターとプライアデスの位置が変わる。 地面に叩きつけられる直前、片腕のみで倒立姿勢をとった青年は流れるような身のこなしで地面へ片膝を着く形で体勢を整えることに成功する。 だが、その時にはモンスターの意識はプライアデスからラナへと移っていた。 己を攻撃する新たな敵としてラナを認識したモンスターの双眸がギラリ、とその眼光を鋭くする。 ラナは驚きのあまり、次の行動へ移ることが出来なかった。 それはそうだ。 モンスターから守ろうと銃を撃ったのに、その攻撃対象を青年が庇ったのだから。 「ラナっ!」 焦燥感に駆られた声でプライアデスが名を呼んだ時にはもう行動へ移るには遅かった。 ハッと我に返ったラナが見たものは、肉薄する獰猛なモンスターの姿。 咄嗟に銃を構えるがモンスターのスピードの方が上回っている。 そのまま鋭い爪の餌食になるしかないラナに、デンゼルは思わずギュッと目を瞑って顔を背けた。 だからどうしてそうなったのか、その肝心なシーンを見逃した。 「え?」 ドンッ!という何かがぶつかったような音に続き、地面に何か重い物が落ちたような音。 我慢出来ずに恐る恐る目を開けたデンゼルが見たものは、白銀の獣を押さえ込む真紅の毛並みを持つ隻眼のモンスター。 「ナナキ!?」 月明かりに浮かび上がるその隻眼の獣は間違いなくナナキだ。 そのナナキの向こうでは銃を手に持ったままのラナと、まるで守るように彼女の前に立つ新たな1人の男の姿。 「シュリ兄ちゃん!?」 宵闇に溶け込んでしまいそうな漆黒の髪を持つ青年は、ナナキが押さえつけている白銀の巨狼をジッと見つめていた。 プライアデスも立ち上がり、ナナキが必死に押さえつけているモンスターへ戸惑ったような視線を向けているだけで加勢しようとしない。 獰猛な唸り声を上げつつ、モンスターはナナキの喉笛を食い破ろうと暴れている。 それを巧みに避けながら、ナナキは必死な面持ちの中、次第に怪訝な顔へと変わっていった。 デンゼルもまた、誰もナナキに加勢しようとしないことが信じられない気持ちでいっぱいで、焦りながらプライアデスの元へと駆け寄ろうとした。 が、その足を止める一言をナナキが驚愕に震えながら口にした。 「……クラウド…?」 足を止め、デンゼルは己の耳を疑いながらナナキへと身体ごと振り返った。 ラナもまた、ギョッと目を見開いている。 皆が見守る中、暴れていたモンスターがピタリ、と大人しくなり、その双眸からは狂気が消え去った。 |