Love days(前編)



 エッジの街中にあるセブンスヘブン。
 この店の店長であるティファ・ロックハートは、ここ数日すこぶる居心地が悪い思いを味わっていた。
 というのも、同居人であるクラウド・ストライフの機嫌が日に日に悪くなる…というよりも、緊迫してきているからだ。
 理由は分かっている。
 分かっているのだがこればかりはどうしようもない。

 重々しい彼のため息が背後から聞こえ、ティファはバレないようにこっそりため息をついた。

(どうしようかな…)

 何度目かの自問。
 クラウドに『無理やり考えてお願い』をすべきか、このまま『気づかないフリ』をすべき。
 気づかないフリをしたままお願いをしても良いのでは?とも思うのだが、恐らく『お願い』をした時点で彼に気づかれてしまうと思うのだ、自分が気を使った…ということが。
 そうなると、必然的にクラウドと子供達が必死になって隠していることに自分がとっくの昔に気づいていたことがバレてしまう。
 となると…やはりここは黙って知らないフリをするしかない。
 そうするしかないのだが…。


「はぁ……」


 重々しいため息がまた1つ、クラウドの形の良い唇から吐き出された。
 ティファは困ったように眉尻を下げつつ朝食の準備を完璧に仕上げた。


 事の発端は2週間ほど前。
 久しぶりにクラウドが店を手伝った時のことだ。
 ティファはそのとき、たまたま足りない食材を取りに奥に引っ込んでいた。
 目当てのものを取り、すぐ店に戻ったティファは、
「クラウドさんはティファさんの幼馴染だったんですよね。なら、彼女が一番喜ぶバースデープレゼントくらい、簡単に分かりますよね」
 という、客の言葉に店と奥をつなげるドアの前で足が固まってしまった。
 こっそり中を窺うと、クラウドが自分以上に固まっている。
 彼の前には少し赤い顔をした自分達と同じ年代の青年。
 アルコールでほんのり顔を赤くしているその青年は、ここ最近通うようになってくれた新顔さん。
 ティファをチラチラ見つめてくる彼の視線にティファも気づいていたが、だからと言ってそれ以上の迷惑行為をしてくることもなく、酒を飲み、料理を口にして帰るという、どちらかというと大人しい印象の青年。
 
 だから、あえて気づかないフリをして他の客と同じように接していた。
 彼がチラチラ見つめてくるその視線は、別に疚(やま)しいものを感じさせるものではなったことも理由のひとつだったのだが、今夜はどうしたことだろう?
 もしも今、ティファの疑問を知る第三者がいたとしたら、きっとこう言うだろう。

 クラウドというティファの恋人を目の当たりにしたため、青年が嫉妬を一気に燃え上がらせたのだ…と。

 そしてさっぱりその辺の心情を察するに疎いティファと違い、クラウドは第三者と同じ結論をはじき出していた。
 だからこそ、目の前に突如現れたこの不届き者に言葉の制裁を!と思っているくせに、悲しいかな、言葉のボキャブラリーが少ないため、それがままならず結果、黙り込んでしまうというサイアクな状態に陥っていたりしているのだが、当然そのことにもティファは気づかないし、周りの客達も気づかない。
 傍(はた)から見たら、クラウドはただ単に困っているようにしか見えなかったりして…。
 それが、目の前の『横恋慕君』の闘志を燃やし、嘲笑を引き出したりしてくれたりする悪循環を招いてくれたりして…。


「ふぅ〜ん、幼馴染って言ってもそんなたいしたことないんですね」


 面白おかしく見物していた客達がピッキーーンッ!と固まった。
 ある者はこの酔っ払いの愚かな暴言にムンクの叫びよろしく両頬を押さえて固まり、またある者は自分の料理とグラスを手に避難すべく腰を上げ、またまたある者は酒の勢いを借りて無責任にもはやし立てた。
 一気に騒然とした店内に、ティファは流石に固まっている場合じゃない、と一歩、踏み出したのだが…。


「大丈夫に決まってるじゃん!」
「そうよ、クラウドはやる時はやるんだから!!」


 クラウドピンチ(?)に敢然と立ち上がったのがデンゼルとマリン。
 セブンスヘブン自慢の看板息子と看板娘だ。
 無言のまま立ち尽くしているクラウドをまるで守るように仁王立ちに立つと、爛々と燃える目で青年を睨み上げた。

「クラウド以上にティファを理解してる奴はいないんだからな!」
「無口で時々なに考えてるか分かんないけど、クラウドなら絶対にぜ〜〜ったいにティファを泣かせるくらいに喜ばせられるんだから!!」

 握りこぶしを握り締めて言い放った子供達2人の後ろで、今度こそ本当にクラウドが石化したのをティファは見た。

(デンゼル、マリン、失敗よ〜…)

 クラウドを助けるべく豪語したその台詞が、クラウドを逆に窮地に追いやっていることに2人は気づいていない。
 周りの人間は無責任過ぎる浮かれっぷりで、
「お〜お〜、言い切った〜!」
「すげぇな、旦那〜。子供達にここまで信頼されててよぉ」
「こりゃ、是非ともデンゼルとマリンの言葉を証明してもらわにゃ〜」
 などなど、煽る煽る。
 ティファは冷や汗がどっと噴き出すのを止められなかった。
 恐らく、冷や汗ならクラウドも負けず劣らずかいているだろうが、ティファの位置からは分からない。
 ピクリとも動かないところを見ると、もしかしたら立ったまま失神しているのかもしれない…。


「へぇ、そう。じゃ、ティファさんが泣くほど喜ぶようなプレゼント、見せてもらおうじゃないか」
 楽しみだな〜。


 デンゼルとマリンという子供相手に大人気ない捨て台詞&嘲笑を残し、青年は固まったままのクラウドに背を向け、帰っていった…。



 それからだ。
 クラウドの顔から表情が消えうせたのは。
 元々、クラウドはそんなに表情が変わらない。
 子供たちや自分にこそ微笑んでくれるのだが、あまりそれでも他の一般の人から比べると非常に少ない表情の変化だ。
 疲れているのか不機嫌なのか、ティファや子供たちなら見分けられるが他の人…、仲間達でも難しいのではないだろうか?
 そんなクラウドが、ずっと塞ぎこむほど悩んでいる。
 それも、つまらないことで。

 ティファにとって、自分の誕生日プレゼントはそんなに悩んでまで考えてもらうべきものじゃないと思っているので、クラウドにはそういうくだらない悩みを放棄して欲しいのが正直な気持ちだ。
 なら、何故そう言わない?と問われると理由は1つ。

 クラウドが悩んでくれているから。

 悩んでくれている…ということは、ティファにとってくだらないことでもクラウドにとっては大切なことということになる。
 ましてやそれが自分の誕生日プレゼント…となると、申し訳ない、とか、悩まないで、とか思いつつもやはり嬉しいではないか。
 だから、黙っていた。
 聞かなかったフリをして店内に戻った。
 それにちょっぴり期待もした。
 野菜の名前すらろくに覚えていなかったクラウドが、いったいどんなプレゼントを用意してくれるのか。
 女心に疎いことはもうイヤというほど分かっている。
 だから、プレゼントの中身がガッカリするようなものだったとしても、精一杯考えて、考えて、そして選んでくれた品物なのだから、きっとどんなものでも嬉しいに違いない。
 選んだ理由を聞いたらきっと納得するはずだ。
 しかし、流石にこの2週間の彼を見ていると、そんな浮かれた気持ちはどこかに飛んでいってしまった。
 今、ティファの胸にあるのは、ただただ申し訳ない…の一言。
 ちゃんと言えば良かった。
 青年がくだらない挑発をしてきたとき、一部始終見ていたのだ…と。
 だから、悩まないで良いのだ…と。
 ティファがクラウドから欲しいものは1つだけ。

 一緒にいて欲しい…。

 クラウドの時間が欲しい。
 ただその日1日だけは何も予定を入れないで、傍にいて欲しい。
 それだけで良いのだ。

 だが…。

(………恥ずかしすぎて言えない……)

 また1つ、ティファはこっそりため息をついた。


 *


「じゃあ、行ってくる」
「「「 いってらっしゃ〜い 」」」

 沈痛な表情をなんとか押し殺し、いつもの無表情に戻ってクラウドはバイクにまたがった。
 デンゼルとマリンは、目力を込めてクラウドを見上げている。
 クラウドは気圧されながらも小さく頷いた。
 ティファはそれにも気づかないフリをして、ただクラウドを見つめていた。
 クラウドの端正な顔だけを見つめる。
 そうしないと、うっかり子供たちの『今日こそはしっかりとティファのプレゼントをゲットすべし!』という顔を見てしまうではないか。
 直視してしまったら最後、うっかり余計な一言を口走ってこの2週間の苦労を水の泡にしてしまいかねない。

 猛スピードで走っていくフェンリルを3人揃って見えなくなるまで見送りながら、ティファは子供たちがウキウキと顔を見合わせている気配に心の中で苦笑した。
 デンゼルもマリンも、クラウドがちゃんとティファのプレゼントをゲットしてきてくれる、と信じているようで連日、ゲットし損ねているというのにいささかも疑っていない。
 それ自体は嬉しいことなのだが、やはり今回の『任務』はクラウドには荷が重いのではないだろうか…?とティファはほんのちょっぴり不安とも不満とも言いがたい複雑な気持ちになった。

 別に『物』なんかいらないのに…。

 自分が『本当に欲しいもの』を忙しい合間を縫ってクラウドが探してくれる。
 嬉しいことのはずなのにほんの少し、湧いて出た不満と不安。
 それは、
『こんなに一緒にいるのに…』
 という思いから湧き上がったもの。

『こんなに一緒にいる』のだから、もうほんの少しくらい自分が何を求めているのか察してくれても…という甘えのようなものと、『こんなに一緒にいる』のにそんなに悩まなくてはならないくらい分からないのは、それだけクラウドにとって自分という存在はさほど大きくないのでは…?という不安。

 相反する感情に気持ちが不安定に揺れる。

 そうして、ふと思った。
 クラウドにちょっぴり不満を感じてしまったが、なら自分は分かるのだろうか?
 彼が欲しいものにすぐ思い至るだろうか…?と。
 まぁ、彼の場合は単純だからわかりやすい。
 クラウドがもしも明日、誕生日だったとしたら間違いなく自分はフェンリルの新しいパーツをプレゼントする。
 クラウドお抱えのエンジニアにこっそり聞きに行って準備をして…。
 月並みだがご馳走も作って、バースデーカードも準備して。

 きっと、クラウドは喜んでくれるだろう。
 それこそ、少年のように目を輝かせて。
 フェンリルをとても大事にしているので、これ以上ないくらいのプレゼントになるはずだ。

(そうね。今年の誕生日プレゼントはそれにしよう)

 クラウドが嬉しそうに破顔するさまを思い浮かべ、気持ちが浮上する。
 そして、また落下。

 自分はこうしてすぐに欲しいだろう物、喜んでくれるだろう物を思い出せるのに…。

(やっぱり…クラウドにとって私は『家族』なんだよね)

 自分の方こそが相手を想っている、焦がれていると再認識して落ち込んだ。
 落ち込みながら、
『バカなこと言ってる〜』
 と、星に還った親友が苦笑しているような気がして落ち着かないものを味わった。


「ティファ、どうしたの?」
「ティファ、お腹でも痛いのか?」

 一喜一憂が顔に出たらしい。
 マリンとデンゼルが眉をひそめている。
 ティファは恥ずかしさでほんのり頬を染めながら、
「あ〜っと、なんでもないの、ごめんね〜」
 空笑いを浮かべながら小走りで店に戻った…。


 *


「……で………え〜……」
「……もう……かなぁ…」

 ヒソヒソヒソヒソ。

 ティファは苦笑するしかなかった。
 時と場所は変わってもう夕方のセブンスヘブン。
 開店準備に余念がない…はずなのに、子供たちの手は止まりがちだ。
 いつもなら、大笑いしていてもちゃんと手は動いているのに、ここ数日というもの、クラウドと同じくらい、というわけではないのだが、やはり挙動不審になっている。
 これでティファが気づいていない、と思っているのだから可愛いものだ。
 どんなにしっかりしていてもやはり子供なんだなぁ…と感じて微笑ましくすらある。
 世の母親というのは、時にはこうして『あえて騙される』こともするんだろう…とか思ってみると、この年でこんなにしっかりした子供の親代わりになれたことをラッキーだと思わずにはいられない。

 チラチラとカウンターの中を盗み見て、ティファがこっちを見ていないか気にしているところが何とも言えず、愛らしいではないか。

 だからティファは鼻歌を歌いながら料理の下ごしらえに専念しているフリをする。
 うっかり目が合ってしまわないように手元だけを見る。
 そうしていると、デンゼルとマリンは少しホッとしながら、またコソコソコソコソ、内緒話に戻るのだ。
 最初は本当に小声で聞こえないくらいなのに、ティファが気づいていないフリをしていると気が緩むのか段々声が聞き取れるくらいになってくる。

「…ん〜…どうかなぁ……」
「じゃあ……肩たたき券とか……?」
「ティファ…肩こり体質じゃないよね…」
「む〜…じゃあ、お手伝い券は?」
「券がなくても私たち、手伝ってるよね?」
「うっ…」

 ティファは思わず噴き出しそうになって慌てて背を向け、グラスを取り出すフリをした。
 デンゼルとマリンの絶妙なやり取りはいつも幸せを与えてくれるが、こうして色々悩んでくれているのが自分のこととなると、また別の味わいを持って幸福をもたらしてくれる。
 その事実に心を和ませながら、そうしてまた、クラウドのことを思い出す。

 今日は…なにか形となるものを手にしただろうか?
 本当に、なんでも良いのだ、彼がくれるなら。
 たとえ、奇抜な帽子でも、奇妙奇天烈な置物でも、なんでもいい。
 一生懸命悩んで手にしてくれたものならなんでも…。

「ティファ、もうそろそろお店開けても良い?」

 ハッと顔を上げると、いつの間にやら漫才のようなやり取りを引っ込め、不思議そうに見上げているマリンと、店のドアの前でティファの『Goサイン』を待っているデンゼルが控えていた。

「あ、うん。お願いね」

 取り繕ってやや失敗した感のある笑顔を顔に貼り付けると、2人とも少し首を傾げつつもニッコリ笑って返してくれた。

「じゃあ〜…」
「セブンスヘブン、開店〜〜」

 おどけた口調で、いつものように明るく看板息子と看板娘がセブンスヘブン開店を告げ、そうして次の瞬間、
「「 ゲッ… 」」
 思わず心の声が擬音となって口から洩れた。

 ティファ自身、一番最初に入ってきたその客を見て、
(ゲッ…)
 と顔を引き攣らせたが、子供たちのように声に出さなかったのは流石と言うかなんと言うか…。

「こんにちは、ティファさん」
「よぉ、メシ食いにきたぜ〜」
「久しぶり〜!元気してたか〜?」

 にこにこ?
 にやにや?

 どちらの表現がより適しているのか判別に苦しむところだが、兎にも角にも笑顔を顔中に溢れさせた珍客が3人、入ってきた。
 先頭に立つのは、クラウドに余計な悩みの種を植え付けた張本人。
 グルリ、とさして広くもない店内を見渡し、誰かを探す。
 まぁ、十中八九、クラウドなのだろうが…。

「いらっしゃいませ」

 気を取り直してニッコリと営業スマイルを貼り付けたティファに、青年が視線を止める。

「こんばんは、お久しぶりです」

 ニコッと笑ったその顔は、クラウドへ向けた嘲笑とは打って変わった『本物の笑顔』。
 デンゼルにもマリンにも案内されず、さっさとカウンター席に腰を下ろす。
 青年の連れである男達がその両脇に陣取った。
 デンゼルとマリンは出鼻を挫かれた形でのスタートとなってしまったため、彼らが完全に腰を下ろしてしまってからようやく我に返るという遅れをとった。
 可愛い顔に悔しさがこぼれんばかりに溢れている。

 ティファはそっと2人に微笑みかけ、暗に気にしないよう伝えると流れる動作で3人の客に向き直った。

「では、ご注文は?」

 3人の珍客がデレッ、と相好を崩した。


 *


「それで〜?クラウドさんはいないわけ?」

 程よく店内が込み合い始めるまで時間はそうかからなかった。
 そして、その頃には一番客としてやってきていた3人の珍客はほろ酔い気分になっていた。
 デンゼルは自分に向けられたその質問に、
(きたっ!!)
 と思った。
 絶対、ぜ〜ったいに、この質問がくると思っていたのだ。
 ティファにか、それともマリンにかそれとも自分に投げかけられるであろうこの問い。
 それが今、程よく込み始めた頃に投げてくるとはなんと腹立たしい客だろう。

「クラウドは配達の仕事です」

 失礼にならない程度の礼儀を持って応えつつ、男の突き出した空のジョッキを盆に載せる。
 内心ムカムカしていたが、そこはそれ。
 仕事、仕事、これは仕事だ…!!と、呪文のように自分に言い聞かせながら不機嫌な顔がこれ以上出ないように精神統一を図っていた。
 そんなデンゼルの涙ぐましい努力を、カウンターの中でティファはしっかり見ていた。
 心の中でデンゼルを褒めまくりつつ、ほろ酔い気分の男に空想で回し蹴りを炸裂させる。
 実際、一般人である男に回し蹴りをしたらどエライ騒ぎになること間違いない。
 しかしまぁ、そんな2人の心境・心理など、この客には全く関係がないというのも腹立たしいが事実なわけで…。

「へぇ、お忙しいこった」

 ちょっぴり小バカにした口調で、暗に『本当に仕事か?こいつ(クラウドを挑発した青年)に顔合わせづらいだけじゃねぇの?』と言っているようにしか聞こえない。
 実にむかっ腹の立つことだ。

 デンゼルは一瞬、口を開きかけたがググッと堪えると、

 ごっくん!

 飛び出しかけた悪口の数々を飲み込んだ。

(デンゼル…!)

 ティファは心の中で涙した。
 デンゼルはそのままクルリ…、と背を向けると、カウンターに早足で戻り、
「!…!!…!!!」
 しゃがみ込んで無言のまま、拳を握り締めると自分の膝を音がしないように殴りつけた。
 ビックリするティファの前で、デンゼルは2・3回自分の膝に八つ当たりをしただけで、後はけろっとした顔で立ち上がると、何食わぬ顔を装い新しいジョッキに生ビールを注いだ。
 精一杯のフラストレーション解消法と、大人顔負けの気持ちの切り替える姿にティファは胸が張り裂けそうになった。
 そうして、その心の痛みはそっくりそのまま男達への怒りに取って代わった。


(…こんの……よくも……!)


 殺気を抑えることなど到底出来ず、無表情で男達を見る。
 睨み付けなかったのだけは褒めてもらいたい。

 ビクッ…、と談笑していた男達が体を震わせたように見えたが気のせいだろうか?
 だがまぁ、実際震えていたとしても、そうでなかったとしても、ティファにはどうでも良いことだ。


 この不届きモノども、たたき出してくれる…!!


 愛しい人を追い詰めただけでなく、可愛いわが子まで追い詰めた無頼漢どもに正義の鉄槌を下すべく、ティファが一歩、踏み出した。
 と…、実にタイミングが良いのか悪いのか…。


「ティファ、豆腐セットお願いね」


 マリンがいつものようにニコニコと笑いながらカウンターの中までメニューを伝えにやって来た。
 いつもなら店の端のテーブルのオーダーであったとしても、よほど店内がうるさい以外は大きな声でオーダーを伝えるというのに、わざわざカウンターの中にまで入ってきた。
 その意図するところを履き違えるほど、ティファは愚かではない。

 グッ…!と踏みとどまると、マリンよろしく営業スマイルを貼り付けた。


「了解で〜す」


 わざといつも以上におどけて見せると、マリンはニッコリ笑った。



 ― デンゼルの努力、無駄にしないでね? ―



 唇の動きだけで釘を刺して背を向けた看板娘に、ティファは心の中で脱帽した。